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一際大きな大広間にかつて地獄を顕現させた魔法陣が出現する。
現階層 第65層
前方、ベヒモス 討伐記録…無し。
「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」
「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」
当方、迷宮攻略組 不足事項 無し。
少女はメガネを掛けなおす。もはや唯一の拠り所となった白野からの贈り物。
これに触れると、不思議と背筋が伸びて、胸を張れる。命よりも…いや、命の次に大事な物だ。
心を落ち着けて、油断も慢心もなく、ただ少女は睨みつけた。
「僕は急いでるんだ。そこ、どいて」
焦燥すらも力に変えて、中村恵理は敵を睨みつけた。
「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」
先手は光輝の〝天翔閃〟だ。光属性強化を持ち、聖剣から放たれる剣光はかつての威力とは比べ物にならない。
ベヒモスの胸に深々と剣線が刻まれる。
「いける‼俺達は確実に強くなってる!永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から包囲‼後衛は恵理の指示に従え‼」
「了解。火属性上級の一斉、準備!吉野は付与を優先!」
中村恵理はパーティーメンバーを失った実質的なソロだが、その視野の広さは誰もが認めるところだった。彼女をただの一後衛として扱うくらいなら、後衛組のリーダーとして採用することになった。
「ふむ、やはり恵理をリーダー格にしたのは正解だったな」
かつての恐慌を思うと随分な成長だ。問題は南雲と白野の捜索に今も拘っている点だ。
今は問題ないが、果たして『見つからない』という結果を受け入れられるかどうか、精神的に不安もあるが、それは今後の課題だ。
「まずはコイツを、倒すとするか‼」
正面ではベヒモスの突撃を坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いて食い止めている。
「「猛り地を割る力をここに! 〝剛力〟!」」
「勇敢なる戦士に不退の力を! 〝不抜〟!」
付与術士である吉野の付与と自己能力を向上させる強化魔法により、ベヒモスの突進は止められた。
絶好の機会。攻撃のチャンスだ。
「全てを切り裂く至上の一閃 〝絶断〟!」
南雲ハジメが最後に作った日本刀最高作『漆』は八重樫雫の抜刀術により音より速く振り抜かれ、ベヒモスの角をおよそ半分、断ち切った。
「シッ」
返す刃、コンマ5秒未満で第二の刃が放たれる。理想的な剣筋の居合切りは、ベヒモスの角を両断した。
「これが彼の実力よ。ふふ、親友の人を見る目は確かみたいね」
居合切り。
撓りのある日本刀の代名詞ともいえるこの技は刀の質に大きく左右される。
重心、撓り、強度、厚み。様々なパラメータの微調整を繰り返し、繰り返し南雲ハジメは行った。
最初の完成品では刃が立たなかった。改良品では刀が折れていた。『漆』の前作では僅かに両断には至らなかっただろう。
ベヒモスの角を両断するという戦果は、間違いなく南雲ハジメが齎した戦果だった。
同時に、
「メルド団長、合わせてください‼」
「ああ、行くぞ光輝‼」
天之河光輝とメルド団長がもう一本の角に剣を叩きつける。
「「粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ 〝豪撃〟!」」
わずか2ヶ月強でメルド団長と同等レベルの王国騎士剣術を習得した天之河光輝はやはり才能の塊だろう。
勇者としての優れた筋力と俊敏を活かし、大上段から渾身の振り下ろしが叩きつけられる。
それに合わせるのは王国最強、メルド・ロギンス。光輝の振り下ろしと挟み込むように下段からの切り上げを放つ。
結果、ベヒモスの角は割りばしを圧し折るかの如く、ボキリと折れた。
「ひと暴れ来る、下がれ‼」
「鈴、防御!白崎さんは私に!」
「「了解!」」
有効打を二発、だが決着が着くようなダメージは無い。油断せずに光輝は前衛に下がる指示を出す。
恵理は合わせて鈴と香織に指示を出す。
「ここは聖域なりて、神敵を通さず 〝聖絶〟‼」
「霧の如く惑い、沼の如く溺れよ 〝昏瞑〟」
「天恵よ 神秘をここに 〝譲天〟」
痛みに暴れるベヒモスに、中村鈴の聖絶が前衛との間に護りを発現させる。体重の乗った一撃により、聖絶は一撃で破壊される。すぐに追撃が…こない。
その答えは恵理の〝昏瞑〟だ。三半規管へのデバフ攻撃である闇属性魔法を〝聖絶〟とぶつかる瞬間に合わせることで怯ませることに成功する。間に合わせるために詠唱を省略したが、香織の〝譲天〟により威力低下を防いでいる。
敵は隙を晒し、前衛は距離を取り、間に障害物は何もない。
「斉射‼」
「「「「「〝炎天〟」」」」」
光輝の号令で術者5名の炎系上級攻撃魔法が発動する。
超高温の高熱球体がベヒモス直情に出現。何もかもを焼却する火炎が落下する。
それを黙って受ける程、ベヒモスも往生際は良くない。両断された二つの角が赤く赤熱する。
「固有魔法!?角を折ったのに‼」
後衛組から困惑の声が上がる。無理もない、角を封じれば固有魔法が使えない。そう考えたからこそ、初手で二本の角を折ったのだ。だが困惑している時間はない。ベヒモスは炎球へ躊躇うことなく突撃し、突破した。
「ここは聖域なりて、神敵を通さず 〝聖絶〟‼」
「天恵よ 神秘をここに 〝譲天〟‼」
いかに高威力の上級5発とはいえ、突進によって強引に突破されては有効打とは言いにくい。もちろんダメージにはなっているが、ベヒモスの戦意は未だ高かった。
「…天之河君は神威を、鈴はそのまま耐えて。前衛組は後ろ脚を、後衛は中級で前足を攻撃」
「それしかないか。みんな、あと少し耐えてくれ‼ 神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!」
「結局最後はそうなるのね。良いわ、時間稼ぎくらいやって見せる‼」
「いい恰好ばっかりさせるかよ‼詠唱前に片付けてやるぜ‼」
今回ばかりはエースパーティーも戦意が高い。正直あの時の事を許せるかはまだ分からないが、少なくとも今は非常に頼りになる。
なにより前回いた骨の大群が居ない上、足手纏いが居ない分非常にやり易い。この時点で、恵理は勝利を確信した。
「エリリン結構キツイよこれ‼」
「良いから耐えて 全盛は終わりを告げ、然るは唯衰えるのみ 〝衰勢〟」
「厳しいのか優しいのか分かんないね‼相変わらず‼」
横から泣き言が聞こえてきたため、つまらないことで逆転されても嫌なので筋力へのデバフを打っておく。対強敵ならデバフは強いのだ。
鈴の癖にもう少し耳心地のいいセリフが言えないのかと思いつつも油断なく戦況を見守る。前衛組によって後足の健を絶たれ、前足を潰されたベヒモスはもはや唯の的。
光輝による光の砲撃によって、ベヒモスは沈黙した。
これが、2週間ほど前の事だ。
◇
恵理たちは今、王都王城に帰還していた。
完全未知の65階層以下の攻略が難航し、メンバーの疲労が無視できないレベルにまでなったからだ。
65階層から追従出来る王国騎士はもはや最精鋭である近衛騎士のみとなり、迷宮内で野営を行う場合は65層まで戻るということを繰り返していた。
新しくマッピングの必要性も出てきて、順風満帆だった迷宮攻略は一転、一進一退の地道な作業となっている。
恵理としては非常に焦っている。いっそのことあの崖から飛び降りて下層までショートカットしたいと思うくらいには焦っている。長いワイヤーと王国の錬成士を連れてくれば、崖下に向かって降りていくことも出来るのではないかとも考えた。長さが足りなければ錬成士が継ぎ足す形だ。
だが、しなかった。というのも、人目を避けて緑光石の塊を落としてみたが、音も光も帰ってこなかったのだ。いくら下が地底湖だったとしても、水面との激突で死亡するレベルの高さだと分かる。
この事実を知られたら、もう諦めろと言われるのが目に見えている。故に黙っていた。
「…はあ、ダメ。この休息は必須だ。新しい装備の受け取りも出来た。王国の情報収集も出来た。迷宮内じゃ出来ないような訓練も出来た。だから、割り切れ、僕」
気が狂いそうなる焦燥をため息一つで黙殺。死んでいる可能性は考えるだけ無駄だ。そうなったら恵理はこの世界のすべてがどうでもいい。だからこそ、危惧すべきは間に合わない可能性だけだ。
「訓練組から何人か引き抜けるかと思ったけど、それも無理だったし」
訓練組も能力は非常に高くなりつつある。騎士たちと厳しい訓練を受けることで仲間意識も醸成されつつあり、なんならメイドの一人といい感じになっている男子もいるくらいだ。まあ、メイドとしてはある意味玉の輿になるのかもしれない。
だが、だからこそそこから引き抜くのは避けるべきだった。部隊運用を前提とした訓練である以上、迷宮攻略組とは求められる実力が違う上、この世界で出来たコミュニティから抜けたいと思う人も少ないだろう。
恵理はふと忘れそうになる感覚だが、クラスメイト達は突如召喚に巻き込まれて家族から引き離されたのだ。一度出来たこの世界での居場所を、そう簡単に捨てられるわけがない。
「案外、こっちに永住する人も居たりしてね」
元の世界なら唯の高校生だが、戦争の終わったこの世界なら救世の英雄だ。彼女とこの世界で結婚する。という人も居るだろう。
と、循環する焦りの思考を断ち切るため、関係のないもしもの話を考えていた時だ。コンコンというノックが響く。
「エリリン生きてる?晩御飯、一緒に食べよ」
「私は一々生存確認をしないといけない程儚い命なの?今行くよ」
言外に『今にもとち狂ってヤバい手段に手を染めそう』と言われた恵理は素直に扉を開ける。ここでごねると扉を蹴破ってくるのだ。…ちょっと降霊術に深入りしすぎてあちら側に半歩踏み込んだだけだというのに、心配性な鈴である。
「…ま、化粧で隠れる程度なら良しとしますか」
「何様のつもりだよ」
「友達様だよ」
指摘されたのは化粧で隠した目の隈の事だろう。迷宮攻略中は正直疲労もあってすぐに眠れるが、王都に帰ってふかふかのベッドで寝ると『こんな事してる場合じゃない』なんて考えがよぎる。こればっかりはどうしようもない。
鈴も深く言及せず、話題を変える。
「いよいよ明日帝国の使者さんが来るわけか~、どんな人かな?」
「ゴリッゴリの武闘派だと思うけど」
「どうして?」
「目的が政治じゃなくて、光輝や私たちの戦力の見極めだからね。文官をよこしても意味がないよ」
「あ~なるほどぉ」
気の抜けた返事をする鈴を横目に、恵理は虚空へと視線を向ける。
そこにはうっすらと浮かぶ、女性の人影があった。
『皇帝陛下、ご本人だったよ』
女性はこともなげに呟いた。今来ている使者は帝国の皇帝陛下その人であると暴露する。だが、それに鈴は反応せず。恵理もまた視線を前に戻した。
それは…期待されているのかな?と恵理は疑問に思う。
王国を根本的に信用していない恵理は降霊術を使って情報網を敷いていた。というよりも、降霊術を使って降霊術士を呼び寄せ、よりレベルの高い降霊術を教わる。あの事件の後閉じこもっていた時間に行ったトレーニングの副産物だ。白野の魂を探し出すために行ったトレーニングだったが、今では王国の政情や自分たちの評判の把握等、様々な情報収集に活かしている。
「たぶん、天之河君の実力を実戦で計ってくると思う。油断しないように言っておかないと」
「今の光輝君が負けるとも思えないけど…」
「うーん、天之河君、駆け引きがド下手糞なんだよねぇ」
「ええぇ…」
遂に一対一でメルド団長に勝利した天之河光輝に対して駆け引きが下手糞という評価を下す恵理。
というのも、メルド団長に勝利できた理由は度重なる訓練の結果、個人の癖や流派への慣れが生まれたからだと考えている。実際、槍を使ったメルド団長との摸擬戦は精彩を欠いていた。
「いわゆる、帝国流剣術だか、槍術だか知らないけど、知らない流派に対応できるかどうか、てところじゃないかな」
結局、勇者・天之河光輝と皇帝・ガハルド・D・ヘルシャーの摸擬戦は決着が着くことなく終了した。
光輝の弱点を一つ、明るみに出して。
当然、見えてきた弱点を其の侭にしておくほど、中村恵理は甘くない。因みにその横顔を見た鈴はついドン引きした。最近では、いつもの事である。
「うわぁ…」
「メルド団長、凶悪犯罪者の裁判ってありませんか?死刑が確定しているような人の裁判です」
原作知識について、(ありふれ読了、EXTRA、CCCクリア)
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ありふれ、EXTRA両方知ってる
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ありふれのみ知ってる
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EXTRAのみ知ってる
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両方知らない