見上げた天井にあるのは岩肌だった。
「洞窟……かな」
そう呟く朔月が見たところ、屋外では無くどこかの洞窟の中のように見えた。しかし狭くは無い。声が反響するほどに広い広間や、いくつかの通路があり、人工的に広げられたような節があった。
岩壁には松明が掲げられており、灯りに不足は無い。ただし足元は見えづらかった。どこからか冷気が流れ込んできているのか、ひんやりとした煙が這うように漂っているからだ。
巨大な地下洞窟。
それが、今回のバトルフィールドのようだった。
「取り敢えず爽を探さなきゃ……あれ?」
生き残ったライダーは三人。余らせたり休ませるという事例は今まで無かったから、今回は必ず三人が参戦しているということになる。ならば共闘を誓った爽もいる筈だ。
だからまずは合流を……と考え歩き出そうとしたところで、朔月は違和感に気付いた。
「服着てる……」
始めに気付いたのは靴の感触だった。だが、それはおかしい筈だった。何せ自分と爽は、Tシャツ一枚で部屋にいたまま、ここへ来たのだから。足裏に感じる感触は裸足でなかればおかしい。
そう思って見下ろすと、そこにはちゃんとした服に包まれた己の肢体があった。
角付きのパーカーワンピースにストライプのソックス、スニーカー。どれも見覚えがある。自分の服だ。
「なんで……あ、ポケット」
パーカーのポケットに何かが入っていることに気付き、取り出してみる朔月。それは一枚の紙片だった。広げてみると、そこには戯けた筆跡で、
流石に決戦でTシャツ一枚は間抜けだったので、クローゼットから適当なのを選んで着せておきました♪ 精々感謝してね? ノーアンサーより
と書かれていた。
「はぁ……」
確かに、THE・部屋着といったあの服装で呼び出されていれば少し困ったかもしれない。だが感謝などする筈も無い。他でもないノーアンサーの所為でこんな戦いを強いられているのだから。
紙片をその辺にポイ捨て……することは良心が咎めたので、もう一度ポケットに仕舞い直し、朔月は探索を再開する。
「……迷路みたい」
似た景色と複雑な通路で人を惑わせるこの場所は、さながら迷宮のようだと朔月は感じた。まるでノーアンサーの意地の悪さが出ているかのようだ。
どこまで行っても同じ景色が続く、歩く度に靴音が反響する回廊を朔月は歩き続けた。そして、曲がり角を曲がろうとした、その一瞬。
「っ!? きゃっ!」
突如。死角から飛び出した腕が襲い掛かった。そのまま胸ぐらと肩を掴んだ両腕は、朔月の身体を力任せに押し倒す。さした抵抗も出来ず、のし掛かられる朔月。
先手を取られた。戦慄する。このままでは好き放題に嬲られてしまう。致命的な失敗だ。ならば、せめて相手を確認しようとマウントを取った相手を見上げ――
「……あれ、爽?」
「なんだ、朔月か」
目が合ったのは、先程まで間近で見ていた顔だった。
赤い髪をした、意志の強い瞳。爽だ。
「……はぁ~……ビックリした~」
「悪かったよ。靴音を鳴らして無警戒に歩いてるから」
誤解が解け、二人は溜息をつく。当然共闘を誓った相手をそのまま熨しておく筈も無く、上から退いた爽は手を差し伸べ、朔月を引っ張って立たせた。
「でも合流できたね、爽!」
「……だね。まずは一つ、アタシたちが有利だ」
そう微笑む爽もまた、ちゃんとした服を着ていた。いつも通りの赤づくめのパンキッシュファッションだ。恐らく爽の持ち物から勝手にノーアンサーが持ってきた物だろう。
爽は指ぬきグローブをした拳を差し出し、立ち上がらせた朔月とコツンと突き合せる。
「……で、そっちはアイツを見つけた? あるいはダムド」
「ううん、まだどっちも見てない」
爽の質問に首を横に振る朔月。それは幸運で、また不幸でもあった。まだこの気が滅入る回廊を歩き続けなければならないのだから。
「そっか。じゃあまた探さなきゃ……」
「うん。二人でカバーし合いながら行こう」
「その必要は無いわ」
頷き合う二人。互いで死角を庇い合いながら、歩みを進めようとする。
だがその機先を制するように、傲慢な声が響き渡った。
「!」
「……輪花」
「ごきげんよう。いつかぶりと昨日ぶりね」
コツコツと靴音を鳴らし、冷気の向こうから現われたのは唯祭高校の制服を纏った輪花だった。その姿を確認した爽は咄嗟に朔月を背に庇う。それに構わず輪花は眼鏡の銀フレームを押し上げ、怜悧な口調で二人へ言葉を掛けた。
「その様子だと、そちらで協力するつもりみたいね。ふふっ、当然ね。一対一では勝ち目は無いもの」
「……よく言うよ。人から盗んだ物でイキっておいて」
爽は輪花が奪ったという乖姫のグレイヴキーのことを揶揄した。朔月から昨日聞いておいたのだ。
「あら、別に良いでしょう? 欲しいものは力尽くで奪い取る。弱肉強食は好きよ」
「ふぅん。意外だね。てっきり頭を使う方が好きだと思ったけど」
「何を言ってるのかしら。頭の良さだって、立派な暴力でしょう?」
輪花は髪をかき上げ、あくまで余裕な態度を崩さずに答えた。
「知略戦略を用いて敵の全てを奪い取る。そうして全てを黙らせた屍の上で高らかに笑う。それが私の最高の未来よ!」
「……朔月が怯える訳が分かったよ。どこまでもソリが合わない」
吐き捨てる爽。言葉の端々から伝わる自分本位の思想。会話は成り立っても、その根底は決定的に違っている。決して分かり合えない――それが、この短い間で如実に理解できた。
「朔月。……やれる?」
「……すぅー、はぁー……うん」
問う爽に、朔月は深呼吸をした後頷く。動揺、恐れはまだある。だが自分でも驚くぐらい、それは少ない。
(隣に、いてくれるからかな)
自分を守るように立ってくれている少女の背を眺め、朔月は覚悟を決める。
「戦うよ。少なくともここではもう、悩まない」
「よし……」
爽は頷き返し、マリードールを手にする。朔月も倣う。
輪花もまた、抵抗の意志ありと見て己のマリードールを取り出していた。
「
光と共にドライバーが出現する。張り詰める沈黙。一瞬の後、弾かれるように三人はその言葉を唱えた。
「変身」
「変身」
「変身!」
マリードールがドライバーに装填され、三人の身体は光に包まれる。銀、赤、黄色。それぞれの色に四肢は染め上げられ、少女たちは戦う為の鎧を纏っていく。
《 Silver 》
《 戦いは止まらない 何故?
運命は変わらない 何故? 》
朔月は銀鎧と襤褸に包まれた亡者の如き幽騎士・銀姫に。
《 Blood 》
《
叶えるは野望 誰の? 》
爽は赤いローブを身につけた魔術師の如き軽騎士・血姫に。
《 Intelligence 》
《 光輝なる 私!
偉大なる 私! 》
そして輪花は黄色の装甲を恥じること無しと言わんばかりに燦然と輝かせる、灼熱の太陽が如き機械騎士・才姫へと。
三者三様の
「ふふ……さて、そちらからどうぞ?」
不敵に笑い、先手を譲るという才姫。高速戦闘を得意とする彼女こそが、もっとも先んずることを得意とするというのに。
舐められている。そう直感して苛つく血姫だったが、ならば譲ったことを後悔させてやればいいと攻勢を仕掛ける。
「お言葉に甘えて、はぁっ!」
右手に剣を出現させ、地を蹴って駆け出す。銀姫は背後に置き去りにして。
一人で、その上片手で仕掛けたのには訳がある。まず片手であれば、対応力が上がる。両手に剣を持ってしまえば攻撃しか出来ないが、片手が空いていれば才姫が何かしてきても対処出来る確率が上がる。そう考え、まずは様子見のつもりで剣一本で斬りかかった。
銀姫を置いていったのは……まだちゃんと戦えるか分からなかったからだ。出来ることなら、戦わせずに済む方が良い。このまま自分でケリが着くようならば、それが一番いいから。
「やああぁぁっ!」
駆けながら繰り出す、下から掬い上げるような一閃。才姫の脇腹から肩までを引き裂くはずの一撃は――
「フッ。やっぱり遅いわね」
――残像を、切り裂くだけで終わった。
超スピードで回避した才姫は、血姫の側面を取って攻撃を繰り出す。
「セイッ!」
「ぐっ」
鋭い蹴り。頭部を狙ったそれを、血姫は残しておいた手でガードする。受けた腕が鈍い音を立てた。
しかし才姫の攻撃はそれだけに留まらない。
「遅い、と言ったはずよ」
即座に繰り出される第二撃。伸ばした足を引き戻し、もう一度打つ。ボディ狙いのそれに今度は反応しきれず、血姫は腹部を走る苦い痛みに呻いた。
「うぐぅっ!」
「そらそら! 防がないと終わっちゃうわよ!」
隙を逃さず片脚で立ったまま、第三、第四とハイキックを繰り返す。超スピードで放たれる蹴撃。速すぎて蹴りを繰り出す足が消えて見えた。
「ああっ、ぐぅ!」
既に血姫は剣を構えていたもう片方も加え、両腕で防御を行なっている。にも関わらず、防ぎきれない。キックの嵐が止まらない。
「アハハッ、まるで敵わないわねッ!?」
防戦一方。完全にスピードで上回られている証拠だ。目で捉えきれないほどの神速。一撃一撃は軽くとも、数が多く防げないなら関係ない。
押し切られる――ヒヤリとした思考が脳裏を掠めた瞬間、その声が耳に届いた。
「やああぁぁぁーーっ!」
どこか気の抜けた、しかし少女なりの裂帛の気合い。それが響いた瞬間、才姫は連続蹴りを中断し飛び退いた。
「チィッ!」
舌打ち。それだけを残して消えた空間に、銀の軌跡が通る。
「朔月!」
「ごめん! 速すぎて反応が遅れた!」
それは細剣を構えて斬り込んだ銀姫の一撃だった。躱されたものの、才姫の攻撃を止めることには成功した。
少し離れた場所で才姫が面倒そうに溜息をつく。
「はぁ……あれだけ怯えていたのにまだ戦う気なのかしら? また怖い思いをしたいの?」
呆れた声音でそう問いかける才姫。その言葉に銀姫は昨日の恐怖を、痛みを思い出す。それは耐え難いものではあったが――
「……そう、だよ。今は、戦う。そう決めた」
隣の血姫の存在に支えられ、断言する。
「また迷うことがあっても。終わったあと後悔しても。貴女とは戦う。それが今、私の決めたこと!」
覚悟は定まっていた。
言い切った銀姫は細剣を翻し、才姫へ向かって鋭く突き込む。しかし見えていたのか、才姫は悠々とすら言える速度で容易く躱す。
「相手にならないと言ったでしょう? 貴女のスピードじゃ……」
「確かに、朔月一人だったらそうね」
だが背後から聞こえた声に才姫はゾッと背筋を泡立たせた。咄嗟に飛び退けば、そこには双剣を振り抜いた血姫の姿。銀姫を囮に、回り込むように斬り込んできたのだ。
「グッ!」
剣先が掠め、黄色い機械装甲に二条の傷が刻まれる。予想外の被弾に呻く才姫。
それを挽回するかの如く、今度は才姫が攻勢に出る。お得意の高速移動で攪乱し、血姫を狙う。頭を狙ったハイキック。
「させないっ!」
「! 小癪なッ!」
だが今度は、銀姫がその攻撃を受け止めた。交差させた銀の腕が才姫の爪先を防ぎ、血姫と銀姫両方にもダメージを与えられない。
そしてその隙に、血姫が双剣を振るって襲い掛かる。
「はぁっ!」
「ウグゥッ!」
今度は反応し、回避する。だがそれは双剣のみの話だ。血姫の手札はそれだけではない。
双剣の勢いを殺さぬまま回転し、繰り出すのは尻尾の一撃。鞭のようにしなったそれは、才姫の胸部を打ち据える。
「ぐ……コイツ、ら!」
胸を押さえながら後退し、才姫は二人を睨み付けた。お互いの隙を庇うような連携。それを崩すのは容易くないと明晰な頭脳が認めてしまう。
防御の銀姫。攻撃の血姫。高いレベルで噛み合った攻守が才姫の機先を制す。
「……あの時ぶりだね」
「……そうね」
並んで剣を構える二人は、かつて共闘した時のことを思い出していた。多数のダムドを相手に大立ち回りを演じた、あの日。その時も、銀姫が防御し血姫が攻撃の役割分担をしていた。
あの時と同じ万能感が、二人の心の内に満ちる。
「仕掛けるよ!」
「うん!」
お互いの声に後押しされ、二人は積極的な攻勢に出た。まずは血姫がお得意の連続攻撃を繰り出す。
「おのれ!」
しかし才姫とて非凡な戦士ではない。真正面からの攻撃は見切れる。高速戦闘を可能とする程の反射神経と脳の回転を使えば、訳は無い。
だが反撃しようとすると上手くいかない。躱しきったことで隙を晒した血姫を手刀で貫こうとすれば、たちまち銀姫が邪魔をしてくる。
「やぁっ!」
銀の剣が割って入り、手刀を打ち弾く。攻撃は、届かない。
「またっ!」
「そこだっ!」
そして銀姫に攻撃を防がれた途端、また血姫が攻め込んでくる。これが避けがたい。才姫であっても。
攻撃とは隙でもある。狙う絶好のチャンスだ。防がれれば尚更。それは才姫であっても変わらない。
「グウウッ!」
それでも致命傷を避けられるのは高速移動が可能な才姫だからこそ。しかし確実にダメージは受けていく。機械装甲の表面に刻まれた傷が増えていく。
二人の連携はシンプルで、しかし高度だった。
血姫は防御を考えず全力で斬り込む。そして銀姫は攻撃を考えず防御に専念する。お互いに攻守のどちらかを捨て、背中を預け合うからこそ、才姫を凌駕していた。
それを絆と言うべきかは、この場では決められない。
「爽、左から!」
「OK! カバーよろしく、朔月!」
何度でも、何度でも繰り返す。剣撃に躊躇は無い。決して届かないと、安心して背中を任せられるから。受け止めることに恐怖は無い。致命が訪れるより速く、斬り込んでくれると知っているから。
攻める。守る。攻める。守る。二人の連携は決して途切れることなく。川の流れのように怒濤で、強固だった。
それを受け続ける才姫は翻弄されるばかりだ。
「おのれ……おのれおのれおのれ!」
ままならぬことに吠え、頭を振る才姫。己の才覚に絶対の自負を持つ彼女にとって、二対一
「そんなに死にたいのなら、後悔させてあげるわ!!」
才姫はお得意の足で大きく距離を取った。のみならず、通路の奥へと消えていく。脱兎の如く。そうも言える。
「逃げた? ……訳無いか」
「どうする、爽?」
一瞬逃走を図ったようにも見えてしまうが、捨て台詞と才姫の性格上それは無いと二人は判断する。その上で、どうするか。
「……追おう。何をするか、分からないし」
「だね。罠を仕掛けられてたら堪ったものじゃない」
今までの苦い経験が追跡を選ばせた。これまでの攻防は二人が有利だったというのもある。このまま押し切ってしまいたい――そういう願望もあった。
武器を構えたまま駆け、一応警戒しながら才姫を追って洞窟の通路を進む。幸い一本道で、迷うことは無い。
そして立ち籠める冷気を払って飛び出したのは――野球場ほどの広さがある、天井も高い大広間だった。
「ここは……」
「予め見つけておいたのよ」
答えたのは中央に佇む才姫だった。
「元のスピードなら狭いところでも充分戦える。けれど――こちらは、そうもいかないでしょう?」
そうして手に見せたのは――黄金色の、グレイヴキー。
「っ、それは!」
「ここでなら、洞窟が崩れる心配は無いものね」
《 Gallows Changeling 》
《 全ては人の為に 何故?
世界を己の手に 何故? 》
ドライバーへ鍵を差し込み、キーを回す。荘厳な黄金の粒子が才姫を多い、光に包んでいく。
光が収まり、そこにあったのは黄金の鎧を身に纏いし騎士王だった。
「もう一度屈服させてあげる。この最強の力で!」
たなびくマント。煌めく金の鎧。手にした大剣は重厚で、存在するだけで他を威圧し続ける。まさしく孤高なる最強騎士。
両頬に亀裂めいた黄金を浮かべながら、才姫・チェンジリングフォームは凄絶に笑った。
「来る!」
才姫が大剣を振り上げるのを見て、銀姫は警句を発す。チェンジリングフォーム、ひいては乖姫の攻撃が殆ど初見である血姫の為だ。
しかしそもそも不要だったかもしれない。その剣に漲る多大な黄金のオーラを見れば、誰もが受けてはいけない一太刀だと看破できるだろうから。
「やばっ!」
「くっ!」
予測できる線上から、二人は身を投げ出すように左右に飛び退く。遅れて一瞬。その間に奔る黄金の一閃。
強烈な破砕音。オーラの激しい奔流が駆け抜けた後にあったのは、真っ赤に溶解した無惨な地面の姿だった。
「これは……強烈ね……」
ゴクリと息を呑む血姫。自分は元より、銀姫でもこの一撃は受けられないだろう。まともに正面からぶつかれば、跡形も残らない。
だからすぐに、方針を決定する。
「二人で左右から攻めるよ! あの攻撃を向けられたら回避に専念して、もう一人が後ろから攻撃する! 理想は、オーラを溜めさせないこと!」
「分かった!」
攻撃と防御。先程までは上手くいっていた役割分担を、捨てる。あの斬撃を受ければ銀姫がこの世から消滅してしまう以上、防御という言葉もまたほぼ消滅していた。
だから同時に攻め立て、剣を向けられた方が回避、向けられていない方が攻撃を担当する。挟み撃ちで優位を取り続ける作戦だ。
「よし……GO!」
血姫の合図で、二人は左右に別れて一気に駆け出す。両サイドから迫る二者を見ても、才姫は余裕の表情だ。
「ま、でしょうね。そうすると思った。というより、それしかない」
そして才姫は黄金のオーラを……溜めること無く、大剣を振るった。
それだけで、二人の勢いを絡め取るほどの突風が起こる。
「っ!」
「ううっ!」
スピードが削がれ、二人の足が止まる。その際……より才姫に近い位置にいるのは血姫だ。単純な、足の差で。
そこへ、振り下ろされる大剣。
「くうぅっ!」
慌てて双剣を交差させガードする血姫。大剣はその交差部分。一番力が入り、一番防御が厚いそこへ真っ直ぐに入り――そして、難なく潰した。
「がっ!?」
ガードごとに叩き潰され、血姫は地面に叩きつけられた。背中を強かに打ち付け亀裂すら奔る。
「爽!」
慌ててカバーリングに入ろうと銀姫は、背を向けた才姫へ斬りかかる。何のアクションも見せず、背中で受け止める才姫。
カキン、と。
幼子が食器を打ち合わせたかのようなささやかな音だけを立て、細剣は呆気なく弾かれた。
重厚な鎧に、為す術無く。
「そんな……!」
「フン。蚊ほどにも無い……いや、それ以下ね」
さながら虫を払うように、振り返りざまに剣を弾く才姫。大剣を血姫から持ち上げ、悠々と肩に乗せる。その仕草の全てに、余裕があった。
傲慢とも呼べるそれは、しかし今の銀姫に打ち崩す術が無かった。
(硬い、重い、強い……!)
重厚な鎧は並みの攻撃を全て弾き、剣の一撃一撃は受け難く、膂力は論じるまでも無い。
その全てが、隔絶していた。
これがチェンジリングフォーム。
乖姫の……真衣が、秘めていた力。
「さあ、すればどうする?」
「っ!」
しかし、それは今の銀姫では、という話だ。
攻撃が来るより早く飛び退く。充分な距離を取ってから、ベルトに手を回す。
その間、才姫は何もしなかった。
強者の余裕、ということらしい。口元に微笑を浮かべ、むしろ興味深げに銀姫のしようとしていることを眺めている。
「ふふ、どちらを選ぶのかしら」
その言葉に、銀姫は伸ばした手を止めた。ベルトには二つの鍵、選択肢がある。
一つは青。デザイアグレイヴキー。冀姫の力。しかしこちらは、前回才姫に見せている。
もう一つは――
「……力を貸して、とは言わない」
カチャリ、音を立てて鍵を手にする銀姫。
「でも因縁はあるでしょ。少なくとも――」
手には緑。自分が初めて犯してしまった、罪の証。
「銃口は、向けられる!」
《 Gallows Scavenge 》
《 解放されたい 誰に?
許してほしい 誰に? 》
差し、回す。歪んで電子音が鳴り響き、銀姫の鎧が変化していく。
緑の装甲が右腕を覆い、右頬に亀裂めいた模様が走る。最後に右腰を叩いて銃を手にすれば、銀姫・スカベンジフォームの完成だ。
痛みは、頭に流れ込む記憶の奔流は無かった。それが二回目だからなのか、認めてくれたからなのかは分からない。
今できることは、この銃口を才姫に向けることだけだ。
「はあっ!」
引き金を引く。それだけで硝煙が弾け、銃弾が撃ち出される。
「へぇ。それがあの……志那乃の、竈姫の力って訳ね」
その銃弾を才姫は真正面から受け止める。避けるフリすらしない。鎧の硬さなら、通らないと予想していたからだ。
そしてその通りに、銃弾は黄金の鎧に弾かれた。
「くっ! 効かない……!」
「当然でしょう? 貴女程度の鎧で銃弾は充分弾けてた。ならより分厚いこの鎧が射抜けないことは道理ッ!」
ズン、と銀姫へ向け一歩を進める才姫。それを見て銀姫は再びトリガーを引く。
撃ち出される銃弾。だが結果もまた同じ。傷すら満足につけられず、弾はあらぬところへ跳弾していく。
「だったら!」
一度銀姫は銃をしまい、新たに斧槍を出現させる。肉厚の刃を持つそれを振り下ろし、近づいてくる才姫の鎧を突き立てた。
「ふぅん、他の武器も使えるのね。多彩で多才……でもそれだけ。あの子みたいね」
やはりものともしない。諦めず、銀姫は次なる刃を叩きつける。今度は円刃。チャクラムを足へと。
「狙いは悪くない」
上半身から下は、黄金の鎧を身につけていない。元の才姫のままだ。なれば上よりは防御力が低いだろうと踏んでの攻撃……その狙い自体は確かにそのようだ。
「けど見え据えている」
だからこそ、腕一本で弾かれた。小枝を払うかの如く、チャクラムは銀姫の手から叩き落とされる。
「あぐっ!」
「やはり低脳なようね。確かに才姫本来の高速移動はこの形態では出来ない。けど私の反射神経も頭の回転も据え置きなのよ? そんな蠅が止まるような攻撃が通じる訳ないじゃない」
呆れたように言う才姫。突き立てられた斧槍も掴み、千切るように銀姫の手から奪う。
「あうっ!」
「竈姫の力。どんなものかと思ったけれど、やっぱりこの乖姫の力には及ばないみたいね。敵うとすれば……ふふふっ! 私の才姫のみかしらね」
遠くへ放り投げられた斧槍がカランカランと音を立てて地を滑っていく。それを見ながら、銀姫は次なる武器、刃の歪んだ剣を手にする。
「さあどうする? 次は? その剣で今度こそ足を断ってみる? まぁチャクラムと同じ結果になると思うけど。それとも銃撃にシフトする? 正直生身と違ってあまり怖くないわね。どうせ通らないし。……あぁ、冀姫の力を使うって手もあるわね! でも人海戦術は昨日攻略したし、一工夫必要じゃない?」
嘲りながら、才姫はゆっくりと距離を詰めてくる。愉快げに嗤うその姿は勝利を半ば確信しているようだ。
気圧されるように、ジリジリと下がる銀姫。構えた歪剣の切っ先は震えるように定まらない。どう攻めてよいか分からぬ迷いと、ぶり返し始めた恐怖。とにかく必殺の間合いの外にはいようと、一定の距離は保ち続ける。
一歩詰めれば、一歩下がる。それを遊びのように繰り返し、二人は距離を変えないまま移動していく。
「くっ――」
「ふふふっ。哀れね。そして――
「!」
恐怖に震えていた銀姫の口元が、その言葉で引き締まる。看破された、と。
「無謀な攻撃は自分へ注意を向ける為。やられた血姫が回復する隙を稼ぐまでの……気付かないとでも思った?」
「っ!」
見抜かれていた。そう。銀姫が積極的に攻勢を仕掛けたのは自分へと注意を引き付ける為の行動。攻撃が通じず惑っていたのは決して嘘じゃ無い。通じればそれに越したことは無いからだ。されど大目的は、叩き潰された血姫から視線を逸らすための陽動だった。
目論見通り、血姫は地に潰されたダメージから起き上がりつつあった。震える膝を起き上がらせ、立とうと足に力を籠めている。あと少しで復活できる。
だがその前に、目論見が看破されてしまった。
「庇い合い結構! だったら私は、それを上から押し潰すまでよ!」
「爽!」
才姫の狙いが、血姫へと向かう。大剣を手にしながらゆっくりと振り返る才姫へ向け、銀姫は警句を飛ばしながら歪剣で斬りかかった。
背後を切り裂かんとする一閃。だがその切っ先は、視線を向けずに伸ばされた黄金の手で掴まれた。
「うっ!」
「そしてこうすれば貴女が焦るのも計算済み。見てなさい。貴女の相棒が――消し炭になる様を!」
得物を掴み取られ、身動きが取れない銀姫を嘲笑うように黄金のオーラを漲らせていく才姫。血姫はそれを睨み付けつつも、まだ立ち上がれない。痛みが身体を苛み、膝が震えている。
回避は、間に合わない。
「爽ー!」
叫ぶ銀姫。才姫はまるで構わず、黄金を大剣へ宿らせていく。
それを見ながら血姫は――自嘲した。
「……なんていうか、さ。最初にああ言ったクセに、って思うんだけど」
苦々しい笑みを口元に浮かべ、血姫は手を伸ばす。
己の腰元、ベルトへと。
「全然一人じゃ戦えないよね、アタシ」
手にするは、紫の印が刻まれたグレイヴキー。
黄金の力を抱えし大剣が振り下ろされる、直前――その僅かな時間の中で差し込み、キーを回す。
その瞬間、血姫の中に光のような奔流が流れ込んだ。
白い空間の中で、素裸の姿で腕を組んでいる少女がいた。
寺野藤。血姫が、爽が己の手で殺した少女。
だが――刀のように鋭かった雰囲気も、暗い覚悟を決めていた眼差しも、今は柔らかい。温かい、とすら言える。まるで見守るように、爽をただ優しく見つめていた。
藤は、力強く頷く。
――ああ、征け。お前の信じた道を。最期まで。
願いが、記憶と共に託される。
――ただ親友と、帰っていただけなんだ。
『藤、空手の調子はどう?』
『いい感じだよ。大会までにはもっと仕上げるけど』
他愛も無い夕暮れの帰り道。楽しげな談笑。明日も同じように続くと、無邪気に信じていた日常。
引き裂いたのは、車のブレーキ音だった。
『え、な、なに!?』
『うるさい! いいからこい!』
『離せ! やめろ! その子に手を出すな!』
ボックスカーから出てきたのは四人の男たち。そいつらに手足を押さえられ、二人は抵抗することも出来ず車内へ引きずり込まれていく。
場面は移り変わり、廃工場らしき風景。手足を縛った少女二人を眺め、男たちは舌舐めずりをする。
『へへっ、どっちからいただこうかな』
その言葉に真っ直ぐ反応したのは親友の方だった。
『あたしから! ……お願い。藤は大会が近いの……!』
勿論、叫んだ。やめてくれ。その子に手を出すな。犠牲になるなら自分が。
しかし興が乗った男たちを翻すことは出来なかった。
男たちに覆い被され、少女の姿が見えなくなる。
だが藤もまた、男の餌食になる。
――嫌だ。汚い。気持ち悪い。
痛みと苦悶に泣き叫ぶ。だが野卑な笑みを浮かべた男の手を振り払うことは出来ない。心が先に力尽きていた。
暗転。手を伸ばした先に転がっているのは、惨憺たる親友の姿。
顔は青黒く腫れ上がり、手足は形を失い、白い肌には斑点のような焦げ痕。清らかだった少女は、その尊厳の全てを汚し尽くされていた。
『……苦しいよ、藤……』
それが親友の最期の言葉だった。少女は苦痛という苦痛を無理矢理味わされ、この世を去った。
『あ……あぁ』
直後、救助が訪れた。だがその時には何もかも遅かった。
男たちは逮捕され、極刑が決まったが、それで心が晴れることも無かった。
――せめて、苦しまずに死なせてあげるべきだった。
いつからか、そう思うようになった。
情けない自分では、彼女を守ることは出来なかった。
ならばせめて、痛くないよう、苦しまないよう、速やかに死を運ぶべきだった。
何度も叩きつけられ、血が滲んだ拳に誓った。
苦しみを取り除こうと。無理ならば、早く終わらせようと。
それが、自分が生き残った意味なのだと。
まったく別の、どこかの路地裏。
マスクをし、ジャージを着込んだ藤の足元には数人の不良が転がっている。
そして最後の一人を締め上げる藤の革手袋が嵌められた両手は、返り血で真っ赤に染まっていた。
『ひぃっ……やめて、許して……』
『……お前みたいな奴らは、全員地獄まで苦しめ』
腹に向け、思い切り拳を叩きつける。不良は血を吐き出し、地面に倒れ伏す。
死にはしない。だが傷つけられた内臓は一生治らないし、寿命を大きく縮める。後十年。いや一年。あるいは数ヶ月後。不良はどのみち死ぬ運命だ。それが分かるくらいには、この手で叩きのめしてきた。転がる不良、全てがそうだった。
『……うぅ、あぅ』
呻き声。その主は、路地裏の壁にもたれ掛かる女性のものだ。
女性は酷い有様だった。衣服は乱れ、殴られた顔は鼻の骨が折れている。端に転がる注射器の数は、一度に投与されていい量を遥かに超えている。後遺症は、きっと一生残るだろう。
『………』
このまま生き残っても、見るのは生き地獄だ。
そう判断した藤は、その血塗られた両手を女性の首にかける。
『ぁ……かはっ』
『………』
こきり。女性の首は、容易く折れた。
藤は手を合わせ――無論、女性だけに――その場を後にする。
『苦しみを……終わらせる……』
譫言のように、呟きながら。
彼女と出会った時、復讐の依頼なのだと思った。だから深く考えず頷いた。
真実を知り、しかし藤は揺らがない。
――終わらせる。苦しみ、全て。
それが、彼女の願い。
《 Gallows Unbreakable 》
《 悲劇を止める! 何故?
敵を絶滅する! 何故? 》
黄金の奔流が放たれ、激突する。
膨大なエネルギーが爆ぜた。銀姫が悲鳴を上げる。才姫が口角を上げる。
だがその残滓が晴れた時、そこにいたのは。
「だから、力を貸して。藤」
黄金を防いだのは、紫の腕甲。刺々しいそれで残滓を振り払って立ち上がる血姫は、大きく違う装いに身を包んでいた。
「アンタの苦しみ、少しだけ分かった。全部は分からない。分かる訳無い。でも、それでも――」
同じく紫の胸甲。両頬に入った入れ墨のような同色の亀裂。
間違いなく、藤の――焉姫の似姿。
だが黄金を防いだ重厚な腕甲は、よく見れば焉姫よりも巨大だった。しかも、焉姫に無かった特徴も存在している。
佇む血姫の背後から、ぬうっと巨大な影が鎌首をもたげた。それは彼女の尾。しかし倍は太く、大きくなっている。外骨格めいた紫の装甲に覆われたそれは蛇というより――竜の如し。
まるで、藤が限界を超えて力を貸しているようで。
「アタシもまた、友達を失いたくは無い」
痛みが消えた。祝福しているようなそれに、意気が漲る。魂が昂ぶる。
立ち向かう力を、受け取った。
「だから、この力。アタシの
全てを真っ向から受け止め、凌駕する。純粋な武力の化身。
仮面ライダー血姫・アンブレイカブルフォーム。
「征くよ、藤!!」
竜が、吠え猛る。