白石玉子は思い出す。斉藤踏歌の名前を初めて知った日のことを。
「だって、人が死んだ話を観て泣くのと人の不幸を笑うのは同じことじゃないの?」
クラスで聞こえてきた声。振り返ると後ろのほうで何人かの女子たちが、この夏一番泣けるって話題の映画の話をしてる。今の言ったの誰だろ?あ、あの子か。名前なんていうのかな。
ひとが死ぬ話はこの世界に溢れていて、たくさんのひとたちがそういうのを読んだり見たりして涙を流す。私はそういうのずっと嫌だと思ってたけど、あんまりまわりに理解されない。冷たい人なんだと思われたりもする。でも家族でさえわかってくれないこの気持ちを、あの子は言葉にした。私と同じ気持ちの人がいた。私はその子から目が離せなくなる。
目が合う。まわりの子もその子の視線に気づいてこっちを見る。ちょっと、というかかなり見すぎた。また変な行動をしてしまったかな。学校という場所はまだ慣れない。
「ねえほら、踏歌がへんなこというから白石さんもこっちみてるよ」
その子のとなりの子が言う。
踏歌って言うのかあの子。
このクラスはみんな下の名前で呼び合ってるんだけど、私だけ苗字で呼ばれるのは、たぶん私が転校生だから。
病気のことや、私が小さいときからずっと入院してて学校という所に来るのが初めてなことは、学校の誰にも言ってなくてみんな知らないから関係ないはず。
でも、学校の中のルールを知らなくておかしな行動をしてるのは関係あるかも。
たとえば授業中にトイレ行くのに許可が必要なんて知らなかった。なんのためにこんな変なルールがあるんだろう。
またあの子を見る。目が合う。あの子もこっち見てた。目をそらす。
なんだか心臓がドキドキする。発作かな。ポケットの中の薬をにぎりしめる。あ、治まってきた。よかった。私、まだ生きられる。
私がいた病院は子供がいっぱいいたけど、重い病気の子しかいなかったから基本的にあそこに退院っていうのはなくて、いなくなるっていうのは、つまり…そういうことだった。
大きくなるまでいられる子はあんまりいないから、私がこうして今も生きてるのはとてもとても幸せなことだと思う。しかも最後にふつうの学生生活を送りたいっていうわがまままで叶えてもらっている。私は本当に運が良くて、恵まれてる。
自分の番が来るのを知ったときは少しだけあわてたけど、今は毎日楽しく生きている。というか生きてるって楽しい。おいしいものを食べておいしいって思えたり、きれいなものを見て感動できたり、今みたいに誰かと同じ気持ちだと知ることができたり。
死んだら何もない。ただからっぽなだけ。
同じ部屋だった子がいなくなった次の朝のからっぽのベッド、あれと同じ。さみしくて、かなしくて、底の見えない暗い穴を覗いたみたいで怖くて震える。
あ、あの子がこっちに来る。なんだろ。でも友達になれたらいいな。