悪くねえ 大したもんだ ハルウララ   作:黒チョコボ

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実は前から書きたかった話です!


ファン感謝祭

 

太陽が眩しく草木を照らす朝、ハイゼンベルクはいつも通り何かしらの器具を弄っては……いなかった。

 

それもそのはず、約一週間後に何かの催しがあるらしく、学園内はそんな催し物の設営が次々と行われており、彼がのんびり作業できる場所など殆ど無いと同義だったのだ。

 

まあ、兎にも角にも無いものは無い。暫くトレーナー室で機械弄りをするしかないとぼんやり考えながら、その足は一服するべく敷地の外へと向く。

 

これから吸う予定の葉巻を手の中でクルクルと器用に遊ばせていた最中、背後から伸びてきた手が無慈悲にもその至福を奪い取った。

 

「敷地内は禁煙だそうだ」

 

「今から出てくとこだったじゃねえか……ったく」

 

あまり聞かない声にチラリと顔を確認する。そこに居たのは、よく文句を言ってくる方でない副会長、ナリタブライアンであった。

 

「なんだ、いつもの堅物の方じゃねえのか」

 

「エアグルーヴは今忙しい。だから代わりに来た」

 

「来なくても良かったんだがな」

 

彼女に取られたままの葉巻を乱雑に奪い返して懐に収めた後、彼は面倒そうな空気をこれでもかと漂わせて何の用か尋ねた。

 

「それで、一体何の用だ?」

 

「理事長が呼んでる。理由は分からないが、困った顔をしていた」

 

「そうか、面倒事じゃなければ良いが」

 

大きな溜息を吐きながら、彼は学園の方へと戻って行く。一応、伝達に対して感謝の気持ちはあるようで、礼代わりに片手を適当に振っていた。

 

 

 

嫌な予感をひしひしと感じながら、彼は辿り着いた理事長室のドアを開ける。窓をバックにして、天然の後光を携えた小さい姿が待ちかねたかのようにそこに立っていた。

 

「歓迎ッ! よく来てくれたなハイゼンベルク!」

 

「御託は良い、さっさと用件を話せ」

 

「うっ……相変わらず手厳しいな」

 

開いた扇子を力無く畳むと、理事長は困り顔で用件を述べる。

 

「単刀直入に言おう、ファン感謝祭の出し物が不足していてな。出来れば、何か案を出して欲しい! いや、やってほしい!」

 

今日の彼は冴えてるようだ。嫌な予感をしっかりと的中させたのだから。だが、冴えてる事がこれっぽっちも嬉しくない事は彼も初めてだった。

 

「どうせ、断われないんだろ?」

 

「否ッ! これは君の義務では無い! それ故ッ! 君が嫌であれば断る権利も……ある! だが、気遣い無用! もしもの時は、私とたづなで何とかする! あまりこちらの事情は気にしなくて良い!」

 

何となく、本当に何となくであるが、彼女のその威勢は不恰好な強がりに見えた。

 

本日何度目か分からない溜息を吐くと、彼は彼女に背を向けてこう言った。

 

「今日だけだ。今日だけ考えてやる。もし何も思い付かなかったら、テメエらにぶん投げるからな」

 

「感謝ッ!!」

 

「それで、空き場所はどこだ? まさか、場所も無えのにやれとは言わねえよな?」

 

「勿論だ! ただ、資料が生徒会室にある。生徒会長である彼女に頼んで見せてもらってくれ!」

 

「分かった、じゃあな」

 

彼は少し乱暴にドアを閉めると、生徒会室へと向かう。

 

到着するまでの僅かな間、何か出せる物があるか適当に考えるが、良い案は浮かばなかった。

 

「邪魔するぜ」

 

厳粛な空気の漂うその部屋に、彼のよく知る二名が硬い表情を浮かべて立っていた。思考に耽っている彼女達を横目に、卓上に置かれた地図を勝手に取る。

 

「あ、すまない。気付かなかった」

 

「珍しくつまんねえ面してんな。お得意のジョークはどこいったんだ?」

 

「お、おい貴様! 会長は私の為に思考を割いて下さってるのだぞ! そのようなことを言うんじゃない!」

 

浮かない顔のシンボリルドルフに、申し訳無さそうな表情のエアグルーヴ。普段なら覇気のある顔をしている二人がこうなっているのは珍しいと言えるだろう。

 

この二人をここまで追い詰める難題が一体何なのか気になった彼は、興味本位で訳を尋ねた。

 

「そんじゃ、その会長の思考を割くほどの問題はなんだってんだ?」

 

「私が説明しよう。端的に話せば、ルールを守らない記者がいてね。ファンへの感謝を込めた催しだから、当然取材は優先出来ない。しかし、それを少し強引にしてくる輩がいるのさ」

 

ハイゼンベルクの脳裏にいつぞやの光景が浮かぶ。鋼鉄に秘められた悪魔を解放させた哀れな奴ら。その末路を。

 

「対策してんのか?」

 

「たわけ、してるに決まっているだろう。一応、ファンへの対応が優先されると記載をしたのだが……奴ら、催し物にわざわざ参加してファンの一人として押し入ってきた。何とかして、痛い目を……いや、止める方法は無いものだろうか……」

 

面倒な記者を対策したい運営。出し物の足りない感謝祭。その二つから彼は酷く、悍ましく、思わず懺悔してしまう、それでいて安全なモノを、まるで工業廃水の混ざったドブの水を浄水して飲ませるかの如き発想を、彼は思い付く。

 

否……思い付いてしまった。

 

「おい、今回の祭りでまだ埋まってない場所どこだ?」

 

「ここだ、入り口横に4区画空いている」

 

シンボリルドルフの指が線で区切られた地図を指し示す。入り口から少し入って右、その場所は彼女の言葉通り正方形を描くように丸々4区画空いている。

 

「そうか、じゃあ使わせてもらう。4区画全部な。それと、さっきの面倒な奴らに関してもついでに対策してやるよ」

 

「それは本当か!? だとしたら有難い! それで聞きたいのだが、この4区画を全て使って何の出し物をするつもりなんだ? 危険な物は避けてほしいのだが……」

 

生徒会長の問いかけに、彼は久々にとてつもなく悪い笑みを浮かべながらこう答えた。

 

 

 

「なに、ただの"お化け屋敷"だ! "体には"一切傷を負わねえのを約束してやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボーリング、ボーリング、ボーリング! 遂に正式採用のお時間だ!」

 

学園の廊下を何やら怪しげな器具を持って歩いている一人のウマ娘。よく分からない言葉の羅列を並べながら、あんなに喜ぶ者は恐らく一人しかいない。ゴールドシップである。

 

「お、よお! テイオー! オマエもボーリング行くか?」

 

上機嫌な彼女は横を通り過ぎようとするトウカイテイオーの肩を叩くと、誘いの声を投げ掛けた。だが、相手は間抜けではないようで、彼女の言葉に潜む罠を当然のように看破する。

 

「行かないよ! どうせ、よく分からない穴掘りに連れてかれるんでしょ! 特に何の意味も無いのにさ!」

 

「そう思うだろ? しかーし! 今回は違う! 何せ、今回はあの工場長からの正式依頼だ! ちゃんと意味あるぜ!」

 

「えっ!? ウララのトレーナーもいるの!? じゃあ、なおさら面倒な事起こるじゃん! ボク、絶対行かないからね!」

 

何故、ゴールドシップが普段からボーリング検査を行ったりしているのかは不明だが、今回に限っては彼女の気まぐれでやろうとしている訳では無いらしい。

 

どういうわけか、あの工場長からの直々の依頼だそうだ。わざわざ彼女を呼び付けずとも、自分で全部出来そうな気がするのだが。

 

「なんだ、つまんねえの。じゃあ、ほんとにオマエ抜きで始めるからな〜! 後悔すんなよ!」

 

「後悔なんてしないよ!」

 

トウカイテイオーが誘いを断ると分かった瞬間、黄金船はすぐさま抜錨して目的地へと出港する。廊下を駆けて離れていくその背中を彼女は呆れた表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

学園の入り口から大して距離も離れていない場所。そんな目立つ場所にそそり立つ二台の機械と、悪い笑みを浮かべる二人の悪役の姿。当然、話題にならない訳がない。

 

「ご、ゴールドシップさん? 一体、何をしているのですか?」

 

「よう、マックイーン! 今工場長とボーリング対決してんだ! 今んとこアタシがリードしてるけど、アイツの追い込み次第で抜かれるかもしれねえ!」

 

メジロマックイーンも恐らくはその中の一人なのだろう。だが、肝心の質問に対しての答えは、彼女が望んだようなものでは無かった。

 

「何勝手な事ぬかしてんだ。地盤調査はとっくのとうに終わった。テメエもさっさと片付けろ」

 

「マジで!? ってか、その後何すんだ? 地盤調査したって事はなんか建てんだろ?」

 

「ああ、家建てる」

 

きっと、メジロ家の彼女は非常に困惑した事だろう。彼はまるで"飲み物でも買ってくる"と言わんばかりの気軽さで今の言葉を発したのだから。

 

「おおっ!? 遂にアタシの建築士の資格が役に立つ時が来たのか!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さいまし! 何平然と納得してるんですの!?」

 

「そいつの言う通りだ。設計はもう終わってんだよ。その資格とやらは財布にでもしまっとけ」

 

「そうじゃないですわ!!」

 

何か根本的にズレた会話が繰り広げられ、まともな彼女がとうとう何も言えなくなった所で、今日の作業は終わった。

 

 

 

そして、次の日の朝。この場所に再び赴いたメジロマックイーン。特に用がある訳でも無いのだが、丁度良く通り過ぎる場所にあるが故に何となく様子を見たくなったらしい。

 

だが、彼女は己の目を疑うような光景を見てしまう。

 

「お、おかしいですわ……! どうして、既に土台が完成しているのですか!?」

 

「工場に予め作っておいたヤツを持ってきてぶち込んだだけだ。安心しろ、ちゃんと地盤は最低限固めた」

 

「3分クッキングみてえだな! あれ、そしたらどうやって持って来たんだ?」

 

「……企業秘密だ」

 

頭に疑問符を浮かべるゴールドシップの目の前で、例の人型ロボット達が三体体制で建材をトラックから運び出している。何故かその中に、背の低さが目立つ桜色が混じっていた。

 

「えっほ、えっほ! 持ってきたよトレーナー!」

 

「ああ、そこにでも置いとけ」

 

身の丈程もある資材をハルウララは指示されたブルーシートの上に置く。重くて大変そうであるが、手伝い好きの彼女からしたら苦でも無いのだろう。そうでなければ、花丸の笑顔など浮かべる訳がない。

 

「よーしっ! あとちょっとだ、がんばるぞー!」

 

彼女は可愛らしく自らを鼓舞すると、トラックの荷台に残った資材を全て担ぎ上げて運び始めた。これもまた重そうだ、良いトレーニングになるだろう。

 

なお、手持ち無沙汰になった機械達は彼女からこぼれ落ちた資材を回収していたという。

 

 

 

工事が始まって3日目。

 

家が建った。

 

一体、何をどうやったら歴史上の偉人もびっくりの速度で立派な家が建てられるのだろう。

 

当然、賢い者ほどその異常性を認知する。色々と用があって訪れたアグネスタキオンもそのうちの一人であろう。

 

「やあ、工場長。約束の品が出来たから持ってきた。それにしても……どうやったら三日で家が建つんだい? もしかして、どこかから家を丸ごと持って来たりしたんじゃ無いのかい? 正直、君ならやりそうだ」

 

「機械の手も借りて夜通しやれば意外と早く終わる。ただそれだけだ。おまけに、最低基準ギリギリだからな」

 

「それでも可笑しいと私は思うんだけどね……ほら、これだ」

 

彼女は透明な液体の入った試験管を三本取り出すと、ハイゼンベルクへと手渡した。一体何の薬なのだろうかと野次ウマ共の視線が集う中、彼女はその使い道について問いかけた。

 

「それで、一体どうやって使うつもりなんだい? 君の要望通り、かなり軽い効力、最低極まりない持続性、その二つは叶えたつもりだが」

 

「霧状にして散布する。室内でな」

 

恐らく、殆ど締め切り状態にして行われるであろう散布。話を聞く限り、狙った効果が出ないという訳ではなさそうだ。

 

「ふむ、確かにそれなら問題はない。ただ、その条件下ならもっと強い効き目の物も作れたんだが……」

 

「分かってねえな。こういうのは、自分がおかしい状態だって気付かせねえ方が一番効くんだよ。自分は正常だって思い込ませんのが、まともな奴らには良く刺さる!」

 

「ほう、それは興味深いね。出来上がる直前ぐらいにまた呼んでくれないか? 君の言うそれが本当なのか試してみたい」

 

「構わねえ。だが……後悔すんなよ?」

 

化学と工学。その二つの専門家がお互いに黒い笑みを浮かべている。だが、彼女らを知る者にとってそれは不思議に映る。

 

何せ、あの二人はお世辞にも仲が良いとは言えない者なのだ。

 

その事実に当然ながら気付いたゴールドシップは、その真意を確かめるべく突撃した。

 

「オマエとフランケンシュタインが仲良くやってんの珍しいな」

 

「まあ、利害の一致というやつさ。私の感情の研究と彼の企み。その二つが見事に噛み合ったんだ」

 

不敵に笑う科学者の視線に射抜かれて、彼女は少し嫌な予感を浮かべた。ヤベー奴とヤベー奴を掛け算した結果がまともになるとは思えない。

 

「じゃあ、さっきのヤバそうな薬も工場長に頼まれて作ったやつか」

 

「ああ、その通りだ。とは言っても、あれはただの幻覚剤。揺れるカーテンの端を少々見間違える程度の軽いやつさ。何故だか知らないが、彼はそれぐらいの方が好みらしい」

 

なんだか、聞けば聞くほどハイゼンベルクが危うい趣味の持ち主のように聞こえてくるのは気のせいだろうか。勿論、薬品の提供者側の言い方にも問題があるのは間違いない。

 

こう表現するのも適切ではないが、感謝祭如きで家を建てるという、今更考えてみれば彼女でさえ首を傾げるかもしれない狂気の行動。それ程までに彼を動かす何かがあると考えると、これがただの家で終わる気がしない。

 

というわけで、彼女は彼に直接聞くことにした。

 

「なあなあ、これって最終的に何作るんだ?」

 

「今更聞くのかよ。まあ、"ただの"お化け屋敷だ。あの小せえ理事長に頼まれたんだよ」

 

「お化け屋敷? マジ言ってんのか!? オッサンの工場の地下使った方がよっぽどお化け屋敷だぜ? 見た目ボロいし、雰囲気最悪だし、お化けよりヤベエ怪物もいるしよ」

 

「よし、テメエはどうやらこの家の基礎になりてえみてえだな!」

 

捕まれば確実のコンクリ漬けにされて、どこかの支柱に使われそうだと確信したのか、彼女は爆速で逃げ出した。その背後を悪い笑みを浮かべながらゆっくりと追いかけるハイゼンベルク。

 

そんな二人の鬼ごっこが始まると同時に、今日の作業は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

目に見えて変化の分かるこの三日間。だが、残りの三日間は変化に富んだこれまでと違って、外部からは大して見えない地味な部分の設営だった。

 

出来たてほやほや過ぎる家の中。テーブルや椅子、生活に最低限必要な家具だけが並ぶリビングにて、二人の影が真面目な雰囲気を漂わせていた。

 

「次は、テメエの出番だ。ある意味、完成に一番関わってくる場所かもな」

 

「うーん? よく分かんないけど大事な部分なんだね! わたし頑張るよ!」

 

重要度が高いと言われ、いつものふわふわした表情を気持ちキリッとさせるハルウララ。しかし、気合が入ってピンッと張った尻尾とは裏腹に、彼が持ってきた物はダンボール箱一杯の装飾品であった。

 

「うわわっ!? なにこれ!」

 

「適当に漁ってきた装飾品だ。テメエのやる事は簡単だ! そいつで好きなだけこの家を飾っちまえ! それだけだ!」

 

なんとも不思議なその依頼。本当にそれが、この設営において真に重要な部分なのだろうか。色々と疑惑の残る仕事であるが、彼女は何も疑うことなくそれに楽しみを見出した。

 

「ほんとっ!? じゃあ、キングちゃん達と一緒にやってもいいかな?」

 

「構わねえ、好きにしな」

 

「やったー! ありがとうトレーナー!」

 

ハルウララが友人達を呼びに行くのを見送った後、ハイゼンベルクは家の扉を幾つか開けた先にある最深部、そこにあるやたらと古臭さの残るエレベーターに乗って地下へと消えていった。

 

そんな事も露知らず、ハルウララは偶々手の空いていたキングヘイローとセイウンスカイを連れて戻ってくると、部屋の飾り付けを始めた。

 

「家って数日で建つんだね〜、セイちゃん初めて知りました!」

 

「そんな訳ないでしょって言いたい所だけど……本当に建ってるのよね」

 

彼の行いは聞いただけでは無理だ、不可能だと絶対に思う。だが、そんなまともな奴らの意見を彼はある意味、実力行使で黙らせた。

 

キングヘイローもその行使を受けた一人であった。

 

「そういえばウララさん、貴方のトレーナーが作ってるこの家だけど……何に使うのかしら?」

 

「えっとね、トレーナーはお化け屋敷作るって言ってたよ! でも、本物のお化けさんはいなくて、代わりにロボットが驚かすんだって!」

 

「へぇ〜、お化け屋敷ねえ……でも、工場をそのままお化け屋敷にした方が良くない? 工場自体から不穏な雰囲気ビンビン感じるし。ほら、あの〜……プロペラのお化けもいる事だしさ」

 

彼の工場に赴いた事がある者ならば、誰しもが口走るであろうその意見をセイウンスカイもポロリと漏らす。何故かその言葉の最後の方はやたらと声が小さかったように思えるが、気のせいだろう。

 

「スカイさん、工場自体怖いのは確かよ。だけど、あそこは怖がらせる事を目的として作られてる訳では無いと思うのよ……」

 

「えっと、つまり?」

 

「要は、意図せずして相手を怖がらせる物を作る人が、怖がらせる事を目的とした物を作るのよ? 絶対にまずい物が出来上がるわ……」

 

彼の工場は確かに怖い。夜中に絶対行きたくない場所でもあるし、色々と化けて出そうだ。何なら、出る。真っ昼間から既に化けたのが出る。

 

だが、それはただの副産物に過ぎない。あの場所は彼専用の秘密基地のような物だ。趣味で埋め尽くされた不恰好な家であり、人に見せることなど考えてはいないだろう。

 

そんな彼がまさに今、全ての意識を以って恐怖を作ろうとしているのだ。間違いなく、彼女達の想像を絶する代物が出来上がる筈だ。

 

当日は行かない方が身の為だ。

 

「……確かに。誘われても絶対入らないようにしよ……まだセイちゃん死にたくないので!」

 

「そうね……とりあえず、ここの飾り付けで可能な限り恐怖を緩和してあげないと本当に死人が出るわね。となれば、さっさとやるわよ!」

 

そう言った後に、彼女達はテキパキとこの部屋を整え始める。幸運にも、この家の部屋はどれもなんとなく不気味ではあるが、誤魔化せる範疇だ。装飾品も特に変なものは混じっていない。

 

そのおかげか、彼女達はこの重馬場な雰囲気を何とか良馬場へと変える事に成功した。生活感が溢れる見た目、怖さとは正反対に位置するであろう可愛らしいぱかプチが置かれた棚、彼女達が施した飾り付けは確かに恐怖を否定するものであった。

 

「わーいっ! セイちゃんもキングちゃんもありがとー! 二人のおかげですっごい可愛い部屋になったよ!」

 

「別に大したことじゃないわよ」

 

「うんうん、お陰で色々と合法的にサボ……楽しい休憩が出来たしね!」

 

全身でありがとうをハルウララが表現していると、部屋の奥の方から足音が聞こえてくる。二、三度ドアの開閉の音が響いた後に少し汚れた見た目のハイゼンベルクが姿を現した。

 

そして、彼が放った言葉は一部の者に疑念を抱かせる。

 

「ほう……上出来だ。ちゃんと、"怖くねえ"」

 

「ちょっと待って、お化け屋敷なのに怖くないのよ? どうして上出来になるのかしら?」

 

「簡単な話だ。入り口でビビって逃げられちゃ面白くねえだろ? それに……安心から恐怖に変わる時が、一番キクんだよ……!」

 

笑みを浮かべながら彼はそう言った。彼にとって恐怖はジェットコースターと同じらしい。常に落下し続けていては慣れてしまう。上げて落とすのが真髄だ。

 

「まさか……エレベーターが付いてたのって……」

 

「ああ、そういうことだ。仕事の礼だ、試してみるか?」

 

「ご遠慮しときます!!!」

 

彼女達の思惑すら彼の手のひらの中。自分達はとんでもないことをしてしまったのではという考えが若干脳裏を掠める。だが、やってしまった事はしょうがない。報酬代わりに貰ったジュースを飲んで、二人は何も考えない事にした。

 

なお、残りの一名は元々なにも考えてなかったようで、単純にジュースを奢って貰った事を喜んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファン感謝祭当日、単純に楽しみに来たファン達が続々と押し寄せる中、エアグルーヴは例の問題の対応に追われていた。

 

「申し訳ないのですが、今回は希望する者以外への取材はお断りさせて頂きます」

 

彼女が面倒な記者達に注意をする度に、野次と撮影のフラッシュが飛ぶ。苦手なその光に思わず目を閉じる彼女。

 

「っ……! フラッシュ撮影はご遠慮願います!」

 

丁寧な言葉で幾ら言葉を並べようと、スクープを求める者達の行動は止まらない。

 

ある時を境に熱を持っていたその空気が一瞬にして冷め切った。

 

「どうした? 撮らねえのか? 写真を撮って有る事無い事書きまくるのがテメエらの仕事だろ?」

 

その静けさに違和感を感じて目を開けると、そこに映ったのはくたびれたコートだった。

 

右手で一人の記者の頭を鷲掴みにし、左肩に鉄槌を乗せ、吸い口を切っただけの火の無い葉巻を咥えた完全装備のハイゼンベルクがニヒルな笑みを携えて、エアグルーヴの眼前に立っていた。

 

「悪い、離すのを忘れてた」

 

含みのある言い方で彼は捕まえていた記者を解放する。こめかみを痛そうに抑えているが、何一つ構わずに彼は言葉を連ねる。

 

「親愛なる記者達諸君。見たところ、例に漏れずこのお堅い副会長に叱られてたようだな! まあ、それも当然だ。今回のパーティーには記者はお呼びじゃねえからな」

 

突然始まった演説に記者達にざわめきが走る。

 

「だが、脳みそカメラに置き換えたテメエらにちょっとした朗報だ! こいつにはな……抜け道がある! 要は、適当な施設を利用して、記者じゃなくファンになっちまえば良い」

 

罵倒混じりのその言葉。良い気分になる訳が無いが、彼の抜け道という言葉に記者達は興味を示した。

 

ルール違反を回避出来るなら、した方が良いだろう。そうすれば、合法的に情報収集が可能なのだから。

 

「ああ、テメエらの言いたい事は分かる。利用すると言っても、普通の施設は今大行列だ。そんな事してたら日が暮れちまうよなあ? 大事な取材をする時間が無くなっちまう」

 

そう言われて、彼らは周囲を見回した。確かにかなりの人混みだ。施設を利用するとしたら、工場長の言う通りかなりの時間が掛かってしまうのは間違いない。

 

「そこでだ、穴場を教えてやる。この先入って右側に普通の家を丸ごと使ったお化け屋敷がある。今なら、待ち時間無しで使える。駆け抜ければ20分も掛からねえ! どうだ? せっかちなテメエらにはうってつけだろ?」

 

今の彼らにとって魅力的な提案だ。だが、当然ながら怪しさ満点。何か裏があると勘繰ってしまう。

 

「そろそろ気づいた奴もいるだろ。そうだ、俺が作った。あんまり人気が無いんでな、こうしてわざわざセールスしに来てんだよ!」

 

彼らが抱いていた疑いはその言葉によって晴らされた。この男、ただ自分が作ったアトラクションの人気が無かったからこうやって不器用な誘い文句で誘導しているだけなのだ。

 

そんな、記者達の沈黙に対し彼は少し違った解釈をした。

 

「安心しな、一般人なら"ああ、クソ!"や"マジかよ!"とか、適当にほざいてれば耐えられる程度の怖さだ! 怖いモンが苦手な奴でも気にしなくて良いぜ?」

 

そうして、演説を終えた彼は右手をお化け屋敷の方向へと向ける。警戒の解けた記者達はぞろぞろとその方角へと進んでいく。そして、学園の正門前は邪魔者が消えて円滑な人の流れが復活した。

 

なんというか、不思議なものだ。交渉も日常の会話も愛想の無い彼が、何故か人を嵌める時だけやたらと口の回る演説者となる。その変わり身は、一番近くで見ていたエアグルーヴを驚愕させた。

 

「信じられん……どうしてあの者達をいとも簡単に誘導出来るのだ……」

 

だが、肝心なのはここから。工場長の言っていた事が正しければ、彼らはすぐに戻ってきてしまうだろう。

 

「お、おい! 本当に今ので大丈夫なのか? 20分程で戻ってくる気がするのだが……」

 

「ああ、気にすんな。今日一日、"帰ってこねえよ"」

 

「……っ! 貴様、まさか屋敷の中に何か危害を加える物を!」

 

「ハッハッハッハ!! 危害? んなモンこれっぽっちも無えな! 俺は言ったはずだぜ? "肉体には一切傷付けねえ"ってな!」

 

「だが……! そうでなければどうして彼らが戻って来ないと言えるのだ!」

 

「そんなに気になるか? だったら、簡単な方法があるぜ。確かめてみりゃ良いのさ! テメエ自身の体でな!」

 

ハイゼンベルクの裸の双眸がエアグルーヴを貫く。自身へと向けられた、ニヒルではない本当の笑み。その瞳の中に、彼女は彼の狂気を見た。

 

「わ、私はまだやる事がある……あ、遊び呆けている暇はない……!」

 

「ほう、残念だ。副会長のお墨付きが貰えると思ったのによ」

 

副会長の青ざめた表情から放たれた断りの言葉を聞き、彼はうわべだけ落胆したように言葉を吐く。そして、これから最高の楽しみが待っているかのように、黒々しい笑みを浮かべるとお化け屋敷の方向へと歩いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、エルチキ! お化け屋敷行こうぜ!」

 

「チキンじゃなくてコンドルデース!! というか、お化け屋敷ってあのウララのトレーナーが作ったやつデスか?」

 

「おう、そうだぜ! もしかしてビビったか?」

 

「ゴルシ先輩はエルを侮りすぎデス! そもそも、エル達は工場のプロペラに追われ、校舎で巨人に追われた経験がありマス! そんじょそこらの怖さはもう慣れっこデース!」

 

「わかってんじゃねえかエルチキ! アタシ達が一番最初にクリアして、工場長に言ってやろうぜ! 全然怖くなかったってな!」

 

 

 

 

 

「やあ……カフェ」

 

「タキオンさん? 顔色悪いですがどうかしましたか?」

 

「いや、顔色は気にしなくていい。それよりも、君の友人として伝えておかねばならない事がある」

 

「伝えておかねばならない事?」

 

「今回のファン感謝祭に出ているお化け屋敷。あれは行ってはいけない。思い出すことすら悍しく感じてしまうから端的に話すが……あそこにあるのは恐怖という言葉で括って良い物じゃない……! あれは……ハイゼンベルクという男の狂気だ……!」

 

「そんな大袈裟な……いえ、分かりました。行かないようにしておきます」

 

「ああ、その方が賢明だよ。それじゃあ私は少し休んでくるよ……」

 

「あ……行ってしまいましたか。まさか……貴方と同じ事をお友達からも言われるなんて……一体中で何が?」

 

 

 

 

 

 

「あっ! お客さん! お化け屋敷に入りに来たんだよね? あのねあのね! このお化け屋敷、私も作ったんだよ! それで、全然怖くないように頑張って飾りつけしたんだ! だから、全然怖くないお化け屋敷なんだ!」

 

「そうだ! ライトあげるね! えーとね、トレーナーが入るひとに渡してって言ってたんだ! じゃあ行ってらっしゃーい! 頑張ってねー!」

 

 

 

 

 

そうして、彼の作ったお化け屋敷は特別枠で表彰されると共に、学園の禁忌にひっそりと追加されたそうだ。

 

"彼に恐怖要素がある物を作らせてはならない"、そんな一文を添えて。

 

 




お化け屋敷
見た目は二階建ての普通の家。入り口と部屋に施された可愛らしい装飾に加え、ハルウララが看板娘を務めるという事もあり、あまり怖くなさそうだ。






大嘘である。

創造主のハイゼンベルク曰く、"ただの劣化コピー"のようで、参考元と比較すればあんまり怖くないと言う。
だが、その言葉とは裏腹に、悪質な記者は勿論、恐怖耐性があると自称するウマ娘達、出し物の審査員、ましてや視察に来た理事長でさえ例外なくその意識を屠り去った"家の形をした怪物"である。
一応、犠牲者達は中で動く"何か"によって運ばれ、最終的に屋敷の裏側へ放り捨てられている。

また、この施設の生還者はミホノブルボン一人だけ。野次ウマ達が中の詳細を聞こうとしたが、ファンが抱いていた赤ん坊の鳴き声を聞くなり、顔面蒼白となって逃げてしまったそうだ。

一体、中で何があったのだろう?

なお、会場内で配られるパンフレットに書かれた説明文は非常に淡白なものだった。



『一般人に満たない心臓の持ち主はご利用をお控え下さい』


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