あべこべ危険(ウマ娘)   作:2Nok_969633

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 むんっ!(日本の企業の一部はウマ娘事業に力を注いでいる。)






シックスセンス

 

 

 

 物語はここより少し過去へと遡る。

 

 

 

 PC特有の放出した熱と、カタカタと指の動きに合った音を鳴らして1日が終わろうとしている。

 慣れていない事をするというものは予想以上に疲れるところではあるが、俺は一心不乱にある物を作ろうとしていた。

 ウェブサイトとアプリである。

 おいおいおい、ちょい待ちたまへ…君はウマ娘の支えになる為にトレーナーのような事をやるのでは無かったのか?と思うだろう。実際のところ、考えに至った日からは慣れない頭をぶっ続けで使い、ウマ娘の構造、筋肉、走り方などなど人間とどのように違うのか…怪我の種類も含めたありとあらゆる項目に手を出し万全の状態を作ろうとした。

 結論からいえば…うん、無理。

 まあ色々と理由は幾つかあるものだが、ネットに投稿するといった形を含めた多くの物事に関して、ウマ娘以外の人たちから必要以上に時間を奪われる…と言った理由がやはり大きくリスクも予想以上に高くまだ早い、との結論に至った。

 ではサポーターの方はどうか?というと…これまた手元にどうしても必要なものがありすぎるのだ。生で見ながらデータを集めなければならない事、担当している子と他の子との比較、その日の天気、場の状態、走り方のフォーム、癖、体格、体調、性格…こればっかりはどうにもならなかった。

 勉強すればするほど、たかがゲームだけの知識でどうにかなるものでもない事の方が多く、所詮はハリボテな武器だけでどうにかなる程甘くはない。

 当たり前ではあるのだが、トレーナーというものは誰もが素人だったとしても彼ら彼女らは化け物を操っている魔術師のようなもので…それでもどんなに熱心であろうと、試験をいくつも掻い潜っても、地方に配属されてしまうことなんてザラにある。加えて中央に入ったとしてもベテランのトレーナーに敵うはずもない…。主人公というものはそれこそプレイしているのは俺たちユーザーではあるものの、ゲームだからこそ成り立っていた事でありここでは通用はしない。そもそもチートが紛れている競馬世界の馬主が基本であり馬も同じようなものだから…それに合わせる形でゲームも同じくして主人公といい桐生院さんといい…まさしくチート、神プレイヤーだ。

 正直言うと諦めかけたのだ。この途方もない壁を乗り越えるにはやはりというべきか…世の中はそんなに甘くはないということを痛感してしまった事があまりにも大きすぎたのだ。現実は時に厳しいものであると再感したのである。

 そんな焦りと虚無感に襲われていた時だ。あるデータが目に入った。

 トレセン学園に入学した時と卒業する時のデータだ。

 別段、トレセン学園は何もレースだけが全てではないのだろう…とも考えてはいたのだが、退学の理由や選手の行く末などに着目をした結果あることが見えてきた。

 

 ・仮令レースで勝っていたとしても…そこから現れてくるプライドの殴り合いの実力社会(主にトレーナー同士のものも含めて?)

 ・序列から落とされた時に訪れる精神的崩壊、文武両道を掲げるレベルの高さから来る挫折

 ・その子達を支えなければならないトレーナーのメンタル面による失調具合

 ・トレーナーの減少から見られる担当がつかない事によって目立つようになってきたレースに出場出来るかどうかを見極める機会の減少数

 

 調べた限りではあるが特に目立ってこれらが明らかに露見していた…このことも踏まえて改善すべくやよい理事長の打開策としてトゥインクルシリーズが開催されていたのかもしれないと思うと中々に辛いものではあるが。

 

 その中でもやはり目立ったのはデビュー戦である。

 スカウトされるためには誰よりも目立つ必要があり結果はどうであれ、選手として登録されなければ先には進めずどうにもならない。

 さらには自身で悩みを解消しながら試行錯誤しつつも決められた日時までに、全てを整えて挑まなければならない苦行のおまけ付きである。

 人間の受験勉強より苦痛じゃない?とまで思わせるこの徹底ぶりには流石に引いた。いやまあ…元の世界にもそういうストイックな人達ってのはいたけれども。

 と、まあそんな事を学校全体でやっているわけで…しかも勝てば勝つほど大勢の人が観に来るであろう試合に参加出来るようになる…生半可な覚悟と半端な精神では成し得ないものだ。

 

 せめてその舞台までの手助けはしたいものではあるのだが規則上トレーナーが付くとしても、あまり近すぎる関係というのも良くはない。本人の自主性や今の段階での能力を見て判断しなければ意味がないのだ。だからこその選抜レース前に目を向けた。

 実際の馬も歳を重ねる前には色々とあることの方が多いもので、例外さえ除けばウマ娘の彼女達も同じような悩みを抱えていたことを思い出したのだ。…ならばいっその事だ。後の育成は他のトレーナーに任すとしてその準備段階であれば、こんな俺でも可能なのではないか?との考えに至り今に至る。自身の力でこのサイトに辿り着いたのであれば、結果としてそれは自分自身をどう見つめるべきか?を知ろうとしている証であると考えてしまえば問題は無い。法さえ犯さなければ何をやっても良い理論である。

 それ相応の知識は…恐らく手に入れているはずだ。あとは俺が教えられるような人間であるかないか、それだけのことだ。

 

 なんて上からカッコつけても実のところ、ウェブサイトの方はもう設営済みで完成はしているが…人が来ない。いかんせんウマ娘の母数の関係上そりゃそうだ!っていうツッコミが飛び交うだろうし、そもそも何の実績もない事もあってか信用度もない場に現れるはずもない。自己欲に駆られた哀れな男がただ1人虚しくそこに居た。ぐっとこらえ我慢し反省をし改善の一手を打つ…今できる事は頭を抱える事じゃない。だからこそアプローチの仕方を変えている最中である。今優先すべきはアプリの方だ、と。練習チャートなども自分で記録出来るようにする機能を付けなければならなかったりするため、ど素人が作るにはこれまたそれなりに色々と準備が必要であることが頭を悩ましているが、そんなことは彼女達に比べれば些細なもの。ゆっくりではあるが着々と作業は進んでいた。

 とは言うものの、正直に言ってしまえばウェブサイトを作っただけで満足してしまったこともあるのだろう…ここ数日は疲労感が少しばかり溜まって肩を重くし、頭も限界を迎えていたのかもしれない。

 

 気が付けば今日も時計の針は2時を過ぎていた。

 

 パキパキっと指や肩、首を鳴らし立ち上がる。瞼もかろうじて開いているがそろそろ眠りにつかなければならなさそうだ。今日はこれまでにしよう、と寝支度に取りかかろうとした時だ。ピコンっという音と共にメールが届いたアイコンが表示された。

 

 『ウマ娘Q&A 夢を叶えるための最初の手助けをします』

 

 怪しい名前のサイトを作った俺からすればよくメールなんてしてきたな、と8割方驚きが心を占めていた。が、ふと冷静になってしまうのもなんというか…自分の性格の現れかはたまた前世からの癖か。必ずしもメールを送った相手がウマ娘とは限らない…ネットであれば悪質な悪戯であることの可能性も高かったりするので最初の方こそメールをチェックするのに戸惑いが生まれたものだ。が、初めてのユーザーの衝撃のあまり頭によぎった心配事は一瞬のうちにとうに消え、徐々に嬉しさが込み上げてきた。どんな人だったとしても何かしらの悪質な書き込みだったとしても、彼女達と同じように見つけてくれたことが…どんなことよりも嬉しかったのだ。はてさて、神のイタズラか。悪魔の気まぐれか。実際に目で見てみればそこにはデビュー戦の事について悩んでいる書き込みがあった。俺は喜びに満ち満ちて発狂するかの如く飛び回る勢いで椅子に座った。その後はそれはもう…喜びと感動の渦が俺の眠気を吹き飛ばして画面にのめり込む勢いでそのメールを一文字一文字丁寧に読んでいき気が付けば返答を返していた。悩める子が満足するまで何度も何度も画面と睨めっこを続けた。そして時間はとうに7時を過ぎた頃…その日は流石に限界だ、ということを伝えて一旦は打ち切りとなったが…そんなことよりも良い朝を迎えられた事に満足をして俺は倒れるようにベッドに移動してその日は寝た。

 

 

 

 その子とのやり取りは半年にも及んだ。流石に深夜帯でのやり取りはその日限りで控えるようになったが、来る日も来る日も資料やデータを覗く日々は体にこたえたこともあって自身の体調管理も気にし始めた頃には、お互いに顔は見えなくとも画面越しにトレーニングを確認する毎日を送っていった。いつからかアプリも順調に普及し、サイトにもユーザーが少しばかり増えた。その頃には、その子も含めて複数人に対して同時にやりとりが出来る様に成長を遂げた。おかげで体調管理にも一層力を入れることとなり、環境に慣れた事もあって当初不安視していた事が嘘のようにブロガーとして活動をするようにもなった。個人的に勝手に収集したデータを元に、今後伸びるであろう子達の特徴から適性、レース順位の予想までありとあらゆるものに着眼点を付けまくったブログもやはり好評、とまでは行かないが…かなり充実した毎日を送っていた気がする。

 

 そして選抜レースやデビュー戦が終わった後、初めに来たその子は…デビュー戦を見事圧勝した、という報告をしてくれた。他の子も無事突破したようで、サイトに出入りしているのは1日の内、多くて約10人が精々であったが…その全員が見事に結果を出していた。それは、俺自身が最も気にしていた…サイトのユーザーアクセス数の伸びの低さ、といった低レベルで些細な事がどうでも良くなるほどで、歓喜に震えながら部屋の中で1人、ガッツポーズをして声を上げていた。涙が止まることなくおめでとう、と一言だけメッセージとして添えたことが遠い昔の出来事のように思えるのは気のせいであってほしいと願うばかりである。ブログの反響も軒並み伸びてきておりそれはそれで…やはり数字が伸びることも嬉しいと感じてしまうのだが、兎も角…かなりの満足感と手応えを掴んでいた。そこに間違いは無かったのだから調子に乗ってしまった。傲慢な俺自身の行動が齎した結果が返ってきたのだ。

 そしてやり取りをしていた子達が普通のウマ娘ではなかったのだと、後々知る事になろうとはこの時…考えも浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…景色が見えない。何も…見えない。」

 

 前の私だったら走れたのに…身体に力が入らない。どうしたらいいか…わからない。何に苦しんでいるのかすらもわからない。走るって…何なのだろう?

 

 曇り空が灰色に掻き乱れ、鉛のように重い足を引きずるように何もかもが濁っている。ジャラジャラと音を立てて足に絡み付いて閉じ込められる体験はあの模擬レースと同じだ。ただ…静かなだけのどんよりとした牢獄の鎖が私の精神を犯していく。足に地が付かないことを良いことにズカズカと踏み込んでくる不安は…一体いつになったら解消するのだろう。

 

 ダメだ、こんなことを思っているようでは何も解決しない。

 

 「はっはっはっはっ…。」

 

 鼓動がいつもより速い。息が荒い。足が…進まない。三ヶ月前のあの日…新しいトレーナーの下で指導を受け万全の状態で挑んだ模擬レース。結果は9位…散々な結果を出した私はそれからというものの調子は右肩下がり。私の走りにはまだ先がある、と期待されている事は嬉しく思う…なのに、何故こんな苦しみを自身で生み出しているのか。

 

 「はっはっ…はっはっ…。」

 

 ふと気に掛ければポツッと音が鳴る。頰に伝っている水滴がポツポツと雨が降っていることを知らせてくれた。否、それは雨では無い。私の目から溢れ出るものが止まらなかっただけだった。それは堰き止められていたダムが崩壊するように流れが止まることは無く、周りに誰もいない中でただ1人孤独に…私は泣いていた。

 

 

 

 「今日をもって専属トレーナーを降りようと思う。」

 

 「…え?」

 

 唐突に言われたその言葉に胸の中をナイフで乱暴に掻き乱されたような痛みが襲う。黒い塊が放つ失望の声と生気のない目が私を写す鏡のように覗いていた。

 

 「な、なんでですか!私は…私はまだっ‼︎」

 

 返ってくる言葉は無い。ただ背中を向けて去っていく事に必死に抵抗しようと声を上げるがうまく話せず、口だけが勝手に動いている。

 

 「嫌だ…わた…わ……た…しは………。」

 

 見えるもの全てが暗かった。1人が怖かった。

 

 

 

 

 

 

 「…っ‼︎はあ…はあ…。」

 

 布団を叩くかのように勢いよく捲っている自分の姿に嫌気が差す。薄いシャツに絡みつく汗と夜の静寂さに、ここが寮の自室であると…乾き切った現実へと戻してくれた。

 

 「……夢。」

 

 そう、夢だ。偶々見てしまった夢見が悪いものの、その感覚がやけにドロドロとしたリアルなものだからか…異様に肌に感覚が残っている。そんな時に到底眠る気分になれるはずもなく、ベッドから身を起こす。部屋の蛍光灯を付け、着替えを済まし、1人静かにコップに水を入れ椅子に座った。

 

 ここ最近の悩みが爆発したかのように現れた。深呼吸を2度ほどして気持ちを落ち着かせる。ここのところ、レースに勝てていない事に加えて何かと落ち着きが無い。こんなにも私は脆かったのだろうか…1人部屋で悩む。

 

 気分は落ち着いたが眠気も訪れる様子が全くと言ってもいい程無いため、スマホを取りテキトーにサイトを眺める。別にそうしたいからそうしたわけでもなく、ただ単に何かしていないと不安だったから…といった小さな動機と悩みによるものからではあるが。

 

 夢、不安、といった漠然なワードで検索して出てくるのはどれもこれも胡散臭いものから綺麗事を並べるサイト…普遍的なものといったらメンタルヘルスクリニックなども含めれば基本面白みがあるとは言えないようなものばかり…まあそれでも暇つぶしにはなるか、と眺めていた時…ふと気になるものが目に入った。

 

 いかにも、とも呼べるそのサイトは極端に言えば殺風景に近いシンプルな作りとなっており、人が入った形跡がまず無い、と直感ではあるがそう判断した。しかし我ながらそんな事は今はそこに注目をすべきではなく、私に欠けている何かを質問するには絶好の場でもあると即座に判断を下していたのである。この時には背後にいるであろう人物に…もう既に見えていないにも拘(かかわ)らず惹かれていたのかもしれない。

 ただ単に注意書きに書いていた内容に『匿名性厳守。あくまでも私個人の見解として述べます。メールでは限界がある事の方が多い上に情報が断片的なことも可能性として含まれますのでご了承ください。そして私の意見と担当者との教えに矛盾点などが存在した場合は迷わず担当者や自身の見解を信用、信頼してください。』とあったことも書きやすい雰囲気を纏っていた事も踏まえてであった。もし万が一…仮に素人だとしたら、まず質疑者への返答の時点でバレてしまうだろう…そこも忘れてはならない。いや、違う。別に素人であったとしてもそんなことはどうでも良かった。

 実際には本能が葛藤していたのだ。物珍しいデザインだけで判断を下したわけでは無い。ただ、世の中に溢れているサイトに比べてその明らかな異様さを感じるほどに強烈な匂い…とでも呼ぶべきなのだろうか?私にとっての女の勘が発動していた。そしてその本能が反応して、今は少しだけ縋りたくなってもいいのだ、と感じたのは気のせいでは無かった。だが、それでも今の私には必要だと…そう思うまでもなく自然と指を動かしていた。

 

 

 

 

 

 

 『夜分遅くに失礼します。

 私は某学園で現在中等部に所属をしているものです。

 元々走る事が好きでそのおかげか選抜レースで結果を残した事に加え、スカウトの声も運良くかけて頂き、担当が付くことになりました。

 ですがそこから知識、技能などを習得し万全の状態で模擬レースに出場したものの惨敗をした事をきっかけに、虚無感や喪失感といったものが現れ始めたこと、走ろうと身体を動かそうにも思ったように走れない事に加え、今まで感じていた楽しさを感じることが出来ません。

 生活に支障をきたすような精神に重大とさせる症状などといった事は、今のところ起きてはいないと思うのですが…何かいいアドバイスはありますか?』

 

 

 

 

 

 

 10分くらい経っただろうか…書いた事によって少しばかりスッキリしたように思えるくらいには落ち着きを取り戻し、徐々に眠気が私を襲ってきた。もしかしたら歩き癖の可能性もあるかもしれない。ふと先程の送信した内容を思い出す。もしも、の話ではあるが…仮に返答の内容が稚拙なものだったとしても…それでも良かった、と思っている私はここより先にあったあの景色を見る資格があるのだろうか?などと、また考えてしまうが流石に時間も時間である。

 

 今日はもう寝ようかしら…と小さく呟きながら気が楽になったこともあり布団へ入ろうとした時だ。

 突如としてスマホの光がバイブの音と共に放たれて、部屋の中を少しばかり照らした。

 

 そう、返信が来たのだ…あのサイトから。

 

 

 

 




 


 えいっえいっ!(活躍したウマ娘は有名人となる傾向が他の人間に比べて高めである。)




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