悪くねえ 大したもんだ ハルウララ   作:黒チョコボ

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避難訓練

 

灰色の雲が広がり、空も気分もどんよりとした本日。ウマ娘達はそれぞれの教室でただ待機していた。トレーニングしたい者や、遊びに行きたい者がうずうずとその不満を膨らませる。

 

こうなっている理由は簡単。今日は避難訓練があるのだ。

 

面倒だ、そう思う者が殆どであろう。

 

しかし、幾ら身体能力が高いウマ娘といえど、火災などの災害に関しては無力である。災害とどこかのプロペラは、あらゆる物を無に還すのだ。そこに、生物が介入できる所など一つもない。

 

だが、実際に直面しない限りはその大切さなど完全に理解できる筈もなく。机の上に突っ伏したウマ娘、ウオッカも皆と同じように思っていた。

 

「だぁー! めんどくせえ!」

 

「あーもう! うるさいわね! アンタまだ言ってるの? もう諦めなさいよ!」

 

「避難訓練の内容が火災とかだったらな! でも、今日先生に聞いたら不審者系だって言ってたんだよ!」

 

どちらにせよ、避難する内容だという事は変わらないだろうと思ったダイワスカーレット。一体、それの何が問題なのか、彼女はウオッカへと呆れた視線を向けながら尋ねた。

 

「大体、それの何が問題なのよ?」

 

「そりゃあ、火災だったらどうしようも無えけど、不審者だったら戦えるだろ? オレから言わせてみれば敵前逃亡なんてダセエ! やっぱり、真正面からぶっ飛ばす方がカッコいいだろ?」

 

格好良さに重点を置く彼女は、鮮やかに相手を無力化する手順を想像しているのだろう。そんな"カッコ良さバカ"の様子に、ダイワスカーレットは溜息を吐かざる得なかった。

 

そんな中、学園内の放送装置が音を立てる。

 

『よお、親愛なる……ウマ娘諸君』

 

だが、聞こえてきた声は良くある避難勧告のようなハッキリとした声では無かった。低く威圧感のある男の声が学園内に響き渡っており、普段とは違うこの状況に生徒達は思わず困惑した表情を浮かべた。

 

『どうせ今頃、クソつまらねえ避難訓練にうんざりしてんだろ? だから、少しだけ面白くしてやるよ! ハッハッハッハ!』

 

まるで、映画で出てくる悪役の様な笑い声。困惑した彼女らの耳に入ったそれは、思わず背中に冷たいものを感じさせる。

 

『今までは仮想の相手に対して避難してたんだろ? だが、今回は違え! テメエらを本当にミンチに出来るバケモンを持ってきた!』

 

ミンチという表現は比較的身近である。それ故に、全員の脳裏に男の発言通りのビジョンが浮かび上がってしまう。そして、想像豊かな者ほど顔を青ざめさせ、そうではない者でも最終的にそれが何を示すのかは理解する。

 

その結果、学園中にどよめきが走った。

 

それは、精神的にも大人に近い高等部の者達でも例外では無い。

 

「な……!? あ、あの男! 一体何をしている!?」

 

とある高等部の教室でエアグルーヴは思わず言葉を漏らす。普段からこの男を知る故に、多少の事ではあまり動じないのだが、流石にこれはレベルが違う。

 

『そう怒んなよ、堅物副会長』

 

「……!? まさか、聞こえているのか!」

 

『ハッハッハッハ! テメエの驚いた顔が良く見えるぜ!』

 

「な、何だと!」

 

まるで、マイクもカメラも存在するかの様な発言に彼女は教室の天井や壁を見回す。だが、そんな怪しい物など一切確認出来なかった。

 

『まあ良い、ルールはこうだ。避難するか、イカれた殺人鬼を全て無力化するか、そのどちらかが出来た時点でテメエらの勝ちだ』

 

テロリストの真似事をしているこの男は、いつもやっている"ゲーム"の説明をするかの様に、勝利条件を並べていく。その口調は、この男をよく知る者に、度々見せるあのニヒルな笑みを思い起こさせる。

 

『驚いて声も出なくなった副会長さんよ、心配する事は無え。"ちゃんと避難した奴"の安全は保証されてる。勝手に突っ込む奴らに関しては、俺は知らねえがな。まあ、そんなに英雄に興味がある奴らには、お望み通り英雄的な二階級特進でもさせてやるよ! ハッハッハッハ!』

 

男のそんな発言は大半の生徒に恐怖を植え付ける。きっと、今まで適当に取り組んでいた者も、今回ばかりは真面目に避難する事だろう。

 

だが、中等部の誰かの様にそうでは無い者も居た。

 

「よっしゃ! じゃあ、オレが全員ぶっ飛ばしてやるぜ!」

 

「何言ってるのよこのバカ! さっさと避難するに決まってるでしょ!」

 

男子中学生の様な思考回路を持つウオッカに、ダイワスカーレットは思わずその顔を近づけて強く言い放つ。

 

「だぁー! さっきも言っただろ! ただの人相手に避難なんてカッコ良く無え!」

 

「どうでも良いわよそんな事! そもそも、どうして相手は人だって決め付けてるのよ!」

 

あの放送の主がどういう者か、彼女は良く知っている。良く話す科学者の先輩から、情報が少しだけ回ってくるのだ。故に、彼女はウオッカを何とか止めようとしていた。

 

そんな意味深な言葉を聞き、どういう事なのかウオッカは思わず聞き返そうとするのだが、その問いはスピーカーから放たれる悪の声によって遮られる。

 

『ぶっ飛んだ奴らのスタート地点は屋上からだ! そんじゃ、始めるぜ? 準備は良いか? 10、9、8……』

 

楽しそうな声調で男はカウントを読み上げる。

 

まるで、愉快犯の様な行動。下がっていく数字は、彼女達に底知れぬ緊張感を植え付けた。

 

『ショウタイム!』

 

耳障りだった放送がプツリと途切れる。代わりに響いたのは、重い何かが着地するかの様な振動だった。

 

上から鳴り響くその音を皮切りに、彼女達は次々と教室から逃げ出し始める。整列もせずに、予定していたルートを通って行く。しっかりと基礎は守っているからか、パニックを起こして騒ぐ者は一人も居なかった。

 

「じゃあ、オレは行ってくるぜ!」

 

「ちょっと……! あーもうっ!」

 

男子中学生の様な無鉄砲さをもって、ウオッカは皆が避難する方とは真逆の方向へ突き進んで行った。

 

ツンケンした態度を取るダイワスカーレットだが、やっぱり少しだけ心配だったようだ。文句を一言二言垂れると、走り去った彼女の背中を追う。

 

「あれ? 何で来たんだ? さっきまで避難するって……」

 

「か、勘違いしないでよね! アタシも犯罪者役がどんな奴か一目見たくなっただけよ!」

 

ある意味いつも通りの彼女の様子に、ウオッカは少し笑みを浮かべた。

 

「何笑ってんのよ!」

 

ムッとした表情をしたダイワスカーレットとウオッカが軽く言い争いをしていると、廊下の奥から重々しい足音が鳴っている事に気付く。

 

二人の視線が音の発生源を捉えた瞬間、その表情はすぐさま青ざめて困惑したものへと変貌を遂げた。

 

廊下の奥から謎の粘ついた水音と共にやって来たのは、人型ではあるが人では無い金属質の何か。

 

まるでカブトガニの様な頭部を持ち、手には岩盤でも貫けそうな大きなドリル。体の隅々まで金属板による装甲が張り巡らされたロボットの様な存在が、威圧感を伴って歩いていたのだ。

 

だが、彼女達が青ざめた理由はその部分では無い。

 

 

 

装甲、ドリル、頭部。あらゆる部分に粘性のある赤い液体と、ゲル状でピンク色の"何か"が付着していたのである。

 

 

 

幾ら勘が鈍い者といえど、これにはスプラッタな物を連想せざるを得ないだろう。

 

未だボディからその液体を滴らせ、真紅の足跡を廊下に刻むそれは、殺戮兵器以外の何物でもない。

 

幾人かを解体した後のように見えるソレを前にして、ウオッカは何とか自身の意思を遂行しようと頑張っていたが、近づいてくる恐怖に耐えられなくなり、結局ダイワスカーレットと共に逃亡したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放送室にて、どこからか持ち込まれた大量のモニターが学園中の廊下や教室を映し出していた。使用されているモニターは、最新の物からブラウン管のような年季の入った物まで、性能を問わずとりあえずかき集めた様なラインナップであった。

 

悍ましい機械兵の見た目に恐れを抱き、尻尾を巻いて逃げ出す者達を、ハイゼンベルクは悪者の様な笑みを浮かべて観察していた。

 

「こっち側の居心地はどうだ? 意外と楽しいもんだろ?」

 

彼は背もたれに大きく寄り掛かると、背後に居る影に声を掛ける。

 

「最高だぜ! まさか、映画のシーンがこんな形で現実になるなんてな! 今度アタシの部屋に作ってくれよ!」

 

テンションの上がった返答に対し、彼は無慈悲にもバッサリと断りを入れた。

 

「それよりも、まさかテメエに演出家の才があるとはな。驚いたぜ」

 

「当たり前だろ? このゴルシ様に出来ないことは無いからな」

 

彼はゴールドシップの持ってきた、血糊や赤いゼリー、色ペンの入った袋を見やる。

 

何をどうやったらゴム製のドリルが金属製のドリルに変わるのだろうか。見た目だけとは言え、その要素が明らかにあのロボット達の威圧感を大幅に上げていることは確かだ。

 

「だけど、オッサンも良く許可取ったよな」

 

「特に大したことはしてねえ、色々と御託を並べただけだ」

 

彼が理事長へ言った言葉を纏めると

 

"訓練は本番より大事だ"

"最近マジメにやらない奴が多いんじゃねえか?"

"避難に失敗して死にましたなんて聞きたくねえだろ?"

 

それ以外にも色々と言っていたが、大体この三つに区分されるだろう。

 

要は、彼は訓練だから一度本気でやってみないかという提案を持ち掛け、それを理事長が呑んだという事だ。交渉がお世辞にも上手いとは言えない彼にしては、この結果は快挙と言えるだろう。

 

因みに、あのロボットを使用する事は伝えてあるが、血糊などで恐怖を植え付ける演出をするとは伝えていない。きっと、露見すれば色々と怒られる事間違い無しだろう。

 

「……結構汚れるもんだな。ちゃんと証拠隠滅しとかねえと、また煩く文句言われちまう」

 

偽物の血で染まった廊下を見て、彼は予め用意しておいたとあるスイッチを入れた。

 

すると、彼のトレーナー室から次々と平たい三角形をした掃除用ロボットが出動し始める。どうやら、これで廊下のゴミも証拠もゴミ箱行きにするつもりの様だ。

 

「うおっ!? このお菓子みてえな形のやつは一体何だ!? というか、この量どうやってあの部屋に収まってたんだ!?」

 

「適当に作った掃除用ロボットだ。一つ一つの性能はゴミだがな」

 

性能を数で補うつもりなのか、十台をゆうに超えるお掃除ロボットが、四方八方に散開し、手当たり次第にその汚れを除去し始める。

 

そして、何故か壁に張り付いている機体もいるようだ。どうやら、清掃対象は床だけではないらしい。

 

「あ、見ろよオッサン! ウララとライスが映ってるぜ!」

 

「あ? コイツら、何してんだ……?」

 

彼女が指差したブラウン管のディスプレイには、黒とピンクの影が映っていた。だが、黒い方はとある部屋を覗き込む様な仕草をしており、彼のよく知るピンクの方はその部屋の奥で背をこちらに向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ……ウララちゃん……? ほ、本当に大丈夫なのかな……?」

 

「うんっ! 大丈夫だよ! この子はわたしの友達だもん!」

 

ライスシャワーはそっと返答があった部屋を覗き込む。シャワー室と思われるその中では、ハルウララがシャワーヘッドを奥へと向けて水を大量に放っている。

 

排水溝にどんどん吸い込まれる赤い水とゼリー状の何かを見て、彼女は驚いて顔を引っ込める。

 

「よし! すっごく綺麗になったよ!」

 

先程まで水を大人しく浴びていたその存在は、重々しい足音ともにその姿をライスシャワーへと見せつける。

 

それは、現在学園内を徘徊しているロボットである、ゾルダート・ジェットであった。

 

威圧感しかないその見た目に、彼女は声にならない声を出し、萎縮してしまう。しかし、しばらく時間が経っても何もしてこない事に気付き、瞑った目をゆっくりと開ける。

 

そうして入ってきた光景は、目の前の鋼鉄の存在に恐れを抱く事なく、ペタペタとその装甲を触りまくっているハルウララの姿だった。

 

「ほら! 大丈夫だよライスちゃん!」

 

「ほ、本当に大丈夫だ……! 凄いねウララちゃん……! でも、どうして分かったの?」

 

「あのね! トレーナーのこーじょーにはおんなじ見た目の子がいっぱい居るんだ! それでね、いつも分かんなくなっちゃうからここにしるしを書いたんだ!」

 

笑顔で彼女が指差した場所は、お友達の顎の部分。背の高い者達は決して気付かないであろうその死角には、ピンク色の星が描かれていた。

 

「わぁ、本当だ……! こ、これなら絶対間違えないね……!」

 

工場内の業務用塗料で描いたせいか、水程度ではその印は剥がれ落ちる事は無いだろう。

 

「そういえば、名前はなんていうの……?」

 

「じつは、まだ分かんないんだ……何か良い名前あるかなあ?」

 

その言葉に反応したのか、彼は背中の二つのジェットをブオンと稼働させる。それはまるで、自身のアイデンティティをアピールしているかのようだ。

 

「あ、あの……デュアルジェットとか、どう……かな?」

 

そんな、行動を見たライスシャワーは何となくそう呟いた。一瞬ポカンとした表情を浮かべたハルウララだったが、その言葉がこの友人を示す名前だとすぐに気づくと、目を輝かせてその名を絶賛した。

 

「でゅあるじぇっと……? なんかすっごいカッコいい感じがする! じゃあ、この子はデュアルちゃんに決定だ!」

 

何故か勝手に命名されてしまったゾルダート・ジェット。だが、このお友達機体は眼前のピンク色と同じくポンコツであるため、メモリへアクセスして自身の登録名称を変更してしまう。

 

今この瞬間から、彼はデュアル・ジェットである。

 

「よーしっ! 早速みんなに自慢しに行くぞー!」

 

「あ……! ま、待ってウララちゃん! 絶対みんな驚いちゃうよ!」

 

当然だが、皆が彼女のように圧倒的なホラー耐性を持っている訳では無い。その事実を未だに理解していない彼女は、まるで隣の者に消しゴムを貸すかのような気軽さで、そのポンコツマシンを見せびらかそうとしている。

 

それを止めようとしたライスシャワーだったが、二人目の主人に忠実なポンコツによってハルウララもろともその平たい頭部に乗せられてしまう。

 

そのまま、否応無しに避難予定の場所まで連れて行かれるのであった。

 

ちなみに、この一連の流れをカメラ越しに見ていた男は、自身の意図せぬ機械の行動に頭を抱えていたらしい。だが、製作者が彼である以上、このバグが直る事は無いのかもしれない。

 

何せ、製作者本人もそのバグに侵されているのだから。

 

 

 

 

 

「う、ウララさん……? それは一体……?」

 

「わたしの友達だよ!」

 

「あっ! エルは覚えてるデース! あの工場に居た空飛ぶロボットです!」

 

「なんと言いましょうか……不思議なデザインですね」

 

「え!? 私こんなの知らないよ!?」

 

「あーそっか、スペちゃんはあの時居なかったね」

 

当然、これ以上無いほどに驚かれた。

 

だが、どこかのお化けよりかはまだ受け入れやすい見た目をしているのが幸いだったようで、普段見る事のないメカメカしさにカッコいいと思う者が多く、意外と評判は悪くなかったようだ。

 

こうして、避難訓練は終わりを迎える。なお、二階級特進をする者は一人もいなかった。ただ、避難の大切さを知った者は何人かはいるだろう。

 

生徒達が学園まで戻ってくると、廊下がゴミ一つない綺麗な空間と化していた。だが、掲示板に貼ってあった筈の紙まで綺麗に消え去っており、幾人かは首を傾げていたという。

 

何とも不思議な事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、シャワー室は掃除の範囲外だったようで、そこに色々と残っていた証拠が原因でどこかの誰かはこっ酷く怒られたそうな。

 

 

 

 




デュアル・ジェット
たまたまAIが少しポンコツだったとあるゾルダート・ジェットがウララ式ハッキングを受けた結果、不思議な事に自我のような何かを得てしまった特殊な機体。

一応ハイゼンベルクの言う事は聞くのだが、これの生みの親と同じく、外から何かが干渉するとすぐに仕事を放棄し、それの対応をしてしまう。極め付けに、対応後は本来の指示の内容を半分ほど忘れるようだ。

見事なポンコツっぷりである。

顎の下にピンク色の星が描かれている。本人はこれが何かは理解していないが、大切な物だとは認識しているらしい。

ちなみに、似たような名前を持つウマ娘から何故かレースを持ち掛けられている。
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