悪くねえ 大したもんだ ハルウララ   作:黒チョコボ

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トラウマ

 

照りつける太陽が鬱陶しくなる夏のある日。ハイゼンベルクは蒸し暑い校内を歩いて、とある者を探していた。

 

「あの科学者野郎はどこにいやがる……?」

 

どこを探しても見つからず、誰に聞いても居場所は分からない。結局、面倒になった彼はこの配送のお仕事を後回しにすべく、自身のトレーナー室へと向かった。

 

だが、どうやら先客が居たようだ。

 

「……という訳で彼は元からあの場所に居なかったのよ!」

 

「うわあ……ゾッとする話だねそれ……」

 

「当然じゃない、このキングは語り手としても一流なのよ!」

 

「キングちゃんすごいね! わたしも上手くできるかなあ?」

 

扉の先には幾人かのウマ娘達が集っていた。ほぼ全員知っている顔だ。だが、普段誰もいない筈の部屋にこうも人が集まっていると、流石の彼も部屋を間違えたのかと思わず部屋のプレートを確認してしまう。

 

「テメエら……何やってんだ?」

 

「あっ、トレーナー! 今ね、怖い話大会やってるんだ!」

 

「なんでこの部屋なんだ……?」

 

「理由は簡単さ、遮光カーテンに優秀な空調。おまけに、心霊部屋として有名な場所。雰囲気作りとしては完璧だから選ばれたのさ」

 

アグネスタキオンの言う通り、この部屋は非常に快適な空間である。あのぶっ飛んだ空調に、他の部屋では理科室ぐらいしか無いであろう遮光カーテン。

 

極め付けに彼の工事用のロボットが何機か置かれており、不気味さの演出に一役買っている。

 

それ故に、投票でここに決められてしまったようだ。

 

なお、セイウンスカイだけはこの部屋に彼が修理したマッサージチェアがあると聞いて票を入れたようだ。

 

「ったく、本人の許可ぐらい取りやがれ……」

 

「あれ? ウララちゃんが取ったって言ってたけど……?」

 

「あれ? そうだっけ?」

 

「これは取ってない反応ね……」

 

スペシャルウィークにそう言われたハルウララは、キョトンとした表情で首を傾げた。その様子に、皆は苦笑いを浮かべていた。

 

「まあまあ、良いじゃないか工場長。なんだかんだ言ってここ結構広いんだから」

 

「ほう……ところで、テメエが今座ってるマッサージチェア。ぶっ飛んだモードがあるがやってみるか? 文字通り天にも登る心地だぜ?」

 

「え……? いやいやいや! セイちゃんは遠慮しておきます!」

 

調子の良いセイウンスカイの言葉に、彼はニヒルな笑みと共に脅し文句を返す。何やら嫌な予感のした彼女は顔を青ざめさせながら、椅子から逃走を図る。

 

「おっと、すまないね。ぶつかってしまった」

 

なお、悪い笑みを浮かべたアグネスタキオンによって逃亡は阻まれ、彼女の体は異音を立て始めたマッサージチェアに吸い込まれていった。

 

一人の悲鳴と機械の異音をバックミュージックに、彼は一人だけ知らない顔のウマ娘を見やる。

 

「見た事ねえ顔だな」

 

「俺はウオッカだ! よろしく頼むぜ!」

 

「ウォッカ? 俺はウイスキーかビールの方が好きだな。最近はイエーガーばっか飲んでる気はするが……」

 

「だぁー! 違えよオッサン! 俺はウォッカじゃなくてウオッカだ!」

 

ハイゼンベルクの耳では彼女の名前は酒にしか聞こえないようだ。どうやっても直らない現象に彼女は頭を抱えて困り果てている。

 

「もう諦めたらどうなの? どうせ直らないわよ」

 

「くっそー! 今回だけは大目に見てやる!」

 

ダイワスカーレットの言葉もあり、今この時だけは我慢するようだ。

 

「さて、次は私の番だったかな?」

 

「テメエみてえなガチガチの科学者野郎が怪談か? 面白えな。そういう類のモンは信じてなさそうに見えるんだがな」

 

「そうかい? だが、幽霊に関してはいる事もいない事も証明出来ていない。故に居たと仮定しても問題ないのだよ」

 

「なるほどな、一理ある」

 

アグネスタキオンは何故かプロジェクターとVRゴーグルのような物を取り出した。そして、流れるようにセットアップし終えると、怪しい笑みでこう言った。

 

「さて、私の持論だと恐怖という感情は言葉だけでは伝え切る事が難しいと考えている。そこで、コレを持って来た」

 

彼女はゴーグルを見せつける。幾つか電子部品が剥き出しだが、様々な部品が綺麗に収まっており、無駄が無いように見える。

 

「これは、記憶の中で一番濃く残っている恐怖を映し出す装置さ。事実は小説よりも奇なりとよく言うだろう? まあ、それが薄い記憶だと、だいぶノイズ混じりになってしまうのが欠点だがね」

 

そう言うなり、彼女は実際にそのゴーグルを自身の頭に装着した。すると、プロジェクターが反応し、何かの光景を映し出す。

 

そこには、生徒会のメンバーに包囲され、鬼の形相で睨まれている場面であった。ノイズなど一切無く、鮮明だ。

 

「おっと……これは確かに少し堪えたものだね……」

 

「うわあ……これは体験したくないね……」

 

「同感ね……というかスカイさん、もう復活したの?」

 

「いや〜痛くて死ぬかと思ったけど、終わってみたら体の調子がすこぶる良くてですね……パーフェクトセイちゃん爆誕! って感じ!」

 

どうやら、調子が絶好調になる高性能マッサージチェアのようだ。今の言葉を聞き、幾人かは後で使ってみようと心に決めた。

 

「それじゃ、次は君だウララ君」

 

「わーいっ! ありがとー!」

 

「恐怖という感情が無いに等しい君から、どんな映像が出てくるのか楽しみだよ」

 

ハルウララがゴーグルをスッポリと被る。そして、映し出されたのは……

 

 

 

地面にアイスが落ちる瞬間の映像だった。

 

 

 

白黒でかなりノイズ混じりな事から、本人もあまり覚えていない記憶なのだろう。だが、心当たりはあるようだ。

 

「ああっ! いつだったか忘れちゃったけど、にんじんアイス落としちゃった時のだ!」

 

「……おかしいな、設定を間違えたのだろうか?」

 

「ああ、間違ってる。この能天気にその装置を使う事自体がな」

 

随分と可愛らしい恐怖に、思わず全員の張っていた気が完全に緩む。やはり、彼女にとって怖い物や体験は無いに等しいのだ。

 

「さ、さて、次に行こうか」

 

次に指名されたのはキングヘイロー。

 

一流の存在の抱く恐怖は一体何なんだろうか。アグネスタキオンは興味深く投影先の白い壁を見つめている。

 

しかし、映し出されたのは一つの鳴り響く携帯電話だけだった。

 

「携帯電話?」

 

「あれ、キングちゃんどうしたの? 大丈夫?」

 

「ええ、平気よ。それよりも、どうしてこの映像が出てくるのか良く分からないわね」

 

「ほう、本人の認知していない記憶でも出力可能なのか……これは面白い結果だな」

 

「まあ、大した記憶じゃないって事ね。はい、スカイさん。次は貴方よ」

 

押し付けるようにして渡されるゴーグル。セイウンスカイはそれを被ると同時に、直近で怖い事があったかどうか思い出そうと試みる。

 

だが、これっぽっちも出てくる事はなく、仕方なく映像が出るのを待っていた。

 

「ん? 釣り竿……?」

 

映し出されたのは引っ張って曲がっている釣り竿と、川か海か分からない水底と竿の先端を繋ぐ糸だ。

 

数秒後、竿のしなりは急に解放され、糸の先には魚はおろか釣り針すら付いていない。

 

「ああ〜っ!! これ根がかりで高級ルアー無くした時のやつじゃん! うぬぬ……何て恐ろしい記憶なんだ……!」

 

きっと、釣り経験のある物なら恐怖する瞬間なのかもしれない。だが、ここに居る者達にそれが伝わる事はないだろう。その証拠に、全員が首を傾げている。

 

その後、スペシャルウィーク、ダイワスカーレット、ウオッカの順で例のとんでもゴーグルを掛ける事になった。

 

スペシャルウィークの時は体重計。プロジェクターの光を必死になって遮って、その数値を隠していた。

 

ダイワスカーレットの時は、レースでビリだった時の光景。どうやら、今日の夢で見た出来事のようで、このゴーグルは夢と現実の判別までは付かないようだ。

 

そして、ウオッカが大問題だった。

 

「ウ、ウオッカ君。これは一体……何なんだい?」

 

「避難訓練の時に見た不審者役の人っす……」

 

「ほう、こんなものが徘徊していたのか……私も見てみるべきだったかな?」

 

「あれ? デュアルちゃんにそっくりだ!」

 

「ウララのトレーナーさん、何か言う事があるんじゃないかしら?」

 

「さて、何の事だか分からねえな……」

 

映ったそれは血塗れの何か。不思議そうにそれを見る者が二人、思い出して表情を強張らせる者が二人、とある人物に思わず視線を向ける者が三人……

 

そして、知らないふりをする元凶が一人。

 

ちなみに、ウオッカの後ろにある黒い布の下に彼女の恐怖の原因がいるのだが、幸運にも気付いていないようだ。まあ、時には気付かない方が良い事もある。

 

「さて、最後は君だ」

 

アグネスタキオンはハイゼンベルクへとそのゴーグルを差し出した。

 

「何のつもりだ?」

 

「見て分かるだろう? 君のような者が恐怖を感じる時、その目に何が映るのか私は非常に興味がある!」

 

半ば狂気に染まった目を向けて、彼女は依然とそのゴーグルを彼へ突き出している。

 

彼女の言葉を聞き、他の者達も興味が芽生えたようで、好奇の視線を彼に向けていた。

 

「……仕方ねえ、やってやる。見えるもんなんて、とっくのとうに分かりきってるがな」

 

彼はゆっくりとそのゴーグルを受け取ると、僅かな躊躇いを見せる。そして、少しだけ深く呼吸をすると一気にそれを頭へ被った。

 

プロジェクターがすぐさま映像を映し出す。

 

それは、彼女達とは比較にならない程に鮮明であった。

 

 

 

まず映ったのはどこかの教会のような場所。壁や天井がボロボロになったその中央には華美なカーペットによる道が出来ており、それを挟むようにして大きな椅子と長椅子が向かい合って置かれている。

 

そして、この不気味な場所にゆっくりと幾人かが姿を見せた。

 

真っ白な肌を持つ巨大な女性。

 

ローブを羽織って全体の姿が見えないが、老人のように腰を曲げている者。

 

同じくローブで黒子のように全身を黒で包み、その手に不気味な人形を持った者。

 

中央奥には一人の仮面を被った女性。不思議なことに、その背中からはカラスのような羽が生えている。

 

明らかに異様な光景に、見ている者は思わず息を呑んだ。

 

そして、場面は切り替わる。

 

嵐のように渦を巻く瓦礫。鉄骨や乗り物までもがその渦に逆らう事なく浮いている。しかし、雨はそのまま真っ直ぐ地面へと降り注ぐ。

 

そんな中、画面の中心に小さく映り込んだのは小さな人影。瓦礫と同じく宙に浮いているが、何か乗り物のような物に掴まってこちらを見ている。

 

全員が何も理解できないまま、画面全体は突如として放たれた閃光で真っ白に染まる。

 

そして、雨雲を見上げるように視点が動いた後、映像はプツリとブラックアウトした。

 

 

 

映像が終わり、彼はゆっくりとゴーグルを外す。いつも通りのしかめ面だが、そこには少しだけ納得の色が見える。

 

しかし、彼以外の者は今の光景を理解出来ないといった風に、困惑した表情を浮かべていた。

 

「これで満足か、イカれた科学者さんよ?」

 

「ふむ、かなり異質な映像だったが……あれは一体何なんだい? 恐怖というより不気味さが勝るようなものだったが……」

 

「あー……ある映画のワンシーンだ。そいつらの顔が俺の嫌いな奴にそっくりだった。それだけだ」

 

「ほう、嫌悪感も恐怖の内に入るのか。これは興味深い……」

 

ハイゼンベルクは所々言い淀みながら、アグネスタキオンの問いに返答する。彼の言い分によると、あの映像は昨日見た映画に出てきたシーンだそうだ。

 

はてさて、このような映画あっただろうか。

 

「ええっ!? という事はトレーナーって映画が怖いの? じゃあ、今度見る時はわたしも一緒に見てあげるね!」

 

「おい待て、なんで勝手に俺は映画が怖いって事になってやがる?」

 

「だって、あのゴーグルって怖いって思ったやつが映るんでしょ? トレーナーの時は映画のシーンが映ったから、映画が怖いって事だよね!」

 

「ああ、クソッ……そういう事かよ」

 

まあ、彼女の言い分もあながち間違ってはいない。

 

その人の怖いと思ったものを映し出すゴーグルで、あの映像が出てきたという事は紛れもない事実だ。

 

他の負の感情も勝手に恐怖判定される代物故に、このゴーグルの信憑性は決して高くない筈なのだが、ハルウララがそんな事知る由もない。

 

「ほらよ、返すぜ」

 

なんか色々と不名誉な勘違いをされた彼は、ため息混じりにそのゴーグルをアグネスタキオンへ返した。

 

「おや? ふむ、そういう事か」

 

彼女はポイッと放られたゴーグルを落とさずに受け取ると、その表情を少し歪ませる。

 

受け取った物はかなりの熱を発し、僅かに煙を吐いていたのだ。連続使用が祟ったのだろうか。

 

「テメエの要望に付き合ってやったんだ。質問の一つぐらい答えろ」

 

「良いだろう、手短に頼むよ」

 

「そうだな……もし、どこかの誰かの意思で動く殺人ナノマシンみてえのがあったらテメエはどう対処する?」

 

「ほう……それはつまり、体内に入ったら終わりという事かい?」

 

「ああ、終わりだ。おまけに、そいつらはデータ収集能力もある。面倒極まりねえだろ?」

 

彼から投げかけられた不思議な質問。一体どのような意図があるのかは分からない。恐らく、何かを作る際の参考にでもするのだろう。

 

勝手にそう思いながら、彼女はその虚な瞳を天井へと向け、有効な手立てを考えていた。

 

「そうだね……大まかに分けて二つある。一つ目は、一般的なウイルスや細菌への対処法と同じ、そもそも体内に侵入させないやり方だ」

 

彼女の脳裏では、防護服に身を包んでガスマスクのようなフィルターを介して空気を取り入れる。そんな光景が浮かんでいた。

 

体内に入らなければどうという事はない。大まかに言えばそういう思考だ。

 

「二つ目は……単純明快。君の言うどこかの誰かを始末するのさ。または、データのやり取りや保存をするサーバーを破壊しても良いかもしれないね」

 

彼女が二つ目に挙げた方法は、最終的に指示を出す部分がとある人間という部分に重きを置いたやり方だ。

 

確かに、司令部を壊せば戦場に出ている兵士の統率は取れなくなる。

 

「なるほどな……参考になったぜ」

 

「君のこの質問……一体何の意図があるんだい? まさか、本当にナノマシンかそれに準ずる物でも作るつもりだったりするのかい?」

 

ここにはもう用はないと言わんばかりに踵を返すハイゼンベルク。しかし、先程の質問に引っ掛かりを覚える科学者は、その足を止めさせる。

 

だが、彼が返したのはニヒルな笑みとはぐらかすような回答だった。

 

「気にすんな、ただの思考実験みてえなもんだ」

 

そう言うなり、彼はまるで逃げるようにこの部屋から去って行く。彼をよく知るハルウララが開け放たれた扉から廊下を覗くが、もう既に彼の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の校舎裏、誰も殆ど来ないであろう場所。一本の木により掛かるようにしてハイゼンベルクは立っていた。

 

だが、そこに威圧のオーラを放つ工場長の姿など無く、気分悪そうに顔を青ざめさせる一人の男がいるだけだ。

 

「クソッ……どうして未だにあのクソ女にビビってるんだ……!」

 

イラつきを込めた拳が、すぐ横の木に叩き込まれる。堅い木にも関わらず、打ち込まれた拳の跡は刻印のようにはっきりと残っていた。

 

高鳴る心臓の鼓動を押さえつけるべく、彼は懐から葉巻を取り出した。学園の敷地内だが関係ない。噴き出る冷や汗を止めるのが優先だ。

 

「どうしてあのクソ女に立ち向かえた……? どうやってあのぶっ飛んだ恐怖を克服したんだ……!? イーサン・ウィンターズ……!」

 

まるで祈るかのように、自身を殺したその存在の名を呟く。神ではなく、強者に対して問いかけるその行為。何とも彼らしいと言えるだろう。

 

しかし、この世界で死人が蘇る筈も無く、その問いも答えも空へと消えていった。残るのは気持ち悪い汗だけだ。

 

不快な気持ちを拭おうとするが、オイル切れのライターは火花を散らすだけで、救いの灯火を授ける事は無かった。おまけに、愛用のマッチはコートの中。今頃、工場の椅子に掛けられているだろう。

 

「あっ、トレーナー! って、大丈夫!? すっごく調子悪そうだよ!?」

 

少しぐったりとしたその姿を、追ってきたハルウララが目撃する。青ざめたその顔は明らかに異常であると分かっている彼女だが、どうすれば良いか分からずに困惑し、慌てていた。

 

「ど、どうしよう!? えーっとえーっと……何か飲み物でも買ってくるね!」

 

「……なんでもねえ。さっさと帰れ」

 

「ダメだよ!!!」

 

明確な拒否の意思。あまり見せた事の無い彼女の真剣な表情に、珍しく彼は気圧された。

 

「ったく……コーヒーで良い」

 

「わかった! じゃあ買ってくるね!」

 

"勝手にどっか行っちゃダメだよ!"とご丁寧に釘まで刺した後、彼女はどこかへと駆けて行く。

 

その速度は過去最速レベルのもので、彼が葉巻を懐へとしまい終える頃には、既に両の手にペットボトルとコーヒー缶を持った彼女が戻って来ていた。

 

「はい、トレーナーの分!」

 

「……ありがとよ」

 

暖かい手から渡された、冷たい缶コーヒーを大きく呷る。有難いことに少しは落ち着きを取り戻した様で、青ざめていたその顔は血色の良いものへと戻ったようだ。

 

「よかった〜! 治ったんだねトレーナー! これで保健室の先生呼ばなくても大丈夫になったよ!」

 

「別に死ぬ訳じゃねえ、次からほっとけ」

 

「ええっ!? ダメだよ! わたしだって頭が痛い時とかはキングちゃんに助けて貰ってるもん! だから、トレーナーが調子悪い時はわたしが助けてあげる!」

 

もし彼女に看病された時どうなるか、勝手に彼は想像する。どうやっても、枕元ににんじんの山が置かれる気しかしない。

 

「いや、テメエはどうせこれ食べれば治るとか言って、人参の山でも送りつけるつもりだろ?」

 

「ええっ!? なんで、わたしの考えてた事分かるの!? もしかして、トレーナーってちょーのーりょく者?」

 

知らず知らずのうちに、二人は以心伝心の関係だった様だ。彼は呆れると同時に、気付いてしまったその事実に悪態をつく。

 

ボケをかます彼女と、素っ気なく物申す彼との間で、しばらくうらうらとしたやり取りが続いた。

 

尻尾を左右に揺らしながら、手に持ったジュースを飲むハルウララ。そんな光景を横目にハイゼンベルクは飲み終えた缶コーヒーを握り潰す。いつの間にか、彼の鼓動の高鳴りはすっかりと消え去り、一定間隔の落ち着いたリズムへと戻っていたのだった。

 




アグネスタキオン特製ゴーグル
感情の研究の一環でアグネスタキオンが何となく作った、恐怖を映し出すゴーグル。
記憶が古く、朧げであればある程、映し出されるそれにはノイズが走る。また、判定が曖昧な故に少しズレたものが映る事もある。

どうやら、彼女の持論では恐怖は時間と共に薄れゆく物らしい。だが、その考えには少しだけ修正が必要だ。

真の恐怖というものは、幾ら時が経とうとも、数が幾ら増えようとも、色褪せる事は無いのだから。
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