仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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六日目-3 落ちる太陽、来る明日

「お、お、お!」

 

 獣じみた雄叫びを上げながら、血姫・アンブレイカブルフォームは才姫に向かって猛進した。

 技術や小手先はいらない。両手の巨大な篭手を盾にしながら一直線に突撃する。

 

「使ったか! けど!」

 

 それに対し黄金の鎧を纏う才姫・チェンジリングフォームはオーラを溜め、それを剣の振りに乗せて放った。空飛ぶ斬撃と化したオーラは、過たず血姫に着弾する。

 岩だろうが鉄だろうが熔解する熱量を持つ黄金のオーラ。しかしそれを真正面から受けて、血姫は健在だった。

 

「何!?」

「ガアアァァァッ!!」

 

 歩みは止まらない。至近距離。血姫は紫の重厚な腕を振り上げ、怪獣めいた爪で才姫を襲う。

 暴風を纏ったその一撃を才姫は辛うじて大剣を盾に受ける。だが膂力で負け、大剣は大きく弾かれた。

 

「ウッ!?」

「そこだァァッ!!」

 

 その隙を見逃さず、血姫はもう片腕を突き込んだ。紫の爪が、無防備となった才姫の鎧を切り裂いた。

 黄金の輝きに、数条の線が刻まれる。

 

「グッ! 鎧が!?」

 

 ダメージを受けたというその事実に、才姫は驚愕した。黄金の鎧は、それまでほとんど無傷だった。銃弾を受けても、槍で突かれてもまるで動じない。金剛不壊という言葉が相応しい堅牢ぶり。それに、瑕疵がついた。

 つまり今の血姫は、才姫に傷を与えられるだけの攻撃力を秘めているということになる。

 

「オオオォォ!」

「くっ、まずいわね……!」

 

 迫り来る剛腕を下がって躱しながら、才姫は思案した。焉姫の力。才姫が唯一明かせていない手札。その存在は最初から懸念していた。

 焉姫とは戦ったことがある。とはいえそれは小手調べ程度の物だった。相手は本気で攻めず、故に才姫の本来のスピードで全て躱すことが出来た。しかし隙を見せなかった為に才姫側から痛打を与えることも出来ず、そのまま時間となった。

 その程度の情報だったが、それでも推測出来る性能はある。攻撃は掠りもせず、武器も無し。スピードは才姫に遠く及ばない、純粋なパワータイプ。拳で殴ることしか出来ない、鈍重な猪。そう予想していた。

 その予想は、確かに当たっていた。だが、計算外だったのはそのパワー。まさかバイク三台の爆発に無傷だった乖姫の鎧に傷をつけるとは。

 

「仕方ない、ここは一度撤退……」

 

 まずい状況に、才姫は撤退を決断した。誘い込んでおきながら下手を打ち、逃げ出すことに多少矜持が傷つくという思いはある。だがそれを冷静に判断し、最後に相手を踏み越えて笑えればそれでよしと考えるのが輪花という少女の在り方だった。卑怯汚いは弱者の戯言。故にプライドなどという何の役にも立たない物を土壇場で捨てられる。

 だがその為に退路へ向かおうとした足元に、弾丸が跳弾する。

 

「! 銀姫……!」

 

 撃ったのは当然、銀姫・スカベンジフォームだ。両手で銃を構え、才姫に狙いを合わせている。その立ち位置は、才姫と退路となる通路の間だった。

 

「逃がさない!」

 

 退路を塞ぎながら、銀姫は更に銃弾を放つ。胴を狙ったその銃撃を、才姫はステップを踏んで辛うじて躱す。

 そう、躱す。今まで真正面から受けてきた銃弾を。

 

 効かないと分かっている銃弾を受ける余裕すら、今の才姫には無いということだった。

 銃弾のダメージは鎧に阻まれてほとんど届かない。だが皆無では無い。衝撃だ。激突したエネルギーは衝撃となり、才姫の足を止める。ほんの僅かとは言え、止まってしまうのだ。それは血姫の剛腕を同時に相手している中では致命的だった。血姫が自身に届きうる攻撃をしてくると分かった以上、銃弾すら受けられない。回避するしか無かった。

 

「面倒な……!」

 

 歯噛みする才姫を余所に、銀姫は姿の変じた血姫に話しかけた。

 

「爽!」

「……大丈夫、朔月。アタシは正気だよ」

 

 心配げな銀姫の声に、獣じみた暴威を一時収めて血姫は応える。アンブレイカブルフォームになってから溢れる力が戦いへ駆り立てる。だが爽本人の思考は極めて澄み渡っていた。

 藤が力を貸してくれている。

 何となく、爽は実感していた。

 

「このまま押し通す。朔月は、援護よろしく!」

「うん、分かった!」

 

 押している好機を逃す理由は無い。

 すぐさま二人は攻勢を再開する。

 

「グッ、コイツらぁ……!」

 

 才姫からすると、堪った物では無い。受けきることが難しい血姫の剛腕に、銀姫の邪魔。またも連携だ。息を合わせ連動する二人が、単体では勝るはずの才姫を追い詰めていく。

 アンブレイカブルフォームだって、決して攻略は不可能では無い筈なのだ。この形態の血姫は明らかに遅い。本来の素早さが失われた才姫よりも遥かに劣る。今はインレンジに持ち込まれているから気にならないだけで。

 だからさっさと離れ、遠方から黄金のオーラを飛ばし続ければあっさりと倒せる。いくらかは耐えられても、あれだけの攻撃だ。ずっと無傷で耐えられる訳がない。安心安全に処理が出来る。

 だが今は無理だ。その道を、銀姫の銃弾が邪魔をしている。

 

「小癪、過ぎる……!」

 

 単体なら訳がない。なのに、こうも追い詰められる。

 苛立たしさに、才姫の頭は沸騰寸前だった。

 

「ガアァッ!」

 

 どう切り抜けるかに思考を巡らせる才姫に、吠える血姫が飛びかかる。風圧を纏いし剛腕。重い紫の拳はしかし、大剣の腹で受け止められた。そのまま腕に力を籠めて押し込むが、僅かにしか動かない。腕力の差は、実はそれ程でも無いのだろう。

 

「グウウゥ……!」

「ケダモノめ……!」

 

 耐えるべく、才姫も力を籠める。互いに力むことしか出来ない拮抗状態。動けるのは、一人だけ。

 

「はぁっ!」

 

 がら空きとなった才姫の背中を、銀姫は銃で撃った。所詮中身は素人である銀姫は銃撃が得意という訳では無い。だが今、的は止まって動かない。ならば当てるのは児戯に等しい。両手でしかと狙いをつけた銃弾は過たず着弾する。

 

「グッ!?」

 

 背中に走る衝撃。痛みは無いが、全身で対抗していた才姫のバランスを狂わせる。

 その隙に合わせ、血姫は一気に押し込んだ。

 

「オオオォォ!!」

「グウゥッ!」

 

 バランスを崩したことで足の踏ん張りが失せ、たたらを踏む。足場が崩れれば人の身体は脆い。才姫は耐性を整える暇も無く押され、遂には大剣を弾かれた。

 盾を無くし、がら空きとなった胴体へ紫の拳を叩き込む。

 

「ガアァッ!!」

「ゴフッ!?」

 

 まともに入るボディブロー。今までに感じたことの無い衝撃が才姫の全身を突き抜けた。今までは高速移動で攻撃を躱すか、手に入れた乖姫の圧倒的な防御力でやり過ごしてきた才姫に取って、初めての痛打であった。

 

「グ、ウ、ゥ」

 

 腹を押さえ、よたよたと後退る才姫。当然、血姫にとっては追撃のチャンスだ。

 

「オオォッ!」

 

 引き絞った拳を振り抜く。再び迫る重撃。だが流石に真正面。才姫は覚束ない足取りながら回避しようとして――

 

「させないっ!」

「ギィッ!?」

 

 足を撃たれ、強制的に止められる。

 拳の圏内に留まってしまった身体に、拳は容赦無く叩きつけられる。

 

「ガハァッ!!」

 

 今度は胸を打つストレート。力任せのテレフォンパンチが、黄金の胸甲を撃ち抜く。

 そしてその表面に――罅が入った。

 

「馬鹿、なっ……!」

 

 金剛不壊。そう思われていた乖姫の黄金の鎧。だが今、それが――

 

「ガアアアァァァッ!!」

 

 頭を振り上げて叩きつける、三発目。渾身の頭突きがトドメを刺した。

 胸甲が、砕け散る。

 

「あり得ない、乖姫の鎧を……!」

 

 音を立てて四散する煌めく欠片を、信じられないと見つめる才姫。獣じみた猛攻が、騎士王の鎧を打ち砕いた。そして衝撃を殺しきれず、才姫はそのまま壁に叩きつけられた。

 

「ハァ……!」

 

 それを見届けて、ようやく血姫は動きを止めた。疲労を感じさせる濃い息を吐き出す。

 乖姫の鎧を砕くほどの並外れたパワーは、実は単純なスペックによる物では無い。

 無論、腕力の強い焉姫を元にしたアンブレイカブルフォームは相応の膂力を秘めている。そのパワーはライダーの中でも随一だろう。だがそれでも、重厚な乖姫の鎧を破壊するには不足だ。

 その不足を、血姫は筋肉のリミッターを外すことで補った。

 

 人間の身体は、常に全力を出している訳では無い。疲れないよう、そして痛めないよう無意識の制限がかけられている。それは生活していく上で不可欠な物だ。無くなれば、あっという間に筋肉は擦り切れ千切れてしまう。

 それを血姫は意図して無視した。普通は出来ない筈だが、アンブレイカブルフォームとなった今なら出来た。

 しかしそんなことをすれば当然、己の身体を破壊してしまう。

 

「……ッ!」

 

 手足が引き攣る感覚を覚え、顔を顰める血姫。筋繊維が千切れ、骨が悲鳴を上げているのだろう。

 だが痛みは無い。無痛。それが焉姫の能力であり、その力を受け継いだアンブレイカブルフォームの力だ。

 己の全てを擲ち、犠牲とする。

 なるほど、藤から託されたに相応しい力だと血姫は口元を薄ら歪めて自嘲した。

 

「こんな、筈が……」

 

 視線の先で才姫が叩きつけられた壁からよろよろと起き上がる。随分とショックを受けているように見えた。

 頭脳明晰を誇る才姫でも、乖姫の鎧を攻略する術は見えていなかったのだ。少なくとも真正面から打ち砕くような策は。故に絶大な自信を持っていた。自分の頭脳と無敵の鎧。この二つが揃えば万が一は無いと。

 しかしその自信ごと、鎧は砕かれた。

 無敵の幻想は、もう無い。

 

「真衣は、貴女に力を貸してくれないみたいだね」

「……何ですって?」

 

 そんな才姫を見てポツリと呟いたのは銀姫だった。

 

「爽を見て、分かった。多分、グレイヴキーには意志がある。薄らと、残滓めいた……でも、心が残っている」

 

 グレイヴキーを使ったときに垣間見た、白い空間。そこに浮かぶ少女。そして問いかけと、流れ込む記憶。それは恐らく、少女たちの残り香だ。

 未練であり、恨みであり、愉悦であり……心が、残っているのだ。

 

「それが……何!?」

「だから、選ぶんだ。力を貸すか、否か」

 

 心がある。故に、意志がある。

 ならば選ぶ権利もまた、ある。

 

「何ですって……!?」

「爽を見てれば分かる。藤の力……焉姫の力は、明らかに私たちより出ている。多分、藤が爽に力を貸しているんだ」

 

 今まで銀姫が使用したグレイヴキーと比べても、血姫の力は段違いだ。

 その理由を、銀姫は藤が血姫を、爽のことを認めているからだと感じた。

 藤は彼女なりに胸の空くような決着の末、笑って逝ったと聞いたから。

 

「だから他のグレイヴキーがそうじゃ無いのは、きっと……」

 

 ならば何故、今までのグレイヴキーは違うのか。

 そちらの理由も、銀姫は分かっていた。

 

「……私たちのことが、好かないんだ」

 

 志那乃も。ナイアも。銀姫自身が手をかけた相手だ。自分の手で殺し、その命を絶った。

 それは同時に、二人の願いを叶える機会を潰したということでもある。

 志那乃の親愛。ナイアの愉悦。彼女たちの後悔も、楽しみも、この手で奪った。

 ならばその力を望んで貸す訳が無い。

 だからきっと、銀姫が今まで使ったグレイヴキーでは本来の力が引き出せていなかったのだ。

 

「っ!!」

 

 才姫が固まる。それは、同時にいくつものことを理解したからだった。

 銀姫の言う言葉に納得した。だから血姫が脅威だと再確認した。そして……自分には不可能だと、確信してしまった。

 

「だから、貴女には絶対無理だ」

 

 銀姫も断言する。

 

「自分以外の全てを無駄と切り捨て、拒絶し孤高を選ぶ、輪花。誰もを見下し踏み躙る貴女には、誰も応えない!」

「ぐ、ぐうぅぅ」

 

 反論が出来ない。才姫の頭脳であっても。

 何故ならソレは、この上なく的を得ていたからだ。

 

 飛天院輪花にとって己の以外の全ては踏み台だ。天才である自分に蹴落とされ、追い越され、そして屈して認め崇めるだけの矮小な存在だと、輪花は本気で信じている。

 故にこそ、誰かと絆を紡ぐことなど無い。あるとしても一時的な利害関係。それもハナから切り捨てることを考えた、駒としての利用。

 それは不変。輪花が輪花である限り。

 だからこそ、才姫にはグレイヴキーを真に使いこなすことは出来ない。

 

「貴女は真衣を認めなかった! だから真衣も、貴女に力を貸すことなんて無いんだ!」

「だ、黙れぇぇっ!」

 

 叫び才姫は、認めたくない論説を払うかのように大剣を振るった。

 

「だったら屈服させてやる! 私こそ最上最強至高の存在だと、お前らを屈服させてなぁ!」

「――やってみなよ」

 

 歯軋りせん勢いでそう捲し立てる才姫に対し、血姫は悠然と拳を構える。託された、紫の拳を。

 

「アタシだって、友情のつもりなんて無い。ましてやそれを誇る気も」

 

 朔月の言葉は、真実かもしれない。藤もまた、そう思っていた。

 しかしかといって、それを誇らしいとかは到底思えなかった。どう言い繕ったとしても、爽が藤を殺めて手に入れた力であることに変わりは無いのだから。

 だが、それでも。

 

「それでもアンタを潰すまでは、絶対倒れない!」

 

 この場に立つ血姫の覚悟。ここで才姫は終わらせる。

 再び己の手を血に染めようとも、必ず。

 

「は……あぁ、勘違い、しているみたいね……」

 

 ガラリと音を鳴らし、才姫はめり込んだ壁から身を起こす。半面の下から覗く表情には、怒気が表れていた。

 

「確かに予想外の抵抗に遭っている。そこは褒めてあげるわ。私より遥かに劣る身でよくもやる……けど、それでもこの場を制し、願いを叶えるのは……この私、飛天院輪花だァ!!」

 

 才姫もまた、倒れられない。どんなに独りよがりであっても、願いを持っているからには。

 銃を構えそれを静かに見つめる銀姫だって、ここから退くつもりは無い。だから三人は激突するしか無い。誰かが命を潰えさせる、その時まで。

 

「グ、オオオォォ!!」

 

 戦闘が再開する。口火を切ったのは才姫。痛みで軋む身体を叱咤し、大剣を振り上げる。そこから迸る剣風が、二人の動きを止めた。

 

「くっ!」

 

 苦し紛れに銀姫が銃弾を放つ。だがブレた銃口は狙いを付けられず、銃弾は見当違いの方向へ飛んでいく。動きを遮られなかった才姫は、そのまま剣を血姫へ向け振り下ろした。

 刃と共に炸裂する黄金の光。だが血姫の身体が溶解するような事態にはなっていない。太い紫の尾が、受け止めたからだ。

 表面が赤熱化しじゅうじゅうと耳障りな音を立てていながらも、血姫の致命には届かなかった。紫の分厚い装甲が血姫を守った。

 

「ウ、ガアアァァ!」

 

 そのまま尻尾に力を籠め、押し返す。力比べは血姫に軍配が上がり、大剣は上へと克ち上げられた。

 だが、その時には既に才姫は片手を大剣の柄から離していた。

 尻尾というガードが失せ、がら空きとなった胴体へその片手を抉り込ませる。

 

「ガッ!」

 

 黄金の手が血姫の喉輪を掴む。いくら重装甲なアンブレイカブルフォームでも、首までは装甲に覆われていない。そのまま力を籠め、握りつぶそうとする才姫。

 しかし背後から聞こえる風を切る音に、慌てて片手の大剣を振り回す。

 甲高い金属音が鳴り響く。大剣が弾いたのはチャクラム。体勢を立て直した銀姫が才姫の気を引くために投げた物だった。

 あえなく弾かれてしまったが、気を引くという事には成功した。血姫は動きの止まった才姫の手を掴み、自分の首から力任せに引き剥がす。

 そしてその首を、力任せに振り抜いた。

 

「っらぁっ!!」

「あぐっ!!」

 

 頭突き。仮面と仮面が激しくぶつかり合う。散る火花はすぐに消え、微かに遅れて硬質な音が迷宮に響き渡った。

 そしてその勢いで二人は地に転がり、泥臭い殴り合いに縺れ込む。

 

「ああぁっ、潰れろぉ!!」

「ぐ、貴女がねェ!!」

 

 本能のままに拳を叩きつけ合う。何か物を考え戦い方を組み立てるという段階を一切踏まえず、ただ獣性の赴くまま鉄拳を振るう。ガードが空いたら考えずにそこへ打つ。殴られたと思ったらその瞬間に殴り返す。肉を打つ鈍い音と装甲が砕ける甲高い音。二つの音色が単調なリズムを作り出す。

 もつれ合っている為に引き金を引けず、銀姫はその殴り合いを見届けるしか無い。

 

「あ゛あああぁぁっ!!」

 

 そして勝利したのは、才姫であった。殴り合いでは痛みを感じない血姫に長がある筈だが、その上でなお勝った。彼女の自負と気迫が能力差を超えた。どれだけ傲慢でも才姫もまた、是が非でも願いを叶えんとする少女なのだ。思いの強さは血姫にも負けてはいない。いやむしろ、人を殺める罪悪感などとは無縁故にいっそ混じり気が無く、より純粋とすら言える。

 故にその拳は多少の痛みでは鈍らず、血姫の顔面を叩いて大きく吹き飛ばした。

 

「がはっ!」

 

 口から血を吐きながら、吹き飛ばされる血姫。だがこちらもまた、戦意は些かも衰えていない。

 

「負ける……か。ここで、負けてたまるか!」

「しぶとい、奴め」

 

 それを見て、才姫は考える。この場を打開するもっともよい手段は何か。

 血姫はしぶとい。無痛の能力と合わせその耐久力は、全てのライダーの中でトップクラスと言えるだろう。現に潰し合いになっている。倒せるとしても消耗戦の末に、だ。

 それでは駄目だ。まだ銀姫が残っている。ギリギリの攻防の末に勝ったとしても、銀姫にトドメを刺されるだけだ。

 だから考える。自分がこの場で、勝機を掴む方法を。

 そして――思いつく。

 

「……ハッ。我ながら、明晰な頭脳というのも考えものね……」

 

 嘲笑。それは自分に対して浮かべた物。

 冷たい笑みに口角を歪めながら、才姫は黄金のオーラを高めた。

 

「っ、また遠距離攻撃? させない!」

 

 銀姫が銃を撃つ。ここに来ても黄金のオーラによる遠距離攻撃はまだ厄介だった。だが大剣に纏わせる暇を与えなければ、撃つことは難しい。だからその牽制の為に引き金を引いた。

 だが銃弾は弾かれる。否、溶解する。他でもない才姫から放たれるオーラによって。

 

「!? え……」

 

 呆然とする。何故なら、これまでそんなことは無かったからだ。

 確かに黄金のオーラは物質を溶かす程の熱量を持つ。だが、才姫が身に纏っている内にそれだけの熱を持つことは無かった。それは恐らく単純な話で、自分自身がその熱にやられることを防ぐ為だろう。ある種のリミッターだ。

 だが、今。

 それが外されている。

 

「自分ごと……!?」

「本当に、本当に癪。貴女たちみたいな相手にこんな手を使うなんて虫唾が走るわ。けどね――」

 

 膨れ上がっていく黄金。まるでその空間全体がオーブンにかけられているかの如く熱されていく。炙られ陽炎を生み出す空気の中心で、破裂寸前のオーラを纏って才姫は吠える。

 

「負けることはもっと嫌いなのよ!!」

 

 才姫が選んだのは自爆覚悟の暴発だった。

 

「アハハハハッ、ハハハハァーーッ!!!」

 

 黄金が弾ける。爆熱を撒き散らし、三人が戦っていた部屋を蹂躙していく。オーラはその中心の才姫は勿論、二人を津波のように飲み込んだ。

 

「ああ゛ぁああぁぁーーっ!!」

「ぐうううっ!!」

 

 身を焼かれ絶叫を上げる銀姫と、痛みは無いが炙られる不快感に歯を食いしばる血姫。だが黄金は辛うじて耐えようとする二人を嘲笑うかのように勢いを増し、台風に煽られる細木めいて二人を吹き飛ばした。

 

 埋め尽くす黄金が晴れた時――そこには煙を上げる三人の身体が倒れ伏していた。

 

「あ……ぐ……」

「く、これほどとはね……!」

 

 三者とも元の姿に戻っていた。グレイヴキーは排出され転がっている。度を超えたダメージに限界を迎えたのだろう。

 銀姫も才姫も立ち上がれない程のダメージを負っている。だがもっとも悲惨なのは血姫だった。

 

「ぎ、あ、ああ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 アンブレイカブルフォームの変身が解けたことで、無痛の効果が切れてしまった。それまで痛みを無視し続けてきた代償を血姫は払わされていた。

 今灼かれた痛み。それまでの傷の痛み。限界以上に筋骨を酷使した痛み。それらが一挙に襲い掛かる。

 

「あ゛、があ、ぁぁぁ……」

 

 神経が軋み、視界が明滅する。辛うじて気絶しないのはライダーの力によるものかはたまた意志力か。だが三人の中で一番深刻なダメージを受けていることは明白だ。

 だから、立ち上がったのは銀姫と才姫だった。

 

「う、ううぅぅ」

 

 細剣を手に銀姫は身を起こした。纏った襤褸マントはいっそうに煤けており、幽鬼のような出で立ちは更に見窄らしいものになっていた。フラつく足を杖とした細剣で支え、どうにか立っている。

 

「ハハ、ハハハハ」

 

 才姫は哄笑しながら立ち上がった。爆心地にいた分、その有様は相応に酷い。装甲は融解し、口元は半分焼けただれていた。露出した歯茎をカチカチと打ち鳴らしながら、それでも才姫は自力で立った。

 

「アハハハハハハッ!! 酷い物ね、自分で呆れかえるわ! 無様なものよ! だけど、だけどこれでようやくゥッ!!」

 

 異様となった口元を歪めながら、才姫はまだ立っている銀姫に迫る。ダメージ故に才姫の足取りは重かった。かつてのスピードが面影も無い。それでも執念で足を運び、銀姫を狩る為に歩を進めた。

 

「お前にトドメが刺せる、銀姫ィ!!」

「ぐ……輪、花」

 

 迫り来る才姫に細剣の切っ先を向ける。だがその剣尖は定まらない。握力も切れかけていた。

 後まともに振るえるのはおそらく一回か二回。限界まで振り絞ってもそれだけ。だがやらねばならない。ここで才姫を倒さねば次は血姫の番だ。

 

「せめ、て」

 

 ここで死ぬかもしれない。銀姫は熱で浮かされた思考でぼんやりとそう考えた。今までの戦いで何度そう思ったか分からない。だが今回はいつにも増してそう思った。確信と言ってもいい。

 だけど、それでもよかった。

 

「爽、だけは……」

 

 呪われた自分が生き残るよりかは、せめて。

 こんな自分を許し、共感してくれた――

 

「友達、だけはっ!!」

 

 細剣を振り上げる。

 差し違えてでも、才姫を討つ。その気迫だけで剣を持ち上げた。

 

「あああぁぁっ!!」

 

 才姫はもう目前。お互いに避ける体力は無い。必中。これで終わる。

 だが。

 

「――ハハァッ!!」

 

 才姫の笑みが深まる。とても死を前にしたとは思えない顔で。

 疑問に思って銀姫が手を止めるより早く、それは起こった。

 手の中から、細剣の重みが消える。

 

「……えっ……」

 

 細剣は銀姫の手をすり抜け、見えない手が掴んでいるかのように浮いていた。ふわりと浮き上がった細剣は、宙をクルクルと回って――才姫の手の中に収まる。

 

「なん、で」

「ハハハ、アハハハハッ!」

 

 呆然とする銀姫を前に、勝利の確信を得た才姫は笑い声を響かせる。

 

「切り札は、最後まで取っておくものよォ!!」

 

 これが、才姫の残した最後の手札。

 相手の武器を奪う力だった。スピードはただのスペックで、これこそが才姫に用意された本当の異能。

 才姫に武器は無い。焉姫のように武器の代わりとなる腕甲すらも。他には皆用意されていたのに。何故か。それは、敵の武器を奪って使うためだった。

 他人の何を掠め取ってでも自分が良ければ全てが構わない、輪花らしい力。

 

「そん、な」

 

 得物を剥ぎ取られた銀姫に為す術は無い。

 

「これで私の勝ちだァ!!」

 

 最早化け物めいた笑顔を浮かべ、才姫は奪った剣尖を銀姫へ向けた。

 

 それを血姫は――ようやっと立ち上がった身体で見ていた。

 

 身体はまだ痛む。神経は軋みを上げ、全身の血が沸騰しているように感じられる。けれどもこの状況で寝ていられる訳も無く、精神に鞭を打ってどうにか立ち上がった。

 

「―――」

 

 体感時間が引き延ばされたのか、銀姫に剣先が迫る光景が鈍化して見える。血姫はその中で、重い足を一歩踏み出した。銀姫の元へ向かおうとする。だが、遅い。剣が届くまでに間に合うかどうか。

 

「――ぁ」

 

 足取りは水の中にいるかのように重い。踏み出すごとに激痛が走るその歩みの中で、血姫は――爽は、決断を迫られていた。

 

「――ぁ、あ」

 

 決断の一つは、剣を取ること。その剣で才姫を討つこと。

 だがそうすれば剣を手に取る時間分、間に合わない。辿り着くのは銀姫が貫かれた後になるだろう。

 銀姫が死んだ後に才姫を斬り殺す。そうすれば、血姫がこの戦いの勝者だ。

 願いを叶えられる。

 

 もう、一つは――

 

「――あぁあ、あああぁぁっ」

 

 生き残ればいい筈だった。それで願いを叶えることが本望の筈だ。勝って、弟の――快の足を治す。その為には殺人をも厭わない。だからこの戦いに心身を投じたのだ。

 他には何も要らない。切り捨てた。故にこそ人を殺す非常な決断を下せた。どう思われようと構わない。恨まれてもいい。家族のために、他全てを失う覚悟を決めた。

 それでいい。それでいい筈だ。

 

「――ああああああああ」

 

 ならば何故今、自分は駆け出しているのか。

 間に合わなくてもいいのに。才姫が銀姫を殺した後、その猶予で奴を斬り殺せばそれでいいのだから。何も急ぐ必要は無い。

 そもそも才姫の後には、銀姫とも戦う予定なのだ。どのみち殺し合う関係。だったら今生かしたところでデメリットしかない。血姫にとっても、銀姫にとっても。

 

 理性は、そう言っている。ずっとそう叫んでいる。

 なのに。

 

「うあぁあああああぁぁぁぁっ!!」

 

 心は、まったく聞いてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ずぶり。

 生々しい肉の音がした。

 料理の時には聞くような。いやそれよりも湿っぽくて嫌な感じの音。

 

 それは、自分の身から聞こえる筈だった。本来は己の得物である細剣に貫かれ、自分の心臓が最後に奏でる音になる予定だった。

 

 だというのに。

 

 何故目の前に立ち塞がった血姫から聞こえるのか。

 

「――そ、う?」

 

 自分を庇うように手を広げこちら側に身体を向ける者の名前を、銀姫は呆然とした声で呼んだ。

 少女は応えるように笑みを浮かべた。

 

「なんで、だろうね」

 

 こぷりと口から血が溢れる。胸からは銀の剣が飛び出していた。周りからはジワジワと血の染みが広がり、生温かい熱が漏れ出していく。

 

「アタシにとって大事な物って、他に無い筈だったのに」

 

 血姫は、爽は、少女は、笑っていた。自分で口角が上がるのを感じ、まるであの時の藤みたいだと思いながら。

 

「酷いよなぁ」

 

 そして広げた手が、だらりと下がり、

 

「あとから、出来るなんて」

 

 血姫は、凭れるように倒れ伏した。

 

「そう? ――爽?」

 

 傷ついた身体で支えることなんて出来ず、銀姫はそのまま巻き込まれるようにして膝をつく。思わず血姫の身体を受け止め、抱きしめるようにしながら。

 腕の中で変身が解ける。赤い光は粒子となり散って消えた。爽の横顔が露わとなる。目は閉ざされて、開かない。赤い髪がハラリと落ちた。

 

「クッ!? なんで、コイツ――くそ、抜けない!」

 

 その反対側では、才姫が細剣を抜こうと四苦八苦していた。だが胸の中心まで深々と刺さった剣は、中々抜けそうに無い。

 それをどこか遠い出来事のように見つめながら、銀姫は語りかけた。

 

「爽? ねぇ、起きて、爽」

 

 抱き止めた手で揺さぶる。反応は無い。熱が抜けていく感触が返ってくるだけだ。

 

「なんで、こんなことしてるの。だって爽は、弟の為に戦ってたんでしょ? それだけの為に戦って、私だって殺すつもりだったんでしょ?」

 

 揺さぶる。揺さぶる。返事は、無い。

 

「だったら、私のことを守る必要なんて無かったのに。見捨ててくれれば――それで、私だって本望だったのに」

 

 やがて剣を抜こうとした才姫が諦め、柄から手を離したことでその身体がゆっくりと傾いでいく。銀姫の手からすり抜けた爽は、その傍らに力なく倒れ伏した。

 

「それなのに――なんで?」

 

 何も言わない。

 死者は何も語らないからだ。

 

「あぁ、もう!」

 

 呆然と爽を見つめる銀姫の前で、才姫が苛立たしげに火傷痕を掻き毟る。

 

「こんなグダグダな! もっとスマートにいく筈だったのに! 私の華麗なる逆転劇が台無しよ! こんな、クズの所為で!」

 

 ゲシ、と。

 才姫の鬱憤の溜まった蹴りが爽の身体を揺らす。

 

「やめ、て」

「なんでコイツは庇ったのよ!? 自分の利になんて何にもならないのに! 死ねば何の意味もないクセに、無防備に突っ込んできて! 頭おかしいんじゃ無いの!?」

 

 何度も蹴りつける。その度に軽くなりつつある身体は傾いだ。

 

「やめて、よ」

「ああもう! 最悪よ! こんな痛い思いまでして、こんな無様な決着!? あり得ない、天才である私の経歴を汚すなんて。この世にいない方がマシな奴なんて本当にいたのね。いい勉強になったわ」

「やめてよ!」

 

 叫ぶ。そして、突き飛ばした。

 ボロボロだった才姫はそれで呆気なく吹き飛んで、尻餅をついた。

 

「い、っつう! 何するのよ!」

「なんで、なんで分からないの?」

 

 銀姫は、ふらりと立ち上がった。

 

「爽は、私を守ってくれた。こんな、価値も無い私を。もっと大切なものがあった筈なのに」

「ええ、そうね! まったくだわ!」

 

 才姫も怒りによって立ち上がる。己の美しい決着を台無しにされた憤怒で。

 

「間抜けな死に様よ! 自分以外の誰かの為に死ぬなんて、ちゃんちゃらおかしいわ! 最初から死んで当然のクズだったってことよ!」

「……そうだね。最初からいない方がいい人はいるんだね」

 

 仮面の下にある銀姫の瞳は窺い知れない。だが幽鬼の如きその出で立ちに浮かぶ仮面の複眼は、まるでぽっかり空いた眼窩のように何の感情も映し出してはいなかった。

 

「それは貴女で、そして私だ」

 

 故に銀姫は、血姫の背から飛び出した細剣の柄を握った。

 

「――だから、私がやらなきゃいけないんだ」

 

 答えは出ていた。

 力を籠めると、細剣は驚くほどあっさりと抜けた。それを見て才姫が驚きの声を上げる。

 

「なんで、私の時はビクともしなかったのに」

「さぁね。自分で考えれば? 頭が良いんでしょ」

 

 言い捨てながら、銀姫は細剣を握り込む。

 刃は血塗られていた。血姫の赤い血だ。銀の光を覆い尽くし、曇らせ濡らしている。

 

「お願い、爽。もう少しだけ、私に力を貸して」

 

 その言葉が響いた瞬間、剣が淡く輝いた。

 するとまるで血が染み込むように、刃に赤い色が移っていった。銀が赤に変わっていく。

 予想外の光景に才姫が間抜けな声を漏らした。

 

「は? なにそれ。血を吸って……まさか、刺した相手の力を吸収するの? いや、命……? 命を吸い上げて強化される剣……!?」

「へぇ、やっぱり頭がいいね。そうなんだ」

 

 全然知らなかった。機会がなかったのだ。今までは戦いを避けてたり、あるいは一撃で戦いを終わらせていたから。

 何の能力も無いと思われた細剣に秘められた真の力。それがようやく発露した瞬間だった。

 

 ヒュンと血払いする。だが刃から一滴も血は飛び散らなかった。銀姫は無性にそれを嬉しく思った。爽の命が無駄にならなかったようで。

 

「く……来るな!」

 

 才姫は手を翳した。もう一度細剣を奪い取る為に。

 だが迸った力が剣に纏わり付こうとした瞬間、炎が煙ってそれを打ち消した。まるで何かが守っているかのように。

 

「な……」

「うん。一緒にいこう、爽」

 

 最後の切り札が通じず絶句する才姫を前に、銀姫は紅蓮の細剣に語りかけた。

 そして刃を振り上げる。

 

「ま……まだだ、私は!!」

 

《 Intelligence Execution Strike 》

 

 マリードールをなぞり、本当に最後の切り札――必殺技を励起する才姫。

 黄色い光が右脚に集まり始める。

 

「こんなところで終わる訳がない! 必ず私の才覚は響き渡り、世に君臨する世紀の大天才になる! 死ぬ訳がない。死ぬなんてことは!!」

「それが貴女の願いなんだ」

 

 無感情。応えながら銀姫もまたマリードールをなぞる。

 

《 Silver Execution Finish 》

 

 同様に銀姫の剣に光が漲る。だがそれは、銀姫が本来纏う銀の色とは異なっていた。

 赤い、血のような光。

 

「でも関係ない。私の答えは変わらない」

 

 光は炎となる。煙り、剣を守るように覆っていく。

 

「爽が私を守った。だから貴女を殺す」

「訳の分からない、理屈を!!」

 

 才姫の明晰な筈の頭脳は、最期まで銀姫を理解できなかった。

 

 蹴り上げる。振り下ろす。互いの光が激突しあう。

 強烈な光が洞窟に満ちた。爆発めいた閃光の嵐。それは一瞬の出来事。

 

 鬩ぎ合いもまた、一瞬だった。

 

「は……?」

 

 才姫は呆然と見送る。

 自分の半身が、灼かれながら離れていくのを。

 

「は、あ? はぁ?」

 

 衝撃で仮面が割れる。露わになった瞳は傍らに落ちて燃え上がる右半身と、倒れた残りの自分の身体を交互に見た。だが分からない。頭が理解を拒んでいる。

 

「あ、ぎ、あああぁぁ?」

 

 やがて炎が広がり、ゆっくりと自分を覆い尽くしていくごとに激痛を感じ始めた。痛みは脳髄へ突き刺さり、強制的に理解させる。

 致命傷だと。

 

「何、故。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故」

 

 考える。だっておかしい。自分は天才だ。そこらの凡夫とは違う。明晰で有能で怜悧で優等で柔軟で深謀で遠慮で切れて溢れて輝いて。だからやがて君臨するのだこの世界に。そうでなければおかしいのだ。幼い頃から一を聞いて十を理解出来た。他の誰にも出来ないことだった。母親から天才と持て囃された。父親は理解しなかった。だから自分を置いて出て行った。母親はそれから泣きじゃくるばかりになった。だから見切りをつけた。ひもじかった。自分で稼いだ。成績を常に頂点に保ち奨学金で市内最高の唯祭高校にいった。在学中だがすでにいくつも論文を発表した。もう既に海外からは声がかかっている。類い希なる才能を認められつつあった。これからだ。これから輝かしい毎日が待っている。いずれは必ず自分の才覚を世界が万人が認める。だが待ちきれないのでおまじないとやらに手を出した。利用できる物は何でも利用する。勝ち残る筈だった。自分は誰よりも優れている。障害なんて無い。今までも、これからも。ずっと。ずっと。

 

 なのに、何故。

 

「あああああああああああああああああああああ痛いあああああああああああああああああああああ熱いあああああああああああああああああああああ怖いあああああああああああああああああああああ酷いあああああああああああああああああああああ何であああああああああああああああああああああどうして」

 

「あ」

 

「死ぬのかぁ」

 

 そして飛天院輪花は、焼かれて灰となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……爽」

 

 輪花が燃え尽きていくのを見送って、朔月は振り返った。

 変身を解除してゆっくりと爽へと歩み寄る。足取りはフラフラとして、どこか夢うつつだ。

 横たわる身体の下から血の染みが池のようになっている。もうそれ以上広がることは無い。

 

「爽」

 

 血に汚れることを厭わず、すぐ傍にへたり込む。そっと青白い頬に手を這わせると、冷たい感触が返ってきた。氷のように冷たい、本能的にぞっとする手触り。

 

「終わったよ、爽」

 

 答えない。言葉は洞窟に反響して消えていく。

 

「もう誰もいない。誰も生き残っていない。私は、一人ぼっちだ」

 

 声は誰にも届かない。聞き届ける者は誰一人残っていない。全員、死んだ。

 

「なんでだろうね。なんで願いなんてない私が生き残ったんだろう。強いて言っても下らない想いしかない私が。他のみんなを差し置いて、どうしてだろう」

 

 顔をなぞっていく。瞳は安らかに閉じられていた。唇は笑みさえ浮かべている。満足そうな、死に顔だ。

 

「ねぇどうして――私なんかを守ったの? 爽」

 

 答えない。置いて行かれた者に答えなんて無い。

 

 朔月はぼーっと考えた。

 思えば奇妙な関係だった。

 初めて会ったのはバトルの参加者が一同に介した時。その頃から不思議と気になってはいた。しかし堂々と宣戦布告するその態度から、仲良く出来るとは思っていなかった。

 変わったのはやはり、転校してきてからだ。それからほんの短い間、自分たちはクラスメイトで……友達だった。

 会話して、心を通わせた。

 殺し合った。けど共闘もした。背中を預け合うと不思議と安心できて、二人でなら何でも出来る気がした。

 家族のことを話すと泣かれてしまった。初めて人を抱きしめて慰めた。誰かを自分の事のように想える、愛情深い人であることを知った。

 探した。心配した。その後裏切られたかと思ったら、しかしそうでは無いと分かって安心した。

 一緒に寝て、お風呂に入って、ご飯を作って、笑い合って。

 気付けばたくさんの涙を見せていた。取り繕わない裸の心を晒していた。

 朔月は友達が多い。人との関係を友情にしか見い出せなかったからだ。誰もが大切で、だがその誰よりも、深く、濃密だった。

 親友……だったのかもしれない。

 それを知るよりも早く、爽は逝った。

 

 何度考えても、爽が自分を庇った訳を朔月は理解出来なかった。

 爽には爽の願いがあった。家族の、弟の足を治すという願いが。それを叶える為に戦いへ身を投じた。傷つきながら、覚悟を決めて。家族のために。

 一方で朔月には何も無い。親から早く独り立ちしたいというささやかな変身願望で戦いに巻き込まれ、大した覚悟も無く人を殺めた。誰も救えなかった。ただの罪人だ。

 家族のために戦った爽。何も無い朔月。

 どちらが生き残るべきか、明白だったのに。

 爽が生き残ってくれるのなら、ここで終わっても別に良かったのに。

 

「……爽は、酷いなぁ。こんなの、死ぬよりも残酷だよ」

 

 朧気に何も答えない遺体を見下ろす瞳からは、涙すら流れない。

 悲しいのに。苦しいのに。それ以上の虚無感が、心を覆い尽くしていた。

 何故、自分だけが。何の意味も無いのに。

 

 それからしばらく、沈黙があった。洞窟に流れる冷気は相変わらず、されどより冷たく感じられる。

 俯いた少女と動かない死体とただの燃え滓。微動だにせず少しだけ時が流れて、そして。

 

『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪』

 

 やはり場違いなほどに明るい、巫山戯た声が鳴り聞こえた。

 

『本日のバトルは終了でーす♪ 運命の六日目。今回の死者はー……?』

 

 ノーアンサーのアナウンス。相変わらず神経を逆撫でするようなそれを、これ以上無いほど無感動に朔月は聞き流す。

 

『なんとなんと、二名! 仮面ライダー血姫こと竜崎爽と、仮面ライダー才姫こと飛天院輪花! この二人が死亡でーす!』

 

 事実を突きつけられた。友達と呼んだ人が本当に死んだのだと。夢に思うことすら許されない。脳髄は疼いたが、それに反応できるだけの感情がもう無い。

 

『さてさて! これにてライダーバトルの参加者は残り一名! ようやくここまで辿り着いたわね! いよいよってところかしら?』

 

 だが、続く言葉で朔月は顔を上げた。

 

『では、また明日! あでゅー♪』

「え……?」

 

 もう、朔月が最後の一人だ。ライダーバトルの果て。この一人になることこそ、少女たちは夢見ていた。

 だというのにまた、明日。それはつまり。

 

「まだ……終わってくれないの……?」

 

 呟く言葉は呆然として。

 洞窟に満ちる冷気よりも冷たく響き渡る。

 

 朔月は、まだ終われない。

 戦いは続いていた。

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