ブライアン「セイッ! shadow break!」
このネタが好きで、何番煎じかわからない駄文を書いてしまいました。
キャラの心情を忠実に書ければいいんだけどなぁ……、たまにいるゴルシ再現勢は本当に尊敬します。
空はどんよりとした雲に覆われていた。天気予報では雪がちらつく可能性があるという。
凍てつく空気がボロボロの肺に突き刺さって痛い。思わず悪態をつく。
屈腱炎寸前と言われた足の状態は完全に良くなったわけじゃない。体調だって最悪だ。復帰が秋の暮れになったせいで練習もまともにできていない。
つまるところ、今のアタシはこうして中山の芝を踏みしめられているだけでも奇跡に近かった。
トレーナーには、止められた。そもそもこのレースだって出れたのはタンホイザにトラブルがあったからに過ぎない。
下バ評は最悪だ。復帰レースで4番人気だった帝王のような人気だってない。不調を押して出場させたとしてトレーナーに疑惑の目を向ける人だっている。こんな中で出場した自分が阿呆らしく思えてくる。
だけど、と独白を止めて意識を外に向ける。
トレードマークのシャドーロールを首に留め、肩にかけているだけの学ランは風にはためく。そしてその表情は、クラシック級を終えたばかりのウマ娘とは思えないほど堂々と、いや、それは一切の感情が感じられない無表情。
ライスシャワーやナイスネイチャ。
伝説とも呼ばれる戦いを潜り抜けてきた古豪すらもどうでもいいと言わんばかりに、その瞳はただ虚空だけを見つめていた。
「……ナリタブライアン」
ルドルフ以来の三冠を、それも圧倒的な強さで制したウマ娘。あのハヤヒデを『ブライアンの姉』という評価にしてせしめた実力。アタシが皐月賞以来影を踏むこともできなかったアイツを、一瞬のうちに地平線の彼方に置いて行ってしまった少女。
ああ、この勝負はかなり絶望的だ。どんなゲームだってこんな化け物をラスボスに置くことはしないだろう。
だけど、勝たなきゃいけない。
嵐を告げるファンファーレが、年末のコースに鳴り響いた。
ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、そしてアタシ、ナリタタイシンの三人はBNWと呼ばれ、ライバルとして数々の勝負を繰り広げた。
菊花賞以降はハヤヒデが頭一つ抜けた状態になっていたけど、それでもチケットとアタシはハヤヒデに勝とうと努力を重ねていたし、ハヤヒデもそんなアタシたちを好敵手と認めて切磋琢磨していた。
そんなアタシたちが久々にターフで戦う予定になっていたはずの天皇賞秋の注目と言ったら、かつてのTM対決を越えているのではないかとすら思えるほど。
ビワハヤヒデが強さを見せるか、ウイニングチケットが差し切るか。それともバ群を切り裂いてナリタタイシンがレースを制するか。
世論は勝負の結末を予想して熱狂し、取材を迫る記者の波は耐えることがなくて。
だけど、アタシは天皇賞に出れなかった。
夏前に診断を受けた結果発覚した足の不調。屈腱炎になるギリギリと述べられてしまえば天皇賞は回避せざるを得ない。
突如消え去ったライバルとの勝負の舞台。目的を失って自棄気味に過ごして過ぎ去ってゆく日々。
リハビリに意味を見出せなくなっていたアタシを元気づけようとしてか、トレーナーは嫌がるアタシを抱きかかえて天皇賞の中継を見せた。
そして、見てしまった。
バ群に沈んでゆくハヤヒデ、苦しい表情を浮かべて伸びを欠いたチケット。
言ってしまえばレース中の故障。アタシが回避した屈腱炎の発症。
よくある話と片付けることはできるかもしれないけど、普段あれだけ無関心を装えていたはずのアタシの心はこの時ばかりは仮面で偽ることができなかった。
いつもと変わらない元気な様子を見せようとあがくウイニングチケットと、普段の自信満々な雰囲気が一切感じられないビワハヤヒデ。
最強とまで言われたBNWが、ボロボロになった姿がそこにはあった。
『さぁ、全員好スタートを切った有マ記念。中山の舞台に14人の実力者たちが飛び出していきます』
『1番人気のナリタブライアン、順調なスタートを切りましたね。ここからの2500ⅿ、彼女を中心にレースが回っていくことは疑いようがないでしょう』
後方二番手に控えたアタシは、息を整えて現在の立ち位置を確認する。
何時ものごとく軽快に飛び出してぐんぐんと差を広げていくツインターボ。大舞台でも全開のジェットエンジンは観客の大歓声を受けてとどまることなく加速してく。
ナリタブライアンは先頭から四番手。淀の刺客ことライスシャワーはそのすぐ後ろにつけた。ヒシアマゾンはアタシのすぐ前方を走っていく。
始まってしまえばアドレナリンが麻薬のごとく痛みを忘れさせてくれる。足の運びは今のところ問題はない。
勝負所は最終コーナーから。どうかそこまで持ってくれとアタシらしくもなく心の中で呟いた。
「……なぁタイシン、頼みがあるんだ」
その日、何時ものように本に落としていた視線をアタシに向けて、ハヤヒデは口を開く。
ウマ娘用の療養所。チケットとハヤヒデの部屋を交互に訪れて、特に何をするでもなく好き勝手に過ごしたり、時に学校のことについて話したり。チケットがバカ騒ぎするせいで怒られたこともあったっけ。
そんな彼女とは対照的に日によっては互いに一言も発しないこともあったから、ハヤヒデが、しかもアタシなんかに頼みごとをするなんて意外で。スマホから顔が瞬時に起き上がるのが自分でもわかった。
「……何?」
「有マ記念に出て、ナリタブライアンに、……私の妹に勝ってほしい」
「は?」
「有マ記念に出て私の妹に勝ってくれないか」
聞き間違いか冗談かと思って聞き返してしまったが、彼女が口にする言葉は一語一句変わらず、しかも言い直した分力強さを増している。
「……本気?」
「ああ。……もちろんわかっているさ。君だってレースに出れるだけでかなり状態は悪い。それであのブライアンに勝てだなんて、私が君なら呆れているだろう」
そう言って笑みを浮かべるが、黄金色の瞳に籠る感情は真剣そのもの。レース中幾度となく見せた勝利の探究者としての表情をそう向けられてしまえば、アタシは反論もできずに黙ることしかできなかった。
「ふふっ、……ずいぶん我儘な人間だな、これでは。君が無理して怪我をしてしまう可能性だってあるというのに。…だが」
唇がぎゅっと締まり、本を掴む手には表紙が千切れてしまいそうなくらい力が籠る。
閉じた目元は夕日を受けて煌めき、それが彼女の儚さをより際立たせる。
「……、ブライアンの、あの子の菊花賞の走りを見ていてね。何かを渇望する表情に、まるで荒野を当てもなく駆けて朽ち果ててしまう、そんなあの子を幻視してしまった」
「……」
「本来ならば私が姉として出るべき、いや、たとえ死んででも出なければならないのだが。…これまで幾つもの栄光を与えてくれたというのに、私の足は本当に意地悪なようだ」
見回りに来たナースといくつか言葉を交わして、ハヤヒデはアタシに向き直る。
やめてよ。そんな風に見られたら断れないじゃない。
口から零れた溜息の音を、アタシはこの先ずっと忘れることはないだろう。
『さあ第三コーナーを回ってレースは終盤。後続を突き放すツインターボこれはセーフティリードか? おっと! ナリタブライアンここで上がってくる。彼女に率いられて加速する集団はぐんぐんと差を詰めていく。まもなく第四コーナー。ツインターボは苦しくも何とか粘っているがこのまま持つか?』
ぐっ、っと地面を力ず良く踏みつけた足音。やけに心臓にまで響いたそれはすさまじい加速力を生み、あっという間に先頭のツインターボに手をかける。いや、アイツにはターボなんて見えていない。
周囲にいるはずの相手の姿はなく、ターフに立つのは一匹狼のみ。姉でさえ満たしてやるほどのできなかった孤独が生み出した空間は、冷たくて、孤独で、恐ろしい。
食らいつき、競り合い、時には勝って、時には負ける。
ナリタタイシンにとっての二人のようなライバルがいなかったからこそ生まれた悲劇。
早くも夕日のような哀愁を纏った彼女は、ヘリウムたる渇きがなくなった瞬間に墜落し、暗闇の中で息絶えるだろう。
なら、救い出してやるしかない。
かつて周囲の優しさに甘え、独りよがりに当たり散らして破滅へと突き進んでいたアタシに女神が与えた罰。昔の自分が誰かに引き上げてもらえたように、アイツが自らを縛るように作り上げた暗闇から解き放つこと。闘志を糧に燃える蒼い炎は、そのためにある。だから速く、もっと速く!
……ッ、誰にも邪魔させない!」
『ここでツインターボの先頭は終わり。ナリタブライアン衰えることなくコーナーを回っていきます。追いかけるはヒシアマゾン、っとナリタタイシン! 一気に加速して三番手に躍り出たぞ。そのままヒシアマゾンに並んでトップとは1バ身差で最終直線に入ります!』
瞬間、アイツがアタシの方を向いた気がした。
勿論、レース中に、しかもスパートで後ろに顔を向けるなんてことができるはずはない。しかし、アタシが幻視した黄金色の瞳には、わずかな驚きと、血沸き肉躍る攻防を求める獣としての本能が籠っていた。
だが、足りない。
『なんと! ナリタブライアン、ここからさらに加速します! 追い上げるナリタタイシン、なかなか伸びない! 短い中山の直線で、もはや勝負は決まってしまうのか!』
アイツに届きかけた炎が、着実に背中へと迫っていたはずの影が、地面を砕かんばかりに踏み込まれた左足によって一気に灰となって消える。
ぐんぐんと離れていくポニーテール。呼吸には血の匂いが混ざり、もはや酸素は身体を巡って行かない。
苦しい。足に力が入らない。昔の様に走ってくれない。
……、いや、全盛期のアタシであってもあれには恐らく届かない。
アタシが死ぬ気で叩き出した皐月賞のレコードを、たった一年で悠々と超えて見せた才能。姉ほどではないが大柄で、すさまじい加速力を生み出す優れた体格に子供みたいな自分ではくらいついて行くことすら敵わないに決まっている。
ああ、何が苦しみから解放してやるだ。アタシらしくもなく熱くなってしまっていたようで。
そもそも、アタシたちが競い合って結局一つずつしか取れなかったクラシックの冠を奴はすべて持っているのだ。そう、たとえここで走っているのがチケットやハヤヒデだったとして勝てるはずがない。彼女たちだって、そんなこと……
「…は? 何考えてるの、アタシっ!」
絶え絶えの喉からそんな声が零れてしまうくらい、アタシは自分の事を殴りつけたくなった。
故障した天皇賞秋のレース、お前は二人がどんな表情をしていたか見てないのか?
ハヤヒデは諦めていなかった。故障して思い通りに動かない足で、それでも勝利する可能性がないか必死に策を導き出そうとしていた。
チケットは諦めていなかった。歯を食いしばって、痛みに顔を歪めて。それでも闘志を切らすことなく前を睨み続けていた。
お前はまた、逃げるのか? 菊花賞の後、引退すら考えていたアタシを引き戻してくれた親友の願いを無碍にして。どんなことにも全力で、諦めを知らないくらいバカな親友の努力を否定して。
そうだ、勝負はまだ終わっていない。方程式は今からでも組みなおすことができる。
瞬間、胸元めがけて飛んでくる紫の光線。貯める腕は力を取り戻し、足は千切れんばかりに回転する。
『ナリタタイシン、加速し坂を駆け上がってくる! 一度は離れたナリタブライアンの背中を懸命に追ってゆく! その差は二バ身、一バ身、いや、並びかけたッ!』
ナリタブライアンは、見えない。
だけど、横から伝わってくる。競える強者が現れたことへの歓喜が。それでも勝利は譲らないという貪欲な渇望が。
そして、こんなアタシと競い合った二人がいたことへの嫉妬が。
やはりコイツは強い。全身全霊をもってしても決め手を欠くぐらいに、強い。
だけど、譲れない。
勝利のチケットは、右手で掴み取ったこの特急券は、たとえどんな強者であっても譲るわけにはいかない。
こいつを二人に、アタシの勝利を望む人たちに届けるまでは、これをナリタブライアン、コイツの喉元に突き付けてやるまでは、絶対にっ!
『ナリタタイシン、残り100mで前に出た! そしてブライアンを押さえつけてゴールを駆け抜けていった!! ナリタタイシン、シャドーロールの怪物に、シニアの、BNWの意地を見せつけましたッッ!!」
投げ捨てられた松葉杖の音、観客席から飛び出してくる影。
相変わらずのアタシを絞め殺さんばかりの熱い抱擁と泣き叫ぶ声に呆れつつ、しかし久々の感覚に懐かしさと喜びを覚えている自分がいることに気づく。
「……見に来てたんだ」
「ああ、病院に話したら許可がおりたからね」
「う゛う゛ぅ、か゛ん゛ど う゛じた゛よ゛ぉ゛ぉ゛ダイ゛シ゛ン゛ッ゛!!!!」
「…うるさい。耳壊れる」
火照った身体を癒してくれるかのように、空から雪が舞い降りる。
興奮冷めやらぬ観客席に、二年連続で勝者を抱きしめているチケット。ハヤヒデは微笑みながらアタシたちを見つめて、ブライアンは…、そうだ、ナリタブライアンは? えーと、気づいたら目の前で腕を組んで
「フン、……この借りは絶対に返す」
「おいブライアン。…もう少し愛嬌は出せないものか」
やれやれと肩をすくめるハヤヒデの様子に、アタシは思わず笑みをこぼす。
だって、去り際の彼女の口元はわずかに上がっていたから。まるで新しいおもちゃを見つけた子供の様に。
そして、今まで何も映っていなかったはずの瞳が、アタシたち三人を捉えていたから。
チケゾー「ねぇねぇねぇねぇ! アタシの出番少なすぎない?!」
……濁点打つのが面倒くさいのとキャラクターを描写するのが難しすぎてセリフが一言だけになってしまいました。チケゾー二次創作でもめったに見ないし何とかならないものか