学園の門限を完全に過ぎた夜、ゴールドシップは鼻歌混じりに舗装された歩道を歩いていた。
「便利だなコイツ、火も付けられるし大体何でも切れる。やっぱり、無人島に持っていくのはライトセイバーだな!」
どうやら、彼女は自身のトレーナーを半ば誘拐するかのように船に乗せ、誰もいない島へと連れて行き、ふざけたサバイバルごっこをしていたようだ。
工場長からひっそりとくすねた光る剣を弄りながら、彼女は学園へと歩みを進める。
「なんだアレ? 酔っ払いか何かか?」
そんな最中、前方の街頭に照らされて出来た大きな影が、道の真ん中に立っていた。まあ、酔っ払って変な行動をする者も時折居る。気にしても特に良い事はない。この場においては、ゆっくりと横を通り過ぎるのが正解だろう。
歩みの速度をその影が近づくにつれ遅めていく。だが、その横を通り過ぎようとした時、とんでもない違和感に襲われる。
「あれ? アタシの目、おかしくなったか?」
横を通り過ぎた事自体には何も問題はなかった。しかし、問題だったのはその大きさだ。
影が大きく見えていたのは光との位置関係のせいだと思っていた彼女。
だが、実際は違う。この者が異常な程に巨大な体をしていたのだ。おまけに、黒く見えたのは逆光のせいでは無く、全身に隙間無く巻かれた黒いテープによるものだった。
疲労で幻覚でも見ていたのかと勝手に思い、両目を手で擦りながら後ろへ振り返ると、瞳にはしっかりとあの巨人が映り込む。残念ながら、これは夢や幻覚では無いようだ。
「ま、いっか! さっさと帰って寝るぞー!」
だが、触らぬ神に祟り無し。あの人を明らかに超えた巨体が、仮に人だったとしても関わらないのが一番に違いない。
そう考えた彼女は視線を再び前へ向け、早足で歩き出す。
「さっきの奴、やたらと大きかったな……まさか、巷で話題の八尺様って奴か!? だったら、もう少し見とけば良かったなー」
そんな戯言を溢しながら、彼女は学園の前まで到着する。
照明が殆ど消えた校舎は些か不気味ではあるが、生憎その中に用はない。敷地内を歩いて寮へと向かうだけだ。
だが、寮の方向へ向けた足は突然その動きを止める。
「なっ……なんで、ここに……!?」
彼女の前方にあるのは学園の街灯。だが、それに照らされたのは舗装された地面では無い。
先程通り過ぎた筈の不気味な巨人であった。
夜の学園は良く噂の的になる。お化けが出るだの、階段が一段増えるだの、さまざまな話の舞台となっており、入る者に等しく恐怖を与える事だろう。
それは、帝王の二つ名を冠する彼女も例外では無い。
「はぁ……どうして誰も忘れ物が無い日に限って忘れ物しちゃうかなあ……!」
暗く静かな廊下を、トウカイテイオーは少しビビりながらゆっくりと進む。勿論、足音は最小限に抑えてだ。
しかし、神というのは意地が悪いようで、全神経を集中させて歩く彼女に対し、謎の振動や誰かの声のような風の音が響く。
「……ボクは無敵のテイオー様だぞ! 怖くなんか……ないやい!」
自らを鼓舞するかのように放った言葉は、廊下の中で反響を繰り返して消えていく。
それがかえってこの場所の不気味さを際立たせ、鼓舞する筈が逆効果となっているようだ。
それでもなんとか、自身の目的地である教室の前まで辿り着く。行きは怖かったが、帰りは風のように走り去れば問題無い。
「ん? 足音……?」
そんな中、駆けるかのような足音が彼女の元へ近づいてくる。
思わず音の鳴る方向へと身構えるが、暗闇から出てきたその姿にその構えを解き、ホッと息をついた。
「なんだ、ただのゴルシか……」
真面目な時もあるが、大半はふざけた事をしているゴールドシップ。最近はどこかの工場長のお陰で悪戯の道具がハイテク化し、あのエアグルーヴも手を焼いている。
故に、夜中に学園で走り回っていようとも特に驚く事はない筈だった……
「あ、おいテイオー! 逃げるぞ!」
「え……? うわっ!? 一体なんなのさ!?」
こちらまで駆けてきた彼女は酷く焦った様子で、トウカイテイオーを流れる様に小脇に挟むと、依然変わりないスピードで廊下を駆け続けた。
「やべえのに追われてる……! あのままだったらお前も巻き添えだ!」
「もう巻き込まれてるよ! というか、やばいのって何!?」
トウカイテイオーが普段と違うゴールドシップの様子に困惑していると、いきなり彼女の健脚が床を擦りながら急停止する。
どうやら、廊下の突き当たりまで運ばれていたようだ。
「げっ……!? この足音……!」
慌てる黄金船に担がれたまま、彼女は移動してきた廊下を見やる。
担ぎ手の精神を削る重い足音を響かせながら、何かが奥からやって来ている。だが、真っ暗故にその姿は良く見えない。
いや、違う。
窓からは月の光が入っている。先が見えない程に廊下が暗い筈がない。
しかし、それに気付いた時にはその謎の存在は数メートル前まで迫ってきていた。
「ぴ……ぴえええぇぇぇっ!?」
彼女の視界を埋め尽くしたのは、3m程の巨大な人影。明らかに人間としての範疇を超えているその大きさと、まるで正体を必死に隠すかのように乱雑に巻かれた黒いテープが、もはや不気味を通り越して恐怖を生み出している。
「こうなったら下に逃げるぞ!」
ゴールドシップはすぐそこにある教室へと飛び込むと、奥のベランダから外を経由して下の階層へと華麗な逃亡を見せる。勿論、彼女を担いだまま。
階を移動した後、彼女はずっと担いでいたトウカイテイオーをやっと床へ下ろす。
しかし、そこにいるのは真っ白に染まった何かの抜け殻だ。
「おーい、生きてるか?」
「ぴ……ぴええ……」
放心状態の彼女を見て、ゴールドシップは少し考える素振りを見せると、その耳へ口を近づけて囁いた。
「窓からアイツが来てるぞー」
「ぴええっ!? お、脅かさないでよ!」
「悪い悪い、冗談だって……」
彼女がそう言いつつ窓を見た時だった。
先程彼女達が降りてきたのと同じようにして、あの巨体が同じ階へと降り立った。さっきまで何処にいても聞こえる程の足音を立てていたのに、今この瞬間に限ってはまるで忍者のように音一つ鳴っていない。
もし、見ていなかったら気付かなかっただろう。
当然、彼女は正気に戻ったもう一人の手を引っ張りながら、脱兎の如く逃げ出した。
「ねえ! 何であんなのに追われてるの!?」
「知るか! アタシが一番聞きたいわ!」
全力疾走する二人を、巨人は走る事なくただの歩きで追い詰める。遅い筈なのだが、いかんせん一歩が大きすぎる事と、放たれる危険なオーラが、幾ら距離を離そうとも彼女達を休ませてはくれない。
しかし、そんな彼女達に一縷の希望が差し込んだ。
「そこの方! 部外者は許可無く校内立ち入り禁止ですよ!」
「お、オマエは!?」
「おや、ゴルシさんにテイオーさんじゃないですか! 貴方達もこの学級委員長と同じく夜の見回りですか?」
なんと、あの学級委員長であるサクラバクシンオーがその巨人に真っ直ぐ人差し指を向けて、立ちはだかったのだ。
瞳に桜を映す者に恐怖という感情は無いのだろうか。
「そいつに追われてるんだ! 今頼れるのは委員長しかいねえ!」
「なるほど! そういう事でしたか! なら、ご安心下さい! 私にかかればこんな問題、チョチョイのチョイで解決です!」
「す、すごい、初めて委員長が頼もしく見える……!」
自信満々のその背中を怯える二人へ向け、彼女は堂々と自身の役目を全うするため、その巨人に堂々と言い放つ。
「学園内は許可無く入るのも、廊下を走るのも禁止です! お引き取り下さい!!」
満面の笑みを浮かべ、静かな廊下全体に聞こえるような声量で、彼女は元気よく謎の部外者に注意をする。
だが、巨人はその小さな姿を前に微動だにしない。顔と思われる部分に巻かれたテープの隙間から、謎の赤い光を漏らすだけだ。
「あれ? すみません! 聞こえていますか? もう一度言いますが……ちょわっ!?」
「「あっ」」
二度目の注意喚起をしようとしたら矢先、彼女の頭はその大きすぎる手に掴まれ、そのまま宙へと浮かされる。
まるで、卵でも握っているかのような感じである。まあ、殻が割れて出て来るのは黄身ではないのだが……
「ちょ、ちょわ……目の前が見えません! おまけに宙ぶらりんでバクシンも出来ません! 一体何が起こっているんですか!? ん? 前にも似たような事があった気が……」
眼前が暗闇に包まれた彼女は、その巨大な手を掴みジタバタとその拘束から逃れようと頑張っているが、血の通ってなさそうな冷たい手はびくともしなかった。
『……違ウ』
その巨人はフリーズしたかのように数秒固まった後、機械的な声を発した。
まるで、何かを探しているかのようにも見えるその反応に、この場にいる全員が疑問に思っていると、巨人は手に持った彼女をポイッと後方へ投げ捨てた。
「ちょわあああぁぁぁっ!」
「委員長ー!?」
「くそっ! 委員長がやられた! この人でなし!」
背後で廊下をコロコロと転がる委員長に見向きもせず、巨人はその顔と思われる部分をゴールドシップに向ける。
『ゴールド……シップ……!』
まるで怒りの籠ったような声を放つと同時に、巨人は廊下を走り始める。驚愕して固まっているトウカイテイオーをガン無視し、向かう先はゴールドシップの所。
「えっ? 狙われてるのアタシだけかよおおおぉぉぉ!?」
今までのゆっくりとした動きは、ただのウォーミングアップだったのだろう。
その巨体からは考えられない程の速度で、先を行く彼女を追っていく。廊下を埋め尽くすその背中を、床に転がるサクラバクシンオーと、追跡から逃れたトウカイテイオーはただ茫然と見ていたのだった。
「一体何なんだアイツは! アタシの鍛え上げた立体機動が通用しねえ!」
速度は未だ彼女の方が上。しかし、一回でも転けたり、行き止まりに当たってしまえば一瞬で追いつかれてしまうだろう。
故に彼女は非常階段や窓などを利用して、階を跨ぐ移動を多く取り入れていた。だが、何故かあの巨人はしっかりと追って来る。まるで、鉤縄でも持っているかのようだ。
逃げに逃げを重ねる中、彼女は戦力になりそうな一人のウマ娘を発見する。プロレスが大好きな者だ。きっと、助けてくれるだろう。
「よっ! ちょっと助けてくれ!」
「ゴルシ先輩? 助けるって一体何をデスか?」
「ほら! アタシの後ろにデカい奴が……」
ゴールドシップが自身の後方を指差した時、彼女を追い回していたあの存在の姿は跡形もなく消え去っていた。
指した先にあるのは虚空だけだ。
「フッフッフ! エルを驚かそうとしても、そう簡単にはいきませんよ! エルはあの工場で最強のウマ娘になったんデース! 怖いものなんて何一つありません!」
どうやら、彼女はシュツルムと会ってからホラー耐性が付いたようだ。確かに、アレの恐怖と比べれば、大抵のものであれば可愛く見えてしまうだろう。
「え……!? ワープはアタシの十八番だぞ! 勝手に取るんじゃねー!」
どこかズレた文句を闇へと吐き捨てた後、ゴールドシップとエルコンドルパサーは共に外へと向かっていた。
その道中、彼女は必死になってあの巨人の存在を証明しようと躍起になっていたが、帰ってきたのは生返事のみ。普段の奇行が完全に裏目に出ていた。
「だから、3m級巨人がいたんだよ! 立体機動してくるとんでもないやつが!」
「はいはい、その手の話はもう通用しないデース」
ラウンジまで辿り着いた二人。ガラス張りの壁から注ぎ込む月光のおかげか、廊下よりも明るくなっている。
空には雲一つ無く、星と月が綺麗に映っていた。
しかし、外へ出る扉にゴールドシップが手をかけた瞬間、遮る物が無いはずの月が大きな影によって一瞬だけ隠される。
「またかよ!? しつこいにも程があるだろ!」
「え、ええっ!? な、何なんデスか!?」
「アタシがさっきまで言ってたヤツに決まってるだろ!」
二人を驚愕の表情に染め上げたのは、巨人のふざけた行動だった。
このデカブツはなんと、屋上から地上まで飛び降りてきたのだ。人間でもウマ娘でも等しく怪我をするような高さであるにも関わらず、この化け物はコンクリートにその足跡を刻みながら着地すると、平然と窓越しに二人を見ている。
目はこちらからは見えないが、放たれる圧からして、どうやら睨んでいるようだ。
「やべえ、出口を塞がれちまった……!」
巨人は彼女達の通りたいその扉から、少し狭そうにしながら中へと入ってくる。ゴールドシップに固執するその姿には、狂気に近い何かを感じざるを得ない。
「ぐ、ぐるぐるテープのお化けデース!?」
「んな事言ってる場合か!? 逃げるぞ!」
彼女達は反対側のグラウンド方面の扉へ足を向ける。
だが、巨人は手から金属の触手?のようなものを出し、階段の手すりにそれを引っ掛けて跳躍を行う。その見た目に反する軌道を空中に描きながら、巨人は逃げる彼女達の前へ回り込んだ。
「なっ!? レギュレーション違反だ! デカブツは遅いっていうのが定石だろうが!」
再び踵を返して逃げ出すが、今度は彼女の足首に冷たい触手が絡み付き、無理矢理あの巨人の足元まで引き摺り込まれてしまう。
もう逃げるのは不可能のようだ。
「ゴルシ先輩……逃げられない。そんな状況になったらやる事は一つデス」
エルコンドルパサーは巨人の目の前まで近づき、指を真っ直ぐその顔部分に向けて、声高らかに言い放った。
「立ち向かうしかありません! ここで撃退するんデース! 一緒にウマ娘の力というものを見せてやりましょう!」
「あ、あれ? やっぱり今日のアタシはどこかおかしい! 勝ちフラグ立ててる筈なのに、勝てる気がしねえ!」
「何言ってるんデスか!? 戦う前から負ける気でいたら駄目デース!」
彼女はいつしかのVR装置で得た格闘術を駆使して、巨人へと攻撃を仕掛ける。しかし、その手応えはまるで丸太……いや、コンクリートのビルを蹴っているかのような感じであった。
何故だろう、効いている気がしない。
ペチペチと優しい音ではなく、重い衝撃音が響く中、巨人はただ悠然と立ち尽くしている。
「やっぱりなんか行ける気がしてきたぜ! アタシの必殺拳を喰らえ!」
だが、ゴールドシップは勘違いをしていた。この巨人がただ立っているのは、あの格闘家の攻撃に圧倒されている訳では無い。
狙っている相手がエルコンドルパサーではないだけだ。
故に、彼女がやる気になって近づけばどうなるのか、想像するのは容易だろう。
「あ、やべっ!?」
「うわっ!? は、離すデース!」
巨人はその手でゴールドシップとエルコンドルパサーの頭を掴み上げた。当然のように彼女達の体は宙へ浮く。
そして、興味無さそうに格闘家の彼女を後方へポイッと投げ捨てると、赤い光の漏れる顔部分をもう一方へ近づけた。
『返セ』
「えっ……?」
恐怖を煽るような不気味な声。そんな声が、ゴールドシップ目掛けて投げかけられた。
『返セ』
「返せって何をだよ!?」
『光ル……剣……!』
「光る剣? ま、まさかオマエ……!?」
彼女が何かを言い終える前に、巨人は問答無用で金属の触手を用いて、彼女のポケットから棒状の装置を奪い取る。
それは、彼女のお気に入りのライトセイバーであった。
奪うや否や、巨人は彼女を解放し、もう一方と同じく後方へ放り捨てる。そして、略奪したそれを自身の顔に近づけると、あの不気味な声で言葉を発し、その巨体を出口へと向けた。
『回収……完了』
その後、トウカイテイオーとサクラバクシンオーが、追われていたゴールドシップを探しにラウンジまでやって来ると、そこには完全にダウンした二人のウマ娘がいたそうな。
ちなみに、ゴールドシップはこの日から数日間、熟睡出来ない日が続いたようで、調子がガタ落ちしていたらしい。
なお、その様子を見てほくそ笑むどこかの工場長の姿があったとか無かったとか。
Code:V
シュツルムがブチ切れた事件をきっかけに作り始めた多目的ロボット。主な使用用途は警備や盗品の回収である。勿論、どこかの誰かに破壊されない最高グレードの代物。
四つのリアクターから生み出される出力と、手首に装着された触手のような金属製マニュピレーターで、常軌を逸脱した移動が可能となっている。だが途中で少し面倒になったのか、頭部にはどこかの暗黒卿のパーツが流用され、見た目に関しては黒いテープで巻かれているだけだ。
正式名称はゾルダート・ファーフォルガー(Verfolger)
その名前は"追跡者"を意味する。
余談だが、作成する際の仮想敵として用いられたのは、"殺しても死なない一般人"と"DNA詐欺のゴリラ"だそうだ。