既に下校時間も過ぎ人気の失せた穂群原学園の屋上に佇む人影があった。
「ふむ、今日も収穫は無し…か。疲れが無いとはいえ、変化の一つも無いのは心が錆び付くな」
薄暗くなる空を眺めつつランサーは独り言ちる。
校舎から出て行く生徒達を眺め、魔術師や聖杯戦争の参加者となり得る人間を探して数日。
しかし、それらしい者は未だ見つかっていない。
「…仕方あるまい、まだ開戦まで日はある。」
石像の様に固まっていた身体を翻せば屋上を蹴りその場を後に────しなかった。
「…なんだ?この魔力は。不愉快さと怖気が混じっている」
不意に感じた違和感、再度屋上から下方へと視線を向けると違和感の主は直ぐに見つかった。
紫色の長い髪を揺らしながら歩く少女がいた。俯きがちに歩くその姿は、どこにでもいる気弱な学生にしか見えない。
だが──
「生者か?あまりに魔力が歪んでいる、屍人と生者の半端者か」
確かに生きている。
だが、その身に満ちる魔力は酷く歪だった。
人のものとも、魔のものとも断じ難い。
生者と死者の狭間に立つかのような不快な揺らぎ。
「…追うか」
数瞬の思考を経て結論を出せば屋上を蹴った、紫髪の少女を追うようにその身が夕闇へと躍る。
少女を追って暫く、辿り着いたのは傍からでも分かる程に澱んだ空気を放つ屋敷。
見た目こそ立派ながら内部から放たれる雰囲気は、死臭にも似た感覚に近い。
「私一人で行くのも良いが…マスターにも見せておくべきか」
場所の特定は済んだ、後はマスターの判断に任せるとしよう。
そう考えたランサーは拠点へと帰還した。
「此処が間桐の屋敷ですか。確かに、心地の悪さは私も感じます」
後日、マスターと共に間桐邸へと再度赴いたランサー。
昼間だと言うのに重苦しい雰囲気を漂わせている、マスターであるバゼットも眉根を寄せて建物を見ていた。
「さて、歓迎はされぬだろうが行くとしよう」
「結界は?」
「問題ない、この程度なら抜けられる」
そう言うとランサーは地面にルーン文字を刻む、数秒後には結界の気配が霧散していた。
「私も魔術の心得はありますが、やはり貴女は別格ですね」
「買い被るな、この程度基礎の範疇だ」
短いやり取りを交わした後、二人は敵陣の中へと足を踏み入れる。
窓から入り込み魔力を辿りつつ目的の場所を探す、見つけたのは何の変哲もない扉。
然しながら、その奥から漂う気配は尋常ならざる物。
「行くぞ」
「はい」
扉を開くと眼前には階段が現れる、その先は闇に沈み、終点は窺えない。
その闇の中へと二人は躊躇いなく足を踏み出す、澱んだ空気が纏わり付く中を迷い無く降りてゆく。
「マスターは怖くは無いのか?」
ふとスカサハが口を開く、心配している口振りでは無く純粋な質問。
「怖く無い、と言えば嘘になります。ですが、知るべき事実があるならば私は前に進みます」
「そうか、ならば良い。恐怖を知る者は強い、蛮勇に駆られぬからな」
声に震えは無い、勇んでいる訳でも無い、正直な答えだった。
それを聞いたスカサハはそれ以上の事は何も言わなかった。
「此処は…」
漸く最深部まで到達するとバゼットの声が漏れる、薄暗い空洞の様な空間。地下室と言うには些か無機質なその場所が二人を出迎えた。
静かにスカサハは視線をゆっくりと巡らせる。
壁。
天井。
床。
「……狂気だな」
「何が───」
スカサハの言葉に反応しようとした直後、地下室の壁がざわりと揺れる。まるで生き物の腸の様に───否、生きているのだ。
「これは…!?」
驚愕の表情を見せるバゼット、反対にランサーは微動だにせずただ一点を見つめている。
空洞の奥、そこからゆっくりと現れる人影があった。
「貴様が、あの娘をあの様にした者か」
「ふむ、桜の事か?儂が育ててやったのだがな」
「育てた?ふむ、育てたのであるならあの娘は随分と歪な形をしていたがな…あぁ、貴様を人と呼ぶには些か歪み過ぎているが正しいか」
「クハハ、羽虫の羽音は耳障りじゃのう」
スカサハの視線の先に現れたのは齢七十を迎えたであろう老人だった、毛髪は無く痩せこけた頬。
然しながら、気配は老人のソレでは無い。化生や魔の者に近い匂い、そんな雰囲気を漂わせていた。
「ランサー、あれが間桐臓硯…ですか?」
「うむ、死を拒むことは人ならば一度は考えよう、長く生きれば尚更だ。だが──貴様は拒み過ぎたようだ」
ランサーの言葉に臓硯は眉尻を震わせた。
「───貴様の様な小娘に儂の何が分かる?何かをなす為に犠牲は必要不可欠なのだ、悪を廃絶する為に儂は生き長らえて来たのだ!」
「貴様の本質はソレ、か。ならば今の貴様は紛い物に過ぎぬ───潔く、散れ」
声を荒らげる臓硯の胸元へ閃光が疾る、直後背後の壁に紅い花が咲いた。
「────」
声も出せず自身の胸元を見る臓硯、ゆっくりと視線を上げればそこには腕を突き出したランサーが居るのみ。
理解が追い付く間も無く臓硯の意識は沈んでいく。
遠い昔。
何かを願った。
誰かを救いたかった。
「あぁ、そうか…そうだった」
倒れ伏す臓硯の亡骸を見たランサーは静かに魔力を練り上げてゆく。
「ランサー、何を?」
「外道とはいえ死者になれば花を手向けるのが礼儀、とはいえ…此奴が死に損なえばあの娘がまた厄介事に巻き込まれかねん。故に残さぬ」
直後、練り上げられた魔力が解放されると同時にソレは幾千万の魔槍へと変貌。
射出されれば空洞を埋め尽くす蟲を悉く鏖殺してゆく。
数分と掛からず空洞の壁、床、天井…あらゆる場所に隙間無く突き刺さる魔槍。
「終えたか、では去るとしよう」
その言葉で空洞を埋め尽くしていた魔槍は消え去る、残るは臓硯だったモノ。
二人は静かに階段を登ってゆく、命のやり取りをした直後とは思えぬ程実直に。
「救えなかったのでしょうか?」
先に口を開いたのはバゼットだった。穿かれる直前、臓硯が吐いた言葉は本心だった。
今を生きるバゼットには分かる、正義を貫く意志とそれに対する重圧が。
「救われていたならばあぁはなるまい、理想と現実は違うのだ。…夢は追えば良い、だが夢に呑まれれば終わりだ」
永く生きたランサーの言葉にバゼットは反論出来なかった。
愛弟子も、その愛弟子の子も見届けてきたランサー。不死を望んだ者、不死になってしまった者…その決着はここに幕を下ろした。