あべこべ危険(ウマ娘)   作:2Nok_969633

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 二の足を使いようやく、といったところ…これはお前が始めた物語だろ。






姉御肌

 

 

 

 カンカンっと鳴り響く木槌、カタカタと奥歯を振るわせる男共、それに群がる高額納税者…ポタポタと落ちる汗が彼らの恐怖心を物語っている。俺は寧ろ濡れる理由が別にあるといってもおかしくないだろう…ここに邪で歪な考えを持った者などいないのだから。

 

 だが彼女達は真剣である。何せ、身体の相性などを確認することが出来ない規約がありながら、長年の経験と勘のみで将来を見通さなければいけない。どれだけ血が貴重でも、どれだけ能力があろうと、一定の恐怖感というものは生殖器官の動きを妨げてしまう。現に女性は子孫を残す期間が限られていることも大きい。よって、この会場は混沌である。

 

 遺伝子操作の入った者の血や誰の血すらもわからない者など、本来は受け入れたくないのだ。

 

 そしてその血は貴重であればあるほどに需要が増えていく。その血を持っているだけで、貴族にとっては一つの地位として獲得できるというものだ。

 

 家族の為に、娘のために、より吟味しその先を予想して選択しなければならない。

 

 そして男も男で取捨選択の猶予を少しでも見つけなければならないのも事実であった。命の危機に瀕したわけではなく、長年行われてきた育みの中で芽生えた遺伝子に刻み込まれて、積み重なってきた経験則から働くものなのだろうが、こうした場で発狂してしまう人も中にはいる…どれだけ試験をクリアしようと、だ。そうしたイレギュラーやエラーは人でも、馬でも、必ず起きてしまう。

 

 その分、発狂を少しでもしてしまうと、そうした趣味嗜好を持つお嬢様の手へと渡ってしまい、さらに地獄へとつきすすんでしまうものだ。

 

 如何に拒否をしようとここへ選ばれたものは、ある種の楽園送りと評される。これは毎年のように行われる行事であり、選ばれた者だけがここへ辿り着けるという事となる。

 

 さて、長々と語ったが…では俺はどうなのかというと、意図してここへやってきたのは事実だ。

 

 

 

 自らの運命が決まってしまうと同時に種として、ある種管理されてしまうこの世の中で…そこに、俺は立っている。文字通り勃っている。雑種の血がここにやってくる事はまずないのだが、どうやら評価されるに値したらしい。

 

 

 

 服装で隠れていようと、目隠しをされていようと、濃密な女性の香りは濃厚で久方ぶりだ。何処となく雰囲気でわかる王族の高潔さも混じり、普段の生活からは味わえない程よい若い雌の香りが鼻に侵入して、俺の脳からドバドバと神経伝達物質を流していく。そもそも年齢上限が決められている上で、ここにはお姉さま方しかいないというのも要因だろう。その中にはウマ娘の富豪の娘もいるだろうが、大半は男の潜在能力を見抜く上で、親或いは姉妹、使用人と相談しながら買うのだろう。…その光景を想像しただけで身を震わせるほどに、俺は間違いなく魂が輝いていたのかもしれない。普通は買い手が付かないだろう俺に対して、セリ特有の大きな声が発せられた時は鳥肌が立ったものだ。

 

 見よ、そして慄け。これが俺の全てだ。何かに背を押されて俺はここへ辿り着いた本物の馬鹿を見よ。

 

 俺は自らを売りに出す。

 

 

 

 

 

 その日が訪れるまで、そう遠くは無かった。あの出来事があったからこそ、俺はここへ辿り着いた。

 

 

 

 

 『確かにアンカースリップのガスマスクは、そうした諸事情によるものだが…他人がブログで書いて良い内容なのかが定かでは無いな。走ることすら出来ず舞台に立ち上がらないであろうウマ娘だった子が、努力をし続けて勝ち取った御伽話を引き出して、やる気を上げようという狙いだろう。ただそれならば…諦めなければいつか夢が叶う、という流れを組んで勢いが生まれるとすればブライターデイの方がネタとして濃いと思うが、そちらに路線変更をするという手は?』

 

 『今年のアメリカ二冠ウマ娘ですか。ただ彼女の場合は、あまりにもデリケートな話題が多いので…彼女自身の炎上ネタとかも多いですし。もし逆鱗にでも触れたら、最悪食われるかもしれません。』

 

 サンデーサイレンス、イージーゴアの名勝負は名前は変われど、日本でも話題となった。特にサンデーサイレンス…ブライターデイの方はジャパンカップが開催する間近に来日する予定があるという情報もあるとかないとか…真意は定かではないが、日本に来て何をするのだろうか。金銭面含め、振り回される必要はこの世界では無い筈だが…一体何を企んでいるのだろうか。歌でも歌うんか?

 

 とはいえ、今はそれよりもどうするか…だ。

 

 『まあ、そうだな…流石に人は食べないだろうが、それを真に否定出来ない自分がいるのが彼女らしいというか…しかしなんでまた急に、こんな思い立った行動を?』

 

 『相談を受けました。長距離戦を逃げで勝ちたいと。』

 

 『それは…君はなんて答えたんだい?』

 

 『難しい、と言葉を濁さずに伝えてここに居ます。』

 

 『0点の回答だな。まあ…難しいのは否定出来ないが。』

 

 そう、単純に偉業なのだ。例えばダービーで勝つ…これは前世で言えば7000分の1という認識が強い。三冠馬が世に出てくる確率は、俺の寿命が幾らあっても足りない。その点長距離を逃げで制するというのは、それに比べれば簡単にはなるだろう。ほんの僅かな差でしか無いが…1勝出来るかがそもそもシビアな世界だ。

 

 加えて長距離レースの少なさや価値の低下が露骨にあるとは言え、有マを長距離と捉えるかはこの際定義等全てを置いても、G1で狙うならば春の天皇賞ではなく、菊花賞が妥当だろう。取り分け最初に目標を高く持つか低く待つかは、人によって程度の差はあれど…現実を知っている人ほど成果は上げやすい事はウマ娘にも当てはまるはずだ。さて、前世で長距離を制した馬は果たして何頭であろうか…。

 

 サラブレッドは常に進化し続けた…その証としてルドルフの偉業もあったといっても過言では無い。それに至るまでの道のりは、彼が生まれるより遥か前からあったからこそ…だが、その進化の形が異なったのがウマ娘と馬の違いだろう。その大きすぎる歪みと現実という高い壁が絡まってしまった時、俺にはどうすることもできないままだ、これでどうしろというのだ。

 

 この世界での馬を美少女化した、ある種のアスリートという点…ネット上では速く走るコツを載せた動画や講座というものは確かに存在する。

 

 

 

 しかし、それだけでは足りない。どれだけディープインパクトの走りを真似ようと、生まれ持った才に勝てる事は稀である。

 

 上下運動が少ない、あの流れるような足を見る事はこの先そうないだろう。

 

 

 

 だが、知識として知る上で参考になるものは全て知っていた方が、成長は速い。それはウマ娘の走り方に限った話ではないのもまた、事実である。

 

 

 

 『だからこその彼女か。』

 

 『本人が語るのと、別人が語るのとではまた違ってきます。ですが、コンセプトとしては今言った通りです。彼女はその体質を乗り越えたウマ娘ですから。』

 

 だが、それら不安要素に打ち勝つウマ娘がいるのも事実であり、ミホノブルボンはそこに打ち勝ち成し遂げた馬だった。

 

 とはいえ、この案が通るのはまず無いだろう。それは知っている。こんな事をブログで書けばそれこそ炎上では済まされない。

 

 『拝見するまでも無く、私の答えは今のところ却下だね。まず相談者本人に対して失礼極まりないものだ。断じてこれは君の物語では無いし、独りよがりなものでもない。集客率という点では悪くは無い手だが、今回は否定させてもらう。』

 

 『そうですか…。まあ、そう言って頂けただけ有難いです。』

 

 『君が作ったブログなのだろう?ならば君自身が…君の想いを書かなければ、その相談者には伝わらないと私は思う。前にも同じような出来事があってね…状況は違うが、個々に目を向けるのは得策では無い…と上の立場に立つと考えが固執してしまうのも悪い癖ではあるが…君の影響力は少なくとも個々人に向けて発するものとは訳が違う。勿論、これも綺麗事だが…少しばかり私は君に期待をしすぎてしまっていたようだ。今の君には何の価値も感じない。

 

 時間をかけてでもいい…君自身が本当に納得する産物を持ってきて欲しい。その時を楽しみにしているよ。』

 

 

 

 その言葉を皮切りに、彼女からチャットの表示が来ることはなかった。

 

 呆気なく散った産物を前に、俺はまた頭を捻らせる。予想はしていても、これ以上の策がないのも現実である。俺が持っているのは記憶の片隅にしか無いような前世の情報と、紙切れ同然のデータ…。

 

 あとは性別が男というだけの、何も持ち合わせていないただの人間だ。

 

 実際に、手としてはある。

 

 男の俺が少しだけ肌を露出し、バイクにでも乗って彼女達と同じように走ればいい。

 

 だがこの禁じ手はそれこそ信頼性が高く、そのウマ娘の精神力が高くなければ成立しない。

 

 そんな仲まで到達した時には、本格化を終えて既に何年も先の話だ。さらに言えば、そうした関係まで到達するかどうかも不透明である。第一、ウマ娘の身体も精神も保たないからこそ禁じられている手段なのだ。

 

 

 

 

 

 俺は無意識に手を伸ばす。今まで書いてきた俺が生きた証であるノートを広げ、びっしりと書かれた殴り書きに目を移してもうこれしか無い、と奮起するしか無かった。

 

 

 

 相談者の情報を整理すると…1人目の方に相談をしてきた事を踏まえると3人目と同期、または年下である可能性があるということを前提とし…相談をしてくるということは、それなりに良好な関係を築いている事が絶対条件として組み込まなければ前提が崩れる。でなければ、俺たちの会話を時間を予定が過ぎても待っていた点における説明が付かない。共通点は逃げ戦法だということは確定済みであるが、1人目がここに出入りする時間が多い分交流関係そのものを把握することは不可能だ。

 

 中等部に絞ると大体1000人…雑に振り分けて250人が逃げであるとして、そこから長距離も走れる可能性がある子を絞る。本格化の様子を確認出来るかはこちらから得られる情報は限られているから、トレーナーでインターネットに精通している人が載せた写真や、新聞記者等の情報を参照して予測するしかないだろうが…

 

 どうしてもわからないところは、この際捨てるとしてあとはその子の運に賭け様子を伺うプランでいこう。

 

 クライアントとの関係は良好を保つに越したことは無い、即ち迅速かつ丁寧な情報を選出しなければならない。早寝早起きを心掛けてなるべく精神状態をいつも以上に安定させよう。そうすれば妙に観察眼の高い愛さんの監視の目も、掻い潜れるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…その計画は思いの外順調に進む筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「中野愛です、入室の許可をお願いします。」

 

 その可愛らしい声からは考えられないほどに、彼女の目は笑っていなかった。笑顔にしてはどこか無理をしているような、そんな印象を受けた。

 

 まさか、あの騒動のことについて問われるとはこの時、考えもしなかったのである。

 

 

 

 いつも通りに荷物を運び、俺の資料室へと彼女が踏み込んだ時…彼女は振り返るや否や、眉に力を入れ拳をプルプルとさせわなわなと震えていた。

 

 その時には既に、俺の身体は土下座をしていた。鬼の形相をした彼女に、軽い頭を下げている。彼女の顔を見ようとすることすら、今は許されないような気がしていた。

 

 普段の声からは考えられないような、ドスの効いた声は床に汗がポタッと落ちる音が部屋に響くようだった。

 

 「ちょっと聞きたいことがあるんだけど…良いかなぁ?」

 

 この言葉で、俺は無力だと思い知った。身体に電気が走ったかのように言うことが聞かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君は最年少でここにいるけど、商品であると言う自覚があるのかどうか…これだけ聞かせてくれない?お姉ちゃん…君の回答次第じゃ、本気で怒るの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐らくこの監視員という職業で、よりにもよってセリに出す立場ともなれば彼女の発言はごもっともだ。なんたって彼女の生計を建てる上で、俺の体格、血統、健康状態に加えて、より女の人に対して無害であるかどうか、が関わっているのだから。

 

 俺の場合、血統に関してはどうにもならないが…だからこそ、このポテンシャル故の自信があるからこその油断ではある。アスリート並ではないとはいえ、前世に比べればハードルは圧倒的に低い分、肉体改造のレベルは格段に落ちたせいか、ついつい趣味へと走ってしまうのは罪深いのかもしれない。こんな世界だからこそ楽しみもそれだけ少ないのだ…なんていっても前世での普通を知らない人達にこの事を言えば、今度こそ俺は病院送り待った無しだろう考えを持っているためだ。

 

 どの道、今この状況を打破する手札も手段も無い。

 

 半分はヤケクソなのだろう…この監視のもとで、いつ日の目を浴びれるのかわからない日常を学園の近くで味わい続けるなど、拷問に近い業だ。そういう事に対して一定の癖がないであろう大半の男は、これから世に繰り出されることへの恐怖や女性に対しての耐性の無さによるものだろうが…取り分けウマ娘には慣れてもらわないと、ただでさえ地位も力も獲得しているのだ。

 

 学園から近いというだけで発狂してしまう人も居るのだから仕方がない。ここはそうしたセールに出される前の、所謂前世でいう生産場所である。取り分けここの配属先は中央に最も近い…当然、求められるレベルは必然的に高くなる。そのリスクとして精神が病んでしまう男が多発してしまう事もあるが…俺にとっては些細な事だった。

 

 

 

 だが、そんな言い分は彼女には通用しない。それとこれとは関係なく、お姉ちゃんは怒っている。これが現在進行形で行われている惨状である。主に俺の情報価値の危険性についてのことで…だが、転生したという記憶がある以上、俺はこの世界に柔軟に対応出来るほど器用ではない。こんなむさ苦しい社会に身を全て任せていれば、それこそ神経が苛立って何をしでかすか、自分でもわからないのだ。

 

 

 そして俺はその事に恐怖心を抱いている。だが、だからといって彼女に対し甘えていいという事でもない。それも理解していたつもりだった…まさか、バレているとは思ってもいなかった。

 

 

 

 「あたし、前にも言ったよね?次不可解な行動をとったら、上に報告をするって…言ったよね?ね?」

 

 「本当にすみませんでした。」

 

 ごもっともである。よくもまあ一年も耐えたと思う。前の担当者は他の男と比べて異質すぎて投げ出したから、本当に良くここまで付き合えたな、と上から目線で判断出来てしまう程に、彼女は実に勤勉というべきか…面倒見が良い。

 

 「君ねえ…この際だから言うけど、この前のネットでの一件といい、あたしの胃を弄ぶゲームでもしているの?守秘義務を守る身にもなってくれない?いくら体調管理を戻したからと言って、あんな行動が許されるとでも思ったの?バレなかったから良かったけど…。」

 

 「エッ…モシカシテデスケド、ゼンブバレテマシタァ…?」

 

 「当たり前だよ、一年も君を監視してきたんだから…監視員舐めんな。他の部署の人は気付かなくてもあたしが気付かないなんて事、あるわけないでしょ。トレンドに上がっていた写真の内容が、前に見させてもらったノートの内容と酷似していたから…まあ、あたししか知らないだろうし大丈夫だろうけど。」

 

 「oh………。」

 

 流石お姉ちゃん…歴戦の覇者のような貫禄だ。

 

 「こういう身近な人の秘密を知るっていうのは慣れているからまだマシだと思ってたけど、君が男でしかもまだ未登録の商品ってなるとさ…ここ最近で一番、叫びたくなるくらいに我慢したんだから。前まで参加者が少なかったからまだ平気だったのに、君が現れてから9人目だよ!」

 

 「そ、それはその…なんというか…ご苦労様です。いや、ご愁傷様です。」

 

 俺も入れて彼女の精神を蝕んでいる人が10人もいる事について、気になってしょうがないが…。相当胃が損傷していそうな予感がしてならない。流石に甘え過ぎたのだろう。これに関しては俺が悪い、社会も悪い。正直、世の女性は男性に優しくしていいと思う。そして時折鞭を入れてほしい。それで男たちは勢いよく声に出す勢いで、走るというのに。少なくとも俺は走る。鞭を入れなくても走る。走って掛かって失速していくのだろう。

 

 「一旦シメてあげようか…お姉ちゃんを無礼てるんだよね?無礼ているんだよねぇ…?」

 

 「いえ、滅相もございません。」

 

 新手のそういうプレイと言えばそれで済ませられるのかもしれないが、少しばかりちびりそうだ。これは俺が始めてしまった事が故の、自業自得とも呼べるものだ。反省を促してカボチャ頭を被り、踊りを披露するくらいには…反省はしている。

 

 そしてそう見えない事についても反省をしている。

 

 「あー…頭が痛くなってきた。」

 

 「いや、本当…ごめん。バズった理由が男疑惑だなんて思わなかったからさ。」

 

 その言葉が彼女の耳に入った時、彼女の沸点が到達した事は誰が見ても当然であったのだろうが、生憎と俺は下を向いていた為、その様子の変化を感じ取れていなかった。

 

 

 

 

 「言い訳無用…だよ。君は…君が、本当に男の子なのかわからなくなってきた。もうこのアルバイトを辞めても良いかな…なんて思わせた事が何度あったのかな。これ以上は私が私でいることに本気で耐えきれなくなっちゃう、なんて葛藤があった事なんて知らない癖に。これは君が悪いんだから。」

 

 

 

 何かの冗談だと思っていた。珍しく弱々しい彼女の姿が、何か、彼女らしくない耳を疑うような発言と共に解き放たれた一言で、恐る恐る顔を見上げて初めて俺は状況を理解した。

 

 

 

 「前任者の報告を見た時は驚いたけど、発狂している理由もウマ娘が怖いからじゃない…ウマ娘に対して何も出来ないことから来るもどかしさからでしょ?…なら聞くけど、君にとってあたしは何なの?」

 

 

 

 彼女の影がこちらへと近づいてくる。はぁはぁと漏れる息が妙に色っぽく、その様子を伺うように覗けば、目が少し潤みながら頬を赤くしている。ゴグッと彼女の喉が鳴り、それを聞いて冷静になった時には、誰の目に映っても明らかであった。生唾を飲む、といった表現があるがまさにそれだ。

 

 既に彼女は出来上がっていた事を知らせていたのだ。

 

 「君が悪いんだよ…こんな男の子がいるなんて知っていたら、私は…こんな半端な、クソ女郎にならずに済んだのに…。もうわからないの…あたしは、あたしには…君が、もう。男としての自覚が無いと感じてしまう。こんな男性はこの先見る事もないって思っているのに、姉弟のような仲になって…でも、君はウマ娘を犯したいし、犯してほしいんだよね?あたしに…あたしも実は犯されたいんでしょ?それとも…誰とも知らない女の人からのが良かったの?あたしは君と…。」

 

 ブツブツと呟くようにして露わになった彼女の豹変さは、俺をジリジリと後退させるほどに迫るものがあった。まるでここに人生の全てを賭けても良いと思っているような、そんな気迫を放っていた。確かに美人で可愛らしい子だ。少し力強いが彼女に犯されるなら本望と思える程に、俺は彼女に惹かれていたのかもしれない。それは否定しない。既に臨戦態勢へと入っても不思議では無い。

 

 だが、現実は違った。

 

 「そういうプレイ?そんな事も知っているんだ…怯えちゃってて可愛い…。それでも私達の仲じゃん。ねえ、したいんでしょ?あれだけ際どい格好までして、あれだけ匂いを放って…あれだけ近寄ってくれていたのに。あたしが誰だかわからないまま、名前を持っていない君があんな…熱心にさ。もうわからないの、あたしはどうしたらいいのかな?」

 

 俺は後ずさる。彼女の色っぽい手の動き、仕草や目、震えた声に心を奪われながら、俺は卑しいまま犯されるという事を期待しているのに、そういう人間だと自覚しているのに、彼女から引くように逃げたくて仕方がなかった。

 

 覚悟はあった、こうなっても良いようにしていた。だからこうして…その状況まで捉えた。誰でもいいというのは嘘では無いにしても、好意的に接している彼女がこうなったのは嬉しいと思う。

 

 だのに、身体は依然として否定し続ける。

 

 「あたしを真っ向から否定しないんだ…こんなことをされても、否定しないんだ…それってもう答えだよね。もう…限界なんだけど…良いの?この部屋の防音機能、…相当の高さなんだよ?早く緊急時用のボタンを押さないと、あたしを止められないよ?1人で生活出来るくらい、君は評価されているんだから。」

 

 その気持ちの整理がつかないまま、壁際へと追い込まれた時にはもう…彼女は目と鼻の先にいた。彼女もまた、心の整理がつかないままここまで来た。混乱している俺の気持ちを察してか、ゆっくりと獲物を捕らえたかのように、じっくりと味わうかのようにぷるっとしている唇を舐めとっていた彼女を表す言葉は妖艶、普段の彼女からは考えられない色気と女の香りが俺の脳内物質を垂れ流し、血流が苛立ってドクンドクンと脈打つのだ。

 

 

 

 それは彼女も同じだろう。

 

 

 

 「早く否定してよ!………戻れなくなるよ?」

 

 

 

 その気持ちには応えられない。犯されるのだ。いよいよ…ここで、これがバレれば互いに終わってしまうかもしれないのに、俺は彼女を犯し、彼女は俺を犯すのだ。

 互いに欲に塗れたまま、溺れるように呑まれて、俺たちはきっと最後の最後に至るまで、俺も彼女も止まることなく犯し尽くすのだろう。卑しいまま、互いに知らないふりをして生きていくのだろう。互いに墓まで持っていくのだろう。

 

 

 

 互いが互いをこの空間ごと支配していた。

 

 

 

 「もう一度言うけど、今なら引き返せるから…あたしもこんなことは望んでいない…けど、君は助けを呼ばない。呼ぼうとすらしない。だって君は嫌がっていないから…あたしを信頼してる。そういう目をしている。怯えていても最後はそういう目をする。そうなるとわかっているの。君の鼓動がそう言ってるから。」

 

 彼女の目には俺が映っている。お互いに身体から出た膨らみには目も暮れず、互いが互いの瞳を見ている。お互いの鼻息が肌に伝わって撫でている。生温い熱と一定のリズムで、ラップタイムを計測しているかの如く…段々と、徐々に、じわじわと更新されていく。

 

 「ねえ…そうだよね?君だけはそうなんだよね?」

 

 彼女の透き通った瞳に映った俺の表情は、獲物として食われてしまう恐怖に駆られた子ウサギそのものだった。彼女もまた潤んでいた。頰に流れた涙が落ちた時、

 

 「ふふっ、やっとここまで掴んだよ。あたしなの…あたしがあなたの夢を叶えるの………。」

 

 そうしてゆっくりと頰に触れたその手からは考えられないほどに、ペチッと音を優しく奏でたその指先の細さと、我が子を包みこむような暖かさを前に、目を閉じてその時を待った。

 

 但し、その違和感は唐突に俺を現実へと戻す。

 

 その違和感は一瞬にして、思考がリセットされ俺の頭を冷静にさせていた。彼女の手からは考えられない程に弱々しく、異様に熱かったからだ。お蔭でその異常さに対応出来たのかもしれない。

 

 「は?」

 

 「はぁはぁ…やっぱり…ダメみたい。ちょっとだけ…良いかな、本当…ごめんね。」

 

 そうして彼女は俺の身体に全てを預けるようにして倒れ込む。大丈夫か?と声をかけながら、抱きしめるように彼女を支えなんとか体勢を整える。もたれかかる彼女の吐息がより一層、肌を刺激するのを我慢している途中、彼女の重みとは別の重さが俺自身の身体を伝ってから床へと落ちた。

 

 ゴドンッと重量感のある帽子に、一瞬思考が停止する。音からして人間がつけて耐えられるようなものではないものであったからだ。そしてその視線の先を見ると彼女の頭を重視して見えなかったものが、ちょっとした空間の歪みとして表れている。こんな歪みを見るのは初めてであった。

 

 振り返って帽子を確認すると、帽子とは思えないほどの重さとサトノ家の紋章が書かれた機械のようだ。どのような原理で動いているのかは不明ではあるが、今の衝撃で機器に何かトラブルが発生したらしい。

 

 

 

 電源のスイッチらしきものを完全に切るとホログラムと似たような原理なのだろうか、彼女の虚な瞳の色や顔のちょっとした雰囲気が変わっていく。何より頭になかったものが現れ始めた時…既にホモ・サピエンス特有の耳は消えていた。新たに元々あった場所に、久しぶりに生で見たウマ娘特有の耳があった。そこで初めて彼女の本当の姿を知って、俺はがっかりした。気絶癖すらも凌駕して、俺の心はズタボロのぐちゃぐちゃに壊されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに居た彼女の名前を俺は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 将来のダービーウマ娘…アイネスフウジンがそこに居た。

 

 俺は一年もの間接してきた彼女の本当の姿を、こんな形で知った事で動揺を隠せないでいた。

 

 彼女がウマ娘だと判明した事はまだ良い。だが、彼女はプリティダービーに登場するような、今まで出会っていた改名化された人達ではなく、前世の魂をそのまま受け継いだ謂わば名馬中の名馬であり、何よりもゲームで幾度となく育ててきた子の内の1人である。

 

 その彼女を知らないまま、彼女も俺も互いを汚そうとした。その事実が頭の中を駆け巡り、嗚咽のような叫び声を上げたくなる程だ。

 

 

 加えて、体調が悪化したのは誰のせいだ?

 

 

 9月10日にレースがある彼女にここまで負荷をかけたのは誰だ?

 

 

 その事実に耐えきれるわけもなく、吐きそうになる身に鞭を打つ。こんな事がバレれば、彼女も俺もタダではすまないだろう。

 

 だからこそ、せめてもの罪滅ぼしのために…と彼女を寝室へと運ぶ。ウマ娘といえど、あべこべといえど、やはり女の子だ。思ったより身体が軽い…一体こんな身体のどこから、人外じみた力が発揮されるのだろう…なんて考えをしていないと、いつ気絶してしまうかわからない為、何としてでも彼女を運ぶという意思を持って挑んだ。

 

 

 

 アイネスフウジンを運び終え、急いでスマホを手に取り担当医を呼ぶ事は…無い。

 

 「待って…報告は私からするから。これは君のせいじゃ…ない。」

 

 その手は、彼女自身のか細い声と一緒になって塞がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


 どうか本年も活発なお声がけ、よろしくお願い申し上げます。では、参ります。

 現実も競馬もセールも忙しくて暫くの間来れなかったHAHAHA


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