仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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三日目-5 ゲッタウェイ・オーバー

「……動いたな」

 

 寒風吹きすさぶビルの屋上で、そんな呟きが風に乗って消えていく。

 眼下を見下ろすのはポニーテールをたなびかせるジャージ姿の少女だった。室外機の上に座る彼女は刀のように鋭い眼差しで下界を見渡し、遠くで気配が騒がしくなるのを感じ取っていた。

 

「これだけ静かな街で暴れれば、生身でも伝わってくるか」

 

 今回のバトルフィールドとなった廃墟街は基本静かだ。徘徊するダムドたちは皆無言で、走るようなこともしない。ならば少し騒がしくなれば、そこにはライダーたちがいるという証左になる。

 それでも常人では何も分からないだろう。だが少女の感覚は普通より優れていたために、それを正確に感じ取っていた。

 

「二人……いや、三人。ダムドの群れの中に突っ込んだな。速い……バイクを使っているか。だが逃げられるとも思えん。どうなるか……ん?」

 

 そう言葉にした時、背後で動く気配を感じた少女は振り返らずに声をかけた。

 

「行くのか」

「………」

「私は止めておこう。もう少し、状況を見たい」

「………」

 

 気配は無言のままだ。しかし少女はそれを気にもしない。互いが難しい気質であることは、この短い出会いの中で何となく分かっていた。そのまま遠ざかっていく誰かへと、少女は手向けの言葉を贈る。

 

「武運を祈るよ。次に会う時は、敵かもしれないがな」

「……アタシは」

 

 風にバラつく赤い髪を抑え、少女へと答えを返す。

 

「アタシは、それを望んでいる」

 

 電子音が鳴り響き、少女の気配が消える。更に壁を蹴る音がいくつか木霊してその数秒後、ビルの遥か下から聞こえたバイク音が小さくなっていく。それを聞き届けた少女は長い溜息を吐いた。

 

「そうか。私も、そうなのかもしれないな」

 

 その呟きは灰混じりの風に溶けて消えていく。寂寥も、覚悟も、今は誰にも届かずに。

 そして少女もまた立ち上がり屋上を後にする。

 コンクリートが砕け、フェンスが溶け落ち、床は三階下までぶち抜かれている――壮絶な破壊痕が残された、戦いの跡地から。

 

「今はまだ、いい。だがこの悲劇が、苦しみが……戦うことでしか終わらないのならば……」

 

 それを終わらせるのは、と。

 筆舌に尽くしがたい感情を滲ませて。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃいいぃぃーーっ!!」

「うわっ、うわうわっ!?」

 

 お化け屋敷もかくやと言わんばかりの悲鳴を上げ、三人の少女はダムドの群れの中を疾駆していた。恐怖のあまり悲鳴を上げる乖姫に銀姫。運転に集中し言葉少なではあるものの冀姫も頬が引き攣っている。一行はプライドスティーラーを必死に操縦し、どうにか黒い大河を渡っていた。

 

「うわ、くぅ、どいて!」

 

 迫りくるダムドの内の一体を銀姫の細剣が斬り払う。やはりダムド一体一体は脆い。一度斬れば黒い霧に還るし、プライドスティーラーで轢き潰しても抵抗もほとんど無い。だがしかし、この数だ。油断すれば一瞬で引きずり落とされる。

 銀姫は乖姫の後ろで剣を振るい、冀姫は片手で槍を回している。それでどうにかダムドを近づけずに済んでいるが、辛い状況なのには変わらなかった。

 

「裏路地にいけないの!?」

「無理ですよ、こんなスピードじゃ!」

 

 運転を担当する乖姫は悲鳴のような答えを返した。

 

「このバイク、普通より速いですし、ダムドが犇めいて視界の悪い路地じゃあっという間に事故っちゃいます!」

「バイク、操縦したことが!?」

「私有地ですけど!」

 

 言い合いながらも一行は疾駆している。それをダムドたちは追いすがるが、そのほとんどは置き去りにされ立ち尽くす。進行方向でバイクに気がついて襲いかかってくる奴らこそが警戒すべき対象。

 そう、銀姫は思っていたのだが。

 

「……? 音、が……」

 

 ふと、耳を掠める音。自分たちが乗るバイクの排気音とダムドらの奇声の中でそれを聞き咎められたのは、奇跡に近い。

 同じ音だった。自分たちの乗る物と。

 

「まさ、か――!」

 

 最悪の想像。だがその予想よりかは、現実は少しズレていた。

 

 背後を振り向く。波打ち際のように押し寄せるダムドを裂くように、そいつは現われた。

 黒いフロントカウル。並外れたスピード。見覚えがある、に決まっている駆体。

 プライドスティーラー。てっきり銀姫は、他のライダーが追いかけて来たものだと思っていたが――。

 

「ダムドが、乗ってる!?」

 

 バイクに騎乗していたのは、髑髏の面を被った非人類だった。道に蠢く奴輩と同じ容姿の存在がプライドスティーラーのハンドルを握り、アクセルを踏んで銀姫たちを追いかけてくる。

 

「あのバイク、誰でも操縦できるの!?」

 

 ライダーしか操縦できない物だと思い込んでいたが、しかしこの廃墟街に放置されている物ならば、ダムドが操縦できてもおかしくは無い。むしろこの街を支配しているのはダムドなのだから、そちらの方が自然だ。

 プライドスティーラーに乗ったダムドは五騎。編隊を組んで、三人に追いすがる。

 

「くっ、迎撃、しないと……」

「それだけじゃない!」

 

 背後から近づく脅威に銀姫が細剣の柄を握りしめる、その隣。やはり槍を掴み直す冀姫が警句を発する。その仮面の下から覗く表情は銀姫よりも深刻だ。

 

「他にいる筈! 別働隊が!」

「え、どういうこと? なんでそう言い切れるの?」

「だってそうでしょ!? 普通のダムドは、ドアすら開けられないのに――!」

 

 冀姫の言葉に銀姫はハッと思い至る。確かに普通のダムドは、扉すら開けられない。だからスタッフ専用通路に籠もって籠城する気だったのだ。包帯ダムドが異常で、だからこそあそこまで混乱して。

 だが、そうなるとドアの開閉より更に難しい運転というタスクをこなす奴らは、一体。

 

「だから、それをさせられる奴がいるんだ! コイツらに操縦を命じられる(・・・・・・・・)奴が!」

「それって――」

 

 答えを銀姫が吐くより速く。

 乖姫が悲鳴を上げた。

 

「前! 前からも来ました!」

 

 前方で、数体のダムドが霧に還った。黒い同胞を粉塵のように巻き上げるのは、同じくプライドスティーラーに乗った存在。しかし一騎きりだ。

 お互いの進行方向にいる一行と現われたダムドは加速度的に近づいていく。そして近づくことで、黒い霧の中からその詳細な姿が垣間見える。

 バイクのような見た目だった。人型をしているが、全身のパーツが機械的だ。パイプにカウル。剥き出しのエンジン。瞳は割れたヘッドライト。ハンドルを握っていない右手にはコードやフレームを組み合わせたような斧を握っている。

 まるでスクラップを押し込めて無理矢理人を模ったかのような異形。道路に犇めく有象無象とは違う圧倒的存在感。

 例えるなら、バイクダムド。

 

「ダムドの、親玉!」

 

 そう銀姫が叫んだと同時、両者の距離は零になる。

 その瞬間、銀姫の装甲が火花を散らした。すれ違いざまに、バイクダムドが斧を叩きつけたのだ。

 

「きゃあっ!」

 

 悲鳴を上げ仰け反る銀姫。しかもそれだけでは済まず、乖姫の御する駆体も大きく揺れる。

 

「くっ、うぅっ!」

 

 大きく蛇行する車体を乖姫は必死な操縦でどうにか持ち直す。油断ならないハンドルから手を離さず、乖姫は背後の相棒へ叫ぶ。

 

「朔月さん!」

「大、丈夫。痛いけど、剣はまだ振れる……」

「それもですけど、それだけじゃなくて!」

 

 乖姫はサイドミラーをちらりと確認して警句を飛ばす。

 

「後ろの人たち、近づいて来てます!」

「!!」

 

 胸甲に刻まれた傷を抑えつつ、銀姫は背後を振り返る。そこには先よりも迫るプライドスティーラーの編隊と、その更に後方で反転をかけるバイクダムドの姿があった。特に編隊は、数メートルもしない距離まで肉薄していた。

 

「くっ、蛇行しているうちに」

 

 その内の一台が隙を突き、乖姫のプライドスティーラーを後ろから突き上げた。ガクンと揺れる車体。それを立て直そうとする間隙を狙い、今度は横から迫るプライドスティーラーがタックルを仕掛ける。

 

「きゃあっ!」

「う、くぅぅっ!」

 

 また蛇行しかけるバイクを力尽くのハンドル操作で抑えつけながら乖姫は歯噛みする。

 

「っ、このままじゃ、事故しちゃいます!」

「くそぉっ!」

 

 ヤケクソ気味に銀姫は剣を振るうが、ダムドは巧みな操縦でそれを悠々と避ける。機動力が段違いだ。しかもキチンと躱すだけの知能を持ち合わせている。

 このまま後ろから衝突され続ければ車体が持たない。どうすべきか悩む銀姫の脳裏に、一つだけ閃いた。

 

「真衣。少しの間、車体を安定させて!」

「え? 朔月さん!?」

 

 乖姫へお願いするや否や、銀姫は不安定なバイクの上で立ち上がった。

 

「誰でも操縦……出来るなら!」

 

 襤褸を激しい向かい風にたなびかせ、迫ってくるプライドスティーラーの一台を見下ろす。息を吸い、足に力を溜め、そして、

 

「や……ああぁぁぁっ!!」

 

 跳躍。

 サドルを蹴っ飛ばした銀姫は大きく飛び上がり、何車体か離れたプライドスティーラーの元へ踊りかかった。ダムドはハンドルを切ろうと試みるが、互いに迫り合っている分、間に合わなかった。

 勢いのまま搭乗するダムドを剣で貫き、そのまま後方に滑りそうになりながらもどうにかハンドルを掴む。

 

「やっ、た」

 

 狙い通り強奪できた。そのことに安堵の溜息をつきながら、横転する前に銀姫は剣を消してハンドルを握り込む。

 バイクの操縦など銀姫はしたことがない。自転車も怪しい。だがハンドルを握ると、基本的な操縦方法は頭に流れ込んできた。これもマリードールと同じような細工が施されているのだろう。

 もう一つ不思議なことが起こる。他二人のとは違いダムドの乗ってきたプライドスティーラーはラインのない無地だったのだが、銀姫がハンドルを握ると同時にそれが変化した。銀のラインが浮かび上がり、フロントカウルには鉄仮面と襤褸を描くクレストが刻まれたのだ。

 

「っ、そういう、仕様だったんだ」

 

 だがそれを気にしている場合でも無い。自分は五体の編隊の中へ飛び込んだのだ。

 当然周りには、残り四体のダムドがいて、渦中に飛び込んできた銀姫に狙いを定めていた。

 

「朔月さん!」

「無茶するね!」

 

 ダムドたちが迫りくるより早く、乖姫がスピードを落とし、その内の一体に体当たりをかました。同じように下がってきた冀姫も槍を振るい、ダムドの内一体を牽制する。

 

「二人ともありがとう! ……やあっ!」

 

 礼の言葉もそこそこに、銀姫も一体へ近づき横からタックルをかます。が、フリーになっていた最後の一体がそんな銀姫の車体を後ろから突く。

 

「くっ!」

 

 操縦法自体は理解できても、乗りこなすセンスがあるかどうかはまた別だ。経験の無い銀姫では十分に扱えているとは言い難い。ましてや二体相手では。

 しかも敵は、それだけではない。

 

「っ、来てるっ」

 

 唸りを上げるエンジン音。加速したバイクダムドのプライドスティーラーが迫りくる音だ。振り返った銀姫の視界には、ピッタリ張り付くダムド越しに斧を振り上げるバイクダムドの姿が焼き付いた。

 

「これ、じゃ……!」

 

 バイクダムドが来ていることが分かっても、二台のバイクが纏わり付いている状態では躱すこともままならない。剣を再出現させて追い払うことも出来ない。銀姫の操縦技術ではハンドルを握ることで手一杯だからだ。一方で片手で槍を振えるほど器用な冀姫や慣れた操縦をする真衣は、それぞれの相手に手間取っている。道路を犇めくダムドだってまだいるのだ。中々手が離せない。

 加速音が近づく。焦燥の汗が向かい風に流れる。恐怖で胸の痛みがぶり返す。

 万事休す――銀姫が思わず目を瞑りたくなった瞬間、サイドミラーに映った出来事で逆に目を瞠ることになる。

 

 合流する道路から飛び出してきた赤い影が、バイクダムドへぶつかったからだ。

 それがプライドスティーラーに乗ったライダーだと認識できた瞬間、銀姫は叫んだ。

 

「爽!」

 

 新たな乱入者は赤いラインの奔ったプライドスティーラーを駆る、炎の如き赤を身に纏った仮面ライダー血姫だった。青いバイザー越しの視線は銀姫の方向を僅かに見た後、バイクダムドへ向けられる。

 

「ギギギギギ……」

 

 バイクダムドから奇怪な鳴き声が漏れる。まるで油を差し忘れた機械が擦れ合うかのような耳障りな音。人間では無いその声は本能的な恐怖すら呼び起こすが、血姫は怯むこと無く追撃を加えた。

 運転に集中して両手を手放せないのは血姫も同じだった。だが彼女にはそれでもなおダムドを打ち据える手段がある。

 鞭のようにしなった尻尾が、バイクダムドの斧を握った手元を強かに弾いた。

 

「ギィ……!」

 

 斧を取り落としはしなかったもののしかし怯んだ隙を突き、血姫はプライドスティーラー同士をぶつける。大きく揺れる車体。だがバイクダムドは巧みな操縦技術で持ち直し、すぐに元通りに直ると血姫目掛け斧を振り下ろした。

 

「……!」

 

 血姫は速度を上げることで、それをギリギリで躱した。一歩間違えば車体が真っ二つになっていたであろう光景に、銀姫は冷や汗を流す。

 

「爽!」

 

 名を呼ぶが、血姫は答えない。ただ黙々と、バイクダムドを相手に立ち回る。

 救援へと身体が舵を切りかける。だがバイクを駆った二体のダムドがそれを阻む。

 

「くっ……どけぇ!」

 

 苛立ちを乗せた荒々しい裏拳が併走するダムドへ叩き込まれた。ダムドの顔面は陥没し、プライドスティーラーごと横転して爆発四散した。一体減ったところで、銀姫は前方へ叫ぶ。

 

「真衣、ナイア! コイツをお願い!」

「えぇ!?」

 

 驚愕する真衣の叫びを余所に、銀姫は大きくハンドルを切る。その姿は無防備で、残ったダムドが追撃をすれば銀姫は簡単に横転してしまうだろう。現に、率いられて知能の上がったダムドはそれを逃さない。

 

「世話の、焼ける!」

 

 そこへ、冀姫の操る青条のプライドスティーラーが割って入った。振るった槍がカウルを裂き、ダムドはバランスを崩してその場に留まる。

 

「ぐぅっ! ……保たないから、早く済ませて!」

 

 冀姫は自分の相手を倒して来たわけでは無い。二体のダムドに挟まれ、今度は冀姫が危険に陥っていた。だがそれでもなお冀姫が銀姫を助けたのは、そうすべきだと彼女の観察眼が導き出したからだ。

 ダムドはそのボスを倒せば一気に消滅する。この街の、全てのダムドが。

 賭けに値する事実だ。

 

「ありがとう!」

 

 礼の言葉もそこそこに、銀姫はプライドスティーラーを翻してバイクダムドへ突撃した。多少不安定になるが、右手に細剣を出現させておく。血姫に夢中だったバイクダムドは間近までその接近に気付かず、真正面から克ち合ってしまう。

 まるで中世馬上槍試合(ジョルト)のように向かい合った二体は、得物を手に突撃する。銀姫は細剣を、バイクダムドは斧を振り上げる。だがそこへ、併走する血姫が妨害を入れた。

 しなった尾が、斧を叩き落とす。

 

「ギッ!?」

「あああぁぁぁーーっ!!」

 

 武器を失ったバイクダムドに、銀姫は一直線に突き進んだ。もはや軌道変更は要らないともう片方の手も離し、マリードールをなぞる。

 

《 Silver Execution Finish 》

 

 歪んだ電子音が鳴り、銀姫の剣に銀の光が漲る。眩いばかりに輝く剣尖は真っ直ぐ突き出され、射し込む月の光の如く揺るぎない。

 

「せいやああああぁぁぁーーっ!!!」

 

 交差。

 一瞬の内に決着はついた。バイクダムドは風穴の空いた脇腹を銀色に輝かせ――そして、轟音を上げて爆発四散する。

 銀姫がブレーキをかけて車体を止めた頃には、プライドスティーラーごと爆発炎上してもうもうと黒煙を上げるだけの存在になり果てていた。

 

「――やった」

 

 銀姫が勝利を確信すると同時に、周囲のダムドも霧に溶けて消えていく。バイクに乗っていた残りのダムドもだ。この街を埋め尽くしていた数え切れない程のダムドが、全ていなくなる。

 ある種の万感の思いと共にそれを見つめていると、反転してきた乖姫と冀姫がその隣に並んだ。

 

「ダムドさん、全部いなくなりましたね!」

「やったじゃん、朔月」

 

 それぞれの言葉をかけ労う二人に銀姫は疲れた笑みで答える。一つのことをやりきった心地よい疲労感が銀姫の全身を包んでいた。

 三人が緊張を解いてしまったのは無理からぬことだ。今まで気を張ることを強いてきたダムドの軍勢が、綺麗さっぱり消えていくのだから。安心して身体を弛緩させてしまうのも無理はない。

 だが今は、ライダーバトル――殺し合いの最中で。

 逃避行はまだ終わっていなかったのだ。

 

 轟く銃声。静寂が訪れた市街を甲高い音が切り裂いた。そしてそれは冀姫の駆るプライドスティーラーのエンジン部で火花を散らすことで、着弾という結果を確定させる。

 

「え――」

 

 完全に油断していた銀姫はそれに反応できない。次いで放たれた銃弾が自車の燃料タンクを射貫いたことで、ようやく我に返る。

 

「っ、離れて!」

 

 銀姫と冀姫が飛び退き、反応できなかった乖姫のエンジン部が射貫かれるのはほぼ同時だった。三騎のバイクは鍵盤を叩くかのようにリズム良く炸裂し、乖姫を巻き込んで地獄のような爆炎を上げた。

 

「きゃあああーーっ!!」

「真衣ー!」

 

 アスファルトの上に着地した銀姫は逆巻く炎に手を伸ばすが、その指先を飛来した銃弾が掠めた。銀姫が振り向くと、そこにはビルの影から歩み出す二人のライダーがいた。二人はこざっぱりした道路の上で立ち止まると、銀姫たちを見下すかのように睥睨する。

 銃口を突きつけるのは竈姫。そして、面識は無いが正体を問うまでもない。派手な黄色の装甲を持つ戦士。冀姫たちの話に聞いた高速の仮面ライダー……才姫だ。

 

「なん、で……」

 

 銀姫は絞り出すように声を出した。だってそうだ。自分たちはかなりの距離をプライドスティーラーで走行してきた。追いつくのなら、同程度のスピードが……つまり、プライドスティーラーが必要な筈だ。しかし二人の傍にその姿は無い。

 か細い銀姫の疑問には才姫が小馬鹿にするように鼻を鳴らして答える。

 

「ふん。まだ成長途中にして既に全能に至らん私の力を以てすれば、貴女たちに追いつくことなど造作も無いことなのよ。……まぁ要するに、ただ竈姫(おにもつ)を運んだだけなのだけど」

 

 至極、単純な話だ。

 才姫はバイクよりも速かったというだけ。

 

「まったく、持つべきは頼れる味方ね。アンタがボクの元から逃げられたように、ボクもコイツの力を借りてアンタを追い詰められる」

 

 煮えたぎるような熱を持つ視線は銃口と完全に同期して銀姫を狙っている。一歩でも迂闊な動きをすれば、銃弾はたちまち銀姫の身を貫くだろう。

 だがその瞬間、三台のプライドスティーラーを薪に燃えさかっていたキャンプファイアーが大きく揺れた。かと思えば、次の瞬間には暴風に吹き飛ばされる。

 

「!?」

「真衣!?」

 

 予想外の出来事に全員の視線が集中する。

 黄金の光を帯びた旋風に吹き払われた炎の中から現われたのは、絢爛な鎧の表面を煤に汚した乖姫だった。

 

「う……痛い……」

 

 そうは言うものの、目立った外傷は見られない。それこそ煤けている以上の痛痒は存在していないように見えた。露出している口元にも火傷一つ無い。

 

「バケモノ……?」

 

 そう口にしたのかは誰か分からなかったが、そこにいた乖姫以外の感想は概ね同じだったろう。乖姫の重装甲は三台のバイク爆発にも耐えきったのだ。

 

「ん……え、竈姫さんと才姫さん? なんで……あ、まさかバイク狙ったのって二人ですか!?」

「遅い……」

 

 呆れたように額に手を当てる才姫。気勢が削がれる場面だが、しかし形勢は逆転した。銃口を突きつけ有利を取っていた二対二から、三対二に早変わりだ。しかも乖姫の予想以上の防御力まで明らかとなった。状況は一気に有利になったと言えるだろう。

 

「今なら――」

 

 この勢いを駆れば、二人を制圧できるかも知れない。才姫の攻略法はまだ浮かんでいないが、能力を使わせる間もなく制圧すれば無傷でこの場を切り抜けられるかも。そう期待して銀姫が動き出そうと全身に力を籠めた、その瞬間――

 

「動かないでよ、朔月」

「え……」

 

 背後から迫っていた人物が、呆然とする乖姫のその首元に刃を突きつけていた。ヒタリと当てられる刃の冷たい感触に乖姫の口元が恐怖に歪む。

 血姫だった。バイクダムド撃破から沈黙を守っていた血姫が、今ここで動いた。――銀姫たちを裏切る形で。

 その光景に、ポツリと言葉が漏れる。

 

「どうして、爽……」

「言ったでしょう。アタシは戦いを止める気は無い。誰かを殺してでも、願いを叶える」

 

 血姫は自分で口にしながら、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

 

「その為には、ライダーを殺さないといけない。その対象は、誰でもいい。……だから貴女だって選ぶし、勝てそうな方にだってつく」

「は、はは……いやいや! お見事! 素晴らしい慧眼だね」

 

 才姫がパチパチと手を打ち鳴らし喝采する。竈姫もニヤリと口角を上げた。

 

「あぁ、話が分かるようで助かる。ソイツを連れてこっちまで来てくれ」

 

 血姫は頷き、乖姫に刃を当てたまま二人の元へゆっくりと歩み出す。

 

「爽……」

「………」

 

 途中銀姫と冀姫の近くも通り過ぎるが、一瞥もくれなかった。

 その間銀姫はどうすればいいか頭を巡らせる。しかし乖姫が人質に取られている以上迂闊に動けない。そして何より、血姫が敵として立ちはだかる状況が心を揺さぶり、冷静な沈思を許さなかった。

 纏まらない思考に銀姫が苦慮している内に、なんの障害もなく血姫は竈姫の左隣へ辿り着く。怯えた乖姫を見て竈姫は勝利を確信した優越の表情を浮かべた。

 

「ははは! 見たか、これがライダーバトルの真実だ! 弱い奴から死んでいく! 甘ったれたことばっか言ってるからお前は死ぬんだ! あぁ、いい気味だ。今お前はここで――」

「……そう、アタシは、殺せるなら誰でもいい」

 

 竈姫のまくし立てを遮る様に、ポソリと血姫が呟く。

 その言葉に竈姫が怪訝な表情で反応するよりも早く、閃光が迸った。

 甲高い金属音。グロテスクな水音。風鳴るは、空気を裂く一陣。

 ぽぉんと間抜けに宙を舞い、重い音を立てて地に落ちたのは――竈姫の、左腕だった。

 

「……あ?」

 

 ポカンと口を開け、竈姫はそれを見つめる。次いで隣を見て、血姫が手に持った刃が赤色に濡れているのを目撃する。そして最後に自分の腕を見て、そこにあるべき物がなく、噴水のように血が噴き出す光景を見て――絶叫した。

 

「あ、あ、あ、あああぁああぁぁぁあ!!??」

「そう、誰でもいい――でも、アンタのやり口が気に入らない」

 

 遅れてやってきた痛みと喪失感に叫ぶ竈姫を横目に、乖姫を解放した血姫は冷たく告げた。

 

「だからこの場で殺すのは、アンタに決めた」

 

 冷酷に――されど、言葉端に覚悟の炎を滲ませて。

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