仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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六日目-1 二人だけの許し

『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪』

「あら、残念ね」

 

 響き渡る戯けた声を聞き、才姫はつまらなそうに呟いた。振り降ろした大剣は途中でピタリと止められ、空中で静止している。

 その刃が銀姫に届くまで、後ほんの数センチ。もしノーアンサーの声が一瞬遅ければ、黄金の刃は銀の兜をその中身ごとかち割っていただろう。

 機転でも抵抗でも無く、ただの幸運が朔月の命を救った。

 

「私も遊びすぎたということかしら」

 

 それでも才姫には退去までにトドメを刺すという選択肢はあっただろう。それだけの時間は残されている。

 だが才姫は、輪花は、それを選ばなかった。

 

「まぁ、いいわ」

 

 マリードールを引き抜き、変身を解く輪花。黄色と混じり合った黄金の光が宙に溶け、解放された髪をかき上げて輪花は蹲ったままの銀姫を見下ろす。

 

「いつでも殺せるもの」

 

 そう、嘲るような目付きで言い捨てた。

 格付けは済んだと言わんばかりの、冷たい表情。見下す感情だけが込められた瞳は銀姫への興味を完全に失っていた。

 もはや、脅威足り得ない。恐るるに足らず。

 何よりも雄弁に、目線がそう物語っていた。

 

「う……ぁ……」

 

 それに反抗する気持ちすら持てず息が詰まったように呻く銀姫の変身もまた、解除される。彼女自身が何かしたわけでは無く、自然と。単に時間を迎えたからか、あるいはダメージが限界に達したからか。

 

 身に纏う甲冑すら失って朔月は、怯えた眼差しで輪花を見上げるばかりだった。

 

『……仮面ライダー焉姫こと、寺野藤! 今日は一人だけでしたー♪』

「あら、ラッキーね。手強そうなのが消えてくれた。後はどうにでもなる血姫だけ……」

 

 アナウンスの内容を聞いて輪花はしたり顔で口角を歪めた。血姫とは戦い、その戦術を見ている。スピードタイプ。ならば自分の方が勝れると分析して。

 

「注意するのはこのくらいね」

 

 そう言う輪花の手には黄金の鍵が握られていた。

 

「あ……」

 

 奪われたグレイヴキー。乖姫の、真衣の力の欠片。大切な人の、残滓。

 だがそれを返してと叫ぶことも、朔月には出来なかった。

 

「う、うぅ……」

 

 湧き上がる恐怖。決して敵わないと思ってしまうほどの力の差。それを見せつけられて朔月の闘争心は完全に折れていた。

 今日の内容を見れば、それほど隔絶した実力差は無い。途中までは拮抗していたと言っていい。

 だが瞬間的に与えられた痛みと、奪われた力。そして見せつけられた、圧倒的な我執。それを受けてしまった朔月の心は耐えられず、屈してしまっていた。

 

「ふふふ。残り三人になった都合上、明日は必ず三つ巴。ノーアンサーの言う通り、決着は可能な状況……ふふふふ!」

 

 一方の輪花は己の願いの成就が近づいて来たことへの興奮を一切隠さず、昂ぶるままに笑い声を上げた。

 

 蹲う敗者(はじめ)と、高笑いする勝者(りんか)

 二人の距離は近けれど、その間には圧倒的な断絶が存在していた。

 

「ふふ、ふ……だから、ね。更科さん」

 

 にこやかな、だが明らかに見下した表情で、輪花は告げる。

 

「明日は、お手柔らかにね。お手柔らかに――死んでね」

 

 とても愉快げな、朔月を殺せることを喜ぶその表情は。

 恐怖に傷ついた朔月の心へトドメを刺すには、充分な威力を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、はぁっ! はぁ、はぁ、はぁ」

 

 恐怖のあまり、朔月は飛び起きた。

 

「はぁ、はぁ、夢……」

 

 見ていたのは昨日の夢だった。恐るべき強敵、輪花こと才姫によって与えられた恐怖。思い出すだけで恐ろしい光景を悪夢という形で見せつけられた朔月の身体は震え、全身は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「はぁ、はぁー……」

 

 大きく息を吐き、落ち着こうと試みる。微かに震えの残ったそれは完全に成功したとは言い難かったが、少なくともいくらか冷静にはなれた。

 改めて周囲を見渡す。

 

「部屋……いつの間に戻ってきたんだっけ」

 

 見慣れた天井は自分の部屋だった。しかし朔月に自室まで戻った記憶は無い。恐怖に怯え呆然としている内に辿り着いていたのか。まったく覚えは無かった。

 しかし流石に無意識の内に着替えてるということはなかったようで、冷や汗塗れになっているのは学校の制服だった。

 

「……着替えようかな」

 

 取り敢えずいつものルーティーンに戻ろうと身体が動き始める。そしてベッドから立ち上がろうとして、手に何かが触れた。

 

「……え?」

 

 硬い(・・)

 布団やクッションといった物とは違う感触。そんな物、寝床に置いた覚えは無い。

 朔月は思わずそちらを見た。そこにあったのは、自分と同じ制服。己の手は丁度、ブラウスの胸元に。そう、硬い感触は、自分とは違う、薄い胸のものだった。

 

「んー、むにゃ……」

 

 そこにいたのは。

 赤い髪をした、一人の少女だった。

 

「――え?」

「ん……あれ、起きたの?」

 

 身体を押されたからか、起き上がってくる。それは紛れもなく昨日一緒にいた少女、爽だった。

 あくびをしながら身を起こす爽は、まるで呑気に。

 

「ふあぁ……流石に一人用のベッドに二人は狭いね」

「え、えぇぇーーっ!?」

 

 驚愕の絶叫。

 二人きりの家に、それは高らかに吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石にどうかとアタシも思ったよ? でもソファで寝ようにもリビングでバッタリ他の人と出会ったら説明がしんどいでしょ? だからああするしか無かったって言うか……」

「いや、もういいよ……」

 

 その後二人は揃って風呂場の脱衣所にいた。

 互いに制服のまま寝たので寝汗を掻いていたのだ。放置しておくのも気持ち悪いので、湯船が湧くのを待ってから、一緒に風呂に入ることになった。

 

「制服どーしよ。掛けておくかな」

「消臭はしておこう。……この間もそうしたから、流石に心配になるけど」

「どうせ今日は学校は行かないでしょ。もう昼だし」

「え、嘘……うわ、ホントだ。そんなに寝てたんだ私……」

 

 二人は雑談を交しながら脱衣所で脱いだ服をハンガーなどで纏めていく。下着姿になった朔月は隣の爽を見てギョッとした。

 

「爽、ブラまで赤いんだね。それは流石にどうかと思うよ」

「いーでしょ。別に誰かに見せるんじゃ無いんだから」

「いや私見せられてるけどね、それは」

 

 ガラリと戸を開き、ペタペタと裸足特有の足音を鳴らして少女たちは風呂場へ入っていく。すぐにシャワーを流し、二人の生まれたままの姿は湯気に包まれた。

 

「まずは爽からね。洗ってあげる」

「は? いやいいよ」

「いいからいいから」

 

 首を振る爽の肩を掴み、朔月は無理矢理椅子に座らせる。

 

「シャンプーとか分からないでしょ? えへへ、こういうのいつもやられる側だったからやってみたかったんだ」

「……アタシが恥ずかしいんだけど」

「やだ?」

「……別に、いいけど」

 

 頬を赤らめてそっぽを向く爽に、嬉しそうな笑みを浮かべる朔月。気の変わらぬ内にリンス入りのシャンプーを泡立て、髪へ梳くように染み込ませていく。

 炎のような赤毛に白い泡が映える。朔月は羨望して呟いた。

 

「髪、地毛だっけ? いいなぁ派手で」

「アンタだって脱色してるじゃん」

「その分髪が傷むし……やっぱ素で綺麗な方が羨ましいよ」

 

 充分に行き渡ったら、今度はボディソープで身体を洗っていく。

 

「わぁ、肌すべすべ」

「朔月もそんな変わんないでしょ……わぷっ」

 

 泡が行き渡ったら、流し、交代した。洗う側になった爽が同じように朔月の髪を泡立てる。だがその後、事件が起こった。

 

「――ひゃんっ!」

 

 爽がいきなり、後ろから朔月の胸に向かって手を伸ばしたのだ。湯気に隠れて見えないが、何やら揉みし抱くように動かしている。

 

「ちょ、ちょっと爽! いきなり何し、きゃんっ」

「……別に。なんかアタシには無い駄肉が付いてるから、揉んで減らしてやろうかなって思っただけ」

「別に、そこまでおっきい訳じゃっ」

「それ、アタシのことを見て言える?」

 

 そう言って、爽は後ろから朔月に抱きついた。背中に密着するその感触は――驚くほど、何も感じなかった。ぺたんと、何の障害も無く張り付いてしまう。朔月ならば、柔らかな抵抗がある筈なのに。

 

「あ、いや、その……」

「……大きいわけじゃ無いとかいうのはね、ある奴の台詞なんだよ。だから持たざる者の恨みを知ると良いよ」

「や、ごめ、きゃうんっ!」

 

 座った目をした爽は泡を手に悶える朔月をもみくちゃにしていく。その手付きには戦っている間にも感じたことの無い憎悪があったという。

 そのまましばしじゃれ合い、泡を洗い流した二人は一緒に湯船に身を浸した。

 

「はぁー……狭いね……」

 

 更科家の風呂は一般的な中流家庭のそれだ。つまり、一人でようやく足を伸ばせる程度の大きさだ。

 二人で浸かる為に膝を抱えた形になった朔月の呟きに、赤毛をタオルで纏めた爽が答えた。

 

「しょうがないよ。弟と一緒に入るときもこんな感じだし」

「え、そういうのって今でも入るんだ」

「まぁ、家族だし」

「ふぅん。家族ってそうなんだ……」

 

 他愛の無い会話をしながら、朔月と爽は湯船の心地よさに身を委ねる。ジワジワと芯へ染みていく温度は強ばった身体をほぐしていくようで、抗えない気持ちよさに二人の表情は自然と緩む。

 

「染みる……そう言えば、痛くないや」

 

 気持ちよさに思わず呟いたところで、朔月は思い出したように湯に沈んだ身体を見下ろした。

 

「ん?」

「身体。昨日……」

 

 昨日のことを思い出そうとして再び恐怖が蘇る。湯船の温かさを吹き飛ばすような震えが起こりそうになったが、隣に爽がいることで寸でで堪えた。

 

「……昨日、結構痛めつけられたから。けど、もう痛みが引いてる」

「あぁ、アタシもだね。ライダーになったからかな。怪我の治りが早いのかも」

「へぇ」

「……あるいはもう、人間じゃ無いのかもね」

「………」

 

 口角を歪めて言った爽の自嘲を、朔月は笑い飛ばせなかった。自分たちが既に人外へ片脚を突っ込んでいるという予想は、正鵠を得ているように感じてしまう。一度そう思うと、むしろ健康になった身体に怖気が走る。温かいお湯の中にいるというのに感じる寒さを、肩まで浸かることで無理矢理誤魔化す。

 

「……あ、そう言えばお母さんは?」

 

 昨日、母親と邂逅したことを朔月は思い出した。その所為で家を飛び出したのだと。しかし朔月は帰ってきた時の記憶が無い。

 爽は複雑そうに表情を歪めて答える。

 

「……戻ってきた時には出て行こうとしてたところだったよ。夜なのに」

「あぁ……そう」

 

 またどこか男のところに行ったのだろうと察し、朔月は押し黙る。別に悲しいだとか失望だとかを感じることもない。ただ家族愛の強い爽の前でこれ以上話題に出すのは気が引けた。それだけだ。

 

「爽は、大丈夫? 泊まって」

「うん。家には連絡したから」

「ふぅん。……あ、誰かを家に泊めるのって初めてかも」

 

 朔月はふと気付いた。仲の良い友達はいるが、今までこんな家に誰かを誘うことも無かったからだ。お泊まり会をする時は、いつも友達の家にお呼ばれしていた。

 

「……そっか。……そっか」

 

 そう思うと、この状況も新鮮に感じた。

 

 しばらくそのまま二人並んで湯船に身体を預け、のぼせる前に上がった。髪を拭いてドライヤーで軽く乾かし、朔月が自室から持ってきた部屋着を着る。爽が借りたのは大きめなオレンジのTシャツだった。

 

「ごめん、赤色が無かったや」

「いや、赤は好きだけどそれしか着ないって訳じゃ無いし」

 

 同じ柄の白いTシャツを着た朔月にそう答えると、くぅと小さな音が響いた。朔月の腹の虫が鳴った音だ。

 

「……えへへ」

「まぁ、もうお昼過ぎだからね。でも外に行く服は無いし……何かある?」

「あ、それならあり合わせで何か作るよ」

 

 朔月が挙手し、そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待った」

 

 そして、待ったをかけた。

 爽としては、そんなつもりは無かった。何故なら爽は料理などまったく出来ない。母親に何度もするように言われ「そんなことじゃお嫁にいけないわよ」と言われても、そこだけは反抗期を表明して頑として習わなかったのが爽だ。

 それに更科家のキッチンなのだから、爽は手伝うに留め朔月に任せるつもりだったのだ。だから何か意見を挟む気など毛頭無かった。なので、エプロンに身を包んだ朔月が準備を始めるのをそのまま見過ごしていた。

 

 最初朔月は、冷蔵庫の中から青魚を取り出した。料理をしない爽にその状態の魚の見分けなど付かないが、何となく鯖だと思った。倹約家の朔月には珍しいことに丸々一尾。懇意にしている魚屋に押しつけられたのだとはにかみながら教えてくれた。

 そこまでは良かった。そこからは良くなかった。

 次に朔月が変わらぬ様子で取り出した調理器具が、ミキサーで無ければ。

 

「え? どうしたの?」

 

 そこで上記の待ったがかけられ、朔月は動きを止めた。まるで心当たりが無いようだった。

 爽は冷や汗を垂らしながら語りかける。

 

「その……魚とミキサー(それ)で、何を作る気……なのかな、って……」

 

 恐る恐る問いかける。危惧であってくれと願いながら。

 朔月は、朗らかな笑みを浮かべて――

 

「手っ取り早く、スムージーにでもしよっかなって」

「魚を!?」

 

 予想通りで、斜め上の答えが返ってきた。まさか生魚を液体にして飲み干そうというのか。

 

「嘘でしょ無理無理無理! 料理は素人だけど、そういう風に調理したら駄目だってことは流石に分かるって!」

「えー?」

「そんなことしたら生臭いって!」

「あぁ、そういうことなら大丈夫だよ。匂いとかなら……」

 

 苦笑しながら朔月が更に取り出したのは――

 

「牛乳を一緒に入れれば解決するから!」

「絶対無理だと思う!」

 

 爽は必死になって止めた。

 

 判明したところによると、朔月にとって料理とは安い食材をどうにか食べられるようにするという程度の認識であり、味はまずくなければそれでいいというくらいのハードルだったらしい。教わることもなく、振る舞う相手もいない為、自然とそうなってしまったのだとか。彼女にとって料理とは他人の為ではなく、自分が食べられるようにするというだけの行程だ。なので朔月は――自覚のない料理下手だった。

 

「飲み干せなくはないよ? 簡単だし」

「そういう風に使うくらいならもっとやりようがあると思う」

 

 爽は懸命に説得し、どうにかスムージーへ向かおうとする朔月を修正した。その甲斐あって、二人で協力して焼き魚にすることが決まったのだが……

 

「えっと、何度でどれくらいやればいいの?」

「こういうのって火を通せば通すだけお腹が壊れないから――」

「いっ!? いや最大はやばいんじゃ……!」

 

 それでもなお、てんやわんやだった。

 料理を禄にしたことがない爽と、とにかく雑に済まそうとする朔月ではまともな調理になる筈もない。従って二人でぎゃーぎゃー言い合いながら出来た料理の末路は。

 

「……焦げてるね」

「そりゃそうもなるわよ……」

 

 席に座った二人の前には炭化した魚が無惨な姿で横たわっていた。テーブルに並んだ他の献立も悲惨だ。水加減を間違えたご飯はべちょべちょだし、味噌汁は煮詰まっていてしょっぱい。切るだけの筈のたくあんですら、切断しきれず一本に繋がっていた。

 

「はぁ……料理がこんなに難しいなんて。少しくらいお母さんに教わろう……」

「……ふふっ」

 

 憂鬱に溜息を吐く爽。だが対面に座る朔月は対照的に笑っていた。

 

「……何?」

「あ、いや。……楽しかったなって」

 

 思えば誰かと料理をするのは初めての経験だった。学校の行事などではしたかもしれないが、ああいうのは作り方が決まっている上に逸脱が許されず、その上大多数の中の一だ。楽しい行事ではあっても調理とは言い難い。

 だからこうして誰かと料理することもまた、朔月にとっては初めてだった。

 

「料理することがこんなに面白いだなんて。いつもはある具材を全部油に放り込んで黒焦げにしちゃうもんなぁ。今日も焦げてるといえば焦げてるけど」

「今度から絶対にやめなさいね。……ホラ、処理するわよ」

「うん、いただきます!」

「いただきます……」

 

 二人はまったく違う表情で箸をつけた。

 

「わー、にっがーい! あ、でもちょっと白いとこもあるよ!」

「味噌汁しょっぱい……どう考えても味噌入れすぎ……」

 

 一方は笑って、もう一方は苦々しげに料理を平らげ……否、処理していく。

 

「あっ、お味噌汁にご飯を入れてねこまんまにするのはどうかな!」

「! 確かに……水っぽさと塩辛さを同時に誤魔化せるかも……冴えてるわね!」

「えへへ」

 

 だがその様子は……とても、楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はー、食べたね」

「そうね。朝抜きで魚一匹だから足りないかと思ったけど、水吸った分ご飯が重かったのかもね」

 

 風呂から上がり、昼食を終え、二人は朔月の部屋へと戻ってきていた。

 並んでTシャツ姿でベッドに寝転び、ぼーっと天井を見上げておしゃべりに興じている。

 

「……なんか、意外だったなぁ」

「何が?」

「爽が案外、駄目な子で」

 

 その言葉に顔を向け、むっと頬を膨らませる爽。怒気を露わにするその姿を見て「そういうところだよ」と朔月は苦笑した。

 

「最初出会った時はひたすらクールで、おっかなくて……後ちょっと格好いい、って感じだったのに」

「……アタシはアンタのこと、頼りなくてか弱くて、意志の弱そうな子だと思ったよ」

 

 互いの第一印象を語り合う。ノーアンサーに集められ荒野で邂逅した時のことを。そして付き合って見えた、本当の姿を。

 

「……でも、話してみたら普通の子だった。料理が出来なくて、家族が大好きで、そして他人のことで泣ける……愛情深い女の子」

 

 朔月は語る。意志を瞳に燃やし、戦うことを宣言した爽は普通の少女だった。弟の足を治すために戦うことを選んだ、弟思いの優しい姉だった。優しさ故に、自分を真っ先に焼き潰そうとしただけの。

 

「……アンタも、弱くなんてなかった。普通の子が当たり前に享受できる物を受け取れなかったのに、アンタはそれでも誰かを想えた。だから戦って、願いを受け取って……傷ついた」

 

 爽は語る。どこにでもいる普通の少女に見えた朔月は、裏では虚無を抱えていた。親子の関係を築けずに全てを諦め、しかしそれでも優しさを失わなかった。だからこそ、戦いで傷つき病んだ。

 

「そうかな……」

「そうよ。アンタは……朔月は、強かった」

 

 ベッドの上で横たわりながら、二人は見つめ合う。交わされる視線。爽の真っ直ぐなそれを受けて、朔月は辛そうに目を伏せた。

 

「でも……もう、無理かも」

 

 回想する。昨日の戦いを。無慈悲に、己の為だけに戦える輪花を。

 輪花の前に他者など路傍の石でしかない。大きいか小さいか、歩くのに障害か否かだけの違いだけだ。普通の人に向けるような感情を持ち合わせていない。朔月が抱え、負っている傷も、輪花には関係が無かった。そこで傷つくような精神性が、最初から無いのだ。

 圧倒的な自己。それを前にして、朔月は……折れていた。

 

「辛いこと、たくさんあった。失ったものも、犯してしまった罪も。でも全部……どうでもいいって切り捨てられて」

 

 震える身体を抱きかかえるようにして、朔月は零す。

 全て、無駄と。輪花は断じた。

 

「じゃあ……私が弱いだけなのかな」

 

 そうして一切傷つかず、まるで金剛石のように揺るがず。

 敵を打倒出来るのなら、そちらの方が正しいのではないかと。

 

「もう、戦うことが怖いなんて……!」

 

 真衣から託された。戦うことを。

 決意した筈だった。もう止まらないと。

 殺した。その感触をずっと憶えている。人の未来を断った罪悪感が消えてくれない。傷ついた。身を切られる痛みと全身を揺さぶる衝撃。思い出すだけで恐怖が身が竦ませる。

 その上に、そうして抱えた全てを否定するような違いすぎる自我の圧倒。

 それを受け、朔月は戦うことに恐れを抱いた。

 

「……弱いよ、私。殺したクセに、人の死を見過ごしたクセに、決意一つ抱けないなんて」

 

 人の命を奪っておきながら、それを糧とした誓いすら、守り切れない。

 その事実に、朔月は深く絶望していた。

 

「……朔月」

 

 その告白を受け、爽がしたことは。

 震える手を解き、自分の手に絡めることだった。

 

「……爽?」

「堪えなくていい。取り繕わなくていい。……自分を、責めないでいい」

 

 優しい言葉を掛けていく。砂糖のように甘く、ぬるま湯のように温かい、気を抜けば受け入れてしまいそうな言葉を。

 

「……駄目、だよ。私に、そんな資格なんて」

 

 だからこそ朔月は拒絶する。それを受け入れてはいけない。だった自分は罪人なのだから。

 

「大丈夫だよ」

 

 しかし爽は、首を横に振る。そして朔月の目を見て、告げる。

 

「――だってアタシも、もう、人殺しだ」

 

 その言葉に、ハッと息を呑む。

 そうだ。昨日、ノーアンサーは楽しげに……

 

「少し、話した。藤っていって、アイツなりに悲しい覚悟を背負って戦ってた。やり方は違くても、誰かを助けたいと願ってた。そんな藤の……」

 

 目を閉じ、噛み締めるように。

 

「命を、アタシが奪った」

 

 そう告げる爽の目には、複雑な悲しみが浮かんでいた。湛えた悲哀は本物なのに、それを受け入れることが出来ない。だってそれを為したのは、他ならぬ自分なのだから。

 同じ瞳だと、朔月は直感した。

 

 

 

「アタシたち、人殺しどうしだ」

 

 

 

 繋ぐ掌からは、人の熱が伝わってきた。血が流れる証。

 自分以外の、同族の言葉。同じ経験をした人間の、真実の告白。

 この世でお互い以外にただ一人――自分と、共感出来る人。

 

「だから、アタシの前では何もかっこつけなくていいんだ」

「あ……う……」

 

 込み上がる。堪えてきたものが。

 

「う……ぐぅ……」

 

 ずっとずっと、押し込めてきた。色んな感情を。だってそれを吐き出すことは許されない。何故なら人の命を奪ったから。嘆く資格を、自分は持ち合わせない。

 だが、それをいいという。

 他ならぬ、自分と同じように人を殺した人が。

 

「う、あぁ」

 

 同じ想いを、同じ咎を背負った人が、言うのだ。

 泣いていいのだと。

 

「うわああああぁぁぁん!!」

「……うん」

 

 ついに溢れ出た涙を流し、泣き叫ぶ朔月。そんな彼女の頭を抱き寄せ、胸を貸す爽。

 それは奇しくも、神社での邂逅とは逆の光景だった。

 

「いいんだ。それで。他の誰でもない、人殺し(アタシ)が言うんだから。アンタは、泣いていいんだ」

「ひっぐ、うああぁぁぁ……」

 

 優しく抱きしめられ、朔月は幼子めいて泣きじゃくる。今まで溜めていた物を一気に噴き出すように。

 爽の顔は慈愛に満ちている。言った通り、全てを許している表情だ。

 彼女の中にも、葛藤はある。後悔も。残る手応えは脳髄を苛み、自分の所業を忘れさせてくれない。心の柔らかい場所に深い傷が刻まれ、思考の中には淀んだように黒い物が纏わり付く。

 最初から、誰かを殺す覚悟は決めていた。

 だというのに、これほどまでに心に暗い影を残している。傷はこれから一生消えず、淀みが晴れることもまた無い。殺す前と後では、自分という人間が決定的に違っている。これがきっと、罪を背負うということ。

 覚悟していた自分でこれなのだ。

 そうで無かった朔月が如何ほどに辛かったのか、分かってしまった。

 

「辛かったね。痛かったよね」

 

 もっとずっと、辛かったに違いない。

 覚悟もなしに人を殺して、その衝撃が冷めやらぬ内に目の前で知己が死んで、その下手人をまた自分が殺した。

 そしてズタズタになった心を、託された願いで繋ぎ止めた。

 それが辛くない筈がない。

 

「ひっぐ、けどぉ……!」

 

 涙混じりの意義。それに爽は頷いて答える。

 

「うん。けど……死んでしまった人にはもうそれすら無いのだから、殺してしまった自分にはもう叫ぶ資格が無い。だから全部封じた。そんなことは許されないって」

 

 それはそうなのだ。一番の被害者は殺された人たちだ。志那乃。真衣。ナイア。藤。死んでしまえば苦痛も絶望も無い。それすら無いのだ。

 

「だけど――辛いのは、アタシたちもだから」

 

 それでも、苦しみは殺した側にも確かにあって。

 その痛みを無視することも、また出来ない。

 

「だからアタシは、許すよ。朔月が自分を許せないなら、アタシが。同じ存在(ひとごろし)である、アタシが」

 

 故に必要なのだ。

 泣くことの、許しが。

 

 傷は癒えない。罪は消えない。これから一生苦しみ続ける。

 それでも。

 

「泣いていいよ。アタシの前でだけは」

「……そ、う。……ひっ」

 

 流れ出していく。溜め込んだものが。

 朔月はそれでもまだ自分を許せないだろう。今この時が終われば、一生悔いていく。それを続けていく。己が死ぬその時まで。

 それでも。

 

「うあああぁぁぁぁ……!」

 

 その心地よさに、今は。今だけは。

 同族(ひとごろし)の前だからこそ許される一度限りの慟哭は、そのまましばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「うん……」

 

 数時間後。ようやく泣き止んだ朔月は枯れた声で頷いた。

 二人はベッドを降り、背もたれにして並んで床に座っていた。涙がシーツに染み込んで居心地が悪くなったのだ。

 

「ありがと、爽」

「別に」

 

 礼を言う朔月をあしらう爽。彼女の着るTシャツの胸元もまたぐっしょりと濡れているが、着替えるつもりは無いようだった。

 窓から見える空の景色は、既に夕刻を過ぎていた。二人は肩を寄せ合い、昏くなり始めた窓の外を見上げる。

 

「……爽の」

「うん?」

「殺した人。藤って、どんな人だった?」

 

 ポツリと、朔月は問う。その問いかけは、二人の間以外では決して許されないものだっただろう。

 

「んー……優しい人、だったかな。殺しにきたけど」

「……殺しにきたのに、優しい……?」

「行き過ぎた優しさって奴だよ。屠殺される家畜を苦痛無く殺すとか、そういう類いの」

 

 爽は答えながら、寺野藤という人間を思い返す。

 

「どうせこのライダーバトルで誰も助からないなら、みんなを早く殺して楽にしてやろうって、そんな奴だった」

 

 苦しみを憎んだ少女だった。人も憎むが、何よりもまず苦痛その物を。

 無益に苦しむのなら、早く終わらせた方がいい。そう考え、実行に移してきた少女。

 正義とは言えないだろう。悪ですらあるかもしれない。

 しかしその根底にあるのは、間違いなく優しさであり、慈悲だった。

 

「……そっか……でも、もしかしたらそれが一番正しいのかも」

「仲良くみんな死にましょうって? ……ま、それもそうかもね」

 

 肩を竦めながら一応は頷く爽。その後、だけど、と続ける。

 

「アタシは、嫌だった」

「……そう、だよね」

 

 彼女には願いがある。弟の足を治すという切なる願いが。

 だから藤を否定したのだろうと、朔月は納得する。

 

「弟の、快の笑顔を諦めるなんて出来る筈が無い。……無い、のだけど」

 

 続く言葉は予想通り。だが爽は顔を歪め、自分でも悩ましいといった風にその後を口にする。

 

「……別の、ことも」

「別のこと?」

「……いや、忘れて。恥ずかしい」

 

 顔を赤らめ、隠すように膝に埋める爽。言えるわけ無い。あの時浮かんだ顔が、弟ではなく――

 

「えー、教えてよ、ねぇ。弟くんの為じゃなかったらなんなのさ」

「言わない言わない! 絶対言わないっ!」

 

 ブンブンと頭を振って拒否する爽に、それ以上追求することも出来ない。仕方なく、朔月は話題を転換する。

 

「ふーん。それで、グレイヴキーは?」

「あるよ。アンタをベッドに引き込んで寝る前に、ノーアンサーが来て渡された」

 

 爽は首にかけたマリードールを手に、軽く振って見せた。すると光の粒子が零れるように溢れ、集まって形作り始める。光が収まるとそこには、紫のレリーフが彫られた鍵があった。

 レリーフが示すは異形の(かいな)。まるで力その物を具現化しているかのような。

 

「藤……焉姫の力。これを使うとどうなるの?」

「そのライダーの力が得られる……けど、残留思念に注意して。頭と心が痛くなるから」

「ふーん……まぁ、必要だろうね。アイツを倒すには」

 

 手にしたキーを光に掲げながら言ったその言葉に、朔月は顔を暗くする。

 

「そう……だね。才姫……あの子が、最後のライダー」

 

 昨日、刻みつけられた恐怖がぶり返す。ゾクゾクと全身を奔る悪寒。夜の気配よりも身体を凍えさせるその感覚に、朔月は不安を募らせた。

 

「戦えるのかな……」

「その時は、守ってあげるよ」

「え……」

 

 予想外の言葉に、朔月は顔を上げ爽を見つめた。爽は一瞬だけ朔月へ目を向け、すぐに恥ずかしそうにグレイヴキーへと視線を戻した。

 

「別に……変じゃないでしょ。あの時も言ったじゃん。気に入る勝ち方があるって」

 

 そう言われ、朔月は思い出す。

 志那乃と戦ったあの日。裏切って不意をついた爽の言った言葉を。

 

『勝ち残る。けどそれは、アタシなりに納得のいく形で、だ』

 

 だからこそ、有利と思われる志那乃の同盟を蹴ったのだ。

 

「それは今でも変わらない。才姫……輪花だっけ。ソイツが気に入らない。だから今日は、アンタに付くよ」

 

 共闘する。

 それはそう宣言する言葉に他ならなかった。

 

「……いいの?」

「正直、情が移ったなって思うよ」

 

 溜息を吐く。やるせないという風に。

 

「でもアイツが生き残って願いを叶えるってのが一番気に入らない。それに、現実的な問題として二人で掛からなきゃ勝てないでしょ。アンタだって負けたんだから」

「あ……それは、そうだね」

 

 昨日のバトルの話を、朔月は具体的に話していない。

 だが朔月の様子を見れば、どちらに軍配が上がったか一目瞭然だ。正確に言うならば途中までは有利を取っていたが、今はもう難しいだろう。その鮮烈な自我に、圧倒され怯えている今では。

 そして爽も、一度完封されている。スピードで上回られ、手も足も出なかった。二人の実力が一対一では及んでいないことは明らかだ。

 だったら理屈の上でも共闘するしかない。今夜を生き残るには。

 

「……そっか、うん……!」

 

 爽との共闘。その想像は、初めてライダーとして爽と出会ったあの赤い荒野を思い起こさせた。二人で感じた全能感。それがあれば、勝てるかもしれない。

 

「あ……でもそしたら、もし勝ったら……」

 

 才姫に勝つ。組むことが出来れば、それは現実的に不可能な話でも無いだろう。

 だったらその後、待ち受けるのは。

 

「爽と、私……」

 

 今度は、一対一の戦いだ。

 目の前にいる少女、との。

 

「……そう、なるね」

 

 爽は目を瞑った。今なら朔月も素直に分かる。自分と同じように、爽も本当は嫌なのだろう。覚悟を決めることと、悲しいことは、また別だから。

 

「……ま、それはその時考えよう。取り敢えず、勝たなきゃ」

「そう、だね………」

 

 躊躇はある。もうこれ以上人殺しを繰り返したくないと。

 しかし宣誓もある。真衣に託された、戦い続けるという願いも。

 そして輪花に植え付けられた恐怖がある。だが爽が共に戦うという嬉しい知らせもある。

 それらを全部綯い交ぜにして、考えて――結果、朔月は。

 

「戦わ、なきゃ。勝って……進まなきゃ」

 

 戦うことを、決めた。

 実際に対峙してみなければ分からないが、少なくとも今は、そう。

 

「――時間だ」

 

 窓の外。日の光は落ち、闇の帳が空を覆う。

 細い月が上がり、星々がその姿を浮かび上がらせる中。仄かに光るのは二人のマリードール。

 二人は顔を合わせ、互いを見合う。

 

「……また、二人で征くんだね」

「そうね。……でも、さ」

 

 どちらからともなく、コツン、額をつける。伝わる温度を感じながら、爽は言った。

 

「昨日よりはずっと、希望があるでしょ?」

 

 その言葉に――朔月は、微かに微笑んで。

 

 抱き合うようにして、二人は戦場へと消えた。

 ――最期の戦いになるとも知らず。

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