太陽の光が世を照らし始める朝方。幾つかの書類を処理していた理事長の元に一通のメールが届く。記者からの物かと思ってすぐに携帯を覗くが、そこに書かれていた名前は例の工場長の名前だった。件名が空っぽなその中身を見ると、そこには彼女が待ち望んでいた事が書かれていた。
『完成した。今日持っていく』
ビジネスマナーもクソも無いこの文章の内容は、しっかりと彼女に伝わったようだ。
「上々っ! やはり彼は仕事が早い!」
「ええ!? もう出来たんですか? 確か、話をしたのはたった一週間前ですよ!」
彼の手早さに思わず驚くたづな。その手に握られたペンは完全に止まっている。
「更に! 今回の代物はしっかりと統監済み! 普段の過剰な性能も大人しくなっている筈!」
以前のような色々と問題しかない性能を何とかするべく、彼女は夜に彼の様子を見に行っていたようだ。不味い機能を入れようとする都度、横から一言二言苦言を吐いた。
その結果、彼が作ったとは思えない程大人しい物が出来上がった。それが昨日の出来事である。
なお、どう足掻いても見た目は何とかならなかった。感性に凄まじい食い違いがあるようで、スタイリッシュな見た目を頼んでも歯車や必要のない可動部品だったりとメカメカしい変な物が付いてくる。
例え、説明したとしてもそのぶっ飛んだ頭は直せる気がしなかったので、こればかりは彼女が折れることとなった。
「これで見た目も良くなってくれれば万事解決なのだが……」
「仕方ないですね、彼はそういうお方ですから。そういえば、以前の物はどうするおつもりですか?」
「継続っ! 引き続き置いておく事にする! 少々悔しいが、あれのお陰で短距離を得意とするウマ娘達の能力が格段に上がっている事は事実! これまで大きな怪我も無く、故障も無い。となれば、撤去する理由も無し!」
理事長は扇子を広げ、高らかにそう言った。手に持つそれには継続の二文字が書かれている。
「確か、今回作って貰ったのは長距離用の物でしたよね?」
「如何にも! 短距離だけでは無く長距離の者達にもより良く成長して欲しいからな! その為に、彼に製作を依頼したのだ!」
「流石ですね! それで、誰が受け取るんですか? 私も理事長も今日はこれから予定が入っている筈ですが……」
「不覚っ!?」
たづなの放ったその言葉に、彼女の表情は一瞬で困り果てたそれへと変わる。
「うーん……頼むとしても生徒会長ぐらいしか思い付かないですね」
結局、生徒会長とちゃんと話し合ってから決める事にしたようだ。もちろん、彼女は断るはずも無く、快く首を縦に振ってくれた。
だが、彼は来る時間など一切告げていなかった。それ故に、彼女は結構な時間を待つ事になり、暇過ぎて彼に対抗出来るとっておきの言葉遊びを考えていたのだった。
時刻は昼過ぎ、昼食の後の昼寝がさぞ心地良い時間にハイゼンベルクはトレセン学園にやって来た。いつも通りエアグルーヴに鉄槌の事を指摘され、からかい混じりの返答をした後、彼は生徒会室へ向かう為に廊下を歩いていた。
サングラス越しの視界には、沢山のウマ娘達が映る。幾つか見覚えのある者もいたが、特に声を掛ける事なく進んでいく。
そして、目的のドアを勢い良く開けた。
「あ? 何だテメエか、てっきり代理はあの秘書かと思ってたぜ」
窓から凛とした佇まいで、明るい外を見ているのは誰でもないシンボリルドルフであった。彼女は、振り返ると歓迎するかのように笑みを浮かべて返事をした。
「ああ、二人とも用事で学園を空けている故、私が代理だ。一応、縦横無尽に動く君を見ておいてくれと言われている」
「そんなに動いた記憶は無えんだがな。まあいい、じゃあ俺は行くぞ? 監視したけりゃさっさとついてこい」
「ああ、そうさせて貰うよ」
彼は開きっぱなしのドアへと踵を返す。その後ろを彼女はゆっくりついていった。
廊下に居るウマ娘達が彼に道を空ける様子を面白いように見ながら、彼女は彼にちょっとした相談を持ち掛ける。
「何となく思うんだが、君は相手を畏怖させない様に何かしている事はあるかい?」
「何もしてねえよ。むしろ、わざとビビらせる事の方が多いかもな。テメエは何かしてんのか?」
「ああ、ちょっとしたジョークで上手く場を和ませようとしている。だが、案外これが難しいんだ。この間、エアグルーヴにやってみたら苦笑いを返されたよ」
彼は過去の彼女の言動を思い返す。苦笑いを返されるのも何となく納得出来てしまう。
ちなみに彼自身は気付いていないのだが、彼の彼女への認識がクソ真面目からちょっと真面目に変わっているところを見ると、彼女のジョーク作戦もある意味成功している。
「だろうな。場が絶対零度に冷え切る所が目に浮かぶぜ。ウマ娘じゃなくて冷房にでも
「フフッ……それだと
「ヘッ、目を
「ああ、そうだな」
彼のノリが良いからか、普段であれば止まってしまう会話もすんなりと繋がる事に彼女はちょっとした嬉しさを覚えてしまう。
「それで、あの堅物副会長を笑わせたネタはどんなのだ?」
彼は半分呆れた様な表情で彼女へ尋ねた。しかし、副会長は浮かべた笑いは普通の物ではなく、無理矢理捻り出した苦いものだ。故に、彼の言葉に込められた意味は皮肉が大半なのだろう。
恐らく、聡明な彼女もその事は承知の上だろう。
「確か……帝王が体を成す、だったな」
「おい、まさかそのまま言ったのか?」
「そうだ、それが何か問題だったか?」
「なるほどな、本人は無自覚って事か。あの堅物の表情筋が凍りつくのが何となく分かるぜ」
彼は心の中で副会長に"ご愁傷様"と呟くと、溜息混じりにその問題点を指摘した。
「テメエの使ってる洒落ってのは、会話の中に紛れ込ませるぐらいが丁度良い。サンドイッチに対して三度と返したあの時みたいにな」
「そうなのか!? 初耳だ」
その返答に、彼は思わずため息混じりに頭を抱えた。何というか、ギャグセンスはまだしも使い所が残念過ぎる事が判明してしまった。
まあ、これを機に改善されるかもしれない。
そんなふざけた話をしながらやって来たのは、工場長の所有するトラックの前だった。彼は荷台からいつもより少し大きいソレを取り出すと、当たり前の様に担いで再び学園へと歩き出す。なお、ちゃんと鉄槌は置いていった。
廊下を歩くシンボリルドルフは、彼が理事長やたづなと親しい関係にある事を今更ながら思い出す。そういえば、彼にはその理由も含めて色々と謎が多い。
そんな謎を興味本位で尋ねてしまうのも無理はないだろう。
「そういえば、君はいつ理事長に雇われたんだ?」
「かなり前だ。あのチビの母親……先代って言った方が良いのか? まあ、そいつに雇われた」
「先代……? 私がまだ学園に入学するよりも前か……」
賢い故に彼女は違和感に気付いてしまう。そんなに長く働いているのなら、何故つい最近まで姿を見かけなかったのだろうか。
しかし、その点を追及するよりも先に目的地であるトレーニングルームまで到着してしまった。
彼は彼女の指示など聞かずとも、勝手に一つのランニングマシンを新しいそれと交換し、掛かっていたカバーを取り除く。そこに現れたのは、かつて彼が持ってきた程では無いにしろ、そこそこの錆やよく分からない歯車などの装飾が目立つ一品だった。
「ちゃんとテメエが言ってた部分も改良した」
以前彼女が申した意見もキッチリと反映されている様で、その走行用のベルト帯は他のものと比べて少し長くなっていた。これでより走り易くなったはずだ。
「一応聞いておくが、アイツから今回のブツについてなんて聞いた?」
「理事長直々に統監をした長距離用のマシンと聞いている。それがどうかしたのか?」
「ハッハッハッハ! 教えてやるよ! あのチビにもまだ言ってねえ機能が付いてる! コイツは長距離用と短距離用の二つのモードを切り替えられる様にした! 短距離用に関しては、時速300kmまで出る! どうだ、最高だろ?」
「すまない、もう一度言ってくれないか? 少し聞き間違えてしまったみたいだ」
手を耳に当て今度こそ彼の言葉を聞き取ろうと集中する。しかし、再び聞こえてきた内容は聞き間違えた物と全く同じ物であった。
これには流石の彼女も少し頭が痛くなったようだ。
「まあ、肝心の使い方は前と同じだ。それで長距離用の方だが、一定の速度で走るのが重要なんだろ?」
「ああ、確かにそうだ。ペースを乱すと息がすぐに切れてしまう。まさか、君がそんな知識を持っているとは驚きだ」
「アイツに無理矢理叩き込まれたに決まってるだろ」
彼は不満そうな声を漏らしながら、マシンに付いている赤いスイッチを強く押した。すると、カチンと何かがはまる音と共に機体に付いている赤色のLEDが青色へと変わる。
「このボタンを押せばモードが変わる。そんじゃ、テメエにお仕事だ。とりあえず一旦走れ」
「なるほど、言葉よりも見せた方が早いということか」
「お察しが早くて何よりだ」
シンボリルドルフはマシンの上に立ち、操作板を彼の指示した通りに弄る。速度の欄は50と入力し、大きなスタートボタンを押すと至って普通の加速で速度が上昇していく。
そして、現在速度の表記がが50になった瞬間、真ん中にあるモニターが走行距離を表示し始めた。そこそこの勢いで上がっていく事から、どうやらメートル表記らしい。
「そしたら、わざとペースを落としてみろ」
それから三分ほど走り続けた彼女は、彼の言う通りにあえてペースを落とす。すると、マシンは画面にGAMEOVERと表示して、とてもゆっくりと速度を落として停止した。
「なるほど、一定ペースを維持し続けなければならない訳か。だが、ベルトの速度に合わせていれば自ずとペースは維持できる事を考えると、これは疲れて追い付けなくなった場合に使われる機能か」
「まあ、そんなとこだ」
「ランキング機能もあるのか?」
「ある。アイツの名前はしっかりと消した筈……」
彼が横から操作板を弄ってランキングを表示すると、その表情は得意げなものから一転した。
「モードが二つあるの忘れてたな……」
ため息を吐く彼を横目に彼女は例のテストプレイヤーのいるであろうランキングを覗いた。
1.シュツルム:10:1600
2.ルドルフ:50:2500
3.No Deta
「これは……どういう事だ?」
何故か、走行距離も速度も彼女の方が上であるにも関わらず、その一位の座は変動しなかった。思わず彼女は首を傾げる。
「あー……表示形式の問題だ。今度直す」
残念ながら、そこまで機械に詳しい訳ではない彼女にとって、その返答は疑問を晴らしてくれるものでは無く。結局、詳しい事は説明書でも見ろとの一点張りだった。
全ての作業が終わり、彼が軽く伸びをして帰ろうと思った時、彼女から意外な発言が飛び出した。
「シュツルム……か、一度会ってみたいな」
「あのな、コイツは人間じゃねえ」
「ああ、承知の上だ。以前君が見せてくれた様な人型の機械にテストさせているのだろう? 機械とはいえ二本の脚で出しているスピードが速いのは事実だ。流石に私も興味が湧いてしまうな! 出来れば、手合わせ願いたいものだ」
少し嬉しそうな表情を浮かべ、彼女は窓から空を見上げる。恐らく、その脳裏には人型の何かと併走している所を思い浮かべているのだろう。その目は、どこかハルウララと似た眩い物を感じさせた。
ちなみに、全てを知る彼は驚愕と呆れが入り混じったかの様な目をシンボリルドルフへ向けていた。
「あー……もし
「そうか、ありがとう! ではその
絶好調になった彼女と別れを告げて、帰路に就いた彼。少しの間、この件をどうするか考えていたが面倒になってしまい、最終的に考えるのをやめて成り行きに任せる事に決めたのだった。
ちなみに、彼のアドバイスが功を成したのか、我らが生徒会長は会話の流れに沿う形で洒落を入れ始めた。そのお陰か、副会長であるエアグルーヴが洒落に気付かない事が多くなり、下がっていた調子が段々上がり始めたそうだ。生徒会長からこの話をされた時、彼女は初めて彼に深く感謝したのだった。
長距離用マシン
謎のモード切り替え機能以外は珍しくまともな一品。ランキングには相変わらず例の名前が載っている。だが、距離も速度も良いスコアを出しても何故か一位から落とせないらしい。
ちなみに、ランキング内において速度は二桁、距離は四桁までしか表示されないが、何か関係があるのだろうか?