なんだかんだでもう真夏。ジリジリと地面を照らす太陽を恨めしく眺めているのはハイゼンベルク。流石にコートは脱いだ様だ。
工場の中では、シュツルムがエンジンの力をふんだんに使った扇風機と化しており、ハルウララが涼しげにその風を全身に浴びている。
「あー涼しいー! ありがとシューちゃん!」
どうやら、お化け自身が自ら進んでやっている訳ではなく、彼女に頼み込まれたからやっている様だ。しかし、嫌がっている訳ではなく。むしろ、意気揚々とそのプラスチック製の送風機の回転数を上げている。
もはや、扇風機の域に収まるのか分からない送風性能を発揮した結果、ハルウララの髪と尻尾は過去最高になびいていた。
風が一時的に止まった時、髪は所謂ライオンヘアーに早変わりを遂げており、櫛も何も持っていない彼女はお手上げであった。
結局、彼女が思い付いた解決案は背中で風を受けて髪を元に戻す事だった。
「おい、あんまり回転数上げんじゃねえ。この暑さじゃ速攻で熱暴走だ」
ハイゼンベルクが外で何かの作業をしながら、中にいる彼女達へ声を掛ける。しかし、鳴り響く機械音に特に変化は無く、むしろ上がっていく一方だった。
それに違和感を覚えた彼は作業を中断し、工場内の様子を見に行ったのだが、その時にはもう手遅れであった。
「あわわ……! あっ、トレーナー!! なんかね、風がだんだん熱くなってきたから、どうしたんだろうって振り向いたら、こうなっちゃってたんだ! どうしよう!」
彼女の目の前には、赤く燃え盛るエンジンを携えたお化けの姿があった。既にプラスチック製のプロペラはドロドロに溶けてしまっている。だが、プロペラが無かったお陰で彼女は火だるまにならずに済んだ様だ。
「あー……遅かったか、とりあえず外出ろ。中で色々と燃やされるのは勘弁だ」
外に出た発火源は、空に向かって何も付いていない出力軸をブオンブオンと回転させている。そんな様子を見かねたハイゼンベルクは特大のため息を吐くと、その手にいつもの危険度ナンバーワンなプロペラを持ってシュツルムへ近づいて行った。
そして、思いっきりスパナでその機体をぶん殴り、回転が止まったほんの一瞬を狙ってプロペラを交換する。彼の手が離れた瞬間、その灼熱の扇風機は再起動して、まだ青い空を火炎で赤く染めたのだった。
「ええっ!? シューちゃんって炎も出せるの!?」
「熱暴走してればな」
「ねつぼーそー? なんか速そうだね! 今から競争出来ないかな?」
「……確かに今の状態で走らせた事は無かったな」
彼女の思いつきの発言は、彼の知的好奇心を刺激する。一度膨れ上がってしまった好奇心という名の風船は、厄介な事に彼の目の前でふわふわと浮いている。
結局、彼はそんな風船の圧に負けたのだった。
「面白そうだな、やってみるか!」
「わーいっ! じゃあ先に準備してるね!」
あまり見えなくなってしまったレース用のトラックに、適当な小枝でスタートの文字を描く。そして、燃え盛る幽霊に声を掛けるとお互いにスタート地点に立った。
ただ、ハルウララはどこか浮かない表情をしていた。
「あれ? シューちゃんが何言ってるか分かんないや」
先程から彼の指示に従っている事から、こちらの声はちゃんと聴こえているようだ。しかし、返答にノイズが混じってよく聞き取れない。会話が一方通行なこの状況、恐らくは熱暴走のせいだろう。
彼女もなんとなくではあるが、原因の目星はついているようで、仕方がないと割り切るのであった。
「ゴールはコイツを置いておく。どうせ必要になるからな」
工場から出てきた彼が持ってきた物は、以前解体工事に使った例のロボットと、黒い本体に金色の装飾が刻まれたリボルバーだった。
ロボットは勝手にトラックの線の上に移動して、ただじっと立っている。どうやらソレが立っている場所がゴールの様だ。その様子を確認した彼は、リボルバーに一発だけ弾を込める。
「さて、始めるか」
「わわっ!? 鉄砲だ! 初めて見たー! どこで手に入れたの!?」
「あー……遠い昔に、不細工な男からぶんどっ……買ったんだ。生憎、コイツが撃った事あるのは空砲だけだがな」
彼はそのリボルバーを太陽へかざす。長い年月により、その黒と金の輝きは失われてしまったようだ。代わりに、所々に錆やくすみが見受けられる。
だが、そんな状態でもしっかりと動くのだから凄いものである。
「まあ良い、始めるぞ」
「うんっ! 分かったっ!」
彼が銃口を天へ向けると、スタート地点の二人は出走の準備をする。いつも通り真っ直ぐ前を見るハルウララだが、その横では異常なほどに昂ったエンジン音が響いている。
そして、よく聞く軽い破裂音ではなく、重々しい破裂音によって、その戦いの火蓋は切られた。
「あれ? うわわっ!?」
レース開始の数秒後、勢い良くスタートを切った彼女の横を熱い何かが通り過ぎた。燃える大型リアクターをテールランプにして、その巨体に見合わぬ加速を見せるのは彼しかいないだろう。
なんと、走った距離は100mにも達していない。普段の低い加速力は一体どこへ行ったというのだろうか。
だが、カーブを曲がらずに真っ直ぐ突っ込んでいく十八番芸は今だ健在のようだ。
「よーし! いっくぞー!」
シュツルムとレースする時において、勝機となるのはこのカーブしかない。カーブでもたついた瞬間、あの頭でっかちの戦闘機はそのプロペラで勝利を八つ裂きにしてしまうだろう。
それ故に、何度もあの怪物に競争を挑んだ彼女のカーブの腕は、そこそこ上手くなっていた。
そして、今回も見事な足運びでスピードを維持したまま綺麗な円弧を描いていく。だが、彼女が前だけ見ているこの間、その横ではとんでもないことが起きていた。
直進大好きお化けは加速を止める事なく、普段通り例のコンクリートの壁に突っ込んだ。ハイゼンベルクが全力で強化した厚さ約1mのそれを、たった一回の衝突で半壊状態に仕立て上げるといつもの倍以上の速さで振り向いて、再びエンジンの暴力を開始した。
そのまま、もう一つの壁でぶつかって停止し、進路を変えるのかと誰もが思っていた。
しかし、事実はその斜め上を行った。
赤い残像を見せつける暴走マシンは、壁にその機体を衝突させてなお、前に進み続けた。その結果、ガードレールで無理矢理その進行方向を変える車の如く、壁に大きな抉り傷を作りながら、あまりスピードを落とさずに曲がったのだ。
「ええっ!?」
カーブ中の彼女の目の前を、流星のように通り過ぎる。そのまま、フルスロットルでゴールまで突っ込んできた。ハルウララはもう遥か後ろだ。
しかし、いつもの流れで直進されては困る。コレを野放しにしたら、ビルか何かにぶち当たるまで止まらないだろう。故に彼は準備しておいたソレの名を叫ぶ。
「ゾルダート・パンツァー! 止めろ!!」
暴走列車と化したソレの前に、重戦車が立ち塞がる。耳障りな金属音と火花を放ちながらその二体はぶつかり合うが、明らかに重戦車が押されていた。
しかし、不要だと散々に言われていたその装甲が、遺憾なく発揮されそのスピードは確かに落ちる。だが、そのプロペラは止まらない。
「シューちゃん! 止まらないとダメだよ!」
後からゴールして息を切らせた彼女が、横から友人へと大声を掛ける。両手を振って健気に呼びかけるその姿に、何か思うところがあったのかその動きは段々と遅くなっていく。
「やっと止まったか……」
ゾルダートとの激しいぶつかり合いで、やっとその機体の歩みは止まる。重戦車との激しい衝突があったにも関わらず、そのボディにはかすり傷しか付いていない。
しかし、勇敢にも立ち向かったもう一体は悲惨な状態となっていた。
ハイゼンベルクとハルウララが見つめる先には、鎖状の三枚刃で片っ端から剥がされた装甲。致命的な抉られ方をしたリアクター。
そんな、致死性の毒であるチェーンソー分を過剰摂取して火花を散らしながらも、立ち続けている勇者の姿があった。
「壊れちゃったね……」
「どうせただの機械だ、また作れば良い」
悲しそうな表情を浮かべ、壊れたそれを見つめる彼女とは対照的に、彼は大して気にする事なくドライな反応を返す。
確かにそれはただの機械、そこに意思も何もない筈だ。だが、不思議な事に彼の作る機械にはどこか生物の名残を感じさせるのだ。
それ故に彼女は耳を垂らし、残念そうな表情を浮かべているのかもしれない。だが、優しい彼女なら、例えそんな物がなくても同じ様な反応をしただろう。使用目的が何であろうと、そこには彼の思いが詰められているのだから。
「……今度はジェットでも付けるか」
そんな彼の漏らした呟きにはどんな思いが込められているのだろうか。ただ断言できるのは、ハルウララがそれを完全に理解するのは到底無いという事だ。
燃え盛る機体を消火して地下送りにした後、放置してあった改造ランニングマシンを見つけてしまった彼女。彼は面倒だからと使用を許可しなかったが、結局押し切られてしまい、地上にてそれを久々に起動する事となった。
「今度は時速70キロまで頑張るぞー!」
以前やった時は、彼にポチポチと加速ボタンを連打されていたため、正確な結果は出なかった。彼女もその自覚はあったようで、今度こそ自分の力で目標の70まで到達しようと意気込んでいる。
ため息混じりにクッションを設置する彼は、さっさと終わってくれとでも思っている事だろう。
「いっくぞー!」
彼女は元気にスタートのスイッチを押した。初期型ゆえに少し煩い音を立てつつそのベルトは回り始めたのだった。
数分後、見事にクッションへと飛ばされた彼女の姿が。そのスコアは60。良くも悪くも無い普通の値。しかし、かつての彼女であれば50で限界へと達していた事だろう。そう考えてみれば、このたった10の差は大きな進歩だった。
スコアのランキング欄に載った彼女の名前は誰も使っていないのだから、当然一番かと思われた……
シュツルム 100.0
ハルウララ 60.5
No Deta
「あれっ!? シューちゃんの名前があるよ! なんで!?」
「初期型だから残ってやがったか……」
そこでふと彼の脳裏に閃きが走る。元々の速さも尋常では無いアレが、熱暴走したらもっと速くなるのだ。一体どれほどなのだろう。しかし、彼女の前ではやらない方が良いだろう。何かと面倒が起こりそうな予感がする。
「……試してみるか」
ひっそりと笑みを浮かべる彼の企みは、彼女に気づかれる事は無かった。そして、夕方となり彼女が寮へと戻った後にひっそりと実験を始めるのだった。
この数日後、彼の製品のラインナップに新たなマシンが一つ追加された。彼曰く、気まぐれで追加したそうだが、気まぐれとは思えない程に気合の入った製品だったという。
改良型ランニングマシン
ついに時速300kmまで出るようになった、頭のおかしいトレーニング器具。流石のウマ娘用の物だとしても、ここまでの速度は無用の長物と断言出来る。何故、こんな物が出来たのだろうか?
風の噂によると、かつての時速200km級マシンがどこかの誰かの速さに負けたからだそうだ。だが、所詮は噂。本当かどうかは分からない。