そろそろテストが近いため、何人ものウマ娘達が図書室へ集まっていた。理由は勿論、勉強するためだ。また、冷房がよく効いているというのもあるだろう。
その中の一員であるダイワスカーレットも、同様の理由でペンを持って机に向かっていた。
しかし、何時間もずっと集中力を維持するのは難しい。それ故に、彼女は休憩がてら図書室を一周して、読んでみたい本の目星でも付けようかと思っていた。
しかし、一周もしないうちに見た事のある光景を目にしてその足は止まる。目立たない奥にある机。その一番端っこに沢山の本と紙が山を成していた。こんな事をするのは彼女の知る中で一人しかいない。
「タキオンさん、何読んでるんだろ?」
机の上に乱雑に置かれた本を手に取る。テスト関係の参考書かと思いきや、その内容は全く違う異質な物だった。
「線虫……? この本は、カビ関係……? こっちの本は……流体!? 全く関係ない本だらけ……」
しかし、置かれた本の全てが無関係かと言われればそうではない。今回のテスト範囲にも入っているヨーロッパの国々について、事細かに書かれた本もあった。
そんな事実が、彼女をより混乱させた。
「この紙は……何かの計算用紙?」
計算用紙かと思っていた紙には、確かに計算式は書かれていた。しかし、その内容は全く理解の出来ない式が詰まっているだけだった。
「おやおや、スカーレット君じゃないか」
そんな、頭にハテナを浮かべた彼女へ一人のウマ娘が声を掛けた。驚いた彼女は変な声を出し、その尻尾を逆立てた。
「た、タキオンさん!? あ、えっと、ごめんなさい! 勝手に弄ってしまって」
「おや? 何か勘違いをしている様だね。私は今さっきここに来たばかりだ」
「えっ? じゃあ、この本は……」
「勉強熱心な誰かが読んでいた物だろうね。まあ、見ただけで誰が読んでいたか大体の予測は付く」
彼女の目は机の横に立てかけられた鉄槌へと向けられる。この学園でこんな物を持ち歩く者は一人しかいない。
そんな誰かさんが何を読んでいたのか気になった様で、山の上から数冊取って少しだけ読んでみる事にしたようだ。ダイワスカーレットもその横から同じ本を眺めている。
「ふむ……線虫にカビ、そして流体力学に材料力学……極め付けにはヨーロッパに関する本……か。何か関連性があるのだろうか?」
「関連性なんてある訳ねえだろ」
アグネスタキオンの手にあったレーザーに関する本を後ろからスッと奪い取ったその影は、不機嫌そうな表情を浮かべながら二人の顔へ目を向けた。
「やはり君だったか」
「分かってんなら勝手に持ってくんじゃねえ」
「まだ、持ち出してはいないよ。少しだけ中身を拝見させて貰っただけさ」
いきなり現れた厳つい男と流れる様に会話する彼女に、ダイワスカーレットは驚きを露わにする。
「タキオンさん? 知っている人なんですか?」
「ああ! 以前君にも話した、興味深い研究対象というのは彼の事さ! 確か名前はハイゼンベルクだったかな? 君も見た事があるだろう。良く学園に訪れているからね」
そんな彼女の発言に、自身の記憶を思い返してみると、確かに何度か見かけた事がある。最後に見かけたのは副会長と何か揉めていた所だ。
何はともあれ、彼を不機嫌にさせたきっかけが自分にある事だけは間違いない。そう思った彼女はとりあえず謝る事にした。
「あ、あの。すみません、アタシが気になって触っちゃったせいで……」
「何か勘違いしてる様だから言っといてやる。俺はテメエの行動じゃなく、この科学者野郎がいる事が面倒に思ってるだけだ。だから、テメエが謝る必要なんてこれっぽっちもありゃしねえんだよ」
「おや、スカーレット君には随分と優しいじゃないか? その優しさを私に向けてくれても良いと思うんだがね」
「生憎だが、マッドサイエンティストに向ける分は持ち合わせてねえ。寝言は寝てから言うこった」
相変わらず無愛想な態度で返答する彼は、椅子にドスンと座り込むと、持ってきた本を読み始めた。
「そういえば、さっき関連性は無いと言っていたね。どうしてそう言い切ったんだい?」
「読みてえ本を取るのに邪魔だった」
ハイゼンベルクは手に持った本を見せつけるように彼女の虚な瞳の前まで持っていく。その目に映ったそれは、『世界の欠陥兵器集』という、何ともふざけたタイトルだった。
「ふむ、色々と思う所があるがまあ良い。それよりも、一つ聞いておきたい事があるんだが」
「ダメだ。さっさとどっかに行け」
「君は自分の工場で色々なものを作ってると聞く。そこで、計測機器などは取り扱っているのか聞いておきたい」
彼の言い分など無かったかのように、アグネスタキオンは自身の尋ねたい事を勝手に話し始める。その内容は彼の仕事に関する事のようだ。
彼は嫌々ながらも、仕事関連故にまともに答える。
「基本的には無え、特注すれば話は別だがな」
「特注が出来るのか……ふむ、良い事を聞いた。他にも何かサービスとかは無いのかい? 血液サンプルも一緒に付いてくると、私としては嬉しいんだが」
「だったら、押したら手元で花火が見れるスイッチなんてどうだ? テメエならタダで3個……いや10個付けてやるよ。嬉しいだろ?」
「いや、やっぱり遠慮しておくよ。サービスも薬も過剰摂取は毒だからね」
どうやら彼はサービス精神旺盛のようだ。今なら手元で大爆発を起こすスイッチも付いてくるらしい。しかも大量に。
そんなふざけ倒した返答に、思わず彼女は鼻で笑いながら、やんわりと断った。
「おい、テメエは何の目的で研究してんだ? 生物兵器でも作んのか?」
「あながち間違いでも無い。簡単に言えば、私はウマ娘の速さの限界を見てみたいのだよ! だが、大きすぎる力は身を滅ぼすと言うだろう?」
「ああ、確かにそうだな」
意外にも、彼は本を読む事を止めて彼女の話を聞いていた。その狂った目に映る深淵を、ニヒルな笑みと共に覗いている。
「そこで、君の存在があった。平凡な肉体に似合わない、化け物の様な力。何かが根本的に違う気がしてならなくてね! それを解明出来れば研究は飛躍的に進むと考えている。そこで、君にちょっとした質問をしたい」
「おい、俺はウマ娘でも何でも無えぞ?」
「問題無い。いや、むしろ君の様なマイノリティな意見が意外にも役立つ時があるのだよ! さて、君は我々ウマ娘が速さを追い求めるのに何が足りないと思う?」
ハイゼンベルクが顎に手を当て考える中、話をずっと聞いていたダイワスカーレットがボソリと呟くように答えた。
「やっぱり、脚の力じゃないんですか?」
「勿論、それも必要だと考えられる。だが、先程も言ったが、大きすぎる力は肉体が持たない」
確かに、バイクにトラックの出力を与えたら即座にひっくり返るだろう。彼女は難解なこの問いに頭を抱えた。
しかし、彼はまるで簡単だと言わんばかりに鼻で笑うとその回答を自信満々に言い放った。
「そんなん簡単だ。大排気量のエンジンに決まってる」
彼のふざけてるにしか聞こえないその回答に、ダイワスカーレットは思わず目が点になり、アグネスタキオンは理解が及ばなかったのか困惑した表情を浮かべていた。
「……君はウマ娘をサイボーグか何かと勘違いしてないかい? 確かにそう比喩される者は居るが……これも何かの例えなのかい?」
「ヘッ! 機械も人の体も似たようなもんだろ。沢山空気を入れて沢山吐けば、自ずと出力も上がるんじゃねえのか? ジェットエンジンなんてそれの筆頭だぜ?」
「なるほど、呼吸面か。言われてみれば盲点だった。ヘモグロビンの濃度と数が上がれば、細胞に今まで以上に酸素が行き渡って活性化する……または肺の酸素吸収効率を強化するべきか? ふむ、また今度考えてみるとしよう」
彼女は満足そうな笑みを浮かべる。やはり彼女の言う通り、多少なりともぶっ飛んだ発想というのは時折必要なのだろう。あんな的外れだと思われる返答から、想像以上に有意義なヒントを貰えたのだ。
ダイワスカーレットもこの一連の流れを見て、柔軟な発想を持とうと思ったのだった。
だが、あそこまで頭のネジを外す必要は無い。彼女はその部分をしっかりと弁えていた。
「そんじゃあな。俺は帰る」
彼はそう言って立ち上がると、ちゃんと本を元に戻そうと手に取るが、科学者である彼女がそれを止める。
「いや、私も読みたい物があってね。そのままにして欲しいんだが」
「そうか、好きにしろ」
彼は置いていた鉄槌を掴み上げ、周囲の目線をこれでもかと集めつつ図書室から出て行った。そんな後ろ姿を彼女は見る事もなく、視線を目の前の山へ注ぐ。
「スカーレット君、彼は始めの方に欲しい本を取るのに邪魔だから余計な本まで持ってきた、そんな意味合いの言葉を言っていた筈だ」
「確かに言ってましたね。でもそれがどうしたんですか?」
「よく見てみると良い、どれもこれも全く別の本棚に入っているんだよ」
彼女の言い分通り、それぞれの本の種類と本棚を見比べると、確かに一つの本棚からは大体一つしか取っていない事がわかる。例え、二つ取っていても、順番の関係でお互いに離れた場所に入れてあった事もよく分かる。
「つまり、彼は自分の意思でこの本を取った。何を隠したかったのかは分からないが、この裏に何かの関係性がある事は間違い無いと言える」
「という事は……今から全部読むんですか!? それ……」
「勿論、直接調べられないなら、まずは間接的に調べて行くしか無いだろう?」
しかし、この積み上がった本を全て読むとなると、一体どれほどの時間が掛かるのだろうか。流石に、自分自身も勉強があるため付き合ってはいられない。
結局、ダイワスカーレットは一言告げてテスト勉強に戻って行った。残された彼女は面白そうな物を見る目で、本を次々と処理して行く。しかし、その途中で一枚の封筒が本の間から床へと滑り落ちた。
封筒に書かれていた文字は最高機密の四文字。そんな物を見せられては、彼女の好奇心は暴走するに決まってる。もう既に、中を見ずに彼に返すという選択肢など塵と化している事だろう。
「ふむ、こんなものを置いておく方が悪い。そういうことにしておこう」
封すらされていなかったその中から一枚の三つ折りの紙を取り出した。きっと彼女の中では彼の力の根幹に近づけると勝手に思い込んでいるのだろう。しかし、この紙の存在が彼が彼である事を知らしめる一番の証拠だった。
「……!? これは……一体……?」
紙に書かれていたのは一匹の竜の図。前足が翼と化しているいわゆる飛竜と言われるものだ。それだけなら、彼女はここまで狼狽えなかっただろう。
その図には幾つかの追記があった。翼にはジェットエンジン、爪にはドリル、口には熱線装置。そして、極め付けに尻尾にNEWの文字と元に、丸鋸orチェーンソーと確かに記述されていた。
賢さでは彼よりも上な筈だが、これだけはどうひっくり返っても彼女には理解出来なかった。
だが、それぞれに結びつく部分はあった。
「ジェットには流体力学、熱線はレーザーか。ドリルなどには材料力学……まさか、本当に邪魔な本を取り除くために関係の無い本を持ってきただけなのか!?」
どうやら、彼女にとってロマン分の過剰摂取は頭に凄まじい負荷を掛けるようだ。結局この紙を見た後、大人しく本を片付けて図書室から撤退したそうだ。しかし、睡眠を取るまでの間、ずっと調子悪そうに頭を抱えていたという。
謎の設計図
たとえ知識があっても見る者によっては全く理解の出来ない設計図。書かれたコメントによると三種の神器が使われているらしいが、鏡どころか剣すら見当たらない。
代わりにあるのは、ドリル、ジェットエンジン、チェーンソーor丸鋸の三つのコメントだけだ。何かの書き間違いなのだろうか?