あべこべ危険(ウマ娘)   作:2Nok_969633

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 うどんはおかずである。






詰め寄り

 

 

 

 掲示板の手直しとブログの内容との往復作業を、繰り返し画面と睨めっこしながら見直す日々に終わりはない。

 

 あの後…一旦はお開きとなったあの会話を境に、また1人でいる時間が増えてしまっていたお蔭か、考えを深める方向へとシフトすることは出来ていた。だが、いくら自分の学んできた事一本で納得の出来るものが出来上がるか…と問われればそんなことはない。勿論…自分のしてきたことに結果が伴えばそれこそ素晴らしいものだと言えるだろう…何より初手は大事だ。下地をするかしないか、その先に至るまでありとあらゆる予測をしてこそ…その精神が、世に出すもの総じての共通点とも言える。

 

 実を言うとあれからも考えに考え抜き、どんなブログで攻めていこうか悩んでいた。例えば『ドキッ‼︎あのウマ娘の秘密は…じゅるりら‼︎』といったデジタル系オタク路線や、もしくは真面目な路線で『このレース場の攻略法はこれで決まり‼︎』なんて胡散臭いタイトルも手札として加えるほどに…意外にも切羽詰まるように苦戦を強いられている。こうなっては元も子も無い…それにブログともなればガチガチにやるよりも、親近感を持たせることを重点的に考えた方が良いのだろうか、なんて足りない頭を捻っては物思いにふけるなんてある種贅沢な悩みなのかもしれない。

 

 ここは単純に一直線駆け抜けるように止まらず好きに、ウマ娘の愛でも語ってみるか?宝箱に大好きを埋め尽くすように、その先にある夢を世界に解き放って伝説をいっぱい作ってやろうか?個人的には常に全力で胸が高鳴る点、モチベーションとしてはベストにはなるだろうが…ここは思考を迷わせない方が無難にはなるだろう。いや、この先にある明日へと繋げるには直向きに書いた方が…まてまて、何もてっぺんを目指しているわけではない。しかしここで挑戦なくして夢は無し…迷うな、恐れずに後悔を考えるよりも先に勇気を出せ。書け、御託はいいから書くんだ、まずは書こう…不可能なんて言葉は辞書には無いんだ。冷静になれ…運命を変える約束なんて、輝ける未来を見ようだなんて出来るとは思っていないのは昔も今も変わらないだろうに…アプリのように上手くいくとは限らないんだ。アニメでは偶々救いがあっただけだ。

 

 そんな意味の無い自問自答を繰り返して、気が付けば一粒の涙が頰を伝っていた。

 

 ハッと顔を上げれば、暗くなったパソコンの画面に映る絵面が悪い泣き顔がそこにある…なんともいえない間抜け面を目にして、さらに涙が流れてしまいそうで、少しばかり胸を締め付ける。

 

 静寂が満ちた部屋に、心の種から生えた悲しみや挫折が俺の身体を侵食していくように蝕んでいく。圧倒的な孤独を前にささやかな祈りを吐き出せる事もなく、暗くなったのは画面だけではなく部屋全体も暗闇に包まれていた。心の心象風景が溢れたのかと錯覚しそうになるほどに、考えすぎていたようでいつの間にやら太陽が沈んでいたらしく、窓の方を覗けば三日月が雲から顔を覗かせて、この世界を美しく形取っている。どうやら明日の東京は雨らしいが…風情がある、と言えば良いのだろうか。星の海は生憎見えないので残念ではあったが、優しい月光が等しく静かな世界に降り注いでいる景色に、何処か心が洗われてサッパリした俺はチョロいと実感した瞬間である。

 

 窓を開けて久しぶりに外の空気を味わう…通り抜けた風が肌を刺激し、縛りから解放された様な、そんな感覚だ。心の重みを大空へと放り投げるように、身体を目一杯伸ばす。

 

 この今を新しい今で塗り替えて、宿命の旋律を奏でようではないか。昨日を守って…過去を守って何になるというのだ。

 

 っと、まあ…こうして葛藤していた過去とはおさらばし、奮起出来れば良かったものの、なんとも情けない話…思考が止まる。

 

 なんだろう…月面に降りさせてもらえずに、月の周りをぐるぐると回っていただけで帰還したと例えていた人がいたけれど…笑止。部屋から出れず、外にも行けず…強制的にニートをされていれば誰だってそうなる。大切に育てる馬でも、ここまで酷い扱いはされないというのに…まあ、馬は走らせないと血の関係上、問題が起きやすくなるとか色々あるが…男にだって心はある、ということを世の中の女性は知ってくれと願うばかりである。望んだのが仮令(たとえ)男であろうと、知ったことではないのだ。

 

 未来は一言で言えば退屈だと言っていた人がいるが、これもそうなのだろうか?それとも俺がただの卑しい人間なだけなのだろうか?

 

 さて、笑えない冗談は隅に置いておくとして、精神的に非常に不味い展開に目を瞑ってもいられなくなっている。この一歩を踏み出せば…俺にとっては大きな躍進となるだろう。それをわかってはいるがこの一歩が…壁に囲まれて抜け出せないくらいに分厚く、そして重く閉ざされているのだ。

 

 これ以上は無駄だろう…今日はもうやめだ。

 

 こういう時は潔く諦めた方がいいと、そう思った時程腹が減るものだ。時間帯にしていい時間なこともあってか、リビングへと戻り調理器具一式を見て俺は悟った…やはり、洗い物は少なくしたいと。

 

 そうと決まれば、と冷蔵庫にある食材を見て思わずニヤケてしまうではないか。ふっふっふっ…一人暮らしといえば、手間がかかるものは避けたい思考を誰もが持つであろうという自論は健在のようだ。それはこの世界に来てからでも変わりはない…ならば、今夜は贅沢に一人鍋といこうではないか。

 

 カタッとガスコンロに水を入れた鍋を置き、そこに昆布を入れてからの30分…まずは火を入れずに放置プレイをするのが安定だ。良バ場になるまでの時間を如何に活用出来るかが、勝負の分け目である。さあ、パドックはどうだろうか。

 

 ご飯をざっくり洗って炊飯器に勢いよく入れるついでに、サラッと横目で見ていく。賞味期限の近い鶏肉と豆腐、見た目が良すぎる白菜、おひたし用のただの茹でただけのなんの変哲もない余物のほうれん草、お姉ちゃん特製下処理済みの椎茸、予めカットしタッパーに保存していた大根他、買ってもらったネギやにんじんなどを、ある程度鍋に入れやすいように加工している内に大体30分くらい経つわけだ。その間スマホから流れる過去の競バ映像は、見逃してはならない…手元が狂わない程度に聞く意識は欠かせない。

 

 煮立てた鍋から昆布を取り出し、1人分の具材を慣れた手つきで入れていく。もう慣れてしまったからこそ出来る芸当…余りすら出さないこの手際っぷりは、まさに神威を見よ状態。そこにどうせ1人、という雑な意識を掻き消してくる魅惑のささやきは、まさに通い妻と言わんばかりだ。心の意識外から何かが突っ込んできた…これは、ご飯が炊けた音。ゴハンガタケタオトであります。親の声より聞いた電子音が、雑念を掻き消してくれるこの瞬間、ホカホカの煙がパカっという音にドキドキが止まらない。俺の心がずぎゅんどぎゅん、君から醸し出されるアミラーゼから加水分解したグルコースとの結合を求めるゴングの鐘が鳴り響いた即ち、腹が減ったと理解する。生まれてこの方10数年経つが…気軽に会える人が居ない中、お前だけが友達だと言わんばかりに絡みついてくるソノリティは、まさに格別極まりない。そして私もいるよ、と主張してくるプリンセスである鍋君…いや姫君。君はいつもそうだ、そうやって俺の身体を内側から熱くさせてくれる。今日は君たちと共に祝福をあげよう。今俺は、開戦の火蓋を上げるのだ。ファンファーレの余韻はもう消えて、各食材が一切にスタート…好調なスタートダッシュを決めている。流石選ばれた食材達、優秀であること間違い無し。

 

 こんな暑い時だからこそ、熱いものがいいんですよ…と記憶が蘇ってくる。この世界だとご主人ではなく、御令室になるのだろうか。それともお嬢様か…なんてことはさておき、食材は食われるというのに実に協力的だ。出身も中身も違うというのに、何故君たちはオーケストラのように綺麗な味を奏でてくれるのだろうか。さっき知り合ったばかりだというのに、直様即興してくれるとはなんたるサービス精神…ブラック企業も真っ青な脳内汁プシャーっと溢れる快楽に、冗談では済まされないくらいに汗が噴き出し、店主も堪らず苦笑い。

 

 ぷりっぷりに火が中まで通った鶏肉が先頭を飾るか、2番手には良い出汁を作った椎茸が折り合いを付けている。3番手今日は厳しそうだ、豆腐はこの位置。やはり賞味期限がやはり大きいか、その隙を突くようにネギが4番手から前を狙っている!さあさあご注目の5番手の人参、ちょっと硬めか少し煮込んだほうが良さそうな様子。6番手、6番手にご注目ください、定番の白菜が夏場にも関わらず前をジリジリと狙っているぞ、しめしめと言わんばかりであります。他の野菜を後続へと引き離していく…っとここで胃を引き締めた。鍋が再度グツグツと煮込まれている…なんと、ここで卵だ。まさかの卵が出遅れたにも関わらず驚異的な末脚だ。ご飯と共にジリジリと前の塊3番手、2番手、先頭へと抜けていく。第4コーナーを過ぎたが、これはとんでもない波乱の展開へと変わっていった、世界のご家庭よ…これが近代日本料理界の結晶だ!まさに革命、今日は雑炊記念日にでも如何だろうか。

 

 ブログの悩み?そんなものはもうどうでも良い。最早、彼に言葉はいらなかった…全ての不安を忘れて俺を突き動かしたのは只々食べたい、というだけの欲だけだった。

 

 その時、ふと閃いた!このアイディアは、ブログで使え…使え……使えるのだろうか。急に落ち着くな…というコラが貼られそうなくらい、一気に気持ちが冷めてくる。何をやっているんだろうか俺は…この世界に来て、ただ食って寝て自己満足に夢を見るただの痛い人間が、よりにもよって夢を叶える手助けをするなどと…よくもまあこんな愚行に酔いしれるのだろう。いつか取り返しのつかないことが起きても不思議では無いが、起こさない自信だけが取り柄でここまでやってきた俺の理性には惚れ惚れする。

 

 静かに競バ関連の動画だけが流れるリビングと、隣接するキッチンから聞こえる食器のカチャカチャとなる音だけが、この部屋全体を支配している。これが終わった時、またあの悩める子羊状態になるのかと思うと嫌気がして、面倒な事になりかねないのは何としてでも阻止したいところだ。

 

 そんな切羽詰まった状況下で、資料部屋のパソコンから通知音が聞こえたのは気のせいでも何でもなく、唐突に訪れたこの幸運は見逃すわけにはいかない。ありがとう、三女神様よ…神はどうやらこの哀れなる子羊こと俺を、完全には見捨ててはいなかったようだ。

 

 この世界でもどうやら余裕は与えてくれないが、今だからこそ賢者モードへと成り果てた身体に再度鞭を打ち、食器を洗って片した後、部屋へと戻り内容を確認する。掲示板のルームを見ると、今回はどうやら2人目のようだ。

 

 『あなたのアドバイスを参考に、先輩に掛け合ってみたら時間を作ってくれるそうです。機会を作っていただきありがとうございました。』

 

 前々から薄々感じていたこのやるせなさ…やはり断片的な言動から全てを読み取ろうなんて、俺には愚行だったのだと思い知らされる。不測の事態を考慮した上で、彼女から与えられた手札を整理してみれば一目瞭然か…仕方ない。展開の組み立ては事前に決めていった方が良いのか?

 

 ならば、イメージを特定しろ…絞り出せ。その先の展開を予測しろ。限られた情報の中から、人物像を察知して手掛かりを探すしかない。

 

 ありきたりな戦法は向いていない。そしてその脚を大事にしないことや勿体ない発言、という点から見てこれは恐らく本来の武器が末脚だと絞れる。担当ではないトレーナーが観察した上で発言していることから、それなりに重賞を取れる位置にいると見ていいかもしれない。中央に入学をしている時点でそもそも論ではあるが…この子はどの程度なんだ?

 

 負け続いても強靭な精神力…諦めの悪さ、何より失敗はしたが自らの手で脱却しようとした頭の回転力を考慮した上で、突発的な無謀とも取れる行動をしてしまう気性の悪さは捨てられない。薄々思うところはあるんだろうが、本人が納得しなければ意味が無いことはトレーナーも強者も周知の沙汰だ…周りがどれだけ協力してくれるのかで、将来性が高くも低くもなる予感がする…ここは丁寧に掘り下げて知っていく必要がある。例の先輩がどの程度の力を持っているのか、踏み込んでいかなければならないということか…面倒だがここを重点的に攻めてみる価値はありそうだ。

 

 多少の無茶をしても未だ身体を壊していないと予測して、耐久面もそれなりにあるからこそ行えたのかが不明だ。1人目の子に比べれば丈夫なのか?それとも我慢強いだけか?より洗練されれば相当大物になるのかも…これは研ぎ澄まして見たいほど純粋な刃物のようなキレは一体どの程度なのだろうか?こちらは見えてこないか…残念。

 

 しかしながら、自分自身でも無茶な事をやっていたという自覚はあって尚、再びここに来たという事は…それなりにストレスを発散したと見て考えて良いだろう。それなりに置かれている状況を判断する能力も、ある事が伺える。あくまでもないとは思いたいが、ここで嘘やハッタリを書いても意味が無いことは知っていると信じたい…いや、そもそもそんな子は居ないから可能性はほぼゼロに近いな…この部分を警戒する必要はない。

 

 これだけの手札で戦え、と。然うは問屋が卸さないってか…心が躍るな。こちらも羽化を始めた者を目の前にして、置いてけぼりをここでも食らうわけにはいかない…彼女達に負けてたまるか。

 

 単純故に厄介な獲物となると…やはり速やかに調理をしなければ、俺が喰われかねないだろう。とくれば…また多少の乱暴はやむを得ないか。ここに来る連中らは、もう少し手心というものを覚えてもらいたい。俺の相手ってこんなんばかりかよ…だが、理不尽にはこの世界に来た瞬間から、もう慣れっこだ。

 

 挑む相手としては十分…さあ、心してかかろうか。

 

 

 

 




 


 ドリームトロフィーリーグへの挑戦権はG1+掲示板入り上位成績者、もしくは総賞金が高い人達が中心となって成立している。尚、本人の意思によって先延ばしにする事が可能である。

 (1989年8月5日の東京が曇りで、6日は一日中雨が降ったってあったんでありがたく活用し、月の満ち欠けも同日そっくりそのまま三日月の定義に当て嵌まるらしいからこれも参考にしているって情報…いる?)




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