男性が一人でも出歩けるような地域=治安の良さに大きく貢献する。が、そんな町は世界のどこを探しても存在しない。
あれからも毎日毎日掲示板の確認とアプリの見直しを繰り返す日々…といっても掲示板に張り付く時間帯も決まっているため、のらりくらりダラダラ伸び伸びとニート生活を満喫中である。しかしながら最近はのんびりした時間が少しずつ減っている。何故か、と問われれば答えはもう一つしかない。
『昨日の2000mのタイムは1:59:78でした。約0.4秒更新出来ました。自身に合っている走り方の絶対、というものはいまいち掴めてはいませんけど…。序盤の展開作りについては今のところ上手くいけてます。』
『順調に成果が出始め、様々な調整が上手くいっている証拠ですね。クラシック級にいてもおかしくない実力です。ですがまだ、たったの3週間しか経っていません。無理に何かを掴もうとやっきになるより、次の日に向けての準備を怠らなければそれで十分です。焦らず落ち着いて一つ一つやっていきましょう。』
『はい!レースでも練習でも、しっかりと土台を構築することから…ですよね。ところで質問なんですけど…このタイムの伸び方って早すぎると思うんです。もしかして身体を休めたことと何か関連性が?』
『休息というのもあなたの身体に、より根本的に作用しているとは思いますが…一つ大きい要因としては、あなたのトレーナーさんの管理能力の高さもあるかと。話に聞く限りでは相当な腕を持っていますし、何より担当者として大事なものが備わっています。その分コミュニケーションが苦手なようですが…それでも走りの質を高めたこと、初見からここまであなたの力を見抜いて尚、将来性も考えているとなると…いやこれは成長というより、元々の力をより良い方向に戻したって表現した方が正解なのかな?とはいえ…彼女が本気だというのは否が応でも伝わってきます。』
『はい…以前にも増してキラキラしているというか…あれ?この人こんな人だっけ?っていうギャップが…。おかげで自分を客観視出来る様になったと言いますか…複雑ですけど。』
『ま、まあ関係が深まったっていうとあれですけど、何はともあれ結果としては良かったね、って言っていいと思います。こちらとしてはもう少しトレーナーさんが安定している人であれば良かったのですが…。』
『それでも走りの質を軸に置いたことで、そこまで走らなくても満足感は強くなりましたし、一回一回を大切に走るようになりました。うずうずはしますけどその分一回に使う力の相対値が全く違うので…けど、慣れるまで時間はかかりそうです。』
『ターフの上には情報がいっぱいありますからね。それなりに思考力も問われます。その負担を減らす為にも、そして戦術として新たに構築させ活かす為にもトレーナーさんが居るので安心してください。きっと力になってくれます。私は…あまりお役には立たないかもしれませんけど自分なりに精一杯支えますから。』
『ありがとうございます。いえ、ここまで話を聞き、考えを共有し、昇華出来るのはあなたのおかげです。私たちだけだとどうしても…制御が出来ないみたいで。』
『それだと…私は人形師か何かかな?』
『どちらかというと作画監督…ですかね?』
『おー?アニメ鑑賞はイケる口で?』
『いえ、トレーナーさんが意外と見るタイプで…特にスポーツアニメにハマっているらしくよく泣いています。私も偶にですが走る以外の時間に一緒に観るようになってしまって…夢や勝利、心境などを物語として組み込んでいるので共感することもあったりするので、中々に面白いなぁ…と感じています。ただ…、』
『ただ?』
『トレーニングメニューの中に作品の中で使われていた練習がパク…少しアレンジしたものとかも含まれていたのがわかってしまって、その…何と言いますか…。他にもテキトーな話を聞いていた場面から引っ張ってくることもあって、それが不思議な事に上手くいってしまうんですよね。』
『まさかとは思いますが、あなたの担当トレーナーは相当なオタクちゃんではないでしょうか?』
『はい…完全にトレーニングオタクです。退屈はしませんが、正直もう…ツッコミきれません。』
『楽しそうで何よりです。こちらもほっこりしてしまいます…と、すみませんが所用で一度抜けます。また何かあればこちらにその時の状況を書き込んでください。それと1週間前にこちらに頼まれた依頼ですが、あと3日ほどお時間を取らせて頂きたいです。』
『度々我儘を言ってすみません。』
『ただ、このままだと我慢出来ずに走りに行ってしまう可能性もあるのでとりあえず今週分の練習に使える参考資料、食事管理表と体重チェック表を今の内に送っておきます。目を通しておいてください。』
『私もそこまでトレーニングオタクってわけでは無いんですけど…何か変な印象をつけられている気がするのですが。』
『気のせいです。あと我儘はじゃんじゃん言って良いんです。その分、何かあった時は素直にトレーナーさんに述べることを約束してください。では、今週も無理の無いように。後…夜更かしはダメ、絶対。そして走る前には、』
『蹄鉄、靴、足や手の爪先、芝の奥の土に至る全てを、実際に歩いたり触ってよく観察してから練習に。砂場では足のどこに意識をするかを徹底して行うこと。相手が誰であろうと、走る時はゴールだけを目指して行け。等しくターフで駆け抜ける挑戦者でいる意識を忘れるべからず。』
『よし!』
『はい!今日も朝から色々とありがとうございます。またよろしくお願いします!』
あの日を境に定期的に連絡を取り合っているこの子が、普通に化け物すぎて笑いが止まらない。一度本気で問いかけた程に迫った事があるが、本人はこれで7割です。と平然と述べていた事もあってもう何がなんだかわからない…といった心境だ。マックイーンが無理なダイエットをしていたせいでタイムが伸びなかった話と似通っているのだろうか?逃げの適正度が高いといっても限度がある。まだ力のコントロールといった点では上手くはいっていない、という事を定期的に報告を受けてはいるが…この子にしてこのトレーナーあり、といった具合でこれでは鬼に金棒…いや、鬼と鬼だな。お互いが化け物同士で助かった。ゲームシナリオのように思いつきや本人に関係のない話を聞いただけで、トレーニングに活かせる気持ち悪すぎるトレーナーで助かった。個人的には奈瀬さん、沖野さん、東条さん、黒沼さん、南坂さんといった普通な…普通か?ダメだ、トレーナーが全員問題児だったことを忘れていた。問題児同士だからこそなし得た偉業ばかりだった…これは決して悪口ではなく、寧ろ褒め言葉である。こんなのばかり選出するからトレセン学園は…。
にしても3週間だ。3週間で調子も上げ、ストレスも溜まっていないままやりきっているとは…大したウマ娘とトレーナーだ。前のお悩み内容が霞んでしまうほどに順調である。上手く機能すればこうも噛み合うなんて考えもしないだろう。こんなコンビを間近で見られるとはな。しかも思春期という難しい時期にまさか成立するなんて…正直羨ましい、その手腕が欲しい、とつい思ってしまう。そのトレーナーを焼肉に誘い、あわよくば腕を食べたいものだ。神絵師の腕を食べたい…と似た感覚をまさか自身が体験するなんてお笑い種だが、それで神回とも呼ばれるレースが見られるチャンスが増えるのであれば、俺の嫉妬なんて安いものである…なんて冗談が頭に浮かんで乾いた笑みが溢れ出た。
ふうっ、と溜息にも似た気の抜けた脱力感は文字通り、一息つく合図でもあった。背中にもたれる度にギギギッと椅子特有の軋む音が響いて暫し、静寂が訪れる。微かに霞んだ目が疲れ目であることを証明して外を見れば、少しばかり赤く見える太陽が夕方であると知らせてくれていた。もうそんな時間か、と身体をパキパキと鳴らしつつ別の部屋に歩みを進める。
殺風景なリビングに行けば目に入ってくるのは、ちょっとしたトレーニング道具と広めのヨガマットだ。ここに来てまず初めに絶望を味わった事に対して、解消させるための要素の一つでもある。何だお前は…この世界ではまさかの意識高い系マッチョマンなのか?と問われれば答えはNoである。特別筋肉を増やしたい、というわけではない。ただこの世界は知っての通りあべこべであり、加えてウマ娘という男の上位互換がいる。さらに男が少なくなってしまったせいで所謂、不意打ち追い討ちダメ押しの悪タイプ早死三段活用が盛り盛り盛られているわけだ。
春から当分の間はウマ娘の発情期の時期に重なり外に出られず、夏はその分外に出られなかった男が暑さにやられて部屋に引きこもりがち。秋にようやく外出出来ると思えば…今度は耐えに耐えていた人間の女性による犯罪率が上昇。その影響、身体がさらに虚弱になった男が冬を耐えられる事もなく結果として引きこもる…といった負のスパイラルが形成されている。
これでもウマ娘に関しては大幅に改善されている方ではあるのだ。特に春先から訪れる発情期さえどうにかしてしまえれば、少なくとも普通の女性より遥かに安全である。単純に薬が開発されたり、ウマレーターなどの基礎とも呼べる技術を上手く用いた事による動きが大きかった事も一つだろう。これには大企業を含めウマ娘陣営が血の滲むような努力をして頑張った証でもある。トレセン学園が主体となるアプリやゲーム、漫画等の話が生まれた時期に合わせたのか…その舞台が形成される前を境に、急激なる右肩上がりで成長を遂げたのだから驚きを通り越して驚愕の一言であった。やはりリアルチートの力は偉大であると痛感したものだ。そして目を付けた。
ウマ娘の世界…ましてやあべこべ世界において自由に、安全かつ、安心して暮らせる場所は…その世界における1番力を持った勢力を中心とした場以外は無い。これはお決まりであるが…実際に安全だといえる根拠が揃っていれば問題が発生し難いのは残念ながら確かだ。事前にこうした仕組みを、前持って認知している…そう、オタクという知識によって。
一応その恩恵を俺も受けた身でもあるし、随分と良くしてもらっている。男とはいえ、マンションの一室丸々を一人暮らし出来ている展開はこの際ご都合主義として捉えているほどに運が良い。その分、向こうも向こうで要件を述べてきたが、その条件に対しての選出を自身に委ねても大丈夫であった事もあって寧ろ好都合なもので構成できたことも大きい。
この前の保護警備員事件の際、近所という事もあって安否の電話がかかってくるほどの防犯意識の高さは、男の俺以上…というのはいささか不審に思ってしまうが…恐らく府中、そして東京という事もあってのことだろう。
トレセン学園を支えている企業や名家、著名人の多さは他の学園に比べて大きく、そしてあまりにも尖りすぎている。何せ著名人の多くは当たり前ではあるが、ウマ娘かウマ娘関連が殆どである。しかしながらその有り余る力は多くの嫉妬や暴走の可能性を秘めていた。あくまでそうしたことは人間でも起きることではあるが、より露見していたイメージを払拭するために町や企業、国を通して各々協力する姿勢を見せなければならないほど、苦境の一途を辿っている。ましてや競バはこの世界といえど世界規模のスポーツでもあり、各国も力を入れていた事が理由としても含まれる。
とはいえ早々にイメージが改善されるわけでもない。何せ大半の…特に女性の一部を筆頭にネガティブなキャンペーンが催され、お馴染みであるいつもの光景が発生した。流石に創作物といえど、そこまで前世と似たような事案は無いだろうと考えてはいたが…アニメでもライスシャワーの一件が取り扱われていた事もあり、そこまで再現しなくても良いだろうに…というレベルで水面下ギリギリスレスレの争いが繰り広げられたことは記憶に新しい。その時代に生まれなくて心底良かった、と感謝しているほどに地獄であった記録は今も時折引用する輩がいるものだ。
例えば【あの隠語がゲートイン完了…うまぴょい復活か?出会って4秒、恐るべき発情期レコード伝説!】とかが挙げられるだろう。頭が痛くなるどころか、目にした時は思わず笑ってたけど…どの世界でもあるもんだ。そこに踏み込むのであれば、デビュー戦時のスペシャルウィークの評価が低かったのはどういう理屈があったのだろうか…追求したいところではあるがこの話は置いておくとしよう。
幾らイメージを良くしようとしたところで、そうした世間の声やキャンペーンはどの道男にとっては、完全なるディストピアをより一層植え付けるにはもってこいの動きである。結果として女社会の失敗版とも呼べるような、真綿で首を絞められるようなギスギスした世界が基本となってしまった。個人的にはウマ娘が存在してくれていたお陰でなんとか平常心を保っているものの、より深く知ってしまった分…同情では収まらないほどに不幸だろう、と感じてしまうそんな世界。だからこそ生物としての競争本能が前世よりかは遥かに高い、とはっきりと肌で味わってしまった。
発情期を抑える事に成功したとしても力では敵わない。それに俺としても…発情期をどうにかしたところで実際に目の前でそうした状況が生まれない限りは、何も区別を付けられない。
そもそも数で女性に負ける…しかも闘争具合はこの有様だ。そんな猛獣共が強制的に集まり、ネガティブなイメージを持つ町にいち早く住みたい、まして幼い子供が一人で!なんて発言を一体誰がするだろうか。大企業相手に対して電話越しに自力で申し出た馬鹿は一体何処のどいつだろうか。はい、ここに焦点を絞って目をつけてしまった男こそ…そう、俺だ。その状況を丸々利用した。
前代未聞ということもあり、世間に広がるどころかまず揉み消されただろうが…非常に上手く事が進んだ。俺の親?反対した瞬間金の力で解決に導いたので問題は無い。寧ろ下手な警備員を付けるよりも、管理会社から全てに至るまで大企業に保護されるなんて好条件を逃すような人でも無かった。お陰で今の俺に至る。
だからといってそう易々と外に出られるか、と問われれば答えは完全に否定の一言であった。一人暮らしは簡単に折れた事もあって、そのまま勢いに任せ軽い気持ちで外出許可の話を持っていったあの時の俺を殴りたい気持ちでいっぱいである。親も俺自身のその提案を聞いたときは目を疑っていたが、何よりも企業側から猛烈に対面で反対された。一人暮らしを望んでいる身で自殺志願しているかのような恐ろしい事を言うのだ!と涙を流しながら親以上に怒鳴られた。一歩間違えれば病院送り、という最悪な展開も考えられたそうで…男で子供だが転生した身であれば余裕だろう…と、たかを括っていた自身と世界を舐めていた。危うく執行されかけたことで、初めてこの世界に来て本気で泣いた瞬間でもあり、今でも良い思い出だ。
何はともあれ、一人暮らしに関して今のところ問題は起きていない。親含め周りの大人達には感謝の言葉もないほどだ。しかし外に出られないということは、それ即ち…自由度は無いに等しい。外で運動する事は疎(おろ)か、満足に買い物すら出来ない。そもそもそんなものは私がやる、と言わんばかりに女性が当たり前の如くやるそうだ。そんな生活を送っていれば典型的ではあるが、アスリートを目指すような物珍しい男でも無い限り…ブクブクに太るかガリガリの2択だ。
「それは生きているとは言えない…家畜だ。」なんて言いそうなキャラ達が前世には居たが、ここではそれが常識である。
しかしながら俺自身がこれが常識なんだ、と甘えに身を置き身体を怠けさせていい、なんて理由を許すわけにはいかない。ウマ娘には勝てずとも一対一で少しだけでも粘れるだけの身体は欲しい。時折ゲーム版のトレーナーがマヤノトップガンの突進に耐えている描写や、ゴールドシチーの仕事先まで駆けつける体力とトーセンジョーダンに迫れるほどの根性があるのだ。事もあろうにウマ娘達がレースに向けて死にものぐるいで奮闘しているのに、そんな怠惰と傲慢をオタクである俺が許せるわけがない。現実の馬だってそうなのだから…自己満足であろうと、気持ちが奮い立ったならば行動は早かった。
後はCygamesの物理法則を信じればなんとかなる!…なんて綺麗な動機が100%必ずしも占めているわけでもない。
まあ確かに、ゲーム版トレーナーのようなウマ娘の力にも耐えられる身体は魅力的ではあるが…邪な気持ちが微塵も無いとも言い切れないのが俺という性分は誤魔化せない。
正直に述べよう…俺は単純に性的行為に迫られた際、襲われた時に残念な身体を見せたく無い…只それだけのことである。反省はしているものの、反省しているように見えない自分に対しても反省はしているが…どうしても無理なものは無理だ。
襲われる方にもそれなりのプライドと自負、そして何よりも…譲れないシチュエーションがあるってものだ。ビリビリっと服を破かれた時にぶよぶよに積もった脂肪の山を見られながら泣いて懇願するのと、ある程度でも整ったヘソチラと時折見せる乳首や鎖骨のラインを見せた方が向こう側も乗り気になるだろう?
人生においての目的と願望は決して=では終ぞ完全に結ばれた事はないのだ。やはり願望には勝てなかったよ…あべこべだもの。
兎に角だ。自己満足であれなんであれ、きっかけはなんだって良い。本能がそれを拒んでいなければ結局はやるだけだ。こちとら生のウマ娘すら見れない地獄だぞ?おかげでストレスが溜まりに溜まった不純な考えから、半ば衝動的に頼み貰い受けたものがこのトレーニング道具である。最初こそ後悔とやってしまった、というやらかし賢者タイムが訪れたものだが…時折身体を動かす程度には使うようになっている。
「ふっ…ふっ…。」
身体を解しながら、軽めの準備運動をする。クーラーを入れてはいるが…少し動いただけで滴る汗がポタポタと落ち、それが余計に真夏という暴力に混じって身体を熱くさせる。少しばかりタオルで拭いたのち、まずは軽くレッグプレスから始めようとしたその時、ピピピッと機械音が鳴った。ああ、そういえばもうそろそろそんな時間だったか…と一度身体をよく拭き、匂いを抑えるスプレーを二、三度撒き散らした直後、呼び鈴が鳴る。
「へい」
「中野愛です、入室の許可をお願いします!」
「あーちょっと待ってて、今開ける」
数少ないお楽しみの時間だ。
男性は基本日の目を見ることもなく、生まれた時から部屋の中だけで強制的に過ごす傾向にある。(アスリートを除いて)