悪くねえ 大したもんだ ハルウララ   作:黒チョコボ

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不釣り合い

 

「わーいっ! 一着だーっ!!」

 

以前一着を取ってからというもの、ハルウララの力が少しばかり開花したのか、他のレースでも一着を取ることが増えてきた。その内訳はほぼ全て地方のレースだが、一着は一着だ。

 

勿論、一着の回数に伴ってライブでセンターを貰える回数も増える。

 

そして、取材の回数も……

 

「ハルウララさん、おめでとうございます! 早速ですが、今後の意気込みなど教えて頂けませんか?」

 

「えーっとね……たくさんレースに出て、たくさん一着を取るんだ!」

 

陽気で元気な返答に会場は笑顔に包まれた。

 

彼女の強みとも言える、そのキラキラと輝く明るい性格は、誰一人隔てる事なく惹きつける。

 

「なるほど、素晴らしい意気込みありがとうございます! という事は、これからの予定などはもう決まっているのでしょうか?」

 

「うんっ! 明日も明後日も友達と遊ぶんだ!」

 

きっと、記者が聞きたかったのはトレーニングの予定なのだろう。しかし、彼女がそれを察する訳も無く、ただ正直にこの後の予定を答えてしまう。

 

「あれ? トレーナーからトレーニングなどの指示は受けてないのですか?」

 

「トレーニングの指示? うんっ! 何にも言われてないよ! 好きに遊んどけって言われたから、わたしいっぱい遊ぶんだ! えへへっ!」

 

その言葉はしっかりと場を和ませた。しかし、それを聞いた記者達の心の中ではとてつもない疑問が浮上する。

 

"ハルウララのトレーナーは、しっかりと仕事をしているのだろうか?"

 

だが、彼女のトレーナーが記者達にとって、とんでもない人物である事は有名だ。故に、張本人に取材を申し込む訳にはいかず、彼女を介してやんわりと尋ねるしかない。

 

「追加でもう一つお聞きしたいんですが、普段のトレーニングメニューはトレーナーが決めているんですか?」

 

「ううん、決めてないよ! わたしのトレーニングメニューはキングちゃんに教えて貰ったのをやってるんだ! あっ! それ以外にはね、友達と一緒に走ったりしてるよ!」

 

この返答によって、記者達の抱いていた疑問は確信へと変わる。良くも悪くも良いネタだ。使わない手は無いだろう。間違い無く、彼らの明日の記事は中々面白い事になる筈だ。

 

きっと、普段からかなり威圧的な態度を取るあの者へ仕返ししたいという欲求が、この邪な行動へ拍車をかけてしまっているに違いない。

 

一部の記者達が心の中でガッツポーズを取っている事など露知らず、彼女はいつもと変わらない純粋さで引き続き取材を受けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、トレセン学園の理事長室では窓からの明るい日差しで照らされたとある新聞を、たづなと理事長の二人が食い入る様に見ていた。

 

その表情は複雑だ。

 

「驚愕ッ! どうしてこんな事が書かれているのだ!?」

 

「ハイゼンさん……何か変な事でも言ってしまったんでしょうか?」

 

「否ッ! 彼は取材など受ける様な者ではない!」

 

全て新聞の記事に載っていた内容は、ハルウララを大きく持ち上げる様な物だ。しかし、一部の新聞には先程の内容に加え、ハイゼンベルクを大きく批判する文章が書かれている。

 

簡単に言えば、"ハルウララのトレーナーは職務を放棄している。それでも、彼女が勝ったのは才能があって強かったから"と言った内容だった。

 

新聞だけではない。ネットの一部の記事にも同様の内容が書かれていた。

 

この事実を、工場でふんぞり返っているあの男に伝えるべく、理事長は携帯を取り出した。いつも通り、しばらくコール音が鳴り響く。七か八回ほどそれが鳴った後、目的の男は電話に出る。

 

『何の用だ? 今日はそっちに行く予定は無えぞ』

 

「否ッ! 仕事の話では無い! 今日のニュースについての話をしたい」

 

『あ? なんかあったか?」

 

電話の先で、紙の擦れる音が響く。きっと、向こうでも新聞を開いているのだろう。

 

批判された張本人は、この内容に怒りを露わにするかもしれない。だが、返ってきたのはただの笑い声だった。

 

『ハッハッハッハ! 記者ってのは勘の良い奴らが多いみてえだな!』

 

「驚愕ッ!? ど、どこに笑う要素があるのだ!」

 

『テメエこそ何言ってやがる? コイツらは間違った事書いちゃいねえ、俺がアイツにまともに指導して無い事も、アイツが強えって事も、全部事実だ』

 

思いがけない返答に、彼女は返す言葉が無くなった。その理由は簡単、彼の言うとおり、全て事実だからだ。

 

走りのフォームや作戦、トレーニング内容など、彼は一切関与していない。全てハルウララの自由としている。

 

だが、トレーナーは肉体強化の指導が全てでは無い。

 

「肯定ッ……! 確かに、君はトレーニングなどに関してはトレーナーらしい事は何もしていないかもしれない。しかしっ! 君の彼女に対する行動はそうでは無い!」

 

『……さあ、どうだかな?』

 

「一流のトレーナーは精神面でもウマ娘を支えるものだ! 君はそっちの方面に偏っているのかもしれない!」

 

『精神面? 何ふざけた事言ってやがる。こっちは適当に御託を並べてるだけだ。そんな大層な事してねえよ』

 

「うむ……まあ良い。とにかくっ! 気をつけて欲しいのは、この知らせを聞いた者が彼女をスカウトする可能性がある!」

 

『……別に構いやしねえ。あの能天気がそれを望んでるんだったらな』

 

僅かな沈黙を置いて、低く落ち着いた声が返る。自分の担当しているウマ娘が引っこ抜かれる可能性があるというのに、何故この男は平然としているのだろうか。

 

『驚いてる所悪いが、俺のモットーは自由だ。移籍しようが、走るのを止めようが自由! くだらねえエゴで縛り付けるなんて事はしねえ』

 

"自由"、それは彼のよく使う言葉。理事長の耳に突き刺さるその言葉からは、何故か不気味な執着を感じてしまう。

 

そして、自身がそれを愛する故に、ハルウララに対して何一つ拘束していない。

 

先程彼自身が言っていた通り、フォームや作戦、トレーニングの時間など、何一つ指導していない理由には、全てその言葉が作用しているのかもしれない。

 

「驚愕ッ……!? つまり、君はもし移籍の話が私の方に回ってきたとしても、全て許可すると言うのか!? 移籍先と一切話し合わずに!」

 

『ああ、そう言う事で良い。それじゃあ、俺はやる事があるんでな。もう切るぜ』

 

唖然とした理事長の耳に、ツーツーと電話の切れた虚しい音が響く。これまで、誰もしてこなかった常識破りの判断に、しばらく彼女は動けなかった。

 

本来であれば、ウマ娘と移籍先のトレーナーと担当トレーナーの三人を交えて話をするもの。そこで、互いのトレーナーとウマ娘の合意を得ることで、晴れて移籍となる。

 

だが、彼のやり方ではウマ娘側がOKサインを出した瞬間、移籍が成立する。相手が問題を抱えているような人物だとしてもだ。

 

「理事長、きっと大丈夫ですよ」

 

「疑問ッ! たづなよ、どうしてそう思うのだ?」

 

「だって、考えてみて下さいよ。ハイゼンさんが学園に復帰するまで、ハルウララさん担当トレーナーはいなかったんですよ?」

 

たづなの発言に理事長はハッと何かに気付いた表情を浮かべ、手に持った扇子をパッと開く。そこには、"納得ッ!"の文字がはっきりと書かれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も学園のグラウンドはウマ娘で溢れている。恐らく、その中の大半がトレーニングをして自分を磨き上げている事だろう。

 

しかし、ハルウララは違ったようだ。

 

「うわわっ!? ハトさんがいっぱいだ!」

 

本日の彼女は蝶々を追いかける事はなかったが、代わりに鳩に追いかけられているようだ。学園の係員の手伝いをする為に受け取った、鳥の餌が原因である事は間違いない。

 

今や、足元だけでなく彼女の肩や頭の上にも鳩やその他の鳥が餌を求めて登ってきている。

 

「よーし、もっとあげちゃうぞー! えへへっ!」

 

餌を撒くたびに集ってくる鳥の群れ。そんな光景を見た彼女の表情は楽しさに溢れていた。

 

だが、それも束の間。歩いてきた一人の男によって、集っていた鳥たちは一瞬で離散した。

 

「あっ! ハトさん達行っちゃった」

 

空へ飛んでいくその後ろ姿を彼女は残念そうに眺める。羽ばたきの音の後に残ったのは、彼女と男と未だに図々しく餌を啄んでいる数匹の鳩だけだ。

 

「あ……ごめんね。ハルウララちゃんで合ってるよね? あの、ちょっと話がしたいんだけど時間は大丈夫かな?」

 

「ううん、大丈夫だよ!」

 

「良かった! えーと……簡単に言えば、君を僕のチームにスカウトしたいんだ!」

 

彼女の目の前に立つこの若い男性はどうやらトレーナーのようだ。少し気の弱そうな者だが、その胸のバッジが光っている事から、学園に所属しているのだろう。

 

それ故に、実力は偽物では無い筈だ。

 

「すかうと? でも、トレーナーはもういるよ?」

 

「うん、分かってる。だから理事長に確認したら、君が良いって思うならそのまま移籍しても構わないらしい。だから、こうしないかい? 今日一日だけ、僕のチームにお試しで入ってみて、気に入ったら移籍って感じでどうかな?」

 

「うーん? よく分かんないけど、今日だけお兄さんのチームに入れば良いってことだよね! 分かった!」

 

きっと、細かい仕組みなど何一つ分かっていないのだろう。彼女は全て分かったかのような振る舞いをしながら、いつも通りの明るい笑顔で返事をした。

 

「ありがとう! そしたら早速、君のやりたいトレーニングをしよう!」

 

「じゃあ、綱引きしたい! 最近ね、お化けの友達と毎日やってるんだ! でもね、すっごく強くて全然勝てないの! だから、頑張ってしゅぎょーしようと思ってたんだ!」

 

「つ、綱引き……? お化け……?」

 

一般的なウマ娘からは出てこないであろう発言に、若きトレーナーは思わず脳裏にクエスチョンマークを浮かべ、大いに困惑した。

 

ハイゼンベルクと出会う前のハルウララでさえ、普通のトレーニングにあまり興味は示さなかったのだ。彼と出会ってぶっ飛んだ代物に慣れてしまった彼女なら、尚更そうであろう。

 

そして、トレーナーが困惑している中、彼女はいつの間にか残っていた数匹のハト達と戯れていた。癖が無いようで癖だらけな彼女に、彼はただただ唖然とするだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が落ちかかった夕暮れ時、商店街ではまだ在庫の残っている商品を売り捌く為、各店主が客の目を惹こうと奮闘していた。

 

だが、客達の視線は店頭に並べられたそれにではなく、道を歩く一人の男に注がれていた。

 

鉄槌片手に葉巻を味わうその薄汚れた男は、人々の視線など気に留める事なく歩き続ける。しかし、そんな不審者に恐れる事なく、店主達は声を掛ける。

 

「よお、ハイゼンさん! うちの品見て行かないかい?」

 

「ヘッ、冷やかしで良いなら見てやるよ」

 

相変わらずの憎まれ口を叩きながら、ハイゼンベルクは年配の店主に誘われて、肉屋へと赴く。

 

どうやら、ただの肉だけでなく、トンカツやハンバーグなどのちょっとした小腹を満たせる物も取り扱っているようだ。

 

そんな美味しそうな品々を見た彼は少し考える素振りを見せた。

 

「なあハイゼンさん、今日の新聞見たぜ」

 

「ヘッ、幻滅でもしたか?」

 

「いや、記者はウララちゃんとアンタを不釣り合いだって散々に書いてるが、うちらは違う」

 

肉屋の店主はメンチカツを揚げながら、良い笑顔を浮かべて彼に語る。

 

「アンタがトレーナーになってから、今まで勝てなかったウララちゃんはちゃんと結果を残せるようになった。アンタが仕事してるかどうかは知らないが、それだけは事実だ!」

 

「何もしてねえのも事実だがな。あと、そのメンチカツ一個くれ。見せつけるように揚げやがって……!」

 

鼻腔をくすぐる良い匂いに負けてしまったハイゼンベルクは、揚げたてのメンチカツを一つ注文する。

 

店主はしてやったりという表情を浮かべると、狐色に染まった熱々のそれを袋に入れて、彼に手渡した。

 

「おい、もうボケたのか? 二つ入ってんじゃねえか」

 

「まだそんな歳じゃねえよ! ちょっとしたサービスに決まってるじゃないか! 余計な事言うから色々と書かれるんじゃないかい?」

 

「悪いが、直す気なんてさらさら無え。言いたい奴には好きなだけ言わせとけ」

 

「アッハッハッハ! ハイゼンさんらしいな! まあ、ウララちゃんは最近いつも以上に元気だぜ。アンタのお陰でな!」

 

「あ? 何かした覚えなんて無えが……」

 

「まあ、本人がそう言ってたんだ。気付かぬうちに何かしてたんだろ? とにかく、そのサービスはそういう事だ」

 

「ヘッ……ありがとよ」

 

肉屋の店主と別れを告げ、彼は工場へと帰るべくその足を帰路へと向けた。しかし、燻る葉巻の香りに混じって、手に持ったビニール袋の中から食欲を唆る香ばしい匂いが漂ってくる。

 

工場に戻るまで我慢しようと考えていた矢先、道の奥からこちらに手を振り走ってくる一つの影が現れた。

 

「トレーナー!!!」

 

両手を広げて突っ込んでくるその影を見て、彼は葉巻を専用の携帯灰皿に押し込んだ。

 

そのピンク色の影は上手く減速して、彼の目の前でその足を止める。少し泥が付いているその顔は、間違いなく彼の良く知っている人物だった。

 

「トレーナー! 移籍って知ってる?」

 

「知ってるが、どうした? スカウトでもされたのか?」

 

「うんっ! それで、今日一日だけお試しで他のチームに入ったんだ! そしたらね、そのチームのトレーナーの人にね、"手に負えない"って言われたんだ! 手に負えないってどういう意味かな?」

 

「あー……そうだな……いろんな意味で強えって事だ」

 

「ほんとっ!? やったー!」

 

ハルウララの問いに彼は適当答える。かなり気の抜けた返事であるのだが、彼女がそこに気付く事はなかった。

 

嬉しさで尻尾をゆらゆらと動かしていた彼女。しかし、その動きは彼の持つ袋から漂う匂いでピタリと止まる。

 

「すっごい良い匂いがする! トレーナー何か買ったの?」

 

「買ったんじゃねえ、買わされたんだ」

 

彼は不満げにそう言いつつも、袋の中から未だに熱を帯びているメンチカツを取り出して、ハルウララの目の前に突き出した。

 

「……肉屋の奴からテメエへのプレゼントだそうだ」

 

「えっ! やったー! あそこの肉屋さんの食べ物すっごく美味しいんだよ! トレーナーも一緒に食べようよ!」

 

「あ? いや、俺は後で……まあ良いか」

 

ハルウララは学園へと足を向けつつ、そのメンチカツに齧り付く。すると、熱々の挽肉と旨味が凝縮された肉汁が溢れ出し、彼女の口内を至福で満たした。

 

きっと、一人で食べた時とはまた違った美味しさがあるのだろう。

 

目を瞑り、天にも登るその味を噛み締める彼女。そして、隣で特に表情を変える事なく、黙々と食べ続けるハイゼンベルク。

 

そんな彼の歩みは彼女に合わせたゆっくりなものであった。

 

そして、それは工場とは真逆の方向だった。

 




防犯カメラの録音記録
場所 ハイゼンベルク工場入口
記録時間 13:55

門を開ける音

『誰だテメエ? 悪いがセールスなんて求めてねえぞ?』

『お初にお目にかかります、乙名史と申します。メールの通り取材に来たのですが……』

『メール……? 何言ってやがる、片っ端から断った筈だが……ん? ああ、クソッ! 返信先間違えてるじゃねえか! 悪いが、帰ってくれ。俺はテメエら記者に割く時間なんぞこれっぽっちも無えんだ』

『い、今……取材に割ける時間は無いとおっしゃいましたか?』

『ああ、言った』

『素晴らしいっ!!!!』

『……!?』

『時間というのは大事です。日常生活においても仕事においても、時間というものには限りがあります! 貴方はそれら全ての時間をハルウララさんの為に使うおつもりなのですね!』

『お、おい……そんな事一言も……』

『きっと、睡眠や食事の時間すら彼女を成長させるための思案に費やすのでしょう! なんと素晴らしい思いやり! 彼女に優秀な成績を収めて貰いたいという誠意が感じられます!』

『は? そんな事するつもり……』

『はっ!? 貴方の彼女に充てる時間を削る行為、誠に失礼致しました! 短い時間ですが、貴方のウマ娘に向けるお気持ちはしっかりと伝わりました! では、私はこれで失礼させて頂きます』

『あ、おい……!』

遠ざかる足音








『……マジかよ』

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