時は流れ、鉄華団とタービンズの二隻はドルトコロニー群に辿り着いた。
ブルワーズ戦以降の航海が順調だったからと言って、鉄華団の面々も気を抜いていたわけではない。
むしろ気を抜いていたところを名瀬やアミダの忠告……地球圏と火星のギャラルホルンの違いなどを聞いて、気を引き締めていたほどだ。
しかし、そんな彼らを嘲笑うかのようにトラブルは起こる。
きっかけは、鉄華団がテイワズに頼まれて運んでいた積荷だった。
積荷は、ドルトコロニーの工業施設で利用する鉱物資源。……そのはずだった。
だが、受け渡しの際にオルガたちが見たのは、モビルワーカーや小銃の数々。
それを見て嬉々とするドルトの労働者たちは言う。
これで革命は上手くいく――と。
しかし、そこに通報を受けたらしいギャラルホルンが駆けつけ、捕縛と改革の失敗を恐れた労働者たちによって銃撃を受け、ギャラルホルン兵は撤退。
事ここに至っては、行動を起こすしかない。
労働者たちはデモを開始。ドルトコロニーの公営企業、ドルトカンパニー上層部との交渉を求めた。
だが、それらは全て、ギャラルホルンの反乱分子を炙り出すための、茶番に過ぎなかった。
治安部隊とデモ隊が睨みあう中で起きた、本社の爆発、
武力行為鎮圧の名目を得たギャラルホルンは、鎮圧行為を開始し……デモに集まっていた労働者たちは、皆殺しとなった。
……ただ一人、その場に居合わせたクーデリアを除いて。
白い長髪に金色の仮面を着けた男が告げた、フミタンの正体。
ノブリス・ゴルドンの間者……その言葉を否定せずに消えたフミタンを探す中で、クーデリアは偶然デモ隊に遭遇。彼女の運動を知る従業員に引き留められる形で、虐殺に巻き込まれていた。
なぜこんなことに。
怒りと嘆きにギャラルホルンへと問いかけるクーデリアの耳朶を叩いたのは、一発の銃声。
衝撃で倒れ込んだ彼女が見たのは、自分に覆いかぶさるように見下ろすフミタンと――血。
広がり方を見ると、撃たれたのは肩だろうか。
早く手当てをしないと。
焦る彼女に、苦悶に顔を歪ませるフミタンは言う。
まだ狙われているから立ってはいけない、と。それを証明するかのように再び銃声が響き、フミタンの身体が大きく揺らぎ、痛みを堪えながら――しかし、彼女はその場を動かない。
そして吐露される、彼女の心の裡。
あなたが嫌いだった。
でも、どれだけ現実を見ても、あなたは輝きを失わなかった。
まるで、いつか本で見た、革命の乙女のように。
それは彼女にとっての、希望。
かつて何も持たず、死を迎えるばかりの孤児だった彼女にとっての、希望に思えたのだ。
力を失い、凭れ掛かるだけになったフミタンに、クーデリアは声をかけ続ける。
いつもそばにいて、声をかければすぐに返事を返してくれた。
だから、今もきっと、声をかければ返してくれる。
「クーデリア」
名前を呼ぶ声に応えたのは、しかしフミタンではなかった。
ほとんど話したことはなかったが、その少女の顔は覚えている。
「ベルティーナさん、フミタンが返事をしないの。ねぇ、フミタン」
「行きましょう、ここは危ない」
「ダメよ。フミタンがここにいるのに。私行けないわ」
認められない。
離れられない。
そんなクーデリアに、ベルティーナ……2Bは宥めるように言う。
「彼女は私が。あなたは、三日月たちと先にここを離れて」
抱き上げられたクーデリアは、離れていくフミタンの横たわる姿に向けて、それでもその名前を呼び続ける。
2Bが彼女を途中で会った三日月に預けても、彼女の心はフミタンの姿を追い続けていた。
状況は止まらない。
虐殺を受けて、鎮静化するどころか拡大の一途を辿る労働者たちのデモは、コロニー外周でのモビルスーツ同士の戦闘にまで波及。
しかし細工された兵器群はただの案山子と化し、ここでもまたなぶり殺しという虐殺が始まる。
ドルトコロニー群から抜け出そうとするオルガや三日月たちだったが、ギャラルホルンとの戦闘に巻き込まれる形でMS戦を開始。
さらに、彼らの存在を察知したアインやガンダムキマリスに乗るガエリオが戦闘に参加。
戦場を抜け出せずにいた鉄華団は、鎮圧に駆け付けたギャラルホルンアリアンロッド艦隊に包囲されてしまう。
――覚悟を決めて突破するしかない。
そう意気込む鉄華団の面々だったが、しかし戦況を変えたのは武力ではなく、「声」。
報道規制されていたはずのドルトから世界に向けて流される映像は、クーデリアの現状を伝える言葉だった。
彼女は自らを排除しようとしていたノブリスに掛け合い、地球における四つの経済圏の一つ、アフリカユニオンからの要請という形で、ギャラルホルンの統制を躱した。
クーデリアに告げられた真実とその姿に、ドルトを支配下としていたアフリカユニオンが国際的な信用の低下を危惧して鎮圧の中止を要請。
ギャラルホルン統制局は作戦の中止を決定し、デモから始まった暴動は終了。
多くの犠牲を払いながら、労働者たちはドルトカンパニー本社に対し交渉の場を勝ち取った。
ドルトコロニー群を脱したイサリビは、ハンマーヘッドと合流。
すぐにでも出発したい。
そう告げるクーデリアに名瀬は言い淀む。
「予定では、地球軌道上にある二つの共同宇宙港のどちらかで、降下船を借りて地球に降りる手筈だったんだが……」
先程のクーデリアの放送での作戦中止は、いわばギャラルホルンの顔に泥を塗ったようなもの。
「お前たちの動きはギャラルホルンにきっちりマークされちまった。もうこの手は使えねぇ」
「じゃあどうすればいいんですか!?」
焦りを露わにするクーデリアに、眉を顰めたのはユージンだった。
「おいおい、もとはと言えばあんたのせいでもあるんだぜ? そんな言い方はねえんじゃねぇか」
「ユージン!」
「いやだってよ……」
ビスケットの窘める声に言い淀むユージンだが、正論であるとも感じているのだろう。
それでもクーデリアは引かない。引くわけにはいかなかった。
「私には責任があるのです」
「責任?」
彼女の脳裏に浮かぶのは、火星で倒れた子供たち、ドルトで倒れた労働者の人々。
そして……、手の内にある、自身がネックレスを送った女性。
「私を信じる人たちのために、私は私自身の責任を果たさねばならないのです」
自分は、多くの犠牲を踏み越えてここまで来たのだから。
「それは分かってるんですが……」
ビスケットとしても、彼女の言いたいことは理解できるし、尊重したい。
だが、気持ちだけではどうにもできない問題が、現実として立ちはだかっているのも事実。
「エイハブ・ウェーブの反応」
解決策を出せない彼らに、通信管制として席に座っていたメリビットの声が届く。
「船が近づいてきます」
「ギャラルホルンですか?」
「なら一隻ってことはないだろう」
硬い声で訊ねたクーデリアの言葉を、オルガが否定する。
「接近する船から通信が届いていますが」
居合わせる名瀬の首肯を見て取り、オルガは「正面だしてくれ」と指示を出した。
メリビットの操作で正面モニターに表示されたウインドウ。
「うおっ」
そこに現れた、白い長髪に金髪のマスクという、怪しんでくれと言わんばかりの風体にチャドが思わず声を上げた一方で、クーデリアの視線が鋭くなる。
フミタンの正体を告げ、彼女が離れる理由となった男。
彼女の心がささくれ立つのも無理はない。
『突然申し訳ない。モンターク商会と申します。代表者とお話しがしたいのですが』
そんな視線などまるで気に介した様子はなく、仮面の男は告げる。
「タービンズの名瀬・タービンだ。その貿易商とやらが一体何の用だ」
『ええ。実は一つ、商談がありまして』
ハンマーヘッドに足を運んだ仮面の男は、応接間で名瀬やクーデリア、オルガたちと対面していた。
「改めましてモンターク商会と申します。またお会いしましたね、クーデリアさん」
「知ってんのか?」
「いえ……少し」
水を向けられたクーデリアだが、知っているというほどこの男を知らない。
事実を突きつけてきたこと以外は何も知らず、顔を合わせたことがあるという程度でしかなかった。
そう言い淀んだ彼女は二の句を継げず、名瀬が口を開く。
「で、商談ってのは?」
「私どもには、地球降下船を手配する用意があります」
「……」
モンターク仮面は手応えの薄さに若干の違和感を覚えたが、こちらの狙いを見切ろうとしているのだろうと考えることにした。
そして、それを敢えて隠すつもりもない。
「あなたの革命をお手伝いさせていただきたいのです。クーデリア・藍那・バーンスタイン」
「パトロンの申し出か? こいつは商談じゃなかったのか?」
眉を顰めつつ名瀬が問うも、モンターク仮面は平然と答える。
「もちろん商談です」
その口から語られたのは、革命成功の後にノブリス・ゴルドンとマクマード・バリストンの得るハーフメタル利権への参加。
「ノブリス?」
「なるほどな」
なぜその名前がそこにあるのか。
首を傾げるビスケットに対し、名瀬は納得を示す。
「いかがでしょうか」
「まだ始まってもいない交渉が成功すると?」
「少なくとも、ドルトコロニーではその兆しが見えました」
あまりに自信を見せる様子にクーデリアが思わず問いかけるが、やはりモンターク仮面は揺るがない。
求めるものと提供できるものは聞けた。
「返事はいつまでに?」
「あまり時間はありません」
その言葉が指すのは、仮面の男か、それともクーデリアと鉄華団か。
「なるべく早いご決断を」
モンターク仮面は笑みを浮かべながら、そう告げた。
会談を終え、先だって通路に出たオルガとビスケットは、思わず苦い顔を浮かべていた。
「マクマードさんとノブリス・ゴルドンが繋がっていたなんて……」
「ああ」
「名瀬さんは知っていたみたいだね。だったら話してくれてればよかったのに」
そう思う気持ちはオルガにもある。
しかし、
「俺たちは、まだその場所に立ってねぇってことだろ」
それが分かってしまう自分もいる。
「あの人らは化かし合いの世界で商売してる。俺たちはその足元でちょろちょろしてるだけだ」
悔しいが、それが直視しなければならない現実。
鉄華団の現状だ。
「あの人らと対等に商売していくなら、今のままじゃ駄目なんだ」
「……」
大人たちに飲み込まれないためには、自分たちの居場所を守るためには、まず進まなければならない。
改めて決意するオルガたちに、近づく者がいた。
「商談は終わった?」
「ああ。来たのか、ビアンコ」
火星への護送を完了し、野暮用を済ませて合流したクロスレイズ商会の代表、2Bことベルティーナ・ビアンコだった。
その時、ちょうど応接間のドアが開かれ、名瀬とモンターク仮面が姿を現す。
「おお、ちょうどよかった。お前らイサリビに戻るならモンタークも同行させてくれねえか」
「はい。かまいません」
「ベルティーナもちょうどいい。話したいことがある」
モンターク仮面を見送った後、名瀬はベルティーナを待たせていた応接間に戻りすぐに切り出す。
「率直に聞くぞ、ベル。お前の艦は地球に降りられるか?」
「可能。でも、よくわかったね」
「前に言ってたろ。単独であらゆる環境下での作戦遂行のために造られた艦だって。イサリビやハンマーヘッドとの底部の違いとか、地球から火星に行ったって話を聞いて、もしかするとってな」
言いながら、名瀬は考える。
親父はここまで考えてベルティーナの同行を依頼したのか? と。
「さっきの仮面の男、降下船の提供を申し出た?」
「ああ。親父とノブリスのハーフメタル利権に参加することを条件にな」
「なるほど」
全く驚く様子のないベルティーナに、どうせ知ってたんだろうな、と呆れつつ話を進める。
「決断するのはあいつらだが、俺はお前に降下を頼みたいと思ってる」
「元々降下にもついて行こうと思っていたし、構わない」
「ほう? 地球に用でもあるのか?」
名瀬の言葉に違和感を覚え、ゴーグルの下で目を瞬かせたベルティーナだが、その理由に気付いて説明した。
「地球に降下して蒔苗氏と面会できても、そこで交渉はできない」
「なぜだ?」
「蒔苗氏は、現在贈収賄疑惑で代表を退いていて、オセアニア連邦に亡命中だから」
「……確かなのか」
思わず唸るような口調で訊ねた名瀬に、ベルティーナは首肯する。
「蒔苗氏は、代表選までにアーブラウのエドモントンへ護送することを、交渉の条件にすると思う。でも、次期代表として有力視しているアンリ・フリュウの裏にはセブンスターのファリド家がいる」
「……ギャラルホルンは必死に妨害する、か」
地球はギャラルホルンのホーム。
これまで以上に困難な道になるだろう。
だが、恩を売り、交渉を有利に進めるという意味では絶好の好機でもある。
「それともう一つ。あのモンターク商会の男だけど――」
さらに追加された情報に、今度こそ名瀬は項垂れた。
☆
あれこれネタバレした後、名瀬さんがオルガをハンマーヘッドに呼んだ。
「モンターク商会の件、取れるだけの裏はとったが、問題はなさそうだ」
モンターク仮面の正体を知っているオルガはその言葉に微妙な顔をしたが、それは三日月がマッキーであることを看破したからだろう。
だから、続く言葉にぎょっとすることになる。
「商会の方はな。あの男はマクギリス・ファリド。セブンスターの一角、ファリド家の次期後継者だ」
「知って、たんですか」
「なんだ。お前も知ってたのか」
イサリビで三日月が見破った際、口外すれば交渉をなかったことにすると言われたことを吐露し、頭を下げたオルガを名瀬さんは咎めなかった。
「ならこっちは知ってるか? あいつはあいつで改革を狙っていて、そのために地球外縁軌道統制統合艦隊の長、カルタ・イシューの排除にお前らを使おうとしてるって話だ」
「か、改革の話は。ですが、カルタってのは初耳です」
あの野郎、と小さく呟くオルガに、名瀬さんは苦笑する。
自分を利用しようとした相手への憤りより、自分たちの不甲斐なさへの悔しさが勝っているあたりが、彼らを見捨てられない可愛げみたいなもんなんだろう。
「……ですが、他に手はないのでしょう?」
入室して来たのはクーデリア。
彼女の目元が赤いのは、三日月とアトラがパーフェクトコミュニケーションしたんだろう。
壊れる寸前みたいだった危うさはなくなり、それでも変わらない眼差しの強さで対面する彼女に、名瀬さんは不敵に笑った。
「いや、もう一つ手がある。なぁ、ベル」