仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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三日目-6 ファーストブラッド

「何、してくれてんだお前ええぇぇぇ!!」

 

 迸る絶叫は、静寂が訪れた街に朗々と響き渡った。

 鉄錆の生臭さが香りアスファルトに毒々しい赤が滴り落ちる路上。そこにゴロリと転がった左腕はピクリとも動かず、まるで醜い生き物の死骸のようにも見えた。

 二の腕半ばからバッサリと断ち切られた腕から血を滴らせる竈姫(へき)は、無事な腕で握っていた銃を怨嗟の言葉と共に血姫へ向ける。

 

「お前、お前お前お前!! 何故裏切った!!」

「言ったでしょ。気に入らないだけ」

 

 銃口を突きつけられながらも真っ直ぐ見つめ返し、血に濡れた刃を手にしながら血姫は答えた。

 急激に移り変わる状況に呆ける乖姫は既に完全に解放されている。人質に取ったのは最初から、竈姫に近づく為の方便に過ぎなかったという証左だった。

 

「ボクらにつけば、圧倒的有利だったのに!」

「有利とか不利とか、そんなの関係ない」

 

 剣を振るって血を払い、血姫は断言する。

 

「勝ち残る。けどそれは、アタシなりに納得のいく形で、だ」

「爽……」

 

 銀姫は複雑な表情で覚悟を告げる血姫を見た。裏切っていなかった安堵。彼女が人を斬ってしまった悲哀。そして初めて見る大量の血への、恐怖。

 ライダー同士の戦いで、遂に後戻りできない大傷が発生してしまった。

 何か踏み越えてはいけない一線を越えつつあるのではないか。そんな漠然とした不安が銀姫の胸中に沸き起こる。

 

「お前ぇぇぇ!!」

 

 激昂のまま、竈姫は引き金を引いた。マズルフラッシュと共に撃ち出される銃弾。至近距離で放たれたそれはしかし己の腕を断ち切った剣に遮られた。返す刃が再び襲い来る。

 

「ひっ!」

 

 怯えて後退る竈姫。必要以上に大きく飛び退いて距離を開ける。恐ろしい物を見つめるような瞳で鈍く光る剣身を映した竈姫は、窮して叫んだ。

 

「才姫ぃぃぃ!! コイツを殺せぇぇぇ!!」

 

 唯一の味方に向け血姫の殺害を指示する。才姫のスピードなら血姫一人、瞬きの間に殺せる。

 だが、数瞬待っても才姫は動かなかった。

 

「才姫!? お前、お前までも!?」

「貴女と組んだのは、下等な奴輩の中でもまだマシだと思ったからよ」

 

 才姫は腕を組んだまま、感情を見せない赤い複眼で竈姫を見つめる。

 

「結構頭が働くようだし、執念もある……利害も一致しているから、手を組むには恰好だと思ったの。なのに……」

 

 呆れたように溜息を吐いて、才姫は首を横に振った。

 

「不意打ちを受けた挙げ句、片手を失うなんて失態……失望したわ。貴女が一番の外れクジじゃない。無能を助ける理由なんて無いわ」

「さ、才姫ぃぃ……!」

 

 悔しげに漏れる怨嗟。唯一の味方にすら見限られ、竈姫の運命は定まりつつあるのはそこにいた一同全員に見て取れた。血姫の剣がギロチン刃のように鋭い閃きを反射する。生きるか死ぬか、それは別としても竈姫の敗北は決定的なもののように見えた。

 

「でも、一度だけチャンスをあげるわ」

 

 だがそこに手を差し伸べたのは、今し方助力を拒否した筈の才姫だった。

 冷厳な声音が静かな市街へ染み入るように響き渡る。

 

「貴女の執着していた……その銀姫を殺しなさい。一対一でね。そうすればまだ利用価値はあると見て、この場は助けてあげるわ」

「何……?」

 

 それは試験だった。

 

「貴女の能力は落第点。けどその執念には評価すべきところはある。だからこそのチャンス。その執念で勝利を勝ち取れるならまだ貴女には一定の価値が保証される」

 

 淡々と、まるで何かの論説かのように才姫語っていく。

 

「だからそれまでは、他の奴らは全部私が抑えてあげると言ってるの」

 

 その言葉に刃を持ち上げたのは血姫だった。才姫へ剣尖を向け、血姫は問うように言葉を紡ぐ。

 

「それを許すと思うの……? 才姫、だっけ。アタシの殺害対象にアンタが入っていないとでも?」

「私の稀なる頭脳を甘く見ない事ね。そんなこと、とっくの当に分かってるわ。でも……」

 

 嗤う。

 

「貴女たちが全員束になってかかっても、私には勝てないから」

 

 ニヤニヤとした粘着質な笑みで、才姫はそう言い切った。絶対的な自信。疑う事なき傲慢。

 空気の温度が上がり、血姫の気配が逆立つ。ピリピリとした淡い刺激は銀姫の肌を撫でた。それが張り詰めた戦意だと銀姫が感じ取った時には既に、竈姫の鋭い視線が自分を射貫いていた。

 

「二言は無いな……?」

 

 問いかけに、才姫は高慢とすら言える態度で答える。

 

「えぇ。天才は間違わないから」

 

 その言葉で、竈姫の腹は決まった。

 銃口を、銀姫に向ける。

 

「竈姫……いや、志那乃(しなの)……」

「構えろよ……銀姫。こうなったのも全部、アンタの所為なんだからさぁ……」

 

 狂気的で凄絶な笑みが竈姫の口元に浮かぶ。

 

「お前がボクに大人しく狩られていればよかったんだ……そうすればこんな痛い思いもせずに……」

 

 左腕の断面からの流血はほとんど止まっていた。痛々しくも、失血死があり得るようには見えない。

 引き金が指にかかる。

 

「ボクは願いを叶えられたのにさぁ!!」

 

 輝く銃口。火花が散って銃弾が撃ち出された。銀姫は手に握った細剣の刃を縦に構え銃弾を防ぐ。

 

「くっ、止めて、志那乃! 殺し合いなんて……」

「今更ぁ!!」

 

 制止の言葉。されど聞く耳持たない竈姫は無視して銃弾を乱射する。銀の鎧に着弾した弾丸は眩き光の花となって散り、衝撃が銀姫の身体を揺るがす。

 言葉は届かない。

 ならば――銀姫は手にした細剣の柄を強く握りしめた。

 

(……倒すしか、ない)

 

 言葉を尽くして無理ならば、実力で止めるしかない。しかしこうなってしまった竈姫が、生半に抵抗を止めるとは思えない。戦闘不能まで、持ち込む必要がある。

 だが……片腕を失ってまで戦う竈姫はどうやったら止まるのか? これ以上やったら勢い余って殺してしまうのではないか?

 

(いや……そうだ! ドライバー、マリードールの破壊!)

 

 迷う銀姫の思考に射し込んだ一筋の光。それはノーアンサーに提示されたルールの一節。

 死亡、あるいはドライバーを破壊された者は敗退となる。正確にはマリードール。

 

(マリードールだけ、破壊できれば!)

 

 方針は決まった。ならば後はそれをどうにかこなすしかない。

 

「っ、あああぁぁ!!」

「! ぐっ」

 

 銃弾を気合いで防ぎながら踏み込んだ銀姫は、腰だめに構えた細剣を掬い上げるように一閃させる。下方からの一撃は竈姫の握っていた銃へ吸い込まれ、その銃身を真っ二つに切り落とした。

 

「チィ!!」

 

 銃を失った竈姫は残った銃床部を銀姫に投げつけ、右腰のパーツを叩く。光が集まって新たに形作られたのは、陽炎のように歪んだ刀身を持つ剣だった。

 

「! まだ武器が……」

「そういう、ライダーなんだよ!」

 

 横薙ぎの一撃が力任せに振るわれる。銀姫のように手加減も狙い所も考えられていないそれは細剣を強撃し、銀姫を衝撃で押し返す。

 何度も、何度も、何度も斬りつける。まるで身のうちの憤怒を迸らせるかのように。

 

「銀姫ぃ! お前さえ、お前さえあっさり殺されていれば、こんな目に遭わずに済んだんだ! 痛い思いをすることも、手を失うこともなかったのに!」

「っ……そこ、までっ」

 

 歪剣の強襲を細剣で受け流しつつ、銀姫は叫んだ。

 

「そこまでして、戦う理由って何!? 何で、戦うことを止めないの!?」

 

 疑問。片手を失うという手酷い傷を負って、それでもなお戦い願いを叶えようとする理由。自分(はじめ)にはないそれが、どうしても分からなかった。

 思い切り叩きつけられた剣と剣が鍔迫り合い、互いの仮面が間近に迫る。憎々しい鉄の仮面を睨み付けながら、竈姫は吐き捨てるように答えた。

 

「ボクは……ボクはねぇ! 帰らなきゃいけないんだよ!」

「帰る……?」

「そうさ……! お父さんとお母さんに(・・・・・・・・・・)もう一度(・・・・)振り向いてもらうんだ(・・・・・・・・・・)!! その為になら何だってやる。例えどんな事でもねぇ!」

「!!」

 

 迸ったのは、銀姫――朔月にとっては一番遠い、家族への想いだった。

 

「なんで……」

 

 なんで――竈姫までも。

 彼女と血姫は、違いすぎるくらい違うのに。想うのは同じ家族。

 まるで、まるで――、

 自分が空っぽな理由が、そこにあるかのように。

 

「……あぁっ!!」

 

 今度は、銀姫の側が力任せに竈姫を撥ね除ける。片手を失い体重を損ねた竈姫は踏ん張ることも出来ずたたらを踏む。苛立ち混じりに銀姫は更に剣を振るい、歪剣を叩き落とす。

 

「なんで、みんなして! 家族がそんなに大事なのっ!?」

 

 吠える。分からない難題に、駄々をこねる子どものように。

 それに対し、竈姫も怒りのままに答える。

 

「大事に、決まってるだろ!!」

 

 右手には次の武器、フラフープに似た円形の刃、所謂チャクラムを握っている。リーチも重さもあるそれを使って、竈姫は片手の不利を補い始めた。

 違う刃。違う激情。同じようで別々なそれらをぶつけ合い、両者の戦いは過熱していく――。

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、血姫は攻めあぐねていた。

 

「くっ、チョコマカと」

「表現は正確にして欲しいわね。『掠りもしない』、と言い換えるべきよ」

 

 血姫が直剣を突けば、それが貫いたのは黄色の残像。すぐ隣に移動していた才姫が空振ったその様を嘲る。

 

「さて、竈姫にああ言った手前仕事はキッチリ果たさねばと身構えていたけど……」

 

 才姫は余裕たっぷりな仕草で周囲を見渡す。才姫を囲うのは三人のライダー。血姫、冀姫、乖姫だ。

 一同はすぐに共闘の必要性に気付き、銀姫の応援よりも才姫を抑えることを優先していた。しかし三人がかりでも才姫を捉えることが出来ていなかった。

 

「これでは準備運動にもならないわね」

 

 鼻を鳴らしながら、才姫は現状を冷静に観察する。そして警戒の必要が無いことを確信していた。

 

「まず貴女は、戦えない」

「くうっ!」

 

 まず、冀姫。死に体だ。リーチの長い槍を持ち優れた洞察力を持つライダーだが、ビルから逃げる際に脚を負傷している。機動力を欠いている以上、スピードで遥かに勝る自分を捉えることは叶わないと判断した。

 

「こっちは論外ね」

「きゃあっ!」

 

 次に乖姫。こちらは碌な負傷も負っておらずその装甲も火力も恐るべきものだが、戦闘のセンスが壊滅的に無い。才姫が足を払えば簡単に転び、背中を押せばつんのめる。暴風のような攻撃力も正面に立たなければ意味が無い。殺しきることを考えれば厄介な相手だが、時間を稼ぐだけでいいのならこれだけ楽な相手もいなかった。

 

「なら、残るのは」

 

 最後に、血姫。これが一番厄介な相手だと判断した。万全で、一番強い殺意を向けてくる。その上機動力は高く、今まで見たライダーの中で最も才姫に準ずる速さだ。だが――

 

「速い。それは認めるわ。けれど――」

 

 両手に双剣を構え、跳ねるように血姫は才姫に斬りかかる。だが才姫が軽くバックステップを踏めば、簡単にその刃圏から逃れられた。周囲からはワープしているかのように見えただろう。逆に血姫が刃を振り下ろしたその瞬間に踏み込めば、一瞬で突き出された拳が血姫の肩口を強打する。

 

「私より遅ければ、何の意味も無い」

「かはっ……」

 

 血姫は剣の一方を取り落とす。その剣を蹴って遠くへやりながら、才姫は追撃のジャブを繰り出した。圧倒的な速さを持つ才姫が更にスピードを重視したパンチは誰にも捉えられず、血姫の仮面を連続で殴打した。

 

「う、がぁっ!!」

「おっと」

 

 血姫にしか存在しない攻撃手段。鞭のようにしなる尾の一撃が才姫を襲うが、一瞬早く気付いた才姫は難なくそれに反応し、悠々と身体を傾けて躱した。

 

「ふふっ。でも貴女は悪くないわ。戦力も、センスも、そしてモチベーションも高い……どう、今からでも私と手を組むのは」

「冗っ、談!!」

 

 尻尾を避けられた血姫はすぐに次の攻撃を組み立てる。今度は身体を沈めて超低空からの蹴撃。足を狙った一撃だ。まずはどうしようもない機動力の差を埋める――それ自体は、正しい判断だが。

 

「冗談ではないのだけどね……まぁ、一度裏切った人間は再度裏切ると言うし、手駒として扱うのは止めておこうかしらね」

 

 しかし純然に、最初の一撃ですら至らない。

 鋭い蹴りは空を切り、黄色の装甲スレスレを過ぎ去るだけで終わった。才姫の軽口を止める程度の戦果すら得られず、戦いは続く。

 

 次の攻勢を考えながら、血姫は頭の片隅で想う。

 

(朔、月……)

 

 願いを叶える。その為なら全員殺す。そう決めている筈なのに。

 どうしてか、気になる彼女のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 一撃が重い。

 剣としても、心情としても。

 

「こ、の……!」

 

 受け止めた腕に痺れが走る。それを敢えて無視して、銀姫は更なる刃を振るう。

 ここに至り、銀姫も本格的な反撃を解禁していた。受けに回るだけではこの人を止められないと判断してのことである。

 

「はぁっ!」

 

 吠えるように呼気を吹き、鋭い突き技で竈姫を強襲する。突きは攻撃範囲が狭い分速い。防御の姿勢を取らせる暇も無く剣尖は竈姫の緑色の鎧を打った。

 

「ぐっ……」

 

 胸甲を打たれ肺から空気が押し出されたのか、竈姫の動きが苦しそうに止まる。そこへすかさず銀姫は畳みかけた。

 

「あああっ!!」

 

 肩、手甲、腿――細剣の乱打で竈姫を圧倒する。怒濤の連撃。その全てが彼女に痛打を与え、緑色の鎧には亀裂が入り欠片が脱落する。しかしそれでいてなお竈姫は戦意を失ってはいなかった。些かも。

 

「が、あっ!!」

 

 獣の如き咆哮と共にチャクラムが空を切る。苦し紛れの一撃にしては鋭い。しかし片手故、遅い。

 金属音が打ち鳴らされる。細剣が円刃をしっかりと受け止めた音だ。片手のアドバンテージは重い。銀姫はそのまま鍔迫り合いまで持ち込み、上から押し潰す力をかけて竈姫に膝を突かせた。

 

「ふっ、ぐ……」

「もう、降参して!」

「誰、が……!」

 

 優位を取って、銀姫は降参を促す。だが竈姫はやはり、それを受け入れない。

 彼女からはもう、その選択肢自体が失せているようだった。このまま屈服するならば死を選ぶ。そんな強硬さが見て取れた。

 銀姫の疑問は晴れない。そこまで家族が大事なのか。

 

「なんで……! 死んじゃうより、よっぽどいいのに!」

 

 分からない。本気で分からないから戸惑いのまま叫ぶ。

 死ぬよりも、そっちの方がいいと思っている。爽の願いに対しても、内心ではそう思っていた。彼女たちの本気は理解しつつも、願いの内容はそれに値するとは思っていなかった。

 家族は、所詮他人なのだからと。

 それに対し、竈姫は憎悪の視線の中に血姫と同じ種類の覚悟を滲ませながら答えた。

 

「死ななくても……意味が無い……!」

 

 ぐぐ、と。

 銀姫の剣を押し返す太い力が盛り上がる。

 

「お父さんとお母さんが、またボクを見てくれなきゃ、何の意味も無いんだよ!」

 

 その瞬間、刃が滑った。

 チャクラムの丸い刃を生かした反攻だ。円状の剣身で細剣を受け流しながら、それを伝ってそのままカウンターに繋げる一手。不意を突かれた銀姫は反応できない。火花を散らして遡った円刃は首を狙う。

 

「うっ、く――」

 

 迸る血飛沫。

 斬られた――のは、頬だった。

 

「っ、あぁっ!」

 

 辛うじて首を動かした銀姫はどうにか首を落とされることは避けた。その代わり、頬には深い抉られるような裂傷が刻まれた。ズキズキとした痛みを今は無視して、チャクラムを振り切った姿勢の竈姫を蹴り倒す。

 

「がっ!」

 

 竈姫は驚くほどあっけなく転がった。これまでで一番の隙。銀姫は細剣を振り上げた。狙うのは腰元。マリードールとドライバー。

 

「はぁっ!」

 

 これで終われと渾身の力を籠めて叩き降ろす。だがその願いは叶わず、肉厚な斧刃に防がれた。竈姫は更なる武器、あのビルの中で見せた斧槍を召喚し細剣の盾とした。

 そして残ったチャクラムは持ち手に噛みついて、首の力だけで振るう。

 

「んぐぅっ……があっ!」

 

 くぐもった雄叫びと共に円刃が唸りを上げる。なりふり構わない抵抗に銀姫は距離を取らざるを得ず、その場を後退った。最大の好機を逃した彼女の前で、竈姫はチャクラムを噛み締めながら立ち上がる。

 

「フーッ、フーッ!」

 

 歯列の隙間から荒い息をついた竈姫は疲労困憊。立っているのもやっとの様子だ。左腕の断面から流れる血の量は普通を考えれば少ないが、それでも皆無ではない。血液と共に流れ出る体力は、きっともうあまり残されていない。

 だからか、竈姫は最後の賭けに出るようだった。

 

「プッ! ……ボクは、絶対……!」

 

 斧槍を投げ捨て、口からチャクラムを外して右手に。そして指でマリードールをなぞり、必殺技の構えを見せた。

 

《 Scavenge Execution Finish 》

 

 歪んだ電子音から鳴る音は乾坤一擲、最後の手段。後戻りはしないと心に決めて、それでも希望を、願いを掴むための全力。円刃には緑色の光が宿り、刃の中を回転するように巡っていく。

 

 その輝きを見て受けるのは難しいと判断した銀姫も、細剣を片手にマリードールをなぞる。

 

《 Silver Execution Finish 》

 

 同じようで違う音声。柄に両手を添え上段に構えた細剣に漲るは銀の光。その太陽を映した月面の如き煌めきは銀姫の内心とは真逆に、曇り無く眩い。

 

「絶対……あの家に――」

「ドライバーだけ、ドライバーだけを狙えば――」

 

 両者共、失敗だけは出来ないという思いだけは共通で。

 充足していく光と合わせ、身の内に力を溜めていく。

 それが弾ける瞬間、それが即ち、

 

「帰るんだ……!」

「終わって……!」

 

 駆け、激突。

 地を迸った両者の刃が克ち合い、溢れんばかりの火花を散らす。緑の光輪。銀の光剣。対照的な二つの刃はしかし同じ力で鬩ぎ合う。

 片腕な分、竈姫の方が膂力では劣る筈だ。それなのに、銀姫は圧倒できない。それには恐らく、二つの原因があった。

 ここが(きわ)であることを理解した竈姫が、筋肉全てを使い潰さんばかりの勢いで最後の力を振り絞っていること。

 そして躊躇する銀姫の切っ先が鈍っていること。

 その二つの要員が重なって、この膠着状態を生み出していた。

 

 だから、最後の決着は。

 衰弱という、呆気ない結末で。

 

「く、うぅっ!」

 

 竈姫の円刃が押されていく。体力の正体は筋肉と血中に溜めておける酸素の量で、人間の五体はそれ自体が燃料を蓄えるタンクだ。即ち、片腕を失っている竈姫は――、

 

「――あぁっ」

 

 互いの気合いが勝った方が、とか。

 技の巧緻で巧みだった方が、とか。

 そんな劇的さとは無縁の、一方が勝手に弱っただけという。

 なんともかっこ悪い結末が。

 

 その二人の運命を、別つ。

 

 ずるりと、竈姫の手が滑る。チャクラムの持ち手を握る腕が力尽きた。ズレた刃は呆気なく弾かれ、己が希望を託した緑の光は視界から消えた。

 残るのは迫り来る、銀の輝き。

 

「はあ、ああっ!!」

 

 一閃。

 抵抗の消えた刃は狙い過たずに通り、竈姫のドライバーをマリードールごと叩き切る。

 鎖の弾ける音がした。それが決着。

 そして、悲劇の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 ドウ、と竈姫の身体が仰向けに倒れる。それを見届けて、銀姫は膝を突いた。

 

「はぁ、はぁ」

 

 憔悴する死合いだった。

 命を、心を削り合う鬩ぎ合い。今まで平穏に生きてきた少女が行なうにはあまりに殺伐とした時間。それを凝縮した今し方の一瞬は、辛うじて勝者となった銀姫を以てして立ってはいられない程に疲れ果てさせていた。

 

「はぁ、はぁー……」

 

 それでも、大きく溜息を吐いて立ち上がる。

 ドライバーを失った竈姫を……助ける為に。

 

 ノーアンサーは言っていた。ドライバーを破壊された者は敗退となる。

 ならば、竈姫にはもう願いを叶える資格は無い。

 即ち敵ではなくなったという意味だ。ならばもう、争う必要もない。

 

 別に仲良くは出来ないだろう。この世界からいなくなれば、もう出会うこともないかも知れない。

 それでも、最後に助け起こすくらいは、と。

 

 そう思って上げた視界に。

 ――パッと燃え上がる竈姫の身体が映った。

 

「……え」

 

 一瞬遅れて、迸る絶叫。

 

「あ、あ、ああああああぁぁぁぁああぁぁぁ!!!」

 

 紅蓮の炎に焼かれる喉から放たれる今際の大音声。それは俗に、断末魔と言われる最後の一声だ。

 

「あづいっ、あづいあづいぃ!!」

 

 その場で起きたあまりの出来事に、銀姫は反応できず立ち竦む。

 そして異変を感じ取ったのか、戦う手を止めた四人が駆け寄ってくる。

 

「何!? 何が起きてるんですか!?」

「やば……燃えてる!?」

 

 乖姫と冀姫の二人は燃えさかっているのがどうやら竈姫だと分かると消火を試みる。しかし近場に水など無いし、触れることも出来ないほど火勢も強い。かといって乖姫の力で爆弾消火などやろうとすれば、そのまま竈姫の肉体ごと吹き飛ばしてしまうのは自明の理だった。

 

「これ、って……」

「……成程、ね」

 

 血姫は呆然と、才姫は納得がいったように火の手を眺める。何も出来ない。それは理解していた。

 

「あ、ぎゃああああぁぁぁっ!!」

 

 火達磨となった竈姫はのたうち回る。火を消そうとしているのか、あるいはただ苦痛に喘いでいるだけか。どちらにせよその蠢きも、次第に弱く小さくなっていく。

 

「がっ……あがっ……」

 

 鎧も装束も、焼け焦げて剥がれていく。仮面も割れてその下の素顔が晒されるが、それすらも黒ずんでもう分からない。

 火の勢いは弱まり始めたが、同時に竈姫の――志那乃の命の灯火も。

 

「おとう、さん……おかあ、さ、ん……」

 

 最後にそう、消え入るように呟いて。

 ――志那乃だった炭の塊は、砂のように崩れ落ちた。

 

「……なん、で」

 

 もう命とは呼べない灰となった何かを見て、銀姫は悄然と零す。

 

「壊したのは、マリードールなのに……」

 

 殺さない、筈だった。

 死なない、筈だった。

 だってそれは、唯一の解決策だったのだ。参加すれば降りられないライダーバトルで、殺さずに済む方策だった。それなのに、志那乃は死んだ。

 無言で黒い塊を囲う一同の耳に、笑い声が届く。

 

「あっははは! 遂に一人目が死んだ! やあっと死んだ!!」

 

 上から振ってきたそれは、聞き違える筈もない。

 美しくも耳障りな――ノーアンサーの声。

 

 見上げた先には、廃墟の窓に腰掛けて笑い涙を浮かべるノーアンサーの姿があった。愉快であることを隠しもせずに、まるで心底嬉しいことがあったかのように手を叩いて喜んでいる。童女のように満面の笑みを浮かべているその姿は、廃墟にもこの状況にも、遠く似つかわしくない。

 

「あはははっ! これで後六人! このライダーバトルもようやく第一歩を踏み出せたってところね! いやぁ、めでたい! ここがパーティー会場ならシャンパンを開けるのに!」

「ノー、アンサー」

 

 絞る出すような銀姫の掠れ声は、少し離れたところにいるノーアンサーに届くかどうかといった小ささだったが、幸いノーアンサーは笑い声を止め小首を傾げた。

 

「ん? どうかした?」

「これ……どういうこと……」

 

 都市部を吹き抜ける風が志那乃の遺骸という名の炭を揺らした。その数片は、風に巻かれて飛んでいく。風には他の灰も混ざっていて――まるで連れ合いに見えて。街を埋め尽くす灰の正体が、そこにあるかのようで。

 

「ドライバーを壊せば、死なないんじゃなかったの……?」

「そんなこと、一言も言ってないわよ?」

 

 窓のサッシをなぞり灰を掬い上げ、それをふぅっと吹いてからノーアンサーは答える。

 

「私が言ったのは、死亡あるいはドライバー、つまりはマリードールを破壊された者は敗退となる、とだけ。マリードールを壊せば死なずに敗退させられるとはまったく言ってない。……だって、どのみち死んじゃうんだから」

 

 口の端が、三日月のように吊り上がる。悪辣な笑みが凍えそうな夜空に浮かぶ月じみて見下していた。

 

「ドライバーとマリードールは言わば貴女たちの魂そのもの。変身の力の代償よ。大いなる力には必ず供物が必要なの。仮面ライダーとなる代わりに貴女たちの魂はマリードールの中に封じられる。だったら、それが破壊されれば死ぬのは当然よね」

 

 告げられたのは衝撃の事実だった。何人かは思わず自分のベルトを見る。虜囚の如く鎖に縛られる女神像。手の平に収まる程小さなそれに自分の命運が収まっていると知り、蒼白となる者もいた。

 

「――やはり、そうか」

 

 聞こえたのは、この場にいる誰でもない声。

 振り返ればそこにいたのは、新たなる仮面ライダーだった。

 

 銀のアンダースーツに、甲殻類を彷彿とさせる紫色の刺々しい鎧。他のライダーと違いブレーサーではなく、両腕には重厚なガントレットを装着している。紫の複眼は垂れているようで、どことなく悲哀を湛える意匠にも見える。だが口元と纏った雰囲気は、日本刀のように凜と鋭かった。

 

「戦えば死に、ドライバーを破壊しても死ぬ」

 

 道路の向こう側から訪れた乱入者はノーアンサーを見上げ、確認するように問い質す。

 

「この戦いは――結局、みんな死ぬのだな」

 

 その言葉にノーアンサーは目を細めて答えた。

 

「えぇ、そうよ、焉姫(えんき)。この戦いで生き残れるのはただ一人。それ以外はみんな、屍として礎になるのよ」

 

 その言葉を聞いた紫のライダー――焉姫と呼ばれた少女は空を仰ぎ、深いため息をついた。その一瞬だけは鋭い気配が解けて、しかし顔を降ろした瞬間には元の空気を纏っていた。

 

「そうか。なら私の為すべき事は決まった」

 

 そう言って焉姫はマリードールを引き、変身を解く。その下から現われたのはあの荒野でも見た、ポニーテールをたなびかせるジャージ姿の少女だった。

 黒曜石の刃を思わせる鋭利な瞳に宿す感情は、冷厳。

 

「覚悟が決まったので爽に習って名乗っておこう。私は寺野(てらの) (ふじ)。今この時を以て君たち全員を倒すことを決意した。短い間だが以後お見知りおきを」

 

 そう告げて、背を向ける。後に交わすべき言葉はもう無いとでも言うように。

 他の少女たちは、それを黙って見送るしかなかった。

 

「……ま、丁度いいからここでお開きにしようかしら」

 

 去って行く藤を見つめ、ノーアンサーはぱちりと手を叩く。

 

「それでは本日のバトルは終了で~す♪」

 

 前日、前々日に告げたアナウンスと同じテンションで高らかに布告する。歌うようなその声は喜びに満ちていた。

 

「今回の死者は……一名! 仮面ライダー竈姫(へき)こと、緑川志那乃♪ 記念すべき初の死者ね!」

 

 告げられた名前にビクンと銀姫の肩が跳ねる。自分が刃を振り下ろした相手。自分が……殺した、人の名前。それを突きつけられて、身体が震える。

 

「残るは六人! 果たして勝ち残るのは誰かしら? 明日は誰が死ぬのかしら? ワクワクが止まらないわねっ! ――それでは、さようなら♪」

 

 最後まで一人陽気に振る舞って。

 ノーアンサーはいつも通り忽然と姿を消した。

 

 そして世界が薄れ始める。今日も訪れた退去の時間。ただ違うのは、今日は帰れない人がいるということ。

 誰ともなく変身を解いた。もう戦いは終わりだと。終わって欲しいと願ったからか、時間が差し迫って仕方なくかは、また別だが。

 素顔となった五人は様々だった。

 

 顔を青くしつつも、心配そうに朔月を見つめる真衣。

 悔しげに唇を噛みつつ、炭化した死体を見下ろすナイア。

 無言で佇み、強い力でマリードールを握り締める爽。

 髪をかき上げ、微笑を浮かべて楽しげに何かを考え込む輪花。

 

 そして零れんばかりに瞳を開き、呆然と立ち竦む朔月。

 

 消えていく。消えていく。廃墟のビルも横転したプライドスティーラーも、戦いの痕は何一つ残らず消えていく。

 崩れ落ちた志那乃の死骸も、世界に溶けて同じように薄れていく。死した敗者の存在は許されないとでも言うように。

 少女たちは完全に退去するまで、終始無言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして朔月は、夜の公園へと戻ってくる。

 だがそれにまだ気付いていないかのように微動だにしなかった。夜の静寂の中、時が止まったかの如く動かない。

 虚空を見つめる瞳だけは弾けるような理解の光が瞬いて、それはまるで己自身の中で火花を焚いているようで。

 

「あ、あ」

 

 やがて、浅い呼吸を繰り返していた口から小さな声が零れ始める。

 

「ああ、あ、あああ」

 

 それは次第に大きくなっていく。開いた傷口から、血が流れ出すように。

 もう何をしても堰き止められない、致命傷のように。

 

「ああああああああああああああああああああ!!!」

 

 慟哭が響き渡る。

 少女は己の犯した罪に吠えた。そうするしか無かった。そうしなければ耐えられず、それ以外に出来ることはなかった。

 もうどうしたって、償えないのだから。

 

「うああああ、あああ、ああぁああ゛あ゛ぁぁぁーーーっっ!!!」

 

 涙混じりの声にならない声が迸り、澄んだ夜の中に消えていく。

 欠けた月だけがそれを、見ていた。

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