「幸福について、君はどう思う?」
「質問を質問で返すようで大変恐縮だが、どうとは?」
「端的に言うならば、人の幸福とは何か、また人は幸福であるべきなのか、ということさ」
「それは勿論、幸福であるべきだと思う。それこそ尊い物であり、誰しもが望んでいることだからね」
「ならば人は、尽きることのない幸福を、延々と享受し続けるべきだと?」
「できるならそうするべきだろうね。そんなものがあればの話だが」
「そう。そんなものはない。幸福には上限値がある。脳の受容体が受け入れられる上限が。そして神経は、苦痛とストレスにこそ敏感で、快楽や幸福にはひどく鈍い」
「苦痛は瞬時に気づくが、一般的な人間が幸せに気付くのは、何でもないふとした瞬間が多いものな」
「生物というのは基本的に、慣らしていくものだ。環境に、集団に、強者に、不条理に。それは感覚だって同じだから、スパイは尋問に対する訓練を受けるし、幸せの絶頂みたいなアーティストは薬に走るんだ」
「要するに、君は何が言いたいんだ?」
「物事に終わりがあるように、幸せにも終わりがある。夫婦の仲が冷めていくのは環境に慣れてきたからであり、流行の曲が聞かれなくなっていくのは曲に慣れてきたからだ。そしてその幸福への慣れという贅沢な感覚を締め直してくれるのが、他ならぬ不幸だというわけさ」
「ストレスからの解放は、マイナスがフラットに戻っただけなのに、ともすればプラスになったように錯覚してしまう――そのようなものか?」
「ああ。不幸と幸福は違うようで、同じようなものなのさ。不幸に遭うという、幸運。そういったものもまたあるだろう。失敗から学ぶ経験だって多い」
「なるほど。今この瞬間について、君はどちらだと思う?」
「不幸が幸運か、という話なら、どちらでもないと答える。こんな下らない問答は、日常茶飯事の手慰みさ。尤も、まだ自覚していないだけの幸福かもしれないが」
「そうか」
「付き合わされる君にとっては、不幸ということこの上ないだろうが」
「私にとって最も幸せなのは、今この瞬間さ。君と他愛無い話をしている時こそが、この何でもない瞬間こそが幸せなのだと実感する」
「君のような才媛にとって、もっと幸せなことは世の中にたくさんあるさ。僕みたいな
「ならば、君と出会った不幸を楽しんでいると、そう解釈してくれ」
彼女が肩を寄せた。
「幸せだ。それに尽きる」