寝落ちでクロス   作:浅草一丁目

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お爺さんと面会

 道中でギャラルホルンによる妨害もなく、無事にミレニアム島に辿り着いた鉄華団一行は、元アーブラウ代表、蒔苗東護ノ介との面会を行っていた。

 屋敷で彼と対面しているのはクーデリア、オルガ、ビスケット、メリビットの四名。

 

「い~やいやいや、よう来てくださった。わしが蒔苗東護ノ介」

 

 好々爺然と目尻を下げる蒔苗。

 

「待ちわびておったよ。……長いことな。腹は減っておらんか?」

「蒔苗さん。あんたの置かれてる状況は理解してるつもりだ。そんなに悠長なことをしてる暇はねえんじゃねえのか?」

 

 ほう、と漏らした面白そうな声に反して、オルガを見る目は歳にそぐわない鋭さがある。

 蚊帳の外ではいられない、と声を発したのはクーデリアだった。

 

「失脚中の蒔苗様ですが、近々行われるアーブラウの代表指名選挙に出れば、最有力とされるアンリ・フリュウ氏に勝つ目があると考えている……。違いますか?」

「否定はせん。で、そこまで知りながらここに来たということは、わしの考えに乗る……そう考えてよいのかな?」

 

 威圧感を増す蒔苗の視線に、思わず固唾を吞むクーデリアだが、決して目は逸らさずに真っ向から受け止め……首肯する。

 それは、ここに来るまで何度もオルガたちと話し合ってきたことだった。

 

「私がここで道を諦めてしまえば、これまで踏み越えてきたものが無駄になってしまう。……前に進む。それが、私の責任です」

「よう言った!」

 

 パシン、と膝を叩くいい音が響いて、蒔苗の快活な声が響く。

 

「だがな、爺さん。この仕事がどれだけ危険かは、あんたが一番よく分かってるはずだ。……高くつくぜ」

 

 海千山千の、老巧手練れな政治家というべきか。

 啖呵を切るオルガにも、当然じゃな、と蒔苗は平然と返す。

 

「無事エドモントンに到着した暁には、ハーフメタル資源の規制解放……決まったものと考えてもらって構わんぞ」

 

 その言葉を聞いて、思わずクーデリアや鉄華団の面々も安堵で緊張を解した。

 

 空気は緩んでも、話しておかなければならないことは多い。

 オルガたちの意識が地に着くのを待って、蒔苗はつい、と外を見遣る。

 

「移動には、あの空飛ぶ艦を使うのかね?」

「はい。ですが、エドモントンに直接は……」

「それは止めておくべきじゃな」

「はい」

 

 都市機能をマヒさせるエイハブ・リアクターほどではないが、GNドライブも通信機器に影響を及ぼす。

 選挙に余計な悪影響を与えないためにも、影響の出ない位置で艦を降り、そこからは陸路でエドモントンの都市部に向かうことになる。

 そこでの護衛こそが正念場。

 待ち受けるだろうギャラルホルンの防衛隊を潜り抜け、蒔苗を議事堂に届けなければならない。

 

「つきましては、準備のために島の施設をお借りしたいのですが」

「もちろん、好きに使ってくれて構わんよ」

 

 それから二、三決め事を話し合い、面会は終わった。

 

 

 海岸で待機していたメンバーと合流し、面会の内容を主だった面々に話す一方で、雪之丞や降下に同行したタービンズのエーコ・タービンは、ベルティーナ(2B)を説得していた。

 

「バルバトスを改修?」

「そうそう! グシオン弄ってる時に思いついちゃってさ」

「できれば、降りる前に仕上げたモビルワーカーの動作確認もしておきてえんだが……難しいか?」

 

 難しいかどうかで言えば、難しい。

 

「あれ、見える?」

 

 ベルティーナが指さした先を見ると、トレミーの上半分が空の色と同化していた。

 上空から見れば地上の風景と同化して見えるだろう。

 

「ステルス機能だよね? あれで衛星からの監視を誤魔化してるんでしょ?」

「そう。ギャラルホルンは、まず間違いなくこの島を監視してる」

「動きのない鉄華団が現れるとしたら、この島だから、か」

 

 陽動は成功したが、あまりにも動きがなければ不審に思うだろうし、マクギリスがカルタに情報を流している可能性もある。

 

「じゃあ、私たちならともかく、モビルスーツとモビルワーカーを見せたらバレちゃうってことかぁ」

「そういうこと」

 

 ミレニアム島を領地とするオセアニア連邦がギャラルホルンの干渉を防いでいるが、ここに鉄華団やクーデリアがいると確証を持てば、強硬手段に出る人間がギャラルホルンには存在する。

 

「鉄華団を追おうとするギャルホルンの目が、完全に火星や宇宙に向いてると確証が持てるなら許可もだせるけど」

「おめえでも確証もてねぇことがあるんだな」

「一応、私も人間だから」

「嘘だ!」

 

 そこまではっきり否定する? と2Bは苦笑したが、近くで会話を聞いていた者はみな、エーコの言葉に同意していた。

 結局、改修や整備はコンテナ内で行い、エドモントンに到着し次第微調整を行うことに決まった。

 そんなやり取りをしていると、蒔苗の部下であろうスーツ姿の人物が近づいてくるのが見えた。

 

「鉄華団のみなさん、QCCSで通信が届いています」

「相手は?」

「ユージン・セブンスタークと名乗っていますが……」

「ユージンが!?」

 

 オルガをはじめとして数人が走り出そうとする中で、2Bはビスケットに声をかけた。

 

「ビスケット。ユージンとの通信が終わったら、少し話がある」

「わかりました! 後で伺います!」

 

 走り去る姿を見送って、2Bは艦へと足を進めた。

 トレミーの一室の前でコンソールを操作すると、

 

『はい』

 

 とフミタンが応答する。

 

「入っていい?」

『……はい』

 

 間があったのは、彼女に世話をお願いしていた人物の同意を確認したからだろう。

 開かれたドアを抜け、足を踏み入れた2Bがベッドに腰かける男性に声をかける。

 

「状況は理解できた? サヴァラン・カヌーレ」

「……ああ」

 

 彼が手にしたタブレットには、ドルトコロニーにおける交渉の結末を書いた記事が表示されてる。

 

「……君は、こうなることを知っていたから、私を拉致したのか?」

「そう。あのままあなたを放置していれば、自死を選ぶと思ったから」

 

 平然に応える少女に、「お前に何が分かる」と沸騰しかけた感情は、そんな当たり前の感情を抱く資格が自分にあるのか、という薄暗い気持ちに抑え込まれる。

 

 無関係な少女(アトラ)を生贄にしようとしたくせに、ドルトの交渉でろくに役に立つこともできず、多くの犠牲を出してしまった。

 そんな自分に、他人を否定する権利があるのか、と。

 

「……物事には、タイミングというものがある。多くの思惑が絡み合った結果、交渉は成立したけど、きっと一つのピースが欠けても、ピースが嵌る前に動いても、交渉は上手くいかなかった」

「だから、ナボナさんたちの犠牲は仕方なかったと……?」

「仕方ない犠牲なんてものはない」

 

 原作の結末を、ハッピーエンドとする評があったことを2B(の中の人)は知っている。

 確かに、火星は独立を獲得。ヒューマンデブリ撤廃条約が結ばれ、世界はマクギリスが望んだ社会、鉄華団のような子供たちが生まれない社会へと向かっていた。

 

 では、鉄華団やタービンズに出た犠牲が仕方ないと言えるだろうか。

 マクマードにも別の言い方をしたが、そんなわけがない、と彼女は考えている。

 でなければ、こうして世界に干渉するはずもない。

 

 彼女の言葉が、綺麗ごとや建前ではない……実体験に基づいた否定に思えて、サヴァランは反論の声を噤んだ。

 

「あなたが自責の念に駆られて自ら死を選べば、それこそ無駄な犠牲が増えるだけ」

「っ……」

 

 責任を取るわけでもなく、落としどころとするわけでもない単なる現実逃避。

 分かっていた。

 分かっていても、それでも他人に改めて突きつけられれば心は荒れる。

 

「なら、どうすればいいんですか……。どうすれば、私はナボナさんたちに償うことが……」

 

 後悔や失意……湧き上がる感情で言葉に詰まり、項垂れる。

 

 彼の問いに答えるのは簡単だ。

 しかし、他人に用意された答えに縋っても、本当の意味で立ち直れるとは2Bには思えない。

 とはいえ、心の傷は時間で解決するのが最善であることが多いのも事実。

 それを待つだけの時間はあるが、今後のことを考えると、早く立ち直ってもらえるに越したことはない。

 

「まずは、ビスケットと会ってみて」

「それはっ……」

 

 多くの人間を救うという理由があったにせよ、自分の目的のために利用し、傷つけた。

 最後にははっきり絶縁を突きつけられたというのに、どの面下げて会えばいいというのだろう。

 

「あなたが何を思い、何をして、何を感じたのか……それを話してあげて。そして、彼の話も聞いてあげて」

「話を……」

「せっかく会えた兄弟が、喧嘩別れしたままっていうのは寂しいことだから」

「……」

 

 否定や拒絶はなかった。

 それを同意と受け取り、数時間後。

 

「ベルティーナさん、話って……」

「……ビスケット」

「サヴァラン、兄さん……!?」

 

 原作では、オルガとビスケットが口喧嘩をした場所で、兄弟が対面した。

 

 

 

 

 蒔苗が提供した魚介はアトラやタービンズの出向組によって調理され、降下組に美味しくいただかれた。

 原作と異なりベルティーナの提供で以前から食べていたことと、姿煮ではなく切り身など、見た目で忌避感を抱かないよう調理されたからだろう。

 

「あの気持ち悪ぃのが、こんなに美味いんだから不思議だよなぁ」

「……俺はいいや」

「あー! 三日月また好き嫌いして!」

 

 忙しない食事風景はまさに子供のもの。

 

 ビスケットと面会し、アトラへの謝罪と許しを得たため、匿う必要がなくなったサヴァランもまた、彼らと一緒に食事をしながらその光景を眺めていた。

 煮つけを解し口に運ぶと、よく味の染みた魚の身がホロホロと崩れて、舌いっぱいにその旨味が広がる。

 思わず再びフォークを伸ばしていた自分に気付き、サヴァランは思わず苦笑を零した。死のうとすらしていたくせに、次を欲している身体のなんと現金なことか。

 

「兄さん、口に合わなかった?」

「いや……違うんだ」

 

 鉄華団やクーデリアのこれまでを聞いたからだろうか。

 ビスケットと話し、もう死にたいとは思っていない。しかしこれまで以上に、犠牲になった人々のために何かしたいと思うようになった。

 正確には、ナボナたちの犠牲を無駄にしないための何かを。

 

「……これから、どうしようか考えてた」

「会社には?」

「自分の意思ではなくても、急に姿を消したんだ。このまま戻って元通り、とはいかないだろうな……」

 

 言いながら、然程心残りを感じていない自分を自覚していた。

 待遇改善が果たされたとしても、あれだけの犠牲を出した上での話。企業側に対して何も感じていないわけがない。

 

「……ナボナさんたちのような人……鉄華団のような子たちが悲しい思いをしなくて済む世界にしたい……。そう言ったら、笑うか?」

「……笑わないよ」

 

 ビスケットは兄から視線を外し、鉄華団の面々を眺める。

 思い出すのは、ベルティーナから蒔苗の状況を聞いて、オルガやクーデリアと今後について話し合った時の事。

 考えられる障害や難関に、ビスケットは消極的立場をとってオルガと衝突したが、話し合ってオルガの案を受け入れた。

 

「俺たちだって同じだ。……言ったよね。俺たちは、俺たちの居場所を……誰かの都合で理不尽に奪われたりしなくなる場所に辿り着きたくて、前に進んでる」

 

 俺たちと同じようなヤツらを受け入れられるように。俺たちと同じようなヤツらが増えないように、それだけの立場を得る。

 そのオルガの目標が、進むべき先だと思えたから。

 

「……そうか。そうだな」

 

 鉄華団に入ればいい。

 

 その一言をビスケットは言えなかった。

 裏方の人員は喉から手が出る程欲しいところだが、生活を保障できるほどの余裕は今の鉄華団にはないから。

 

 その後、2Bに改めて相談したサヴァランは、

 

「何をするか迷っているのなら、鉄華団の手助けをして」

 

 給料はこちらから払うから、とあっさり言われ、結局それを受け入れることになった。

 

 

 

 

「ベルティーナ!」

 

 慌てた様子の声に足を止めて振り返ると、オルガが走ってくるのが見えた。

 

「ギャラルホルンから勧告でも来た?」

「っ! 知ってたのか!?」

「団長が慌てるなら、それくらいかと思っただけ」

 

 揶揄われたように感じたのか、オルガは舌打ちを一つ打ってから話を再開する。

 

「そうだ。ギャラルホルンが蒔苗のじいさんに勧告してきやがった。鉄華団とクーデリアの身柄を引き渡せってよ」

「なるほど。ならさっさと移動しよう」

「……迎え撃たねえのか?」

 

 どこか拍子抜けした様子のオルガだが、ベルティーナにしてみれば迎え撃つ必要性を感じない。

 

「移動を始めても確実に追い付かれるのであれば、時間稼ぎのためにも迎え撃つ必要がある。でもトレミーなら、まず追い付かれない」

「……そうだな。ならとっとと急ぐか!」

 

 これまでは生きるために降りかかる火の粉は振り払ってきたが、より安全に事が運べるならそちらを選ぶし、なにより逃げるのではなく、先に進むだけで出し抜けるというのが最高だ。

 不敵に笑うオルガの号令で、出発の準備が速度を増す。

 

 海や宇宙から迫るギャラルホルンの部隊を嘲笑うかのように島を脱したトレミーは、そのままアーブラウ領アンカレッジへと移動。

 アーブラウ内における蒔苗派の有力議員、ラスカー・アレジと接触し、蒔苗の出馬意思と当選を確実にするためのロビー活動の依頼を伝え、そこから改めてエドモントンへと針路をとる。

 

 障害もなくエドモントン郊外に辿り着いたトレミーはその場で着陸し、鉄華団の面々はエドモントン突入への準備を始めた。

 

「お前ら! ベルティーナにおんぶにだっこでここまで来たが、ここからが俺たち鉄華団の戦いだ! 他の誰でもねえ! 俺たちが! 俺たちの力で蒔苗のじいさんとクーデリアを議事堂に連れてくんだ! 気合入れろよ!」

「「「 おう! 」」」

 

 オルガの鼓舞に、子供たちの雄叫びが返される。

 

 

 鉄華団にとって分水嶺となる戦いが、今まさに起ころうとしていた。

 

 

 

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