王宮内に用意された最高格の会議室。100人は入るであろうその豪華絢爛な一室に、一様に重い雰囲気を漂わせた集団が集まっていた。
言うまでもなく、光輝たちを含めたクラスメイト一同全員だ。中には部屋に閉じこもっていた者も居たりクラスメイトから距離を取ろうとした者も居たが、光輝や龍太郎のステータスに引きずられたり、鈴や雫の説得によってこの場に集まった。
「それじゃあ、言い出しっぺの私が話し合いの進行役をさせてもらうよ」
切り出したのはこの場を設けた調本人、中村恵理だ。
「内容は今後の方針。私が言えた義理じゃないけど、あまりにもバラバラ過ぎる。大雑把にでも方針を決めようか」
「方針も何も、もう決めてあるだろう。強くなって大迷宮を攻略する。これ以外にあるのか」
そう切り出したのは我らが勇者、天之河光輝だ。どうしてそんな見え見えの地雷を踏みに行くのか。これがわからない。
「そうだね。その方針だった。けれどその方針についてこれない人たちが居る。その摺り合わせをすると言っているんだ」
「…確かに、岸波と南雲の件は悲しい事故だった。けれど、だからこそ此処で立ち止まるのは違うだろう⁉今すぐにとは言わない。けれど何時までも囚われている訳にはいかないんだ」
なるほど言っていることは、そう間違っていない。事故ではなく事件であるとか、今ここで議題に挙げる事ではない。だが、
「………囚われる訳にはいかない、ね」
恵理は大きく深呼吸して冷静さを保つ。激高したところで何も改善しない。もちろん恵理が今理性を総動員して冷静さを保っている事は隣の鈴には丸わかりであり、すごく怖い思いをしていたりする。
「天之河君、あのベヒモスの時の件、反省してる?」
「…反省?」
恵理は瞳を閉じて組んだ指先に力を籠める。端から見ればゲンドウポーズだが組んだ指からギリギリと音が聞こえる。鈴から見れば激発3秒前である。物凄く怖い。
「それはそうでしょう?あの時天之河君はベヒモスのほうに向かった。騎士の人達を信じて即座にソルジャー殲滅に向かっていれば、そもそも南雲があんな賭けのようなことをする必要はなかったかもしれない。
もちろん、これは八重樫さんや坂上君にも言える事だけど」
「なっ⁉なら、騎士の人たちを見捨てれば良かったって言うのか⁉」
「役に立ってから言えよ」
天之河は立ち上がって激したが、恵理の冷え切った一言で切り捨てられた。唯でさえ重い雰囲気の会議室の空気をさらに重くなる。
「お前たちがベヒモスの方で役にも立たずにごねてる間に白野は死にかけたんだよ。隊列の乱れた仲間を指揮しながら、数倍の物量の敵を崩しながら、危機に瀕した味方のフォローをする。これ全部やるのがどれだけ大変かわかるか?え?立て直しが済んでからやってきた勇者さん?」
「だが!あの程度の敵、皆が力を合わせれば大した敵じゃなかった筈だ‼」
その力を合わせる迄が大変だったと言っているのだが?と感情が振り切れて黙ってしまった恵理の後を継ぐように、一人の男が声を発した。
「そうだな。皆が、適切に動けていれば問題なかった。それが出来なかったから、俺は死にかけたよ。天之河」
前衛組のパーティーリーダー、永山重吾だ。
「視界が埋まる程の武器を持った敵に囲まれて、冷静で居るなんて無理だった。がむしゃらに目の前の敵を倒そうとすると、いつの間にか前に出すぎていた。岸波の奮戦と指揮がなければ、俺は死んでいた」
永山トップパーティーのリーダーであると同時に前衛組のリーダーを任される程に信頼が厚い。訓練期間では騎士4人を倒し、タイムアップ付近まで粘る程の実力がある。そんな彼でも修羅場・鉄火場においては容易に死に至る。
それが、戦場だ。
「天之河君。君は最初に言ったよね。『世界も皆も守って見せる』って。そう言って、ここにいる皆が戦場に来た。もちろん反対意見は、先生以外からは出なかった。全責任があるとは言わない。けど、無責任で済む話でもない。だから、反省しろ。判断を間違えて、2つの人命が失われた。その意味をよく考えろ」
そう言い切って、恵理は小さく息を吐いた。目の前の俯く男が実際大したことのない、ただ影響力とスペックの高さで生きてきただけの、ごく普通の高校生であると理解している。
だがこれからそれでは困るのだ。白野救出にあたって天之河を抜く等あり得ない。スペックはクソ程高いのだ。故に天之河には少しでも精神的成長をしてもらう必要がある。基本何事もそつなくこなすこの男に超えるべき壁を用意するのは容易ではないが、やらなければならない。
そして、他にもまだまだやるべきことは残っている。
「現に、もう命を懸けて戦うなんて無理、という人もいると思う。それは仕方ないことだと思う」
天之河への糾弾はメインの目的ではない。他のクラスメイトが今回の目的だ。
「でも、王国に役立たずを抱える余裕なんてない。何もしないっていう選択肢は、無い」
王国からの期待はあからさまに扱いに出ていた。
聖剣と聖鎧という最高のアーティファクトを与えられた天之河光輝と実力を示すまで何も与えられなかった白野とハジメ。
戦う意志を見せていた二人ですらこうだったのだ。折れた人達がどういった扱いになるか、保証はない。
「いいえ、その選択肢は私が作ります」
「先生…」
凛と、この暗く重い空気を払うように力強い声が響く。畑山愛子。唯一の大人だ。
「戦いたくない人が、戦わなくても良いように、私が国を説得します」
かつてただ反対意見を叫ぶだけだった愛子ではない。自らの力を自覚し、それを生徒のために使う大人の言葉だった。
恵理は愛子先生を心から尊敬している。国と交渉できる程の権力を手に入れて、私欲に走らずただ生徒の為だけに力を振るう人がどれだけいる。
でも、だからこそ頼りすぎる訳にはいかない。彼女が皆を庇う為に使い潰されることは避けなければならない。
「…先生の言葉は、とても心強いです。でも、それでも何もしないというのは悪い。心証が悪いんです。戦争が始まったとき、国が私たちをどう動かすか分からなくなる。だからこそ、こう考えています」
先生の負担が大きすぎる、とは言っても意味がない。きっとそんなこと生徒である恵理は気にしなくていいと返されてしまう。故に、話をもとの筋に戻す。恵理が切り出す本題だ。
「クラスを分けようと思います。ざっくり言えば、引き続き迷宮攻略を続けるパーティーと騎士達の訓練に参加して地力を上げるパーティーです。そもそも高々一ヶ月の訓練では基礎すら覚束ない促成教育そのもの。今回の件で実戦はまだ早かったという声も上がっています。今までより実戦的でハードな訓練になりますが、悪い話でもないかと」
実の処、促成教育を施した事には理由がある。
神の使徒は兵士ではなく、先導者だ。彼らに求められているのは実力よりもカリスマ。ジャンヌダルクのように逆境にて輝く不屈の旗振り役だ。
騎士の訓練に参加してはその性質が弱くなる可能性がある。神の使徒は神秘的で、絶対的で、神聖でなくてはならない。
努力という行為は、その性質を欠いてしまう。
努力という過程を省いて迷宮を攻略することで『彼らと一緒なら大丈夫だ』と、根拠無く信じさせることが出来る。
しかし、その狙いはすでに傾いている。
であれば方向転換として、勇者とその一行という性質を使う事にした。
恵理は勇者天之河光輝を世界を救う立役者とし、その道を舗装する仲間としてクラスメイトを置いた。
頼りになる仲間と救世主天之河光輝、この構図を恵理は教会に提案した。頼りになる仲間とは騎士や兵士の信頼厚く人望ある者だ。騎士と一緒に過酷な訓練を、努力を重ねる事に何の問題もない。
そしてそれは採用され、国の新設部隊と共に訓練を積むことが決定した。
恵理はもちろん理解している。
つまるところ、戦争が始まったら最前線へ向かう即応部隊への採用だ。むしろ状況は悪化した。
しかし、これ以外の手が無かった。この国は宗教国家だ。戦わない神の使徒を生贄に新しい神の使徒を召喚するとか、やりそうだ。
「新設部隊はまだ考案中だからまだ考えなくていい。迷宮攻略か、訓練か。皆には今ここで選んでほしい。別に後から変えてもいい。だから、今決めてほしい」
「そんな、急に言われても…」
「結局また戦うんだろ?」
「もう嫌だよ…」
重い空気は重いまま、ネガティブな声ばかり上がる。天之河は雫に抑えられて声を上げない。皆の意志を聞くために、今は何も言うべきではないという事だ。
だが、そんな天之河に向けて声を掛けた者がいた。
「天之河はやっぱり迷宮攻略か?」
「?ああ、勿論だ。ここで諦める事は二人への裏切りだ。絶対に攻略す――」
「じゃあ俺は訓練だな」
清水幸利だ。清水はもう話は終わりだと席を立つ。彼の魔法の腕は精鋭と言って良い程で恵理としては攻略に参加してほしかったが、今のセリフから無理だと分かる。
「そ、それはどういう…」
「信用出来ね~。って意味だよ。いざって時、頼りになるのは岸波の方だって、今回の件で分かっただろ。その白野が居なくなったんだ。だったら、少しでも安全な訓練の方を選ぶのは当たり前だろ」
「だが、あんな状況で最善の行動なんてわからないだろ‼俺が間違えていたのは、認める。だが、結果論だろ⁉」
「それが全てだろ。中村、もういいだろ。俺は訓練に参加する」
「そう、だね。うん、訓練に参加するという人は、退室してメルド団長に報告してほしい。あと、最後に言わせてもらうけど、結果の責任はこの場にいる全員にあることを忘れないで」
「…そうだったな」
恵理の返答を聞いて清水はさっさと部屋を出る。パタンという扉が閉まる音に続いて、席を立って部屋を出る人たちがゾロゾロと続く。
「いいの?エリリン?」
「白野が生きてるって根拠が、紙より薄い事は自覚してる。だから、残った迷宮攻略組にだけ言う」
「そっか、分った」
そうして残ったのは15人。チンピラグループはこっちの方が威張れそうだという理由で残っている。
「それじゃあ、この15人が暫定の迷宮攻略組ということになる。その上で私の目的を伝えたい」
可能性は1%にも満たない妄想のような可能性。でも、それでも恵理は賭ける。同じく白崎も賛成した。助けられる可能性があるならば、助けられるよう最善を尽くしたい。
「降霊術を何度使っても白野が呼び出せなかった。白野が死んで私の所に来ないなんてありえない。だから、もしかすると、白野は生きているかもしれない。
例えば落下先は地底湖で、幸いにも水と魚なんかの食糧が確保できる状況なのかもしれない。それは南雲にも言える。
だから、お願いします。あのベヒモスと戦った60層より下層に出来るだけ早く到達したい。無茶なことを言ってるって自覚してる。荒唐無稽な話だって分かってる。でも、それでも、私は白野の生存を諦めたくない。だから、お願いします。力を貸して下さい」
そう言って、恵理は立ち上がって頭を下げた。お願い自体は恵理の誠心誠意の本心だ。
だが、何事も感情論で動かすよりも筋を通した方が結果は良くなる。
「勿論だ。俺も、二人が生きている可能性が僅かにでもあるなら、協力する。いや、させてくれ」
「だな、南雲の奴には俺も助けられた‼今度は俺の番だぜ」
「助けたうえで、謝らないとね」
勇者パーティーは雫と香織を通して予め話を付けてある。まずこのエースパーティーを説得できなければ話にならない。故に、根回しはする。
「俺達のパーティーも賛成だ。この重苦しい雰囲気を一変するには、そのくらい劇的な明るい話題が欲しい。その上で南雲と岸波を助けられるのなら完璧だ」
永山パーティーには二人の女子、辻綾子と吉野真央に鈴から話を持ち掛けている。
白野やハジメと接点が薄く、今回の件に積極的に賛成する理由がない。そもそも攻略組に参加するかどうかも危ぶまれていた。
だが二人はすでに迷宮攻略に参加することを決めており、白野・ハジメ救出作戦についても概ね賛成だった。
二人の賛成意見を受けて、すでに永山パーティーは救出作戦賛成派になっていた。
そして最後のチンピラグループ…に視線が向いた時、一人の男が立ち上がる。
坂上や永山が眉を顰め、白崎の冷たい視線が向けられるその男は、ベヒモス事件の元凶、檜山大介だ。
「頼みがある、俺も、どうか参加させてほしい。それしか、償い方が無いんだ」
立ち上がった男は即座に土下座を実行した。パーティーメンバーの中野・斎藤・近藤は狼狽える。もともと目の上のたん瘤だった二人が居なくなったところで気にしては居なかったのだ。今回の件も賛成ではなかった。
「足手纏いは要らない。訓練中に人の話を聞かない奴なんか要らない」
「ああ、当たり前だと思う。でも、そこをどうか許して欲しい。指示に従う。このまま人を死なせて終わりなんて耐えられないんだ」
長い沈黙が降りる。息の詰まる時間だったが、状況はキチンと動いている。
檜山の話を理解したチンピラグループは仕方ないと頷きあって立ち上がり、頭を下げた。
「俺らからも頼む。こいつの行動を止められなかった俺らにも、責任はあるからよ」
「お前ら…」
まるで芝居のような展開ではあるが、だからこそ現実では得難いシーンだ。友人の為に頭を下げるというのは、中々出来ない。
「俺はいいんじゃないかと思う。トラップに掛かってからの動きはかなり良かった。見るべきところはある」
「俺も賛成だ。元々あのトラップは壁の中に埋まっていた物を俺が掘り出してしまった。そんなところにある物がトラップだと予想するのは難しいだろう。今回の件は十分に反省して、活かして欲しい」
永山、天之河の賛成を受けて場は受け入れる方に傾いた。元々恵理はパーティーメンバーを失った個人だ。パーティーリーダー二人が参加を認めた時点で可決となる。というか、チンピラグループを入れないと人数が少なすぎる。
「パーティーリーダー二人が決めたなら、私も受け入れる。でも、軽率な行動はしないで」
「ああ、勿論だ」
最後に恵理が受け入れを明言して会議は終了する。
岸波白野、南雲ハジメの救出作戦は採用された。
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クラスメイトも友人も、投げ打つことは出来なかった。
けれど、クラスメイトの背中を後ろから撃つような屑ならば、
「使い捨てにしても、良いよね」
心から反省し、名誉挽回を誓う檜山大介君を応援して上げてください!!
原作知識について、(ありふれ読了、EXTRA、CCCクリア)
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ありふれ、EXTRA両方知ってる
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ありふれのみ知ってる
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EXTRAのみ知ってる
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両方知らない