状況を確認する。
目の前に、ヴィルヘルムがいる。
正体不明、目的も不明。だがこの男は危険だと、直感が告げていた。
「招待状のないまま入ってきちゃったけど、大丈夫でしたかね。会員制ですか?」
「……いえいえ、これはこれは、どうも。貴方ならいつでも歓迎ですよ」
モロに右ストレートが入ったはずなのに、何でもないかのように爽やかな笑みを浮かべて、ヴィルヘルムが手を差し出してくる。
俺も笑みを返して、ちらと一帯に目をやった。開けた広場。さっき吹き飛ばした手下たちが起き上がろうとしている。
「『
目を逸らした瞬間に攻撃魔法が放たれた。半透明の衝撃波だ。
防御しようと視線を戻して、ギョッとする。
見ただけで分かる。防げない。
ていうかこれ──
「『
出し惜しみしてる場合ではなくなった。
固有魔法を全力起動させ、展開された光の剣を防御性質に寄せて稼働させる。
激突と同時、光の粒子が濁流じみた勢いで一帯にまき散らされた。
まともに受け止めるのではなく、受け流し、弾き飛ばす。
絶え間なく押し寄せる衝撃の波濤を切り刻み、分解し、一つ一つを逸らす。手下たちが余波に吹き飛ばされていく。
「へえ……?」
眩い粒子の奔流の向こう側で、ヴィルヘルムが興味深そうにこちらの様子を窺うのが見えた。
ぐっ、失態だ! 向こうの力量を読み違えた、先手を打たせてはいけなかった……! 最速で圧殺すべきだった!
「スペードソードさん!」
時間にして2秒と少しで見切りをつける。
俺はヴィルヘルムの攻撃を防ぎながら、背後のソラさんに呼びかける。
「え──」
「下に!!」
「……!」
意図が通じるのに一瞬もかからない。
ソラさんが剣を振り上げ、大地に叩きつける。
直後に爆発じみた土煙が吹き上がり、俺とソラさんは街の地下ブロックへと落下していった。
◇◇◇
王都の下水道とすっかり仲良くなりつつあるな、と身を起こして思う。
見上げると実に四階層分ぐらいをぶち抜いて、俺とソラさんは地下に落ちていた。
途中で何度も左右に曲がっており、追撃は不可能だろう。耳を澄ますが地上の物音なんて到底聞こえやしない。一時的な撤退には成功したと言ってよさそうだ。
立ち上がって土埃を払い、装備が落ちてないか点検する。
「チッ……」
舌打ち交じりにさっきの戦闘を振り返る。何度思い返しても、10秒中の4秒を使わされた。フル出力で再起動をかけたとして残り6秒だ。
やはり、失態だ。無様を晒している。
「……スペードソードさん。奴は何と言っていたのですか」
俺と同様に装備を確認していたスペードソードさんに問う。
「目的は、王城の宝物庫かと。ですがそれが何のためなのかは……」
「ああいや、そっちじゃなくて。それは多分そうだろうと思いましたし。あの力の方です」
スペードソードさんが顔を上げる。
あの魔法は魔王が使う、俺たち人類とは詠唱体系が根本的に異なる魔法だ。生身の人間には使えないはずなのに、平然と行使していた。
……って説明するわけにもいかねえしな。
「明らかに普通の魔法ではなかったと思います。少なくとも、俺の固有魔法を防御に集中させないと、やられていた。あれについては何も?」
「…………いえ」
あ。あー……あ~~~~。
これ何か言われたけど俺には伏せようとしてるな。
「流石にこういう状態ですし。情報共有はしてほしいです」
俺は彼女に歩み寄り、視線を重ねて頼み込む。
「相手の情報がないと、何もできない。ヴィルヘルムは何と言っていたんです?」
あの魔法を人間が使っているという時点で異常だ。
人間に擬態した魔族と言われても信じる。いや気配からしてそれは絶対にないのだが、そのレベルでの理屈が必要だ。
至近距離で見つめ合い、最終的にはスペードソードさんがさっと視線を逸らした。
「…………彼は」
「はい」
「魔王の右腕、だと、言っていた」
「────」
想像以上のフレーズが飛び出してきて、完全に思考が止まった。
え? いやいやいや。いやいやいやいやいや。
「それは、だって、死体は……」
「不明だ。80年前とは言え、大戦終結の混乱もあって……魔王と英雄の亡骸は、少なくとも人類は保管できていない。戦後まもなく、英雄の仲間たちが完全に処分したという説もあるが、それも眉唾物だ」
馬鹿な。
愕然とするあまり、表情を取り繕うような、商売人として身に着けていたスキル全部が死んでいるのを自覚した。
だって、それは、あの戦争は終わって、何もなかったぐらいの勢いで、人類は、復興して。
「……ッ」
いいや間違えるな。
本物かどうかの確証なんてない。だからここで冷静さを失うわけにはいかない。判断力を失ってミスチョイスをするなんざ馬鹿のすることだ、と賢者から習っている。
「仮にそうだとして……対策が限られてくるな」
魔王の力の一端を自在に扱えていると仮定するのなら、わずか10秒間の全力稼働では力不足が過ぎる。おまけに残りは6秒だ。
ならやはり、他のとこから補填するしかない。そういう意味でスペードソードさんに声をかけようとした。
その時、空間が揺れた。ぐらりと視界が傾ぐ。
地下にまで伝わる振動。
間違いない、地上で複数の、そして大規模な爆発が起きている。
「何かが始まったようだな」
身に纏う鎧の調子を確かめながら、スペードソードさんが呟く。
「俺たちも行かないと」
「……何故?」
思わず、勢いよく振り向いた。
スペードソードさんはフェイスガードで顔を隠しているが、地面に視線を落としているのが分かった。
「なぜ、って。当然じゃないですか。止めないと犠牲が出る! 俺たちに戦う力があるのなら、戦って、止めるべきだ!」
「……貴公は、悲劇の存在を許せないのか?」
「え?」
一瞬、問いの意味が分からなかった。
彼女は俯いたまま、剣の柄を握り、手を震わせている。
「えーっと……そりゃ、悲劇なんて。演目としては別にいいですけど、現実にはないほうがいいに決まってるじゃないですか」
俺の答えを聞いて。
スペードソードさんが、ゆっくりと顔を上げる。
「ならば、例えば悲劇が水平線の向こう側にあったとしたら?」
「……論戦を吹っ掛けられてるんですかね、これ」
「そう思ったのなら、そう思ってもらって構わない」
「卑怯な言い方だ」
この状況ですることかよと、流石に眉間にしわが寄る。
「だけど、それは! それは……わたしにとっては、必要なんだ……!」
絞り出すような声だった。
地面を向いて、拳をぐっと握り、彼女は本当に苦しそうに声を絞り出していた。
嘘は言ってないみたいだ。
「……分かりました、答えます」
スペードソードさんがハッとこちらを見る。
「水平線の向こう側は、流石に手が届かないでしょう」
「……ええ、ええ。そうだ。届くはずがない」
「だから、手の届く範囲を一つ一つ助けていく。それを積み重ねることが必要だと考えています。そうすれば、いつかは水平線の向こう側にだって手は届く」
「……ッ!? け、結局は救いに行くということなのか!?」
驚愕の声を上げる彼女に、頷く。
「え、そりゃまあ」
「どうして!? どうしてそんな、当然のことのように言えるんだ!」
拳を強く、強く握って、スペードソードさんが絶叫する。
「そんな風に、ならなきゃいけない……なりたいのに……!」
えぇ……? 急に何? 怖いよお……
ていうかそんな風ってなんだよ。どういう風?
「……トーラスになろうと、してるんですか」
「!」
ずっと引っかかっていたことだ。
トーラスの英雄譚を終わらせると言っている彼女は、そりゃ当然、英雄トーラスを強く意識している。
だがライバル視しているような発言をしている割には、今の彼女は、トーラスの進んだ道をなぞろうとしている。
だから他でもなく、俺が言わなきゃいけない。
「俺たちは、多分、トーラスにはなれないと思うんです」
「……! そんな、ことは!」
スペードソードさんに、俺は手を差し出す。
「そして、
絶句する彼女の手を、無理矢理に取る。
「だから俺たちは俺たちで、新しい時代を作っていかなきゃいけない。俺はそう思っています」
「それ、は……トーラスに、できなかったことをやるということですか」
「はい。だから、一緒に戦わせてください。貴女を一人で戦わせたりなんか絶対にしたくないんです」
心の底からの本音だった。
スペードソードさんは目を白黒させた後、静かに息を吐いた。
彼女はゆっくりと顔を上げ、フェイスガード越しでも分かるぐらいはっきりと、こちらの瞳を見た。
「……貴公は」
「はい」
「思えば、一度も、否定しなかったな」
「え?」
「
そりゃ終わらせてほしいからな。
マジで終わらせてほしい。本当に終わったら泣いて感謝すると思う。
「ソラでいい」
「え?」
「長いだろう、スペードソードは」
スペードソード……じゃなくて。ソラさんはどこか満足げに頷く。
それから、何でもないことのように続けた。
「カイム・カンタベリー。貴公のパーティだが」
「?」
「わたしも参加しよう。騎士団は、この件を片づけた後に辞める」
「はあ!?」
さすがに仰天した。
何言ってんだこの人。
「もとより騎士は、手段の一つに過ぎない。さらに言えば、ヴェルトスタイン家への対応を踏まえて考えるなら手段としても劣っている」
「い、いやそりゃまあ、今回はちょっと騎士団の融通は随分と効かねえなと思いましたが」
「…………だ、だから」
そこでソラさんは、恐る恐る、自分の意思でフェイスガードを外す。
小さな身体を震わせ、けれどまなざしには強い光を宿して、俺を見る。
「いっ、一緒に戦うのが、う、嘘じゃないなら……わた、わたしも。入ってい、いいですか」
「それはその、いいんですけど。でも最強の騎士がいきなり辞めるの、普通に、いろいろとマズい気がしますが」
「だっ、大丈夫、です。ほ、他にもときゅ、特級騎士は、いますから」
「……まあ、そうかもしれないですけど」
「だ、だから、大丈夫ですっ。なっ、なんとか、なんとかなりま、す」
「そ、そうですか……いやでも、そこまでする必要あるんですか?」
「はっ、はい! だって────」
◆◆◆
(────
ソラ・スペードソードの本質は、その強さにはない。
極まった技巧、冠絶した固有魔法、英雄譚に迫りうる気高さ、そのどれでもない。
何故なら彼女は、何の変哲もない、特別な血筋でもなく、因縁すらない、どこにでもいる少女。
幼少期を孤児院で過ごした彼女は、よく施設で英雄の御伽噺を聞かされた。
寝物語として何度も聞いたし、職員が読み聞かせる物語も十中八九英雄譚だった。
ソラにとって、トーラスの御伽噺は、決して心地よいものではなかった。
ほかの子供たちが彼に憧れ、英雄ごっこ遊びに興じる中、幼いソラの中では際限なく違和感が膨れ上がっていった。
そんなことがあってはいけないと思った。
ただ一人に運命を背負わせるようなことは、それを許してしまうような世界は、正しい形ではないと感じた。
だから誰からも理解されずとも、この道を歩くと決めた。
後ろ指をさされようとも、実力で黙らせてきた。卓越した才能と冠絶した努力が、彼女が進む道を切り拓いてきた。
一人でもよかった。
彼を越えるためには、一人になるべきだとさえ思った。
ずっと気づかなかった。
独りで進む道の淋しさに心が麻痺していた。
ただの憧憬と執着と善意だけをエンジンにして進み続ければ、いつかはバラバラになって砕けてしまっていただろう。
けれど今は。
今は、違うと断言できる。
少年と少女は出会った。
英雄を終わらせようとする少女は、無自覚に欠けていた、同志という最後のピースを得た。
「だ、だって、やっと……やっと、出会えましたから……」
英雄の影を踏む少女の元に、望外のカードが舞い落ちた。
◇◇◇
「でもよかったんですかね」
「ん? 何がだい?」
時を少し戻し、地上にて。
闇に沈む王都のある区画を走りながら、レミアはエイミーに問いかける。
「ほら、カイムさんは手を引けって言ってましたし」
「とはいえ招集が来たのを無視するわけにはいかないだろう」
カイムがソラを追い家を出てからしばらく。
王国政府からレミアとエイミーの元に、使い魔を用いた緊急の招集命令が届いていた。
「何かが起きたっていうことですよね」
「ああ。それにカイムもきっと、かかわっている」
「え?」
「2人とも家からいなくなっていたじゃないか。気づいていなかったのか?」
はあ!? とレミアが大声を上げる。
「あ、あの人まさか、本気で自分でケリをつけるためだけにこそこそ家出ていったんですか!? し、信じられない……! 超絶ムカつきます……!」
「恐らくはそうだろうね。ところでレミア君」
「何ですか!?」
「そろそろ負ぶってくれ。体力の限界だ」
見ればレミアと並走していたエイミーは大粒の汗を浮かべ、肩で息をしていた。
「こういうのは……ボクのジャンルじゃないんだ……」
「す、すみません」
レミアはもともと第一線のパーティでエースを務めていた少女だ。
その身体能力は常人をはるかに上回る。ラボに引きこもりっぱなしのエイミーがついていける道理はない。
エイミーから重い荷物を受け取って肩にかけると、背中にエイミーを背負う。
「それじゃあさっきより早く走るので、舌を噛まないようにしてください」
言うや否や、レミアは脚部に十数の小さな魔法陣を瞬時に展開。そこから魔力を炸裂させると、一気に走り出す。
「う、おおおお……っ。こ、これは凄いな……! 刺激的だ! ボクが研究中に詰まったらこれやってくれないか!?」
「気分転換用のアトラクションじゃないんですけど!?」
召集のあった王城がぐんぐん近づく。
そこでエイミーは、レミアの肩越しにぐっと顔を突き出した。
「何かが起きているようだぞ」
「言われなくても!」
道路を蹴ってレミアは家屋の屋上へ一足に飛び移り、視界を確保する。
見れば火の手が上がり、夜天を赤く染めていた。
「単なる火事、じゃないですよね……!」
距離を詰めてから、レミアは足を止める。
王都に並ぶ家屋の間に、巨大なシルエットがうごめき、緩やかに鎌首をもたげる。
全体のサイズは、先日レミアが撃墜したカースド・ドラグーンすら凌駕するほどの巨大さだ。
「魔族? ううん……どうでしょう。感覚としては、魔物っぽいですけど」
「だとすれば見たことのないタイプだね。現代の魔物に関しては君の方が詳しいかもしれないが、どうだい?」
「……いえ。私も見たことがありません。新種にしても少し不自然というか、ここまで大きいのは突然変異した種としか考えられませんけど……」
そこでレミアは、その巨大な魔物が王城を目指してゆっくりと進んでおり、騎士たちの迎撃を踏みつぶし、余波に家屋を砕いていることに気づいた。
「え、ええええええっ!? 今これ国家存亡のピンチですか!?」
「そのようだね」
「何のん気なこと言ってるんですか!」
エイミーの腕をつかみ、レミアが一気に加速する。
距離を刹那でゼロにしながら、魔力を循環させて砲撃を用意する。
「──『
レミアが巨大な魔物の前に飛び出し、顔面目掛けて固有魔法を撃ちこむ。
放たれた漆黒の光条はあらゆる物質を粉砕・消滅させるだけの破壊力を持つ究極の破壊魔法。
だったというのに──直撃する寸前に、光の壁が稲妻の如き轟音を響かせ顕現した。
「な……ッ!?」
殺到した破滅の光条が、完全にシャットアウトされる。
直撃を回避される形で相手を殺し損ねたことなら何度かあるが、無傷で防がれたのは初めてだった。
「なんですかこいつ!?」
「フム。興味深いね」
レミアに空中で放り出され、自分の荷物をクッションにして地面に墜落していたエイミーは、地面に寝転がった姿勢のまま巨大な魔物を見上げる。
四つ足は地面についたままだが、背中から伸びる翼は、一区画を丸ごと横断するほどに長大だった。
(……ッ! おかしい、リザード型ならこんなに翼が大きくなるはずがない!)
多くの魔物に関して知識を持つレミアだから即座に気づける。
長い年月を生きておきながらそういった知識にはまるで興味のなかったエイミーもまた、明らかに異常な形質であると分かる。
「これってもしかして、複数の魔物が組み合わされてる……!?」
「
「言ってる場合ですか!? 明らかに人為的な……改造個体ってことですよ!?」
「単なる改造とも思えない。随分と根深いところで結合しているようだね」
エイミーが立ち上がるのと同時、
王城へ続く大通りは、通り過ぎた後は破壊されつくされ、敗れた騎士たちが呻きながら横たわっていた。レミアとエイミーの後方では騎士団が最終防衛ラインを敷き、二人に退避を呼び掛けている。
「これはこれは……ほォ……」
そんな中で、じっくりと敵を観察したエイミーが感嘆の声を上げる。
「何か気づいたことでも?」
「一つの生命に、一つの魂。これは常識であり、また枷でもある」
レミアの問いに、荷物を拾い上げながらエイミーが滔々と語る。
「我々は魂を持つからこそ、魔力に干渉し魔法を放つ。あるいは固有魔法という秘儀を持つ」
「そうですね」
「だからこそだよ。実に順当な論理の構築を行えばいい」
夜空を震わせる雄たけびの中。
エイミーがその目に、冷たい光を宿す。
「魂の数が多ければもっと強い出力が出せるのにと思ったなら。
彼女の言葉を聞いて、レミアがギクリと表情を強張らせる。
それを横目に一瞬見てから、エイミーは咳払いをした。
「まあ、理論は筋道立っている。問題はそれがほぼ実現不可能な絵空事という点だが……クリアした者が下手人ということだ」
「……ええ」
二人の視線の先。
キメラの前に立つ男がいた。
「これはこれは、どうも」
薄い笑みを浮かべる青年、ヴィルヘルム・ヴェルトスタインがそこにいた。
「怪盗と呼ぶことはできないね。れっきとした叛逆だ。ボクらが踏み込んだ時にはもう、このキメラを用意していたのかい?」
「
「私たちが、変に刺激しちゃったってことですか……?」
「ああ、気に病む必要はないですよ。遅かれ早かれでした」
ヴィルヘルムの声色はどこまでも軽い。
次の休日には洗濯物をまとめて洗おうと思ってたけど、時間が取れたから先にやったんですよ──と会話を置き換えても成立してしまうような声と表情だった。
「狙いは王城かい? 保管庫に子供のころの落書き帳でも忘れたのかな?」
「う~ん……当たらずとも遠からずって感じですねえ」
はぐらかすような言葉を返した後、ヴィルヘルムは背後に控えるキメラを見上げる。
「こっちが本命だと思ってくれていい。一応、王城から騎士団を引きずり出すことには成功したから、役目は果たしたんだけど……思ってた以上に強く仕上がったから、このまま城まで攻め込んじゃってもいいかな」
「……なるほど。王城には今頃別動隊が向かっていると。だから君は一人なわけだ」
確かにキメラこそ王都を荒らし尽くしているが、他にヴィルヘルムの仲間は見当たらない。
「なら、ここで」
「こいつを突破できるならね。でも、こいつより俺の方が強いよ。君たちは賢いからあんまり手にかけたくないんだけど──」
言葉の途中で。
「おおおおおおおおおおおらああああああああああああっ!!」
大地が爆砕した。
キメラが真下から痛烈な衝撃を受け、ぐらりと傾ぐ。
そのまま右側の家屋群にぶつかり、半ばを粉砕して完全に傾いたまま止まった。
地下から飛び出した人影はそのままヴィルヘルムに接近し、剣を振りかぶる。
「ヴィルヘルム・ヴェルトスタイン────!」
黒髪を振り乱し、輝く剣を振るうその姿に、ヴィルヘルムが目を見開く。
「来たか──カイム・カンタベリー!」
すかさず右腕を振るい、両者が激突する。
拮抗は刹那にも満たない。刀身が砕かれ、カイムの身体が大きく跳んだ。
空中で鮮やかに姿勢を整えると、そのまま彼はレミアたちの前方に着地する。
「か、カイムさんが、地下から攻めてきた……!」
「人のこと地底人みたいに言わないでくれるかなあ!」
◇◇◇
地上に飛び出してから、ヴィルヘルムとにらみ合う。
なんか訳の分からんデカブツがいるが、あいにく今の俺に、そっちへ割けるリソースはない。
「このデカブツは何とかできるか?」
「……! はい! 私が倒しますッ!」
背中越しにレミアに問うと、彼女は勢い良く頷いてくれる。
「カイム! 新しい剣だ!」
エイミーが投げつけてきた剣を、片手でキャッチする。普通に渡せ。
「今までのよりずっと頑丈だ! あと何より、君の戦闘を経験することで機能が解放されていく!」
「レベルアップしていくわけね、了解」
何が解放されるのかは分からんが、経験値には困らなさそうだ。
こちらをじっと見ているヴィルヘルムがいるのだから。
「いいのかい? 君がこのキメラを倒すまで待つつもりだったけど?」
「まあ、大丈夫だろ」
「へえ」
視線はヴィルヘルムから外さないまま、剣を数度振るい重さや形状を確認する。
振りやすい。手になじむ。俺個人のデータに寄せているのか?
「王城にはソラさんが行ったよ。お前のことだ、正面の自分は本命でもあり、陽動でもあるんじゃないか」
「う~ん……思ったより読まれちゃってるな。思考を開示しすぎたかな? 王城に行ってもらったみんなには悪いことをした」
「ほざけ。どうでもいいと思ってるだろ」
全力稼働で圧殺する方針はもうとれない。
互いに手札を見せあった。向こうは俺の切り札を、同様に切り札を切って食いつぶせば勝ちだ。
俺はやつの切り札を正面から上回るか、あるいは隙を突いて確実に通すかしなければならない。
まあ戦いなんて、何をできるかがバレてからが本番みたいなところあるしな。致し方ない。
刀身に魔力を通す。ヴィルヘルムが右手をこちらに向ける。
一瞬の静寂。
直後、互いの攻撃が交錯し、王都に爆音が轟いた。
◇◇◇
「……ひどいありさまだな」
剣を渡して仕事を終えたエイミーが、王都を縦横無尽に飛び交う破壊の光を見て呟く。
ヴィルヘルムが放つ破壊魔法に対して、カイムは背後に庇わなければならないものを置かないよう適切に動き、かいくぐり続けている。
合間合間に放たれる牽制の斬撃は、ヴィルヘルムに届く前に、彼が発生させる奇妙な力場に捻じ曲げられ届かない。
「あちらはうまいこと、カイムが膠着状態に持ち込んでいるね。で、どうするんだいレミア君。あれだけの啖呵を切ったのだから、倒す見込みはあるんだろう?」
「ええ、まあ」
ごく自然にレミアが返事をして、思わずエイミーですら言葉を失った。
「……何ですかその表情。絶対私が見栄を張ったと思ったでしょう」
「あ、ああいや。これは失礼」
実際、そうだった。
エイミーとしては、自分の生命源としてストックしている莫大な量の魔力を譲渡し、それを用いた最大火力なら殲滅できるだろうと見込んでいたのだが。
「となると、意外だな。君が普段使っている固有魔法は、切り札ではないことになる」
「……見当がついているんですか」
「さっきも言ったよ。魂の数が多ければもっと強い出力が出せるのにと思ったなら、魂の数を増やしてしまえばいい──
エイミーの問いかけに対して、レミアは沈黙する。
「一目見れば分かる。特殊極まりないケースだ。君ほどの存在が一緒となると、ボクとしても、あんまり迂闊な行動は起こせない。だが、不思議なことに……君とボクの目的は一致している。そうだろう」
見透かすような視線を受けて、不機嫌そうにレミアは頷く。
「ええ、そうですね。あなたは彼に、英雄のようになってほしいんでしょう?」
「
「なら、私たちは手を組める。だから……信頼の代わりに、見せますよ」
告げて。
暴れまわるキメラの正面に佇み。
レミアが碧眼の中に、昏い紋章を浮かべる。
「──『
顕現する固有魔法は、対象に対する単純な魔力砲撃。
それは
「──『
顕現する固有魔法は、莫大な神秘と憎悪と破壊を煮詰めた大槍の召喚。
戦闘中でなければ、カイムは驚愕の余り言葉を失っただろう。
それはかつて存在した
(やはりそうか。彼女の固有魔法は、2つの固有魔法を組み合わせている)
ここに常識を完全に破壊する光景が存在する。
固有魔法とは文字通り、その人間のみが発動できる魔法。
だがそれは個人の魂と深く深く結びつくが故に、一人につき一つだけという制約を持っているはずだった。
しかしレミアは違う。
魔王の心臓によって生かされている少女は、違う。
自身の固有魔法である射出の権能に、弾丸として魔王の槍を装填する。
彼女が誇る人類最高出力と謳われる固有魔法のカラクリは、言ってみれば
平時は工程の大幅な短縮によって放たれるが故、威力を本来の一割未満にまで減損している彼女の魔法。
だが本気も本気、完全に工程を終えて放たれるそれは、文字通りに消し炭すら残さない。
右手をまっすぐに伸ばし、幾重にも展開された魔法陣を貫くようにして漆黒の杭が固定される。
穂先をキメラに向けて、あとは放つだけ。
レミアは紋章の浮かぶ両眼を静かに細めた。
「
狙い過たず。
極光がオーバーロードし、大通りを片端から蒸発させていく。
家屋を丸ごと消し飛ばしながら迫る槍が、キメラが展開する光の壁に激突──したのは刹那。
割れる音すらしない。光の壁ごとキメラの身体を貫き、通りをまっすぐ駆け抜ける破壊の嵐。
余波が王都全体を揺さぶり、避難している市民たちが悲鳴を上げる。
陣を敷く騎士たちが慌てて身体を隠す直後、突風が吹き抜け城の一部を破壊した。
通りの向こう側までを破壊し、土煙が左右の道へ巻き上がる。
倒れ伏している騎士たちが余波で蒸発しないよう、レミアは射線を上にずらしていた。通りから跳ね上がった光条はそのまま空を貫き、夜空に浮かぶ雲を消し飛ばす。
「やり過ぎだよ」
エイミーはドン引きしていた。
キメラは四つ足の先しか残っていなかった。
「…………ッ」
「おっと」
よろめくレミアの身体をさっとエイミーが支える。
「よくやった。君は役割を果たしたよ」
「……ど、どーも」
顔色が悪く、脂汗も浮いている。
相応に負担のかかる魔法なのだろうと分かる。
「後は、ボクらは祈るだけだ」
「……そうですね」
そう会話した直後。
爆砕音が響き、二人の目の前に、煤まみれのカイムが降ってきて、地面に叩きつけられた。
レミアは数秒思考停止した。
◇◇◇
「やっ……やられてるじゃないですかあああああああああああああああ!?」
「やられてないやられてないやられてない! いや見た目ではそうだけどやられてない!」
悲鳴を上げるレミアに対して、俺は怒鳴り返す。
失礼な! ちょっと向こうに有効打を入れられないまま何度か直撃食らっただけだ!
立ち上がり剣を構えなおす俺に対して、ヴィルヘルムが視線を向けて。
「おっと」
ひらりと右腕が振るわれる。
するとヴィルヘルムめがけて飛翔した氷の槍が空中に一瞬静止した後、すり潰されるようにして砕け散った。
「無事か?」
「助かりました……!」
今の攻撃を放ったソラさんが、俺の隣に着地する。
どうやら向こうは片付いたようだ。早ぇー……
「苦戦しているようだな」
「ええ、基本的に出力負けしているっていうか……本当に魔王の右腕なのかもしれません」
「魔王の右腕!?」
「魔王の右腕!?」
俺の言葉に、何故か他の二人が凄い勢いで食いついてきた。
「そう本人が言っていた。わたしが確かに聞いている」
「加えて、そういうの使ってるって言われて、納得できる強さなんだ」
立ち上がって砂埃を払いながら、正面のヴィルヘルムをにらむ。
奴の使う魔法──魔王が使っていた根源魔法そのものだ。人類が使う詠唱とは根本的に違う。何だったか。力の伝導に余分なロスがないからうんたらかんたらみたいなことを言ってた気がする。
「……ッ。いいえ、魔王の右腕なんかじゃないですよ、あれ」
しかし突然、レミアがはっきりと断言した。
「何でわかんだよ」
「……信じてください」
レミアが自分の左胸を押さえながら言う。
するとエイミーまでもが頷く。
「解析は不十分だが、ボクはレミア君の言葉を信じよう」
「……エイミー・マスフィールドが信頼できるだけの証拠はあると?」
「そう思ってくれて構わない」
エイミーの返答を聞き、ソラさんは唸り、直後に飛び退いた。
「『
俺たちも追随して散開する。通りを衝撃波が駆け抜ける。
「ほら。相談タイムはそろそろ切り上げてもらわないと」
ヴィルヘルムが右腕を見せびらかすように、ひらひらと振る。
色合いは奴の身体と変わらない。加工したのかと納得していたが、思えば魔王の身体を加工できるとは思えない。ならば、やはり別物なのだろうか。
……だけど。
魔王の身体じゃないって言うなら、何なんだ。
あんな魔法を使える存在が他にそういてたまるか。
「そこ立ってちゃまずいでしょ」
ヴィルヘルムが俺を嘲笑する。
瞬間、己の失策に気づいた。
俺の背後。
半ば崩壊している家屋の瓦礫の下に、騎士が倒れ伏している。
「『
さっきから同じ魔法ばっかり使いやがって!
殺到してくる衝撃波。回避すれば背後の騎士たちが犠牲になる。
刀身に魔力を伝導させ、正面からぶつける。切り裂こうと振るった剣が衝突時に軋む。
押し負けたら死ぬなあこれ。
だけど、押し負けるに決まってる。
「『
だから──コンマゼロ2秒だけの全力起動。
刀身が眩い光を放ち、真っ向から破壊魔法を受け止める。
魔力を純粋な破壊力に転換した根源魔法相手に、力不足なのは分かってる。
分かってるんだ。だけど! 力不足じゃなかったことなんて一度もない!
いつもいつも足りてないことばっかりだった! いつだってそうだ!
「──ッツゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
乾坤一擲。
振り抜いた刃が根源魔法の破壊の嵐を両断した。
俺も、背後の騎士達も無事。ヴィルヘルムが目を見開く。
「カイムさん……!?」
レミアの悲鳴には驚愕の色が混じっていた。
正面から受け止め切れた。自分でもびっくりしている。エイミーの剣が、俺の想定を超えた威力を発揮したのだ。
「……なる、ほどな」
そして今の交錯で分かった。
何度か直撃をもらって、やっと分かった。
厳密には、違う。
魔王の根源魔法そのままじゃない。何故なら、一度直撃したのならその時点で消し飛んでいなければおかしかった。
さっきまではギリギリで俺が致命傷になるのを回避できていたのだという認識だったが、違うんだ。モロに受けても死んでいない。あろうことか、前世には程遠い出力の『
本来の奴の魔法は、こんなにヌルくない。
俺がこの世界で一番よく知っている。
だから断言できる。
「
「……あ?」
ビキリと、ヴィルヘルムの額に青筋が浮かぶ。
「まがい物って言ったんだよ。やってることひっくるめて、お前の存在は全部、ニセモノだ」
「負け惜しみにしちゃあ、少しデカい口を叩きすぎだろ」
「もう勝ったつもりだったのか? そんなだから、外付けの回路に頼りきりのまま、王城の聖遺物にまで手を出そうとする。自分に何もないからか?」
こちらの言葉を聞いたヴィルヘルムは、顔を真っ赤にして呼吸すら忘れてしまった。
「う……うわああああ! 超劣勢の状態で急に煽りモードに入んないでください! 口閉じて!」
超スピードで隣まで駆け寄ってきたレミアが、俺の頭をはたこうとする。
その右腕をつかんだ。至近距離で視線を合わせた途端、レミアが思い切りのけぞった。
「……ッ!?」
「悪い、今は、頼むよ」
レミアの手を離してから、ヴィルヘルムの元へゆっくり歩き出す。
あり得ない可能性を排除していった先、唯一残ったものは事実と呼ぶほか無い。
そしてその事実は、大変申し訳ないのだが、俺にとっては絶対に許しがたいものだ。
「それは魔王の右腕なんかじゃない」
「…………だったら何だと思ってんだよ?」
魔王じゃないのなら。
魔王レベルで魔法を使えて、遺体が残っていそうなやつなんて、心当たりは一つしか無い。
「それは……かつて大英雄と共に魔王を討伐したパーティの一員。賢者の右腕だ」
ヴィルヘルムの唇が限界までつり上がった。
「どうやって手に入れたんだ」
「そりゃあ、ね。偉い人のお墓って、場所分かりますし」
賢者は、冒険者のための学校を作り、レオ君達のような立派な冒険者達が育つ環境を作り上げた。
かつての仲間として誇らしいし、あんなにビビリだった、可愛い少女がよくもまあと思う。
だから。
「だから、許せない……! おかしいだろうが! その力はお前のものじゃない! お前なんかが使っていいものじゃない……!!」
「それを勝手に、アンタが決めるのか? どこにそんな権利がある?」
言ったな?
言いやがったなこの野郎!
「ある! 権利はある!」
「へえ。流石はトーラスの再来サマだ」
「
血を吐くようにして叫び、切っ先を突き付ける。
「誰だって、良い世界を望んでいた……! そして、輝く未来のために犠牲になった! 誰もかれもそうだった! だからこそ、今を生きる俺たちは! 残されたものを、正しく使っていかなきゃいけない! 魔王の遺骸だろうと、英雄たちの残骸だろうと!! それは過去に置き去りにされた、大量破壊兵器の代わりなんかじゃないんだ!!」
叫びが夜の帳の下に響く。
レミアが息をのみ、エイミーが目を見開き、ソラさんが無言で頷く。
「ご高説ですね。何と言おうと、言葉が暴力に勝てるはずがない」
「言葉じゃない、信念だ。お前が持たないものだよ、ヴィルヘルム」
「……ッ! そうやって、偉そうに!」
俺の手の中で、エイミーからもらった剣が、白い輝きを放っている。
感覚で分かる。機能が解放されたんだ。
「それは器だ! 白焔を宿らせろ!」
エイミーが鋭く叫んだ。
「君の固有魔法は現状、剣の形を維持することにリソースを割いている! 手数や速度は稼げるが、出力──密度が足りてない原因はそこだ!」
手の中の剣を見つめ、一歩踏み出す。
刀身からにじみ出るようにして現れた白焔が、大気を歪ませる。
「やれると言うんだな」
「ああ、やってやるさ」
問いに答えて、ソラさんの横を過ぎ去ってヴィルヘルムの元に向かう。
「カイムさん。私の言うこと、正しかったでしょう」
背中に投げかけられたレミアの言葉。
「貴方は、英雄の領域にたどり着ける」
「──違うな、レミア」
「え?」
目を見開き絶句するヴィルヘルムに対して、剣を正眼に構える。
「俺は──英雄譚を、超えてやる」
大英雄になりたかったわけじゃない。
大英雄になろうとしたわけじゃない。
大英雄をやっていたわけでもない。
だけど────
「俺は、誰かが辛い思いをしているのは嫌だ!!」
「俺は、誰かが泣いているのは嫌だ!!」
「だから……!」
だから負けられない。
壮大な因縁がなかろうと。血盟の宿命がなかろうと。憎悪や殺意すら抱かなくとも。
眼前の敵が、世界を脅かすというのなら。
俺は、それを倒すためなら、全身全霊で挑んでやる。
「もう、いい。もういいんだよカイムさん。英雄譚なんてとっくの昔に終わってる。英雄のいない時代に、俺が、新しい風を吹き込んでやるって言ってるんだ」
右腕に魔力を循環させながら、ヴィルヘルムが血走った目で告げる。
「風?」
「そうだ。英雄になれないやつでも、それを理由に全部諦めなくていいような、そんな新しい時代だ」
「…………」
「必要とされるのが、英雄ではなく、多くの兵士であるような世界。そうすりゃ誰だって──」
「無理だな」
「っ?」
「多くの兵士が求められる戦場でこそ、英雄は生まれる。だから、英雄を生み出さないために、お前の愚かな考えはここで粉砕する。ここがお前の終着だ。哀れまれるのは得意だろ? 黙って受け入れろ、雑魚」
「────
「やめとけ。魔王じゃないと無理だ」
数瞬の沈黙。
俺とヴィルヘルムが同時に口火を切る。
「『
「『
◇◇◇
世界がスローモーションになる。
単一の剣にすべての力を集約させた。
だから余分なものがない。剣を起点兼中継地点として、固有魔法の権能が、全身を循環する。
俺の固有魔法である『
光の剣とは、紐解けば斬撃性能に特化させた攻性エネルギーの集積体に過ぎない。
そこには、決して本質は宿っていない。
端的に言えば、ステータスの上昇補正。
魔力そのものをエネルギー体として認識することで、それをあらゆる形で出力する、『e=mc^2』の実現。それが俺の固有魔法だ。
単なる破壊力として吐き出せば大陸を焼き尽くすであろうそれを、加護の形で身に纏い、攻撃や防御、移動に転用する。それが俺の
ヴィルヘルムが繰り出したGlorificationは、魔王の根源魔法の中でも、奴が
単なる衝撃波や、敵の魔法を分解する特殊な波動では収まらない。
ヴィルヘルムの背後に、鎖で縛られた巨神が顕現する。
見ただけで魂を砕くような、禍々しい厄災の象徴。
一帯に対して強烈な圧力をかける、存在の密度がまるで違う守護神。
魔王城でこれ出された時本当に絶望感エグかったな。
「ここで消し飛べ、旧世代の残骸が!」
「────!」
巨神が鎖を引き千切り、口をガバリと開く。
喉奥から光がせり上がり、ブレスを吐き出さんとする。
だが──エイミーの剣を掲げた俺が視線の先にいないことに気づき、巨神が一瞬たじろいだ。
俺は地面を蹴って跳び上がり、既に真上にいる。
「消し飛ぶのはお前だあああああああああッ!!」
真上から剣を振るい、エネルギーが迸る。
顔を上げた巨神が同時にブレスを放つ。この角度ならどこにも被害は出ない!
極光と極光が激突し、即座にこちらの攻撃が、巨神のブレスを押し込んでいく。
喉元まで殺到した光がそのまま身体を貫き、中心から蒸発させつつ大通りの地面に突き刺さった。
「……は?」
背後の巨神が綺麗に真ん中をくり抜かれ、光の粒子に分解されながら倒れていくのを眺め、ヴィルヘルムが頬をひきつらせる。
「なんっ、で」
彼は顔を上げると、俺を視線を重ねて口を開く。
「なんでだよおっ!! フザけるなッ!! 英雄なんぞに……こんなところで終わるものか!」
「いいや終わりだ! お前はここで終わりなんだよ、ヴィルヘルムッ!」
降下しながら、エイミーの剣に出力を集約させた。
子供みたいに右腕を振り回して、ヴィルヘルムが絶叫する。
「英雄譚如き! とうの昔に終わってるはずなのに!」
「勘違い甚だしいな、ヴィルヘルム・ヴェルトスタイン!」
展開された数百に及ぶ障壁は、切っ先に触れた刹那、濡れ紙のように引き裂かれていく。
「英雄がいるから英雄譚があるんじゃない!」
「……ッ!?」
「英雄譚を求める人々がいる限り、何度でも! 何度でも! 英雄は蘇るッッ!!」
落下しながら、ヴィルヘルムに剣を振り下ろす。
右肩口に刃が触れ、一切の抵抗なく、右腕を根元から切り飛ばす。
「ぎゃっ────」
「賢くないのに、賢者の腕を使ってんじゃねえよ」
着地して
血をまき散らしながらやつは地面に転がり、動かなくなる。
「…………」
深く、深く、息を吐く。
上り始めた朝日が、空を明るく照らしている。
遠くから名を呼ばれた。
振り向けばレミアたちが手を振りながら、こちらに走ってきている。
俺も彼女たちの元に歩いていこうとして、服の袖を引かれた。
『
「…………」
『私が、彼に、力を貸したのは……』
「俺が英雄として戦わなくてもいいようにだろ。お前、頑張り過ぎだ」
『……私、余計なこと、しちゃったかな』
「ありがとう。嬉しかったよ。でも大丈夫。俺は……カイム・カンタベリーとして。ちゃんとやっていく。やっていけるから」
『……そっか』
「大丈夫。お前らを忘れたりしない」
『あ、それは大丈夫。忘れようとしても忘れられないでしょ、私たちのこと』
「ほんと、卑屈なくせに変なとこで自信家だよなお前」
『えへへ』
褒めてねえよと言おうとして、感触が消える。
俺はその場に立ち尽くして、空を見上げた。レミアたちがぽかんとした様子で、歩みを止めている。
「え? カイムさん、今誰かいたような……ん? 見間違い……?」
「誰もいなかったよ。ここには誰もいない……」
だけど確かにいたんだ。
この世界に、存在していた。それは輝かしい栄誉として残っている。
それを守れたというのが、何よりもうれしかった。
「────いやいましたよね!? 結構ハッキリと見えてましたよ!?」
畜生! あいつの残留思念が強すぎる!!
レミアが俺の元に駆け付けると、周囲をくるくる回りながらアレ~? と首をかしげる。
「背の低い少女の姿が、確かに見えたが……」
「わたしも見た。恐らくは残留思念が形を結んだのだろう。ここらは魔力濃度が高くなっているからな」
エイミーやソラさんまでいぶかしげに俺を見てくる。
あ~……どうしよう。賢者の残留思念に、トーラスの後継者として何か話されました的な方向でごまかすか? 箔もつくだろうし。
いやでもなあ。そもそも俺がそういう風になるのを嫌がってたっていうのに、本人の意思を捻じ曲げてプロパガンダ的に使うの流石に気が引けるというか超えてはならない一線というかなんというか。
俺がどうしたものかと悩んでいる間に、レミアが手をポンと打つ。
「あ……もしかして」
「っ、ええとだな」
「トーラスの思念を受け取って最後にものすごく強くなってたんですか!?」
「は?」
数秒思考がフリーズした。
なんでそうなる? なんですべてをトーラスのおかげにしようとする?
「……まさか、トーラスは男の娘だった?」
「なんで??」
ソラさんが至極真剣な声色で言った。
「ほお。面白い新説じゃないか」
エイミーが半笑いでこちらを見ている。オイ、お前なんかちょっとこれ面白がってるだろ。
「どうだったんですか!? もしそうなら、トーラス魔王と駆け落ち説という異端中の異端だった学派が勢いづきかねない大問題ですよ!?」
「何それ? 全然違う……」
魔王ゴリッゴリの武闘派のダンディだったからね!? マジで根も葉もない妄想じゃねえか!
「いやまあ、魔王の死亡は確実です。それはそうですし、魔王とトーラスの二人で余生を送ったんじゃないかみたいな話なんですけども」
「寿命的に無理じゃね」
「うっさいです! で、でもこうほら、ロマンがあるじゃないですか! ……それに英雄と魔王っていう組み合わせはちょっとご利益があるというか……」
何やらごにょごにょと話すレミアは、途中から顔を伏せてしまいほとんど言葉がこちらに届かない。
何なんだよ。マジで知らねえよ。
「しかし最後に、英雄の切り札たる剣の再現に成功したのだな」
「……? 切り札?」
ソラさんの言葉に俺は首をかしげる。
え?
「トーラスの最後の切り札。一説によれば全エネルギーを一刀に集中させるものだったとか」
「ああ……まあそういう意味なら……多分やったこと、じゃねえや。ありそうですね」
「その名も『漢のビッグマグナム打法』だったか? 意味はよくわからないが……」
「違う違う違う違う違う」
何でちょいちょいトーラス下ネタに走る男だと思われてんだよ!!
ごにょごにょしてるレミアと真面目に頷いてるソラさん。
完全に手に負えなくなったので、俺は半泣きでエイミーに視線を送る。
「まあ、良かったじゃないか。大団円だ」
「それはまあ、そうなんだけどさ」
「めでたしめでたしだろう? じゃあボクは、トーラスが男の娘でビッグマグナムを必殺技としていた説を学会に送ってくるよ。」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!」
男の娘が巨大な逸物で暴れまわる英雄譚は最悪過ぎるだろうが!!
完全に薄い本案件になってしまう!!
「ちょっ、待て! 待ってくれエイミー! トーラスの名誉のためにそれだけは待ってくれ!!」
「あっ! 待ってくださいカイムさん、結局どうなんですか!?」
「貴公の魔力操作の感覚を知りたい。まだ話は終わっていないぞ」
「うるせえ! しがみつくな! おいエイミーあいつちょっと小走りになってるぞ!! ふざけるな! やめっ、やめ……ヤメロォオオ!!!」
闇が払われ、日の明かりに照らされ始める王都に。
俺の死ぬほど無様な悲鳴が、むなしく響き渡るのだった。
◇◇◇
礼服を着るのは久しぶりだった。
昔はもっと、着る機会があった。戦果を上げるたび、仲間たちと一緒に呼び出され、あれよあれよという間に着替えやら化粧やらをされて、王様の前に並ばされた。
女騎士は元々持っていたが、戦士や賢者はそういうのを持つ層じゃなかったし、俺に至っては正装といえばこっちの世界に呼び出された時の学ランとワイシャツのみで、それも呼ばれた時のゴタゴタでボロボロになってしまっていた。
白を基調とした礼服。金色の飾り紐。鏡に映る自分を見て、息を吐く。
ヴィルヘルム・ヴェルトスタインの反乱を最小限の被害で鎮圧したとして、俺たちは今日、王城にて表彰されることになっている。
いつの時代も変わらない。誰かを打倒することは誰かを守ること。だから殺戮と暴虐こそが、栄光への最短経路になる。
「着替え終わりましたかー?」
「ん、ああ」
返事をすると、更衣室のドアが開けられた。
同様に正装に着替えさせられたレミアたちが、部屋の中に入ってくる。
「これ、すごく動きにくいし、胸のところがキツいんですよねー」
「こらこら、レミア君。殿方の前で言うことではないだろう」
「……! 何見てるんですかカイムさん!」
「見てない見てない見てない!」
飛んできたビンタをかわして叫ぶ。
エイミーがカラカラと笑う。お前本当にあの説公表しかけたのマジで根に持ってるからな。当分忘れねえぞ。
「ていうかお前ら、いいのか?」
「ん? 何がだい」
変わらずフェイスガードを着けたままのソラさんに聞き返され、俺は鏡に視線を送る。
正装に身を包んだ四人組。
当初の予定からはズレにズレてしまった。商家の三男坊としてやっていくの、完全に副業になってるレベル。俺の剣技がダメダメなので商売を継がせることにしたらしい両親は泣いて喜んでるが……
「……これから先。俺はトーラスの英雄譚を塗り替えるために、たくさん戦っていこうと思う」
「そうですね」
「この表彰に参加すれば、俺たちは四人組として扱われる。きっとトーラスを越えるために、四人で戦うことになる」
「知っているとも」
「……だからさ、それは、多分、すごく難しいことだ。常にトーラスたちと、比較されることになる。それでも俺は戦う。戦いたい。だけどお前らはどうなんだ」
「愚問だな。わたしたちの覚悟は既に決まっている」
「それは、聞かされてる。だけどそれがなぜなのかを俺は知らない」
「「「だって────」」」
◆◆◆
魔王の心臓に生かされる少女が、終末を望む。
(私をいつか、殺してもらうんですから)
造られたかつての少女が、永遠を望む。
(ボクと共に、永劫の道のりを歩いてもらうのだから)
英雄譚の破却を目指す少女が、変革を望む。
(わたしと一緒に、英雄譚を終わらせるのだから)
カードは配られた。
80年の時を超え、運命という名のディーラーが唇をつり上げる。
『──やっと、出会えたんだから』
そんな事情を、カイムは知る由もない。
(もしかしてこれ……モテ期? 俺、第三の人生でついにモテ期が来た!? おいおい最高だな……! 確かに三人とも顔はめっちゃいいし!)
だから今はただ、彼だけが知らない。
このラブコメが、景品表示法に違反していることを。
終わり!
ボーイミーツガール杯お疲れさまでした!割烹とかで後書きなんか書きます。