学園での授業が終わった放課後、カフェテリアにて三人のウマ娘が神妙な顔付きで向かい合っていた。そのうちの一人であるキングヘイローは両肘をテーブルにつくと、ゆっくりと話を切り出した。
「二人にお聞きするわ……今回、なぜこんな機会を設けたかお分かりかしら?」
「いや、まあ……なんとなく察しはしてるけど」
「多分……分かってます!」
一人怪しい者がいるが、問題なく話を進める。
「……まあ良いわ。話というのはウララさんの事よ」
「分かりました! この前ウララちゃんが言ってた事ですね!」
「多分、スペちゃんが思ってる事とは違うと思うんだよねえ」
「あれ? にんじんジュースの話じゃないんですか?」
どうやらキングヘイロー、セイウンスカイの二名とは、違った事を考えていたスペシャルウィーク。彼女はそれ以外だと何も思いつかないと言わんばかりにキョトンとした表情を浮かべていた。
しかし、その様子を見ても一流ウマ娘が動じる事はない。紅茶を上品に一口飲むと、肝心の内容について話し始めた。
「少し前からだったかしら? ウララさんから良く聞くのよ……お化けと友達になったって、始めはただの夢の中のお話かと思っていたのだけれど……」
彼女は段々と顔を青ざめさせながら一息吐くと、落ち着かなそうに続きを話す。
「最近、そのお化けに名前までつけ始めたのよ……しかも、一緒にレースしたって言っていたわ。いつもなら空想の話だと思って気にしないわ。でも……やたらとリアリティがあると言うか……描写が細かいというか……それで気になったのよ」
その話を聞いたスペシャルウィークはキングヘイローと同じく顔を青ざめさせていた。しかし、セイウンスカイは彼女とは異なり驚愕の表情を浮かべていた。
「え? え? キング待って、私はその話知らない! ずっと逃げ続けるボールの話じゃ無いの?」
「え? 逆に私はその話を知らないわ……」
「もしかして、にんじんジュースの話も……!」
「ごめんスペちゃん、それは知ってる」
「私も知ってるわ」
一人だけ持ちネタが無くなったからか、スペシャルウィークは一人机に突っ伏して"何で知ってるの……"と力無く呟いていた。
「……まあ、単刀直入に言えばウララが気になるってこと?」
「え、ええ、そうよ。だからちょっと何してるのか調べたいのよね」
「ほほう、キングともあろう者が尾行ですかな?」
「う、煩いわね! 仕方ないでしょ! こうするしか無いんだから!」
「うーん? 直接聞くのはダメなのかな?」
スペシャルウィークのその発言にセイウンスカイはどこか納得したかのように感心の声を上げる。しかし、キングヘイローの表情はその真逆であった。
「聞いてもダメだったわ。いえ、正直に言うなら私が理解出来なかったのよ!」
「それってどんな感じで言ってたの?」
セイウンスカイは意地悪な笑みを浮かべてそう言った。
「どうだったかしら? ビューンとかブルルンとか擬音がやたらと多かっ……スカイさん! なんであなた笑ってるのよ!」
「にゃはは! いや、だってさ、キングがビューンとか言ってるのを見たら違和感がすごくて! あはははは!」
「スペシャルウィークさんも何故そっぽを向いているの……! こちらへちゃんと向いて頂けないかしら?」
「いや、ちょっと、それは……難しい……ですっ……!!」
手で口を押さえ、ニヤけた顔を明後日の方向へ向け何とか笑いを押し殺そうとしている彼女だが、残念な事にキングヘイローの顔を見ると笑いが込み上げてきてしまい、前を向けずにいた。
なお、セイウンスカイは普通に爆笑している。
「あーごめんごめん! そんじゃ、行きますか!」
キングの機嫌が悪くなりすぎる前に彼女は立ち上がってそう言った。
「……え?」
「え? じゃなくてさ、行くんでしょ? ウララのとこ」
「え、ええ! 当たり前じゃない。このキングに不安要素は何一つあってはならないのよ! お二人には私の懸念を取り除く権利をあげるわ!!」
「うんうん、いつものキングが戻ってきたねー」
「あれ? 結局ウララちゃんの後を尾けるって事でいいのかな?」
「そう言う事になるねー。まあ、キングなら尾行も"一流"だから大丈夫でしょう!」
セイウンスカイの言う一流はどうやらキングヘイローのお気に召さなかったようで、この後ハルウララが現れるまで、耳にタコが出来るほど一流とは何かを叩き込まれた彼女であった。
無事にハルウララを見つけ、バレないように尾行し始めた三人。しかし、尾行が下手なのか、彼女の勘がいいのか分からないが、何度か見つかりかける事があった。
「むむむ? さっきキングちゃんの声が聞こえたぞ! あれ? 誰もいないや! うーん……気のせいかな?」
彼女は目的地に着くまでに何度も振り返った。しかし、その度に見えたのはただの木だったり、猫の鳴き声だったりと特に何も無かった。そのせいもあり、今日の彼女は首を傾げながら工場への道を進んでいった。
「……嘘!? あの道を通るの? あんな道、携帯の地図にも載ってないわよ!」
「キングちゃん、あれは正規の道じゃないから載ってないだけだと思うよ?」
「まあ、見るからに後から無理矢理作りましたって感じだもんねー」
影の薄い道へと曲がっていくハルウララに三人はゆっくりと続く。そのまま進んでいって見えてきたのは明らかにヤバそうなフェンスの扉だった。
「えーっと、これだ!」
彼女はポケットから三人の前で貰っていたエンブレムを取り出すと、それを横にある謎の機械にかざす。すると、先程まで閉じていた扉が勝手に開き、彼女を招き入れたのだ。
そのまま、彼女は扉を開けっぱなしにして奥の方へと駆けて行った。
「流石、ウララってところかな?」
「見事に開けっ放しだね……」
「まあ、今回ばかりはそれに助けられたわ。あのセキュリティじゃ、こそこそ侵入なんて出来そうにないしね」
結局、開け放たれている扉から堂々と侵入を開始する。しかし、彼女達が通り過ぎた瞬間、扉はひとりでに閉まった。そして、間髪入れずに警報が鳴り響く。
こうなったら自棄だと言わんばかりに、彼女達はそれぞれ別方向に逃げようと地面を踏みしめる。だが、足を支えてくれる筈の地面は全員を喰らうかのように大口を開けたのだ。
巨大な落とし穴にそのまま落ちていく三人。底にはちゃんとキューブ状のスポンジが敷き詰められており、怪我は全くなかった。しかし、肝心の地面は彼女らの数メートル上。ジャンプしようにも踏めるのはスポンジだけだ。
「この安全性に地味に配慮してるとこ、なんかムカつくわね」
キングヘイローはスポンジキューブを一つ手に取り、眉をムッと寄せてそう言った。
「私は怪我しなくて良かったと思うんだけど……どうして?」
「あの悪人面でちゃんと色々考えてる所がムカつくのよ。口調も見た目も悪者っぽいなら行動もそれっぽくしてもらった方がこっちもやり易いのよ!」
「そいつは悪かったな!」
「ひゃあっ!?」
彼女が正方形の空を見上げると、その縁から葉巻を咥えた悪人面がその姿を見せる。彼は、余裕綽々と口から紫煙を燻らした。
「おい! テメエの大好きなお友達のご登場だ!」
遠くからハルウララの驚く声が聞こえた後、バタバタという足音と共にいつもの顔がこちらを覗く。
「あれっ!? キングちゃんにセイちゃんにスペちゃんだ! みんな面白そうな事してるねっ! わたしも混ぜてほしいな!」
そう言うなり彼女は数メートル下のスポンジの大地へと躊躇いなく飛び込んだ。その横では溜息を吐く彼女のトレーナーの姿が。
「おい! テメエが下に降りたら誰がそいつらを引っ張り上げるんだよ!」
「あっ、そっか! どうしようトレーナー! 間違えて降りちゃった!」
「ったく、何のために呼んだのか分かんなくなるぜ」
彼は悪態を吐きつつも縄梯子をちゃんと下ろしてやった。全員を回収した後、自動的にキングヘイロー達をしっかりと無力化した落とし穴はゆっくりと閉じる。
セイウンスカイは驚いた表情で閉じた部分を探るが、そこに繋ぎ目など一切ない。目を凝らしてもただの地面にしか見えない、完璧なカモフラージュだった。
その後、三人は工場にてパイプ椅子に座らされ、事情聴取をされていた。しかし、事情聴取と言いはしたが、実際はただのお喋りのような緩い空気感が漂っていた。
「はい! スペちゃんの分!」
「わあ! ありがとう! ウララちゃん!」
その原因は完全にハルウララであろう。勝手に犯人グループに対しにんじんジュースを配り始めた時には、流石に彼女のトレーナーも一言突っ込んでいた。
「おい、一本ごとじゃなく5本でも何本でも好きなだけくれてやれ」
「えっ! 良いの?」
「あのな、テメエのせいでどんだけ冷蔵庫が圧迫されてると思ってやがる! 扉を開けたら人参カラーで満たされる俺の気持ちをちったあ考えろ!」
「トレーナーの気持ち……? にんじんジュースいっぱいで嬉しいってことかな?」
「いや、もういい。さっさと消費しろ」
微妙に突っ込みどころが違う気がするが、気のせいだろう。
そんなゆるゆる空気感の中、溜息混じりに口を開いたのは工場長であった。
「ったく、何で侵入なんてしたんだ? まあ、お陰様で対策用の罠がちゃんと動いた所を見れたがな」
「ウララさんの最近の話がちょっと変だったから、このキングが様子を見に来てあげたのよ!」
「ほう、どうやらお嬢様ってのは常識を知らねえらしいな? 人様の土地に入るんだったらまずは許可を貰うべきだろ」
この悪そうな見た目から飛び出したド正論に、ぐうの音も出ない彼女であった。
「直接聞けと言いてえとこだが、テメエらからしたら、俺は怪しい事この上無しなんだろ? そんな奴の言い分は信じられねえよなあ? だから、この目で確かめるべく侵入したって所か。まあ、理に適ってるな」
器用にナイフを片手でお手玉しながら、彼は勝手に予想を立て、勝手に納得する。だが、その推理はキングヘイローの核心を確かに突っついていた。
「いやー、良く分かるねー。ウララのトレーナーってもしかして名探偵?」
「違えよ、外れた道の事を良く知ってるってだけだ」
「外れた道?」
「悪人の考えって事だ」
「ほうほう、つまりキングは悪人っと……」
「ちょっと!? 何勝手にふざけた肩書きをつけてるのよ!」
「ヘッ、じゃあ次から不法侵入はやめるこった」
彼はそう言うとナイフをこなれた手つきで投擲する。投げた先にあるのはただのコルクボード。そこに貼り付けられた紙に綺麗にナイフは突き刺さる。紙にはつば広の黒い帽子が描かれていた。
「そんで、コイツは何てほざいてたんだ?」
ボードからナイフを抜き取り、その持ち手で自らの仮担当しているウマ娘を指し示す。
当の本人はスペシャルウィークとにんじんジュースの大食い対決をしているのだろうか。彼女達の後ろにはいつの間にかとんでもない量のペットボトルの空き容器が転がっていた。
「にんじんジュースが沢山あるって話を聞きました!」
スペシャルウィークは手に持った容器の中身を一瞬で飲み干すと、どこか満足げにそう言った。
「あ、ああ、間違ってはねえ。てか、テメエら二人で何本飲んでんだ? 別に構わねえけどよ……」
「わたしはまだ5本しか飲んでないよー!」
「……マジかよ」
どうやら大食いをしていたのは一人だったようだ。
あの体積がどうやったら胃の中に収まるのか分からず、一人表情を引き攣らせていた。
「にゃはは! やっぱ普通そうなるよね! 慣れって怖いねー? アレ見ても何とも思わなくなるんだからさ!」
「ウマ娘ってあんなに食うのか?」
「あれ? ウララのトレーナーは知らないの? 私たちウマ娘は一般人よりも食事量が多いんだよ」
「これ、義務教育の内容よ? 知らないなんて事あるかしら?」
「んな義務教育は知らねえな……」
キングヘイローの得意気な視線が彼へと突き刺さる。彼はそれを鼻で笑うと、静かに帽子を深く被り直した。
「そんで、それだけか?」
「いやいや、まだあるよー? 私が聞いたのは、勝手に逃げるボールの話かな」
「ああ、そいつか。説明するよりも見たほうが早えな」
彼は棚から真っ黒なボールを取り出すと、地面に放り投げる。相変わらず重そうな金属音を鳴らすそれを足で踏みつけると、お馴染みの台詞を吐いた。
「じゃあ、俺とテメエらでゲームといこうか?」
「ゲームっ!? わーいわーい!」
「ちょっと!? 私はやるなんて一言も言ってないわ!」
「おっと、一流のお嬢様は椅子に座ってふんぞり返ってるのが美学らしい。是非とも見習いたいもんだぜ?」
「あら? 一流に相応しくない事はしない主義なのよ?」
彼は呆れた様子で彼女を皮肉る。とても様になっているのが不思議な部分だ。そんな売り言葉を投げられようとも彼女は動じない。返った言葉は自身の道を貫き通す意思表示であった。
「出された料理を食べもせず突き返す一流……ねえ? 随分と立派なエゴをお持ちのようだ」
しかし、彼の言葉は止まらない。皮肉の詰まったソーセージでも生産しているのだろうか。連なるように煽り文句が次々と顔を出す。
「まあ、好きなだけそこの座り心地の悪い椅子で惰眠でも何でも貪ると良いさ。他の奴らが元気にこの勝負に勝つとこを見ながらな!」
「……ルールを説明しなさい!」
「そうこなくっちゃな……!」
皮肉のマシンガンが彼女の琴線に触れるどころか、粉々に破壊したようだ。余裕の消えた表情を見て、彼は言葉を付け加えた。
「テメエらから見たら俺はただの怪しい男かも知れねえが、こう見えても俺はエンジニアなんでね。技術ってもんだけは良く知ってる」
彼は地面のボールをいつの間にか持っていた葉巻で指し示すと、更に言葉を添える。
「実はコイツには、あの能天気野郎から確実に逃げられるように俺の知る最高の技術が詰まってる! 言い換えれば"一流"の技術だ! テメエは言ってたよな? 自分が一流だってよ?」
キングヘイローにニヒルな笑みを浮かべた彼の視線が突き刺さる。一流とは無縁と思われる容姿や態度だが、その中には彼女とはまた違った一流が確かに存在した。
「おっと、勿体ぶっちまったな。簡単に言えばこうだ! 俺の"一流"と、テメエの"一流"! どっちが強えか勝負といこうじゃねえか!」
「望む所よ!! 本当の一流がなんたるかをこのキングが貴方に教えてあげるわ! おーっほっほっほっほ!!」
高貴な笑い声と下賤な笑い声が同時に響く。彼女を完全にやる気にさせたその手腕に、セイウンスカイは一人感心した表情を浮かべていた。
「ルールは簡単だ! 俺が蹴ったボールをテメエらが取ってくるだけ! しかも、四人掛かりで構わねえ! 誰か一人でもコイツを取ってこれたらテメエらの勝ちだ! そんじゃあ、行ってこい!」
彼はボールから足を離す。すると、ひとりでにボールは急加速して工場の外へと出て行った。己のプライドが掛かったお嬢様がその後に続き、にんじんジュース大好き二人組が更にその後に続いた。
セイウンスカイは一人だけその後を追いかけずに、ゆっくりと伸びをして固まった体を解していた。
「いやー、お嬢様の扱いが上手いねー! 私、思わず感心しちゃったよ」
「昔、アレより図体もエゴもデカイ奴と関わってたもんでね。そいつと比べれば生温いってもんだ」
「ええ……? アレよりデカイ奴?」
「あのお嬢様を五倍して、生徒会長を足せば大体似たような性格になるかもな。あー……いや、それじゃ足りねえな」
その言葉に一体どんな奴なのか、想像もつかない彼女。そもそも、お嬢様を五倍の時点で彼女の脳みそは理解を拒んだ。
「一応、テメエらが勝ったら何か賞金的なもんを考えといてやる」
「ほほう、それは良い事を聞いた! 私もちょこーっと頑張っちゃいますか!」
「期待すんなよ」
「はいはーい」
どうやら、彼は彼女のやる気を出させるのにも長けていたようだ。意気揚々と向かっていくその後ろ姿を見ながら、彼は静かに葉巻に火をつけた。
味わうようにゆっくりと紫煙を吐いた後、作業机の置かれたリモコンに表示されているPowerと書かれた値を40から100まで上げたのだった。
ボール
どこかの誰かさんが気まぐれに作った機械のボール。一回だけ本気で改良をした結果、完全防水に加えて泥・砂・雪など殆どの悪路を走破できる様になった。
実は水上も走れる。