仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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五日目-3 力という絶対正義・裏

「……林、ね」

 

 朔月と別れ、転送された爽の前に広がっていた景色を端的に言い現せばそうなった。

 木々の乱立する平坦な空間。だが新緑の葉はどこにも見えない。木に繁っていたであろう葉は全て落ち、地面を褐色と赤で覆っていた。

 枯葉の絨毯と、細い裸の木々たち。

 隙間は広く、遠くまで見渡せる。

 それを確認した爽は眉を顰めた。

 

「……これじゃあ」

「隠れることなど、出来はしないな」

 

 ガサリ。自分の背後で枯葉を踏みしめる音に、爽は弾かれたように振り返った。

 10mも離れていないそこに立っていたのは、刀の如く鋭利な空気を纏った少女だった。

 

「……藤」

「やあ、爽」

 

 鋭い眼差しを交わし、名を呼び合う二人。

 学校指定のジャージを着たポニーテールの少女と、爽は僅かに面識があった。

 といっても何度か戦ったというだけの、細く殺伐とした繋がりだが。

 

「アンタが、今日の相手ってこと?」

「さしあたりはそうらしいな。こう見晴らしがいいと……」

 

 藤は景色を眺めるようにぐるっと見渡した後、肩を竦めた。

 

「他の相手やダムドはいないらしいと嫌でも分かる。一対一。タイマンだな」

「そう、らしいね」

 

 藤の言葉を認める爽。他が一切入り込む余地の無い、正に決闘。何よりもシンプルな現状を確認し、マリードールを取り出す。それを見て藤も、自分の首にかけたマリードールを手にした。

 

「ならやるか。早速だが」

「……いや、その前に一つ聞かせて」

「んん?」

 

 臨戦態勢。張り詰めた空気を纏ったまま、爽は一度動きを止めた。

 戦いを始める前に、聞きたいことがあったからだ。

 

「最初出会った時、アンタはあまり戦いに積極的じゃ無かった」

「……あぁ、そうだな」

 

 爽には疑問があった。それは藤の変遷だ。

 二人の初の邂逅。それは三日目のバトルロワイヤルだった。ダムドを逃れて屋上を行っていた爽は、同じようにしていた藤と遭遇し、戦い合った。しかしその時、藤はさして戦いに乗り気では無かったのだ。

 弱い訳では無かった。拳は重く、コンクリートの床や壁を容赦無く撃ち抜いた。また何か武術をやっていたのか身にこなしにも隙が無く、爽は得意とする素早い連続攻撃を決めることが出来なかった。攻防は藤の方に軍配が上がり、むしろ爽は追い詰められていた。

 にも関わらず、一時休戦を申し出たのは藤だった。疲れるだけだと言って。

 

「そしてビルの屋上で休んでいる間に他の戦況が変化し、アタシはそちらへ向かった」

「そうだったな」

「アンタはあの時、少なくとも誰かを殺す気は無かった」

 

 そう断言できるのは、朔月を知っているから。人を傷つけたくないという自衛の拳はよく見知っていたから。だから藤の振るっていた物も同じだと言い切れた。

 

「でも……昨日と、そして今は違う。アンタは戦う気マンマンだ」

 

 故にこちらも、断言出来る。昨日の戦場での邂逅と、そして今。藤は確かな闘気を身に纏っていると。

 

「それは何故? アンタに、何があったの?」

 

 問う。純粋な疑問だ。

 それはさっきまでの朔月の有様を見てしまったからこそ、出た言葉かもしれない。

 

「……逃げられないと、分かったからさ」

 

 爽の問いかけに、藤は小さな苦笑を浮かべて答える。それは己を思い返す、自嘲のようにも見えた。

 

「ベルトを破壊しても、死ぬ。あれでみんな、分かっただろう? 奴は――ノーアンサーは、どうあっても私たちを殺すつもりだと。最後の……一人になるまで」

「……そうね」

 

 頷く爽。藤の言う通りだった。燃え尽きた志那乃の死体を前に心底楽しそうに嗤うノーアンサーは、どこまでも無慈悲だった。希望を掴めるような例外は何一つ認めないと、あの時全員が悟ってしまった。

 

「で、あるならば」

 

 拳を握り締め、何かを誓うように見つめながら藤は呟く。

 

「どうあっても助からないのなら……苦しみは、短い方が良い」

「……え?」

 

 拳から目線を外し、藤は爽と真っ直ぐに見つめ合う。

 眼差しは、刀の如き鋭さと裏腹の、泣き出しそうなくらいの悲しみを湛えていた。

 

「私が、みんなを殺す」

 

 それは悲痛な響きすら伴って。

 

「どうせ助からないのなら――早く、苦しみを終わらせる。その為に私は戦う」

 

 宣言。全ては――慈悲なのだという。

 

「お前も、苦しいだろう? こんな無惨な、大義なき殺し合いなど」

「っ、分かったような口を……」

「いや、目を見れば分かる。お前はどこか……親友と似ている。愛情深い眼差しだ。誰かを心の底から望んで……殺すような奴じゃ無い」

 

 それは、そうだ。爽は内心で同意せざるを得ない。

 殺す覚悟は決めた。願いの為に。だがそれを悦ぶかどうかは全く別の話。

 こんな殺し合いなど、好きになれる筈も無い。

 

「だったら、早く終わった方がいいだろう? 死ねばもう、みんなそんな気持ちにならずに済む」

「何を……言って……」

 

 狂っている。言葉だけを聞けば、そう吐き捨ててしまいそうな理論。

 苦しいから、辛いから、死ねばいい。自棄の理屈。絶望の暴論。大真面目にそんな理論に従うのは、自殺者しかあり得ない。

 

 だが、それでも。

 

「苦しいのは……本当に辛いからな……」

 

 本物の悲哀を湛えたその瞳から、目を逸らせない。

 

「だから私は戦うんだ。願いはまぁ、特に無い。……これで満足か? よければもう始めようか。無駄に長く駄弁っていても、後が辛いだけだ」

「……そうね。……アンタには、負けられない」

 

 そしてお互いは、今度こそ出現させたドライバーにマリードールを装填する。

 

「「変身」」

 

 そう被るように口にすれば、壊れた音声もほとんど同時に響く。

 

《 Blood 》

 

《 守護(まも)るは希望 誰の?

  叶えるは野望 誰の? 》

 

 赤い光が爽のパンキッシュファッションを染め上げ、より濃い血のような赤に変えていく。コートのような紅蓮の装束を身に纏い、そこには仮面ライダー血姫が降臨していた。

 

《 Unbreakable 》

 

《 悲劇を止める! 何故?

  敵を絶滅する! 何故? 》

 

 一方の藤を包むのは紫の光。凝縮し、弾けるように晴れるとそこには冷たい空気を纏いし戦士が立っていた。銀色のアンダースーツと、甲殻類を思わせる紫の鎧。両腕には他のライダーよりも重厚なガントレットが嵌まっていた。そして仮面の複眼は今にも泣き出しそうに垂れており、引き締められた口元と相まって悲痛な感情を連想してしまう。

 仮面ライダー焉姫(えんき)

 改めて対峙して、血姫は息を呑んだ。

 

(隙が無い……)

 

 ただ立っているだけなのに、打ち込む隙が見当たらない。他のライダーは強力な力が与えられているとは言っても所詮は自分を含めてただの素人。その戦い方には隙があった。しかしこの焉姫だけは、違う。隙という物を意図的に消している。血姫は確信を深めた。まず間違いなく、格闘経験者だ。

 

「……どうした? そちらから来ないのか?」

「っ!」

 

 挑発するように首を傾げる焉姫に対し、しかし血姫は警戒するように後退る。今自分が奇襲しても、返り討ちに遭うビジョンしか見えなかったからだ。

 一向にかかってこない血姫に業を煮やし、戦端を開いたのは焉姫だった。

 

「そうか……なら、こちらから行くぞ!」

 

 地を蹴る。巻き上げられた落ち葉を背景に、一気に焉姫は距離を詰めてきた。その動きは必ずしも俊敏とは言えない。だが、身に纏った威迫が血姫をその場へ縛り付けていた。

 

「オラァッ!」

「くっ!」

 

 辛うじて出来たのは、双剣を呼び出し盾とすることだけ。重厚なガントレットの拳を、交差させた刃で受け止める、が。

 

「非力、だな!」

「ぐ、うううぅ」

 

 押される。こちらは両手と得物を使っているというのに、片腕だけで踏ん張りきれずに足裏が滑る。膂力が違いすぎた。パワー勝負では絶対に勝てないと、確信してしまう程。

 

「だ、ったら!」

 

 見切りをつけた血姫はギャリンと刃を鳴らし、焉姫の拳を弾きながら後方へ跳ぶ。宙空で一回転し少し離れた場所へ着地した血姫は、今度は自分から間合いを詰めた。しかし馬鹿正直に真正面から行くのでは無く、背後や側面を狙うようにジグザグに。

 

「スピード勝負よ!」

 

 舞い散る落ち葉を置き去りに、走る。当然焉姫も目で追いかけるが、それすら振り切る程に踏み込んで更にスピードを上げた。

 

「むっ……」

 

 そして遂に、視線が完全に外れた瞬間。

 血姫は死角から、焉姫の背中を斬りつけた。

 

「はぁっ!」

 

 双剣二閃。紫の背に十字の傷が刻まれる。血の滲むそれは、中々の深手だ。

 しかし焉姫は斬撃の衝撃に少しだけよろけると、まるで何も無かったかのように裏拳を浴びせてきた。

 

「なっ、がっ!」

 

 少しは怯むと思っていた血姫は全くの予想外な一撃を避け損ね、大きく吹き飛ばされる。受けた肩口がズキズキと痛む。掠っただけでこれだ。まともに腹などに受けてしまえば、内臓がどうにかなってしまいそうだ。

 一方で背中を斬られた焉姫は、まるで平気そうに血姫へ向き直る。

 

「はぁ、なん、で」

「ふむ。種明かし……という程でもないな」

 

 焉姫はぐっ、ぐっと身体を伸ばすように準備運動して見せる。そんなことをすれば背中の傷が引き攣って、多少なりとも痛む筈だ。しかし焉姫にその様子は無い。

 それを見て血姫は悟る。

 

「痛く、ないの?」

「その通り。私のライダー……焉姫の能力は言うならば『無痛』」

 

 背中よりポタリと血の雫を垂らしながらも焉姫は平然と答えた。

 

「私に痛覚は無い。だから痛みで怯むことも無いし、動きを阻害されることも無い。出血も少ないようだし、この程度は無傷と同じだな。……さて」

 

 焉姫は構える。左手を前に、右手を中段に。脚は地をしかと踏みしめ揺るぎない。当たり判定を削る為に半身だけ傾けた、王道な空手の構え。

 

「長引かせても意味は無い。さっさと終わらせよう」

 

 来る。そう感じ取った血姫は一層に警戒を高めた。そして予感通り、焉姫は再び真っ正面から突っ込んでくる。

 

「っ、馬鹿の一つ覚えみたいに!」

「生憎、それ以外の方法を知らん。そして、必要も無い!」

 

 猛牛が如き圧力。回避、停止を一切考えない迫力の突撃。スピードは決して無い。だが、足が竦む。

 

「くっ! しっかりしろ、アタシ!」

 

 しかしまた剣で受け止めれば先の焼き回し。そうなれば戦いの形勢は焉姫に傾き続ける。血姫は己に喝を入れ、身体を無理矢理動かした。

 シュルリと伸びた尾が、木の幹に巻き付く。

 

「ムッ!」

 

 そしてそのまま引っ張る形で血姫が突進の直線上から退いた為、焉姫の突進は空振る。脚を踏みしめ急ブレーキを掛けるが、それは大きな隙となった。

 

「はぁっ!」

 

 一息に近づいた血姫が双剣を振るう。一閃。二閃。再び焉姫に鋭い刀傷が刻まれる。

 そしてそれで止まらない。跳んで浴びせ蹴り。その反動で回転しながらの尻尾の鞭。それらが瞬きの間に放たれる。血姫得意の連続攻撃。息つく暇を与えない嵐の如き攻勢だ。

 怒濤の連撃に晒された焉姫は圧倒され――ては、いなかった。

 

「ヌゥン!」

「ぐ、がっ!」

 

 それらの攻撃を避けること無く、しかし受ける姿勢も見せず、そのまま殴り抜ける。回避も防御も一切考えない反撃。故に躱す暇も与えず、血姫の腹部に突き刺さった。

 

「かはっ」

 

 露出した口元から吐血しながら、血姫は剣を取り落として吹き飛ばされた。木に激突し崩れ落ちるように膝を突く。痛みは激しく、腹を抑えて苦しげに呻く。

 

「ぐ……うぅ」

「ふっ……流石に速いな」

 

 焉姫もまた無傷では無い。無理矢理カウンターをした為にその身体は双剣で深く刻まれていた。しかし痛みを感じていない焉姫は物ともせずに血姫へと歩み寄る。

 

「くっ……あぁっ!」

 

 痛みを堪え立ち上がる血姫だが焉姫と同じように平然とはいかない。仮面の下から流れる脂汗が引き攣った頬を伝う。

 痛覚は動物に必須の感覚だ。疲労や危険を知らせる大事な必須機構。だがそれ自体が行動を阻害することもある。今の血姫がそうだ。死戦だというのに鳴り止まない痛みが動きを鈍らせ死を近づける。一方でそれを無視できる焉姫はまるで悠々としていた。

 痛みを感じる者と、そうでない者の差。二人の吐く息の荒さが、それを如実に現していた。

 

「フンッ!」

「がっ!」

 

 動きの鈍った血姫へと、焉姫は容赦無く拳を叩きつけた。顔面狙いのストレート。反射で腕を交差させるもガードの上から揺さぶられる。追撃のブローはボディへと。先程のダメージへ塩を塗り込むようにめりこませる。

 

「はぐっ!」

 

 倒れ込みそうになる身体を背中の木に預けることでギリギリ保つ。しかしそれは逃げ場を失うということでもある。

 そのまま焉姫は血姫を両腕で挟み込み、クリンチの形へ持ち込んだ。逃がさないようガッチリと腕で拘束し、今度は膝蹴りが腹部を襲う。

 

「うぎっ、あぎっ!」

「フン、フンッ!」

 

 何度も何度も、反復動作のように蹴り上げる。血姫もガードを腹に回すが、その上から執拗に膝を叩き込む。衝撃が防御を貫通し痛んだ内臓へ響いた。

 目敏く弱った部位へと追撃を加える。それはこの上なく効果的な戦法だった。

 

「フン! ……むっ」

 

 焉姫による即席の拷問機関。だが、それは唐突に終わる。

 血姫が背を預けていた木の方が、耐えきれずへし折れたからだ。

 

「ぐ、かはっ……う、ぐ」

 

 そのまま転がって血姫は焉姫から拘束から逃れた。しかし受けたダメージは大きい。全身に響く痛みで立ち上がれない。

 

「あ、ぎ……」

「ふむ。重いだろう。内臓への打撃が一番響く。……私はこうして、人を殺してきた」

「……ひ、と?」

 

 ふと零した焉姫の言葉に、血姫は一瞬痛みを忘れて目を丸くする。

 

「あぁ、そうだ」

 

 言葉を続けながらも焉姫は攻撃の手を緩めない。倒れた血姫を踏みつけようと脚を振り上げた。血姫は落ち葉の上を転がって辛うじて躱す。

 

「ぐ……」

「苦しみは悪だと言っただろう。そして当然、それをもたらす者も悪。だから私は、ソイツらを裁いてきた」

 

 転がった先で身を起こす血姫へ焉姫は語りながら近づいていく。

 

「ある時は集団で女を襲う下衆共を殺した。ある時は麻薬をバラまくヤクザを殺した。ある時はクラスメイトをいじめで自殺に追い込んだ阿呆を殺した」

 

 嗤うことなく。怒ることもなく。焉姫は表情一つ変えずに紡ぐ。

 

「当然傍から見て私と分かるようなことはしない。捕まれば苦しみから誰かを解放できなくなるからな。だからそういう奴らを殺すときは内臓にダメージを与えて放置するんだ。入院中に意識も無く死ねばベストだな。まぁ生き残っても、二度と立ち上がれないだろうが」

 

 己の所業を語る焉姫の口調は、どこまでも淡々としていた。

 

「お前に同じようにしたのは、申し訳無く思っている。出来れば苦しませずに殺してやりたかったところだが、何分培ってきた経験が、な。……せめてその分、早く終わらせよう」

「……なん、で……」

「ん?」

 

 近くに落ちていた剣の一本を拾い、血姫は言葉を返す。

 

「なんで、そこまで……憎むの、苦しみを」

 

 疑問だった。焉姫の苦しみへの憎悪は尋常では無い。悪を憎む心が誰にでもあるとしても、ここまで激しいのは普通じゃ無い筈だ。血姫にはその理由が分からなかった。

 

「……そうだな。疑問を残して死ぬのも苦しみと言えば苦しみか。では手は止めずに答えよう」

 

 言葉通り、焉姫は攻撃を再開した。轟と風が唸るほどの拳が振るわれる。

 

「ぐっ!」

「私もかつては、普通の少女だった。多少武術は嗜んでいたが、ただそれだけのどこにでもいるような。……せめてその時から普通で無ければ、まだ救いのあった話だ」

 

 剣を盾にして捌く。が、重い。まだフラつく脚では止めきれず、大きく後退する血姫。焉姫は無情にも距離を詰めていく。

 

「親友と一緒にいた学校からの帰り道でのことだ。私たちは突然、男たちに車へ押し込まれた」

「え……うぐっ!」

 

 驚愕に手の止まった隙を逃すこともしない。手刀を叩きつけ剣を弾き飛ばす。手を離れ宙を回転して飛んでいく剣は、木の一本へ突き刺さった。

 

「私は抵抗出来なかった。……当然だな。武術を囓った程度で複数人の男に勝てるはずも無い。普通だったからな。それからは……まぁ、語るのはよそう。詳細に聞いて、楽しい話でも無い」

 

 武器を失った血姫は大きく後ろへ下がった。拳の圏外へと逃れる。焉姫はゆっくりとそれを追う。足の速さでは敵わないと分かっているからだ。だから体力を温存しながら、少しずつ追い詰めていく。

 

「そしてその中で、親友は死んだ」

「!!」

「苦しい、と……残しながらな」

 

 そう呟くと、ようやく焉姫の口元に表情らしいものが奔る。それはとても苦々しい、悲哀だった。

 

「私は悟った。私の罪を」

 

 迫る。血姫は逃げるが、いつものスピードは無い。全身の痛みがそれを許さない。

 

「力が足りなかったことか? 違う」

 

 迫る。焉姫はなおも悠然としている。しかし握り締める拳に宿る力は、充分に致命のものだった。

 

「気持ちだけでも抵抗する勇気が無かったことか? 違う」

 

 迫る。見晴らしのいいこの戦場ではどれだけ距離を離してもすぐ見つかる。逃げ切ることは出来ない。

 

「受け入れることか? 当然違う。違う違う違う」

 

 迫る。そして血姫は足を止めた。反撃の用意を整えたからだ。逃げ回る内に双剣を拾い、息を深く吸って痛みを鎮める。

 

「いや、そのどれでもあるが、一番は違う。それは――」

 

 そして、追いつく。1メートルも無い至近距離。剣も拳も充分に届くそこで、二人は立ち止まった。

 

「――彼女を長く、苦しめたことだ」

 

 焉姫は、深い溜息を吐いた。語るべきことは語り終えたとでも言うように。

 

「と、まぁ。これが私という人間が壊れた全容だ。面白い話でも無い。以来私は、苦しみというもの全てが嫌いとなった。だからなるべく多くの善良な人から苦しみを取り除こうとしている」

「……そんなの、正義じゃ無い」

「だろうな。だが、悪でも構わん。それで誰かから苦しみを消せるのならば」

 

 構える。剣を、拳を。話は続けながらも。

 

「しかし、お前が抱えている物が正義でも無いだろう」

「……そうね。それは、そう」

 

 焉姫の言葉に頷く。血姫も自分が正義だとは、微塵も思っていなかった。

 

「アタシは、正義じゃ無い」

 

 一瞬。瞳を閉じる。戦う理由を、弟の顔を思い浮かべようとして。自分が戦う唯一の理由を。

 

「正義じゃ、無いけど――」

 

 しかし思い浮かんだのは、どうしてか別人。

 悲壮な決意を浮かべた、出会って間もない少女の顔。

 

 最初から、敵同士だった。けれど、放って置けないと思ってしまった。

 迷って、悲しんで、翻弄されて。優しい、けれど空っぽな心が戦いの中で揺れていくのを見てきた。

 きっと、二人揃って生き残れるような道は無いだろう。戦うことを、願いを求めることを、やめる気も自分には無い。

 それでも。

 

「――ここで死ねない、理由がある」

 

 ここでもう二度と会わずにいなくなることだけは、違う気がした。

 

「……そうか。ならばもう、本当におしゃべりは終わりだ」

 

 それで本当に、話は終わりだった。

 二人は構えを深くした。どちらも力を溜めている。血姫は腰を落として脚へと。焉姫は拳を握り締め腕へと。まるで剛弓が引き絞られるかの如く、闘気が張り詰めていく。

 

「後はもう、私の拳と――」

「アタシの剣の――」

 

 二人の言葉が、重なる。

 

「「――どちらが、勝るか」」

 

 落ち葉が、弾けた。

 舞い散る褐色の葉が落ちるより遥かに早く、両者は激突した。

 互いに選んだのは突進。しかし勝ったのは血姫だった。焉姫の勢いは凄まじいが真正面すぎた。故に血姫はその軌道を読み、すれ違いざまに斬りつける。

 

「まずは、一つ!」

「やるな!」

 

 短く賛辞を送り、焉姫は振り返りざま手で触れて斬られた箇所を確認する。痛みのない焉姫はそうするしか傷の具合を確認出来なかった。

 程度は浅い。しかし位置が悪かった。斬られたのは脚。それも太ももだ。太い血管の流れる場所を的確に切り裂かれた傷口は、泉のように血を吐き出している。

 

「だが、今更この程度!」

 

 しかし焉姫は一切怯まない。反転し再びこちらを斬りつけんと向かってきた血姫へ迎撃の拳を振るう。絶大な破壊力を秘めるそれを、血姫は大きくステップを踏んで躱す。

 

「ちっ!」

「受けられないよな。もう余裕は無いだろう」

 

 焉姫の言う通り、血姫にもう攻撃を受けられるだけの猶予は無かった。今までに受けた拳と内臓への執拗な攻撃。元より装甲の厚くない血姫にとってはいずれも重大なダメージだ。痛みも重い。限界は、近い。

 

「それは、そっちも同じ!」

 

 だが血姫は、押して前へ出る。

 焉姫とて、無傷では無い。いや、傷の深さは同程度だ。痛みが無いから、そう見えないだけで。

 

「ふっ、みたいだな。つまりはこの勝負」

「アタシが速いか!」

「私が当てるか!」

 

 血姫の斬撃が痛打を重ね、焉姫が力尽きるか。

 焉姫の拳が一撃を叩きつけ、血姫が倒れるか。

 どちらが早いかという、至極シンプルな勝負。

 

「はあああぁぁぁっ!」

「おおおおぉぉぉっ!」

 

 斬る。斬る。斬る。素早く動いて攻撃を躱し、双剣を唸らせ斬りつける。しかし回避を念頭に置いているため、いずれも浅い。だが、着実にダメージを重ねていく。

 殴る。殴る。殴る。そのいずれもが空振るが、止めることはしない。どうせ一撃当てれば終わりなのだ。例え外れても次を打つ。ひたすらに殴り抜けるだけだ。

 

 鋭い横薙ぎ。脇腹で受け、カウンターで顔面を狙う。それを首だけずらすことで躱す。顔のすぐ横を致命の拳が通り過ぎる。零れる血と、それ以外。まるで関係が無いとばかりに次の攻防へ。

 

「やあぁっ!!」

「ぜあぁっ!!」

 

 斬る、殴る、避ける。斬る、殴る、ギリギリで躱す。斬る。殴る――

 二人は延々と繰り返す。その一瞬一瞬の交差が死の間際だとしても。退くことなく互いの攻撃を叩きつけに行く。

 

 そして、その時が訪れる。

 

「っ!」

 

 踏み込んだ血姫の脚が滑った。疲労とダメージ。その両方が踏みしめる力を奪っていた。

 止まったのは一瞬。だが焉姫は当然、見逃さない。

 

「もらった――!!」

 

 絶好のチャンス。千載一遇の好機に焉姫は躊躇うこと無く拳を打ち出す。

 射程圏内。拳の勢いはいくらか落ちていたが、手負いの血姫を仕留めるには充分。迷うこと無く、叩き込もうと――。

 

「――あ?」

 

 だが、その腕は突如失速して落ちる。糸の切れた人形のようになって、ピクリとも動かない。気付けば脚も、気を抜けば崩れ落ちそうなくらいに力が失われている。

 焉姫は悟った。

 

「限界、か」

 

 もうとっくに、焉姫の身体は限界を迎えていたのだ。痛みが無い所為で、それに気付かなかった。

 指一本として動かせない。首から下が自分の物では無いようだった。腕を上げることすら出来なくなった焉姫は顔を上げる。視線の先で血姫は、どうにか持ち直していた。息は荒いが剣はしかと構えている。こちらも限界は近いが、焉姫とは違ってまだ少しは動けそうだった。

 二人の鬩ぎ合いの、結果は明らかだった。

 

「はぁ……はぁ……」

「痛みが無いというのも、いいことばかりでは無いか」

 

 自嘲するように唇を歪める焉姫。そして、血姫へと促す。

 

「さぁ、トドメを刺せ」

「はぁ、はぁ……藤……」

「もうどうせ助からん。時間切れという情けない結末よりかは」

 

 幾多にも刻まれた傷跡から今も刻一刻と命が零れていっていることを感じた焉姫は。

 

「お前に勝利を与えたい」

「……っ!」

 

 血姫へと、笑いかけた。

 それは今までの自嘲や冷笑とは違う、心から浮かべた優しい笑みだった。

 さながら勝者を称える、スポーツマンのような。

 

「存外、楽しい時間だった。久々に空手をやっていた時の気持ちを思い出せた。最期がこれなら、親友とは違いすぎるくらい恵まれている」

「藤……」

「皮肉だな。苦しみを憎んだ私が、苦しみの無い死を迎えるとは……」

 

 焉姫はどこか爽やかな言葉を切り、そして。

 

「さぁ、やれ。決着は、爽快な方が気分がいい」

 

 促す。最期を。介錯を。

 血姫にもそうするしか無いことは分かっていた。焉姫の肢体から溢れる血の量は、どう考えてももう助からない。失血死などという結末を迎えさせるくらいなら、自分がトドメを刺すべきだ。

 それが、一人の少女を死に追いやった自分の責任だと。

 

「………」

 

《 Blood Execution Finish 》

 

 マリードールをなぞり、必殺技を励起する。せめて、最高の一撃で送る為に。

 炎が煙り、双剣に宿る。紅蓮の刃と化した剣を手に、血姫はゆっくりと近づいていく。その重い足取りは、むしろ血姫こそが死刑台への階段を昇っているかのようだった。

 だが覚悟を決め、炎の剣を振り上げる。

 

「……藤。アタシはアンタを忘れない」

「私もだ。だが再会は願わない」

 

 罅割れ始めた仮面の複眼に炎が映る。葬送の火。安らかなるを願う、優しい炎。

 

「誰も、好きな人には地獄へ来て欲しくないからな」

 

 それが、焉姫の遺言となった。

 二つの刃が振り下ろされる。刃は抵抗なく奔り、焉姫の肉体は十字に切り裂かれた。辛うじて形を保っていた紫の鎧は斬り崩され、その下にあった藤の身体は薪めいてパッと燃え上がった。

 火に焼かれ、燃え尽き剥がれた仮面の下から現われた藤の瞳が血姫を見つめる。

 その表情は安らかで、どこか、幸せそうで。

 

 そして微笑を浮かべながら、あっさりと、静かに燃え尽きた。

 

 後に残った燻る煤を前に、血姫は立ち尽くす。変身を解き、爽は複雑な、しかしどこか澄んだ瞳で落ち葉の上に積もる藤だった物を見下ろした。

 

「……馬鹿だね、アンタも」

 

 もう何も言わない、苦しみもしない残骸を前に呟く。

 

「アタシだって、地獄に行くのに」

 

 答える者はいない。もう、永遠に。

 その代わりに、耳障りなアナウンスが響いた。

 

『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪ 本日のバトルは終了でーす♪ 五日目の死者はー……』

 

 爽は顔を上げ、ノーアンサーの言葉を固唾を呑んで待つ。結果の一つは分かっている。だが、その続きは。もう一つの戦いの結末は。

 

『……仮面ライダー焉姫こと、寺野藤! 今日は一人だけでしたー♪』

 

 なんとも言えない、溜息を吐いた。重い息が孕んだ感情は複雑で形容しがたい。だが少なくとも、朔月が無事だった安堵は含まれていた。

 

『さて! これで残りは三人だけ! 明日は強制的に三つ巴ね。もしかしたら決着しちゃうかも! 楽しみ! それじゃ、また明日ー♪』

 

 景色が薄れていく。最後にもう一度記憶へ焼き付けるように残骸へ目を向け、爽は決闘場の林を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、元の世界へ戻ってくる。見覚えのある夜空と河川敷の風景。身体が壊れそうなくらいに重い以外は、元通りの景色。

 だけど、同じく戻ってきた朔月の表情は打って変わっていた。

 

「……朔月」

 

 悲壮ながらも決意を浮かべていた朔月の瞳は、今度は怯え、震えていた。

 

「……なんで」

 

 一人ぼっちになった子猫のように。肉食獣に狙われた鹿のように。

 

「戦わなくちゃ、いけないのに。戦うことを止めちゃ駄目なのに」

 

 生物的で、本能的な。命の根源にある、システムめいた感情。

 

「こんなに、怖い、の……!」

 

 恐怖。

 己を抱きすくめ肩を震わせる朔月は、また別人のように変じていた。

 

「なんで……なんでぇ……」

 

 涙を流し、崩れ落ちる朔月。消せない傷を心に刻まれた少女は、ただ泣きじゃくるしか無かった。

 

「そんな資格、無いのに……!」

「………」

 

 爽はそれを、黙って見ていた。しかし何か、決意を秘めた瞳で。

 

 暗い川の水面には、消えつつある細い月が映り込む。

 闇に覆われ、喰い尽くされそうな光が。

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