仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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三日目-4 少女大戦加速中

「あっ、あぁ!?」

 

 天井が崩落する轟音に、一瞬銀姫のあらゆる感覚が遮断された。音と衝撃が脳を揺さぶり、前後不覚になる。

 頭を振って知覚を取り戻しても粉塵と耳鳴りの所為で何も分からなかった。しばらくしてそれらがようやく晴れてきて、銀姫は状況を少し把握出来た。

 

(分断された……!)

 

 廊下が続いてた銀姫の背後は、崩落によって瓦礫の壁が出来てしまっていた。上階にあったオフィス机などのガラクタも巻き込んでいる壁は厚く、銀姫のスペックであってもすぐには崩せそうに無い。下手をすれば、更なる崩壊を招いてしまう可能性もあった。

 そして目の前には、変わらず竈姫(へき)の少女――緑川(みどりかわ)志那乃(しなの)と名乗った少女が赤毛の鬘を投げ捨てて佇んでいた。

 そちらも粉塵が晴れて銀姫の姿を認めたのか、つまらなそうな表情で鼻を鳴らした。

 

「ふぅん。崩落には巻き込まれなかったか。まぁ、そっちの方が狩り甲斐があるからいいけど……」

 

 志那乃はそう呟きながら赤いジャケットを脱ぎ捨てた。下に着込んでいたノースリーブブラウスを露わにしつつ、志那乃は夏の日差しを浴びる子どものように大きく伸びをした。

 

「んんっー! あー、窮屈だった。ま、そのおかげでアンタが引っかかってくれたけど」

 

 無邪気に振る舞う志那乃だが、その瞳は憎々しげな光を湛えて銀姫を見つめたままだ。油断ならなさを感じ取った銀姫は細剣を構えつつ、志那乃へ問い質した。

 

「何で、こんなことを」

「そんなの、決まってるでしょ」

 

 何を当たり前のことを、と嘲る口調で志那乃は答える。

 

「アンタを罠に嵌める為だよ。全部ね」

 

 下唇の弧をなぞったその指を、志那乃はブラウスの隙間へ這わせた。音を鳴らして取り出されたのはマリードール。鎖が千切れると共に、腰元にドライバーが出現する。

 

「……変身」

 

《 Scavenge 》

 

《 解放されたい 誰に?

  許してほしい 誰に? 》

 

 緑と臙脂の毒々しい光が志那乃の肢体を包み、その姿を変じさせる。臙脂の光はアンダースーツとなり、緑の光はそれを上から覆うヒレのような鎧となった。魚とも爬虫類とも取れる仮面は初めての邂逅の時と同じ。しかし仮面の下から伝わってくる忌々しげな視線は、銀姫の心を容赦無く貫く。

 

「ボクはね、与えられた屈辱を決して忘れない主義なんだよ」

 

 仮面ライダー、竈姫。

 毒のように滴る殺意が、ピラニアの如く顎門を開く。

 

「さぁ……狩りの始まりさ!」

 

 竈姫はまず手始めと言わんばかりに大振りの拳銃を生み出し、銀姫へ銃口を向けた。

 

「くっ!」

 

 狙われた銀姫は咄嗟に腕を防御の姿勢に構えた。しかしそれを予測していたのか竈姫は、照準を下へとずらす。銃弾は足を穿った。

 

「っ!」

 

 飛び散る火花。迸る痛み。歯を食いしばって堪えつつ、銀姫は一歩進んだ。幸い、銃弾はスーツを貫通するようなことは無かったようだ。

 

「チッ、やっぱ銃じゃ威力は不足ね」

 

 舌打ちをする竈姫だが、自分へ向け駆け出す銀姫を見ても焦らない。冷静に腰のパーツを叩き、銃を持っていない左手に光を集めた。

 金属音が鳴り響く。銀姫が銃を叩き落とす目的で振るった細剣を、肉厚な刃を持った斧槍が受け止めた音だった。

 

「なっ……!」

「銃しか取り柄が無いと思った? とんだお馬鹿さんだね!」

 

 一瞬呆けた隙を見逃さず、竈姫は細剣を弾き返す。そして銃でもう一度照準を定め、銀姫の胸甲を狙って引き金を引いた。火花のフラッシュと銀姫の苦痛の呻きが廊下に瞬く。

 

「ぐっ……うぅっ!」

 

 状況を変えるための逆撃。振るわれた銀姫の刃は、しかし容易く躱される。

 

「ははっ、そらそら!」

 

 竈姫は後退しながら、楽しげな歓声を上げ銃弾をばらまく。脚捌きすらスキップを踏むかのように軽々しいが、行なわれている事象は退き撃ち。冷静な戦術行動だ。

 遠距離攻撃の手段を持たない銀姫は更に追い込まれることを嫌って、竈姫へ向け踏み込む。

 

(とにかく、銃を落とす!)

 

 竈姫の手に銃がある限り、銀姫は絶対的に不利だ。停戦を呼びかける為にも銃だけは排除する必要がある。

 駆ける銀姫を銃火が襲う。そのほとんどは銀鎧が弾いたが、中にはアンダースーツへ突き立つものもあった。

 貫かれはしない。が、痛みは鎧に着弾した時とは比べ物にならない。

 

「くっ……あぁっ!!」

 

 それでもなお、痛みを堪えて銀姫は前へ進んだ。

 苦痛に表情を歪めながらそれでも邁進する銀姫の姿を見て、竈姫は鼻白んだ様子で銃口を下へ向けた。

 

「猪突猛進とはこの事だね。だから、罠にかかるんだよ」

 

 引き金が引かれる。放たれた銃弾は走る銀姫の数歩前を穿った。

 その瞬間、床が崩落する。

 

「なっ――!?」

 

 いくら何でもそれはあり得ない筈だった。いやしくも鉄筋コンクリートで出来たビルの床だ。相当な怪力――乖姫くらいの力で無ければいくらライダーでも崩せない筈だった。

 銀姫は慌てて急停止する。穴の寸前で止まり――しかし、その淵すらも崩れた。

 

「う、あぁっ!」

 

 空気が風となる。落ちている。銀姫はそれを理解すると、咄嗟に細剣を壁へ突き立てた。

 深々と突き刺さった剣はどうにか銀姫の体重を受け止め、銀姫はぶら下がる形で息を吐いた。そして足元を見て、愕然とする。

 階下には斜めに切られた鉄パイプが林のように並び、針山の如く銀姫を待ち構えていたからだ。

 そのまま落ちていれば、鎧があってもおそらく串刺し――その事実に気付き、銀姫は顔を青くする。

 

「チッ、落ちなかったかー」

 

 降ってきたのは竈姫の舌打ちだ。予め狙って配置していたのだ。崩落した床も、予め脆くされていたに違いない。銀姫はこれが竈姫の仕掛けた罠だと理解した。いや、そもそも――。

 

「このビル自体が、全部……!」

「ん、気付いた?」

 

 ニタリと、仮面から露出した唇を愉悦に歪め、竈姫はひけらかすように両手を開いた。

 

「そう、このビル全部が、アンタを仕留める為の罠籠だよ」

 

 竈姫は心底楽しそうにクルリと回る。

 

「いやぁ苦労したよ? このビル全部に罠を仕掛けるのは。ダムドを掃除して安全地帯にすれば迷いこんで来るだろうと思ったけど、まさか一発目で来てくれるとはね!」

 

 全て、計算だったのだ。

 ダムドを倒していたのは空白地帯が出来れば自然とライダーが寄ってくるから。銀姫のようなお人好しも、消耗を避けるライダーも、ダムドがいない場所なら自然と寄りつく。それを狙って、この空白地帯を作ったのだろう。

 

「ま、ダムド掃除自体は楽だったよ。落とし穴を用意すれば面白いくらいに次々落ちていくし。でもこのビルに追い込むためのちょっとした仕掛けも考えてたんだけど……それは無駄になっちゃったなぁ。ま、アッチ(・・・)はアッチで楽しくやるんだろうけど」

「……アッチ?」

 

 嫌な予感がした。

 そうだ。このビル全部が罠だとして、そしてここら一帯のダムドを掃除するとして、一人で出来るだろうか。乖姫が戦った結果スタジアムのダムドは減っていたが、それでもまだ数は残っていた。目の前で相対したからこそ分かる。竈姫は乖姫ほど圧倒的な能力を持っていない。であるなら、どうやって一人でダムドをここまで減らしたのか。

 答えは簡単だ。つまり、一人じゃない(・・・・・・)

 

 竈姫は楽しそうにケラケラ嗤う。

 

「アハハハッ! 今頃アンタのお友達も、楽しんでるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は銀姫が瓦礫に飲まれた直後まで巻き戻る。

 巻き上がる粉塵を槍で振り払った冀姫(きき)は、すっかり埋まってしまった通路を見て苦渋の表情となった。

 

朔月(はじめ)ー! 聞こえるー!?」

 

 返事は無い。瓦礫の障害は分厚く、声を通さない程のようだ。

 

「駄目だね……分断されちゃった」

「そんな……!」

 

 冀姫の背後で真衣が蒼白になる。計られた崩落。戦いが苦手とは言えそれが意味するところを理解できない程鈍くは無かった。

 

「じゃあ、これって……!」

「やっぱ罠だねぇ。だから戦いになるって言ったのに……」

 

 自分の言ったとおりになってしまったことへの不平を漏らしつつ、冀姫は現実的な行動を考える。

 

「この瓦礫はどかせそうにない……あぁ、乖姫(かいき)の力は論外だよ。ビルごと崩しちゃうから」

 

 マリードールを取り出そうとする真衣を差し止め、冀姫は顎に人差し指を当て思案する。

 

「一旦階を下がって、別の道が無いか探すのがいいかな……。最悪の場合、一度外に出て窓から飛び込むのもアリだし……」

「それは私的には、無しね」

 

 カツン、という足音と、凜とした声が二人の背後から響いた。弾かれたように振り返る二人の視線の先には、一人の少女が佇んでいた。

 銀色フレームの眼鏡、たなびくウェーブの長髪。怜悧な空気を隠すこと無く纏うその少女の姿に、二人はハッとなる。

 荒野の記憶がフラッシュバックした。ノーアンサーに質問を投げかけ、悪目立ちしていた少女。

 

「唯祭の……!」

「ふふ。憶えていてくれたようね。ま、それは流石に貴女たちを低く見積もりすぎか……」

 

 眼鏡の少女は波打つロングヘアーをかき上げ、誇るように自分の胸に手を当て名乗った。

 

「私の名は飛天院(ひてんいん)輪花(りんか)。喜びなさい。いずれ世に君臨する大天才の名を知れたのだから」

 

 少女――輪花は、二人を一瞥し、尊大な態度で胸を反らした。

 冀姫と真衣はたじろぐ。何故なら憶えているからだ。この少女こそが、一番ライダーバトルに積極的な発現をしていたことを――。

 

「成程、二人で組んで待ち構えていたって訳……」

 

 納得したように頷きつつ、槍を構えた冀姫は真衣を庇うように前に立った。

 

「大天才、ね。そんなにすごい人なんだ。でもそんな人が何でライダーバトルに参加して、しかもこんな狡っ辛いマネをしてんのさ」

「正々堂々、なんて脳味噌の溶けた類人猿のすることよ。勝つからには効率的に……私には及ばずとも、まだ有能な味方を選ぶのは定石でしょう?」

 

 冀姫は挑発するように口車を回しつつ、こっそり真衣に向けても唇を動かした。口パクで隙を突いて変身するようにと指示しているのだ。真衣の変身はリスキーだが、この狭い通路で生身を守り切る方が難しい。

 気付いた真衣は小さく頷き、マリードールを手に取った。その手は微かに震えている。それを心配そうに見つつも冀姫は輪花へ視線を戻す。が、その輪花もまた、マリードールを手にしていた。

 

「つまり私から切り捨てられた無能な貴女たちはここで……惨たらしく死ぬのよ」

 

 ゾッとする程冷たい目で、輪花は処刑を宣告した。

 鎖の端を持ったマリードールをクルリと弄び、ドライバーを出現させる。

 

「っ! 真衣!」

 

 距離は開いている。ライダーの脚力を以てしても、変身は止められない。ならばその隙にこちらも準備を済ませるべきと、冀姫は真衣へと叫んだ。

 結果、変身はほぼ同時に行なわれた。

 

「へ、変身っ!」

 

《 Changeling 》

 

《 全ては人の為に 何故?

  世界を己の手に 何故? 》

 

 マリードールをドライバーへ装填した真衣の肢体が黄金の輝きに包まれ、荘厳な騎士の姿へと変わる。普段の真衣とは比べものにならない頼もしい風格を纏うそれは、得物と同じく諸刃の剣だ。

 

 そして輪花もまた、変身を遂げようとしていた。

 

「変身」

 

《 Intelligence 》

 

《 光輝なる 私!

  偉大なる 私! 》

 

 鮮やかな黄色の光が輪花の身体を覆い尽くし、その輪郭を変えていく。光が晴れたそこには、蛍光色に近いほど眩しい黄色の装甲を纏った仮面ライダーがいた。

 近未来の風を感じさせるメカニカルな意匠の鎧は、黒いアンダースーツとのギャップでその存在感を浮き彫りにしていた。胸元には幾何学模様で描かれた輝かしい日輪のクレストが刻まれている。仮面には車のライトにも似た赤いカメラアイが複眼のように取り付けられており、無機質な印象をより深くしていた。

 第一印象は冷徹な機械の兵士。しかしその口元には、傲慢さを隠しもしない余裕綽々な笑みを浮かべていた。

 

「自己紹介しましょうか」

 

 優美な仕草で腕をなぞり、自分の変身した姿をうっとり眺め、輪花はライダーとしての名乗りを上げた。

 

「ライダーとなっても美しく最強なこの私は仮面ライダー……才姫(さいき)! 名の由来は、愚かしい貴女方でも教えなくてよいですね?」

 

 あくまで慢心を隠さずたっぷり見下した物言いで名を述べた才姫に対し、冀姫も不敵な笑みを浮かべて改めて構える。

 

「お名前教えてくれてありがとう! ウチは冀姫!」

「か、乖姫です!」

 

 名乗りを上げた冀姫に習い、乖姫も慌てて名前を告げ、光が凝り固まった大剣を掴み取る。

 二対一。しかし冀姫はこの状況がさして有利だとは思えなかった。

 共に戦う乖姫に不安要素があることもそうだが、それ以上に――。

 

(このライダー……何かある!)

 

 冀姫は己の勘が訴える警鐘に、冷や汗を一筋垂らした。

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうことで助けは期待しない方がいい……よっ!」

 

 仲間の存在を示唆し、更に銀姫を精神的に追い込んだ竈姫はぶら下がったままの銀姫に対し銃弾を放つ。それを銀姫は身体を捻って躱し、その反動を利用し剣を抜きながら針山の外側へ跳び、パイプの無い平坦な床に着地した。

 

「くぅっ!」

 

 なおも穴の上から銃弾を振らせてくる竈姫から逃れる為、銀姫は降りた階の廊下を駆けた。上階と下階。その高低は銃を持つ竈姫にとってひたすら有利な状況だ。

 廊下を真っ直ぐ走りながら、銀姫はこれからの行動を試算する。

 

 まず、最優先は二人との合流。竈姫の仲間の数は分からない。だが三人寄らば文殊の知恵とも言うように、集まれば多少有利になることは間違い無しだ。それに乖姫はともかく、冷静な冀姫は味方として純粋に頼もしい。

 第二に、このビルからの脱出。銀姫の推測や竈姫の語った事が真実なら、このビルは竈姫お手製のトラップタワーだ。この場所に留まること自体が不利。早急に脱出すべきだ。

 第三は、竈姫、そしてそれに味方するライダーの拘束――しかしこれは、困難だ。正面切ってライダーを撃破する必要があるだけでは無く、殺してしまわないよう手加減する必要もある。乖姫の圧倒的な力とそれに振り回される真衣を思えば、それが如何に難しいことかよく分かる。

 どうにか安全に無力化する術は無いか。そう考えを巡らせた時、

 

(……そうだ、ドライバー)

 

 銀姫はあることを思い出した。ノーアンサーの説明。ライダーバトルの敗北条件は――。

 

『三つ。死亡、あるいはドライバーを破壊された者は敗退となる』

『ドライバー?』

『そう。正確に言えばマリードールね。それを破壊されたライダーは、失格となるわ』

 

 マリードールの破壊。それを狙えば、殺さずに済む。

 

(出来る? いや――)

 

 銀姫は細剣の柄を握り直す。己の覚悟を締め直すかのように。

 

(やるんだ。じゃなきゃ、みんな死んじゃう)

 

 誰も殺したくない。死なせたくない。

 どんなに砂上の楼閣のように淡い決意でも、それが今の自分の戦う理由なのだから。

 

 そんな風に思いを巡らせていた銀姫は、しかし空を切る音に意識を浮上させる。慌てて首を逸らせば、そこを紐に括り付けられたガラス片が通過した。即席の振り子刃だ。やはり、ビルは罠だらけ。

 

(一瞬も油断できない)

 

 銀姫は警戒を新たにし廊下を進む。

 大声を上げて真衣とナイアへ呼びかけることも考えたが、それは同時に敵に自分の位置を知られてしまう危険性も孕んでいる。合流と敵襲のリスクを天秤にかけ、取り敢えず銀姫は大声を出すことは止めにした。

 そのまま、とにかく階下を目指す。途中幾度か罠があったが、そのいずれもが単発的な物で、さしたる脅威では無い。だが稀に落とし穴のような大がかりなトラップも入り交じっている為、無理押しして進むことも難しい。

 

 そうしてどれほど時間が経っただろう。

 ただ階下へ降るだけなのに、かなりの時間を費やした。罠と竈姫を警戒して歩みを遅くすれば、そうもなる。それに昇ってきた階段もいくつか塞がれていて、迂回路を探すのに手間取ったりもした。

 二人と別れてから随分経つ。無事だろうか。探しに戻りたい衝動に駆られるが、ここで引き返せば竈姫の思う壺だと言い聞かせ、出口を目指す。

 

「! 出口!」

 

 それでも銀姫はなんとか一階へ辿り着いた。無人のロビーへ躍り出た銀姫は入ってきた出入り口を認めると、真っ直ぐ走り出した。

 下に降りれば同じように考えた真衣やナイアと合流できるかと期待した銀姫だったが、それは叶わなかった。それならばそれで一旦外に脱出し、外から再合流を果たすべきだ。脳の冷静な部分でそう決断し、銀姫は出入り口へ一直線に向かう。

 

 だが出口を見つけたということで、どこか油断してしまったのだろう。

 そして狩人からすれば、直線に動く獲物ほど狩りやすい相手もいない。

 

「……BANG!」

 

 戯けた擬音と重なる銃声。それが耳に届くより速く、銀姫の背から火花が散った。

 

「がっ……あぁっ!?」

 

 衝撃と痛みで姿勢を崩した銀姫は走る勢いのまま転倒する。流れる視界と背中の疼痛に混乱して、撃たれたのだと認識できたのは停止した瞬間だった。

 

「ぐ、かはっ」

 

 苦しげに息を吐く。ライダーの脚力で走ったからか、転倒した時の衝撃も相応に痛烈だ。全身を棍棒で叩かれたような打撲の痛痒と、ズキズキと痛む背中。少女の精神では今にも気絶してしまいそうな激痛だ。それでも身体に鞭打ってフラフラと立ち上がれば、そこには天井に開けた穴からロープでぶら下がり、銃口を向ける竈姫の姿があった。

 

「ふふっ、今度は逃がさないって、最初に決めてたからね」

 

 予め上階から一階まで貫通する穴を開けておき、そこにロープを垂らしておくことで先回りを可能としたのだ。最初からビルに囚われた獲物が一階へ逃げると予測したからこその仕掛けだった。

 

「さて……じゃあ、トドメよ」

 

 射線は真っ直ぐ通っている。広いロビーに遮蔽物はない。回避にするにも防御するにも、痛みのあまり手足から力が一時的に失せている。

 万事休す。銀姫の口元が怯えに引き攣る。対照的に竈姫はようやく訪れた瞬間に満面の笑みを浮かべた。

 

「死……」

 

 だが死刑宣告を遮る様に。

 轟音と共に壁が打ち砕かれた。

 

「何っ!?」

 

 混乱する竈姫。銀姫もそちらを注目する。もうもうと立ちこめる粉塵。しかしそれを裂くように漏れる黄金の光を目撃し、叫ぶ。

 

「真衣!」

「朔月さん、こっちです!」

 

 粉塵を裂くようにして飛び出したのは、二台のバイクだった。漆黒のカウルにそれぞれ黄金と青のラインが奔ったオートバイ。その片方に跨がり手を伸ばすのは予想通り乖姫だった。

 差し出された手を取れば、凄まじい膂力で身体ごと持ち上げられて後ろへ乗せられた。運転する乖姫の腰を掴み、バイクはそのままロビーの出入り口へ疾走する。

 

「させるか!」

「こっちがさせるか、っての!」

 

 我に返った竈姫は銃口をバイクへ向け発砲する。が、それはもう一台のバイクに乗った冀姫が間に滑り込み、片手で槍を回して弾き飛ばした。

 

「へへん! これでお暇させてもらうよ!」

 

 一矢報いた冀姫はニヤリと笑い、そのまま併走して二台のバイクはビルから飛び出した。走り去る音はすぐに遠のき、ライダーの走力を以てして届かない場所まで遠ざかったことを教える。ロビーに残ったのは、虚しく硝煙を上げる銃口を降ろし、口惜しげに去った方を睨み付ける竈姫だけだった。

 

「くそっ……もう少しで仕留められたのに……」

「残念ね」

 

 背後から声。振り返らずとも分かる、才姫だ。

 竈姫は三人が去った出入り口から憎々しげな視線を逸らさず、後ろ手で銃を突きつけた。

 

「……アンタがあの二人を逃がしたからでしょ」

「ま、確かにこちらの不手際であることは否めないわ。でもあの二人も厄介者よ。青い方は思考が冷静で、金色の方は単純にスペックが高い。中々の強敵よ」

 

 銃口を向けられているというのに怖れる様子を毛ほども見せず、才姫は億劫そうに銃身を掴んで逸らした。その様子は撃たれないことが分かっているからというよりは、もし撃たれてもどうにでもなるという自身の表れにも見えた。

 

「言い訳?」

「まさか。私は賢いから慎重なのよ。それに……」

 

 隣へ進み出た才姫は肩を竦める。

 

「また戦えば私が勝つわ」

 

 まるで純然たる事実だというかのように、断定的に答える。

 その証と証明するかの如く、傷一つ無い黄色の装甲をなぞった。胸元の日輪は、陰ること無く煌めいている。

 

「それで、どうするのかしら? このままむざむざと諦める?」

「まさか。獲物に逃げられたくらいで狩猟は終わらないよ」

 

 手の中の銃を光へ還し、この場からの撤収準備を始めながら竈姫は答える。

 

「次の罠へ追い込むだけさ」

 

 不敵な笑みを浮かべた竈姫は才姫を伴いビルから去る。

 その背は更なる屈辱を薪とし、より強い憎悪の炎が燃えさかっているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 竈姫のトラップタワーから逃げ延びた三人は無人の街をバイクで駆け抜けていた。

 

「二人ともありがとう。おかげで助かった……」

「いえ、それほどでは」

 

 銀姫はホッと息をつきながら礼を言う。しかしそれに対する乖姫のリアクションは芳しくない。

 

「……どうしたの?」

 

 見れば二人の装甲はかなり汚れていた。コンクリートの粉塵に塗れ、細かい傷がいくつもつけられている。特に冀姫は酷く、一部装甲に至ってはへこんでいた。

 

「あはは……まぁ、ウチらも一緒なんだよ」

「一緒?」

「追い詰められて、逃げ出したってこと」

 

 力なく笑い、冀姫は何があったのか説明する。

 

「私たちは分断された後、才姫って奴と戦った。あの、唯祭の」

「……あの人だったんだ」

 

 銀姫は二人にバレないよう、心の内だけで安心する。取り敢えず、爽では無かった。そんな風に一喜一憂するのも変なことだけど、心の動きは自分で止められない。

 

「そう。だけど……ソイツが、尋常じゃ無く強かったんだ」

 

 冀姫はそう語りながら悔しげに歯ぎしりした。乖姫も消沈している。

 

「見えなかった。何をされたのかも分からないうちに転がされて、二人とも手も足も出なかった」

「二人とも? でも……」

 

 銀姫は目の前にいる乖姫を見つめる。彼女の力は隔絶している。竈姫は強かったが、それでも乖姫ほどの脅威は感じなかった。

 

「うん。単純な力比べなら真衣の乖姫が圧勝だと思うよ。でもアイツは、まともに見ることすら出来なかった」

「……透明?」

「いや、残像や軌跡は垣間見えたから、速い、んだと思う……でも、目で追いきれない」

 

 銀姫はその様子を想像し、ゾッとした。爽との……血姫との戦いと重ね合わせる。だが、血姫の連撃は素早かったが、目で追いきれないという程でもなかった。なら、才姫とやらは血姫以上のスピードの持ち主ということになる。しかも二人を同時に相手して、圧倒している。

 

「私たち二人とも、訳も分からないまま翻弄されてしまって……」

「こりゃ敵わんと、逃げ出したって訳だね」

「それは、よく逃げられたね……それに、これも」

 

 銀姫はバイクへ目線を降ろした。この廃墟に似つかわしくない綺麗なバイクだ。よく見るとフロントカウルには紋章のような物が書かれている。冀姫のバイクには月、乖姫のバイクには王冠だ。操縦者二人に対応しているように見える。そして漆黒のカウルにはそれぞれの色のラインで『Pride Stealer』と刻まれていた。

 プライドスティーラー。このバイクの名前だろうか。直訳すると『誇りの簒奪者』……あまりいい意味では無いと銀姫は顔を顰めた。

 

「あぁ、これは……窓から飛び降りた先にあったんだよね」

「えぇ!? 飛び降りたの!?」

 

 確かにライダーはビルの屋上へあっという間に跳躍できる程の脚力を持っている。だがそれはそれとして、ビルから飛び降りて無事でいられる程強靱だとも思えなかった。

 冀姫は鎧のへこんだ箇所を指差す。

 

「うん、結構痛かったよ。まぁ、それはウチだけだったみたいだけど……」

 

 冀姫は意味深げに乖姫を流し見て、溜息をついた。疑問符を浮かべている本人は、確かに鎧の損傷が冀姫に比べて少ない。

 そういえば、スタシアムでも平気そうだった……と銀姫は思い出し、乖姫の頑丈さに静かに戦慄した。

 

「その所為でこう見えても脚も結構キててね、でも運良く駐輪場に普通に停めてあったコレを見つけられたから、なんとか逃げられたって訳さ」

「普通に停めてあったんだ……」

 

 中々シュールだなと首を傾げ、しかし銀姫はその幸運に感謝する。二人は勿論、自分もこのバイク、プライドスティーラーが無ければ命は無かったかもしれないのだ。

 

「それで、これからどうする? 結局ダムドと戦ってたのが敵の罠だったんだから、またスタジアムに戻って隠れる?」

「そっか。確かに街に出た意味はもう……ん、ダムド?」

 

 そこで銀姫は気付く。今走っている道路にダムドが蔓延っていないのは竈姫たちが一掃したからだ。しかしそれもこの区画だけ。歩きなら十分広いが、バイクの移動速度では……。

 

「ふ、二人とも引き返して!」

 

 そして運転する二人はそれに気付いていなかった。逃げるのに必死で、道路を真っ直ぐ走ることしかしていなかった。

 だからカーブを曲がった瞬間、その光景を目撃して冀姫は叫んだ。

 

「! やばっ!?」

 

 目の前に現われたのは道路を埋め尽くさんとするダムドの群体。すっかりダムドのことが頭から抜け落ちていた一行は警戒を忘れ、真正面から出くわしてしまったのだ。

 当てもなく彷徨っていたダムドたちの顔が一斉に闖入者を振り向いた。髑髏面の眼窩から注がれる大量の視線が三人を貫き、背筋を凍らせる。

 

「こ、これどうしましょう!?」

「どうするって……」

 

 あわあわと乖姫は後ろの銀姫に指示を仰ぐ。

 ダムドから逃げて来た道を戻れば竈姫と才姫に追いつかれてしまうだろう。もう見つかってしまっている以上、引き返せば前後から挟まれて挟撃されてしまう。であるなら道は一つ。

 

「突っ切るしかない!」

 

 思い切りアクセルを踏み抜かせ、一行はダムドたちの只中に飛び込んだ。

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