はくのんは転移した   作:鎖佐

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覚悟とはまだ程遠い


Side恵理 後編 〇した喀齬

 本来ならば剣を振り回すに似つかない豪華絢爛な大広間で、二人の男が剣を持って立ち合っていた。

 

「太刀筋は良い。技術もある。だがぬるい」

「…これは摸擬戦ですよ?頭を狙わないだとか、止められない攻撃はしないだとか、当たり前でしょう?」

「はぁ…メルドは見る目のある男だと思ってたんだがなぁ。っち、見込み違いだったか?」

「‼メルド団長を侮辱するのか⁉」

 

 国王や有力貴族たちが一同に会する謁見の間で摸擬戦を繰り広げる天之河光輝と使者の護衛。その正体はガハルド・D・ヘルシャー。帝国の皇帝である。

 

「だったらどうする。仮にも勇者をこんな腰抜けにしやがって。とんだ無能だ。帝国なら斬首刑だぜ」

「このっ‼」

「ほらまたこれだ」

 

 あからさまな挑発を繰り返すガバルドに、光輝は油断なく渾身の振り下ろしを叩きつける。だが、その剣は後から放たれる切り上げに逸らされ、高価なカーペットを切り裂いて終わる。

 勿論続けて切り上げへと繋げるが、当然防がれる。なぜならば…

 

「どうして防げない攻撃を打って来ない‼お前のステータスなら出来るだろうが‼俺が参ったなんて言うとでも思ってんのか!!?」

 

 無意識のセーブがあるからだ。ガバルドの言う通り、剣ごとガバルドを叩き切るつもりで打ち込めば、当てられるはずだ。何故そうしないのか。

 

「そんなことをしたら怪我じゃ済みませんよ!?」

「テメェの考え方の方が火傷じゃ済まねえって言ってんだ‼」

「ガァ!!?」

 

 僅かな隙に差し込まれた強烈な蹴り。鎧を着こんだ光輝を僅かに浮かせるほどの威力は光輝を完全な無防備状態にする。

 

「ホレ見ろ、お前の負けだ」

「っ!!?」

 

続けて放たれるのは顔面目掛けての突き技。いくら刃引きした摸擬剣でも確実に死傷を負うであろう一撃を放ってきた。

 だが、焦る王国の人間はいない。まだ光輝は本気を出していないから。

 〝限界突破〟を発動して急激に跳ね上がったステータスにより、天之河は右に飛んで避ける。直後に左側、突き出された剣の下を潜り込むように抜ける。

 

 未体験の速度によってフェイントを掛けられたガバルドは完全に光輝を見失う。完全に隙だらけだった。

 

「(これで終わりだ‼)」

 

 横なぎに払われる剣。狙いは首。寸止めで決着をつける。筈だった。

 響くのは甲高い音。完全に見失った相手の攻撃を、ガバルドは姿勢を崩しながらも剣を間に挟んで防いでいた。そして、

 

「そこまでにしていただきましょうか。これは殺し合いでも決闘でもなく、摸擬戦ですぞ。…ガバルド殿」

 

 剣を素早く振り上げ、反撃に転じようとしていたガバルドの目の前に、光り輝く障壁が割り込んだ。

 水を差されたガバルドはため息を漏らしつつイヤリング、変装のアーティファクトを取り外す。霧のようなエフェクトが晴れると、そこには細身でありながら極限まで鍛え上げられた肉体を持つ、銀の狼を連想させる男が現れた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

 堂々とした謝罪文を諳んじるガバルドはしかし見事な話題の転換を持って場を収め、晩餐会にて光輝を勇者として認めた。とはいえ、それが形だけの方便であることは特殊な情報網を持つ恵理には筒抜けだった。

 

 

 

 

 一幕、皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーの帰りの馬車にて…

 

「おい、昨日の発言は一部取り消す。どうやら有能な神の使徒もいるらしい。大使館に連絡して全員の能力と評判、人物鑑定を急がせろ。迷宮攻略にも人員を出せ」

「はっ、急ぎ取り計らいます。…しかし、よろしいので?」

「ああ。あの雫とかいう娘は期待できる。だが、中村恵理といったか。あいつは今すぐにでも戦場に出せるだろうよ」

 

 ガハルドは朝の訓練を見学した際の一幕を思い出す。雫の性質を看破したガハルドは愛人になれと声を掛けた。だが…

 

『失礼ながら皇帝陛下、残念ながら八重樫さんにあなたの愛人になるメリットがありません。この戦争が終われば、私たちは救世の英雄ですよ?もっといい条件が山ほどあります。王国が無くならない限り(・・・・・・・・・・・)、そのような要求は受け入れません』

 

 王国が無くならない限り…、こんなフレーズが出てくるのは自分たちの後ろ盾が王国一枚であると理解した人間だけだ。

 そうとも、魔人族を滅ぼした後は王国も平らげる。神の使徒は対魔人族の戦争で死ぬなり、元の世界に帰るなりしてくれればそれで良い。加えて、勇者をみて脅威はないと判断できた。しかし、

 

「危惧するべきはリリアーナとメルド・ロギンス含む近衛騎士くらいだと思っていたが…さて、どう転ばすか」

 

 警戒すべき敵は味方につけるに限る。武力で皇帝の座に就いたガハルドだが、何も腹芸出来ないわけではない。

 武力、知略、人脈に権力。ありとあらゆる手段を修めてこそ、実力があると言えるのだから。

 

 

 

 

 

 恵理たちが召喚される約一年前、王都内で放火事件があった。

 その事件は暖炉の火の引火が原因…に見せかけられた、強盗殺人の隠蔽工作だった。だが、王都のお膝元で発生したその凶悪極まりない事件を憲兵団は完璧に暴き、実行犯のすべてを捕らえた。これらは神の使徒たちには一切何の関係もない、すでに解決した凶悪事件であり…

 

 今日、その結末が最終裁判という形で下される。

 

「当初この館に住んでいたシャルル夫妻並びに男児一名、女児2名を虐殺し、館に火を放った情状酌量の余地なき凶悪事であることは明らか。実行犯3名の極刑を言い渡す」

 

 長々と行われた裁判は予定道理の筋道を通って3人の極刑が決定された。

 

「まあ当然の結果だね。実際、私も事件現場で降霊術を使って確かめてみたんだ。間違いなくあの3人だよ」

「そうか、なんの罪もない人たちに対して、そんな事を…‼」

 

 本来なら何の関係もない裁判を傍聴するのは勇者、天之河光輝と中村恵理、そして二人を連れてきたメルド・ロギンスだ。

 

「…裁判の判決は下された。3人は遠からずにギロチンの錆になるだろう、特に主犯の公開処刑は確定だ」

「…公開、処刑?」

「ああ、円形闘技場に設置される処刑台での公開処刑だ。凶悪犯は見せしめとして、人前で処刑される」

 

 まるで悪いことをするとこうなるぞ、と脅しが目的であるかのように語っているが、実際は唯の娯楽だ。実際、ギロチンで断ち切られるのは首ではなく、腰。腰断と呼ばれる処刑法で、あえて即死しないような致命傷与え、見世物にしている。光輝は知る由もないが。

 

「…な、何故そんな事を、彼らは許されないことをした‼でも、それでも死を辱められる必要はない筈です‼」

「………」

 

 メルド団長は重く、苦しい表情で思い悩む。だが、恵理から提案された内容が実に効果的であることが理解出来てしまう。だが、これは余りに人の道に反しすぎてはいないだろうか。

 

 ふと、隣に座る恵理に目を向ける。目を瞑って、震えていた。

 

「(ああ。俺はとっくに、人の道を踏み外していたのか)」

 

 メルド団長は決断した。とっくの昔に人としての道も騎士道とやらも汚していたことに気付いたのだ。それでも、外道に落ちても、地獄に落ちても守りたい物がある。故に、彼らに人を殺させる決断をした。

 

「ついて来い」

 

 

 

 たどり着いたのは死刑囚収容所。清潔とは程遠い場所ではあるが、最低限の清掃はされていた。というか、今回勇者が来ると連絡を受け、急遽大掃除が行われたのだ。

 

「今回の死刑囚3人の公開処刑が決定された。3人とも、処刑台の上で見世物として死に、死体は森の中に捨てられる。出来る限り尊厳を貶し、こんなことをするなという秩序の抑止力になる」

「それは聞きました。ですが、態々こんなところに連れてきてどうするんです?」

 

 明らかに機嫌の悪い光輝を連れてメルド団長は廊下をずんずんと進む。敷物すら敷かれていない石造りの建物はかなり肌寒く、安物の蝋燭のせいで凄まじく臭い。その有様が死刑囚とはいえ余りの扱いに思えて光輝はさらに気分を害していた。

 

 だが、そんな機嫌も、たどり着いた金属製大扉が開いた瞬間吹き飛んだ。

 

 ギロチンが鎮座していた。膨らみのある黒い布の塊が台の上に置かれ、若干の微動がある。

 

「天之河光輝。お前はこれから神の使徒として、敵を殺さなくてはならない。彼らには人を殺す覚悟決めるための尊い犠牲になってもらう。その後遺体は火葬され、遺灰のみ遺族に返還されることになっている。……言うまでもないが、これは彼ら凶悪犯罪者にとって、特大の恩赦だ」

 

「………は、俺が、俺がころす?」

「これは殺人ではない。正式な裁判で決定された処刑で、恩赦だ」

「ま、待ってください、どうして俺がそんな事を!?」

 

 激しく動揺する天之河光輝に覚悟を決めたメルド・ロギンスは真剣な表情で語る。

 

「もうすぐ戦争だからだ」

「だ、だからって!!?」

「光輝。強制は、しない。だが、拒否した場合あの男は公開処刑で、死体は森に捨てられる。これがこの国の法だ。だが光輝の戦士としての成長に寄与した恩赦で、火葬と遺灰の返還が許されるんだ」

「だ、だったら…ほかの皆は如何するんですか!?」

「遠征の形を取って、盗賊団の討伐を計画している。例外なく、『殺す』という事をやってもらう」

 

 青い表情で後ずさり、今にも崩れ落ちそうな光輝は、ふと距離を取ったことで視界に入った恵理に注目する。なぜ、ここに彼女がいるのだろうか。今も同じく青い顔で震えている彼女は、まるで最初からこうなることを知っていたかのようだ。

 

「なあ、恵理。まさか、君の発案なのか」

「…天之河君なら、盗賊なんかぶつけても、殺さないように制圧するくらい、出来るからね」

「なんでこんなことを‼」

 

 胸倉を掴み上げて恵理を締め上げる光輝。今光輝には中村恵理が極悪の魔女に見えていた。

 

「お前のせいでクラス皆が人殺しになるんだぞ!?判ってるのか⁉」

「戦争がっ、始まれば、皆そうなる!!」

「敵は魔人だろう⁉」

「魔人族はっ、魔物を従えた人間だ!!」

「そんな訳が、」

 

 光輝の恵理を掴み上げる手が、メルド団長によって締め上げられ、離される。

 

「その通りだ。奴らは、れっきとした人間だ」

「…は?なら、どうして、人間族と魔人族に、分れて…」

「我々こそが、神の定めた人間であるという、宗教的主張だ」

 

 日本人にとって宗教というのは縁遠い。ましてや尤も接点が深い仏教というのも、極めて道徳的で善行を良しとする。

 魔人族を滅ぼせ、などという教えが宗教として根付いているというのが、理解出来ないのも無理はない。

 

「戦争が始まったら、善悪の区別なく、敵を殺さなくちゃいけない。その準備だよ」

「…せ、戦争が始まったら、魔人族の使役する魔物だけ殺せばいい。敵兵を捕虜にして、継戦能力を奪うんだ。先生のおかげで食料には余裕がある。停戦条約も有利に出来る筈…」

「戦略として、無いとは言わん。相手が帝国なら採用出来た。だが魔人族は以前、捕虜ごと魔法で爆殺するという手を打ってきている。リスクが高過ぎる」

「そんな…」

 

 立ち尽くす光輝を無視して、恵理はギロチンに向かう。断頭刃はすでに吊り上げられている。あとはレバーを引くだけで、スッパリと頭を断ち切ることが出来るだろう。

 

「お、おい。恵理やめろ‼ひ、人殺しなんだぞ…!?どうしてそんなことが出来るんだ!?」

 

 またも実力行使で止めようとする光輝をメルドが抑える。実に後味の悪い仕事だ。しばらく酒も苦くて飲めないだろう。

 

「あの人殺しの噂は本当だったんだな!?恵理‼だから殺せるんだろう‼もう人を殺してもなんとも思わないんだろう‼」

 

 喚き散らす光輝の言葉は…すでに恵理の耳に入っていない。思い出すのはあの日の事。男がトラックに跳ね飛ばされ、肉の塊へと変貌した時の事。

 

 もし。もしも時間が巻き戻ったら、白野は石を窓に投げ入れるだろうか。それが人を殺す一石になると知って、投げるだろうか?

 怖くて、聞けない。

 

「やめろおおぉぉぉ!!!!!!」

 

 ガコン

 シュザン

 

 精神的負荷を考えて掛けられた黒い布に、赤いシミが広がり、体部分が一瞬、大きく跳ねる。

 光輝はついに腰が抜け、メルド団長はフラフラと後ずさる恵理を支える。

 

「すまない。情けない大人で、すまない。…火葬場へ運搬しろ‼」

 

 青い表情で浅い呼吸を繰り返す恵理は、呆然と目の前の死体の運搬作業を眺めていた。

 黒い布を出来るだけ捲らないよう配慮されているが、手足の拘束を外した時、それが間違いなく人であると理解する。

 頭を持ち上げた時、ボタボタと落ちる赤い液がその惨状を連想させる。

 中村恵理は、間違いなく、人を殺した。

 

「お、おええ、」

 

 胃液だけを吐き出した恵理は、泣きながら、嘔吐きながら叫んだ。

 

「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい‼白野ぉ‼ああ‼ごめん‼ごめんなさい‼」

 

 この、死にたくなるほどの罪悪感を、岸波白野も抱いたのだろうか?

 





お前が言い出しっぺだろって?
子供にそんなこと言っても意味ないよ。

だからって子供のままで居られても迷惑だけど。

原作知識について、(ありふれ読了、EXTRA、CCCクリア)

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