悪くねえ 大したもんだ ハルウララ   作:黒チョコボ

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デュアル・ジェットがトレーニングに現れるようになったようです!




夏合宿

 

夏合宿、それはウマ娘達の基礎能力を大きく高めるトレーニング期間でもあり、普段とは異なる環境に身を置くことで様々な変化を楽しむ時でもある。

 

そんな、楽しくトレーニングが出来る素晴らしい時を、学園の皆が待ち望んでいる事だろう。

 

 

 

 

 

一人の男を除いてだが……

 

 

 

 

 

「無論ッ! 担当ウマ娘がいるトレーナーは強制参加だ!」

 

理事長室に響き渡る威勢のいい声。生徒会の者も集っているこの状況下で発せられたそれは、この部屋にいる一人の男に対して向けられていた。

 

鉄槌というおまけ付きのその男は、いかにも面倒だという表情を浮かべている。

 

「当然ッ! 合宿先は全面禁煙だ!」

 

続けて放たれた第二声は、そんな彼の強気な表情を晴れ渡る空のように青く染めた。しかし、彼の気分は晴れるどころかゲリラ豪雨状態だ。

 

「おい! 一つ目はまだ分かる、監督がいねえと現場は進まねえからな。だが、二つ目は一切理解出来ねえ! 離れた所で吸うなら問題無え筈だ!」

 

焦りの見える表情で彼女の言葉に異議を唱えるハイゼンベルク。

 

"禁煙"、その二文字は彼への死刑宣告と同義である。きっと、彼の中に怖い言葉のランキングがあるなら、上位三位以内には入っているに違いない。

 

「感謝ッ! 実は向こうの管理人がウマ娘の事を考えて、そのような判断を下してくれたのだ! 故に、君がここでどんな意見を言おうとも変更される事は無い!」

 

彼女の自信を表すように、背後の窓から太陽の光が差し込む。ウマ娘達を想う精神のように輝くそれは、日を避けて影に身を置く彼とは真逆である。

 

「ほう……そうか、なら俺にも考えがある」

 

怪しげなオーラを放つ彼は、まるで陽光から逃げるように立ち上がり、部屋の扉へと向かう。

 

だが、何か嫌な予感がしたのか、エアグルーヴはその肩に手を置いてその歩みを止めさせた。

 

「おい、貴様。何処に行くつもりだ? まだ話は終わって無い筈だぞ!」

 

彼は鉄槌を強く握りしめると、怒りが混じったような声で言い放つ。

 

 

 

 

 

「見りゃわかんだろ! 今からその管理人とかいう奴に話をつけに行く! ただ"お話し"するだけだ……! 何も問題は無え!」

 

 

 

 

 

明らかに不機嫌極まりない表情。彼の言う"お話し"は最後の一文字が、平仮名でなく漢字であるに違いない。

 

「驚愕ッ!? 皆、彼を止めるのだ! このままでは砂浜が砂利に、海が溶岩に変わってしまう!」

 

誰が見たとしても不味いと理解出来るこの状況、止めに入らない者など居なかった。

 

生徒会のメンバーやトレーナー達が一丸となり、なんとか廊下で彼の歩みを止める事に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆の尽力によって鋼の魔王が合宿施設に進軍する事はなく、無事にハルウララ達は合宿当日を迎えた。

 

「うっらら〜! 合宿だー! 向こうに着いたら何しようかな? 砂のお城も作りたいし、海で遠くまで泳いでみたいし、やりたい事いっぱいで迷っちゃうな!」

 

「ウララさん、泊まるのに必要な物はちゃんと持った? 着替えも必要な枚数ちゃんと入ってる?」

 

うらうらと体と尻尾を揺らしながら、このバスの到着地点に思いを寄せていると、一流のお節介焼きの言葉がその横から差し込まれる。

 

「うんっ! 大丈夫だよキングちゃん! わたし、ちゃんとおとといから準備してたもん! だから忘れ物は……ああっ!? 携帯部屋に忘れてきちゃった!」

 

「ああもうっ! まだ時間はあるわ、早く取ってきなさい!」

 

キングヘイローの母親のような行動のおかげで、彼女は忘れ物に気付く。大慌てでバスから飛び降りると、学生寮へと一直線に駆けて行った。

 

「えっほえっほ! 急がないと置いてかれちゃう……!」

 

某副会長に怒られない程度のスピードで寮まで走っていると、ウマ娘以外は立ち入り禁止のその場所に、人でもウマ娘でもないグレーゾーンの存在を発見する。

 

両手にドリルではなくドライバーを装着し、配電盤を弄っているそのメカメカしい影。それは、彼女の異質なお友達の一人だった。

 

「あっ! デュアルちゃんだ! またお仕事してるの?」

 

デュアルと呼ばれたそのロボットは、配電盤のネジをポロポロと地面に落としながら、その頭部をハルウララへ向け、コクコクと上下に動かす。

 

「へえ、そうなんだ! わたしこれから夏合宿に行くんだ! デュアルちゃんも行かない?」

 

何も考えずに放ったその言葉のおかしさに、彼女はすぐに気付いた。目の前のこの友人は今もこうやって仕事をしているのだ。彼女と一緒に行ける訳がない。

 

「あ……デュアルちゃんはお仕事あるから一緒に行けないや! ごめんね、わたし頑張って沢山しゅぎょーするから、デュアルちゃんもお仕事頑張ってね! あと、お土産ちゃんと買ってくるからねー!」

 

手短に会話を終えた彼女は、両手を振りながら自身の目的地まで走り去る。

 

そんな彼女の姿をぼんやりと眺めていたデュアル・ジェットは、自身の右手のドライバーがいつの間にか配電盤を見事にぶち抜いている事に気付き、大慌てで修繕を試みるのであった。

 

そのしばらく後、とんでもなく歪んだ配電盤が学生寮で発見されたそうだ。何故か大急ぎで何かしらの作業が行われた痕跡が見受けられる。

 

まあ、一応正常に動いているので問題はない

 

 

 

……多分。

 

 

 

最終的に、ハルウララはポンコツなお友達と出会った後、なんとか忘れ物を回収し、バスに遅れずに乗る事が出来たようだ。

 

ワクワクしながら出発の時を待つ彼女の様子に、お節介焼きの一流お嬢様は安堵した表情を浮かべている。

 

そして数分も経たないうちに、彼女だけでは無い、ウマ娘達全員の高鳴る気持ちも共に乗せ、そのバスは出発した。

 

 

 

 

 

 

最初は舗装された平坦な道を進んでいたバスだったが、段々と上り坂、下り坂の多い山道に場面は移り変わる。車酔いが激しい者にとっては厳しい部分があるだろう。

 

「見て見てキングちゃん! どこ見ても山しかないよ! ほんとに海に着くのかなあ?」

 

「安心なさい、少し先のトンネルを通ったらもう海よ」

 

「ほんとっ!? 早く着かないかなー! うっらら〜!」

 

どうやら、もうすぐでこの山の景色とはお別れのようだ。なんだか勿体ない気分になったハルウララは、今のうちに窓から見える景色を目に焼き付けようとしている。

 

しかし、その視界を大きなトラックが遮った。

 

「あ、見えなくなっちゃった!」

 

彼女の目に映っているのは景色などでは無く、銀色に輝くアルミの荷台と大きく描かれた会社のロゴだけである。

 

「あら……? このマーク、どこかで……」

 

「うーん? ああっ!? これとおんなじだ!」

 

ハルウララは驚愕した表情を浮かべながら、もはやキーホルダーと化している金属のエンブレムを取り出した。

 

出会った最初期にあの工場長から投げ渡された思い出の品。それに刻まれているのは、彼の会社の名である"シュタールフィアーツ"の文字と、蹄鉄とよく分からない生き物が描かれたロゴだ。

 

手に持ったエンブレムと窓に映るそれを何度も見比べる。その結果は、"完全に一致"である。

 

「わーいっ! トレーナーだ!」

 

「ウララさん、ここで手を振っても絶対気付かないわよ……運転席はもっと前なんだから」

 

このトラックはトレーナーの物。その事実に気付いた彼女はバスの中から満面の笑みを浮かべ、その両手を振る。当然、ミラーを駆使したとしても見える場所では無いため、彼にそれが届く事は無いだろう。

 

だが、想定外の者が彼女の意に応えた。

 

「ああっ!?」

 

「ウ、ウララさん!? いきなり大声出してどうしたのよ!」

 

「き、キングちゃん! デュアルちゃんがいるよ! ほら、トラックの上!」

 

「デュアルってあのロボットの事よね? さ、流石にウララさんのトレーナーでも、荷台の中に入れるんじゃないかし……」

 

余計な物が大量に入りそうな箱型の荷台。その上にちょこんと座るようにしてそれは居た。どこかの誰かさんのように手を振るその姿に、キングヘイローの口は思わず止まった事だろう。

 

ロボットと言えば、精密機器の塊のようなイメージだ。きっと、運ぶ際にはちゃんと荷台か何かに入れたり固定したりする筈である。だが、目の前のポンコツにはそれが施されていない。これが導く事実はただ一つ……

 

「もしかして、無断でついて来たのかしら……? 絶対に怒られるわよ、アレ。ペット禁制とかそれ以前の問題で……」

 

「で、でも! お泊まりする所はロボット禁止なんて書かれてないよ!」

 

「わざわざロボット持ってくる人なんていないわよ……」

 

恐らく、この合宿が終わる頃には持ち込み禁止の一覧に一項目追加される事だろう。

 

ただただ唖然とするキングヘイローとハルウララ。だが、これはある意味幸運だったのかもしれない。

 

バスの後ろを爆速で追いかけるプロペラでも、どこぞの黄金船ばかり狙う追跡者でもない、ただのポンコツロボなのだ。上記の二名に比べれば、まだ可愛い部類に入るだろう。

 

なにせ、宿泊施設を更地に変えることも無ければ、指示を無視する事も殆ど無い。

 

「あ……もうすぐトンネルね。今更だけど、アレ……どうするのかしら?」

 

「そっか! もうちょっとしゃがまないとトンネル潜れないよね! 教えてあげなくちゃ!」

 

トラックの上の密行ロボットに危険を知らせるべく、ハルウララは窓を開けてその手をブンブンと振りながら声を掛ける。

 

その表情はちょっと心配そうだ。

 

「おーい! デュアルちゃーん! 頭下げないと危ないよー! ぶつかっちゃうよー!」

 

必死さが篭ったその声は、上にいる彼にしっかりと届いたようだ。振り続けていた片腕を下ろし、ピタリとその動きを止めると……

 

 

 

 

 

今度はちゃんと両手を使ってこちらに手を振り始めた。

 

 

 

 

 

どうやら、彼女の言葉は聞こえているように見えて、実は全く聞こえて無かったようだ。その結果、頭を下げるなど賢い行動をする筈もなく、ただただ彼女の手の振り方を真似ただけらしい。

 

ド直球に言って……バカである。

 

「え……ええっ!?」

 

「この……ヘッポコ!」

 

再度、声掛けるも既に時遅し。トンネルの縁は見事にデュアル・ジェットの後頭部を打ち据える。

 

ハルウララやキングヘイローだけでなく、ひっそりとこの様子を見ていた他の者達も目も当てられないと言った様子で、その手を目元へと持って行った事だろう。

 

おまけに、このヘッポコは端に座っていた故に、その鋼鉄の体は見事にトラックの後方へと投げ出された。

 

このままでは、後ろに続く他のバスに衝突してしまう。

 

だが、ヘッポコでも侮るなかれ。背中に備わった高性能な二つのジェットは、かつては不可能であった飛行を可能としている。

 

無駄に高性能なジェットを無駄に高性能なAIを使って、完全に制御する事で彼はコンクリートの道路に叩きつけられる事無く、見事にハルウララ達の乗るバスの上へと降り立った。

 

「高性能なのかヘッポコなのか分からないわね……」

 

上から鳴り響く威勢の良いドリルの駆動音に、彼女達はホッと安堵の息を吐いた。きっと、おバカな彼は今頃ガッツポーズでもしている事だろう。

 

「デュアルちゃんは頭が良いから次は大丈夫だよ! この前、わたしの宿題ちょっと教えてくれたもん!」

 

「この前? それ、全部間違って無かったかしら?」

 

「えーとね……一問だけ合ってたよ!」

 

「ウララさん、確かその問題はグラスさんが教えたやつよ」

 

「あれ、そうだっけ? じゃあ、デュアルちゃんが教えてくれたやつは全問間違いだね!」

 

"それだと頭が良いとは言わないじゃない!"と言いたくなったキングヘイロー。だが、可愛らしいハルウララの笑みに、そんな野暮な事を言える訳もなく、放つ筈だった言葉は強引に飲み込まれる。

 

結局、合宿先に着いた後に彼女は海に向かって溜まりに溜まった言葉を吐き出したそうだ。

 

だが、彼女は知る由もない。

 

紙に書かれた文字を認識し、内容を理解する。人が平然と行うこの行為は、機械にとってとんでもなく難易度が高いという事を。そんな行動を出来るアレは高性能だという事を……

 

 

 

 

 

余談だが、トンネルを通る際に聞き覚えのある衝突音がバスの上から鳴ったそうだ。どうやら、彼女達の乗る物より後ろのバスでも同じ現象が起こったという。

 

しかし、最後尾のバスではそんな事は起こらなかったらしい。

 

 

 

 

 

原因不明なこの現象……不思議なものだ。

 

まあ、一つ言える事としては"高性能っぷりを説明した一文"を消した方が良いという事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事も無く?合宿先へ到着し、ワイヤーでグルグル巻きになった状態で入り口に正座させられている哀れなロボットを横目に、各々が自身の荷物を部屋へと持っていく。

 

部屋の整理がしっかりと終わる頃、ウマ娘達の大半は早速海へ向かっている中、一部の者達は施設の入り口に集まっていた。

 

「あれ、キングじゃん。もうトレーニングでもしてるかと思ってたよ」

 

「ちょっと、ウララさんの荷物がね……スカイさんこそ、部屋でだらけてるかと思ってたわ。それで、この集まりは何かしら?」

 

「さあ? 私もさっき来たばっかだから」

 

何が何だかさっぱりといった様子のセイウンスカイ。キングヘイローはそんな彼女の言葉を聞き、興味本位でこの集まりの中心へ視線を向ける。

 

そこに居たのは、未だに正座をしているロボットの姿。着いてから二時間以上経つにもかかわらず、彼はまだアホっぽい雰囲気を纏ってそこに佇んでいたようだ。

 

おまけに、追加で首からプレートが下げられており、かなり雑な字でこう書かれていた。

 

"このクソッタレなスクラップ野郎は無断で勝手について来やがった! あと五時間……いや、一週間はここに縛り付けておく! 勝手に解くんじゃねえぞ!"

 

誰が書いたか一目でわかる文章に、彼女は苦笑いとため息が同時に出た事だろう。きっと、後ろにいるおサボり大好きウマ娘も同じようになっているに違いない。

 

だが、一人だけ意気揚々と彼の目の前に座って、色々と語りかけている者がいた。

 

「おい、オマエ! 確か、あのフランケンシュタインの所のロボットだよな? ロープ解いて欲しいか?」

 

そう、ゴールドシップである。首を縦に振るデュアル・ジェットに対し、少し悪い笑みを浮かべ、その交換条件を提示する。

 

「じゃあ、このゴルシ様の仲間になれ! オマエ強そうだからな! あのプロペラとツーマンセル組ませればこの前のデカブツも倒せるだろ!」

 

どうやら、彼女はゴルゴル第三宇宙軍のメンバーに彼を加えたいらしい。軍への加入と引き換えに、極太ワイヤーと地面に深く突き刺さったアンカーで成された拘束を解いてやるという事だ。

 

 

 

しかし、事はそう簡単には運ばない。なんと、目の前のへっぽこは首を横に振ったのだ。

 

 

 

「何だと!? おうおうおーう! このゴルシ様の要求が飲めねえとはどういう事だ〜? 船の錨の代わりに沈めてやろうか!」

 

断られたのが癪に触ったのか、高圧的な態度を取るゴールドシップ。流石に、海に沈められたくは無いのか彼は今回も首を横に振った。

 

まあ、船の錨代わりにしたとしても、この逸材なら何やかんやして船底に穴の一つや二つ空けてしまいそうである。

 

「ほう、つまりオマエは助かりてえって事だよな?」

 

再確認するかのような彼女の問いに、彼は首を縦に振った。

 

「じゃあ、アタシの仲間に……」

 

彼女が言い切る前に彼は首を横に振った。

 

「ざけんなコラッ! ドラム缶にぶち込んでコンクリ流すぞ! 流石のオマエも……」

 

またもや彼女が言い切る前に、彼は首を縦に振る。

 

「じゃあ、アタシの……」

 

彼は首を横に……

 

「は? だったら……」

 

縦に。

 

「って事は……」

 

横に。

 

「だああああっ!! なんだよテメエ! さっきからアタシの言う事先読みしやがって! 読心装置か何かでもついてんのか!?」

 

不思議な事に、彼女の思考は完全に読まれているらしい。あまり遭遇しないタイプの相手に、流石の彼女も動揺した表情を見せる。

 

「先に親玉の方を引き入れなきゃダメなパターンか? くっ! こんな時にぶん殴るだけで仲間にできる魔法の道具さえあれば……!!」

 

そんな道具があっても、このヘッポコロボの守備力は魔王どころかメタルなレベルにまで達している。ぶん殴るだけでは火力が足りないだろう。

 

「ほほう、お困りのようですな? ならば、このセイちゃんが助けてしんぜよう!」

 

「マジで!? じゃあ、パパッとやっちまってくれよ! アタシじゃコイツのガードは崩せねえ!」

 

ゴールドシップと入れ替わるようにして、今度はセイウンスカイがデュアルの前へ現れる。今までの彼女であれば、少しは表情を青ざめさせる筈だが、プロペラの恐怖を乗り越えた彼女にとって、このカブトガニ擬きなど可愛い物なのだろう。

 

その顔には悪ふざけの表情しか浮かんでいない。

 

「さてさて、デュアルとやら! 我が軍に加わらないかね?」

 

まずは、普通に勧誘。もちろん、彼の首は横に振られる。

 

だが、次の言葉に彼の動きは完全に固まった。

 

 

 

「ほうほう、いいのかね? 我が軍にはウララもいるぞ?」

 

 

 

彼女の意地悪な一言は、デュアル・ジェットを困惑させる。首を縦にも横にも振らずにオロオロと動かしているのが見て取れる。

 

きっと、彼の中ではハルウララとハイゼンベルクを天秤にかけているのだろう。

 

数分間後、どうやら天秤は鉄塊の方では無く、桜の花びらの方に傾いたようで、彼はゆっくりと首を縦に振ったのだった。

 

「ま、こんなもんですかな」

 

「でかした! 軍拡成功だぜ! 今度、褒美に焼きそば作ってやるよ!」

 

「お、いいね! じゃあ、その時はありがたく頂こうかな〜」

 

無事勧誘も終わり、黄金船が持ち前の力でアンカーを引っこ抜くのを横目に、セイウンスカイはかなり傾いてきた日差しを見て、友人へと声を掛ける。

 

「ねえ、キングー? そろそろ、部屋に戻らない? 今からトレーニングするのもめん……あれ? キング?」

 

しかし、帰って来たのは海風だけ。違和感を感じて振り向くが、そこに一流の立ち姿など無かった。

 

"部屋に戻ったのだろうか?"

 

脳裏にスッと浮かんできたその考えを、彼女は即座に振り払う。あのお嬢様は声も掛けず、いきなり居なくなるような者では無い。

 

夕日が美しく砂浜を照らす中、セイウンスカイは誰にも悟られる事なく、ひっそりと友人を探し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の人気に負け、人があまり来ないであろう裏山。その頂上に置かれているのは、景色を眺める為であろうベンチ。そこに座るようにして、例のお嬢様は居た。

 

それは一流の景色を眺める為などでは無く、手に持った携帯電話の鳴りを鎮める為だった。

 

「いえ、まだよ! まだ、諦めないわ!」

 

その相手は、成績優秀な母親。一言一言話す度、放たれた言葉の刃はキングヘイローの心をヤスリのようにガリガリと削る。

 

プライドと根性だけが、擦り減って折れ掛けた心をなんとか繋ぎ止めていた。

 

その精神力は正しく一流と言えよう。だが、彼女の悔しさと悲しさで歯を食いしばった表情は、一流とは言い難い。

 

「ええ……お休みなさい、お母さま……」

 

時間的にも遅くなってきた故に、その通話は別れの挨拶と共に切られたようだ。今や、携帯電話からは刺々しい言葉ではなく、虚しい電子音しか聞こえてこない。

 

「はあ……どうして、今日なのよ……!」

 

自身のステータスを大きく上げる夏合宿。殆どのウマ娘がやる気に満ち溢れているはずの初日において、彼女のそれはこの数分だけで大きく削がれていた。

 

普段ならグッと堪える文句も、この時だけはその意に反して漏れ出した。

 

 

 

 

 

「ほう、"お母様"ねえ……いつ聞いてもクソッタレな響きだな。反吐が出る」

 

 

 

 

 

「ひゃあっ!? だ、誰よ!」

 

突然、背後から掛けられた声に変な声を出して驚く彼女。その低い声の発生源へと振り向くと、そこにはハルウララのトレーナーである工場長が立っていた。

 

「おっと、悪かったな。にしても、テメエも"お母様"に困らされてるクチか?」

 

珍しくサングラスは掛かっておらず、そのままの瞳が彼女を射抜く。口元は相変わらず不敵な笑みを浮かべているが、なんの障壁も無い裸の目には笑みの要素など一切入っていない。

 

「……そうよ、文字通り余計なお節介を掛けてくれる人。待って……私"も"?」

 

彼女の目の前に居るのは、機械油や煤で汚れたズボンやよれた服が目立つ、みすぼらしい一人の男。自身の親をお母様と呼ぶ様な高貴な育ちには、とてもじゃないが見えるとは言えないが……

 

人は見た目によらぬものだ。今回に限っては特にだろう。

 

「あー……まあ、その名前で呼んでた奴と色々あったとでも言っておく。それで、テメエはそいつから脅迫でもされたのか?」

 

「そんな事されてる訳無いでしょう! ただ……恥を晒す前に帰って来い。そう言われただけよ……」

 

底の知れぬこの男に対し、キングヘイローはポツポツと自身の母親について話し始める。

 

それは、彼が人と進んで関わるタイプの人間では無く秘密が漏れないと思ったからなのか、自身の目から流れ出そうな雨粒の代わりに言葉の雫として吐き出したかっただけなのかは分からない。

 

ただ、彼女の気が少しだけ楽になったのは確かだった。

 

そしてしばらくの間、彼女の口から溢れる不満に似た言葉を、意外にも彼は黙って聞いていた。

 

小雨だった筈の文句は、いつの間にか大雨と化す。だが、これはただのゲリラ豪雨のようなもの。お嬢様の溜息を合図にそれはピタリと止み、気まずい沈黙が流れる。

 

彼はその静けさを鼻で笑うと、言うことが無くなった彼女の代わりに口を開いた。

 

「面白えな」

 

「ちょっと! 面白いってどういう事よ!」

 

今までされた仕打ちを面白いの一言で済ますこの男に、彼女はムカつきを隠さず表に出す。

 

何もおかしくは無い行動の筈だが、彼は未だに軽い笑いをし続けていた。

 

「ああ、面白え。やってる事が訳分からなくてな!」

 

"やってる事が訳分からない"

 

この言葉に、彼女の表情は大きく疑問を孕んだものへと変わる。

 

「いいか? 帰って来いだか、恥を晒すなだか何だが知らねえが、結局そいつはテメエを手元に置いときてえだけじゃねえか。だったら、どうしてテメエはノコノコと学園に登校してんだ? どうしてテメエは"自由"を得てる?」

 

更なる追撃の言葉が、彼女の疑問をより深める。この男は最終的に何を言いたいのだろうか。意図が全く理解出来ない。

 

「テメエを逃したくねえなら、城でも村でも工場でも、適当な所で箱庭生活送らせときゃいい。教育なんて金積んで専属の奴を呼べば良い。俺だったらそうする」

 

彼のこの発言で、彼女はやっと気付く。彼の言いたい事は、"本気で連れ戻そうとしているならとっくに権力か何かでそうしている"という事だ。

 

それにしても、やたらと具体的な説明だ。思わず不気味さを覚えてしまう程に。

 

「まあ、独断と偏見が油代わりに使われてるクソみてえな意見だ。参考にすらなりゃしねえよ。とりあえず、言える事はただ一つ……」

 

彼は彼女にその厳つい人差し指を向けると、歯を剥き出しにした笑みを浮かべて高らかにこう言った。

 

「今のテメエは"自由"だ! 何したって良い! だが、豪華なソファでふんぞりかえってる野郎に目に物見せんだろ? 死ななきゃ幾らでも足掻けるんだぜ?」

 

不思議と重みのある言葉。口元と違い笑っていないその目からは、何故か羨望の意が感じられる。

 

「そうよ……! あの人が何と言おうと関係無い! 私は"一流"なのよ! たった一人の戯言なんて気に留めないわ! 聞くも聞かぬも私の自由だもの!」

 

彼女は片手を口元へと上げ、いつもの様に高らかに笑った。迷いの無いその目は確かに一流に相応しいものだ。

 

「ヘッ、それじゃあさっさと帰りやがれ。俺はコイツを吸ってから戻りたいんでな。テメエがここに居ると邪魔で仕方がねえ」

 

彼は葉っぱに巻かれた至福の一本を取り出して、これ見よがしに彼女の目の前で左右に振った。

 

「あら? 合宿中はこの辺りは禁煙だった筈よ」

 

「禁煙? 俺の知った事じゃねえな! 要は煙がテメエらに行かなきゃ良いんだろ? ここならその心配は無え! もとより、コイツの良さが分からねえ奴らに吸わせる煙なんざねえがな!」

 

「まあ良いわ。今回ばかりは黙っておいてあげる」

 

色々とあったからか、彼女は彼が口に咥えているそれを見て見ぬふりをして帰り道を進む。きっと、その背後では茶色の煙突から灰色の煙を上らせる、立派な工場が建っているに違いない。

 

暗くなってしまった道を進みながら、彼女は未だに腑に落ちない部分を思い返していた。

 

「独断と偏見があるにしても、どうしてあんな物騒な考えが浮かぶのかしら?」

 

しかし、そんな思考は彼女を心配する者の声によって遮られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の想像とは違ったな」

 

葉巻を口から離し、紫煙を吐く。

 

「ただ、素直じゃ無えだけじゃねえか。不器用な母親だ」

 

きっと今の言葉を聞いた者全員が口を揃えてこう言うだろう。

 

"どの口がそれを言う"

 

「まあ、偽物の愛情じゃねえって事は確かだな。どこかのクソ女も見習うべき……いや、見習わなくていい、さっさと肉体も意思も消えてなくなっちまえ。その方が良い」

 

悪態を吐く彼はこれから三十分程、ここでゆったりと一服を楽しむ事だろう。だが、完全なる誤算としては、ウマ娘達は嗅覚も良いという事を彼が知らなかったという事だ。

 

香り高いその匂いはきっと服に染み付いている。きっと、次の日になれば良い感じのお言葉が副会長から貰える事間違い無しだ。

 

 

 

こうして、慌ただしい夏合宿が幕を開けたのだった。

 

 




デュアル・ジェット

ゾルダート・ジェットの特殊個体。うららんハッキングにより、思考のプロセスに多様性が生まれ、柔軟な行動が可能。

だが、その利点をぶち壊すほどに自己判断能力が低下した……

それ故に、"高性能×高性能=ポンコツ"の式を完全に成り立たせる唯一の存在である。

ちなみに、どこかのウマ娘から吹っかけられていたレースは、コースガン無視のジェット飛行により勝ったらしい。
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