最近、探知機が無くてもとある奴の居場所が分かるようになった。
夏と言えば何が思い付くだろう。
メジャーな海水浴やスイカ割りの他、お祭りや花火も容易に連想できる。しかし、それ以外にも重要な物が一つ……
火照った身体をある意味冷やしてくれる、ありがたい存在。
怪談やお化けを筆頭とするホラー要素である。
そして今夜、一部の者にとっては必要の無い要素を、皆で取り入れようとする集まりがあった。
「よお、持ってきたぜマックイーン!」
「それは……一体何ですの?」
施設の広間には、ただのホラー好きとそれに乗せられた、あるいは無理矢理連れてこられたウマ娘達が集っている。
そして、その中心にドスンと置かれたのは、ただのガラクタのように見える幾つかの装置。
きっと、誰もがメジロマックイーンと同じ疑問を抱いただろう。
「何言ってんだ? オッサン特製の装置に決まってるだろ。お化けを引っ捕らえて瓶詰めにする予定なんだから、それぐらい必要だろ?」
「お化け!? 瓶詰め!? ちょ、ちょっとどういう事ですの! 私は肝試しとしか聞いていませんわ!」
ぶっ飛んだ事を言い出すゴールドシップに、彼女は尻尾をピンと伸ばして驚いた素振りを見せる。
しかし、目の前の問題児がその程度で止まるわけも無く、問答無用でディスプレイの付いたガラクタ?を彼女に押し付けた。
「アタシは海の力を信じてるんだ……! だから、ここから瓶を海流に乗せればアメリカ大陸かオーストラリア大陸に流れ着く筈だ!」
「じゃあ、手紙か何か入れれば良いじゃないですか……」
「紙だったら和紙でも無い限り200年とかで劣化してボロボロだぞ? しかも、海に流すんだからもっと早くボロボロになっちまうと思ってる! 幽霊だったらその点安心だからな!」
「もう良いですわ……」
頭にネジの代わりに爪楊枝でも刺さっているのか疑いたくなる言い分に、彼女はただただ呆れていた。
というか、そもそも幽霊は瓶詰め出来るのだろうか。何故か、漬物と同じような扱いをされている気がする。
「そんで、瓶詰め作戦遂行の為に強力な助っ人も用意したぜ!」
彼女の自信満々の言葉に、何かその線のプロフェッショナルでも呼んだと思っていたメジロマックイーン。
しかし、実際に連れて来たのは感情の区分にホラーの枠が無いやべー奴らだった。
「話はお聞きしました! 皆さんも夜の見回りという事ですよね! 暗くて不安かも知れませんが問題ありません! なぜなら、この学級委員長が付いていますから! 大船に乗ったつもりで大丈夫です!」
「えーと、お化け探しだったよね! ふっふっふ! 実はね、わたし一回見つけた事あるんだ! だから、まかせて!」
その拳を腰に当て、意気揚々とその頼もしさを語る助っ人達。その目には今から行う事に関しての疑いなど微塵も無く、ただただ桜の花が彼女達のポンコツ具合を隠すように咲いているだけだ。
一人は致命的な勘違い、もう一人は不安要素の塊。
そんな、目の前の現実から目を逸らすかのように、彼女は自身の手元にあるガラクタを眺めた。
「それで、これは何ですの? 貴方のふざけた目的を達成するための物なんでしょうが……正直、ゴミか何かにしか見えませんわ」
「多分レーダー的なやつ」
「"的"!? 一応聞いておきますけど、あの物騒なお方から借りた物ですよね?」
「何言ってんだ、当たり前だろ。はぁ……遂にマックちゃんまでアタシを疑い始めるのか……」
ゴールドシップはその両目に涙を浮かべ、悲しげな顔を彼女へ向ける。普段見せないであろうその表情を見た彼女の心に罪悪感という名の針がぶっ刺さる。
おまけに、ハルウララとサクラバクシンオーの二人から不思議そうな視線を向けられ、彼女は焦って弁明を始めた。
「ち、ち、違いますわ! 先程も申した通り、一応聞いておいただけで……そんな"疑惑"を含んだ物ではありません!」
「いやー良かった良かった! てっきり、オッサンの所から奪ったと思われてんのかと思ったぜ!」
「はぁ……そもそも、どうして借りた物の性能を把握していないんですの?」
「しょうがねえだろ、借りたの一ヶ月前なんだから」
「え……? 今何と?」
「コレ借りたの一ヶ月前なんだよ。実は一週間が期限だったけど、アタシが返すの忘れてた」
彼女の平然と放った返答に、メジロマックイーンはただただ呆然と口を開けていた。しかし、その脳裏は真っ白ではなく一つの疑問が浮かび上がる。
「まさか、当の本人が忘れてる……? いえ、そんな事ある筈が無いですわ。きっと、合宿中は大目に見てくれているのですわ!」
まさか、使い方も返却期限も忘れた目の前のウマ娘と同じように、工場長が貸した事を忘れてるなんて事は無い筈だ。
となれば結論は一つ。この特別な期間ゆえに情けが掛かっているに違いない。
少なくとも彼女はそう思ったのだった。
ハルウララ、サクラバクシンオー、メジロマックイーン、ゴールドシップ。この不思議なチームの向かった先は、とある裏山。一応、副会長の許可は取ってあるようだが、その許可証を握りしめている物など誰一人としていない。
そんな紙切れの代わりに握られているのは、ハイゼンベルク製のライトとレーダー。
火力調整が狂っているそのライトは、真っ暗な筈の道を昼間のように明るく照らし、恐らく軍事用の物であろうレーダーは、周囲の動体を白い点として画面に映し出す。
「皆さんっ! 夜の見回りをするにあたって大切なものがあります! なんなのか分かりますか?」
「はーいっ! 懐中電灯!」
学級委員長の突然の問いに、ハルウララは元気に挙手をすると、学級委員長とメジロ家のお嬢さまの持つバケモノライトを指差した。
「惜しい! それも大事ですが違います! もし怪しい人を見つけた場合、しっかりと事情聴取しなければなりません! その為には、相手が逃げてしまう前に近づく必要があるのです!」
人差し指をピンと伸ばし、鼻高々にそう言い放つ。ハルウララはそれを目を輝かせながら一言一句逃さぬように聞いている。
「つまり! 一番大事なのはバクシンです!!! バクシン!!」
「そうなんだ!? じゃあわたしも……バクシーン!!」
どうやら、一言一句逃さぬように聞いていた筈の彼女の頭に残ったのは、"バクシン"の一言だけだったようだ。それ以外の言葉は全て反対側の耳から流れ落ちているのだろう。
彼女はこの楽しさを共有する為に、後ろにいる二人の方へと振り返った。
「ねえねえ、ゴルシちゃん達も一緒にやろうよ! 何かよく分かんないけど楽しいよ!」
「おう、良いぞ!」
彼女の要望にゴールドシップは二つ返事でオーケーを出す。そして、独特な決めポーズを取って高らかに"バクシン"と言い放った。
不思議な雰囲気を纏ったそのコールは、どこかの漫画の主人公のように彼女自身の存在感をこれでもかと増長させたのだった。
「流石ゴールドシップさん! 良いバクシン力をお持ちですね!」
「あったりまえよ! このゴルシ様に掛かれば、戦闘力だろうがバクシン力だろうが億越えだ!」
「ねえねえ、バクシン力って何?」
「……アタシも何なのか全く分からねえ」
ニコニコと先程のコールを褒めちぎる学級委員長へ、何かヤバい奴を見る目を向けつつゴールドシップは理解出来ていないと口に出す。
向けられた視線に一切気付かないまま、二人の桜の瞳は期待と共に残りの一人へと向けられた。
「わ、私はしませんわ!」
「そうなのですか!? 分かりました……嫌ならば仕方ありません……」
「マックイーンちゃん嫌だったの!? わたし気付かないままやろうって言っちゃった……! ごめんね……」
彼女の断りの言葉は、二つの桜の花びらを一瞬で萎れされたようだ。悲しそうに尻尾も耳も垂れ下がっているその様子は、先と同じように彼女の心にそこそこのダメージを与えている。
「あーあ、可哀想。純粋な少女の想いを踏みにじるなんて、意外とえげつない事するよなオマエ」
「違いますわ! ああ、もう! やれば良いのでしょう! やれば!」
隣のウマ娘から向けられる冷ややかな視線に、彼女は吹っ切れたように声を荒げた。
その張った声を聞き、彼女に再び向けられる純粋な期待の目。何故かそれと同時に向けられるニヤついた目。
明らかな陰謀をひしひしと感じる彼女だったが、一度吐いた言葉を撤回するにはもう遅い。目の前に咲く満開の笑顔は、彼女の例の言葉を心待ちにしている。
「バ、バクシン……ですわ!」
顔を真っ赤にしながら発した言葉は、小さいながらもきちんとハルウララ達に聞こえたようだ。
「わーいっ! マックイーンちゃんのバクシンだー!」
「ええっ! 小さいながらも良いバクシンです!」
「な? さっき言った通りだろ? 意外と押せばやってくれんだよ」
「なっ!? 貴方の手引きだったのですね! 許しませんわ!」
怒ったメジロマックイーンと、笑いながらからかい続けるゴールドシップ。
しばらくの間、お互いに騒がしく言葉のキャッチボール……いや、豪速球の飛ばし合いをしていたが、誰かさんの疲れた溜息を皮切りにそれは終わりを迎えた。
話し疲れて静かになった二人の代わりに、周囲の草木がザワザワと騒ぎ始める。
生温い不気味な風が彼女達の首元を撫でるように吹き、熱い筈の体に悪寒を走らせた。
「あれ? なんでだろう? さっきまで暑かったのに急に寒くなってきたよ!」
「私も少し寒気がしますわ……」
「言われてみればそうだな」
「おや、皆さんもですか? 私も先程から寒いと思っていました! もしかすると、ここはもう秋なのかも知れませんね!」
不可解な寒気が全員を襲う。心なしか、手に持った化け物級の懐中電灯が少し暗く感じる。
「やっぱり、あの噂は本当かもな……」
「噂?」
「ああ、話によるとこの先の廃屋で"出る"らしいんだよ。何故か行方不明者が多発してるらしいから、間違いない筈だぜ!」
「なんでそういうことを先に言わないんですの!?」
明らかに悪意のあるヤバいお化けの方へ彼女達は進んでいたようだ。当然、彼女はすぐに引き返そうとするが、振り返った先にはあり得ないほどの濃霧が立ち込めていた。
こんなもの、さっきまでは無かったはずだ。
「見て見て! 何かいっぱい点が映ってるよ! もしかして鳥さんかな?」
ただ一人焦る中、ハルウララがレーダーを上に掲げながら楽しそうにはしゃぎ始める。
そのディスプレイには沢山の白い点が映し出されていた事は間違い無かった。
メジロマックイーンは自身の冴え渡る思考を恨む。きっと、もう少し能天気であったならこんな恐怖など感じずに一緒に喜んでいただろう。
例えそうで無かったとしても、この謎の白い点達が自分達を包囲している事に気づく事は無かった筈なのだ。
「わわっ!? 何か一つだけこっち来たよ!」
レーダーに映る一つの点がゆっくりとこちらに向かって進み始めた。
霧でよく見えない空間をじっと見つめる中、二人は期待に目を輝かせ、一人は蓋の空いた瓶を片手に怪しい笑みを浮かべ、残る一人はこのレーダーの反応がただの動物である事を必死に祈っていた。
ガサガサと音を立てる茂み。
反応はすぐ目の前だ。
しかし、出てきたのは一匹のタヌキだった。
そんな期待外れの来客は、たった一人ホッとしている者の足元を抜けて反対側へ走り去って行く。
「なーんだ、ただのタヌキじゃ……」
「皆さん! あそこに誰か居ますよ! 不審者では無いか早速バクシンして聞きに行きましょう!」
「だ、ダメですわ!」
メジロ家のお嬢さまに引っ捕らえられたサクラバクシンオーの視線の先には、ぼんやりと映る白い服を着た女性の姿が。
深い霧によってその顔は殆ど見えない。だが、その口元は不気味にも歪な笑みを浮かべていた。
ゴールドシップが好奇の視線を送っていると、明らかに危険な香りのする女性はゆっくりとこちらに近づき始める。
勿論、メジロマックイーンはこの場から逃げるのが得策だと考え、普段ならしないであろうゴルシ流誘拐術をもって全員を連れて逃亡を図る。
しかし、彼女の体はまるで凍り付いたかのように動かなかった。
あの不気味な存在はもうすぐ目の前だ。彼女の表情からは段々と余裕が消え、消えた分を補うかのように青ざめていく。
「アタシとした事が失敗したな……瓶じゃなくてドラム缶持ってくるべきだった!」
目の前の存在の危険性にゴールドシップが気付くことは無く、ただただ目の前の存在の大きさを確認して、勝手に一人苦い表情を浮かべている。
女性の見た目をした何かはゆっくりと手を黄金船へと伸ばす。血の通っていない白さを持ったそれは、輝くそのマストを奪い取らんとする死神の手に他ならない。
しかし、その手が彼女の大切な何かに触れる直前の事だった……
突然、隕石でも降ってきたかのような"ドゴンッ!!!"という轟音と共に、目の前で爆発が起きたのだ。
そこから放たれた突風で辺りの霧は一瞬で消え去り、代わりに立ち込めたのは土煙。砂が舞い散って、彼女達の皮膚をチクチクと刺す。
皆が目を細めて手で顔を覆う中、煙をスクリーンに巨大な影がその形を露わにする。
そして、煙が晴れるよりも先に、影が再び放った突風が土色の世界をクリアに変え、それと引き換えにゴールドシップの表情を真っ青に染め上げた。
「で……出やがった!!! 逃げるぞオマエら!!!」
よく分からない存在を踏み潰しながら現れたソレは、3m近い体躯に黒テープでグルグルと縫われたドレスを纏った巨人であった。
顔に巻かれたテープの隙間から赤い光を滾らせるソレを見た途端、黄金船は己の舵を真反対へと切る。しかし、他の者達は呆気に取られたのか、その後に続く事は無く彼女一人だけこの場から姿を消すという結果となった。
「な……!? な……!? 何ですの!?」
ただ一人驚愕するメジロマックイーンをよそに、ハルウララは目を大きく見開いてハイテンションで話しかける。
「わーいっ!! すっごい大きいお化けさんだ!!」
「いえ、ウララさん! 違いますよ! この方はお化けなどではありません!!」
彼女の喜び溢れる発言に、サクラバクシンオーが待ったをかける。そして、腰に手を当てて胸を大きく張ると、自信満々にこの存在の正体を言い放った。
「この方は……」
「トレセン学園の用務員さんです!」
余りにも突拍子過ぎるその発言に、ハルウララだけでなく、メジロマックイーンも巨人の存在を一瞬忘れて目を丸くした。
「実は、私は一度このお方と学園内でお会いした事があるんです! その時は不審者と勘違いして怒らせてしまいましたが、今回は違います!」
同じ轍は踏まない学級委員長によると、この巨人は前にも学園に居た事から、お化けではないとの事だ。
メジロマックイーンはその事実を踏まえてもう一度このデカブツを見上げる。
丸太と見間違えそうな手足。バカげた身長。不気味な装い。何一つ取っても、用務員はおろか人間かどうかも怪しいのが本音だった。
せめてもう少し人っぽい所があれば信じても良かったと彼女が思っていた所、その巨人はゆっくりとハルウララの持つ機械を指差した。
『返セ』
「しゃ、喋りましたわ!?」
予想外にも、この者は低く不気味な声で喋った。彼女の中の天秤が、"人間かもしれない"と書かれた皿の方へ傾き始める。
「当然です! 以前も同じように話してましたよ! ですが……返せとは一体何でしょう?」
「あっ!! わかった! 多分ゴルシちゃんが借りたって言ってた機械の事だよ! この人から借りてたんだ!」
「え……? これはあの物騒なお方から……」
「なるほど!! そういう事でしたか! 流石はウララさん! 花丸をあげましょう!」
「やったー!!」
用務員?の横で繰り広げられるただの会話。だが、それは言葉のキャットボールではなく、跳ねるボールを打ち返すテニスだったようだ。一つ一つしっかりとキャッチしていては会話に追いつかない事は明白である。
『返セ』
しかし、そんなテニスボールを空中で叩き落とすが如く、彼は依然として同じ言葉で割り込んでいく。
「わかった! はいどーぞ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 彼が用務員かどうかは置いておくとして、今ここでライトを渡してしまったら帰り道が分からなくなってしまいますわ!」
あのトンデモ懐中電灯があったからこそ、ここまで問題なく来れたのだ。彼女の言葉通り、それを失ってしまえば帰りがかなり危険となるのは間違いない。
異議を唱える彼女へとその巨人の顔は迫る。テープに覆われて表情すら見えないソレは、爆弾サイズの拳を振りかぶった。
威圧感と恐怖で思わず目を閉じる。
しかし、いつまで経っても何も起こらない。
ゆっくりとその目を開けると……
まるで爪楊枝でも持つかのようにして、また別の懐中電灯が彼女の目の前に垂らされていた。
そして、唖然とした彼女がそれを受け取るや否や、例の魔改造された機械達を回収していく。
最後に、ニッコニコのハルウララが差し出したレーダーを回収すると、今度はまた別の方角へ顔を向けた。
『残リ目標……1。追跡開始……』
不気味な声を響かせた後、彼は大地を強く踏み締めて跳躍する。余りにも速過ぎるそれは、目で追う事は叶わず、文字通り空の闇へと消えていったのだった。
「代わりのライトをくれるなんて、学園の用務員さんは優しい人ばかりですね! それにしても、あのバクシン……中々の物です! 今度会ったらレースでもしてみたいですね!」
「えっ!? よーむいんさんって速いの!? じゃあ、わたしも一緒にレースする!」
暗い森の中交わされる、明るいやりとり。さっさと帰りたいメジロマックイーンは、二人に帰ろうと言おうとしたが、色々起こり過ぎて腰が抜けたようで、暫くの間その気の抜けるような会話を聞かざるを得なかったそうだ。
「アイツ……一体何者なんだ……!? やっぱりアレか! 前に火星から卵持って帰って来ちまったからか!? おのれ火星人め……」
暗い山道を猛スピードで走るゴールドシップ。灯りなど何一つ無いはずにも関わらず、まるで地面が見えているかのように転ける事なく走っていた。
夜目が効くのだろうか。
「でも、宇宙に飛ばすか海溝にでも沈めるかしねえと倒せなさそうだよなー、あのデカブツ」
半分宿敵と化したあの妖怪筋肉ダルマを倒すべく、いつものネジの足りない思考を巡らせる。
「てか、アイツまだ追って来てるか? くっそー、レーダー引っ掛けて落とさなきゃ探知出来たのにな」
紛失したレーダーの事を考えていると、突然彼女の目の前に想定外のものが降り注いだ。
そこそこの音を立てて彼女の道を塞いだのは、二本の大木。まるで引っこ抜かれたかのように、根っこが完全に露出している。しかし、彼女のいる山の麓付近にはこんな木は生えてはいない。
そして、これが前方に降って来たという事実は、再び黄金船のマストを青く染める。
間髪入れずに響く重い足音。
もう手遅れだ。
「うわっ!? 後ろかよ!」
まるで猫を掴むかのように首根っこを掴まれ、彼女の足は地面と別れを告げる。そして、その体と大いに相反したステルス性を持った例の巨人はいつもの文句を並べ始めた。
『返セ』
「フッフッフ……ハッハッハッハ!! 残念だったな! 今のゴルシ様は何一つ持ってねえ手ぶら状態だ! テメエに返すもんなんざ何一つ無えぜ!」
両手をヒラヒラと動かして彼女はそう言った。ふざけにふざけた大きな態度は、どちらが捕まっているのか分からなくなる。
だが、相手はそんな挑発に一切動じる事はなく、再び低く冷たい言葉を投げかける。
『返セ』
「だから、さっきから言ってるだろ。レーダーは落としたし、卵はアタシの秘密基地の中だって……」
『返セ』
「お、おい、嘘だろ……!?」
ゴールドシップの脳裏に非常によろしくない予想図が描かれる。過去に何度か味わった事のあるこの流れ。モニターという壁を挟んで起こったあの出来事通りであれば、彼女のいく先は面倒な事になる。
「アタシは知ってるぞこの流れ! いいえを押しても永遠に終わらねえRPGで良くあるアレじゃねえか! このままじゃ干からびるまで足ブラのままだ!!」
幸運にも彼女の襟を掴んでいるのは、追跡者の親指と人差し指。彼女は両の手と己の全力をもって、その二本の指を強引に開かせた。
「そうだ! 確か海沿いにアレあったよな! アレさえあれば何とかなるかもしれねえ!」
そして、天啓とばかりに思い浮かぶ最高のプラン。どこか焦り気味だった表情に余裕が戻ってくる。
「よっしゃ! そうと決まれば海まで鬼ごっこだ! 直線ならアタシの方が速え! 捕まえられるもんならやってみやがれ!」
『ゴールド……シップ……!!!』
こうして、ゴールドシップはこの恐ろしい追跡者と血湧き肉躍る大逃亡を始めたのだった。
次の日の朝、皆が合宿を終えて帰る準備を始めた時、ゴールドシップは施設の入り口で錨と共にぶっ倒れているところが発見されたという。
一応エアグルーヴが事情聴取を行った所、彼女が発した第一声はこれだった。
「なあ……光速で攻撃するにはどうしたら良い?」
壊れた錨
倒れていたゴールドシップの側にあった物。全体があり得ない方向にひん曲がり、付いていた鎖は何かの力で引き千切られている。
無傷だった彼女に代わってとんでもないダメージを負ったそれは、どこかの誰かの手で小型のジェットが付けられている。卓越した技術をもって振り回せば先端の速度は相当なものとなるだろう。
それにしても、振り回した程度で鎖が千切れるとは不自然なものだ。