レベル上げも終わり、ハンマーの使い方もだいぶ様になってきたハルウララ。グラスワンダーやエルコンドルパサーも同じく、自身の技を更に磨き上げていた。
「あれ? もうレベル上げは良いの?」
「そうですね、魔王を倒すのに必要な技を覚えたのでこれで終わりで良いでしょう」
一息ついた彼女達の元へ、一人の男が息を切らせながら駆けてくる。以前、格闘家の彼女と一悶着あったガタイの良い男、マッチョスだ。
「ああ! いた! アンタら大変だ! 村に魔王軍が攻めて来やがった!」
「えっ! 本当デスか!?」
「エル、今すぐ行きましょう! ウマ娘の足ならまだ間に合う筈!」
男の言葉に深刻な表情を浮かべると、その足を村の方へ向けて走り始めた。
隙間なく草の生い茂った草原は、実質レース場の芝と同じ。故に二人は流れる様に加速し、その姿は地平線へと消える。
しかし、忘れるなかれ、この中には芝の適性が無い者もいたことを。おまけに、その者は長距離はおろか中距離も走れない、スプリンター気質だと言う事を。
「グラスちゃーん! エルちゃーん! 待ってよー!」
大声を出しながら必死に追いかけるも、そもそもの適正に加え、背負ったハンマーのせいで追いつく事は叶わず。置いて行かれてしまった。その様を言葉にするならば、"ぽつんとひとりハルウララ"であろう。
「ふぅー……置いてかれちゃった! どうしよう!? 帰り道わかんないや!」
困った表情を浮かべ、彼女は誰もいない草原でそう呟いた。
しかし、そんな彼女の心配は瞳に映った見覚えのある人影によって吹き飛ばされた。
「あっ! キングちゃんにセイちゃんだ!」
キングヘイローとセイウンスカイと思わしき影に、彼女の元気は再びマックス値へと跳ね上がる。そんな元気を推進剤の様にして、彼女は両手を上げて満開の笑顔で彼女らの元まで駆けて行った。
「ねえねえ! 二人も遊びに来たの?」
いつも通りに話し掛けたつもりだったが、肝心の二人はニコニコしている彼女を見て大いに困惑していた。
「あら? ウララさん? おかしいわね……来るのはエルさんとグラスさんの二人だった筈」
「そうなの!? あのね! さっきまで一緒に居たけどはぐれちゃったんだ! 一緒に魔王を倒す約束してたのになー! またどこかで会えるかな?」
「ほうほう、という事はウララは私達の敵って事ですな!」
彼女の言葉を聞き、馴れ馴れしい態度を止めて威厳に溢れた立ち姿で、二人は堂々と言い放った。
「おーっほっほっほっほ!! 私はキングレイジョー! ウララさんには悪いけど、ウマ王様の元へ行かせる訳には行かないわ! ここでリタイアして頂く事になりそうね!」
「ふふふふ、私はブラッディースカイ! 空を操る闇のドルイド! あと言っとくけどセイウンじゃなくてブラッディーだから、青雲じゃなくて血だからね!」
「分かったっ! キングちゃんとセイちゃんだね!」
「あー……やっぱそうなるよね……」
名乗りに関しては彼女の右耳から入って左耳に出て行ってしまった様だ。結局、二人の呼び方が変わる事はなく、ブラッディースカイは案の定といった様子で頬を掻いていた。
「ねえねえ! 空を操れるってほんと!?」
「本当だよ、それじゃあ見せてしんぜよう!」
ブラッディースカイは怪しい笑みを浮かべながらその手を空へ突き出した。瞬く間に青雲漂う空は、血の様に赤く染まり、雲は黒々と不穏な空気を醸し出していた。
「わあっ! すごいすごいっ! ねえねえ! にんじんの雲とか出せるかな? わたし見てみたーい!」
「あ、いや、私は空の色を変えるだけだから……キング! あとよろ!」
「ほう、この程度では怯みもしないという事ね! なら私の魔法を見る権利をあげるわ!」
キラキラした目で詰め寄ってくるハルウララの期待に応えられない彼女は、溢れ出る申し訳なさに耐えられず、王の令嬢の後ろへと後退した。
代わりにこの能天気ウマ娘の前に立ったのは、紛れもないキングレイジョーだった。彼女が両手を広げると、周囲の草原が瞬く間に荘厳な雰囲気溢れる舞踏館へと姿を変える。
煌びやかな装飾溢れるその空間に、ハルウララは驚きの表情を浮かべていた。
「あれっ!? わたし、いつの間にか建物の中にいる!?」
「おーっほっほっほっほ!! 令嬢同士の戦いというのは力ではなくダンスで行うもの。貴方はちゃんと踊れるかしら?」
いつの間にか王族の様なドレスを身に纏った彼女は不敵に笑う。
「うんっ! 踊れるよ! ライブの練習いっぱいしたもん!」
そう言うなり、彼女は周囲に流れるクラシックに合わせて踊り出す。しかし、振り付けもリズムも合わないその踊りでは、まともなステップを踏む事は出来なかった。足を絡れさせ、大きな音を立てて床に転ぶ。
「あらあら、その程度じゃ野良猫の方が上手よ?」
「いてて……よーし! 頑張るぞー!」
彼女は起き上がって再び踊り始めるが、前回と同じ部分で同じ様に床に転がった。
「なあに? 今の動き? まるでリードに繋がれた哀れな子犬みたい。はっきり言ってダサいわよ」
床に転がる彼女に対し、冷たい言葉を浴びせ掛ける悪の令嬢。彼女のメンタルから壊そうとしているのだろう。精神的に効く言葉をしっかりと選んでいる。
だが、彼女はお返しと言わんばかりに不敵に笑った。
「ふっふっふ!」
「え……? 何がおかしいのよ!?」
しかし、彼女は見誤っていた。ハルウララにとって転ぶ事など日常茶飯事。彼女の心を本当に折りたいなら、最低でもあと何億回は転けさせる事だ。
「トレーナーが言ってたんだ! ダサくても、そこにマロンが詰まっていれば良いんだって! それで、今日のおやつに甘栗いっぱい食べたから、大丈夫なんだ!」
飛び起きた彼女は、うららん理論によって裏付けされた完璧な反論を、拳を腰に当てた堂々たる姿勢で言い放った。
「え? 何よそれ!? 絶対何か根本的な物を間違えてるわよ!!」
しかし、その言葉に彼女は揺らがず、辺りの風景は歪み始める。そして、霧が晴れるかの様に草原へと戻ったのだった。
「わ、私の幻術が破られた!?」
「へえー! さっきのって幻術って言うんだね! 実はわたしも一つだけ覚えてるんだ! やってあげるね!」
「ウララさん? 貴方って戦士よね? 何でそんな技覚えてるのよ!?」
「いっくよー! うららんげんかくじゅつ!」
令嬢の叫びも虚しく、彼女の意識はここでは無い何処かへと飛ばされて行った。おまけに、後ろにいたドルイドも巻き添えを食らったようだった。
村での問題をなんとかして解決したエルコンドルパサー達。しかし、倒した魔王軍の放った言葉が彼女達をハルウララの元まで駆り立てていた。
「非常に不味いデス! ウララは絶対あの二人に騙されてしまいます!」
「ええ、まさかウマ王の側近がキングさんとスカイさんそっくりだなんて! 天真爛漫な彼女は間違い無く疑わないでしょう」
来た道を再び全力で走り抜ける。先程まで赤く染まっていた空は、いつの間にか青空へと戻っていた。流れる雲と同等の速度で彼女がいる筈の場所へ辿り着く。
だが、ひょんな事に地に伏せていたのは彼女では無く、ウマ王の側近の二人であった。
「これは……ウララちゃんが倒したんでしょうか……?」
「あっ! グラスちゃんにエルちゃん! あのね、新しく覚えた必殺技をやってみたらキングちゃん達がいきなり倒れちゃったんだ……!」
「ブエノ! つまり、そのハンマーで粉砕したんデスね! 流石はウララデース!」
背中にある圧倒的な存在感に視線を向けてそう言うが、ハルウララは首を傾げてキョトンとしていた。
「ハンマー……? わたしはこれ使っただけだよ?」
先程の問いの答えを彼女は指し示す。見せられたスキル欄には、何故か覚えた幻覚術の名前が載っていた。
「不思議ですね……この技では敵を倒せないはず……」
「根性! 不屈! ハイテンション! きっとウララの秘められたスーパーパワーが覚醒したんデス!」
「ほんとっ!? わたし強くなったのかな? だったら嬉しいなー!」
あまり考えない二人は強くなったと結論付けた。よほど嬉しかったのか、ハルウララの尻尾は左右に大きく揺れてその喜びを表していた。
その後、すぐにウマ王の元まで向かうため、ウマ娘の専用スキルである"ペースアップ"を使って、道中の障害を文字通り消し飛ばしたのだった。
「う、うう……プロ……ペラ……」
誰も居なくなった草原で苦しそうにうなされた二人の呟きは誰にも聴こえる事はなく、ただただ空へ霞となって消えていった。
本来ならばウマ王の前まで移動できた筈のスキルは、何故か深刻なバグが発生し、停止してしまった。今いる場所はウマ王城の少し手前の森の中である。
結局、自身の足で目的地まで走っていく事になったのだが、目的地であるウマ王城には見覚えの無い門番がいた。
「な、な、な、なんですかアレ!? あんな生物、エルは見た事ないデース!!」
彼女達の目の前に居たのは、ワイバーンの様な何か。断言出来ない理由は、明らかに生物からは逸脱した逸品が付属していたからだ。
頭部には雷のクリスタルが嵌め込まれたヘッドギア。翼には仕事を奪うジェットエンジン。爪の代わりにドリルが何個か付けられているという魔改造が施されていたのだ。正確に呼称するならば、サイボーグが一番近いと言えるだろう。
そんなぶっ飛んだ生命体は挨拶代わりと言わんばかりに口からレーザーを吐き出した。
「うわー! すっごい! カッコいい!」
「そんな事言ってる場合じゃ無いデス!」
恐れを知らない彼女は光線を避けようともせず、真っ直ぐ突っ込んで行こうとしていた。素早さに長けた格闘家の彼女がなんとか救出に成功する。
真っ直ぐそのまま突き進んだ光線は彼女達の背後にあった森を一瞬で焼き尽くし消し炭へと変えた。
「まさか……魔法ではない!? これは……不味い事になりました」
どうやら、この治癒士によるとこの魔改造ワイバーンはガチガチの科学で動いている様だ。幻想世界に思いっきり喧嘩を売っているこの存在に思わず困惑が隠せない。
だが、そんな戦闘特化の存在にある意味喧嘩を売りに行く一つの影があった。
「ねえねえ、トカゲさん! わたしとお友達になろうよ!」
両手を高く上げ、ピョンピョン跳ねながらそう提案したのは、もちろんハルウララだった。
肝心のトカゲはいつしかのお化けの様に唖然としているのか、完全に固まっていた。
「あのねあのね! わたし空飛んでみたいんだ! だからね、背中に乗せて欲しいんだけど……だめかな?」
ヘッドギアで表情は見えないが、中身は困惑した表情を浮かべている事だろう。そして、ゆっくりと彼女の前へ顔を近づけて、品定めをするかの様に見ると、その大口を開けて彼女の上半身に食らいついた。
「ウララちゃん!?」
「くっ! 今すぐ離すのデス!」
衝撃的な光景に思わず顔を青ざめさせる二人。だが、すぐさま片方は回復の準備をし、もう片方は彼女が胃袋に入る前に救出するべく、ワイバーンの腹へ狙いを定める。
ゆっくりとこちらを向く飛竜。なんと、彼の口に彼女は居なかった。だが、飲み込まれてしまったのでは無い。
その頭の上に彼女は笑顔を浮かべて座っていた。
「わーい! みんなが小さく見える! 飛んだらもっと小さく見えるのかな? 楽しみだなー!」
その光景にグラスワンダーは気が抜けた様に苦笑いを浮かべ、エルコンドルパサーは竜へ突っ込んだ勢いそのままに土煙を上げながらずっこけた。
「ウララちゃん? どうしてそんな所にいるんですか……?」
僅かに怒気の孕んだ声がそっと彼女へ投げ掛けられる。しかし、表の意味だけ汲み取った彼女は素直に答えた。
「あのね! トカゲさんが、わたしの首の後ろをパクって咥えたの! それで、そのまま頭にヒョイって乗っけてくれたんだ!」
「あらあら、そうだったんですね。それで、もうその子に敵意は無いんでしょうか?」
「じゃあ聞いてみるね! トカゲさん! もう攻撃しないよね?」
彼女の問いかけに対し、ワイバーンは素直に首を縦に振った。何故か、彼女の言葉は通じる様だ。あのお化けの時と同じく、摩訶不思議である。製作者が似ているのだろうか。
とりあえず、完全に平和的な解決法でサイボーグの襲撃を回避した彼女達。しかし、少しだけ納得のいかない者が一人だけいた様だ。
「ウララが戦士なんて絶対嘘デース……!」
戦士なのにも関わらず、"戦わず"にワイバーンを無力化した彼女に対し、戦う気満々だった格闘家は少しだけ愚痴をこぼしたのだった。
その後、彼女達は友達になった飛竜を入り口でお留守番させ、ウマ王城の重たい入り口に手を掛けた。重々しい音を響かせながら開いた扉の向こうには、一人のウマ娘であるウマ王と一人の男がお互いに向かい合って座っており、何かを真剣な顔つきで話し合っていた。
ウマ王の座る威厳さを感じさせる玉座に対し、男の座る椅子はただの鉄屑の寄せ集めでできた物だった。
しかし、聞こえてきた会話の内容は椅子の見た目の差など無いかのような物だった。
「だーかーらー! このコイツは戦艦ゴルシって名前にするって言ってんだろ!」
「何言ってんだ! プラッツ・パンツァーに決まってんだろ! そんな腑抜けたモンより、こっちの方がよっぽどイカしてるぜ!」
どうやら、兵器の命名で揉めている様だ。そんな険悪ムードの中、迷う事無く突っ込んで行ったハルウララは争いを止める単純な方法を提案する。
「じゃあ、ジャンケンしようよ! そうすればどっちを選ぶか迷わなくて済むよね!」
「でかしたウララ! そんじゃ、見せてやるぜ。ウマ王の豪運ってヤツをな!」
「またソレかよ! クソッ、運なんて無えよ……」
彼女の提案にノリノリなウマ王に対し、明らかに嫌そうな顔を浮かべる彼女のトレーナー。
勢い任せにやった結果は……
「よし! アイツの名前は戦艦ゴルシに決まり!」
「あー……そうなるよな! クソッタレ!」
当然のように彼が負けたのだった。
そんなふざけた空気も束の間、本来の目的を果たすため、
「ウマ王……いえ、ゴルシ先輩! 貴方達の戯れもこれで終わりです! 今すぐシステムを掌握するのを止めなさい!」
「ぐ、グラス? 何かウマ王とは別に怖いオーラを放っている人がいるのデース! 何者ですか!?」
「あの人はね、わたしのトレーナーなんだ!」
「えっ!? スーパーメカニックのトレーナーがあの方なんですか!?」
勝負に負けて不機嫌モードなハイゼンベルクに只ならぬ雰囲気を感じた彼女だったが、ハルウララの一言に尻尾が伸び切るほど驚いたようだ。
驚愕の表情で、笑顔な彼女としかめっ面な彼を交互に見やっている。
「システムの掌握? おい、どう言う事だ?」
「簡単に言えば、ウマ王が色々と悪さをしていたせいでVRのアレがおかしくなったのデス!」
「はあ!? テメエが元凶だったのかよ!?」
彼は今まで楽しく会話をしていた隣のウマ娘へ、驚きと呆れが混じったかのような表情を向けた。彼は帽子を深く被り、火のついた葉巻を咥えると、ウマ王から踵を返す。
「あ、オマエ! どこに行く!」
「見て分かんだろ! テメエとの専属契約は終わりだ。後はコイツらにぶっ飛ばされる事だな」
鉄槌を持っていない方の手をひらひらと動かし、随分と舐め腐った別れを告げる。しかし、暴虐の王はそれを許さなかった。
「させるか! 鋼の鎖、アイツを捕まえろ!」
過去最高にウマ王らしい笑みを浮かべた彼女が手を彼へと突き出すと、どこからともなく大量の鎖が現れ、彼をぐるぐる巻きに拘束した。偶然にも、鎖はサングラスにも当たり、地面に叩き落とされて割れてしまった。
「テメエ……何のつもりだ……?」
「フッハッハッハ!! オマエはもうこのウマ王ゴルシ様の
一人高らかに笑う彼女の言葉に場の空気が凍った。いや、正確には一人の男が発し始めた圧に、場の空気が静まり返ったと言った方が良いだろう。
深く被った帽子に俯き気味の顔も相まって、その表情は伺えない。ただ、その時の口元に一切の笑みが無い事だけは確かだった。
彼の感情を表すように、世界は揺れ始める。
咥えた葉巻がゆっくりと回りながら石畳へと落ちていく。
そして、彼はゆっくりと振り返った。
「
その眼に貫かれた瞬間、ゴールドシップの笑い声は止まった。
「
彼に纏わりついていた拘束具は力任せの開錠により、耳障りな金属音を鳴らし、地へ落ちる。そして、ニヒルな笑みと共に彼女へ向けられた眼は一筋の黒い炎を灯す。浮かべた歪んだ笑みも形だけ。
青ざめた彼女を刺し殺すかのように貫く視線。彼の古い知り合いであれば、それを見たら間違いなくこう言うだろう。
あの村にいた頃と同じ眼をしていると……
『うららんげんかくじゅつ!』
彼女の可愛らしい暗示によって、一時的に不思議な世界に閉じ込める。
その世界では、転けたりしても一切ダメージは無い。そして、彼女の大好きな物で溢れているだろう。
彼女らしい優しい技だ。