【完結】俺の英雄譚が景品表示法に違反している   作:佐遊樹

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誰も話数が(1/2)から(1/3)へ書き換えられたことには気づけない
これはそういう術式なんだよ


白焔、英雄に花束を(2/4)

「むーん」

 

 朝食のサラダをつつきながら、レミアは唸っている。

 俺がパンをちぎって食べ、エイミーがよく分からないフレークみたいなものを牛乳を注いで一気に吸い込む中、朝食サラダ女はずっと唸る。

 

「……どうした。壊れかけの家電みたいになってるが」

「家電? 何だいそれは」

「ああいや、何でもない」

 

 最近どうにも迂闊だな。

 こうして仲間を作って一緒に生活するのが懐かしく、気が緩んでいるのを感じる。

 

「ソラ・スペードソードさんと顔を合わせたと言いましたよね」

「ん、ああ……強かったよ。あの固有魔法は強力だな」

 

 スペードソードさんと邂逅した日の夜、二人には一応報告しておいた。

 

「君から見てもそうか。強力であればあるほどその傾向はあるが、あの魔法は完全に物理法則を捻じ曲げている」

「そうだな……冷気を出すとかそういう過程がまったく何も見えなかった」

 

 あと、何よりまずいなと思ったのは、あの固有魔法を発動させずに騎士トーナメントを優勝するぐらい強いってところだ。地力が高すぎる。

 

「強力な騎士であればあるほど、根本的に生物としてモノが違うからね。魔力操作の精度が高い人間は、まったく魔力を感知させない体内強化だけで、突っ込んでくる馬車を両断するほどの膂力を得ることもできる」

 

 ああ、旅に付き合ってくれてた女騎士さんもそうだった。何度かもうこいつ一人でいいんじゃないかなと思うことがあったよ。

 要するに騎士という役職(ジョブ)は、あらゆるステータスを伸ばしていった果てに到達できる領域なのだ。上位ジョブに近い。

 

「って、そうではなくですね!」

「ん?」

「その時に遭遇した怪盗団のことです! まだ本隊は捕まっていないんですよね」

 

 スペードソードさんは事態を収拾した後、捕縛した怪盗を地面に転がして渋い顔をしていた。

 派手に活動している怪盗団だが、頭領に関してはまだ情報がゼロだという。

 

「ヘェ~? 捕まえた下っ端を尋問するなりなんなりしないのか。騎士団にしては手ぬるいじゃないか」

「いや、知らないらしいんだわ。顔を合わせたこともないとか」

「なるほど。自ら率いていくというよりはフィクサーなわけだね。蜘蛛の巣の主ってワケかい」

 

 エイミーの表現は的を射ている。

 

「だからそれ、私たちで捕まえましょう!」

 

 ドン! とフォークを握る手でテーブルを叩き、レミアが叫ぶ。

 何言ってんだこいつ。

 

「私たちの華々しいデビュー戦ですよ! 知名度は十分に稼げましたから、あとは実績を叩きつけるんです!」

「そう。じゃあボクはラボに戻るから」

「俺は武器屋さんと契約まとまったから、アイテム系のルート押さえたいんで営業してくるわ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ということで、ここが直近に起きた事件の現場ですね」

 

 バトルコートに着替えたレミアが、怪盗団に襲撃された宝石店をしげしげと眺めた。

 

「むう、正面口から馬車で突入、内部で発火系統の魔法を連射し混乱させ、物品を強奪……怪盗のやり口とは思えませんね。ちょっとした軍隊の作戦に近いじゃないですか」

 

 分析を並べていくレミアの背後で、俺とエイミーは並んで渋い顔をしている。

 

「おい、カイム。おかしいだろう。ボクらは参加を拒否したはずだが」

「そうなんだけどな……まあアイデア自体は悪くないと思うよ」

「実現可能性に目をつむれば、だろう? 騎士団が血眼になって探している相手を、ボクら素人三人で追い詰められるはずがない」

「まあその通りなんだけどもさ。本当に捕まえられたら面白いとは思う」

「君なあ……」

 

 呆れた様子のエイミーはポケットをまさぐり、煙草を取り出す。

 

「カイムさんカイムさん」

「はいはい、何よ」

「どうして宝石を盗みに入ったと思います?」

 

 見分を終えて戻ってきたレミアは、小さくちぎった羊皮紙に何かを書きつけながら問う。

 

「え……なぜ騎士が剣を振るうのか、みたいな質問じゃないかそれ。怪盗団なら宝石ぐらい盗るだろ」

「でも他の被害リストを見ると、金銭目的ではなさそうなケースがいくつかあるんですよ」

 

 突き付けられたリストを読む。

 宝石店、武具屋、銀行、貴族邸宅が数家。

 

「……俺には金銭目的に見えるけど」

「違うね」

 

 意外なことに、俺の言葉を切って捨てたのは、紫煙を吐き出すエイミーだった。

 

「その貴族たちは単にお金を持ってるだけじゃない。貴重な聖遺物を多数秘蔵していると噂のあるところばかりだ」

「え、じゃあ宝石店は目くらましってことか?」

「はい。だから多分、最終的な目標は、騎士団の人も分かってると思うんです」

 

 レミアはそこで言葉を切ると、後ろに振り向き、視線を上げた。

 つられて俺とエイミーもそちらを見る。俺が呻き、エイミーが口笛を吹いた。

 

「いい推理だ。確かにあそこは、盗みを生業とする人間にとって、まさしく魔王城だ」

「じゃあ怪盗団が成功したら、そいつらは盗みのトーラスってか?」

 

 青天を衝くようにそびえたつ王城がそこにはある。

 

「だから動きがないのかな、と思うんです。警備は万全ですから」

「しかし本当に万全ならば、怪盗団はやってこないだろう」

「はい! ですから──」

 

 あっすごく嫌な予感がする。

 

「私たちでも考えるんですよ。どうやって王城の保管庫を破るのかを!」

「初仕事で犯罪計画をするのか……」

 

 これ、計画した段階で罪になったりしないよね? 大丈夫だよね?

 

 

 ◇◇◇

 

 

「怪盗団についての捜査状況は芳しくないようだな」

 

 王都管轄委員会の報告会で、ソラ・スペードソードはフェイスガードの下に厳しい表情を浮かべている。

 

「……その通りです。ですがわたしの申請を通していただけない状況では……」

「ならんよ。名家が被害に遭っている中、特定の貴族を捜査対象とするなど、リスクが大きすぎる」

「行動の手口からして、強力な支援者がいることは明白です。わたしとしては財力のある人間の中でも、貴族関係者に絞ることで進展があるとみていますが」

 

 会議室にむなしく響くソラの言葉。

 

「君が言っただろう。怪盗団の最終的な目標は、王城の保管庫だと」

「今までの事件、全てを統括して考えると、そう断定できるかと」

 

 怪盗団の事件は、あまりにも手口がバラバラだった。

 正面から襲撃するケースがあれば、誰にも気づかれないまま獲物をかすめ取っていくケースもある。

 ソラはこれらを、一つの線で結んで考えた。

 

「実地検証です。複雑かつ広大な王城を攻略するため、フェイズを区切り、それらを一つ一つ検証していると考えられます。これだけ長期的なスパンで考えるとなると、万全の守りであっても破られる可能性は否定できません」

「笑止だな」

 

 委員会が笑いに包まれる。

 王城の守りは完璧だ。ソラを代表とする特級騎士が持ち回りで警護を担当し、騎士団からも精鋭が選抜され、王城守備隊へ栄転し守りの盾となっているのだ。

 

(……)

 

 ソラは舌打ちをこらえた。

 特級騎士と言えど、あくまで騎士団所属の身。上層部からの指示は無視できない。

 

(やるしかないか。騎士ではなく、わたし個人として)

 

 フェイスガードの下で、彼女は両眼に強い光を宿す。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レミアに連れられ、俺とエイミーは王都地下に張り巡らされた下水道に来ていた。

 ひどいにおいだ。提案したレミアも顔をしかめている。

 

「やっぱりやめましょうか……」

「何を言っているんだい! 下水道を使って移動するという君の推理は見事だよ。事前に準備をしているはずだ、ひょっとしたら証拠になるものだってあるかもしれない!」

「なんでお前が一番ノリノリなんだよ」

 

 知識欲を暴走させ、エイミーがハイキングのテンションで進み始める。

 これもしかしてイケそうならマジで保管庫まで入ろうとしてない? 大丈夫か?

 

「ちょ、ちょっと勝手に進まないでください! 迷路みたいになってるんですから、出られなくなったらどうするんですか!」

「どうするって、まあ大丈夫だろう」

「どこがです! 餓死しちゃう可能性すらあるんですからね!?」

「ん……ああ、餓死。はいはい、それはすまなかったな」

 

 タバコに火をつけながらエイミーがどうでも良さそうに謝る。

 ここ引火するガスとかないよな? ないと信じたいが……

 

「ほォ、やはり……」

「エイミーさん? どうしたんですか?」

「風の流れがあるな」

 

 タバコの煙が流れていくのを見て、エイミーはニヤリと笑う。

 

「レミア嬢。図面からして、下水道のここに風は吹くと思うか?」

「……! ふ、吹くはずないですね! これはつまり、図面に存在しない出口があると?」

「うむ。助手として優秀だな君は」

 

 なんか俺を完全放置して名探偵とその助手みたいになっていた。

 え? もう帰っていいですか?

 

「ほら、暴力担当。早く来たまえ」

「流石にその呼び名は抵抗がある!」

 

 大体レミアが兼任できるだろそこ。

 

「ではひとまず、この風が向かう側に行くとしようかな」

「大丈夫か? 工事で通用口を増やしてる最中とかだと、勝手に入ってる俺たちが捕まりそうだけど」

「いえ、そういう工事は今はやってないはずです。それに見つかったとしても、口封じをすればいいんですよ」

 

 レミアの発言を聞き、俺は即座に踵を返そうとして、ガシイと両腕をつかまれていることに気付いた。

 

「やっぱり俺帰る! 犯罪者の思考をトレースする前にもう思考が犯罪者だもん!! 付き合ってらんねえよ!! 俺これでも事業主だから! どんなに小さくても犯罪行為とかしたくないから! おいっ、離せ二人とも! クソが!! 帰らせろ!」

「諦めたまえ。かの大英雄トーラスも言っていた──『人生においては諦めが肝心なこともある』」

 

 うるせえなあ! 言った覚えねえし! ていうか特定人物の格言にしていいのかそれ? 汎用性が高すぎないか?

 

「じゃあお前らが諦めろよ!」

「またこうも言っていた──『最後まで諦めない者こそが最後の勝者になる』」

「……っ!? えっ!? む、矛盾!! 全然逆のこと言ってるじゃん! 二重人格なのか? めちゃくちゃ筋が通ってないじゃん! オイおかしいだろ!! 聞けよ!! なあ!!」

 

 トーラスとかいうやつ、普通に言ってることブレブレ過ぎておかしいでしょ。

 俺とレスバしようぜ。確実に論破できるからさあ!!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして俺たちは今、曲がり角にピタリと張り付き、気配を殺して潜んでいる。

 

(いや、本当に居ちゃうのかよ……っ!!)

(超お手柄ですよエイミーさん!)

 

 角の向こう側には、風が吹き込む先、つまりは地上との出入口がある。

 そこではランプに火を灯し、数名の男たちが何やら荷物を運んだり、機器のメンテナンスをしたりしていた。

 確実に工事ではない。雰囲気からしても、明らかに怪しい。

 

(しかもこの場所……歩いてきた道順からして、マジで王城に近づいてたな。レミア、図面で直上に何があるか確認できるか?)

(わ、分かりました)

 

 いったん離れつつ、レミアが地下通路の図面を開き、場所を確認する。

 

(フフン。発明家より名探偵の方が向いてたのかもしれないな、ボク。仲介業と冒険者業の他に探偵業も始めることを検討してくれたまえ)

(名義が大変なことになるな……)

 

 いや実際すごいよ。名探偵エイミーだ。

 

(マルチな才能があるんだな。さすがだ)

(よせやい。ボクはこう見えて照れ屋なんだ)

(本当かよ)

(本当さ。心臓の鼓動を確かめてみるといい)

 

 エイミーがほら、と両腕を広げる。

 まさかの事態に目を見開いて硬直する。え、どういうこと? え? ちょっといやいやいや。

 ンン~? と誘う表情をしていたエイミーだが、俺がまったく動かないと、だんだんと頬を赤く染めていき、力なく腕を下した。

 

(さ、さすがに何か言ってくれないと恥ずかしいのだけれど……)

(え、あ、本当に飛び込んでよかったってこと!?)

(くっ、思考をフリーズさせてしまったのか……! こんなに脆弱な脳をしていたとは想定外だ)

 

 クソッ! 最高の瞬間を逃した……!

 俺が唇をかみ頭を抱えていると、レミアが勢いよく腕をつかんだ。

 

(うおっ、なんだよ)

(ま、まずいですよこれ……)

(ん?)

(貴族の邸宅です……真上にあるの……ヴェルトスタイン家の邸宅ですよ……)

 

 エイミーが目を見開く。

 俺もさすがに、それは、ちょっと今までのぬるいラブコメ会話が全部吹っ飛んだ。

 

(……黒幕が、その家ってことか)

(そう考えるしかないだろうね……まずいな。話が大きくなりすぎてきたぞ。ヴェルトスタイン家といえば、貴族院ではタカ派のナンバー2だ)

 

 エイミーがタバコをふかして難しい表情を浮かべる。

 とその時、先ほど見つけた何やら作業している男たちの方から声が聞こえた。

 

「おいっ! まずいぞ、上にガサ入れだ!」

「はあ!? 来ねえって話だったろ……!?」

「しかも『至高のソラ』が踏み込んできてるらしい!」

 

 む、と俺たちは顔を見合わせた。

 

「どうするんだよ!?」

「とにかく見つかったら終わりだ、俺らはこのままいったん逃げるぞ。後で合流地点で──」

 

 揃って頷き、俺たちは正面から堂々と、男たちの前に姿を現した。

 

「残念だが、君たちに逃げ場はないよ」

『!?』

 

 エイミーは不敵な笑みを浮かべると、さっと俺とレミアの後ろに引っ込んだ。

 言うだけ言っときながらお前さあ。

 

「カイムさん、どうします? 私の魔法を打つと、ちょっと構造が崩れそうで怖いんですけど」

「まあ俺が何とかするよ」

 

 一歩前に出て、俺は男たちの目を見る。

 

「あー、こんにちは。今回は誠に残念ながら、逃げ道がなくなってしまったことをお悔やみ……」

「どけえええええええええ!!」

 

 男四人──五人か。

 一人目の突き出したナイフをかわし、そのままこちらから踏み込んで顔をつかみ、二人目に投げつける。

 吹き飛んだ先で三人目も巻き込みごろごろと転がっていく怪盗団のメンバー。

 

「こいつ! 英雄の再来か!?」

「なんだってここに!」

 

 残った二人は戦闘力の差を痛感したのだろう、なんとか逃げ場がないかを周囲に視線を巡らせる。

 だがそれより先に、アジトとして使われていたスペースの方から、足音が響いた。

 

「──そこまでです。貴公らの命運は、ここに尽きました」

 

 怪盗団のメンバーが背後に振り向く。

 王国最強の騎士が、ゆっくりと歩いてくる。

 

 怪盗団のメンバーが顔をこちらに戻す。

 英雄の再来と、未踏のレミアと、深淵のエイミーが立っている。

 

「は……挟み撃ちかよ……!」

「意図したわけではないんですけどね……」

 

 レミアが苦笑を浮かべる。実際まったく意図はしなかったが、結果オーライだろう。

 だが怪盗団のメンバーが膝をつき、手を頭の上で組んで降伏する中で。

 開けた視界の向こう側で、スペードソードさんと視線が重なる。

 

「……! カイム・カンタベリー、なぜここに?」

「ど、どうも……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スペードソードさんも加えて、俺たちはヴェルトスタイン家の屋敷にまで上がっていた。

 捕まえた怪盗団のメンバーをぐるぐるに縛り、スペードソードさんが呼んだ騎士の仲間たちに預けた後、今は屋敷の応接間に通されている。

 

「え~……うちの下でそんなことになってたのかあ……それはご迷惑をおかけしましたね。あ、お茶どーぞ」

 

 ソファーに座るスペードソードさんの背後に、関係者として俺たちは立っていた。

 対面に座り、お茶を勧めてきたのは、ヴェルトスタイン家の嫡男、ヴィルヘルム・ヴェルトスタインである。20代前半といったところだろうか。茶色の髪を撫でつけた、なんだか頼りない印象の男だ。

 貴族院の議員を勤める当主は、一カ月前から外国に出張しているらしい。

 

「……怪盗団の活動が活発になった時期は、当主が家を空けている時期と合致しますね」

「データを信じるなら、ヴィルヘルムは限りなくクロに近い」

 

 俺の隣でレミアとエイミーが声を潜めて言う。

 まあ、そう思うし、同意見だ。

 かつて悪徳領主を相手取ったことの多い俺だから、なんとなく、ヤバいことをやってる権力者というのは見ただけで見分けがつく。

 

 このヴィルヘルムという男、かなりやばい。

 めちゃくちゃアレなタイプの権力者だ。

 

「それではヴェルトスタイン殿。この件について、何か申し開きは?」

 

 スペードソードさんがヴィルヘルムに静かに問う。

 まあ家の真下に怪盗団のアジトがあって、出入口は屋敷のはなれに直通してたもんなあ。

 言い逃れはさすがに無理だな。

 

「ん、じゃあ管轄委員会には、僕の方からとりなしておきますよ。結果としては、居座ってた虫を掃除してくれたってことですもんね」

『は?』

 

 スペードソードさんだけではない。

 俺たち三人、ついてに立ち会っていた騎士のみなさんも異口同音に声を上げた。

 

「ん? だってスペードソード卿、あなたって、許可なしで踏み込んだでしょ? そのまま言ったら、君の立場が危ないと思うけどなあ」

「……ッ!? 貴公、何を言っている? 現に屋敷の地下には、怪盗団のアジトがあったではないか!」

「あっただけじゃん。それが何?」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 だが──

 

「あの……えっと、これは」

「本気で、この言い分を通すつもりだな」

 

 レミアの問いに俺が答えた。

 俺たちはあくまで冒険者。治安維持のために必死で食らいつく道理はない。

 だがスペードソードさんは話が別だ。勢いよく立ち上がり、ヴィルヘルムを問い詰めようとする。

 

「ふざけている場合ではない! 貴公の管理する土地、貴公の管理する建物……! 無関係を言い張れると思うな!」

「いやー、そう言われてもね。あの建物、僕入ったことないですし。親父なら知ってるかもしれないけどねえ」

 

 しらじらしい……と、エイミーがつぶやく。

 しびれを切らし、スペードソードさんは深く息を吐く。

 

「……もういい。地下にいたのは、貴公の直轄の幹部だろう。彼らに話を……」

「スペードソード卿!!」

 

 その時、部屋に騎士が一人駆け込んでくる。

 

「馬車での移送中に、怪盗団のメンバーが急死したと……!」

『……!!』

 

 絶句する俺たちを眺めながら、ヴィルヘルムは一人、紅茶をすするのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「むーん」

 

 夕食のステーキをつつきながら、レミアは唸っている。

 俺が魚を切り分けて食べ、エイミーがよく分からないスライムみたいなものをストローで一気に吸い込む中、夕食ステーキ女はずっと唸る。

 

「納得がいきません」

「……そうだな」

 

 顛末は、なかなかにひどいものだ。

 ヴィルヘルムは関与を認めず、アジトの捜索こそ快諾したが物的証拠はなし。

 そもそもはなれがアジトと直接つながっている時点で言い逃れができないほどの証拠だが、知らないの一点張り。

 そして最後には、同行を要求するスペードソードさんのもとに、ヴィルヘルムから話を聞いたらしい管轄委員会からの伝令が来たのだ。

 

『許可していない個人捜査を行ったソラ・スペードソードを一カ月間の停職処分とする』

 

 だから言ったじゃんと呆れるヴィルヘルムに見送られ、俺たちはアジトに残っていた物品などは押収しつつ、はなれも立ち入らないよう言い含めたうえで、屋敷から退散するしかなかったのである。

 いやまあ俺たちは何もしてないけど。

 

「……まあ。同情する気持ちは分かるがね」

 

 エイミーがスライムをすすり終えて、こちらをじとっとみてくる。

 

「だからといって、傷心なのを見るや否や即お持ち帰りとは。プレイボーイだとしても限度があるというものだ」

「そういう意図で連れてきたわけではねえよ!?」

 

 俺たち三人が住む生活スペースのダイニングでは、部屋の隅っこに、フェイスガードを外したクローバーさんモードのソラ・スペードソードが座り込んでいた。

 

「うう…………」

 

 逆空気清浄機と化した彼女からはずっと暗黒のオーラが放出されていた。

 正直ご飯の味があんまりしない。マジで見てるだけでこっちまでテンションがどん底になってしまう。

 

「……スペードソード卿」

 

 すすっと近寄って行ったレミアが、ステーキを皿ごと差し出す。

 

「食べます?」

「いや慰めに出す食事としては重過ぎるだろ」

 

 流石にどうかと思って止めたところ、ハッと顔を上げ、スペードソードさんがステーキとレミアの顔を交互に見る。

 

「……こっ、これ、は……も、もしかして……トーラスの……?」

「あっ、ご存じでしたか。そうです、あの有名な『トーラスの竜狩り』の一節です」

 

 トーラスの竜狩り? どの竜のことだ?

 

 

「悪しき竜ありと聞きつけ、トーラスはある村を訪れました。そこで竜は子供たちを人質に取り、大人たちに順番でえさになるよう求めていたのです。ほかに行く場所もない村人たちは自分たちを犠牲として子供を守るしかできず、子供は、自分たちのために食べられに行く親を見送ることしかできませんでした」

 

 いや~ドラゴンが村人を食べるのは多すぎて思い出せん。

 あったとは思うんだけど……大人? あ~どれだっけ……

 

 

「そっ、それでトーラスは……竜を倒した後……その死体を、切り分けて……子供たちに、あ、あげたんですよねっ……」

 

 いやないわこれはない。ないないないないない。

 なんであると思えるんだよこいつら。今まで親を殺してきた、憎い竜の肉を差し出すって、いや合ってるよ行動原理は分かるよ。

 だけどさ、単にヤバいやつじゃん。サイコから始まってパスで終わるやつじゃん。

 

 

「そして子供たちは、ドラゴンの肉を食べ、トーラス直々に教えを施され、屈強な戦士に育ちます」

「……今の、あ、アグリウス、れっ、連邦を建国した、三兄弟も……その、こ、子供の中の三人、と言われてますねっ……」

「ねえよ!!」

 

 俺はテーブルをぶっ叩いて悲鳴を上げた後、椅子から転げ落ちて床に蹲る。

 これあれだわ! 国建てるときに自分に箔つけるためにパチこいてるだけだわ!

 それを本当に真に受けてどうする!!

 

 

「……あっ、ありがとうございます、え、えっと、れ、レミアさん……」

「本当に別人みたいですね……まあ、元気出してくださいよ。私もこの間無職になりかけましたけど、なんとかなりましたから」

「おいカイム、ヤバいぞ! 停職処分食らった女をアクロバティック転職した女が慰めてる! 絶対ロクなことにならないぞこれ! ちなみにボクは無職だから助太刀できない!」

「うるせえよ! 俺だって自営業だから大概なんだよ!」

 

 俺とエイミーが責任をなすり付け合い、レミアは慰めのつもりでスペードソードさんの頬にぐいぐいとステーキを押し付ける。

 スペードソードさんは一口ステーキを口にして、それから、ほんの少しだけ表情を緩めた。

 

 

 どうやらお互いに横眼でそれを確認していたらしく、俺とエイミーは顔を見合わせ、肩をすくめるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 結局レミアとエイミーはしばらくダイニングでグダグダした後、もう寝るといって順にシャワーを浴びに行ってしまった。

 

「あ、じゃあ、シャワー浴びるなら、お風呂あがった二人が廊下を通ると思うんでその後でどうぞ」

「……すみ、ません」

 

 座り込んだままのスペードソードさんに、それから使っていい着替えがしまってある場所や、トイレの位置などを教える。

 

「……あ、ありがとう、ございます」

「いえ」

 

 正直、ものすごい心配だ。

 この人が王国最強の騎士だなんて想像がつかないぐらい、今のスペードソードさんは小さく見えた。

 

 いや……フェイスガードを着けていない状態なら、確かにもともと想像はつかなかったのだが。

 それとは違った。今にも透けて消えてしまいそうな弱弱しさだった。

 これでも、さっきまでよりはほんの少しだけマシになったのだから驚きだ。

 

 アンバランスな人だな。

 最強という座に至るのならば、それを証明したということだ。

 過程でどうあがいても経験を積むことになる。経験を積んだ人間は、挫折や敗北を知っているはずだ。

 だがまるで、これが初めての挫折なんじゃないか、というぐらいに心がへし折れている。

 

 まいったな……これから伸びていきそうな後輩相手なら声をかけたりしてたが、ここまでマジで折れてる人は、基本的に賢者とか魔法使いとかが相手してたからな。

 

「あの、スペードソードさん」

「……はい?」

「何かあったら、呼んでください。その、全然、朝までいてくれていいので……」

 

 結局当たり障りのないことを言うだけで、具体的な慰めが出てこない。

 それが腹立たしくて、俺は彼女から視線をそらし、足早に自室へ去ることしかできなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

(わたしは……)

 

(わたしは、できなきゃ、意味ないのに)

 

(それだけが、わたしの意味だったのに)

 

 

 

 

「わたしは……トーラスになれない……」

 

 

 


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