悪くねえ 大したもんだ ハルウララ   作:黒チョコボ

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大きな目標

 

太陽は雲に隠れ、大気が湿り気を帯びた今日。雨が降るのか降らないのかハッキリとしない天候の中、工場長は商店街に訪れていた。

 

店主達の歓迎の意が籠った視線と、道行く人々の異端へと向ける偏見の目が入り混じる。

 

サングラスに帽子、くたびれたコートだけでも怪しげに感じるのだ。そこに鉄槌と葉巻が加わったのなら、異端視されるのも当然と言えるだろう。

 

そんな不審の塊のような存在が、細い路地の先にある不審な店へと足を運ぶ。一瞥しただけでは、これから違法薬物のやり取りでも始まるのではないかと嫌でも思ってしまう。

 

じめっとした不快な風とチクチクとした白い視線は不審者の背中へと突き刺さらんとするが、不気味で荘厳な扉がその間に割り込んだ。

 

だが、その扉を開けようとする者は誰一人としていなかった。

 

怪しいとはいえこの建物も店なのだ。その扉を掴んで手前に引っ張る事に、何一つ問題など無い筈だ。

 

猫をも殺す好奇心が屈服する程のナニカでも感じたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葉巻を片手に本を読む一人の男。肥えて巨大化した体を動かして、読み物のページを捲る。

 

本に集中し過ぎていたのだろう。紫煙を漂わせるその棒は大部分が灰となり、段々と燃焼部分が摘んだ指へと近づいていく。

 

そして、訪れるのは痛みの時間。

 

「おおっ!?」

 

指に伝わってきたその高熱に驚き、彼の手は反射的に葉巻を彼方へと放り出す。綺麗な弧を描いて店の入り口に転がったそれを、彼は未だに少し痛む指をさすりながら見やる。

 

幸運にも床の材質は非可燃性。放置していても問題は無いだろうが、この店の主人としてはあの高貴な発煙筒は何とかするべきであろう。

 

だが、ほんのちょっとだけ面倒だった。

 

顎に手を当てて小さな溜息を吐く彼だったが、幸運にも扉から姿を表したお得意様によって、それは果たされたようだ。

 

「よお、デューク」

 

「おや、ハイゼンベルク様。予定通り来られたようで何より」

 

会釈代わりに片手を上げたハイゼンベルクは、床の火の元をブーツで踏みつけて消火しながら店主の前まで歩みを進める。

 

そんな彼にニッコリとした笑顔を向け、デュークはそっと小さな木箱をカウンターに置いた。木箱は工場長の懐に入り、空いた台の上には代わりに小さな封筒が置かれる。

 

最早、言葉すら交わされないこのやり取りは、二人の関係がかなり長い間続いてきた事を物語っていた。

 

「そういえば、今回は注文本数が少し多いですな」

 

「ああ……どこかの能天気野郎のお陰でな」

 

「なるほど、ハルウララ様ですか。良い関係を築けているようで何よりです!」

 

少ない情報から大体何が起こったのかを察したデュークは、本心をそのまま言葉に変えて投げかける。

 

だが、彼は相変わらず冴えない表情を浮かべていた。今の言葉を皮肉として受け取った訳では無さそうだが……

 

そんな彼の顔色の訳が気になったのか、店主は静かに探りを入れる。

 

「そういえば、ハルウララ様のご活躍は聞いておりますぞ。なんでも、地方のレースで優秀な成績を残せているとか」

 

「らしいな」

 

それは、まるで他人事かのようないい加減な返答だった。

 

「おや、貴方は嬉しく無いのですか?」

 

「……さあな、どっちでも良いだろ」

 

自身の心境を隠すかのように、彼はデュークからの問いに適当な言葉を返す。

 

これはいつも以上に彼の面倒な部分が出てるなと思い、顎を触りながらその目を細く狭めた。

 

しかし、流石にあからさま過ぎたようだ。

 

「おい、聞きてえ事があるならさっさと言え」

 

「おっと、これは失敬……貴方のお顔が少し歪んで見えたもので。私ももう歳かもしれませんな」

 

面倒を掛けた事に詫びを入れつつ、デュークは正直に思った事を話す。ついでに自虐を交えながら。

 

その言葉を聞いた彼は"そうか"と素っ気ない返事をした。しかしそのすぐ後、特大の溜息を吐いて、意を決したかのようにその口を再び開く。

 

「なあ……有馬記念って何だ?」

 

今までの彼なら到底出ないであろう言葉に、店主は思わず驚きの声を漏らした。

 

「先に言っとくが、俺が調べた訳じゃねえ。あの脳内お花畑な奴が突然言い出したんだ。"有馬記念に出たい"ってな」

 

「まあそうでしょうな。もしご自身で調べたと仰ったなら、別人かどうか疑う所ですぞ?」

 

「ったく、癪に触る言い方しやがって」

 

この機械と友達になるどころか半ば融合してる男に対し、この頭に内包されている知識を真面目に伝えた所で、途中から適当に聞き流す事は目に見えている。

 

故に、デュークはこの説明をするにあたって、ちょっと違ったベクトルから切り込んだ。

 

「ふむ、貴方に分かるよう簡単に例えますと、ハルウララ様がよく出ている地方のレースは貴方がお造りになったハウラー、有馬記念などのGⅠレースはシュツルム、とでも言いましょうか」

 

続けて、"おっと、有馬記念ではなく有マ記念でしたかな?"と殆どの者には伝わらないであろう戯れを挟む。

 

そして、朗らかな笑顔もついでに挟み込むこの男に対して、ハイゼンベルクは"どっちでも良い"と言いたいのか、特に何も口出す事なく葉巻に火を付けていた。

 

「要はヤベエ奴らが集まるレースって事か……」

 

天井に備え付けられた換気扇をぼんやりと眺めながら、彼は静かに紫煙を吐き出す。まるで、音なき溜息にも見えるそれを回転する羽根が吸い込んでいく。

 

だが、完全吸い込みきれずに天井の隅に煙が残ったようだ。

 

「おまけに、出場する為には幾つかの重賞レースで結果を残し、人気も相応に無ければなりません。まあ、片方は問題無さそうですがね!」

 

目の前の彼と同じように葉巻を嗜み始めた店主が朗らかな笑顔と共に煙を吐いた時、眉間に深い皺の残る男は口端を僅かに上げ、灰皿に葉巻の燃えカスを落としていた。

 

「そうだ! これをお渡ししておきましょう!」

 

下を向いている彼の視線に割り込む様に、一枚の紙が差し込まれる。

 

「何だこいつは?」

 

「有馬記念に出るのでしょう? なら、そこに記されてるレースぐらいは出ておくべきだと思いましてな」

 

どうやら、この紙にはハルウララに適した重賞レースがまとめられているらしい。

 

レースに関して真の無知である彼にとって、この情報は有難いものである。面倒臭さが隠し切れていない苦い顔を浮かべながら、彼はその紙をそっと懐へと仕舞った。

 

「何でわざわざ……」

 

「お気になさらず、ただの顧客サービスの一環ですよ!」

 

「おい、もうテメエがトレーナーやった方が良いんじゃねえのか?」

 

「いえいえ、私がやれるのは商いのみ……結べるものは売り手と買い手の関係性のみです」

 

「……クソッタレ」

 

彼は再び紫煙を吐き出した。天井へと浮かんでいく煙は、窓から入ってきた風によって吹き飛ばされて反対側の窓から追い出される。だが、まだ隅の方に少しだけしぶとい輩が残っているようだ。

 

「そういえば、ハルウララ様の後援会はご存知ですか?」

 

「何だそれ?」

 

「活動を支援する団体みたいなものです。私も参加させて頂きましてね、そしたらとても面白い事を聞いたのです」

 

デュークの笑顔が少しニヤついたものに変わる。

 

なんだろうか、不思議と嫌な予感がしてしまう。聞くべきではない何かがあるような……

 

「どうやらその後援会のNo01がハイゼンベルクというお方のようです!」

 

その爆弾発言が耳に入った途端、彼は慣れ親しんだ煙に大きくむせた。手にかなりの力が篭っているようで微妙に葉巻が折れ曲がっている。

 

「ああ、クソッ! あの狂人どもやりやがったな!」

 

怒りを通り越してしまったのか、彼の表情は呆れ返るそれと同じであった。鎮静剤代わりの紫煙を口から吐き出すと、ただただ悪態をついていた。

 

「いやはや、商店街の者達全員を動かしてしまうとは、ウマ娘の力というのは凄まじいものですな!」

 

人を隔てる事の無い愛嬌に、負けても負けても折れずにひたすら頑張るその姿は、商店街の大衆を動かした。この平和で優しい力は持ち過ぎて困るという事は無いだろう。

 

お世辞にも勝っているとは言えない彼女でこれなのだ。きっと、スターウマ娘であればもっと凄い筈だ。

 

そんな事実をデュークの言葉によって気付かされたハイゼンベルクは、視線を上に泳がせて静かに呟いた。

 

「力……か」

 

落ち着いた低い声で放たれたその言葉は、まるで過去を顧みるかのような、重々しい何かを感じさせる。

 

「おっと、余計な物を連想させてしまいましたかな?」

 

「別に構いやしねえ」

 

その一言を皮切りに、部屋を満たしていた重い空気は一転して、軽いものへと変わる。

 

そして、ニヒルな笑みと共に続けられた言葉は、まるで過ぎ去った時を嘲笑にするかのようだった。

 

「陰気臭えカビた村に比べれば、こっちの方が数倍マシだ! 未練なんざ殆ど無え!」

 

「これはこれは、余計なお世話でしたな!」

 

二人の男の笑い声が部屋に響く。大きな振り子時計が鳴らすベルの音の方が大きかったが、彼らの笑いに割り込む事は出来なかったようだ。

 

「ハルウララ様が上を目指すと言いましたが、貴方はご協力なさるのですか?」

 

「さあな、今まで通り何もしないと思うぜ? トレーナー業なんて面倒なだけだからな」

 

「おや、そうですか。残念ですね」

 

それは本音か、はたまた裏返しか。

 

真意は分からないが、彼の言葉を聞いた大商人が残念そうな素振りなど見せず、ただただ微笑んでいたのは確かだった。

 

そんな中、彼らの耳に入ってくるバタバタとした足音。テンポ良く、なおかつ小刻みに聞こえてくる来客の知らせ。

 

そして、同時に己の手に握られた物を灰皿へと押し付けた。方や堪能されて短くなったもの、方や不恰好に折れ曲がったもの。

 

休息の篝火が完全に消えた時、入り口の扉が勢い良く開かれた。現れたピンク色の影と共に、外気が部屋へと押し入る。

 

「あっ! トレーナーここにいたんだね! お願いしたい事があるんだ! 良いかな?」

 

花咲く笑顔を向けられたハイゼンベルクは、溜息を少し吐くと、"仕方ねえな"とだけ呟いて、ハルウララの後に続く。

 

店から出る直前、その背中に店主の一声が投げ掛けられた。

 

「ハイゼンベルク様、余計なしがらみは早急に解決するのが吉ですぞ?」

 

彼はただただそっと右手を上げる。言葉無き返答に込められた何かは店主へとしっかり伝わったようだ。

 

「それでは、またのご来店お待ちしております」

 

扉がゆっくりと閉められる。壁を隔てた向こう側では、しがらみとは何か問う声が響いているが、そのやり取りをBGM代わりにデュークはそっと天井へと目を向けた。

 

隅に残っていた筈の煙を気にしての行動。しかし、漂っていたそれは先程入ってきた風に吹き飛ばされ、跡形も無く消えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっライスちゃん! おはよう!」

 

「おはよう、ウララちゃん! あの……それって何かな?」

 

次の日の朝、学園のグラウンドにてライスシャワーはハルウララと挨拶を交わす。だが、彼女の意識の矛先は、目の前の友人が牽引している謎の金属の箱に釘付けであった。

 

その無骨なデザインの箱には4つの小さなタイヤが付いているが、一体何なのかは分からない。

 

きっと、これを引いている本人がその正体を知っている筈だ。

 

「ふっふっふ! 実はわたし、今日からアイス屋さんになったんだ! これはその秘密道具だよ!」

 

「あ、アイス屋さん!?」

 

予想の斜め45度どころか、ほぼ直角の答えが返ってきた。

 

驚きの表情を見せる彼女の前では、ハルウララが箱の上部にある蓋を開けて何かの作業をしている。

 

「はいっ! ライスちゃんにもあげるね!」

 

そうして差し出されたのは、ラップに包まれたまんまるなシャーベット。一口サイズのそれを彼女がパクリと頬張ると、口内にさっぱりとした甘さと人参の風味が広がった。

 

「美味しい……!」

 

「えへへっ! そうでしょ! 頑張って作ったんだ!」

 

「え、ええっ!? どうやって作ったの……?」

 

「えーとね、これで作ったんだ!」

 

色々と困惑気味の彼女の目に映ったのは、先程引いていた大きな箱を指し示すハルウララの姿。

 

うらうらと尻尾を振る彼女は事の経緯を話し始めた。

 

「あのね、アイスって美味しいけどいっぱい食べちゃうとお金が無くなっちゃうでしょ? だから、自分で作ればいいって思ったんだ!」

 

「もしかして、おじさまがこの機械を作ったの?」

 

「うんっ! トレーナーが"勝手に作ってろ"って言ってこの機械をくれたの! これ凄いんだよ! 果物とか野菜を入れて引っ張るだけでアイスが出来ちゃうんだ!」

 

「ええっ!? す、凄い装置なんだね……!」

 

ライスシャワーの想像は装置の作り手の発想に大いに裏切られた。てっきり、冷やすだけかと思いきや、ミキサー機能も付いているらしい。

 

恐らく、まだまだ沢山の機能があるのだろう。しかし、それがどのような物か知る術は今は無い。

 

「わ、私も一緒にアイス作りしてみたいんだけど……良いかな?」

 

「ほんとっ!? わーいっ! ライスちゃんと一緒にアイス作りだー!」

 

どうやら、引っ込み思案な彼女を引っ張り出す程の魅力がその箱にはあったようだ。

 

ライスシャワーの提案を快く了承したハルウララは、箱から伸びている頑丈そうなロープを二人の腰に括り付ける。

 

そして、仲良く並んだ状態で不思議な箱を牽引していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、調子に乗って作り過ぎてしまったアイスが友人達に配られるのはまた別の話である。

 




アイス製造箱
投入された材料から球状のシャーベットを作り出す、不思議で面白い箱。

引っ張ってタイヤを回転させる事でその機能を発揮する。

タイヤの先には発電機やミキサー、その他回転機構のギアに繋がっているようで、引っ張るのには相当な力を要する。

だが、製作者が本気を出せばもっと軽量に作れる筈である。わざわざ負荷をここまで重くする必要などあったのだろうか?

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