――そうか、残念だ。
交渉の決裂を告げた際、モンタークはそう言ったが、同時に提供した物資の返還は必要ないこともオルガたちに告げた。
その気前の良さがどうにも胡散臭く、ビアンコ(2B)の話を聞いた今は余計にそう感じてしまう。
しかし、そのビアンコもまた、信用するには色々なことを知りすぎているように思う。
先の会議で聞いた、マクギリスのカルタ何某に対する策謀。
――降下するためには、衛星監視網を敷いて待ち受ける、地球外縁軌道統制統合艦隊を切り抜けるか、目を逸らす必要がある。そこで当人が無事でも、プライドの高いイシューは自分の顔に泥を塗った鉄華団を決して許さないから、必ず追撃を仕掛けてくる。
――その追撃の結果カルタが生き延びたとしても、マクギリスは自身の父に掛け合うことで、更なる追撃に彼女を仕向ける。現ファリド家当主は、カルタ・イシューの後見人であり、鉄華団……クーデリアと蒔苗氏の交渉成功を阻止したいだろうから、息子の言葉をいい口実にカルタ・イシューを追撃に向かわせる。
――失敗続きに合わせて、マクギリスに好意を寄せるカルタ・イシューだから、その推薦を知れば今度こそはと決死の戦いを仕掛けてくる。それこそ、命をかけて。
二手先、三手先を見据えた布石に殺意の高さを感じて、思わずオルガも眉を顰めた。
だが、なぜギャラルホルンの個人的感情すら知っているのか、と訊ねるとビアンコは「親衛隊を金髪碧眼に揃えるほどご執心で、当然のように部下たちにも認識されている」と答えたが、問題はそこではない。
「オルガ」
「! なんだ、ビスケット。問題か?」
「ううん。何か、悩んでそうだったから」
そんなに顔に出てたか。
苦笑して宙を仰ぐオルガに、ビスケットもまた苦笑を浮かべる。
「ベルティーナさんのこと?」
「……わかっちまうか」
「オルガは抑えてるつもりかもしれないけど、傍から見てると丸わかりだからね」
「……」
オルガはぐうの音も出せなかった。
彼女のことを、初めは胡散臭さいと感じていた。
だが、次第に感じ始めたのは……焦り。
三日月を越えるらしい操縦技術。
独力でテイワズと商売する手腕。
そして何より、舌を巻くほど多くの情報に精通し、タービンズやテイワズとすら対等な立場にいる。
自分と同世代……それも女一人という、何かと不利な条件でそれ程の結果を見せられれば、組織の代表として焦らずにはいられない。
だが、それを抜きに考えれば、信頼に足る人間だと感じているのも事実。
「わかってんだ。ミカもあいつには世話になってるみてぇだし、何より昭弘の件でも力を尽くしてくれた。それを無視したら筋が通らねえ」
「うん。教育ゲームってソフトを貰って、年少組の子たちも競って勉強するようになったしね」
「……なぁビスケット。あいつとの業務提携、受けるべきだと思うか?」
乗っ取られるのではないか、良いように使われるのではないかと警戒はしたが、今はそんなことはないだろうと思っている。
「最初に話が出た時もベルティーナさんが言ってたけど、焦って結論を出さなくてもいいんじゃない?」
「まずは今の仕事を、か」
頷きを返すビスケットに、一度目を閉じて息を吐いたオルガは顔を上げる。
その視線は、真っすぐ前を向いていた。
「迂回する?」
オルガの問い返す声に、ベルティーナ(2B)は首肯を返す。
「だが、アンタの情報じゃあ次のアーブラウ代表選までに、蒔苗ってじいさんをエドモントンに送らなきゃならねぇんだろ? そんな悠長なことしてていいのか」
「前に言った通り、地球外縁軌道統制統合艦隊と事を構えれば、執拗な追撃が予想される」
「そんなもん、俺たちとアンタなら――」
「オルガ」
言いながら、2Bはゴーグルを外し、真っすぐにオルガの目を見る。
そうしなければ、どれだけの言葉を重ねても、本当の意味で伝わらないと思った。
言葉を遮るように名を呼ばれたこと以上に、その目が異論を挿む意気を失わせる。
それはイサリビのブリッジにいた誰もが同様で、彼女から目を離せなくなっていた。
「……オルガ団長。これだけは覚えておいて欲しい」
それは、今後の彼らに関わる言葉。
「道理や手順を無視して全てを最短距離で突き進もうとすれば、必要以上の反感を買い、必要以上の損害を被ることになる」
「それは――」
「なぜ目的地にたどり着きたいのか……。あなたの中に、もうその答えはあるはず」
それだけは、絶対に忘れないで。
明らかに、今の依頼内容について語ったものではない。
だが、その声は、その表情はどこまでも真摯であり、自分たちを慮っての言葉であることが理解できた。
「……わかった。覚えておく」
その言葉もまた、その場しのぎではない。
オルガの返答に頷き、ゴーグルを装着した2Bは改めて説明する。
「通常の降下船であれば、降下後の移動手段に気を配らなきゃいけない。でもトレミーなら、そのまま通常航行に移行できる」
「時間のロスは考慮する程じゃねえってことか」
「そういうこと」
肯定しながら、今後の予定航路の情報をリンクデータとして送る。
それを場の全員が確認したのを見て取り、異論がないことを確認してから2Bは口を開いた。
「とはいえ、ギャラルホルンのしつこさと、異常なプライドの高さはあなたたちも知っての通り。どこかで遭遇した際の対応は決めておきたい」
「そりゃあ、全員で迎撃すりゃいいんじゃねえのか?」
ユージンの言葉が総意なのか、全員の目が自身に向いているのを自覚して、2Bは答える。
「大気圏突入時には、自動ではなく私が艦の操作に入る。だからその時は、あなたたちに迎撃してもらうことになる」
「なるほどな。なら、突入シークエンス? に入るまでは、アンタも迎撃要員に組み込んでいいってことか?」
オルガの言葉に、2Bのみならず数人が思わず目を瞬かせた。
これまでのオルガであれば、「足は任せるんだ。そっちは自分たちだけでやる」と言い出しそうなところだ。
しかし、オルガは素直に彼女を頼った。
「もちろん」
当然、それを否定する理由を2Bは持たなかった。
☆
「――以上が、地球降下に向かう本艦の予定」
「それを、私に話してどうしろと?」
こちらを見る視線には非難が含まれている。
「戦闘を避けるために迂回するけど、ギャラルホルンに見つからないとは限らない。万が一戦闘になった場合を考え、あなたに聞いておかなければならないことがある。……フミタン・アドモス」
フミタンは返事をせず、視線を落とした。
なぜ、あそこで自分を死なせてくれなかったのか。
そう言いたげな固い雰囲気は、彼女が目を覚ましてからずっと変わっていない。
彼女にとって、生きることは希望ではないから、それも仕方ないのかもしれない。
「あなたには、選択肢が三つある」
「……」
「一つは、ここで命を絶つこと。もう一つは、フミタン・アドモスの名を捨てて、新しい人生を歩むこと。そして」
最後の選択肢。
「クーデリア・藍那・バーンスタインの下に戻り、彼女を支えること」
「そんなことっ」
弱く、しかし即座に口にしようとした反論は、最後まで紡がれることはなかった。
「そんなこと……選べるわけがありません」
「なぜ?」
反射的に信じられない、と言いたげな目を向けた彼女は、すぐにその目に非難を滲ませた。
自分から言わせるのか。
生かしておいて、なおも自分を苦しませたいのか。
そんな嫌悪感を正面からぶつけられると中々くるものがあるけど、俺は彼女の言葉を待ち続ける。
「……私は、彼女を裏切りました」
「そう命令された」
「打ち明ける機会はいくらでもありました」
「打ち明ければ、自分の命がなかった」
「自分の命惜しさに、あの子を売った……!」
「でも、最後には身を挺して彼女を庇った」
「裏切った事実は変わらない!」
堰を切ったようにフミタンは言葉を零し、その度に涙が溢れていく。
「でも、あの子はきっと許してしまう……! 私がいれば……あの子はノブリスに貸しを作ってしまうのに……。だから……、だから、あの子のところに戻るなんて……できるわけ……」
できるわけがない。
――それでも、戻りたい。
言葉の裏に隠された本心が、理性では諦めろと告げる心をかき乱しているようだった。
ハンカチを渡し、彼女が落ち着くのを待ってから口を開く。
「できる」
こちらを覗き見るような視線にはすでに非難の色はなく、純粋な困惑。
「ゴルドンとは話がついてるから」
「え……?」
どうやって。
そう言いたげな彼女に、俺は端的に告げる。
「あなたの命は、もうあの男のものじゃない」
「……まさか、あなたが買ったと……?」
「少し違う。あいつに買わせた」
「買わせた……?」
ええ、と首肯して見せる。
もちろん、あいつといってもテイワズやクーデリアさんじゃない。
「ゴルドンに、自分の命の価値でね」
火星に子供たちを送ったついでに、ノブリス・ゴルドンの下を訪問した。
当人は金や権力があれば何でもできると考えていたようだから、金や権力ではどうすることもできない暴力というものを味わってもらった。
その際に、ゴルドンと交渉したわけだ。
あなたの命はおいくらですか? 今なら一人の女性分の金で買えますよ、みたいな感じで。
で、交渉は成立。
とはいえ、フミタンを失くす経験はクーデリアを大きく成長させたし、三日月やアトラとの関係にも関わってくる。
だから、クーデリアに対する狙撃をフミタンに目標を変更させ、もちろん命に関わらないように撃たせる。
二発目の銃撃は俺の撃った麻酔銃で、フミタンを死んだかのように錯覚させた。
その辺りを敢えて言うつもりはないけど、まぁバレても俺に不信感を抱くだけ。
クーデリアに対しては何も変わらないだろうから問題ないね!
ということで、
「改めて聞く」
あなたは、どうしたいですか?
「私は、……もし、本当に許されるなら――」
トレミー外部コンテナへの積み込みを終え、イサリビやハンマーヘッドと別れ地球への航路に入る。
劇中では地球外縁軌道統制統合艦隊の目を逸らすために、イサリビとブルワーズの艦を使ったけど、今回は顔を見せるだけで突っ込まずに引き返し、逃げ帰る演出に留める予定だ。
宇宙ネズミめ臆したかー、とか言ってる間に、トレミーは地球に降りるわけだ。
「ベルティーナ、手合わせしよう」
「わかった」
三日月が投げた木刀を掴み、広めの場所に向かおうとすると、それを見たライドが不満の声を上げた。
「あー! 三日月さんだけズリー!」
「ライドも後でね。ただし、宿題を終わらせたら」
えー、とあからさまに顰め面を浮かべるライド。
「サボってると、火星の年少組に追い越されるかも」
「げっ」
「兄貴分として、それはカッコつかないかな」
「げげっ」
さすがにそこは譲れないのか、ライドはかぶりつくように手元のタブレットに集中する。
移動する途中では、先程のやり取りを聞いていたらしいクーデリアさんが、感心していた。
「なるほど……そう言えばライドくんはやる気を出してくれるんですね」
「追い詰めすぎると、俺には阿頼耶識があるって余計に投げ出すと思う。一番は褒めること」
なるほど……と考え込む姿を見送り、三日月と手合わせを始める。
今日まで訓練を続けてきたらしく、その振りは鋭い。でも型を教えたわけではないから、その動きは奔放で、
「まるでバルバトスみてえだな」
眺めながらそう呟いた、昭弘の言葉は正に正鵠を射ていた。
空間把握能力と反応速度を活かした苛烈な攻撃。
並の人間であればその猛攻を捌ききれず、あるいは飲み込まれるように崩されて致命的な一撃を受けるだろう。
ただし、
「っ!」
その反射速度が仇となることもある。
こちらの身体の挙動を読み、防御態勢に入ろうとする三日月に、逆からの斬撃で首元に刃先を添える。
「すごいね。来るのがわかってたのに動けなかった」
「人体もモビルスーツも、動き出しや体重移動とか、反応できない状況がある。相手の動きが速くても、そこを突くやり方もあるってこと」
「ふぅん」
「それはともかく、乱撃でもしっかり太刀筋も立てられてたし、随分刀の扱いが上手くなった」
本人もそれは実感していたのか、小さく頷いて手にする木刀を見る三日月の口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
「緑のでかいのに乗ってたやつがなんかごちゃごちゃ言ってたけど、上手くなる楽しみってのは、少しわかったよ」
「それはよかった」
そうして手合わせをしたり、勉強を教えたり、哨戒に出たりしているうちに、降下準備をする段階に入った。
その前に、カルタたちに対する陽動に出た部隊から、連絡があったことを団長に伝える。
「戦闘に入らず、無事に撤退したと陽動隊から連絡があった」
『……そうか!』
「哨戒に出た機体が戻り次第、降下シークエンスに入る」
『了解だ。頼むぜ』
オルガとの通信を切り、機体が全て回収されたのを確認してから降下シークエンスを開始する。
「GNフィールド展開」
「フィールド展開! フィールド展開!」
GN粒子がトレミーと外部コンテナを包み、成層圏突入による圧縮熱から船体を保護。
やがてブリッジから見える遠くの景色が黒から青に変わり、無事に降下が果たされたことを視覚的に教えていた。
フィールドを解除し、ステルス機能を展開してからコンテナとの通信を繋ぐと、団長の声に重なるように歓声が聞こえた。
青い空や白い雲海、その隙間から見える大海原に、はしゃぐ様子が目に浮かぶようだ。
「予定通り、蒔苗氏が匿われているミレニアム島に向かう」
『わかった。……外に出ても構わねえか?』
主語はなかったけど、団長自身が出たいわけじゃないだろう。
勿論、安全面を考慮すれば止めておきたいところだけど、そんな理由で諦める彼らではない。
「高度と速度を下げる。落ちないようにだけ気をつけて」
『……世話かけるな』
短い返事だったけど、その声音は、どこか優しげに感じた。
Q:完勝できるのに戦闘はないの?
A:2Bの中の人「(成長に繋がらないイベントとか無駄なフラグはいら)ないです」