仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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四日目-3 笑み

 怒りのままに振るう刃は、その悉くが容易く打ち払われていた。甲高い金属音が鳴り響き、幅広の刃を持つ槍が細剣を弾き返す。斬撃は感情の迸りそのままで、鋭い観察眼を有する冀姫にとって見極めるのは訳無いことだった。

 

「ナイアッ!!」

「おっこらないでよー。それにキルレートじゃイーブンでしょ? ねぇ志那乃を殺した朔月(はじめ)さん?」

「っ! ああ゛ぁッ!!」

 

 心の柔い部分を擦られ、銀姫は更に激情を刃に乗せて奔らせた。一方で冀姫はそれが楽しくて仕方ないといった様子で、笑いながらそれを受け流す。

 とはいえ防戦一方だ。怒りの剣は読みやすいが勢いがあるのも確かで、受けてしまえば痛手を負う。このままでは不利なのは冀姫の方だ。

 故にこそ、受けに徹して待つ。その時が来るまで。

 

 やがて、銀姫の剣が僅かに鈍る。息切れだ。憤怒に囚われ後先を考えずに剣を振るった所為だった。

 その隙を突き、冀姫は前蹴りで銀姫を押しやる。

 

「うぐっ!」

「はいご苦労様」

 

 痛みは無い。しかし足元が緩んだ瞬間を狙われた所為でたたらを踏んでしまう。距離が開く。細剣も、しかし槍も届かない距離。しかし冀姫には関係が無かった。

 

「ほい、ほいっと!」

 

 出来た余裕を使って冀姫は左手を宙に翳した。そこへ、黒い靄が集まってくる。それは瞬きの間に人の形を取って、包帯ダムドへと変じた。

 

「っ、それ……!」

 

 怒りに駆られながらも、理解した。走馬灯の如く閃きが脳を巡る。

 冀姫が、ナイアがいつから裏切っていたのかを。

 

「ほら、行きなさい!」

 

 現われた計五体の包帯ダムドは、冀姫の命令通りに銀姫へ向かって襲いかかった。

 

「くっ!」

 

 それを銀姫は、片端から斬り伏せる。ダムドはやはりダムドだ。脆く、この程度の数なら対処に左程手間は掛からない。

 勿論それは、相手がダムドだけならばの話だが。

 

「せいやっさ!」

「っ!」

 

 包帯ダムドの合間を縫うようにして冀姫の槍が突き出された。銀姫はそれを反射的にどうにか避け、鎧の表面を掠る程度で済ませた。だがその代償として、残っていた包帯ダムドに組み付かれることを許してしまう。

 

「しまっ――」

 

 腰をがっしりと掴まれる。そのまま押し倒されるほど、ライダーの膂力は弱くない。が、どうしても足は止まってしまう。

 そこへ包帯ダムドごと両断する鋭い槍撃が襲いかかる。

 

「くあっ!!」

 

 痛打。胸甲に火花が散り、銀姫は大きく吹き飛ばされる。幸いにして包帯ダムドが散ったおかげで拘束は解けたが、それで良かったとは言えないダメージが身体に叩き込まれてしまった。

 ズキズキと痛む胸元を押さえ、銀姫は改めて対峙した。

 

「これ、が、本当のナイアの戦い方……!」

 

 痛みのおかげで却って冷静になった頭でそう分析する。

 包帯ダムドを嗾けて、指揮をしながら間隙を槍で突く。生み出したダムドは物の数でしか無いが、数は数だ。人間の攻撃手段が限られた手足を起点とする以上、ライダーが武器を持っても一度に対処できる数は限られている。そしてキャパシティを超えた一瞬を狙い澄まし追撃を加える。それは、認めざるを得ない。有効的な戦術だった。

 

「そーそー。だから昨日は本気出せなかったんだよねー。二人の前じゃバレちゃうし……折角騙したのにそれは勿体ないしさ」

 

 呑気な口調で答えながら、されど動きは油断ない。再び切り込んでくる銀姫を前にしながらも冷静に、下僕を精製し壁を増やしながら、自分の身を危険に晒さないよう慎重に立ち回っている。分厚い肉壁の群れを前にして銀姫の反撃は悉く遮られていた。一撃一撃は確かに包帯ダムドを討つという成果を挙げているが、その隙を突く冀姫の攻撃もまた銀姫にしかとダメージを与えていく。

 

「くぅ……!」

 

 忌々しげに唇を噛む銀姫。これではイタチごっこだ。しかも自分が一方的に弱っていくだけの。焦りが募る銀姫は傷つけられた鎧の表面をなぞりながら対策を必死に考える。

 だがその様を見透かして冀姫は、煽るように口車を回す。

 

「やっぱこういうライダー同士のバトルっていいねぇ。こう、力の鬩ぎ合い? ってか駆け引き? がそそるよ。……本当は真衣と、乖姫ともやってみたかったんだけどなー」

 

 真衣の名前を出されて銀姫がピクリと反応する。せざるを得ない。耳を閉じることを封じられた。

 

「でもやっぱ真衣のだけ性能がおかしいよね!? 鎧もパワーも、強すぎ! いっくら考えてもあの装甲を破る方法が思いつかなくって。だから残念、だったんだけどさ……」

 

 合間合間にも攻防を繰り返す。その間も銀姫はちゃんと対策に頭を捻っている。だけど。

 

「だから、騙し討ちしちゃったんだよね♪ お間抜けにもウチの言葉をすんなり信じちゃったから!」

 

 そんなこと、言われたら。

 理性を、保てない。

 

「っっ!! あああぁぁっ!!」

 

 再燃した怒りに掻き立てられ、銀姫の刃に再び必要以上の力が乗ってしまう。その一撃は包帯ダムドを2、3体一気に屠るほどの威力を秘めていたが、やはりその分隙が大きかった。無防備とすら言ってよい。

 故に冀姫は包帯ダムドの壁が尽きるより早くその穴を突いた。

 

「ほぅら、素直だから」

「! くうぁっ!」

 

 ザクリと深い傷が、銀姫のアンダースーツを切り裂いて脇腹に刻まれる。浅く出血は少ないものの、痛みは鋭い。

 

「くっ、あぁっ!」

 

 逆撃を狙った振り下ろし。しかしその時には既に冀姫は刃圏を離れ肉壁の向こうへ消えていた。

 

「卑怯者!」

「間抜けよりマシだよね~」

 

 銀姫の言葉には乗らず、冀姫はひたすら突いて突いて突き崩す。身体を、心を。

 

「このまま滅多刺しにしてあげようか? 真衣にやったみたくさぁ!」

「黙れぇぇっ!」

 

 挑発に乗る度、銀姫の外傷は増えていく。鎧に、肉に、槍の穂先が刻まれる。冀姫がカウンターを受けることを警戒して深く踏み込んでこない所為でどれも浅い傷だが、地面へと飛沫する血痕は確実に増えていた。

 

「がっ!」

 

 そして蓄積された一撃が、鎧すらも破壊する。右の肩甲が破砕し、銀姫は大きく吹き飛んでコンテナへ背中を打ち付けた。その衝撃で口の中を切ったのか、吐血する。

 

「かはっ、うぐっ……」

「やれやれ、もう終わりが近いかな?」

 

 対する冀姫はほぼ無傷。そして銀姫を追い込んでなお、警戒を怠っていない。包帯ダムドの向こう側から嘲るような声音で銀姫を更に追い詰める。

 

「まぁ、こんな物だよね。だってキミ、本気で殺したくないとか宣ってたし。こんな殺し合いの中でそんなこと言うなんて、ププッ」

「けほっ……何が、おかしいの……」

 

 挑発だと理性では分かっている。けど心に刺さるその言の葉は、無視しがたく。

 

「なんで、そんなに嗤えるの……!」

 

 湧き上がる怒りは抑えられない。止め処なく溢れ、激情が全身へ迸る。ドクドクと鳴る心臓が五月蠅くて、グラグラと煮える(はらわた)は熱い。憤怒が銀姫を突き動かす。止まることを許さない。

 

「だって、面白いし」

 

 だから、その言葉は。

 心の火に、ただただ油を注ぐ行為で。

 

「っ、ああああああぁぁぁぁっっ!!」

 

 沸騰する。理性が蒸発し、自分でも怒りで訳が分からなくなる。

 だが微かに残った冷静な部分が、思い出していた。

 

『ねぇ志那乃を殺した朔月さん?』

 

 ここで止まらなければ、また同じ事を繰り返す。

 だけど、止まれない。だから、その思考はまた別の事へ繋がる。

 

『これは竈姫の力の欠片。残滓。あるいは墓標ね』

 

 そうだ。

 志那乃を殺したことを讃えたもう一人の存在。それが残したのは、後味の悪さだけじゃ無かった。

 

「っっ!!」

 

 そう思い至ってしまえば、迸る衝動のままにベルトの背後へ手が伸びた。そこに確かにある硬い感触を掴み取り、銀姫はそれを前へと突き出した。

 

「!? それは……?」

 

 突然取り出された見たことも無い物体に、冀姫は面食らう。だが持ち前の観察眼でそこに刻まれている意匠が銀姫の物では無いことに気付くと、顔色を変える。

 

「まさか……!」

「うわああああぁぁぁっ!!」

 

 衝動のままに銀姫はそれを構え、ベルトのスリットへ差し込んだ。カチリと嵌まる感触。そのまま回す。

 そしてその瞬間。

 

 銀姫の視界が、別の色に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間朔月は、全く別の空間にいた。

 

(ここは?)

 

 真っ白い空間だ。そこには何も無い。

 人が一人、浮かんでいることを除けば。

 

(――志那、乃)

(………)

 

 そこに佇んでいたのは、死んだ筈の志那乃だった。しかし生きているとは、思えない。

 ショートカットの少女は一糸纏わぬ姿で空間に浮かびながら、その肢体を背後の風景に透かせていた。生きた、実体のある人間では決してそうはならないであろう状態は、やはり彼女が既にこの世の者では無いことを示していた。

 まるで幽霊のような出で立ちに、しかし朔月は怪談めいたその現象に怯えることすら出来ない。

 

 志那乃は、ひたすら睨んでいた。

 恨みの表情で、自分を殺した者を。

 

(っ、う……)

 

 毒々しく、射殺さんばかりの視線。黒い情念が煮詰まった、怨嗟の眼差し。無言の内に向けられるそれに、朔月は恐怖した。

 その恐ろしさ、その物にでは無い。それが、正当な物であることを知っているからだ。

 

(………)

 

 志那乃は何も語らない。だが、その代わり朔月の脳裏を鋭い痛みが襲った。

 

(っあ、ぐ!?)

 

 そして流れ込んできたのは、とある少女の物語だった。

 

 

 

 

 

 

――ちょっと、遊びたかっただけなのに。

 

 緑川志那乃は銀行員の父と教育熱心な母の元で育った。

 幼い頃から勉強に次ぐ勉強の日々。家同士の付き合い以上にどこかへ遊びに行くことはほとんど無く、友人も人脈作りを意識するよう言われ広く浅くを意識した。

 将来の為。貴女の為。

 そう言われて、自由を束縛され続けた。

 

――やめたかった、訳じゃない。

 

 レールの敷かれた人生。しかし志那乃はそこから脱線したかった訳では無かった。

 むしろ、ずっとそこで進みたかった。何故なら彼女は両親を愛していたからだ。両親の期待通りに育ち、二人の喜ぶ顔を見たかった。

 しかしそれでも、そんな日々を続けていれば鬱屈も溜まる。青春を謳歌する友人たちを尻目にしながら学校生活を磨り減らしていくことに、これでいいのかと焦燥も覚える。身体が重たい。頑張りたいのに頑張れない。

 

『……パパ活?』

『そ。たまには全部忘れて刺激的なことしよ?』

 

 そんな彼女を見かねた、数え切れない程いる友人の一人がその概念を教えてくれた。ずっと汚らわしい事だと言われ続けてきたその行為を金や刺激を求めて行なうといことは、彼女にとって新鮮な驚きだった。

 窓を開いて、涼しい風を取り入れた感覚だった。

 

 アプリをダウンロードして、好奇心で連絡を取った。最初はただ、食事をするだけ。しかしそれでもう、志那乃は虜になった。

 知らない大人と対等に話して。容姿や仕草を褒められて。突然求められたスキンシップも全然嫌じゃなくて。子どもではない、一人の女と認識されて。

 今まで厳しく躾けられてきた彼女にとって、その全てが未知の快感だった。

 

 その先を求め『夜』を解禁するのも、当たり前の事だった。

 ベッドの上で誰かと過ごした初めての月夜は、夢のような時間だった。

 そうして行為を繰り返し、男を手玉に取る快感を覚えた志那乃は更に深みに嵌まっていく。時には理由をつけて毎夜ホテル街へ繰り出す月もあった。楽しいことは止められない。気持ちいいことは拒めない。

 そんなことを繰り返せば、門限や沢山いる友人を使って誤魔化しても、バレないなんて訳は無かった。

 

『お前は我が家の恥だ!』

『あぁ、なんで。神様、私が何をしたというのですか?』

 

 腕を組んだ男性とホテルへ入っていく姿を父の同僚に目撃され、彼女は弾劾された。父は淫売と化した娘に烈火の如く怒り、母は教育を間違えたと嘆きさめざめと啜り泣く。冷たくはあっても秩序だっていた家庭が、混沌の渦を巻く。自分の所為で。

 

――こんなこと、望んでいなかった。

 

 ただ、刺激が欲しかっただけだ。期待に応える為の原動力として、日々の潤いが欲しかっただけだ。

 両親を失望させたかった訳じゃない。こんなことならしなければよかった。こうなると知っていたなら、無味乾燥な日々でも耐えられたのに。でも、やってしまったことはもう戻らない。

 

 居たたまれなくなって家を飛び出し、しかし当てもなく彼女は夜の街を彷徨う。行く当てなんて無い。幾多の友人や関係を持った男性の連絡先はスマホに羅列されているが、そこへ頼る気にもなれなかった。だって自分の帰る家は、両親の待つあの家なのだから。

 

『あら、こんなところでどうしたのかしら?』

 

 そこで、銀髪の少女と出会う。

 おまじないのこと。仮面の騎士の逸話。殺人委託。その全てを聞いて、彼女は願った。

 

――ボクのやったこと、二人の記憶から全部忘れさせて。

 

 それが、彼女の願い。

 

 

 

 

 

 

《 Gallows Scavenge 》

 

「が、あ゛あ゛あああああぁぁぁぁーーっっ!!」

 

 現実に戻り、鳴り響く不気味な電子音。割れるような頭の痛みは、自分が出してはいけない力に手を出したことを意味していた。

 

《 解放されたい 誰に?

  許してほしい 誰に? 》

 

 吠える銀姫の右腕を緑の光が覆っていく。それは弾けて鎧となった。魚のヒレを思わせる、見覚えのある鎧に。

 

「ぐうううぅぅーーっ!!」

 

 生身の右頬にもビキビキと、緑色のラインが傷跡のように奔る。それはまるで、罪人の刻印にも似ていて。

 

 思考が晴れ、痛みが引いた時にはもう、変化は終わっていた。

 

「それ、は……」

 

 冀姫が目を見開く。銀姫は見たことの無い姿に変わっていた。

 変化は左程多くない。右腕が新たな鎧に覆われ、右頬に入れ墨のような模様が入っただけだ。だがそれだけの変化でも、冀姫の警戒を引き上げるには充分だった。

 何故ならその鎧は、竈姫そのままだったのだから。

 

 それは、銀姫にもたらされた新たな呪い。

 仮面ライダー銀姫・スカベンジフォーム。

 

「ふーっ、ふぅーっ!」

 

 荒い息を吐きながら、銀姫は右腕を確かめる。そこにあるのが竈姫の鎧であることを確かめた時、銀姫は先程の光景の意味を理解した。

 

 あれは、残滓なのだ。

 竈姫の、いや志那乃の、心残り。

 

 自分が断ってしまった、彼女という人間と、願いその物。

 

「っ、ぐうぅぅ……!」

 

 痛みとはまた別の、耐え難い感覚が襲い来る。

 だが今はそれを、怒りで塗りつぶして。

 

「ナイ、アッ!」

「くっ!」

 

 腰のパーツを叩き、緑の燐光を右手に纏わせる。冀姫は包帯ダムドを突撃させてくるが、それよりも光が結実する方が早かった。

 握るのは、竈姫が使っていた物と同じ緑色の拳銃だった。

 

「あああっ!」

 

 トリガーを引く。マズルフラッシュ。放たれた弾丸が包帯ダムドに風穴を開ける。

 元より耐久力は左程では無いダムドだ。裏拳で霧に還るのなら、銃弾では尚更。

 距離は遠く、しかも連射可能。

 

 冀姫は悟る。

 

「天敵――!」

 

 包帯ダムドを嗾ける自分の戦法とは、あまりに相性が悪い武器だ。

 自分の不利を察した冀姫は包帯ダムドが撃ち殺されている間に身を翻し、コンテナの隙間に身を隠した。

 

「逃げるな!!」

 

 当然、銀姫も残りのダムドを撃ち殺しながら後を追う。

 大量に積まれたコンテナの間の入り組んだ迷路を逃亡しながら、冀姫はぼやく。

 

「……ちっ、ノーアンサーめ。そういう特典があるなら早めに言ってよ……!」

 

 素早く推理し、起きた現象に当たりをつけた冀姫はあの力がノーアンサーからもたらされたことを理解した。人智を越えた力を操れるのはノーアンサーだけなのだから、その帰結に行き着くのは当然と言えば当然だ。

 

「あんなのがあるなら、もっと早く殺したのに!」

 

 背後を気にして逃げながら、冀姫は考える。

 同じ力を自分が使うのは、今は無理だ。真衣を殺したので貰えることは貰えるのだろう。だが昨日、竈姫を殺した銀姫はその場であの鍵を渡されなかった。今日手に入れたのだろう。つまりあの力を手に入れるには、タイムラグがある。

 それは今、致命的だった。

 

「取り敢えず、どうにかあの銃を攻略しなきゃ……!」

 

 銀姫が竈姫と同じ武器を使った以上、あの姿になれば同じ力を使えることは確定的だ。であるなら昨日目撃したように、スカベンジフォームとなった銀姫は幾つも武器を扱えるのだろう。

 あの時見た限りの武器のラインナップを思い返し、しかし冀姫はやはり一番厄介なのはあの銃であることを確信した。

 

「あれさえどうにか出来れば、また同じ展開に出来る」

 

 他の武器は同じ近接武器。細剣の時と変わらない。であるなら唯一の遠距離武器である銃さえどうにか破壊できれば、再び自分の優勢を取り戻せる。

 そう思い至った冀姫は、ならその為にどうすればいいかということへ思考を巡らそうとして、気付いた。

 

「? 追ってこない?」

 

 背後からの足音が、無かった。足を止めて耳を澄ますが、気配は皆無。

 おかしい。しかしそれに気付いた時には既に、彼女は射程圏内だった。

 

「がっ!?」

 

 背中に衝撃。激しい痛みが全身を襲う。転げつつも振り返れば、そして見上げれば、それが目に入った。

 上空。コンテナの上に立ち、隙間から狙う撃つ銀姫の姿が。

 

「上から――!」

 

 入り組んだ場所で真正直に追いかけることを止め、上から先回りしたのだと悟り、冀姫は歯噛みした。

 まさか怒りに駆られた銀姫が、そんなことをするなんて。

 

 冀姫の知らぬ事ではあるが、この銀姫の行動はかつて竈姫が銀姫自身を追い詰めた戦法だった。

 地を行く獲物を上から先回りして、撃ち下ろす。最初の邂逅の時に使われた、狩りの技。

 それを見様見真似だが、再現してみせたのだ。

 

「――逃がさない」

 

 そう、冷たく言い放つ。

 怒りが一周した銀姫は、むしろ冷静になっていた。頭は冴え、思考は回る。どうやって冀姫に復讐するか、という一点のみに。

 冷徹に、冷厳に。

 冀姫を射程に捉えた銀姫は容赦無く銃弾を連射した。その精度はお世辞にもいいとは言えないが、数と合わせて狭い路地を利用し確実にダメージを与えていく。

 

「ぐっ、やってくれる、ねぇ!」

 

 撃たれながら冀姫は手を翳し、包帯ダムドの肉壁を作り出した。しかしその壁は脆く、一発で撃ち殺されていく。大した時間稼ぎにもならない。だがそれでも生まれた僅かな隙をどうにか掻い潜り、冀姫は上へと大きくジャンプした。コンテナ上に着地し、二人は再び対峙する。

 

「ナイア……!」

「ホントにさ、得だよね……ファーストキル」

 

 二人は仮面の下からの視線で黒い情念を克ち合わせる。銀姫は憎々しげな怒りを。冀姫は忌々しげな羨望を。両者の間に最早和解はあり得ない。どちらかが倒れるまで。

 

 放銃。抜槍。互いの得物を抜き放ち、二人は再び殺意をぶつけ合った。

 銃弾は冀姫の鎧を容赦無く撃ち抜くが、致命傷にはほど遠い。ダムド相手ならともかくライダーの鎧には銃弾の効果が薄いことは、銀姫自身が身を以て証明していた。

 しかしコンテナの上という遮蔽の無い空間は銃弾を素通しし、冀姫に確かな痛打を重ねていく。

 

「ぐ、うぅっ!」

 

 冀姫に先程のような余裕は見られない。どうにか死力を尽くし、相手より僅かに勝ろうと痛みを堪え余力を振り絞っている。

 そしてその甲斐あって、ついに銀姫へ肉迫する。

 

「くっ――」

「遅い!」

 

 既に槍の射程距離だ。翻った刃が銀姫の腕を裂く。浅い傷だが鎧を躱したその一撃は、銀姫に激痛を与える。

 

「っ、あぁっ!?」

 

 痛みのあまり、拳銃を取り落とす銀姫。そして冀姫はそれをすかさず蹴って、コンテナの上から滑り落とした。

 

「よし! これで!」

 

 冀姫の戦術に一番厄介な銃は封じた。後はここからさっき通りの展開に持ち込むだけだ。

 

「っ!」

 

 それに対し銀姫は、なんと身を翻した。今度は銀姫自身が、コンテナの隙間に落ちていく。

 

「!! 逃げるか、面倒だね……!」

 

 今逃走を選ばれることは冀姫にとって最悪の応手だった。このまま先と同じ展開に持ち込めるならそのまま押し勝てる。だが逃げられたら、それは敵わない。

 何せダムドの足は、ライダーのそれより遅い。追いかけっこでは一生勝てない。それをカバーするための数だが、流石に冀姫の力では昨日の廃墟ほど大量に、一斉に展開することは出来なかった。

 そして路地に逃げ込んだことを利用して先程の銀姫の戦術を真似しようにも、冀姫には遠距離攻撃の手段が無い。

 

「だったら鬼ごっこは鬼ごっこでも、増やし鬼だ……!」

 

 冀姫は包帯ダムドをコンテナの間へ投入し、徐々に追い詰めていく戦法を取った。銀姫の逃げ道を包帯ダムドが塞いでいく。これならばリスク無しで銀姫を追い立てられる。襤褸を纏って隠れたとしても、冀姫が見ていればダムドへ指示できる。注意するべきは、もう一度銃を拾わないかどうか。

 銃の周りの守りを優先的に固め、冀姫はしばらく待つ。

 

「――いた♪」

 

 そして、一部から黒い霧が上がったのを見て、その場へ急行した。

 路地から出た、コンテナに囲われてはいる物の開けた一角。そこではやはり、包帯ダムド相手に立ち回っている銀姫の姿があった。手にはチャクラム。円形の刃を振り回し包帯ダムドたちを屠っている。

 

「捕まえた!」

「っ!」

 

 槍を持って飛びかかってきた冀姫の矛先を、円刃で弾く銀姫。だが不意打ち気味の槍の一閃は、チャクラムを手から弾き飛ばす。

 

「あぁっ!」

 

 弾かれたチャクラムはフリスビーのように回転し、コンテナの壁へと突き刺さった。遠く、届きそうにない。得物を失った銀姫へ冀姫は更に畳みかける。

 

「せいやっ!」

「く、まだ、まだぁ!」

 

 銀姫は腰部のパーツを叩いた。そして緑色の光が弾けて手に収まったのは、波打つ刃の弯曲剣。歪んだ刃先を見た冀姫は舌打ちする。

 

「ちっ、本当に、厄介だね。 でも……」

 

 ここまで来れば、また包帯ダムドを嗾ける戦法を取れば良い。

 

「来なさい!」

 

 また手を翳し、包帯ダムドを増やそうとする冀姫。しかしその手に黒い霧は集まらない。

 

「!? なんで……!」

 

 何度やろうとしても同じだった。黒い霧は手中に収まらず、指は空を切る。そして悟らざるを得ない。

 

「限界……!」

 

 運動に体力が要るように、焚き火に薪が要るように。包帯ダムド精製能力にも限りがあったのだと、冀姫は理解した。

 そしてそれは、絶望的な情報だった。

 

「……もう、手下は増やさなくていいの?」

 

 残っていた包帯ダムドを始末しつつ、銀姫は歪剣を手にしてゆらりと言った。その表情には彼女もまた冀姫の限界を察した色が浮かんでいる。

 冀姫は焦った。これでは肉壁戦法が使えない。だが、もはやこれ以上に状況の好転はあり得ない。

 覚悟を決める。

 

「……あー、もう。やっぱもうちょっと、楽して勝ちたかったなぁ」

 

 頬を拭って愚痴をこぼし、気怠げに冀姫は溜息を吐いた。全身を一度弛緩させ、改めて槍を構える。

 油断なく、隙の無いその構えを見た銀姫も弯曲剣を静かに正眼へ持ち上げた。

 

「――でも、勝つのはウチだけどね」

「………」

 

 挑発するような、あるいは己を鼓舞する言葉に、銀姫は怒りの籠もった眼差しを向けるだけ。もう話すことは無いと言わんばかりの表情に冀姫は軽く肩を竦め、そして自身も喋ることを止めた。

 

 潮の香りを含んだ空気がピンと張り詰める。両者の間には、倒されて今にも崩れそうな最後の包帯ダムドの姿。

 それが霧へ還った瞬間を合図に、両者は肉迫した。

 

「やあっ!」

「はあっ!」

 

 ぶつかり合い、火花を散らす鉄と鉄。擦れ合う刃は甲高い金属音を奏でる。

 先に攻勢を仕掛けたのは冀姫だった。

 

「せやっ、せやあっ!」

「ぐっ、この……!」

 

 再び切迫した銀姫を今度は逃がすまいと、鮫のようなしつこさで冀姫は攻め立てる。

 水の流れの如く流麗な槍の一撃が、何度も何度も銀姫を襲う。どうにか引き剥がそうにも、冀姫は纏わり付いて離れない。包帯ダムドに隠れていた時とは真逆の戦法。冀姫もまた追い詰められている証拠だが、厄介なことこの上なかった。

 

 槍の穂先は確実に銀姫の身体を切り刻んでいく。だが銀姫もやられっぱなしでは無い。弯曲した刃で同じだけに斬りつける。

 両者はそれぞれにダメージを重ねていく。このまま共倒れになるか。そう二人が思った時。

 

「っ、あ!?」

 

 キィン、と。銀姫の手から歪剣が離れた。それは銀姫の防御のし損ねと冀姫のクリーンヒットが重なった、言ってしまえば運の産物だった。

 しかしそうして出来た隙を、冀姫が逃す道理は無い。

 

「はあぁぁっ!!」

「っ、うああぅっ!!」

 

 より強い一撃を、銀姫へと叩きつけた。火花を散らし、弾き飛ばされる銀姫。

 冀姫としても今の一撃は、かなり重く入った手応えがあった。あるいは、これで決着がつく。そう思える程のクリティカル。

 しかし、銀姫の怒りは。そこから生まれるエネルギーは。

 冀姫の、想像を超えていた。

 

「っっ、ああ゛あぁぁぁっ!!」

 

 大きく仰け反りながら、吠える。

 意識は朦朧としてきた。身体に溜まった痛みは筆舌に尽くしがたい。足はふらつき、指先は痺れ始めた。

 だけど、それでも。

 この身を焦がす憤怒は、少しも冷めやらない。

 

「ああ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁーーっ!!!」

「っ! 何だよ……もう、何だよ!!」

 

 ケダモノの如く猛る銀姫を見て、冀姫は恐怖を覚えた。

 飲まれたのか。あるいは竦んだのか。どちらかは彼女自身でも分からない。

 しかし断言できる事実は一つ。

 

 銀姫の気迫に注目するあまり。

 その背後が見えていなかったこと。

 

「――あ」

 

 気付いた時に、銀姫はもうそれ(・・)を掴んでいた。

 吹き飛ばされたおかげで近づいたコンテナの壁。そこに突き刺さった、彼女の得物。

 先程冀姫が弾き飛ばした、チャクラム。

 

「――あ゛あ゛あ゛あああああああぁぁぁぁぁーーーっっ!!!」

 

 そのまま力を振り絞って、投擲。

 投げられた円刃は、躱す間もなくか気迫故にか。

 

 冀姫の右脚を、半ばですっぱり断ち切った。

 

「ぎ―――!!」

 

 声にならない絶叫を上げながら、支えを失い崩れ落ちる冀姫。

 それを、銀姫は見逃さない。狡猾な冀姫がようやく見せた、決定的な好機(チャンス)

 もう、何も考える必要はない。

 

《 Scavenge Execution Strike 》

 

 跳ぶ。

 空へ跳躍した足には、緑の光が集約して。

 そして凶悪な輝きを以て、冀姫へと突き刺さる。

 ライダーキック。

 

「はああああぁぁぁーーっ!!」

「あ、があああぁぁあぁぁぁ!!!??」

 

 炸裂する緑の閃光。眩い光は星の如く煌めいて、流星の如く穿った。

 銀姫がキックの反動で着地した時には、既に。

 冀姫の胸には、風穴が開いていた。

 

「――は、はは。これ、が、そうなん、だ」

 

 蹴りの衝撃で割れた仮面から、素顔が垣間見えた。

 その眼差しは、苦痛よりも、怨嗟よりも、ただ純粋な驚きを湛えて。

 胸から流れる血を震える手で掬い、冀姫は、否、御代ナイアは呟く。

 

「――死、なんだ」

 

 笑って。

 そい言い残して、炎と共に爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

 

「はーっ、はーっ……は、はは」

 

 息をつき、銀姫はマリードールへ手を掛け変身を解除した。

 銀鎧も、緑の腕も光へほどけ本来の朔月の顔が露わとなる。

 笑顔だった。

 とても、乾いた。

 

「あは、は、へ、えへ、へへ」

 

 虚ろな双眸で見つめる。その惨状を。

 燃え続ける、少女だった残骸を。

 自分が再び殺めた、人間を。

 

「はは、あははははははははは」

 

 笑う。笑うしかない。

 自分は、何をやったのか。何を思ってここに来たクセに、何をしでかしたのか。

 受け入れられず、笑う。

 

『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪』

 

 そこへ響き渡る、ノーアンサーの声。

 

『本日のバトルは終了でーす♪ 四日目の死者はー……ふふっ♪』

 

 堪えきれずノーアンサーが笑う音がする。同じ笑いでも、今朔月が零す物とは大きく違っていて。

 本当に愉しそうに、告げるのだ。

 

『なんとなんと! 一気に二名! 仮面ライダー乖姫こと王道真衣と、仮面ライダー冀姫こと御代ナイア!』

 

 あたかも景品が大当たりした幸運な人を呼ぶ如く。

 朔月にとっては、罪状を知らしめられるが如く。

 

『うふふっ、すっごーい! いいねいいわね加速してきた♪ この調子で――……頑張ってね?』

 

 ぞくりと、背筋が泡立つ。

 まるでこの悲劇が、最初から予定調和のようで。

 自分はその引き金を引くための、存在なのだと言われたかのように。

 

『残りは四人! もうすぐで半分を切るわね。明日は誰が死んで、誰が殺すのかしら? ――それでは、今日のライダーバトルはおしまいっ! さよなら、じゃねー♪』

 

 声が途切れ、静寂が戻る。

 

「……はは、は」

 

 掠れた声が、壊れた音楽器のように音を奏でる。

 あまりにも空虚な――絶望の音を。

 

「――死にたいなぁ」

 

 ライダーバトルが始まって、四日目。

 更科朔月は、また人を殺した。

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