仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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四日目-2 悪意と云う鮫は、水月の下より忍び寄りて

 瞳を開く前から、朔月(はじめ)の耳には潮騒の音が届いていた。

 

「海……」

 

 開いて映る景色も、想像通り。群青が波打つ光景。自分が立つコンクリートの地面と煉瓦造りの建物から、どこかの港であることまで当たりがつく。

 相も変わらず人の気配の無いその場所へ降り立っても、朔月の心には最早何の感慨も無かった。

 あるのはまた始まってしまった……という諦観。

 そして戦いへの恐怖だった。

 

「ま、た……」

 

 波の音に飲まれてしまいそうな呟きが、漏れる。

 

「戦わなきゃ、いけないの? 誰かの命を、未来を……この手で……!」

 

 蘇る感触。剣の柄を伝って届く、マリードールを砕いた手応え。背筋が粟立つ感覚を思い出し、朔月は無意識に掌を握りつぶした。

 

「嫌だ……そんなの、嫌だ。もう……!」

 

 逃げ込むようにして倉庫らしき煉瓦の建物に駆け込んだ。

 敵を探索するため――ではない。

 ダムドに見つからないように身を隠すため――部分的には、そうだが。

 だが、朔月の身体を動かしたのは。

 誰とも会いたくない、何もしたくないという、そんな拒絶の思いだった。

 

「ふっ、ふっ――!」

 

 恐慌に駆られ興奮したように息を吐きながら、朔月は倉庫内に放置されていた邪魔なガラクタを崩して退かし、身の丈より大きな木箱の間に挟まるようにして隠れた。

 ガラガラという耳障りな音がしばし反響し、それから一転して耳に痛いほどの静寂が降りる。

 木箱の隙間で膝を抱えて蹲りながら、朔月は願う。

 

「来ないで……誰も……私を見つけないで……!」

 

 震える身体を押さえつけるように身を固める。

 自分が死ぬ、という恐怖。それよりも大きい、誰かを殺してしまうという怯え。

 

「もう――何も、したくない、から――!」

 

 己の為したことを、もう二度と起こらないように願うその姿勢を人は懺悔という。

 しかしそれを聞き届ける神は、きっと――。

 

 

 

 

 

 

 

 海の音を聞きながら、真衣はコンテナの合間を縫うように港町を彷徨っていた。

 いつも通りに、また戦場に誘われた。

 これからすることも、もう四回目。勝手は分かっている。

 慣れた、とは言えないが。

 

「……朔月さん、大丈夫でしょうか」

 

 周囲に気を配りながら、不意に邂逅した少女のことを思い出す。

 自分が禄に戦えず藻掻いている間に、人を殺めてしまった少女。

 昼間に出会った時、彼女は触れれば壊れてしまいそうなくらいに憔悴していた。

 その状態で戦場を訪れたら……そんなのは、病的なまでに争い事への疎さを発揮する真衣にだって想像がつく。

 

「でも、私には何も出来ない……」

 

 それでも今の自分は、彼女の助けになれない。

 勿論、朔月と戦うつもりは無い。戦う為に覚悟を決めようとしている身ではあるが、それでも心を通わせた人間を殺すなんて、とてもじゃないが考えられない。

 だが、守ることも、出来ない。結局、変身すれば我を忘れてしまうという欠点は克服できてないのだから。

 

「私は……なんて、無力なのだろう」

 

 呟いて、しかし真衣は気を取り直すように己の頬をぺちんと叩いた。こんな気持ちじゃいけない。ただでさえ自分は弱いのだ。その上浮ついていたのでは、すぐ死んでしまう。

 そう……敵はライダーだけではないのだから。

 

「!!」

 

 それに気付いたのは偶然だった。独特のリズムを刻む潮騒の間奏と、その音が重ならなかっただけのラッキー。でなければ気配などに疎い真衣は、不意打ちを受けていただろう。

 弾かれたように振り返る。青や錆色のコンテナの隙間。その陰から一歩踏み出したのは、この世ならざる異形だった。

 

「ダムド!」

 

 緩慢に歩くその一歩の足音を聞き咎めることが出来たから。

 どうにかマリードールを取り出してドライバーを出現させることが叶った。

 

「変身!」

 

《 Changeling 》

 

《 全ては人の為に 何故?

  世界を己の手に 何故? 》

 

 鳴り響く電子音と、身を覆う金色の光。

 騎士甲冑に身を包んだ姿が光を裂いて現われたところで、乖姫へと変身した真衣はそれに気付いた。

 

「? このダムド……」

 

 昨日、ダムドは散々に見た。嫌と言うほど。

 だが目の前のダムドはその大部分と違っていた。だが、見覚えもまた、あった。

 

「あの時の包帯ダムド、だ……」

 

 コンテナから這い出てきたダムドはその身体に幾重も包帯を巻いていた。廃墟の街で行なわれたバトルロワイヤル、自分のスタート地点であったスタジアムで怯えて隠れ潜んでいた時。朔月と合流して安堵していた束の間に襲撃してきた、普通とはどこか違うダムド。

 それが、今ソコにいた。

 

 もし真衣が変身していなければ、その正体に思いを馳せたかもしれない。

 普通とは違う、しかしボスダムドともまた違う。ノーアンサーからのアナウンスも無い正体不明のダムド。しかもあの廃墟の街ではその後も一切出現することも無く、目的も謎に包まれている。推測も禄に出来ない、危険な相手だと。

 普段ならそれなりに聡明な少女は、考えたかもしれないが。

 

「っ、やああっ!」

 

 一度変身してしまえば、そこに思考は及ばない。ただただ、焦りと恐慌が頭を支配する。

 戦いへの拒絶反応。自分が戦装束に身を包んでいることで感じる気色悪さ。身体が震えるより早く動かしてしまうことで、どうにか保てている運動能力。

 だから何も考えず、握った剣を振り下ろすことしか出来ない。

 

 幸いなのは、ダムド相手ならそれで簡単に片付くこと。

 黄金の奔流を纏う剣身を叩きつけられたダムドはいくつかのコンテナを巻き込んで、跡形も無く蒸発した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い息を吐く。疲れた為では無い。むしろ疲労など少しも無い。

 ただただ、苦しいのだ。戦っていることが。

 

「! まだいる!?」

 

 巻き添えでいくつかコンテナを吹き飛ばしたが故に開けた視界。そこにゾロゾロと現われる包帯ダムドを見て乖姫は歯を食いしばる。

 だからまた、力任せに力を振るおうとして――。

 

「おっまかせー!」

 

 響いた声に、顔を上げた。

 直後、上空から飛来する者有り。

 

《 Desire Execution Finish 》

 

 青い水が渦を巻く。槍の穂先に纏わって、巨大な穿孔(ドリル)へと姿を変える。

 コンテナを伝って跳んで来た、流線を描く騎士はそれをそのまま、異形蠢く眼下へと叩きつける。

 

「せ、やぁー!!」

 

 奔流。

 そうとしか言えない莫大な流れが、乖姫の前で爆発した。

 包帯ダムドたちは波間に攫われる玩具の船の如く無力に流され、捻られ、その身を千切られる。

 水が引いた時、その場で立っていたのは青い騎士ただ一人だった。

 

 その姿に見覚えのあった真衣は、喜色を浮かべてその名を呼んだ。

 

「ナイアさん!!」

「はいはーい! 仮面ライダー冀姫(きき)こと御代ナイア! 参上、ってね!」

 

 颯爽と駆けつけたのはナイアが鎧った姿、冀姫だった。いつも通りの戯けた態度と声音で応じ、きゃぴっと手を挙げる。そしてまだ水滴の残った槍をひゅんと振って払うと、てくてくと無防備に乖姫へ近寄っていった。

 乖姫もまた無警戒だった。何故なら彼女は数少ない、味方だからだ。

 そしてナイアがここにいるということは、今日のバトルの参加者は彼女ということだ。

 

「よかった、ナイアさんが一緒でしたか。もしかして、ナイアさんとの一対一?」

「んー、どうかなー。確かに残りは六人……奇数が消えて二、二、二が出来るけど。でも三、三や、四、二もありそうじゃない? 断定は出来ないかなー」

「そうですか……でも、ナイアさんと一緒で心強いです!」

 

 乖姫はホッとしたように息をついた。非殺同盟を結んだ冀姫相手なら、戦わなくて済むからだ。もしこの戦場が一対一ならば、もうライダーとの戦いは無くなったも同然だ。それにもし冀姫の言う通り三つ巴や四人対戦でも、同数以上の勢力が保持出来れば拮抗して戦わず済むかもしれない。

 真っ先にそこへ思い至る思考回路自体が戦いを避けているとは、自覚が無かった。

 

 話は水浸しになった地面、そこにいた筈の黒霧に消えた存在へ移る。

 

「それで、その。このダムドさんたちは一体何なのでしょう? ナイアさんは何か知ってますか?」

「うんにゃ。普通と違うってのは何となく分かるけど、ボスとも言えないし……今のとこ見当もつかないかなー」

「そうですか……」

 

 今まで洞察力を発揮するところを見てきたナイアが言うのだから、きっと現状では推理のしようも無いのだろう。そう納得した乖姫は周囲を見渡し、他の影が無いか探した。

 

「もう、敵って……」

「この近くにはいないと思うよ。ウチ、コンテナを伝って跳んで来たけど見えたのはアイツらだけだったから」

「あ、そうなんですか。じゃあ、もういいかな……」

 

 冀姫の言葉に安心した乖姫は、ドライバーのマリードールへ手を掛けた。乖姫にとっては変身していること自体がストレスになる。気を抜いてよい時には解除するに越したことは無い。

 

 だから、そっと引き抜く。

 

 その姿を冀姫がじっと見ていることには、気付かなかった。

 

「ふぅ……それで、ナイアさ」

 

 ザッ、と。

 足音がすぐ背後で響いたのは、その直後だった。

 

「!? き、きゃあぁっ!?」

 

 振り返った時にはもう遅い。変身を解いてただの非力な少女に戻った真衣は背後から迫っていた影によって仰向けに押し倒されてしまう。覆い被さってくるのはやはり、包帯を幾重にも巻いたダムドだった。

 

「なん、で……!」

 

 力を籠めても、ビクともしない。ダムドはライダーと比べれば遥かに弱いが、それでもその膂力は一般人の、しかも運動も左程得意ではない少女に劣るようなこともない。手足を一方的に押さえ込まれ、為す術無く真衣は地面へと押さえつけられる。

 

「ひっ、やめて!」

 

 叫んで、足をバタつかせてもダムドは撥ね除けられなかった。肩を痛いくらいに押しつけられ、腹の上に馬乗りされている。足は届かず、包帯まみれの手首を掴んでも動かせない。完全に押さえ込まれている。

 

「な、ナイアさん、助け……」

 

 恐慌に駆られ、すぐ近くにいる存在へ助けを求めるのは当然の帰結だった。だがそこで、思い至ってしまう。

 すぐ近くにいて会話していた彼女なら、背後から迫っていた包帯ダムドに気がついていた筈だと。

 そしてそもそも、自分が安心して変身を解除したのは。

 

 ナイアが、もう敵はいないと報告してくれたから。

 

「………え……?」

 

 呆けた声が漏れる。思わずきょとんと抵抗を止め、冀姫の方を見上げてしまう。そこには――

 

「……ごめんね、真衣♪」

 

 全く悪びれない戯けた態度で、手を合わせる冀姫の姿があった。

 

「――なん、で」

 

 そして冀姫の傍には、また別の包帯ダムドが立っていた。しかも一体だけに留まらない。二体、三体。真衣を押さえつけている個体含め計四体の包帯ダムドに囲まれて、一切襲われる気配が無かった。否、それどころか、まるで――侍らせている、かのようで。

 

「ネタばらし、しよっか? ――この包帯ダムドの正体は、なんとー?」

 

 右手を翳す。するとどこからか集まってきた黒い靄が結集してきて、何かを形作っていく。それは、人型だった。あっという間に成人男性ほどの大きさに成長した靄は、包帯を身に纏っている。

 

「じゃーん! ウチの特製、でしたー! ……これが冀姫のもう一つの能力。下僕の精製だよ♪」

 

 現われた五体目のダムドは、やはり冀姫を襲わず控えるように大人しくしている。故に冀姫の語った事が嘘でもなんでも無いことを、証明していて。

 

「――なん、で」

 

 それでも、真衣の疑問は晴れない。

 だって、聞きたかったことはそれじゃない。どうして、どうして。

 

「仲間、じゃ……」

 

 殺さないと誓った筈だ。あの荒野で、自分たちだけの間ではという、か細く儚い約束だった――けど、誓いは誓いだった筈だ。そして現に、昨日の戦いでは共闘して生き残れた。

 非殺同盟。だのに。

 

「んー、じゃあヒント! 真衣が最初に包帯ダムドを見たのって、いつ?」

「それ、は……っ!」

 

 思い出す。最初に真衣が包帯ダムドと出会ったのは、朔月と合流した、スタッフ専用通路での事。

 入れない筈の場所に雪崩れ込んだ彼らを撃退するために変身して、自分たちは燻り出されるように通路を飛び出して……。

 そしてその後、ナイアが助けてくれた。

 

「あの、時も……!」

「ピンポーン! 本当はもっと前に二人のことを発見してたんだよねー。でもどう出るのか気になっちゃって、下僕たちを嗾けたのさ! ま、結果的に正解だったね。おかげで真衣のヤバさが分かったしー」

 

 さながら悪戯がバレてしまった時のように種明かししていく冀姫。その光景に、真衣は怖気しか感じなかった。

 理解が閃く。疑問が氷解していく。それは、決して幸せなことではなくて。

 

「最初、から……私たちを、殺すつもりだったんですか……?」

「そうだよー。でも二人とも思った以上に厄介そうだったから、まずは信頼を得る方向にシフトしたんだよね。まー途中からは、あの黄色眼鏡とかを凌ぐために必死だったけど」

 

 だから協力して良かったよ、と肩を竦める冀姫。

 しかし真衣の疑問はまだ残っている。

 

「なんで……」

「そればっかだね。まぁ、いいよ。答えてあげる」

 

 まるで不出来な生徒の問答を聞く塾講師の如く、冀姫は優しく続きを促す。震える声で真衣は問い質す。

 

「嘘、ついたんですか。戦わない、殺さない、って……そして」

 

 喉が鳴る。肩が痛む。今、人生の中で一番実感している。

 死。

 

「どうして、殺すんですか……」

 

 殺害理由が知りたかった。

 願いを叶える為なのか。生き残る為なのか。最初は本当に戦う気が無くて、でも昨日の、志那乃の死を見て自分が死ぬことに恐れてしまったのか。それとも全部嘘で、最初から――。

 冀姫はやはり戯けた態度を崩さず、真剣さを纏うことすらなく答える。

 

「前と後ろ、まずは前の質問からね。嘘は――そりゃ、そうだよ。だって、馬鹿正直にアナタを殺しますって宣言するよりそっちのが得じゃん。むしろなんでみんな宣言するのか、訳わかんないよ。……で、後ろの、どうして殺すか、って質問ね」

 

 ニコリと、笑った。

 あくまで、無邪気に。

 

「――だって、殺せるから! 殺したいから!」

 

 嗚呼、こんな状況でも、そんな答えでも。なんの罪悪も感じていない人は、こんなに晴れやかな笑顔を見せるのだなと。

 真衣は、初めて知った。

 

「ライダーバトルのことを知ってさ、もうすっごいワクワクしたよね! こんなすごい力で人を殺せるんだよ!? ずっとずっと殺したくて殺したくてウズウズしてて! だから、竈姫を取られた時はすっごい悔しかったなー」

 

 その言葉に真衣は、志那乃が殺された後の事を思い出す。

 あの時、ナイアは悔しげに炭となった死体を見下ろしていた。それを真衣は勝手に、人死にを止められたかったことを悔やんでいたと思っていたけれど――。

 

「一個取られちゃったー、ってね。もう、早く殺しておけばよかったなー」

 

 悔やん、では、いても。

 止める、どころか。

 

「だから、ね!」

 

 ピョンと跳ねて冀姫は、手にした槍をクルリと回す。

 

「次こそはウチが殺そうって、決めてたんだ!」

 

 包帯ダムドが動く。背後に控えていた四体が、押し倒された真衣に近づき、その四肢を押さえつける。そして馬乗りになっていたダムドが退いて、しかししっかりと手足を抑え込まれた真衣は逃げることは叶わない。

 

「それじゃあ……」

 

 地面に磔にされた真衣へと、冀姫が迫る。

 

「や、やだ……!」

 

 どんなに抵抗しても、歯を食いしばっても。

 確定していく運命からは。

 

「私は、まだ……っ!」

 

 逃げられない。

 

「戦えて、いないのに――!」

 

「サヨナラ、真衣♪」

 

 ザクリと。

 まずは、一突き。

 

 

 

 

 

 

 

「え……」

 

 劈くような音が、耳に届いた。それは何かが擦れるような音で、バイクのブレーキ音にも似ていた。

 でも、朔月はもっと似た音に聞き覚えがある。

 それは、つい昨日。

 志那乃、の。

 

「……っ!」

 

 思わず立ち上がり、しかし足が震えて立ち尽くす。

 何かがあった。でも自分が行っても、更に状況を悪化させるだけなんじゃないか。

 また、誰かを殺してしまうんじゃないか。

 そう思うと、震えて。

 

「………私、は」

 

 浮かぶのは、少女の顔たち。自分に味方してくれた子。敵対した子。……爽。

 その誰かが、傷ついて死ぬのを。

 

「私は……!」

 

 見逃せ、なかった。

 だから一歩、踏み出す。

 外へ……悲劇へ。

 

 

 

 

 

 

「あ゛あああぁぁああ゛あ゛ああぁぁぁっっ!!!」

「ふふっ、いいね。いい音色だよ」

 

 槍を突き刺す。そこから泥のような赤色が溢れる。粘性はそのまま命の粘りを意味し、それが零れてコンクリートへ無為に吸い込まれていくその風景が、冀姫にとっては堪らなく美しい眺めだった。

 激痛に喉を振り絞ったつんざくような悲鳴も、どんなクラシックより甘美に聞こえる。

 

「んふふ~。やっぱりいいねぇこういうの。じっくり追い詰めていくのは長く楽しめていいや」

 

 真衣は既に、滅多刺しにされていた。身体で赤く染まっていないところは無いと言うほどで、刺し傷は至る所にあった。黒かったブラウスはズタズタに切り裂かれた上、血を吸い上げて更に毒々しい黒に染め直されている。

 だが……まだ、死んでいない。死ねない。

 

 冀姫は、死なないように手加減をしていた。本当に、ギリギリのところで。後数㎝深ければ疾く致命へ至るような傷を幾つも作り、そして綱渡りのところで絶命はしないという風なことを繰り返していた。

 

 そうして緩やかに失血死していくところを、実に楽しそうに眺めていた。

 

「ぎ、あああ゛あ゛ああぁぁぁっ!!!」

 

 あまりの痛苦に真衣は絶叫する。

 痛覚というものは身体の危機を脳に伝える為の信号だ。身体の損傷に気付かず死なないようにする為の安全装置。だが許容量を超える一定以上の痛みは脳に辿り着く前にシャットダウンされる。その激痛で逆にショック死してしまえば本末転倒だからだ。

 だが真衣の脳に届く痛みは全く遮断されなかった。

 遮られない、寸前。ギリギリを冀姫が、狙っているからだ。

 どのくらいの傷ならば痛覚が消えないか――それを、知っている傷つけ方だった。

 

「あ゛、があああぁぁぁ……!!」

 

 失せること無い煉獄の如き痛苦に晒され、最早真衣はケダモノのような悲鳴を上げることしか出来ない。

 それを聞き届けながら、冀姫は頬に手を当て恍惚とした溜息を吐く。

 

「はぁぁ……うんうん、尊いなぁ。まさに命が燃やし尽くされる瞬間! って感じで、ホント、何度聞いても飽きないや」

 

 悶え苦しむ真衣を前にして、ただただ極上の料理を味わった後のようにうっとりとした表情で蕩ける冀姫。

 すると何を思ったのか、唐突に変身を解除した。青い装甲が解け、ツインテールをした幼気に見える少女が露わとなる。

 そして同時に、包帯ダムドたちの姿も消えた。あくまで奴らは冀姫の能力であり、変身が解けたなら形を維持していられないのか――などと考察出来る余裕がある人間も、今ここにはいない。

 どのみち包帯ダムドがいなくなろうが関係の無いことだ。既に真衣には、立ち上がる力すらない。

 

「あ゛……ぎ、ぃ……!」

「ふふふっ、素敵だね、真衣……」

 

 ナイアはそっとその場に膝を突き、必死の形相でのたうつ真衣を膝の上に抱え上げる。血塗れの頬をそっと撫で上げるその手つきは、聖母にも似て柔らかだった。

 掌にべっとりと血が付くのも構わず、そっと抱きしめる。

 

「あぁ……いいね……」

 

 その胸元、心臓のある辺りへ耳をつけると心音が聞こえてくる。平素よりリズムがゆっくりとなった、弱まりつつある命の音が。

 それをまるで、子守歌のようにうっとりと聞き惚れるナイア。

 

 ある意味、美しい光景ではあった。

 血に染まって呻く少女と、それを優しく抱く少女。それだけ見ればまるで、死に瀕した少女を安らかに導こうとする聖女めいて見えた。

 だが真実は、いっそ喜劇のように残酷だった。

 

 

 

 そしてそれを――朔月は、見つけてしまった。

 

 

 

「何……してる、の」

 

 呆然と、漏れる声。それを聞き咎めたナイアは顔を上げる。片頬に血が張り付いているが気にした様子は無い。そしてその視線の先には、コンテナの隙間から顔を出す、自失した様子の朔月がいた。

 

「やぁ、朔月」

「……ナイ、ア……そして……」

 

 その少女は鮮血に染まり、遠目では誰が誰だか分からない程だった。

 だが、朔月は分かる。直前に、会っていたから。その服が、誰の物なのか。

 

「真、衣……」

 

 零れるような言葉。そしてそれに、微かに真衣が反応する。

 

「ごぽっ……はじ、めさ……」

「真衣!」

 

 血を吐きながら紡がれた言葉に、朔月は駆け寄る。ナイアはそっと真衣を横たえ、引き下がった。

 真衣をナイアと同じように、されど全く違う表情で抱き上げる朔月。

 

「真衣、真衣! ……っ!!」

 

 抱えて目を合わせた真衣の顔を見て、朔月は息を呑んだ。

 光を失いつつある瞳。目を合わせるべきソレの片方は、既に潰れている。

 それだけではない。腹部は、更に酷い有様だ。まるでダンボールへナイフを滅茶苦茶に突き立てた後のように切り裂かれたお腹は、中身がどうなっているか想像が出来るようで。

 

 もう、これは。

 助からないと、誰でも悟ってしまえて。

 

「……げほっ……はじめ、さん……」

「ま、真衣……」

 

 どうにか言葉を発することが出来たのは、痛みが和らいできたからだろう。

 それを感じる機能が失われつつあるが、故に。

 

「どうして、こんな……!」

 

 朔月は涙を流し、慟哭した。

 だって、つい数時間前まで一緒にいた少女なのだ。

 間近で会って、言葉を交わしたばかりの人だ。彼女が楽しそうに好きな物を語るのを、そして苦悩を抱えながらそれを超える決意をするのを、目の前で見届けたばかりで。

 それが、こんな……あまりにも酷い有様で、命を失おうとしている。

 

「きい……て、くださ……」

 

 それでも真衣は、最期の力で手を伸ばす。ハッと気付いた朔月はそれを握り、聞き返す。

 

「な、何?」

 

 遺言だと、思った。

 最期に、言うべき……恐らくは、大事な人へ残すべき言葉。それを一言一句聞き逃さないよう、朔月は口元へ耳を近づける。

 だが、その残すべき人は、

 

「……たたかって、ください」

「え……」

「わたしは、たたかえなかった……」

 

 自分で。

 真衣は何よりも、朔月のことを優先したのだ。

 これから更なる試練が彼女を待ち受けていることを、理解して。

 

「わたしはさいごまで、ゆうきも、かくごもなかった、から」

「そんなの……」

「にげて、にげて、そのけっかが、これ、でしたから」

 

 だから、と。

 真衣は握った手に残された彼女の全力を籠めて――微かに朔月の手を、包むように曲がって。

 

「駄目……駄目だよ……こんなっ……!」

「……あなたは、たたかってください……いきて、ほしいか、ら……」

「真、衣ぃ……」

 

 零れる涙を、堪えられず流す朔月。

 しかしその瞳は次に、最期に告げられる言葉に見開かれることとなる。

 

「ないあ、さんも、とめ、て……」

「……!!」

 

 そう言って、真衣は。

 眠るように目を閉じた。

 もう既に痛みがないからか。あるいは朔月の手の中に抱かれたからか。

 思ったよりは、安らかに。

 

 静かに逝った真衣をそっと横たえ、朔月はゆったりと立ち上がる。

 俯いた顔で振り返らないまま、背後のナイアへ問いかけた。

 

「……ねぇ、ナイア」

「ん? なぁに?」

「真衣を……殺したのは……」

 

 最初に現場を見た状況では、まだ断定は出来ない状態だった。他のライダーの襲撃を受けた真衣が、駆けつけたナイアに介抱されていたのかもしれなかった。

 だがそれにしては真衣は何の手当もされておらず、そして決定的なのは、最期の言葉。

 

「……貴女、なんでしょ……!」

 

 振り返り、睨め付ける。

 その瞳には渾然一体となった感情が渦巻いていた。衝撃。悲哀。疑問。厭戦。

 だが何より、大きかったのは。

 怒り。

 

「――そうだよ」

 

 その視線を受け止めた、マリードールを手の中で玩んでいたナイアは。

 誤魔化すことも諦めて小さく肩を竦めた。

 

「あー、失敗したなぁ。上からグルリと偵察して誰もいないから殺害に踏み切ったのに。まさか来た瞬間からずっと隠れ潜んでいたなんて……。流石に三人目がいたのなら殺すのも考えたのになぁ」

 

 その戯れ言は、まるで朔月が怯え隠れていたからこの殺人が発生したと言っているようにも聞こえた。朔月の心中の絶望を深くする。が、その理不尽な物言いにより沸き立つ怒りの方が、今は。

 

「――許、せない」

 

 感情の奔流に、少女その日抱くような決意(たたかいたくない)など水に浮かんだ木切れに過ぎなかった。

 憤怒のままに取り出したマリードールを掴み、朔月は吠える。

 

「許さない!」

「そう……まぁ、丁度良いけどね」

 

 微笑を浮かべたナイアもまた、マリードールのチェーンを摘まみ軽く揺らす。

 

「ライダーとしては、不完全燃焼だったからさ」

 

 怒りと笑顔。相反し相容れない感情を浮かべた両者は同時にドライバーを出現させ、マリードールを装填した。

 

「変身ッ!!」

「変身」

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

 朔月が銀の光に鎧うと同時に。

 

《 Desire 》

 

《 満腹になぁれ 誰の?

  一杯になぁれ 誰の? 》

 

 青い光がナイアの肢体を彩って、その身を戦装束に染め上げる。

 

 襤褸を纏う銀騎士と、水生生物を思わせる優美な青騎士。

 両者は互いの得物を顕現させると、その刃を向け合った。

 

「どうして……どうして!!」

「また質問? まぁ、いいけどね」

 

 銀閃を槍で受け止め、流しながらナイアは謳う。

 

「だって、殺したかったからさ」

 

 真衣に告げた時と同じように、とても愉しそうに。

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