※アニメネタバレ注意

スクールアイドルフェスティバルと高咲侑の転科試験を終え、夏休みも終わった9月。

中須かすみは、猫のはんぺんを探すために、校舎裏にいた。

そしてそこで見たのは、想い人である桜坂しずくが、演劇部部長から告白され、それを受け入れている光景だった。

これは、桜坂しずくのことが大好きな中須かすみの、失恋後の心模様のお話。

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開いていただきありがとうございます。

この二次創作は、アニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の世界であるという設定です。本編はすべて見ているという前提で書いているため、全話視聴後に読むことを推奨します。


雨と無知

「ふーんふふーん、かっすみんは今日もかっわいっいぞ~♪」

 

 九月。季節柄、今一つ天候が安定せず湿気が多くて残暑もあり、じめじめとした空気だ。

 

 それでも中須かすみは、虹ヶ咲学園の校舎裏手に向かう道を、鼻歌まで歌いながら、上機嫌でスキップしていた。

 

 八月のスクールアイドルフェスティバルは、途中トラブルこそあったものの大成功をおさめ、そのあとにあった尊敬する先輩・高咲侑の音楽科転科受験も、無事成功した。そして今、スクールアイドル同好会は、次なるステップへと進もうと全体の意識も前向きになっている。この気が乗らなくなりそうな季節もなんのその、と言った具合だ。

 

 そんな中、かすみは今何をしているのかと言うと、部活仲間でありライバルであり同級生である璃奈が拾ってきた白猫・はんぺんを探している。

 

 賢くて聞き分けが良いが、やはり猫なので気まぐれだ。用がある今日に限って、校内を気ままにお散歩しているらしい。目撃証言によるとこちらのほうにいたというので、人気のない校舎裏手を探しているのだ。

 

「歩夢先輩には『ピョンッ!』を勧めましたけど~、もう動画出されちゃったのでぇ~……にっしっしっし」

 

 本人的にはトラウマ気味だが、あの歩夢はかわいかった。自分が世界で一番かわいいが、その牙城が崩されそうだった。

 

 そういうわけで今回、かすみは、本物の猫・はんぺんを参考に、「にゃん♪」で対抗しようとしているのだ。

 

 そもそも「ピョンッ!」自体、自分が出したアイディアだ。それに連なり対抗する手段も用意するのは容易いのである。

 

『かすみんだにゃん♪』

 

「うん、絶対、かわいい!」

 

 一瞬で、光り輝く未来が浮かぶ。動画サイトにアップロードして即有名になり、再生数も高評価もコメントもがっぽがっぽ、名実ともに世界のかわいいかすみんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……しず子も、よろこんでくれるかな」

 

 

 

 

 

 

 

 そして同時に思い浮かべるのが、親友の顔。

 

 高校入学してから出会ったので、まだ半年も経っていない。それでも妙に気が合って、同好会の唯一の同級生だったということもあって、よく一緒にいるようになった。

 

 そして二か月か三か月ほど前に、お互いの気持ちをぶつけ合ったことで、さらに仲が深まったのだ。

 

『22点でにゃんにゃん♡ かわいいじゃん!』

 

 思い出すのは、夏休み前に行われた定期テストの結果だ。22点。元々お勉強は苦手であり、そこに同好会関連の忙しさが重なって、学力はとんでもないことになっていた。それを見た親友・桜坂しずくの台詞がこれである。

 

 はっきりいって、ちょっと、いや、結構、いや、かなりむかついたが、一方で、後から考えると、嬉しくもある。

 

『そのうち他の事でも人から違うなって思われることが怖くなって』

 

 教室で、初めてさらけ出してくれた本心。

 

『だから演技を始めたの。みんなに好かれる、『いい子』のフリを……』

 

 きっかけは些細なことだったのだろう。それでも、彼女をずっと縛り付けてしまっていた。

 

 だが、彼女は、そこから前に進むことができた。その結果として出てきたのがあの煽りだというのなら、まあ、甘んじて受け入れてあげなくもない。

 

 ――かすみは、全世界の人間に、「かわいい」を伝えたい。

 

 だが、今はそれに加えて、「特別な一人」に、「かわいい」と言ってほしいのだ。

 

 彼女にとって、しずくが「かわいい」と言ってくれるのは、それだけしずくが、自分をさらけ出せている象徴なのだから。

 

 そういうわけで今回、「にゃん♪」で行こうというのは、初めて真正面から「かわいい」と言ってくれた「22点でにゃんにゃん♡」に重ねた面もある。

 

 …………いや、理由はそれだけではない。

 

「かわいい」と言ってくれるのが、しずくが自分をさらけ出せている象徴であるのが確かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとともに――ただただ、しずくに、「かわいい」と思われたい。もっと「かわいい」と言ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしかしたら、しず子のこと好きじゃないって言う人もいるかもしれないけど!』

 

 あの時は勢いに任せて言ってしまった。

 

『私は桜坂しずくのこと、大好きだから!』

 

 きっと、「そういう意味」で捉えられてはいない。自分自身、あの時も「そういう」つもりで言ったわけではなかった。

 

 でも今は、はっきりと分かる。

 

 ――中須かすみは、桜坂しずくのことが、大好きだ。

 

「……だぁああああもう、今はそれは置いておいて!」

 

 頭を振って、連鎖的に思い浮かぶあれこれを吹き飛ばす。このままだと、変な気分になってしまいそうだ。

 

「とりあえず今は、はんぺんを探すことに集中!」

 

 人気はないが自然は豊富な校舎の裏手。人懐っこいとはいえ、動物であるはんぺんは、ここを憩いの場としていることが多い。

 

 見回して、あの真っ白な体がないか探す。

 

「あ、見つけた!」

 

 その姿はすぐに見つかった。校舎の影で暑さをしのぎながら、のんびりと歩いている。

 

「待って~」

 

 はんぺんが彼女に気づいている様子はなく、さらに奥へと進んでいく。

 

 かすみは迷わずそれを追いかけ、そしてついに捕まえた。

 

「よーしよしよし、いい子だぞ~。君はかすみんの『かわいい』に貢献できるのだ、名誉だぞ~」

 

 猫なで声を出しながら頭を撫でる。少し鬱陶しそう――なぜだか知らないが若干嫌われ気味なのだ――だが、気持ちよさそうにもしている。

 

 さて、さっそく部室に戻って観察だ。

 

 そう踵を返そうとしたとき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、私やっぱりさ」

 

「……先輩、だめです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに奥の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「……しず子と、部長さん?」

 

 何やら、切羽詰まったような声音だ。

 

 こんな人気のないところでわざわざ話しているということは、深刻な内容なのかもしれない。

 

 かすみはつい、悪いとはわかりつつも、足音を立てないようにそっと近づいて、陰から伺う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の壁にしずくがもたれかかり、その壁に手をついて、演劇部部長が顔を寄せている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぇ?」

 

 口から無意識に、か細い声が漏れた。

 

 脚から力が抜けて、体が震えてくる。

 

 あれは、まるで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、貴方のことが好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸が締め付けられる。鼓動が急に早くなって、息が乱れてくる。

 

 まるで、ではなかった。

 

 告白そのものだ。

 

 視界が滲んでくる。涙なのか、精神的に視野が狭まっているのか、その判断はつかない。

 

 ただ、その滲んだ視界でも、迫られている親友の姿は、はっきりと見えた。

 

 身を縮めて俯き、目を揺らして、何かを憂いているかのような表情。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………私も、好きです。先輩のことが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃああああ!!!」

 

「ぴい!」

 

 突如、腕の中のはんぺんが苦しそうに暴れ始めた。

 

 そのせいでかすみは裏がえった声で素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。

 

 当然、二人にも気づかれた。どちらもこちらを驚いたような眼で見ているが――すぐに、いつもの穏やかな笑顔に戻った。

 

「……かすみちゃん? どうしたのこんなところで」

 

 演劇部部長が、全校女子のハートを射止める甘いマスクに笑みを浮かべて訪ねてくる。焦った様子はない。いつも通りの自然体だ。

 

「え、えーっと、ちょっとはんぺんを探してて」

 

「ああ、なるほど、そういうこと」

 

 しずくが、納得したように、ポン、と手を打つ。こちらもまた自然体だ。

 

 二人とも、先ほどの切羽詰まったような雰囲気が嘘みたいである。

 

 ――いや、今の様子こそが、嘘なのだろう。

 

 校舎裏での告白と、その了承。そこに自分が、突然現れたのだから。

 

「じ、じゃ、じゃあ、かすみんはこれで!」

 

 二人に気を遣わせてはいけない。動揺していることを必死に隠し、たった今ここに来て聞こえていませんでした、と装いながら、その場を去る。今の自分の顔を二人に見られたくはなかった。

 

 一心不乱に走って、校舎裏から離れる。

 

 だが、人が集まる場所に行きたくはなかった。

 

 茂みの裏に座り、虫がいるのもかまわず、そこで呼吸を整える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれって、やっぱり……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前々からうすうす感じていたが、あの二人は、すごく仲が良い。きっとお互いに、想いを秘めていたのだ。

 

 ――あの二人は、両想い。その恋が、つい先ほど、ついに実ったということである。

 

「にええええええ!!!」

 

「ぎゃっ!」

 

 突然、腕の中のはんぺんに、顔をひっかかれた。

 

 急な衝撃と痛みに驚いたかすみは、つい腕を広げてはんぺんを開放して、顔を抑える。その隙に逃げ出したはんぺんは、フン、と不満げにこちらを一瞥すると、そのまま尻尾を向けて、茂みの奥へと逃げて行ってしまった。

 

 ……どうやら、つい力が入りすぎて、締め付けてしまったらしい。

 

 先ほど急に鳴きだしたのも、そういうことだろう。

 

 

 

 

 

 じわっ、と、頬の痛みが増してくる。

 

 それと同時に、ついに視界が、完全に滲んだ。

 

 そして、息ができなくなるほどの胸の苦しみも増してくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐす、ぐす、ふえええええええん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、中須かすみは、失恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☾☾☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 全員そろっての同好会の日だというのに、天候はあいにくの雨だった。

 

「あーあ、どうしよう」

 

 ツインテールの毛先の緑色が特徴的な先輩、高咲侑が、目じりを下げながら窓の外を見て呟く。

 

 今日は珍しくグラウンドの一角が取れたので、基礎体力づくりのためのレッスンをするところだったが、これではそうはいかないだろう。

 

 どうするせっつー? 

 

 こうなっては仕方ありません、この部屋でいっぱい運動しましょう! 

 

 でもできること限られてない? 

 

 大丈夫、トレーニング機器は借りてきてある。

 

 あら、さすが準備いいわね。

 

 えらいぞー、璃奈ちゃーん。

 

 いい子いい子~。

 

 各々が話して、どんどん方針が決まっていく。マネージャー的な役割である侑を含め、10人全員が個性的で、魅力的だ。

 

「はあ……」

 

 そんな中でも飛び切り個性的で騒がしい中須かすみはというと、窓際で頬杖を突きながら、物憂げに溜息をついていた。

 

「どうしたの、かすみさん。珍しく元気ないね」

 

「雨で物憂げなかすみんもかわいいもん」

 

(人の気も知らないで!)

 

 そんなかすみに、しずくが、隣に座って身を寄せながら声をかけてくる。

 

 その顔は今にも触れ合ってしまいそうなほどに近いし、夏服の半そでで晒された腕は実際に接触している。

 

 かすみは、あまり自覚はないが、とてもスキンシップが多いらしい。侑に甘えていたある日、歩夢がやたらと平坦な声で「くっつきすぎでしょ」と咎めてきたことがある。あの先輩、とてもかわいくて純朴だが、なぜだかたまにとても怖い。

 

 そして一方しずくはというと、あまりスキンシップは取らない方だ。それは吹っ切れたあの後も変わらない。遠慮するしないに関わらず、性格的にやらないタイプなのだろう。

 

 だが、こと同級生であるかすみや璃奈に対しては別だ。こうしてとても近い距離で話すこともあるし、よく頭も撫でてくれる。いつもなら嬉しさと緊張で胸が高鳴るが、今日は、逆に疎ましくすら感じた。

 

 当然、昨日のあれが原因だ。

 

 思い出しただけでも胸が締め付けられる。無性に渇きを覚えた喉をお気に入りのマグカップに入れたドリンクで潤しながら、また溜息をついた。

 

「え、かすみさん、まさかブラック?」

 

「天変地異。璃奈ちゃんボード、『驚愕』」

 

 しずくが声を上げると同時、璃奈が即座に反応してくる。

 

 普段のかすみは甘いものをよく食べるしよく飲む。コーヒーを飲むとしても、砂糖とミルクがたっぷりどころか、練乳が入ったものを好む程だ。それなりに甘いもの好きな彼方が一瞬吐き出しそうになるほどである。ちなみにエマはもっと甘いものを飲む。

 

 ただでさえ異常に大人しいかすみがさらにブラックコーヒーを飲んでいる。なるほど、客観的に見たら天変地異の前触れと言われてもおかしくはない。だが、昨日の湿っぽくも甘ったるい雰囲気の告白を見てしまっては、甘いものは胃もたれしそうで、とてもではないが飲めない。これぐらい苦い方が、自分の気分に合っていた。

 

 それにしても、この天気が憎らしい。

 

 気分が落ち込んでいるところに、まるで気を利かせたかのように、ぴったりな雨だ。

 

 どうせならば、思い切り心情に逆らって、晴れてくれた方がよかった。

 

 そうすれば、外で運動も出来て、空のように多少は気も晴れたかもしれない。

 

 とはいえ、今の自分の気分を見るに、晴天だったらそれはそれで、天気が自分に逆らっているようで苛立っていたかもしれないが。

 

 ――それでも、今この時の雨は、最悪だ。

 

 雨。どうしても、連想してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想い人・桜坂しずくは、雨がとてもよく似合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲良くなってきた5月か6月ごろ。彼女が住んでいる鎌倉のアジサイが見ごろだということで、家に初めて遊びに行くがてら、観光案内してもらったことがある。あの時もあの時で季節柄、しとしとと雨が降っていたが、そんな中で、傘を構えてアジサイを愛でている姿は、非常に様になっていた。アジサイよりも、しずくのほうに見惚れてしまったほどだ。悔しいが、あの瞬間ばかりは、しずくのほうが、自分よりも「かわいい」と言える。

 

 そして、しずくが羽ばたくきっかけとなったあの演劇。まるであの時の彼女の心情に沿うかのような劇の流れの末に、クライマックスでの、しずくのソロ。借りている外部施設だというのに構わず雨を降らす演出から、一転、晴れやかになっていく。あの時のしずくは、とても輝いていた。

 

(部長さん、考えてみれば、すっごくお似合いだな……)

 

 そうして思考は、演劇部部長へと移っていく。

 

 同好会が一時廃部になった時、しずくを演劇部へと連れて行った姿。一度決めたはずのしずくを役から降ろすと言ったこと。かすみにとっての演劇部部長は、はっきりいえば、「いやなやつ」だった。

 

 だけど、今考えると。

 

 廃部になった以上兼部していた期待の一年生には演劇部に集中してほしいのは当然だし、廃部で落ち込んだ気分を演劇で解消してもらう意図もあっただろう。

 

 一度しずくを役から降ろしたのも、しずく自身が吹っ切れるきっかけを作ってくれたからかもしれない。あの劇の筋書きを思い出すと、偶然では済ませられないほどに、彼女に寄り添っていた。

 

 そう、あの人は、ずっと、しずくのために動いていてくれたのだ。

 

 また、見た目もお似合いだ。

 

 線が細いながらも、すらりと背が高くて、頼りになりそうなカリスマがあり、甘いマスクが魅力の部長。

 

 おしとやかで、まさしく正統派ヒロインのようなしずく。

 

 二人が並ぶ光景は、想像するだけでも様になっている。

 

 しかもあの部長、ああ見えて結構お茶目だ。スクールアイドルフェスティバルの、かすみ・しずく・せつ菜と合同で行ったあれを考えたのもこの人である。いや、あれは少々お茶目すぎる気もするが。

 

 そういうわけで、親友の恋人として、これ以上ない存在である。

 

 その親友に、自分が恋していなければ、の話だが。

 

「……かすみさん、やっぱり、あまり元気ないみたいだね」

 

 窓の外をぼんやりとみて物思いにふけっていたかすみは、いつもなら矢継ぎ早に話すというのに、ずっと黙ってしまっていた。隣で待っていたらしいしずくが、心配そうに目じりを下げて、顔を覗き込んでくる。

 

(…………しず子ったら、もう)

 

 そんな様子に、無性にむかっ腹が立ってきた。実行には移さないが、その筋の通った鼻をつまんで引っ張るぐらいはしてやりたくなってくる。

 

 腹立たしいことに、しずくは、実に「いつも通り」だ。

 

 昨日あんなことがあったというのに。しかも、それをかすみに見られたかもしれないとなって、この翌日の自分の様子。少しは焦るなりなんなり、その様子を見せたらどうだ、と恨み言を吐きたくなる。

 

(………………やっぱり、私じゃ、足りなかったのかな)

 

 しずくは、特に自分に本心をさらけ出してくれているように思えた。

 

 特に、スクールアイドルフェスティバルで髪飾りを贈ってくれた時。今思い出してもそうだが、あの時の二人は、とても良い雰囲気だったように思える。心の底から、仲間になっていた。

 

 だが、今はどうだろうか。

 

 なんだか気分ではなかったが、つけて来ないのは露骨すぎるためにつけて来ざるを得なかった、月と星の髪飾りを指先で撫でながら、何度目か分からないため息を吐く。

 

 まるで以前の彼女のように、プラス方向にもマイナス方向にも色々穏やかではないだろう本心が、見事に仮面に覆い隠されている。

 

 というか、あの時、自分がいるとバレた直後の事。二人とも、即座にいつも通りの様子に戻った。演劇部は、みんな「ああ」なのだろうか。

 

 近くなったと思っていた距離が、今も物理的に近くにいるというのに、とても遠くに感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は桜坂しずくのこと、大好きだから!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いっそこの場で、あの時と同じ言葉を、別の意味で伝えてやろうか。

 

 だけどその勇気は、全く湧いてこなかった。

 

(…………私も、同じことしてる)

 

 しずくに比べたら大根も真っ青なほどに素人演技ではあるが、かすみも、本心を隠してしまっている。

 

 歩夢に対して自分の「かわいい」を押し付けてしまった時もそうだが、この悪癖はなかなか治らないらしい。

 

「その、これが気分転換になるか分からないけど」

 

 返事もせずにぐずぐず考えていたら、しずくが遠慮がちに、カバンから何やら取り出した。

 

「これ、今週末に演劇部がやる劇のチケット。中学生と保護者向けの見学会でやるんだ」

 

 視線を動かすのも億劫だが、そちらを見る。

 

「中学生向けだから、ちょっと明るいお話だよ。よかったら、かすみさんも、みなさんもどうですか?」

 

 ワッ、と、背後で仲間たちが盛り上がる。

 

 特に侑やせつ菜や愛は全身で「楽しみ」を表現しているし、無表情ながらも璃奈からは熱気が漂っている。この数分の間に「すやぴ」していた彼方も起きて、「いいねえ」と声に出していた。

 

「…………ありがと」

 

 他の子たちの様には、なれない。

 

 今の自分には、これを言うのだけが、精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☾☾☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局気分が晴れないまま、週末を迎えた。

 

 虹ヶ咲はその自由な校風とお洒落な校舎と優れた設備から、非常に人気の学校だ。志望者も多いが定員も多いため倍率は低くかすみでも入学できた、という過去はさておき、例年この見学会は非常に盛り上がる。

 

 特に、一番の特色である、数多くありながらそのほとんどが高い実績を誇る部活動群は、見学の目玉である。当然各同好会もそこに参加したところだが、あいにくながら数が多すぎて収拾がつかず、毎年抽選となっている。ちなみにスクールアイドル同好会も参加申請したが、スクールアイドルフェスティバルと言うドデカいイベントぶち上げて十分知名度を確保できているということで、他の同好会に譲るよう、中川菜々――せつ菜だ――から言われて、しぶしぶ引き下がったという経緯がある。

 

 故にスクールアイドル同好会は暇なので、演劇を見る余裕があるというわけだ。

 

(結局、来ちゃった)

 

 正直、悩みの種そのものであるしずくと部長が出る演劇など、見たくもない。体調が悪い、でドタキャンしようとしたが、それはしずくに悪くてできなかった。

 

 演劇の内容は、事前に聞いていた通り、中学生向けの分かりやすい内容だ。

 

 舞台はコテコテのお嬢様高校。王子様的人気を誇る主人公役の部長と、貧乏な家から受験し主席を取って奨学金で通うヒロイン役のしずく。上流階級が集う高校の先輩後輩である二人はいつしかひかれあうが、身分の差がそれを許さない。だが二人で、少しずつ乗り越えていく。

 

 少女漫画にありがちな筋書きだが、その高校生の部活離れした演技力と演出で、観客たちを引きつけていく。

 

 自分も、もしこんな心情でなかったら、純粋に楽しめていただろう。

 

 だが、よりによってあの二人の恋愛劇を見せつけられているとなっては、もはや精神的負荷で吐き気すら催してきた。

 

(もう、帰っちゃおうかな)

 

 そんなことすら考えてしまう。

 

 それでも、なんとか我慢して、クライマックスまでは見ることができた。もうすぐ終わりだ。それなら、最後まで見届けよう。それで、この想いも、断ち切るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってくれ!」

 

「ダメ、ダメです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一番の見せ場、主人公が告白するシーンだ。

 

 身分の違いを恐れて逃げるヒロインを主人公が追いかけ、いわゆる壁ドンをして、その顔を寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、私やっぱりさ」

 

「……先輩、だめです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………………あれ?)

 

 なんか、やけに聞き覚えのある台詞だ。

 

 具体的には、数日前に聞いて以来、ここずっと、脳内でリフレインした、あの時の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、貴方のことが好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王子様と言う求められた役割を取っ払って、一人の少女として、意を決して告白をする生徒会長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………私も、好きです。先輩のことが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、悩みつつも、ついに溢れる思いが抑えきれなくなったヒロイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(にゃああああああああああああああああ!!!!!!!!)

 

 必死に声を抑え、脳内で、あの時のはんぺんとは比べ物にならないレベルで叫ぶ。

 

 舞台上では何やらやたらとクオリティの高いミュージカルパート――虹ヶ咲演劇部の十八番でしずくがアイドルらしく得意としている――が始まったが、かすみはそれどころではない。

 

(じゃあ、なに?)

 

 あの時の言葉は、実際はただの演劇の練習で。

 

 二人とも見られてもいつも通りだったのは、それもただの練習だからで。

 

 ただただ自分だけが勘違いして、ここ数日、ずっと落ち込み悩んでいたということか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――かすみんのバカアアアアアアアアアアアア!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 劇をすべて終え、最後に演者全員で手をつないで並び礼をしている姿も、今のかすみの目には映らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「すっごかったよしずくちゃん!」

 

「私もずっとドキドキしちゃった」

 

 特別に舞台裏に招待された同好会一同で、しずくをねぎらい、感想を伝える。それを聞いた台本を書いたらしい部長もまた、満足げだ。

 

「……ねえ、かすみさん、どうだったかな?」

 

 そんな中、顔から火を通り越して大噴火が飛び出そうだったため後ろで隠れていたかすみに、しずくが声をかけてきた。

 

「……うん、すっごく、よかった!」

 

 正直あまり集中できていないので感想は述べられない。

 

 だが、しずくが楽しそうに演技をしている姿は、やはり、何よりも輝いていた。

 

「よかったじゃん、しずく」

 

「えへへ、かすみさんに褒めてもらうのが一番うれしいかも」

 

「も、もう、しず子ったら!」

 

 隣に立つ部長も喜んでいる。達成感からかいつもより開放的になっているらしいしずくは、いつも以上にストレートに、恥ずかしいことを言ってきた。

 

(よかった、あれは全部練習だったんだ♪)

 

 何はともあれ、悩みの種は消えた。こうなった時に切り替えが早いのも、かすみの自分的長所である。

 

 それでも、とんでもなく恥ずかしい勘違いをしたという事実はしばらく尾を引いてしまう。

 

 少なくとも舞台裏の暗い中とは言え、今の自分の顔は、見せられない。

 

 そういうわけで、

 

「じゃあ、かすみんはこれで!」

 

 今は、逃げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「よかったじゃん、中須さん、元気になって」

 

「そうですね」

 

 かすみと同好会メンバーが去った後の舞台裏。

 

 薄暗い中、二人は並んで立ったまま会話をする。

 

 ――当然二人とも、あの場面を見られていたのはわかった。

 

 かすみの反応からして、彼女がそれに大きなショックを受けているのも。

 

 ――しずくは、かすみから想いを寄せられていることを、前々から察していた。

 

 なんとなく変わりつつあったかすみの態度や反応。自分が何年も覆い隠していたからこそ、単純なかすみのそれは、とても分かりやすい。

 

 だからこそ、ここ数日は、とても心が痛かった。

 

「それでさ、しずく。当然、打ち上げの後の『二次会』は一緒に来てくれるよね?」

 

 部長の目に、悪戯っぽい光が宿る。

 

 全く、このタイミングで、わざわざその話を出してくるのか。

 

 意地悪して断ろうかと思ったが、そうはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにせ、ずっと憧れた恋人ととの、二人きりの時間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が並んでいたせいで、薄暗かったこともあり、かすみには、見えていなかった。

 

 この舞台裏で二人は、背中で隠すようにしつつも――ずっと、指と指を絡め合う、恋人つなぎをしていたのである。




読んでいただき、ありがとうございました。


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