三人のウマ娘が作業をしている生徒会室。紙の擦れる音しか聞こえない静かなその空間で彼女達は、様々な書類をそれぞれ分担して捌いていた。
時刻は既に夕方。地平線に隠れようとしている太陽が、その窓から彼女達を眩しく照らしている。
光を反射する白い紙達の内容は、重要性が低いものがほとんどだ。だが、時折そうでは無いものも混じっている。
シンボリルドルフが今手に持っているその紙は、正しくその類のものであった。
「ふむ、珍しい種類の内容だな」
「どうかなさいましたか、会長?」
「ちょっと二人とも、これを見てくれ」
彼女はエアグルーヴとナリタブライアンを呼ぶと、その紙を手渡した。そこには明らかに苦情が述べられていた。
「物置の隣にあるトレーナー室から壁を叩く音がする……ですか」
「部屋の中を確認すれば一瞬で終わる内容だな」
「ただ……そこに割り当てられている名前を確認してくれないか?」
苦笑いを含んだ会長の言い分に、エアグルーヴは疑念を抱きながら名簿から誰の部屋なのかを確認する。
「ああ、あの男か」
ナリタブライアンの平然とした声を聞きながら、彼女も会長と同じく苦い表情を浮かべる。そこに書かれていた名前は例の工場長の名であった。
「なるほど……そう言う事でしたか」
「あの男だと問題でもあるのか?」
「問題があると言うより、問題になる可能性が高いと言った方が適切かな」
あまり彼と面識のない彼女だが、それでも何となくその言い分には同意出来る。確かに、暴走したロボットでもいたら大問題だ。
だが、ただそれだけの理由で後回しにはしたくない。その理由は単純、面倒だからだ。
「さっさと見に行った方が早い」
「なら、私も行く。経験上、一人では対応しきれんからな」
もし、この原因がただの猫であれば彼女だけで十分だ。しかし、これが彼お手製のロボットだとしたら、その対処は困難極まるだろう。
そんな副会長達の様子に会長は、柔らかい笑顔を浮かべると、強力な助っ人の情報を提供した。
「確か、あの工場長は学園の校門前で立っているのを窓越しに見た。彼もこう、冗長な人では無い。面倒事があるならば早めに解決しようとするだろう。きっと、理由を話せば協力してくれる筈だ」
餅は餅屋という諺の通り、機械が相手の可能性があるならば、それ相応のプロフェッショナルを連れて行く事が妥当だろう。恐らく、暴走というのは彼が望むような物ではない。
例外も偶にあるが、今回の件では問題無いだろう。
「なるほど、ご助力感謝します」
エアグルーヴは会長に礼をすると、そのままナリタブライアンと一緒に扉から出て行った。
扉が完全に閉まり切った後、シンボリルドルフは少しだけしょんぼりとした表情を浮かべ、首を傾げていた。
「気付いて貰えなかったか……結構良いと思ったのだがな。やはり、紛れ込ませた上で気付かせるというのは中々難しいものだ。ふふっ……! "工場長"と"こう、冗長"か、彼女に会ったら言ってみるとしよう」
シンボリルドルフは自身のギャグにいつも良い反応を示してくれる、茶髪のウマ娘を脳裏に思い浮かべる。
そんな、ツボの浅い彼女が笑い転げる事を想像しながら、一人クスクスと笑いながら残り僅かな書類を引き続き捌いていくのであった。
生徒会長の助言通りに校門前までやってきた二人は、特に探す事なくハイゼンベルクを発見する。
というより、鉄槌、ハット、サングラス、葉巻の四点セットを装備した彼は、目立たないという概念をドリルで粉々にしてしまっているに等しい。見つけるなという方が難しいだろう。
至福の煙を漂わせる彼にエアグルーヴは声を掛けた。
「おい、学園の敷地内とその付近は禁煙だ!」
「おい待て、敷地内はまだ分かる。その付近って何だ? 吸えるところが無くなっちまうじゃねえか!」
彼女の言葉に彼は驚きの表情を見せる。どういう訳か、禁煙領域が広がっているのだ。ある意味彼にとっては死活問題である。
しかし、無慈悲にも彼の言葉への回答はナリタブライアンの淡々とした口調で返される。
「この前の会議でそう決まった」
「……マジかよ」
どんな衝撃的な事でも片付けられる便利な一言を彼は吐く。
そして、渋々と言った様子で葉巻の火を消し、代わりに空気を噛み締めたのだった。
「それで何の用だ? 二人仲良く俺の楽しみを奪いに来た訳じゃ無えんだろ?」
「当たり前だ。一言で言えば、貴様のトレーナー室の中を確認するから同行してもらう」
「……何言ってるか分からねえな」
エアグルーヴの前で彼はとぼける様な表情を浮かべる。これを見た彼女は確信犯だと判断したようだ。
未だに消えた葉巻を名残惜しく持ち続ける彼の左腕を掴み上げ、逃亡を阻止する。
「貴様、何か隠しているな? あの中に何を置いた?」
「隠してるも何も、知らねえって言ってんじゃねえか」
呆れた様な声で喋る彼を見た、もう一人副会長はエアグルーヴの肩を叩く。
「ふと思ったが、この男はトレーナー室の存在を知ってるのか?」
「まさか、そんな筈は……! コイツがトレーナーになってからどれだけ経っていると……」
「理事長が言っていたが、ウイニングライブの存在をこの前まで知らなかったそうだ」
「じょ、冗談じゃないのか……?」
困惑した表情を浮かべた彼女に追い討ちをかける様に、ナリタブライアンは首を横に振った。
調子が思わず下がる様な頭痛を感じながら、彼女は恐る恐る彼に尋ねる。
「貴様、トレーナー室というものを知っているか?」
「だから、さっきから知らねえって言ってんじゃねえか! 何度言わせんだ!」
残念な事に、彼の頭の中にあったトレーナーとしての常識は、どこかの走り回る扇風機にでも粉砕されたのだろう。
そんな事実に思わず彼女は本日二度目となる頭痛を味わう。
だが、その頭痛を消しとばすかのような疑問が黒髪の彼女から飛び出した。
「なら、あの部屋には何がいるんだ?」
「さあな……もしかすると、得体の知れねえ何かが居るかもな?」
心霊物件の噂が立っている工場を所有する彼は、少しばかり恐怖を煽る低い声でそう言った。
「な、何をふざけた事を言っているこのたわけが! 大方、どこかのウマ娘が悪戯しているだけに決まっている!」
彼女は彼の言葉を戯言と斬り捨てる。だが、その表情は強張っており、いつもの余裕は見当たらない。
「なら、その悪戯好きのウマ娘とやらを見に行こうじゃねえか! 面倒事を増やしやがったんだ、文句言うぐらいは良いだろ?」
「だが……」
「問題ない、さっさと行こう」
「なっ……!?」
ナリタブライアンとハイゼンベルクは彼女を置いて、例の部屋へと歩き出す。少し呆気に取られたエアグルーヴであったが、問題なくその後を追って行ったのだった。
夕日がもうその役目を終えようとする中、彼らは何かを叩く音がするというトレーナー室までやって来た。
今の所、問題となっていた音は聞こえない。
「本当にここか? テメエらの言ってた騒音なんて一切聞こえねえが……」
「間違いなくここだ。さっさと中を確認して終わらせるぞ」
急かされた彼はため息混じりにその扉を乱雑に開け放つ。何故か中は真っ暗だ。
彼は中に入ってすぐ、扉の横の壁にあるスイッチを叩く。着くまでに長い点滅をしていたが、一応電球は生きているようだ。暗闇が文明の利器によって照らされると、部屋の全貌が明らかとなる。
「おい、トレーナー室ってのは埃だらけで色々散らかってるもんなのか?」
「埃に関しては知らん、貴様が部屋の存在に気付かなかったのが悪い。だが……」
「謎の絵や本棚、その他置物がここまで置かれている事は無い」
どうやら、部屋の中は彼女達も思わず違和感を感じるほど、変な物が多いようだ。ハイゼンベルクには分からないが、全ての壁を隠すかのように本棚や絵が置かれている事は無いらしい。
「ほう、訳のわかんねえブツが大量だな。ここを使っていた奴とはお友達にはなれねえな」
彼は不気味な藁人形のオブジェを手に取って観察すると、鼻で笑いながらそう言った。
「おい、この役立たずなブツは処分してもいいか?」
「ああ、好きにしろ」
「そいつはどうも」
彼は許可を取ると、ゴミ箱の近くに置かれていた袋を手に取って、部屋の中心にあるテーブルに乗っているゴミと化したそれらを袋の中へぶち込んだ。
「……何というか、気味が悪い絵だな」
赤を主体として描かれた何かの絵。長く見ていると気持ち悪くなりそうなそれをエアグルーヴは躊躇なく外す。
しかし、本当に気味が悪いのはその裏にある物だった。
「なっ……!? これは……!」
「お札だな、剥がすか?」
「ぶ、ブライアン! 何を言っている!」
「あの男は片っ端から剥がしてる」
彼女の指の先には、気に入らない絵をテーブルの上に積み上げている彼の姿があった。だが、その隣にはクシャクシャに丸められた紙が大量に置かれている。
「……き、貴様、その紙はなんだ?」
「ああコイツか、なんか絵や本棚の裏に大量に貼ってあった。ヘソクリか何かか?」
「いや、何でもない。気にするな」
紙幣か何かと勘違いしている彼の様子に、エアグルーヴは吹っ切れたようだ。彼女は目の前にある謎のお札を思い切り剥がすと、ゴミ箱へと放り込む。
そして、何事も無かったかのように今回の苦情の原因を探し始めたのだった。
それから暫くして、彼の怪力が猛威を振るい本棚は片っ端から端っこに寄せられて、隠されていた壁の全貌が露わになる。
しかし、黒く汚れているだけで特に変な所は無かった。
そんな中、誰かの携帯の音が鳴る。
「む、姉貴か……」
「用事があるなら先に帰っても大丈夫だ。後は私とコイツでやっておく」
「なら、お言葉に甘えるとする」
時間はもう夕方を超え、夜となっている。どうやら、予定が入っていた彼女はエアグルーヴに礼を言うと、少し早足でこの部屋から出て行った。
「ハァ……テメエと二人きりかよ」
「何だ、不服か?」
「ああ、不服だ。テメエがいると少しふざけただけでお叱りが飛んでくるんでな」
ふざけた笑みを浮かべる彼はボロボロの本をテーブルに置くと、その足を扉へと向ける。
「おい、どこに行く?」
「便所だ。それとも何だ、テメエも来んのか?」
「な……!? こ、このたわけが! さっさと行ってこい!」
「はいはい」
彼はエアグルーヴを部屋に一人残して、トイレへと向かう。廊下は昼間とは違い暗闇に包まれており、床を照らしてくれる物は月の光以外何も無い。
だが、照明の落ちた工場よりは明るいようで、彼は平然と歩いて行った。
何事も無く用を足し終えて、洗面台を使っていると、鏡に見覚えの無い人影が映り込む。
そしてその影は、彼の背後に立っていた。
「……誰だテメエ?」
彼がそう言って振り向くとそこには誰もいない。不気味な沈黙が辺りを漂っているだけだ。
「誰も居ねえ……俺の見間違いか……?」
不気味で奇妙な出来事に、彼は首を傾げながら鏡へと向き直る。そこには人影など映っておらず、ただただ一人の厳つい男の姿があるだけだった。
何事も無かったかのような表情を浮かべ、彼は例の部屋まで戻ってくる。しかし、電気の点いていたはずの中は真っ暗だった。
「……何やってんだ?」
彼が壁のスイッチを押すと、照明が部屋の隅で丸くなっているエアグルーヴを照らす。怯えているようなその状態に、彼はため息混じりに声を掛けた。
「っ……!? な、何だ……貴様か……」
「ほう、なるほどな。テメエ、そんなに眠いんだったらさっさと帰ったほうが良いんじゃねえか? 門限とやらがあるんだろ? 後は俺が片付けとく」
「門限はまだ……いや、そうさせて貰う。すまない、恩に着る」
「恩に着る? 何の事だかさっぱりだな」
彼は彼女の発言を鼻で笑うと、そそくさと出て行くその背中を見送った。
本棚などの大型の物以外処分され、綺麗になった部屋を見て、彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「確か、トレーナー室ってのは"自由"に使って良いんだったな? ゾルダート達をここに置ければ、わざわざ持ってくる必要もねえ!」
どうやら、彼はこの部屋を自らの第二拠点へと色々と改造するつもりのようだ。それだけでなく、物置代わりにもするらしい。
彼がどこに何を置くか考えていると、突然窓が勢いよく叩かれる。思わずその方向へ視線を向けるが、窓はカーテンに隠されており見る事は叶わない。
「例の悪戯か? どうせあのゴールド何たらって奴がやってんだろうな」
腰にロープでも付けてぶら下がるゴールドシップの姿を想像しながら、彼はそのカーテンを開ける。しかし、そこに映っていたのは真っ赤な手形であった。
彼がそれを発見すると同時に、部屋の照明がプツンと切れる。寿命かと思いながら、彼は携帯のライトで窓を照らした。
金属製の窓の縁がその光を反射する。吹き付ける冷たい風が彼の頬を撫でていく。そして、彼はその違和感に気付いた。
彼の視線の先にあるのは窓。しかし、それは開け放たれていた。
その直後、部屋の壁という壁から叩くような音が響き始めた。流石の彼も、この現象に対して驚いた表情を見せる。
きっと、苦情の原因はコレだろう。
「ほう……?」
明らかに普通ではないこの現象に、彼は感心したような表情を見せる。
本棚から本が次々と床へと落ちる。まるで、彼をこの部屋から追い出そうとしているのか、騒音は大きくなる一方だ。
そんな中、先程開いてしまった窓から粘ついた水音と共に、床に真っ赤な足跡が刻まれる。それは、真っ直ぐハイゼンベルクの元へと進んで行く。
「っ……!?」
彼の目が見開かれる。
この現象の主は、その表情を見てニヤリと不気味な笑みを浮かべている事だろう。
「最高のブツを思い付いた! 視覚的に消える装置……光学迷彩だ! だが、どうすれば実現出来る……?」
だが、彼の反応はその足跡に向けられてなかった。どうやら、自身の最高の発想に対してのものだったようだ。
一人ブツブツと手法を組み上げていく彼に、その怪奇現象はまるで呆れたかのように一瞬だけ静まった。しかし、自身の存在をアピールするかの様に、先程より激しく壁が叩かれる。
「……煩えな」
彼は携帯を操作して、とある人物へ電話を掛ける。
「よお、俺だ」
「トレーナー室の存在をついさっき知った。それで、中にあったガラクタを処分してえもんでな」
「ああ、夜の内に終わらせる」
「……テメエは俺を何だと思ってるんだ? 本棚とかいらねえもんをぶっ壊して運び出すだけに決まってんだろ」
「ありがとよ、じゃあな」
彼は通話を切ると、ニヒルな笑みを浮かべて虚空へと呼びかける。
「ハッハッハッハ! 目には目を歯には歯をとはよく言うだろ? だから、テメエらにお誂え向きの奴を連れて来てやる!」
何故か開かなくなっていたドアを強引に蹴破ると、彼は一時的に学園から姿を消す。
しばらくして、学園へと戻ってきた彼のトラックには、深緑のシートを掛けられた大きな何かが乗っていたそうだ。
次の日の朝。問題であった壁を叩くような謎の音はピタリと止まった。疑問に思った副会長が幾ら尋ねても、ニヒルな笑みではぐらかされるだけ。
一体、彼は何をしたのだろうか。真相は闇の中である。
シュツルム式除霊法
ハンムラビ法典に則ったとんでも除霊法の一つ。頭のネジが殆ど抜け落ちた男が発案したようだ。
その除霊確率は驚愕の100%だが、大きな欠点として周囲の安全は保証されない。部屋の半分が吹き飛ぶ覚悟が必要だろう。