悪くねえ 大したもんだ ハルウララ   作:黒チョコボ

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鉄槌

「あっ! トレーナー! 今日はこっちに居るんだね!」

 

ある日、理事長室から出て行くハイゼンベルクを見つけたハルウララは手も尻尾も大きくブンブン振りながら声を掛ける。

 

「ん? ああ、仕事だからな」

 

「あれ? トレーナーがお仕事なんじゃないの?」

 

「……あのな、何度も言ってるがトレーナーなのは書類上だけで、本来は別の仕事してんだよ!」

 

「ええっ!! じゃあ、トレーナーってすごいんだねっ!」

 

「あ? 何でだ?」

 

「だってだって、二つのお仕事を同時にやってるんでしょ? すごいよ! ちょっとキングちゃん達に自慢してくるね!」

 

とりあえず、ハルウララ的な評価基準で凄いと思ったのだろう。自慢したいがためか凄い勢いで彼の元から離れていき、数秒で彼の視界から彼女は消えたのだった。

 

「片方の仕事はやってないに等しいがな……」

 

彼は小さくそれだけ呟いた後、彼は学園の裏に駐車されたトラックへと向かう。業務用であるそれの積み荷は綺麗なフィットネスバイク。もちろん、ウマ娘用である。

 

流石に邪魔になると思ったのか、持っていた鉄槌をすぐ側の切り株に立て掛ける。

そして、透明な袋に包まれた積み荷を軽々と担ぐと、彼は再び学園の中へと戻って行った。

 

そんな彼が向かったのはトレーニングルーム。今回はただの器具の交換だ。故にあのモンスターマシンに用は無い。時間的に混んでいそうだと思ったが、幸運な事に利用者はほとんどいなかった。

僅かな利用者の内、一名は彼も見覚えのある者。ただ、その居場所は例のマシンの後ろに設置されたマットの上だった。

 

「ほう、マジでやってるとはな。生徒会長さんよ」

 

「ん? ああ、君だったか。これは中々に……難しいな。75でどうしても速さに追いつかずこうなってしまう」

 

シンボリルドルフは息を整えながらも少し笑ってそう言った。どうやら、まだまだ今の速度に満足していないようだ。

それを聞いたハイゼンベルクは、75でも十分バケモンの部類だと言いたかったが、その言葉は心の中に仕舞い込み、代わりに皮肉を吐いた。

 

「3桁はやり過ぎだったかもな」

 

「いや、逆に有り難い。頂点を目指す者にとって、この様な分かりやすい指標があるとやる気も出る。何より、このランキングのシステムも面白くて良いと思っているよ」

 

そう言って彼女が目を向けた先には、到達最高速度のランキングがディスプレイに表示されていた。

 

 

 

1 シュツルム 100.0

2 ルドルフ 75.2

3 バクシン 75.0

 

 

 

ハイゼンベルクは一位の名前を見て頭を抱える。

 

「少し気になるのはこの一位のシュツルムという者だが……知っているか?」

 

「あー……そいつはテストプレイヤーだ、人じゃねえ。悪かったな、消しておく」

 

「いや、私の一つの目標としては中々良い指標だ。消さないで貰えないか?」

 

「……しょうがねえな」

 

「すまない、感謝する」

 

相手がハルウララであったら容赦なく消していただろうが、今回の相手はちゃんと礼儀を知っている者ゆえに、あまり強引には出られない。

結局、次からしっかりと確認しようと心に刻み込むだけに終わった。

 

「じゃあ俺はこれで……おっと、聞き忘れてた。安全性はいかがでしたか? 生徒会長?」

 

わざとらしく貴族に話しかけるかのような丁寧な口調でそう尋ねられたシンボリルドルフ。この見るからに品を欠いたような見た目から、敬語と西洋式のお辞儀が飛び出してくるとは思ってもいなかったのだろう。彼女は豆鉄砲を食らったかのようにキョトンとした様子だった。

 

「フフフッ……君はそんな態度も出来るのだな。決して貶している訳ではないがその……似合わなくてな」

 

その結果、彼女から出てきたのは笑いだった。ギャップが凄すぎる故だろう。

 

「悪かったな? 残念ながら真似事しかやった事ないんでな」

 

彼もその反応に対してニヒルな笑みを返す。

 

「ああ、すまない。安全性に問題はなかった。もし()()があったら、またこの()()を作って欲しい」

 

今度は彼がポカンと気の抜けた表情を浮かべる。それもそうだ、こんなクソ真面目そうな生徒会長からちょっとしたギャグが飛び出てくるとは思ってもいなかっただろう。

 

「ヘッ、分かったよ。今度は何キロまで出るやつをご要望で?」

 

「あ、いや……速度に関してはもう十分だ。私個人としてはこのベルト部分の長さを伸ばして欲しい。前後のキャパシティに余裕があると速度の調整もやりやすい」

 

「これでも長い方なんだがな……まあいい。参考にさせて貰うとするぜ。じゃあな」

 

彼は続けて"これから仕事なんでな"と言葉を添えると、さっき適当に置いたフィットネスバイクへと戻って行った。シンボリルドルフはなんとなく彼の仕事ぶりを見たくなり、マットに腰掛けたまま視線だけをそっと向ける。

 

彼は壊れた器具を見つけると、軽々と片手で担ぎ上げ、その空いたスペースにもう一方の手で持った新品を丁寧に置く。そして、手早く配線類を整えていく。

ディスプレイを軽く操作して初期設定を済ませ、最後に軽く足でペダル部分を蹴っ飛ばし雑な動作確認を終える。

 

彼女はしっかりと一連の動作を見ていたが、特に専門知識が有る訳では無いため、腕の良し悪しに関しては全く分からなかった。ただ、所々荒っぽいが新しく設置された器具には傷一つ無いことから、悪くは無いのだろうと勝手に思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

トレーニングルームから不良品のマシンを担ぎ、再びトラックの元へと向かう。道中で重い重いと文句を漏らしているが、片手で軽々と器具を担ぐその様はまさに真逆だった。

 

「むむ! 不審者を発見!」

 

もう少しで着くというところで、知らないウマ娘が彼の前に立ちはだかる。

 

「無断でトレーニング器具を持ち出そうとしている……分かりましたっ! あなたは泥棒ですね! その身柄、委員長である私が確保させて頂きます!」

 

彼が言い返す間もなく、彼女は凄い勢いで突っ込んでくる。面倒臭くなったのか、彼は特に避けようともせずそのまま突っ立っていた。

 

「ふべらっ!?」

 

その結果、圧倒的な質量の差で運動エネルギーごとひっくり返され、ただ彼女一人だけが廊下に無残に転がった。身長の差も影響しているだろうが、何より大きいのは彼がマシンを担いだままというのもあるだろう。

 

「むむ! 反撃してくるとは! ですが、学級委員長として何としてでも止めなければなりません! いざ、バクシーン!」

 

勝手に突っ込んできて勝手に反撃を喰らい、その言い分は中々に酷いものがある。そして、またまた話すタイミングを逃した彼は大きく溜息を吐いた。

 

そして、向かってくる頭を空いている方の手で鷲掴みにした。

 

「うぐっ!? あ、あれ? 地面に足がつきません!? こ、これではあの犯罪者を止められないのでは!」

 

「おい!」

 

「ハイッ!」

 

ハイゼンベルクの荒々しい声かけに、彼の手に掴まれぶらぶらしている彼女はその状態のまま綺麗に背筋も尻尾も伸ばし、威勢の良い返事をした。

 

「学級委員長が何だか知らねえが、こっちの話の一つや二つぐらい聞いてくれても良いんじゃねえのか?」

 

「ハッ!? 私としたことが! つい、勝手に早とちりをしてしまいました! しっかりと話を聞くのも学級委員長の務め! 今すぐお聞きしましょう! あの……出来ればこの手を離して頂いても良いですか? 凄い話し辛いのと、こめかみ辺りがだんだん痛くなってきてですね……」

 

「ハァ……ったく」

 

彼は掴んだ頭をパッと離す。無事地面に降り立った彼女は痛みのせいか、こめかみを抑えて唸り声を上げている。だが、ここを逃せばまた話を切り出せなくなると悟ったのか、彼はお構い無しに口を開いた。

 

「おい、先に言っとくが俺は泥棒じゃなくここのトップに雇われた業者の人間だ。勝手に泥棒扱いするんじゃねえ」

 

「なるほど! では、何故トレーニング器具を担いでいるのですか?」

 

「不良品の回収、交換って言えば分かるか?」

 

「不良品の回収!? それはアレですね! バクシン出来なくなった物を交換してバクシン出来るようにするというやつですね!」

 

「爆進? まあ、そんなとこだ」

 

会話が微妙に成立していないが、わざわざ指摘するのも面倒な彼は適当に話を合わせる。

 

「それで俺はここを通る。だからどいてくれ」

 

「分かりましたっ!」

 

一応、彼女はちゃんと道の端に避けてくれた。何故だか顔はどこか自慢げで尻尾もブンブンと振られている。

なんとなくあのピンク髪のウマ娘とどこか似た何かを感じた彼であった。

 

今の騒動でさらに集まった視線が痛いぐらいに彼の背中に浴びせられるが、普段通りガン無視しつつ外へのドアを乱雑に開けた。

 

「人目がなけりゃ楽なんだけどな」

 

外に出てドアを足で器用に閉め、彼は空に浮かぶ太陽を恨めしく睨むとそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ! みんなーっ!」

 

「あら、ウララさん?」

 

ハルウララはハイゼンベルクと別れた後、学園内を走り回ってキングヘイロー達を探していた。幸運にもその様子を一部の厳しいお方達に見つかって注意される事もなかった。

ただ、ちょっと走り過ぎたせいで本人は息切れ気味だった。

 

「ウララちゃん、走ってきたの?」

 

「うんっ! そうだよ!」

 

「あはは! よくあの副会長に見つからなかったね! その運、私も欲しいなー」

 

「スカイさん! そこは注意すべきとこでしょう!」

 

キングヘイロー、スペシャルウィークにセイウンスカイ。ウララが走って着いたカフェテリアではその三人がちょうど昼食を終えた所のようだった。

 

「あのね、あのね! キングちゃんが知りたがってたわたしのトレーナーの事なんだけど!」

 

「「え?」」

 

彼女のその言葉にスペシャルウィークとセイウンスカイの二名の目が残り一人へと向く。

 

「確かに言いましたけども、今じゃなくても良いじゃない? 寮に帰ってから教えてもらっても良いかしら?」

 

余裕そうにそう言い張るキングヘイロー。しかし、その額には数粒の汗が流れていた。

 

「おっと、その話私達にも聞かせてもらえないかな? ねえ、スペちゃん?」

 

「うん! 私も気になります!」

 

「これは……ウララさん、貴方に任せるわ」

 

親しい友人二人に詰められた彼女は、言っても良いかの判断をハルウララに委ねた。

 

「うんっ! 良いよー! みんなでお話しした方が楽しいもんね!」

 

快く了承する彼女に対して、どこか決定的なズレがあると思ったキングヘイローであった。

 

「あのね、ウララさん。これは貴方の名誉に関わる問題なのよ? まあ、この二人なら問題無いけれど、他の人にはそう安易と言っては駄目よ」

 

「うんっ! 分かったよキングちゃん!」

 

「もしかしてさー、結構ヤバイ感じの話だった?」

 

「あら、貴方達は問題無いわよ。ただ、場所を変えても良いかしら?」

 

彼女の言葉通り、四人はカフェテリアから外へ出る。そして、周囲を確認した後に歩きながら話し始めた。

 

「先に説明しておくわ。ウララさんのトレーナーが決まったのだけれど、それが少し変な扱いなのよ」

 

「変な扱い……ですか?」

 

「そう、仮トレーナーってウララさんに届いた手紙には書かれていたわ。サブじゃなくて仮」

 

彼女は片手を顎へ持っていき考える素振りを見せた後、再び話し始める。

 

「そこでね、一応調べてみたのよ」

 

「おお、ここでキングのスーパー情報網が火を吹いたー!」

 

「違うわよスカイさん、その逆よ。何も分からなかったのよ!」

 

彼女は携帯を取り出すと、その画面を見せつける。セイウンスカイ達に突きつけられた画面には彼女達のトレーナーの名前や経歴、その他個人情報が書かれていた。

 

「え? こんな事まで分かるんですか!?」

 

「あはは、まさかこっちのトレーナーの趣味までぶっこ抜かれてるとはね……」

 

「これが普通なのよ!」

 

「わたしも見たーい!」

 

画面を見ようとピョンピョンとウサギのように跳ねているハルウララを止めると、今度は別の画面を見せつける。ちゃんとハルウララにも見えるよう位置を下げて。

 

「あ! トレーナーだ! でも、さっきと違って全然文字が書かれてないね!」

 

「そうなのよ、殆ど情報が無いのよ! 職業も年齢も分かってない。分かってるのは名前だけよ」

 

「へえー、カール・ハイゼンベルクって言うんだー。意外とイケてる名前じゃん」

 

「あ、私見たことあります! この前理事長室から出てきた人だ! なんというか……インパクトしかない感じの人だったな」

 

「そりゃあ、この見た目じゃあインパクトしか無いでしょ」

 

「あ、いや、そうじゃなくて。すっごい大きいハンマーを持ってたんです」

 

「そうだよっ! トレーナーはいっつも大っきいハンマー持ってるんだ! 仕事で使うんだって!」

 

ハルウララから発せられた真実を聞き、明らかに表情が引き気味のそれとなるセイウンスカイ。なお、キングヘイローもその様子を見て心の中で大きく同感していた。

 

「まあ、簡単に言えば。怪し過ぎるからウララさんに頼んで、その人の情報を教えて貰ってるのよ」

 

「まあ、確かに私も怪しいとは思いますけどもー。そうだとしても今回のキングはだいぶ世話焼きだねえ?」

 

「なっっ! 違うわよ! 一流のウマ娘は情報収集も怠ってはいけないのよ! たとえ、それが戦う予定のない者だったとしてもね!」

 

「へえーっ! じゃあわたしも頑張ってじょーほーしゅーしゅー?して一流を目指すぞー!」

 

「あーはいはい、いつもの照れ隠しね」

 

「あはは……いつものキングちゃんだね」

 

顔が茹で蛸のように赤くなっているキングヘイローだが、咳払いをして気持ちを切り替えると、本題へと入る。

 

「さて、ウララさん。教えて頂けるかしら? さっき言ってた貴方のトレーナーについて」

 

「うんっ! 分かった! あのね、トレーナーは二つの仕事を同時にやってるんだって!」

 

「うーん? 片方がトレーナーってのは分かるんですけど……もう片方は?」

 

「あっ!? 聞いてなかった……!」

 

耳も尻尾もピンッと真っ直ぐにした後、どちらも力無く垂れた。キングヘイローその様子に頭を抱え、スペシャルウィークは苦笑い。残るセイウンスカイはいつも通りの平常運転に笑っていた。

 

「あっ! お仕事は分かんないけど、何作ってるかは分かるよ! トレーニングルームの機械はほとんどトレーナーが作ったんだって!」

 

「え? それってマジなやつ?」

 

「ウララさん! その会社名とか分かるかしら?」

 

「うーん、分かんないなあ」

 

「まあ……普通そこまで確認しないよね」

 

キングヘイローは一応彼のデータベースに製造業?と追記をした。そこそこの成果だ。

話しながら歩いていたせいか、気がつけば学園の裏側の方まで歩いて来ていたようだ。周囲に他の生徒の影はなく、置いてあるのはただの業務用のトラックだけだ。

 

しかし、彼女が戻る提案をするよりも先にハルウララが駆け出した。置いていかれた全員が、キョトンと顔を見合わせる。彼女を追って三人がたどり着いた先は先程見えていたトラックのすぐ側、切り株に立て掛けられた鉄槌だった。

 

「あっ! これトレーナーのだ!」

 

「うわ、ほんとにデカいハンマーじゃん」

 

よく分からない工業製品の寄せ集めのように見えるそれをハルウララは両手で掴む。そして持ち上げようと踏ん張った。だが、その鉄槌は地面に縫い付けられたかのようにびくともしなかった。

 

「〜〜〜! ふぅ、やっぱり重いね! スペちゃん! 持ってみてよ!」

 

「わ、私!?」

 

彼女はハルウララに連れられて、鉄槌の柄を握る。そして、思い切り力を入れてその柄を引いた。

その様子を見ていたセイウンスカイとキングヘイロー。しかし、柄を引く彼女の顔が赤く染まってなお鉄槌は動かない。

 

「ね、ねえキング。あれ何キロあると思う……?」

 

「……いや、分からないわ」

 

そして、やっと鉄槌が地面から僅かに浮いた時点で彼女の体力は切れ、再びその頭は地面へとめり込んだ。

 

「はぁ……はぁ……これ、重いです」

 

そして、一時的に体力が切れたスペシャルウィークも地面に座り込んだ。そして、ハルウララの期待の眼差しは今度はセイウンスカイへと向けられた。

 

「いやー、その眼差しは反則じゃない? だって断れないじゃん」

 

渋々といった様子で彼女は柄を掴む。そして、少し力を入れて踏ん張る様子を見せた後、すぐに手を離した。

 

「いやー、重いねー。セイちゃんでもダメだったよ」

 

わざとらしく棒読みでそう言った彼女には汗の一筋も流れてはいなかった。

 

「そっかー! じゃあキングちゃんなら持ち上がるかな?」

 

「あの、ウララさん。勝手に他人の物で遊ぶのはあんまり褒められる行為じゃ無いわよ」

 

「うんっ! 分かった! じゃあ、キングちゃんも持ち上げられないって事だね!」

 

恐らくハルウララは無意識で言ったのだろう。しかし、その発言は彼女への最大の煽り言葉。つまり、彼女の対抗心という火種に大量のガソリンをぶっかけた。

 

「……このキングが……戦わずして負ける……?」

 

その言葉と共に彼女は問答無用で鉄槌の柄を両手で掴む。そして、思いっきり持ち上げ始めた。

 

「こんな物、簡単に持ち上げてやるんだから!」

 

「うわーっ! キングちゃん凄いね! 持ち上がって来てるよ!」

 

プライドと根性で鉄槌はみるみる持ち上がっていく。

 

「ほうほう、流石キング。パワーありますなあ」

 

「わあ、頑張ってキングちゃん!」

 

三人の応援もあり、キングは何とかして鉄槌を肩に担ぐところまで持ち上げたのだった。

 

「こんなもの、私のような一流にとっては朝飯前よ!」

 

余裕綽々な態度を取る彼女だが、その内心は余裕とは全くの逆でその重さから足も腕も笑い始めていた。それでも、表情だけは絶対に崩さない所は流石と言える部分であろう。

 

「おい!」

 

「ひゃあ!」

 

背中から突如掛けられたドスの利いた声。思いっきり驚いた彼女はバランスを崩し、鉄槌を前へ振り下ろしてしまう。

 

バキッという破壊音が響く。幸運にも前方には誰もいなかった。ただ、その代わりに切り株が凄惨な状態になっていたのは言うまでもない。

 

「ちょっと! 急に話しかけ……ないで……よ……」

 

振り向きざまにそう言った彼女だが、目の前に居たのは友人ではなく、厳つい男の顔。彼女の発した言葉はその男の圧に押され、段々と弱まっていった。

 

「あっ! トレーナー!」

 

「テメエ、また触りやがったな? 何度も言ってんだろ、触んじゃねえってよ! 足がミンチになって困るのはテメエなんだぞ!」

 

「うんっ! わかった! 次から落とさないようにするね!」

 

元気よく返事をする彼女。意図が微妙に伝わっていない事を感じ、思わずため息が漏れる。

 

「ハァ……そんで、わざわざお仲間引き連れて裏側まで来たんだろ? なんか用でもあんのか?」

 

「あのねあのね! トレーナーが何の仕事をやってるのか聞きに来たんだ!」

 

「へっ、どうせ誰かの差し金だろうが、まあいい。俺はこの学園にトレーニング器具を卸してる業者みてえなモンだ。まあ、他にも色々とやってるがな」

 

「だってさ! キングちゃん!」

 

そう言って振り向くと、少し離れた場所に呼びかけられた彼女はいた。

 

「そ、そうね!」

 

「あれ? なんでそんなに距離取ってるんですか?」

 

「いやまあ、気持ちは分からなくは無いけどねえ……」

 

セイウンスカイはハイゼンベルクへと目を向ける。何回見てもその見た目から来る圧が凄まじい。故に彼女自身も少し気圧されていた。

 

「そうかな? 別に怪しい事以外は普通の人だと思うけど?」

 

あの圧が苦手な二名はその言葉を発したスペシャルウィークに驚愕の目を向けることしかできなかった。もしかすると、彼女の故郷の方には似たような者が居たのかもしれない。

 

「じゃ、じゃあ後はよろしく。セイちゃんはもうダウンです」

 

そう言うなり、彼女はその場に座り込んでしまった。耳も垂れている事から結構しんどかったようだ。

何で二人がこんな事になっているのか首を傾げながらもキングの代わりに話を進めるべく、ハルウララの側に立ったのであった。

 

「あの! ハイゼンベルクさん! かなり言い方が悪いかも知れないですけど、私達から見てかなり怪しい人に見えたんです。だから、ウララちゃんの友達として問題ない人かどうか確かめたかったんです!」

 

「ほう、納得だ。確かに、俺も怪しい奴は信用しねえ。だが、その怪しさってのを拭うのは無理なんじゃねえか? まあ、見ての通りの奴なんでね?」

 

ハイゼンベルクは古ぼけたコートをわざとらしく叩いた。付着していた土埃が周辺を舞い、それに鼻をくすぐられたのかハルウララは盛大にくしゃみをした。

 

「ねえねえ、トレーナー! トレーナーの工場はなんて名前なの?」

 

「あ? 何でだ?」

 

「だって、怪しいのは分からないからなんだよね? じゃあ、全部教えちゃえば怪しくないよっ! どこどこのどこどこにいるおじさんです。って言えば誰も怪しまないよねっ!」

 

「……ああ、いい発想だ。俺のプライバシーが魚の餌になってる事を除けばな」

 

皮肉たっぷりに彼はそう言った。しかし、彼女のいう事にも一理あると思っているのか、考える素振りを見せる。無意識に左手が口元へ近づく。しかし、ここは学園内。彼の望むスティック状の精神安定剤は無い。

 

「しょうがねえ、少しぐらいなら教えてやる。俺の名はハイゼンベルク。ま、既に知ってそうだがな」

 

「あれ? カールじゃないの?」

 

「あのな、テメエらと違って名前に種類があんだよ。いきなり全部ぶち撒ける訳ねえだろ」

 

「ええっ! 名前がいっぱいあるの!?」

 

口元にあった左手を帽子へと移し、続きを喋る。

 

「それで、次は仕事の話だったか? 町外れの工場でスクラップから色々と作ってる。簡単に言えばリサイクル場みてえなモンか?」

 

「へぇーっ! だからいっぱい金属があったんだね!」

 

「ウララちゃん、行ったことあるんだ……」

 

帽子から手を離しコートのポケットから何かを取り出す。心地よい金属音を鳴らすそれは何かのアクセサリーのようだ。

 

「工場の名前は"シュタールフィアーツ"。意味は自分で調べな。そして、コイツが看板代わりだ」

 

ハルウララにポイッと投げ渡されたそれは、文字通り鉄で出来ておりずっしりとした重量感があった。興味の湧いたスペシャルウィークもすぐ横からそのエンブレムを見る。

 

「わあーっ! ねえねえ! これどうやって作ったの!?」

 

「あ? んなモン、金属溶かして型にぶち込めば出来る」

 

「へぇーっ! トレーナーって何でも作れるんだね! すごいよ!」

 

「無骨だけど……オシャレでカッコいいな! あれ? これは……蹄鉄?」

 

デザインをよく見るとU字と何かの生物を組み合わせたような見た目をしていた。U字の部分はよく見る蹄鉄と似ているが、生物の方は全く見当がつかなかった。

 

「こんなもんだな。そいつはタダでくれてやる。どうせ、いくらでも作れるしな」

 

「ほんとっ!? わーい! トレーナーありがとー!」

 

「じゃあ俺は帰る。さっきも変な奴に絡まれて疲れちまった。テメエらもさっさと戻りな、時間が無くなっちまうぜ?」

 

その言葉を聞き、スペシャルウィークは時間を確認すると、もう昼休みも終わりに近づいていた。その事を伝えるべく後ろを向くと、そこにはキングヘイローに膝枕されているセイウンスカイの姿があった。

 

「終わったようね。じゃあ、これはもう終わりよ」

 

膝上の誰かにお構いなく、立ち上がった彼女はさっさと教室に戻るべく歩き出す。その後ろには苦笑いを浮かべるスペシャルウィークとエンブレムを嬉しそうに両手で持つハルウララが続いた。

なお、一流の膝から問答無用で落とされたセイウンスカイは少しの間だけ放心状態だったが、急いで立ち上がって後に続く。

 

だが、なんとなく後ろを振り返る。そこには、彼女らが苦戦していた鉄槌を片手でなんの抵抗もなく持ち上げて、そのままトラックの荷台に詰め込んでいる工場長の姿があった。

 

よく筋トレ好きの者達をパワーお化けと心の中で呼称していた彼女だが、本当のお化けは彼なのではないかと顔を青ざめさせたのだった。

 

 




シュツルム
トレセン学院のトレーニング器具にあるランキングシステムに時折見かける謎のプレイヤー。その優秀な成績から実はウマ娘では無いかと噂されている。だが、バーベルなどを使う器具の方にはその名前は確認されていない。
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