ある日、ハルウララに一通の手紙が届く。理事長から直々に届いた物だが、堅苦しく書かれた内容は彼女には難解であった。故に彼女は友人のキングヘイローに解読を頼むのであった。
「ねえねえ! キングちゃんこれ読んで!」
「うん? ってこれ、理事長からじゃない!? 私が読んで大丈夫なの!?」
「実はね、わたしも見たんだけど……漢字ばっかで読めなかったんだ! えへへ……」
意気揚々とそう宣言する彼女の学力に不安を覚え、苦笑いが思わず出てしまうキングだが、折り畳まれたそれを開くと認識を改める。
「……うっ、確かに難しいわね」
あまり文面では使われない物が散りばめられたそれの大まかな内容をキングは何とか読み取った。
「ええと……簡単に言えば貴方にトレーナーが付くそうよ! 良かったじゃない!」
「ええ!! ホント!? やったー! ありがとーキングちゃん!」
ハルウララは勢いよくキングに抱きつき、その喜びを全身で表した。キングは変わらない彼女の様子に優しい笑みを浮かべる。しかし、この文面の一部分に違和感を感じ、頭ではその事について考えていた。
(仮トレーナー……ねえ、サブトレーナーならまだ理解できたけど、仮ってなによ仮って!)
だが、その答えは夜になっても出ることはなく、次の日に珍しく目の下に隈を浮かべたキングの姿があったそうな。
その後、キングの世話焼きのおかげか集合場所である理事長室へ遅れずに到着することができたハルウララ。元気よく扉を開けた彼女の目に入ったのは、見覚えのある姿だった。
「ハイゼンさん! どうしてまたこんな物を持ってきたんですか!?」
「悪いな、癖だ」
「毎回そう言って誤魔化してるじゃないですか!? 早く片付けてきてください!」
「ここに置いとくのは駄目か?」
「駄目です!」
彼女が入室しても気がつかないほど、白熱している様だ。その様子をぼーっと眺めていると、男が彼女の存在に気付いた。
「おっと、肝心の奴が来ちまったぜ? こりゃあ、片付ける時間は無くなっちまったな」
「あ、ハルウララさん……これはお見苦しい所を……」
「おみぐるしい? わたし苦しくなんかないよ? 元気いっぱいだもんっ!」
「あ、いや、そういう意味では……」
狼狽えるたづなの様子に横の男は大爆笑。珍しく頭を抱えた彼女はゴホンッ!と咳払いをすると、本題に入り始める。
「ハルウララさん、彼が新しく貴方のトレーナーになる、ハイゼンベルクさんです」
「えっ!? おじさん、トレーナーだったの!?」
「違え、ただの世話役だ。テメエがデビューするまでのな」
「あれ? じゃあトレーナーじゃないの?」
「いえいえ、トレーナーですよ。貴方がデビューするまでの間、面倒は見てくれるそうです」
「う〜ん? じゃあトレーナー?」
「だから、トレーナーじゃねえよ! あんなガチガチのトレーニングなぞ組めるわけがねえ!」
ハイゼンベルクとたづなの間でバチバチと火花が散る。トレーナーなのか、そうじゃないのか、このままでは決着など付かない。そこで、たづなはその判断をハルウララへ委ねる事にした。
その結果……
「じゃあ次からおじさんじゃなくて、トレーナーって呼ぶね!」
どうやら彼の望まない方向に事は進んでしまったようだった。その後、彼が何度トレーナーではないと説得しようとするも、彼女からの呼び名が変わる事は無く、最終的に彼が折れることで幕を閉じたのだった。
ハイゼンベルクは不本意な肩書きを押し付けられた後、その原因である彼女に連れられて半ば無理矢理、学園の案内をされていた。もちろん、通り過ぎるウマ娘達をその見た目でドン引きさせながらだ。
残念ながら、何度か学園に来ている彼にとっては面倒以外の何物でも無かった様で、最初からずっと生返事しかしていない。そんな彼の状態も露知らずに彼女は最後の案内場所へ連れて行った。
「はいっ! ここがトレーニングする部屋だよ!」
「おい、さっきから全部知ってるって言ってんのが聞こえてねえのか?」
「あれ? そうだっけ?」
「ったく、まあ良い。ついでだ、アイツらの様子でも見に行くか」
先程までの順番が入れ替わり、今度はハイゼンベルクが彼女を先導する。そうして向かったのは部屋の端。使用中止の紙が貼られたボロボロのランニングマシンだった。
ハイゼンベルクは警告の紙を何の抵抗もなく剥がし、丸めてそこら辺に投げ捨てる。そして、躊躇せずに電源を入れた。
「……だろうと思ったぜ」
そのマシンは力強く稼働し始めた。そして、見た目に似合わない静音性を遺憾無く発揮する。
「おい、確か……ハルウララだったか? テメエは時速何キロまで出る?」
「わたし? うーんとね……わかんない!」
「じゃあ乗れ」
「はーい!」
ハルウララは彼の指示通り、動くマシンに飛び乗った。普通の人であれば既に限界であろう速度に彼女は難なくついていく。
ウマ娘にとって全く問題ない速度ではあるのだが、そんな常識を知らない彼は少しだけ関心した様子を見せる。しかし、その裏にふざけた考えがあるとは彼女は思いもしなかった。
ドスンッと分厚いマットが背後に置かれる。そして、意味深な笑みを浮かべた彼はマシンの操作板に寄りかかりながらこう言った。
「おい、ウララ。ゲームの時間だ!」
「ゲーム?」
「ルールは単純、テメエがこのマシンの速度についていけたら勝ちだ。そん時はジュースの一本でも奢ってやる。やるか?」
「やるっ! よーし! 負けないぞー!」
いつの間にか、彼を不審がる周囲の目は全て好奇の目へと変わっていた。
「さて、走る事に囚われた諸君! 目ん玉ひん剥いてちゃんと見とけ! コイツがただのオンボロマシンだって思ってる奴は特にな!」
ギャラリーと化した彼女らの注目をさらに集めた彼は、ついに操作板に手を触れる。
「今、速度が段々と上がっていくモードに変えた! 後はテメエ次第だ、せいぜい頑張りな」
そして、ゲームが始まる。
初めは時速20キロだったものが、21、22、23、24、25、とスピードを上げていく。
「えっほ! えっほ!」
「ほう、やるじゃねえか」
そして、人類の限界に近い速度まで達してなお、まだ余裕そうな彼女に彼は感嘆の声を漏らす。
しかし、表示される値が45に差し掛かったあたりでその余裕は薄れていった。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「さて、どこまでもつか見ものだな」
ついに、値は50の大台に乗る。余裕がない筈だが、意外にも堪えているハルウララ。だが、その様子を見て潮時と考えたのだろうか。彼は操作板に手を伸ばした。
「そろそろ限界みてえだな? 終わらせてやるよ」
彼は無慈悲にも速度上昇のボタンを強く押し込んだ。すると、速度は今までとは比べ物にならない程急速に上がり、その値は60を超え70まで達した。
一般的なトレーニング用のマシンであればこの辺りが限界である。その事実は彼女も周囲のギャラリーも知っている。それ故に彼の言っていた通り、ここで終わるのだろうと皆が思っていた。
「おい、ここからが本番だぜ?」
ただ一人、彼を除いて。
70に達した時、音が変わった。彼女の走る音ではない。静かだった機械の音が、だんだんとその自己主張を強めていく。
そして、値は70を越え始めた。
「えっ!? うわわっ!!」
もちろん、とっくの昔についていけなくなっていた彼女はそのまま後方へ吹っ飛ばされた。汗だくの身体をマットが優しく受け止めてもなお、モンスターマシンの動きは止まらない。
70、80、90とまだまだ速度は上がり、最終的に達した速度は、本来なら使用されないであろう3桁目に1を表示させた。
「ま、こんなもんか」
彼が停止スイッチを押すと、先程まで出ていた速度が嘘の様にベルトはゆっくりと止まった。ハルウララはまだ息も整ってないのも関わらず、興奮した様子で彼に突撃していく。
「ふぃー……トレーナー! これすっごく早いね!」
「ああ、なんせあのチビ直々の特注依頼だからな」
「とくちゅう? え! じゃあ、これトレーナーが作ったの!?」
「ああ、そうだ」
「すっごい!」
「そもそも、この部屋にある器具は大体俺ん所のモンだぞ?」
「えっ!? そうなの!」
彼の放ったその言葉に、各々が先程までの使用していた器具を見やる。そして、書かれたロゴとモンスターマシンのロゴを見比べる。それは見事に一致し、彼の不審者という印象は僅かに和らいだ。
やる事をやったからか、彼は満足そうにトレーニングルームを後にする。置いて行かれそうになったハルウララがその後ろを急いで追いかける。ただ、去り際の彼の一言が残った全員を大きく動揺させた。
「あー……言い忘れてたが、コイツの最高速は200だ。自信があるやつか命知らずはやってみな」
「「え!?」」
彼が立ち去った後、まるでゲテモノを見るかの様な視線があのモンスターマシンへ向けられる。しかし、速さに魅せられた者は試してみたいという欲求を抑えられず、何人かはそのモンスターの洗礼を浴びるのだった。
理事長室まで戻ってきた二人。しかし、その中にはたづなではなく、理事長本人と彼の知らないウマ娘が居た。
「戻ってたのかよ。さっさと帰ろうと思ってたんだがな……」
「勿論! 君がそう考えてると予想し、早急に帰還したのだ! それはそうと紹介しておこう! 彼女がシンボリルドルフ、優秀な生徒会長ゆえ君も頼ると良い!」
理事長は手をシンボリルドルフの方に軽く向ける。紹介された彼女は丁寧にお辞儀をした。その動作から、彼は彼女の礼儀正しさを認識すると同時に、滲み出る真面目なオーラにため息を吐いていた。
「真面目そうな奴で何よりだ。だが、残念ながら頼ることは無さそうだ」
「……!? まさか自己紹介の挨拶でそんな事を言われたのは初めてだ。そちらの名前は既に聞いてある。確か……ハイゼンベルクだったな? これから、よろしく頼む」
親睦の証として右手を差し出して握手を求める彼女。しかし、相変わらずと言ったところか、彼はそれに応じる事はなくただただ右手をひらひらと動かした。
流石の彼女もこんな事をされては困惑が表へと出てしまう。それに気づいた理事長がすかさず言葉を付け加える。
「謝罪! すまない、此奴はああいう奴なのだ。自由すぎる故に肩書きや権力は話す上で飾りでな……」
「分かってんじゃねえか。だったら、俺がさっさと帰りてえって事もよく分かるよな?」
「否! それに関しては全くもって理解できん!」
「ちっ、いい考え方してるぜ」
皮肉たっぷりにそう言った彼は、以前と同じ様に来客用ソファに座り込んだ。
ちなみに、この話の流れを何も分かっていないウララはとりあえずシンボリルドルフの真似をして堂々と立っている事にした。
「ああそうだ、トレーニングルームの奥にあるブツだが、再起動しといたぞ」
「驚愕!? アレには張り紙がされてあった筈!」
「んなもん取って捨てた」
「衝撃!? アレは危険すぎる故に使用禁止にしたのだぞ!?」
「あ? 危ねえ部分なんてあったか? ベルトでミンチになるなんて事はねえぞ。転けるなり何なりでぶっ飛ぶ場合はちゃんと後方に飛ぶ様にしてある」
「憤怒! そのぶっ飛ぶというのが問題なのだ!」
「マットでも何でも敷いとけば良いじゃねえか。それこそ張り紙でもするこった。第一、怪我した奴いんのか?」
「うぐ……! 現段階では……無い!」
「じゃあ問題ねえ、俺の作ったセーフプロセスは上手く稼働してるって事だ。そもそも、今日そこに突っ立ってるアイツに走らせて問題なかったからな、他の奴らでも問題ねえだろ」
ハイゼンベルクは親指をハルウララに向けながらそう言い放った。話題に上がったと分かった彼女は元気よく手を振る。大人しく立っているという選択肢はいつの間にか消えた様だ。
「またアレを止めるかどうかは好きにしろ」
「うむ、どうするべきか……確かにトレーニング効果が高いのも負傷者がいないのも事実……! だが怪我があってからでは……」
ブツブツと考え始める彼女を横目に、ひっそりと帰ろうと試みるハイゼンベルク。しかし、その退路は優秀な生徒会長に阻まれた。
「なんだ、用でもあんのか?」
まるで敵に向けるかの様な目が彼女へ向けられる。負の感情の入り混じったその圧は、鋭く彼女を滅多刺しにした。
「すまない、邪魔をしようと思った訳ではない。ただ……少し聞きたくてな」
「何がだ」
「先程話していたトレーニング器具は何処にある? 別に取り締まろうという訳ではない。ウララ君から話を聞いてな、ただの興味本位だ」
結局の所、彼女も一人のウマ娘。より性能の良い器具と聞き、大人しく座ってられるほど良い子では無いようだ。
「ほう、話が分かるじゃねえか。確かに、優秀な生徒会長のお墨付きが貰えるなら悪くはねえ」
先程まで瞳に込められていた感情はフッと消え、彼は代わりに不敵な笑みを浮かべた。賢い彼女はこのやり取りで何となく分かった事だろう、このハイゼンベルクという男の極端な価値観を。
「トレーニングルームの一番奥、他と比べて見てくれが一番悪いブツだ。ま、コイツに案内して貰えば良いだろ」
そう言って彼はハルウララの肩を掴み、シンボリルドルフの前へと引っ張ってくる。そのまま素っ気なく"後はコイツに聞け"と言い放つと彼の足は出口へと向いた。
「すまない、感謝する」
返事はなく、ただ手をひらひらと動かすのみ。ただ、会った時とは違ったちょっぴり友好的な何かを彼女は感じ取ったのだった。
なお、この数分後に彼が消えた事に気付いた理事長の大声が部屋中に響き渡ったのだった。
ハイゼン印の製品
見た目がとても悪いが性能は良い。見た目を良くすると性能が落ちる。理事長はこの理不尽な特性のせいでいつも悩んでいる。