あべこべ危険(ウマ娘)   作:2Nok_969633

3 / 19
 


 トレセン学園がある場所は、ウマ娘をより多く集める傾向にある。






逃げけん制

 

 

 

 窓から聞こえるのはやかましい囀り。鏡に映った少女は自身を一瞥し、その顔色の悪さを知る。それでも…今日くらいはそれで良いかな、と呼んでいい日だろう。殺風景な部屋を遮るものも無く、朝日が登った事を知らせてくれた。カーテンの隙間から漏れ出た光がその証拠だ。心地良い陽気が寝不足を吹き飛ばしている。懸命に青く茂って所々に花弁を散らして、周りの若葉は風が吹かれるたびに匂いが鼻腔一杯に広がった。こんな日に好きに走ったらそれだけで1日が終わってしまいそうだ。

 

 それよりもまずはやらなきゃいけない事がある…と制服に着替えた後、気持ちを奮い立たせ…歩みを進めた。

 

 ノックを3回ほどして扉を開けたそこには、あたり一面に広がる資料の山が目に映る。それとともにコーヒーの香りが何処と無く漂ってきて、少しばかり異様とも呼べる空間を観察してみれば数字か何かでびっしり覆われた黒板の上にはさらにメモ用紙などで埋め尽くされている。

 

 「…おはよう。」

 

 「はい、おはようございます。」

 

 声の方を向けば見るからに不健康なほど青白い肌に加え、存在感が薄いとも呼べるようなトレーナーがそこにはいた。風呂に入っていないのだろう…折角の美人でもある彼女の髪はボサボサであり、ウマ娘の嗅覚でははっきりとわかるほど匂いがする…それほどまでに作業に熱中していたのだと、見るからにわかった。軽く伸びをした彼女はゆっくりと立ち上がり、パタパタと何処か飛んでいってしまいそうな不安定な足取りでコーヒーを取りに行っている。

 

 「…こんな朝早くからここに来るなんて珍しいじゃない。どうかしたの?」

 

 コポコポ、と流れる黒い液体と音。そして明らかに声が低い…というより覇気が無い彼女をよく知ろうとすればするほど…やはりよく分からなかった。いや正確にはあまりこの人と会話をする事がない私でも分かるほどにトレーナーさんは、…否、違うだろう。昨晩の事を胸に刻み振り返って見てみれば、私も彼女もあまりコミュニケーションというものが得意では無い方だというのは丸わかりである。そんな彼女でも、と言っては可笑しいのだが多くのウマ娘をGⅠで何度も勝利へと導いた若きベテラントレーナーだ。

 

 「いえ…その。話を…大事な話があるんです。」

 

 少し強めに力を入れて言ったからだろうか。意をつかれたようにピクッとこめかみが動いたような気がした。殺伐とした押しつけられる空気の中で切り出した会話は、彼女の顔をより真剣にさせていた。重い瞼を力を入れて上げて、こちらを見つめている。

 

 「…大事な話って?」

 

 「ここ最近の私の悩みを…聞いてくれませんか?」

 

 「レースで負けてからの…ことかな?」

 

 「はい。」

 

 困惑した表情と緊張がこちらにも伝わってくる。でもこちらとしても負けられない…そう思い真っ直ぐ見つめ返す。私がこれで愚かな運命を辿るとしても、私は言わなければならない。後悔しないために不慣れでも言わなくてはならない。そう…あの人から教えられた。

 

 

 

 『結果を残しスカウトを受けた、と自分で書き記している辺り…レース直後、即座に担当が付いたのかな?ここにある情報を見る限り中堅以上の人でないとそういった事は非常に困難ですし、あなた様本人が、気持ちよく走って結果を出したのであれば…ベテラントレーナーの人が目を付けた可能性が高いと予想して書いていきます。彼女らの目は優秀ですし、何よりそういう事に関しては勘が働きますから。

 

 で、根本的な原因は恐らく、コミュニケーション不足と戦法を変えた事によって生じた問題です。技術を身につけて挑み負けた、という事から慣れないことをした影響なのかな、と。

 それでも客観的に見れば、ですが…手探りの中、お互いがより良くしていこう、と奮起しているのが自然かつ主に行われている業界で、こうした悩みを第三者に話すこと自体…まず珍しいものです。しかし、現にあなたは私に相談をしてきました。模擬レースの日程がいつだったのか存じ上げませんが、おおよそ時間が経っているものと推測して考えても…よく耐えたな、としか言いようがありません。

 さらに言えば生活に支障をきたすレベルでは無い、と書かれていますが…きたすレベルでは無い程度には精神的に負荷がかかっているはずです。

 

 まずは担当の人に悩みを打ち明けてください。そしてそこから先が鬼門となってきます。そこさえ乗り越えられれば一気に解消されると、そう断言します。』

 

 何という自信に溢れたコメントだろうか。ここまで言い切る人がいるだろうか。ネットという様々なものが残ってしまうコンテンツで、赤の他人が見れてしまう環境下で…たったこれだけの情報で…10分足らずでここまで当てる人がいるだろうか?心から何か燃え上がるような熱さが、ある種興奮とも呼べる形で現れた。走ること以外でこんな気持ちになるのは初めてだったこともあって、気が付けば無我夢中にコメントを記していた。

 

 『はい、その通りです。作戦を変えて逃げから差しにし負担を軽くしたほうが、あなたの足に合っているかもしれない…と。ですが…結果はこの有様で。私は勝てないウマ娘なのでしょうか?』

 

 『いえ、そんな事はありません。寧ろこの場合は逆ですね。』

 

 『逆…とはどう言った事なのでしょうか?』

 

 『ここからは推測も交えてにはなりますが、あなたが勝ったとされるレースを逃げで制しそしてトレーナーが付いた。つまりは…そもそもあなたに魅力が無ければトレーナーはまず目を向けません。いくら結果を出そうとしても伸び代、という点や才能という壁はどの業界にも存在しますが…競バではそれが露になります。

 

 これはあくまで個人的な考えですのでお気になさらないでいただきたいのですが…まず、競バというものはトレーナーが勝たせているのでは無く、強いウマ娘が勝っているだけです。強いウマ娘が強さを見せつけるから、強いウマ娘が強くなろうとするから…結果として本能が勝利を手にしようとします。そしてそれを可能にするためにトレーナーが存在します。

 

 では模擬レースではそれはどうなるのでしょうか?というと、答えは…Noです。

 一位を取ったからといって必ずスカウトされるわけでありませんし、その先絶対に強くなれるという保証は何処にもありません。あくまでも可能性として高い、というだけなのでその時の勝利=全て、ではないのです。

 

 それでも即座に担当が付いたということは…あなたの足は、少なくとも担当者を魅了するだけの力があった事が伺えます。しかしそれを封じる、とまではいきませんが、逃げを抑えてしかも差しにしたという事を踏まえると…担当者が差し戦法しか教える事が出来ない、もしくはあなたのこれからの将来を考えての事だと思います。私は後者である、と考えていますが…ここから先はあなたとあなたの担当者様に任せます。

 

 私としてはただ述べるだけでは無意味になりますし何よりも…今の折り合いの状態では部外者からの発言は関係を悪化させるだけでしょう。今回の内容は、あなた自身とあなたの事を見ているであろう人が答えを出すべき問題ですので。』

 

 どういう事なのだろうか…何故差しにする理由が私自身にあるというのだろう…。トレーナーが何を思って私に技術を与えたのだろうか?その時の私の疑問は、さらに深まるばかりであった。

 

 

 

 「私の作戦を逃げに戻したいんです。」

 

 「…っ。」

 

 息を呑むとはこの事を言うのだろう。静寂な部屋に空気がさらに重く感じる。それでも…私は進まなければならない。

 

 「…なんで…なのかな?」

 

 「私はここ最近気持ちよく走れていません。それに…今のままではあの景色も見えないまま終わってしまう気がするんです。」

 

 「終わるって…まだ…新しい戦い方に慣れていない…だけかもしれない。いつか差し…でも同じような景色が見られるかもしれないよ?」

 

 「ですが、このままでは…私は勝てません。それくらいはトレーナーさんも薄々…いえ、確実に気付いているはずです。」

 

 不器用なりに真っ正面から堂々と、そしてハッキリと。これで間違えてしまったなら新しく再起すれば良い。それで私に最悪の結果が訪れてしまったとしても…ここで中途半端に惨めに砕け散るような真似だけは決してダメだと…私は妥協を拒んでいた。

 

 「私にとってのレースは…誰よりも先に先頭に行って勝つ。それが自身にとって最高に気持ちが良いことなのだと、トレーナーさんも知っているはずです。」

 

 でなければスカウトはしない。あなたはそれだけの力がある事を私は既に知っている。

 

 「確かに…そうだね…あなたにはそれが何よりも似合っていると、私もそう思うよ。」

 

 紛う事なき闘争心の高さ…抑えが効かないジャンキー体質。そして自覚はしていなくとも誰よりも強い勝利に対する貪欲さ、自分の走りに対する絶対的な自信…何よりも逃げウマとしての天賦の才能を持ったあなたを大成させたい気持ちはある。それでも、私は…と内心思いつつも悟られないようにコーヒーを飲んだ。何処か苦味が強く感じたのか顔を顰める。いつしかこんな日が来るとは思っていた…だが、まだ結論を出したくは無い。彼女に逃げは色々な意味で早すぎるのだ。

 

 「ではっ!」

 

 「…でも、指導者として…言わせてもらえれば、あなたの身体と精神はまだ完成していない。それにあなたは、無自覚に全力以上の力を出してしまう癖がある。それを抑えない限り…逃げに戻す事を認めることはできない。」

 

 私はどんな酷い顔をして喋っているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『質問よろしいでしょうか?』

 

 『はい、大丈夫です。』

 

 『私の逃げに何か致命的なものが存在するのか、またはそれと並行してウマ娘の本能的なものが重なった事により最悪の結果が発現してしまう考えが少なくともあって、それを防ぐ為に敢えて差しに変更した…という可能性はありますか?』

 

 ふと過った考えをそのまま書いた。しばしの沈黙に少しばかりの恐怖が混じった息が吐かれるのも束の間、返ってきた答えは…目を疑いたいものだった。

 

 『はいかいいえ、の二択で判断するのであれば答えは紛れもなく はい ですね。』

 

 

 

 




 


 因みにカウンセラーはこんな事を言ったりしません。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。