仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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三日目-3 合流、そして

「はぁっ……!」

 

 戦端を切ったのは銀姫だった。四体のダムド目掛けて一直線に駆け出す。武器は取り出さない。狭い通路内では邪魔になると考えたからだ。徒手空拳のままダムドらに肉薄し、右拳を振るう。変身者の朔月(はじめ)に格闘の経験などないが、意外にもサマになっていた。恐らく、仮面ライダーの力が補正しているのだろうと銀姫は思っている。

 

「ギシャッ!?」

「えっ!?」

 

 ストレートがダムドの顔面を捉える。が、予想に反した硬い手応え。そして黒い霧に還らないところを見て銀姫は驚愕した。

 

「普通より丈夫!?」

 

 今までのダムドならこの一発で霧に消えていた。だがこのダムドはダメージを受けたものの消える気配はない。たたらを踏んで後退り、そしてなおこちらへ向かう戦意を見せる。

 そして連携するように、残りの三体が銀姫を囲う。

 

「くっ」

 

 計算外と重なり銀姫は少し焦る。ダムドの攻撃力なら致命傷を負う心配は無いが、それは通常のダムドの話。この包帯ダムドたちが普通と強さも違うなら、攻撃力も未知数だ。

 迂闊に攻撃を受けたらどうなるか分からない。銀姫はとにかく距離を取ろうとして……背筋がゾクリと震えた。

 まるで氷柱を背中に差し込まれたかのような悪寒。その正体は、背後から伝わる圧力だった。

 

「朔月さん……どいてくださいっ!!」

 

 何を、と考える間もなく銀姫はその通りにした。すぐさま乖姫とダムドの直線上から横っ飛びで離れる。疑問に思っている暇や問い返す余裕はないと判断した。そしてその判断は正しかった。

 

「てやああーーっ!!」

 

 可愛らしいとすら言える気合い声が響き渡る。だがその後起きた現象は可愛らしさとはほど遠かった。

 黄金の粒子。その奔流が暴風のように吹き抜けたからだ。

 

「ギシャアアアーーッ!?」

「グギャアアアァァァ……」

 

 まるで濁流のようなそれはダムドたちを飲み込み、全て焼き尽くした。そしてそれだけに留まらず、奔流はそのまま通路を貫き通す。

 轟音。そこにあった有象無象を例外なく破壊し尽くす大音量が轟いた。

 

「ぅ……う、うわぁ」

 

 立ち上がった銀姫は目に映った光景を見て絶句する。

 剥き出しのコンクリートとダンボール類が構成していたスタッフ専用通路は、見る影もないほど融解していた。壁も床も真っ黒に溶け落ち、一部は赤熱化したままだ。遠くのドアがあった筈の突き当たりはグズグズに崩れた穴となっており、当然ダムドたちは跡形もなかった。

 圧倒的な破壊。それを目の当たりにして銀姫は唖然としていた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 そんな銀姫を気遣うように話しかけてくるのはこの破壊を体現した張本人、乖姫だ。その破壊を実行した大剣を抱え、銀姫へトコトコと駆け寄る。

 

「すみません……アレらをとにかく退かそうと無我夢中で……怪我とかないですか?」

「え、あ、ううん大丈夫!」

 

 乖姫の言葉に我に返った銀姫はすぐさま自分の身体を叩いて健在をアピールするが、その様子にはどことなく怯えが交ざっていた。

 

(必殺技……の音は聞こえなかった。つまりこの子は、素の一撃であれだけのことをしたってことになる……)

 

 必殺技、と思われるマリードールをなぞって発動する強力な一撃。それを実行するにはベルトに触れる必要がある。そしてその時、必ず変身の時と同じ壊れたラジオのような音声が鳴る。だが先の一撃の時それは一切響かなかった。必殺技を行なう前の……『溜め』のような一拍もなかった。

 つまり乖姫は、この一撃が素なのだ。

 

「それで朔月さん……これからどうしましょう?」

「あ、うん。えぇと……」

 

 そんなことをして見せたとはとても思えないような弱々しげな態度で、乖姫は次の行動を訊いてくる。

 

「どうしましょう、とは言っても……」

 

 目の前の破壊の跡を見て銀姫は答えあぐねる。どうするも何も、あれだけの音が響き渡れば……。

 

「あ……」

 

 見つめていた通路の先に変化が起こる。ドアが吹き飛ばされた入り口。そこに黒い手がかけられたかと思うと、ぬぅっと髑髏の面が姿を現す。それは一瞬きする間に数倍に増えていく。包帯のない、通常のダムド。しかしその数は多い。

 

「聞きつけるよね、そりゃ……!」

 

 いくらこのスタジアム内にいるダムドの数が少なくてもあれだけの大音量だ。スタジアム中に轟き渡ったことだろう。

 スタジアムにいるダムド全てが殺到したとしても、おかしくはない。

 

「あ、あわわ、どうしましょう!?」

「逃げるにしても突破するしかない! その為には、今のもう一回出来る!?」

 

 パニックになりかける乖姫を叱咤し、銀姫は同じ攻撃を促した。というより、それしか突破方法がない。

 

「は、はい!」

 

 言われた通りに乖姫は大剣を振り上げ、黄金色の粒子を集め始めた。剣へと見る見る内に集まっていくそれは既に触れれば溶け落ちるほどの熱量を帯びているようにも見えた。それを見て銀姫は今度は巻き込まれないようにと背後に回る。

 

「て、やああぁぁーーっ!!」

 

 再び気の抜けるような気合いと共に振り下ろされたそれは、またもや同じような結果を生んだ。黄金の奔流が通路を押し流し、入り口から侵入しようとしていたダムドたちを飴細工のように溶かし尽くした。

 

「うわ……ホントにまた打てるんだ……」

 

 そして剣を振り下ろした乖姫に疲労の色はない。焦りからか頬に一筋の冷や汗をかいているが、今のがもう使えないといったような様子は感じられなかった。

 これならダムドがいくらかかってきようと……銀姫はそう思ったが、また穴から顔を出したダムドを見て苦い顔になる。

 

「キリがない……反対側はっ!?」

 

 ダムドが侵入しようとしているところからの突破を諦め、銀姫は背後を振り返る。しかしそちらは通路幅いっぱいのダンボールや鉄パイプやらが乱雑に積まれ、通れそうになかった。

 

「ぐっ、行き止まり……」

「こっちに行きたいんですね?」

「え、いやちょっと待っ……」

 

 銀姫の仕草からその思考を察知した乖姫は、大剣を八相に構えた。嫌な予感がして静止しようとする銀姫だが――。

 

「やああーーっ!」

 

 その暇も無く、乖姫は三度剣を振るった。

 黄金の奔流が積まれていた何もかもを吹き飛ばす。破壊が過ぎ去った後は、同じような光景が広がっていた。

 

「わ、わぁ……」

「向こうが開きました。行きましょう!」

「え、う、うん!」

 

 銀姫が呆然としているのにも構わず、乖姫はその手を取って強引に走り出す。その様子に銀姫は違和感を覚えた。

 

(あ、荒い? いや、焦ってる?)

 

 乖姫の行動は何かに急き立てられているかのように性急で、そして力任せで乱雑だった。変身前の真衣はおっとりした所作そのままの少女のように見えたのに、変身後の乖姫の行動はまるで違う印象を受ける。

 そして今も銀姫の手を引いて急かされているかのように足早に通路を駆け抜ける。足元は融解しているが、ライダーの靴底のおかげがさして熱も感じない。そしてそのまま反対側の扉……だったであろう穴を通り抜け、外へ飛び出した。

 

「! うっ、こんなに……」

 

 そこはスタジアムの外側通路だった。大勢の客が通れるように広めに造られているそこは、うじゃうじゃと集いつつあるダムドに埋められつつあった。やはりスタシアム中のダムドが……いや、もしかしたら外からも殺到しているのかもしれない。

 

「とにかく、逃げ……」

「こんなの、吹き飛ばして!」

「え゛っ、真衣!?」

 

 ダムドが集まりつつあっても、まだ通路は通り抜けられる程度の余裕はある。そこを通り抜けて一度退くべき……銀姫はそう考え実行に移そうとするよりも早く、乖姫は剣を横向きに構えた。

 

「どいてっ、ください!」

 

 横薙ぎの一閃。今度は黄金の粒子すら纏わなかった。その代わり発生した剣風が、ダムドたちを霧へ還した。後ろにいた銀姫も、そのあまりの剣圧にたたらを踏む。

 

(デ、デタラメだ……! そして、この子……!)

 

 銀姫は乖姫の表情を確認した。仮面から露出した口元。その唇は引き締められてはいるが、時折震えるように引き攣っていた。そして銀姫は確信する。

 

(プチパニックだ! 変身している間、常に!)

 

 戦いに向いていないことは、分かっていた。真衣という少女は柔和だが臆病で、好んで戦う性格ではない。

 だがどうやらそれが災いしてしまったのか、変身している間常に、軽く混乱してしまっているようだった。故に一挙一動が大雑把になってしまっている。人は混乱している時、丁寧に行動は出来ない。戦いに向いてないあまり、冷静な思考が取れないでいる。どうにかしなきゃという思いに掻き立てられ、結果短絡的な解決――つまり破壊に繋がってしまう。

 それが乖姫の超越的な破壊力とミスマッチしてしまった。彼女は怯えのまま破壊を撒き散らす黄金の台風と化したのだ。

 

「真衣、落ち着いて!」

「分かってます! 早くどうにかしないと!」

 

 銀姫の声も聞いてはいるが、半分ほどしか届いていないようだった。どうにか戦いを終わらせないとという思考に支配され、それ以外を考える余裕がない。

 

「どいてどいてどいてぇーーっ!!」

 

 まるで癇癪を起こした子どものようだった。武術の型も何も無い、力任せの大振りでブンブン大剣を振るう。しかし乖姫の膂力で振るわれるそれは、青ざめるような破壊力と常に一緒だった。

 ダムドが一瞬で霧に溶ける。すぐに後続が湧いて出るが、それも次の一閃で消えてしまう。そして破壊の余波が壁や床を斬りつけ、崩壊させる。一撃一撃がスタジアム全体を揺らし震わせる光景を見て銀姫は悟った。

 このまま暴れさせてしまえば、スタジアムが倒壊する。

 

「真衣、真衣、ストーップ!!」

 

 それは不味いと銀姫は、暴れ回る乖姫を後ろから羽交い締めにした。直後感じる凄まじい膂力。そのまま銀姫ごと投げ飛ばしてしまいそうな程の剛力。だが必死に掴まっていると少しだけ我に返ってくれたのか、乖姫はポカンと銀姫を振り向いた。

 

「はぇ? 朔月さん?」

「私たち、逃げる、アンダスタン?」

「え、あ、あれ……そうですよね。あれ?」

 

 その言葉に現状を自覚したのか、ようやく剣を降ろした。

 

「わ、私……?」

「いや、数を減らすのは間違いじゃないけど……でも今はとにかく、こいつらから隠れなきゃ」

 

 こんな広いところで戦っていてはキリが無い。銀姫は我に返った乖姫の手を引いてその場から逃れようとして、

 

「あ……」

 

 通路の先から集団で現われたダムドを見て固まった。

 ダムドが現われたことにではない。自分が見た物が、乖姫にも見えてしまったであろうことが分かったからだ。

 黒光りする異形共が押し寄せてくる光景。それは、恐怖を催すには十分な物で……。

 

「ひっ、ひぃっ!?」

 

 一瞬にして恐慌に駆られた乖姫は、再びパニックとなり正気を失う。そして手にした剣を、思い切り振り上げた。

 

「いや、ちょっと――!」

 

 また同じ事が繰り返される。焦る銀姫だったが幸か不幸か、この時は別の災厄に襲われることになる。

 

「うわあああーーっ!!」

 

 恐怖のあまり我を失った乖姫は、大剣をあろうことか足元へ叩きつけたからだ。

 人外である仮面ライダー。その中でも並外れた膂力を持つ乖姫がそんなことをすれば、どうか。

 当然のように、奔る亀裂。

 

「う、そーーっ!?」

 

 砕け散った床の崩落に巻き込まれ、二人は階下へと落ちていった。

 

 落下の衝撃が一瞬、銀姫の意識を刈り取る。だが全身に奔った痛みがすぐに叩き起こした。

 

「痛!? ……うぐ、し、死ななくてよかった……」

 

 身体を強かに打ち付けた銀姫は顔を顰めつつ起き上がる。幸い、痛み以上の怪我はないようだった。仮面ライダーの頑強さに救われている。

 その隣では、銀姫以上に痛痒が無い様子で瓦礫を退かして立ち上がる乖姫の姿がある。

 

「う……これ、私が? うぅ、ごめんなさい……」

 

 どうやら衝撃で再び我に返ったようで、自分のしでかしてしまったことに関して反省しているようだった。

 銀姫としても色々言いたいことがあったが、まだ状況は過ぎ去っていない。

 

「早く逃げないと。崩れた程度じゃまだ追いかけ……」

「なら、こっちこっち~」

 

 響き渡るのは、二人の物では無い少女の声だった。

 

「え、だ、誰!?」

「誰って、酷ーい! 自己紹介したじゃん!」

 

 声の主を探して視線を彷徨わせれば、それが目の前にあるドアの向こうから聞こえてくることが分かった。

 

「ウチら、非殺同盟を結んだ仲じゃん?」

 

 ドアが開く。そこから顔を出したのは、二人にとって見覚えのある顔だった。

 

「「ナ……ナイア(さん)!」」

 

 手招きするのはあの荒野で顔を合わせた、ツインテールの少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの少し開いた扉。その細い視界からダムドが消えたことで、ようやく二人は一息ついた。

 

「ふぅ……助かったよ、ナイア」

 

 朔月は変身を解除しながら改めて礼を言う。同じく変身を解きながら真衣も続いた。

 

「はい、本当、ありがとうございました」

「いいっていいって! 困ってるのを見たら助けなくちゃね!」

 

 ヒラヒラと手を振ってナイアは笑った。その無邪気な仕草は荒野で見たナイアのイメージそのままだ。

 

「いやぁビックリしたよ。騒がしいから覗いて見たら、二人のライダーが暴れてるんだもん。しかも声聞いたら知り合いっぽいし」

「ははは……お騒がせしました。それで、ナイアはどうやってここまで?」

 

 苦笑しながら朔月は疑問をぶつけた。真衣はここがスタートだったとして、自分は能力で隠れ潜みながらここへやってきたのだ。何らかの手段でダムドを掻い潜る方法が無ければここへは辿り着けない。

 

「あぁ、下水道を通ってきたんだよ」

「下水道?」

「そうそう。この地下を通ってるんだ。端々まで行き届いてるから、移動は簡単だったよ」

「下水道にはダムドはいないんですか?」

 

 真衣が目を輝かせた。彼女はダムドに見つかるのを避けてロッカーに入り込んでいたぐらいだ。ダムドを避けられる手段があるのなら飛びつきたいのだろう。

 だがナイアは残念そうに首を横に振った。

 

「いや、流石に地上よりは少ないけど地下にもダムドはいたよ」

「そうですか……じゃあどうやって?」

 

 真衣は消沈しながらも問い返す。それにナイアは、手で空気を掻くような仕草をして答えた。

 

「泳いで、だよ」

「泳いで……下水道の中を!?」

「そーそー。いや、勿論生身じゃないよ? 変身して。ウチのライダー水中戦仕様らしくてさ。水に潜ろうとするとマスクが変形して口元を覆ってくれるんだ。すると水中でも息が出来るの」

「へぇ~……」

「下水に直接口をつけなくて助かったよ! それよりウチは、二人がどうやってここに辿り着いたのか気になるんだけど」

 

 朔月は自分の能力と、真衣の不運を説明した。

 

「はぇ~、なるほどぉ。……それにしても真衣は散々だね」

「はい……」

「あのヤバいくらい暴れてたのも、真衣なの?」

「お恥ずかしい限りです……」

 

 赤くなった真衣は猛省し縮こまる。一応、変身時の記憶はあるようだ。

 

「私、変身するとあんな感じで……いっつも我を忘れちゃうんです。今度は冷静にしようって思っても、毎回ああなっちゃって……」

「言って欲しかったな……っていっても、あの状況じゃ無理か」

 

 包帯ダムドによる奇襲によっての緊急変身だ。そんなことを聞いている暇は無かっただろう。

 だがそうすると、

 

「真衣は変身しない方がいいね」

「だね~。巻き込まれたりしたら大変だし」

「うぅ……ですよね……」

 

 苦い顔で朔月が指摘し、明け透けな物言いでナイアも同意した。真衣は羞恥でどんどん身体を小さくする。

 我を失った乖姫の攻撃で銀姫が巻き込まれなかったのは流石に真衣に敵味方の分別があったとはいえ、八割方運によるものだ。現に危ない場面は既に幾度もあった。

 しかも本気では無い。その状態ですらスタジアム倒壊の危機を招いたのだから、どれだけ危険かは語るまでも無かった。

 

「とは言ってもダムド蔓延るこの街では難しいかなぁ」

「あぁ、それなんだけど」

 

 溜息と共に吐かれた朔月の呟きにナイアが反応した。

 

「ウチ、下水道を移動しつつ時折マンホールからこっそり顔を出して上陸地点を探してたんだよね。その末にスタジアムを見つけたんだけど」

「うん」

「なんか、気のせいかもしんないけど……ダムドがどこか一点に向かって流れるような動きを感じたんだよね」

「ダムドが?」

 

 朔月は首を傾げた。自分が見た時は、そんな風には感じなかった。

 いや、しかし……と思い直す。ナイアは自分よりも観察眼が鋭い。あの荒野でも、集った少女たちが市内の人間である可能性に気付いたのはナイアだった。そのナイアが言うのだから、それは正しいのかもしれない。

 

「で、ダムドがどこか目指してるとして……それは、どういうことなんだろう?」

 

 推測だけど、とナイアは前置きして語る。

 

「どっか別のところでライダーが戦ってるんじゃないかなって」

「……あぁ! さっき私たちが襲われた時みたいにですね!」

 

 ポンと手を叩き、真衣はうんうんと頷いた。それに物言いたげな目線を向けながらも朔月は意見を同調させる。

 

「まぁ、うん。実際にダムドが殺到してきたのは確かだしね。そっか余所でも真衣みたいにダムドと戦い続けている人がいるのか……」

 

 そこまで思い至り、ふと考える。

 

「……加勢にいった方がいいかな」

 

 ダムドの数の尋常じゃなさは、よく理解している。そして戦い続けているなら疲弊もしているだろう。

 もしかしたらやられてしまうかもしれない。そう考えての救助の提案だった。

 だがナイアは、

 

「やめた方がいいんじゃないかなぁ」

 

 そう言って首を横に振った。

 

「え、どうして?」

「いや単純に、そのライダーはウチら三人以外の誰かな訳だ」

「それはそうですね」

 

 当たり前の話だ。朔月も真衣も何を言っているのかと疑問の表情になる。

 それを受けながらもナイアは続けた。

 

「で、あの荒野でライダーバトルに否定的なのはウチら三人だけだったでしょ? ってことは、援護に行くと……」

「あ、まず間違いなく戦うことになりますね」

 

 合点がいった、と真衣も頷いた。朔月もそうだ。

 確かにミーティングと称して集められ、顔合わせした七人の少女。そこで戦わないことに同意したのはここにいる三人だけだ。

 であるなら他のライダー四人は全員バトルに積極的なライダーという訳で。

 

「でしょ? だから行かない方がいいと思うんだけど」

「……いや、でも」

 

 正論だ。しかし、朔月の脳裏を掠めたのは赤い長髪のたなびきだった。

 もしかしたら、戦っているのは爽かもしれない。

 

「……それでも、見捨ててはおけないよ。死んじゃったら、元も子もないし」

 

 一度そう考えてしまったら、見捨てるという選択を取れなくなってしまった。

 どうしてだろうか。戦うと爽が決めている以上、顔を合わせたとしても戦うことになってしまうのに。

 自分でも不思議に思いながら、救助に向かうべきだと意見を出す。

 

「まぁ、そうですよね。……ダムドは怖いですけど」

 

 ダムドを怖れながらも良識を持つ真衣も頷き、

 

「……うーん、碌な事にならない気がするんだけどなぁ。でもまぁ、二人がそう言うのなら行くかぁ」

 

 消極的ながらも多数決の理論に基づきナイアも渋々首を縦に振った。

 しかしナイアは問題も提起する。

 

「どうやってそこまで行くの? ダムドの流れはウチが見極めればいいとして、隠れて進むには……」

「一応考えはあるんだけど」

 

 自信は無い。しかしここで詰まっては助けに行けない。

 だから多少無謀でも口にする。

 

「下水道は地上よりダムドが少ないんでしょ? だったら――」

 

 

 

 

 

 

 

 下水道にほとんど明かりは無い。一部にだけ蛍光灯が灯っているが、ほとんどが薄暗闇に覆われている。

 しかし彷徨う幽鬼……ダムドたちには関係が無いのか、それとも見えて無くとも構わないのか、地上と変わらぬ様子でひたひたと当てもなく歩き回っていた。

 今も、二体のダムドが間に下水を挟んですれ違おうとしている。

 その瞬間、薄暗闇が揺らめいた。

 

「ふっ!」

 

 銀閃。微かな光を反射して剣が奔る。剣尖は過たずダムドの首を刎ね、その身体を霧へと霧散させた。

 黒い襤褸を展開した、銀姫の仕業だった。この状態の銀姫はダムドに関知されない。近づいてダムドの首を落とすなど容易なことだった。

 しかしいくらなんでも同胞が霧に還ったことは認識出来るのか、すれ違おうとしていたダムドが激しく振り返った。今し方ダムドを屠った銀姫を捉え、下水の対岸へ向かおうと脚に力を籠める。

 その瞬間だった。下水の中から槍が飛び出したのは。

 

「えいっ」

 

 サクリと、その穂先はあっさりとダムドの胸を貫いた。何が起きたかも分からないうちに、そのダムドも霧となる。

 薄暗闇に溶けて消え、そして後続が来る気配もないことを確認した銀姫は背後の空間へと声をかけた。

 

「真衣、来ていいよー」

 

 下水道に反響しない程度の小声。それでも地下空間では響いたが、この先にしばらくダムドがいないことは襤褸を纏った銀姫が偵察して確認済みだ。

 暗闇の中から生身の真衣が鼻を押さえながらトコトコと現われる。

 

「うぅ……すごく臭いですね……」

「だよねー! ウチはもう慣れちゃった」

 

 そう言ってザバッと下水の中から上がってきたのは、青い甲冑の戦士だった。

 全体的に流線型なフォルム。造形はシンプルながら、海洋生物らしき息づかいを感じさせる。身体の一部には三日月のような紋様が彫り込まれ、手には刃の広い槍を持っていた。

 その口元は他のライダーと違って銀のクラッシャーで覆われている。だがそれは一時的なことだったらしく、下水から顔を出した瞬間に開き、生身の口が露わになった。

 

 これがナイアの変身したライダー。

 その名を――冀姫(きき)

 

 冀姫は海洋生物を彷彿とさせるその容貌通り、水中戦を得意とするライダーだった。水に入れば口元が覆われ、水中での呼吸も可能となる。この力によって冀姫は、下水の中に潜んでいたのだ。

 

「まぁ、結構上手くいったね」

「ですね。お二人ともすごい手並みで……」

「ははは……これを褒められても嬉しくは無いけどね」

「でも意外といい作戦だったんじゃない? 結局無発見でここまで辿り着けたんだしさ!」

 

 真衣に褒められた時は口元に苦笑を浮かべた銀姫だったが、冀姫の言葉には頷いた。急拵えで思いついた作戦にしては上手く機能していた。

 

 朔月の提唱した作戦はこうだ。

 まず襤褸の力がある銀姫が前方を偵察する。そしてダムドの数や様子を確認し、一度戻る。

 その後、下水の中に潜む冀姫を呼び、ダムドを二人で暗殺。そして安全になった通路を真衣が進むというものだった。

 シンプルだが、これが意外と機能していた。

 

「真衣の安全マージンを取って慎重にやったのが功を奏したのかもね」

 

 この作戦で一番危険なのは生身の真衣だ。ダムドはさして強くないが、それでも変身前の女子高生にとっては十分すぎる脅威だ。

 変身してしまえばその限りでは無いのだが……しかし真衣が乖姫に変身する訳にもいかない。万が一パニックになって下水道を攻撃してしまえば、その瞬間に崩落するからだ。

 だからこそ銀姫たちは真衣に攻撃が及ばないよう慎重にダムドを排除し続けたのだが……それが実を結び、ここまで真衣が襲われることは無かった。

 

「んで……ここだね」

 

 銀姫は上を仰いだ。そこにはコンクリートの丸い天井と、それを貫いて上昇する穴があった。マンホールの裏側だ。

 

「ここを上れば外が見えるね」

「うん。ウチが見てくるから、朔月は真衣の護衛を頼むよ」

「大丈夫? 見つからない?」

「慎重に顔を出すぐらいなら平気だよ」

 

 冀姫はそう言うと、梯子すら使わず壁を蹴って軽快に上っていった。マンホールの蓋というのは普通なら成人男性でも持ち上げることが困難な程重いが、仮面ライダーの膂力ならそれも薄紙同然だ。

 

「……おっ? ……ふむ」

 

 ダムドの流れを見て目的地を見極める為、マンホールを持ち上げ外の光景を垣間見る冀姫だが、その声音に疑問符が混じった。

 

「……ナイア? 何か問題があった?」

「問題というか何というか……二人ともちょっと上がってきてっ」

 

 言うや否や、冀姫は蓋を開け放ち外へと躍り出てしまった。

 

「えっ、ちょっと!?」

 

 慌てて銀姫は追いかけようとするが、変身していない真衣のことを思い出し振り返る。そして先んじて謝った。

 

「ごめん、真衣! 揺れるよ!」

「え? わ、うわ!?」

 

 置いていけないが、かといって梯子を登るのを待ってはいられない。銀姫が選んだのは真衣を抱えることだった。

 お尻を支え、銀姫は上へ向かって跳躍する。真衣の口から悲鳴が漏れるが、自分で大声を出さないよう口を塞いでいるからかくぐもっている。銀姫の跳躍距離は冀姫よりも小さかったが、何度か壁を蹴ればすぐに地上に辿り着いた。

 

「あ、あぅ……」

「ごめんって。で、ナイア?」

 

 外に出た銀姫は周囲を見渡して冀姫を探す。が、その姿を見つけるよりも早く異変に気がつく。

 

「……ダムドがいない!?」

 

 マンホールの外は、一般的な歩道だった。低めなビルの谷間。自動車道の傍ら。飲食店がいくつか立ち並ぶ風景。だが無人だ。かつて隙間が無い程蔓延っていたダムドの姿は、忽然と消えていた。

 

「どういうこと……?」

「朔月ー、こっちー」

 

 頭上からナイアの声が振ってくる。見上げれば、四階建てビルの屋上に立っていた。手招きをしていっる。ここまで来いと言っているようだ。

 あそこまで行くには……銀姫は真衣を抱いたままの手に力を籠めた。

 

「……真衣」

「えっ、もしかしてまたですか……?」

「……ごめん」

 

 跳ねる。やはり真衣の悲鳴が耳元で響いたが、手っ取り早いのは絶対にこっちだ。

 あっという間にビルの屋上へ降り立ち、今度こそ真衣を降ろしてやる。

 

「……うぅ、吐き気がする……」

「うん、ホントごめん。で、ナイア、何があったの?」

 

 謝るのもそこそこに、銀姫は冀姫へ駆け寄り問う。冀姫は一点を指差し銀姫に答えた。

 

「ここら一体のダムドが掃討されてる……全部がいなくなった訳じゃ無いけど」

「それって……」

「まず間違いなく、ライダーの仕業だと思う」

 

 冀姫の指差す方向を銀姫も見下ろせば、確かに広い範囲のダムドが消えていた。遠くの景色にまだ蠢く影はあったので、全てが消えた訳じゃ無いことも理解する。

 そして冀姫は指を滑らせ、別の一点を指し示した。

 

「で……この区画の中、ダムドがまだいるのはあのビルだけだ」

 

 そこにあったビルは今いる四階建てよりかは大きいオフィスビルだった。窓のガラスは軒並み割れているが、だからこそ、中身の光景がよく見える。そこには確かに、どこかを目指して進むダムドの姿があった。

 

「ホントだ。でもなんで?」

「多分、あそこでライダーが戦っていて、そこへダムドたちがみんな吸い寄せられたんだ」

「! じゃああそこに……」

 

 でもおかしい、と冀姫は首を傾げた。

 

「こんな広範囲のダムドが引き寄せられるなら、真衣の時みたく大音量とかが鳴っていてもいいのに……それにしては静かすぎる」

「そういう戦い方なんじゃない?」

「それなら、逆にダムドが吸い寄せられるのが変だよ。もっと上手くやれる筈……」

 

 そこまで呟いたところで、冀姫は振り切るように首を横に振った。

 

「ま、ここまで来ちゃったら確認しない訳にもいかないよね。もしかしたら、疲弊しすぎて動けない状態なのかもしれないし」

「それは大変だ! 早く行かないと!」

 

 冀姫に救出対象の危機を示唆され、銀姫は爽が力尽きかけているイメージをしてしまう。そして弾かれたようにビルへと駆け出した。その後ろでは、冀姫が真衣へ手を差し出していた。

 

「じゃ、真衣はこっち」

「え゛……」

「まぁ朔月よりは優しく運ぶから」

 

 そんなやり取りを背後に銀姫は屋上を渡り継ぎ、オフィスビルの前に着地した。中からダムドの気配が漂ってくるのを感じる。

 

「こっち……?」

 

 その感覚を頼りに銀姫はビルへと侵入し、階段を見つけ昇っていく。静寂さや痕跡の新しさを階層ごとに見切っては次の階へ踏み込んでいった。いつの間にかその後ろには追いついてきた冀姫と「朔月さんの方がまだよかった……」とグロッキーになっている真衣が続いている。

 そして遂に、ダムドが何かを狙っている背中を目撃する。

 そこで閃いた赤い色彩に銀姫は仮面の下の目を瞠った。

 

「爽!?」

 

 そこには赤毛を振り乱し、ダムドから逃げようと必死に駆けているパンクファッションの少女がいた。少女の背は壊れた扉を越え廊下へと消えていく。ダムドもそれを追いかけた。

 変身が解けている。思った以上の危機的状況だと判断して、銀姫は迷うこと無く細剣を生み出して構えた。

 少女が消えていった廊下へと踏み込み、ダムドを背中側から斬り捨てる。

 

「はぁっ!」

 

 不意を打たれたダムドは碌な抵抗もせず霧となって消えた。

 

「……ふぅっ、大丈夫? 爽」

 

 オフィスとオフィスを繋ぐ廊下。そこでまだ背を向けたままの少女へと優しく声をかけた。

 拒絶されるかもしれない。あるいは戦いになるかも。そう怯えつつも銀姫はその背に語りかける。

 

「あの……嫌がられるかもしれないけど、やっぱり私、爽が死んじゃうのは嫌で……」

 

 なんと返ってくるだろうか。「余計なお世話」か、それとも「戦え」? どちらも嫌だけど、それでも……。

 

「……くっ、くく」

 

 そう、思っていたから。

 噛み殺すような笑い声が響いてきた時には目を丸くした。

 

「……爽?」

「いやぁ……アンタら、知り合いだったんだ。好都合だったね」

 

 その声を聞いて、銀姫の背筋は粟立った。

 爽の、声じゃ無い。

 

「顔を知られているだろうから目立つ奴に変装しただけなんだけど……思ったより効果的だったよ」

 

 クルリと少女が振り返る。赤毛の鬘を外す。

 そこにいたのは、黒毛のショートカットと嗜虐的な笑みを浮かべる、爽とはまるで違う少女。

 その視線に、口元に浮かべた唇の弧に、銀姫は強い見覚えがあった。

 

竈姫(へき)、の……」

「朔月!」

 

 背後から冀姫の切羽詰まった声が届く。けれどそれより、竈姫の少女が掴んでいた紐を引く方が早かった。

 

「ははっ、今度こそボクの――この緑川(みどりかわ)志那乃(しなの)の狩り場へご招待だ!」

 

 そして崩れる大音量に、銀姫の感覚は一旦遮断された。

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