仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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七日目-2 銀色の答え

「ああ゛あ゛ぁぁぁぁっ!!」

 

 叫びながら銀姫は砲弾が降る間を疾駆していた。砲撃するのはノーアンサーの戦闘態、ウォーダムド。体中からいくつも生えた砲塔から高威力の弾丸を連続で発射している。雨霰のように降り注ぐ砲火を掻い潜り、銀姫はウォーダムドへ接近していく。

 

『ふふふっ! 下手な鉄砲は当たらないってところかしら? 度胸があるわね』

 

 砲撃はコンクリートを薄氷のように打ち砕く程高威力だが、命中精度は高くなかった。現に真っ直ぐ接近してくる銀姫に掠りもしていない。だがウォーダムドに、正確に言えばその胸のモニターに浮き上がるノーアンサーの表情に焦りは無かった。

 

『じゃあこれならどうかしら?』

 

 そう言うと今度は頭から煙が噴き出した。それは噴射だ。潜水艦の如き頭部。そこに目のようについた穴から何かが煙の尾を引いて飛び出してくる。

 白い筒状の物体は緩やかなカーブを描き、正確な狙いで銀姫へと着弾した。

 

「ぐあっ!」

『ふふっ、追尾性のミサイル……魚雷よ。それ、足が止まっちゃってるわ!』

 

 砲弾とは打って変わって追尾する魚雷の命中精度は高い。爆発は銀の装甲で受け止めたものの、衝撃で走りは止められてしまった。そこへ狙いを付け直した砲弾が殺到する。

 

「あぐうぅっ!!」

 

 容赦無く降り注ぐ砲撃の嵐。銀姫を中心として幾重にも爆発の大花が咲き誇り、硝煙の匂いを撒き散らしていく。

 

『おっと、やり過ぎちゃったかしら? 木っ端微塵になって……』

「まだ、だっ!!」

 

 あっという間に決着がついてしまったかとウォーダムドが砲撃の手を止めた途端、舞い上がる粉塵を裂いて銀姫が飛び出してくる。

 

『あら……流石に丈夫ね』

「ごほっ、はぁ、はぁ」

 

 無傷では無い。銀の鎧はひしゃげ、爆炎が身を焦がしている。銃弾をほとんど無傷で受け止められる銀姫の装甲でこれだけのダメージを受けてしまうこと。それこそが砲撃の威力がどれ程なのかを物語っていた。

 流石にこれを受けきることは出来ない。そう思い、銀姫はベルトへ手を回した。

 

『使うのかしら? 貴女が殺してきた命の欠片を』

 

 だが冷酷な言葉にピタリと手が止まる。

 

『グレイヴキー。その正体も、薄々分かってるでしょう? それは死んだ存在の一部を封じ込めることが出来るアイテムよ』

 

 確かに銀姫は今まで何度もグレイヴキーから死者の念を感じ取ってきた。銀姫自身が殺してしまった者。死を見過ごしてしまった者。どちらも触れる度に切なくなる。

 

『フォームチェンジした時記憶が流れ込んでくるのは紛れも無い本物の意思があるから。だからこそ……』

「……だからこそ、力の強さが変わる」

 

 ノーアンサーの言葉を受けて銀姫は確信した。腰に下げた六つの鍵。それらは意思を持ち、変身者へ力を貸すかどうかを決めている。鍵選びは、慎重でなくてはならない。

 銀姫のベルトには六つのグレイヴキー全てが揃っていた。この中から現状を打破する物を選ばなくてはいけない。今、銀姫が欲したのは機動力だ。魚雷も砲撃も躱し、ウォーダムドへ肉迫できるスピード。であるなら、選択肢は二つ。

 才姫と、血姫。

 

「――お願い」

 

 迷わなかった。どちらが力を貸してくれるか、そしてどちらと一緒に戦いたいか。考えれば一瞬だった。

 手に取るのは赤いグレイヴキー。魔術めいた紋様と炎を纏いし蛇の意匠。

 

「あんな奴に、貴女の命が玩具にされたなんて思いたくないから!」

 

 差し込む。途端に流れ込む、彼女の意志。

 

 

 

 

 

 

 

 もう慣れつつある白い空間。そこに浮かび赤い髪を広げる少女の姿を見て、朔月の胸は刺されたように痛んだ。

 自分を庇って死んだ、爽の残影。

 半透明の爽は何も言わずじっと見つめてくる。そこに負の感情は何も無い。怒りも、恨みも、何も。

 ただ伸ばされた手が、まるで背中を押すように。

 そっと、触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

《 Gallows Blood 》

 

《 守護(まも)るは希望 誰の?

  叶えるは野望 誰の? 》

 

 歪んだ電子音声が響かせる。彼女の束の間の帰還を。

 銀姫の死神のローブめいた襤褸。それが真っ赤に染まり、新品のように綺麗になる。ほつれ一つないそれは、血姫のローブそっくりだ。

 臀部からは爬虫類のものらしき尾が生えていた。これも血姫と同じものだが、血姫よりも長い。巨蛇の胴体の如き長い尾は、空中で蜷局を巻いて銀姫の身体を守っている。

 露出した両頬に赤い入れ墨が浮かび、変化が終わる。それは仮面の下にまで続いているようで、まるで血涙のようにも見えた。

 

 銀姫・ブラッドフォーム。

 

「征こう、爽!」

 

 血の色の外套を纏い、赤き銀姫は駆け出した。

 今まで変身した時のように流れ込んでくる記憶が無いことに、銀姫は左程の疑問を持たなかった。今更伝えることは何も無い。そう言っているのだろう。

 だから今は、一心不乱に駆ける。それが彼女の力を墓穴から無理矢理引き出した自分の義務だと信じて。

 

『あら、そっち? よりスピードの速い才姫かと思ったけど』

 

 一気に踏み込んで加速する銀姫に対し、慌てることも無くウォーダムドは砲撃を再開した。爆炎が地を削り、鮮烈な破壊痕を残す。だがそれらは掠ることすら無い。銀姫の通常形態ですらそうだったのだから、より素早くなったブラッドフォームでは残像すら穿たれない。だから、その足を止めるべくまた魚雷が発射される。

 

「はぁっ!」

 

 白い軌跡を描いて迫り来るそれを、銀姫は尻尾を鞭のようにしならせてはたき落とした。鋭い一撃が信管を起動させて、爆発に巻き込まれるより速く引き戻す。血姫の物よりも長いその尾なら可能だ。

 

『へぇ』

「やっぱり、爽は!」

 

 銀姫の立てた仮説は正しかった。グレイヴキーに遺された意志。死者と心を通わせていればいる程に能力は上がる。その理屈が通るなら、銀姫にとって血姫の力は最高の相性になるのが道理だ。

 

「ぜやぁっ!」

 

 裂帛の気合いを叫び、今度は地面を尻尾で打ちその反動で飛び上がる。一気に空中に飛んだ赤き銀姫に対し、ウォーダムドは冷静に砲口を向ける。

 

『馬鹿ね、逃げ場のない空中で!』

 

 弾ける砲火。容赦なき連射が下降し始めた銀姫を襲う。飛行できる訳でもない銀姫では躱す術を持たない。

 

「お願い!」

 

 だが迫る砲弾をまたもや弾き飛ばしたのは尻尾だった。尾は銀姫を守護するように球状に彼女を覆い、砲弾をその沿革に反って受け流した。火薬の詰まった砲弾は明後日の方向へ逸らされ爆散する。銀姫には炎の匂いすら届かない。

 

『! 流石に予想以上ね』

「やああぁぁっ!」

 

 そのまま砲撃を凌ぎ驚愕を露わにするウォーダムドへ向かって一直線に落下。肉迫する寸前で解いた尻尾の防御の中からは、両手に双剣を握った銀姫の姿が現われる。空を切る音と共に双閃が奔った。

 

「みんなの、仇ぃ!」

 

 怨念憤怒によって振り抜かれる剣。

 だがそれが残したのは、甲高い金属音のみだった。

 

「……え」

 

 銀姫の剣を握った両腕は弾かれたように打ち上がっていた。万歳の形になった己を顧みること無く、銀姫の複眼は目の前の仇敵を呆然と眺める。ウォーダムドは何もしていない。何も変わっていない。ただ、威迫を伴って迸った剣閃が、その装甲に呆気なく弾かれたというだけだった。

 

『……ふふふっ!』

 

 体勢を崩した銀姫。そこにウォーダムドは、嘲りながら前蹴りを放った。

 

「がふっ!!」

 

 重い蹴撃が腹部に突き刺さる。踏ん張ることも出来ず銀姫の身体は吹き飛ばされてゴロゴロと転がっていく。その途中で保護するように尻尾が簀巻きめいて全身を覆ったが、止まったのはしばらく転がされた後だった。

 

「が、ぐ……剣、が」

 

 尻尾の防護を解き、剣を杖にして銀姫は起き上がる。その刃先は大きく欠けていた。ライダーの武器が壊れるのを、銀姫は初めて目撃した。

 

『あはははっ! 傑作ね。当然よ。一番大事な私の身を傷つけられるような物を貴女たちに配るわけないじゃない。幼稚園児のおままごとにはプラスチックのフォーク、でしょう?』

「ぐ……そんな」

 

 剣の勢いは鋭かった。銀姫がいつも振るう細剣より威力が出ていただろう。だが、弾かれた。それだけ硬い装甲。

 銀姫は確信してしまった。あの装甲には、ただの武器攻撃は絶対に通じない、と。

 

『うふふ、残念ね。折れちゃった? 剣じゃなく、心が』

「っ、まだ、だ!」

 

 蹴りを受け鈍痛が広がる腹部を庇いながら、銀姫はそれでもしかと大地を踏みしめ立ち上がる。確かに通常攻撃が通じないという事実は銀姫の心に重くのしかかる。だがそれでも、試すべきことが残っている限り銀姫の脳に諦めの文字が浮かぶことは無い。

 即座にマリードールへ指を走らせる。

 

《 Blood Execution Finish 》

 

「はああぁぁぁ……!」

 

 歪んだ電子音声が鳴り、構えた双剣に赤い炎が煙っていく。普通の攻撃じゃ通じないなら、大出力の必殺技だ。

 

『ま、そう来るわよね。でも悪くない発想よ。いえ、普通ならそれも通じないところだけど、予想以上の適合を見せる貴女たち(・・・・)だとちょっと不安が残るのも事実……』

 

 双剣に炎が漲っていくのを見てウォーダムドは呟いた。ノーアンサーはライダーバトルを開催するにあたりしっかりと安全マージンを取っていた。つまり自分を傷つけ死に至らしめるような力をライダーたちには配ってはいなかった。それこそライダーの力を満足に収集できていない初期には力負けする危険性はあったが、充分に集めて一応は満足できる戦闘体を造り上げた今なら問題ない。必殺技であろうと正面から受け止められるだけの力量差が存在した。不意打ちで受けても、精々が装甲の表面に焦げを作る程度で終わる。そういう想定。

 だがそれだけ対策した上でなお、抜群の相性を見せる銀姫・ブラッドフォームの必殺技ならその想定を越えうるかもしれない。そう判断したノーアンサーは、

 

『だから、使わせないわ』

 

 まるで処刑の指示を下すように、モニターの中で指を振り下ろした。

 瞬間、フォンと小さな異音がウォーダムドを中心に一瞬だけ広がった。

 

「ああぁぁぁ……えっ?」

 

 双剣を握りそれを振り下ろさんと気合いを高めていた銀姫は呆気にとられた声を上げた。何せその刀身から、忽然と炎が消えてしまったからだ。まるで蝋燭が吹き消されたかのように音と共に失せてしまう赤い炎。

 

「なん、で」

『ふふっ! 必殺技が危険なら、対策していない訳がないじゃない』

 

 呆然とする銀姫に対し、ノーアンサーは戯けたようにウォーダムドの駆体を操ってコツン、と頭を叩いた。

 

『ジャミングという奴よ。私、ウォーダムドから発せられる波動(ソナー)はミサキドライバーを狂わせるの。これ以降、ベルトへの入力は一切機能しないわ』

「そんなっ……!」

 

 何度触れようとドライバーはウンともスンとも言わない。せめてグレイヴキーをパワー型の物に差し替えようとして鍵を抜く。それだけは上手くいき銀姫は元の姿に戻ったが、乖姫のグレイヴキーを嵌め込もうとすると反応しない。完全に入力を拒絶している。必殺技は使えず、新たな姿にはなれない。それはつまり、逆転の手段を全て失ったということだった。

 

『ふぅ。でもコレやるともうつまんないのよね。終わりにしちゃいましょう』

 

 画面の中のノーアンサーはしらけた顔をしてそう言った。ウォーダムドの片手にある砲塔が一瞬だけ分解し、露わになった手がマリードールをなぞる。

 

《 Master Ship Delete End 》

 

 銀姫とは違う、しかし同じように必殺を告げる電子音声が鳴り響いた。

 銀姫に対抗する手段は無い。怯え竦む銀姫の目の前で、砲塔に様々な色をしたオーラが漲っていく。

 

『遊び終わったら、綺麗さっぱりお掃除しなくちゃね』

 

 そして全ての砲塔が、一斉に火を噴いた。

 だが発射されたのは弾丸では無い。ダムドだった。見慣れたイナゴのような白い面を被った異形。それが顔だけ顕現し、後は煙のように黒く尾を引いている。ダムドの砲弾。

 異形の弾丸は銀姫の命の気配を捕捉し、群がる餓狼めいて殺到した。

 

「う、あ」

 

 迫り来る異形たちに銀姫は脱兎の如く逃げ出した。なりふり構わず後方へ。しかし無念の内に死んだ魂、その滓は執拗だった。諦めず、無理な軌道を書いて追尾する。それはまさしく、生者を恨み仲間に引き入れようとする亡者であった。

 

「ひっ……!」

 

 着弾。黒い爆炎が勢いよく燃え上がる。その衝撃はビルを揺らし、威力を物語る暴風を振りまいた。

 

『いっちょ上がり、ね……おやぁ?』

 

 ダムドを利用した一撃。ダムドが死したライダーの無念から生まれるのであれば、その力を吸収し己の物としたウォーダムドからはいくらでも生み出せる。その理屈から放たれた、生者を追う怨念の砲撃。それは理屈から言って必中である筈だった。

 だが黒炎の下からは、変身が解けた朔月の姿が転がり出してきた。

 

「かっ、げほっ、が、うぅ……」

『おかしいわね。なんで原型が……あぁ、そう言えば貴女にはそんな力があったわね』

 

 朔月は煤に塗れ服がボロボロになってはいるが、五体満足ではあった。あの技の爆心地にいてその程度で済まないことを知っているノーアンサーは首を傾げたが、自分が与えた銀姫の性能を思い出して得心した。

 ブラッドフォームを解除し元の姿に戻っていたことが功を奏した。銀姫は本来の自分の能力、ダムドの追跡を遮断する襤褸の力を使用。その結果ダムド砲弾は標的を見失い、銀姫とは少し離れた場所に着弾した。それ故、銀姫は直撃を免れたのだ。

 だが間近ではあった為に、銀姫の変身は解除。朔月も甚大なダメージを負ってしまった。

 

「が、ふっ」

 

 喀血する。口を切ったのか内臓が傷ついたのかすら分からない。肌もあちこちを擦り剥き、爆風で転がったことで打身だらけ。全身が痛くて、今の自分の身体がどうなっているのかすら分からなかった。

 立ち上がれず、激痛に痙攣する朔月を見下ろしてノーアンサーは肩を竦めた。

 

『ビックリしたけど、お終いはお終いね』

 

 どう見ても戦える状態では無い。トドメを刺すのは容易だろう。

 しかしウォーダムドが砲塔を向けることは無かった。

 

『でも折角生き残ったんだし、チャンスをあげるわ』

 

 ノーアンサーにとって、この殺し合いはどこまでも彼女の趣味だったからだ。

 

『そうね……一時間ほど待ってあげる。それまでに自死なさい。そうすれば願いだけは叶えてあげるわ。でももしまだ刃向かう気なら……竜骨の下で相手してあげる。その時は愚か者に相応しい、惨たらしい死を与えましょう』

 

 そう言い捨てて、ウォーダムドは背を向け去って行った。

 

『いい答えを期待しているわ』

 

 後に残されたのは、襤褸切れのようになった朔月だけだ。

 

「あぐ、うぅ……」

 

 しばらくは痛みに蹲ったままだった。黒い残り火と破壊痕が残る道路の真ん中で子犬のように震えていた。だがそれも収まり、立ち上がれるだけの体力が戻ってくる。

 フラフラと起き上がりながら、朔月は爽と話した傷の治りが早くなっているという話を思い出す。

 

「……化け物、か」

 

 実際は、そうですら無かった。ただの収穫物。散ってノーアンサーの養分になるまでに痛んでは面白くないからという、それだけの話。それだけで、朔月の身体は既に人間では無い。

 フラつきながらも歩き出す。その姿は如何にも見窄らしかった。制服は煤けた襤褸切れとなり、朔月自身も血と煤に汚れきっている。乱れた髪から覗く瞳は虚ろだった。

 歩みは竜骨へ向かっていた。ただし、ノーアンサーに立ち向かう為では無い。

 当てもないだけだ。

 

「……はは」

 

 全部、無意味だと知ったから。

 ライダーバトルは全部茶番だった。最初から勝者と呼べるようなものは存在しなかった。ただの、ノーアンサーの菜園。自分たちはただの収穫物で、彼女を楽しませるだけの玩具だった。

 激情に駆られ仇を討とうとしてみたが、結果はこの通りだった。最初から敵わないよう計算されていた。何をしたところで、既に意味が無かった。

 選べるのはせめて願いを叶えるかどうかくらいだが、その願いも朔月には無かった。

 

「みんなを、生き返らせるとか?」

 

 呟いてみる。確かにそれなら、叶える価値はありそうだ。

 

「いや、駄目だろうな。だってライダーの力を収穫するのが目的なんだし」

 

 しかしノーアンサ-の目的がそもそも参加者を皆殺しにするということなら、その全員を生き返らせてくれる可能性は低いように思えた。わざわざ素材を減らすようなことをするだろうか。多分、否だ。

 だとしたら、本当に何も無い。

 

「あはは……」

 

 引き摺るようにしながら、ただ歩く。竜骨を目指すのはただの惰性だ。願いが無いから、自死をしないだけ。

 そうして歩いていると、何やら華やかな通りに入った。鮮やかな服やケーキが、ショーウィンドウに綺麗に飾られている。商店の並ぶ通り。

 

「綺麗、だね」

 

 つい近づいて、手を当てて眺めてしまう。友達とこんな物を見て楽しく笑い合った日々が、まるで遠い日の出来事のように思えて。

 そんな風に憧憬に思いを馳せていたからか。

 ショーウィンドウを歩く、誰かを幻視したのは。

 

『ふぅん。情けない顔をしてるね』

 

 飾られるカジュアルなファッションのマネキン。その肩に肘をかけ朔月を見下ろしているのは、

 

 志那乃だった。

 

「え……?」

『っていうか、格好も汚い。ボロボロじゃん。ざまぁみろって感じだけど、純粋に見てて嫌になるんだけど』

 

 ショートカットでパーカーを着込んで、顔を顰めているのは確かに志那乃だった。ただし、まるで背景を写し取っているように透けている。

 慌てて朔月は振り返るが、そこには誰もいない。目線を戻すと確かにいる。さながら鏡の中にいるような、不確かな姿の少女。それが今の志那乃だった。

 

「なんで……」

『さぁね。最後の最後に文句を言える場所をくれたんじゃない?』

 

 つまらなそうに志那乃はそう言って、改めて朔月を見下ろした。

 

『無様だね。ボクを殺しておいて、そんなザマ?』

「………」

『そんなになるんだったら、最初からボクに願いを譲っておけばよかったのに』

 

 志那乃はそう吐き捨てた。それに対し、朔月は申し訳なさそうに顔を歪める。

 

「その、願いは」

『あぁ、生きて叶えられなかったって言うんでしょ。全部知ってる。でもボクなら、それでも叶えたけどなぁ』

「えっ……」

 

 驚き目を瞠る朔月。志那乃は目線を隣に向ける。

 そこには親子を模したマネキンが飾られていた。

 

『……『ボクのことを忘れて欲しい』。ボクのやらかしを消すための願いだったけど、それを拡大してそう願っただろうね。ボクのこと、全部を忘れてもらう。そうすれば、もうボクのことで怒ったり泣いたりすることなんて無いだろう?』

「なんで、そこまで」

『せめて二人には、穏やかに過ごしてほしいからだよ』

 

 理解出来ず零す朔月に、志那乃は遠い眼差しでマネキンを見つめながら答えた。

 

『親不孝者だからね……せめて、それを精算しようとしただろう。ボクがお前の代わりにそこに立っていたら、さ』

 

 そこには確かな愛があった。本当に、両親を敬愛する眼差し。朔月には絶対に存在しないもの。あんな両親には、絶対に抱けない感情。

 だが、しかし。

 それを持てたなら、何か変わったのだろうかと。

 羨ましくもなる。

 

『だけど、ムカつくのも確かだな~』

「え?」

『ノーアンサーのこと。ボクらを最初から騙していたなんて。いや、嘘はついていないとか言う気なんだろうけど。そこも含めてムカつくなぁ~』

 

 慈愛を含んだ瞳で見つめていたマネキンから目を逸らし、一転して志那乃は抑えきれない憤怒を浮かべた。

 

『ボクだって出来ればお父さんお母さんにもう一度会いたかったし! ボクのやらかしだけ忘れてもらって、また優等生のボクに戻って二人に喜んでもらえたらそれに勝るものは無いし! だからやっぱりムカつく。ぶん殴りたい。願い叶えてもらえないのは困るから、そこにいたら大人しく死ぬけどさぁ!』

「え、ええと……」

『だから、さ』

 

 溜息をついて、志那乃は続けた。

 

『ボクの代わりにいるんだから、代わりにぶん殴ってよ』

「え……」

『どうせ叶わないんだったら、せめて鬱憤を晴らす! その為にだったら、力を貸してあげてもいいよ』

 

 呆然とする朔月に、志那乃はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「私が、殺したこと。恨んでないの?」

『恨んでるに決まってるでしょ。でも今は、ノーアンサーへのむかっ腹が勝つから。だから忘れてあげるって話。その代わり、』

 

 志那乃は手を銃の形にして、虚空を撃ち抜いた。

 

『キッチリ仕留めてよ。獲物の仕留め方、教えてやったんだからさ』

 

 そう言い残し、志那乃は姿を消した。

 

「――志那乃」

 

 気付けばマリードールを握り締めていた。今のは、幻覚だろうか。朔月はそう自分に問う。だとすれば随分都合が良く思える。恨みを一瞬だけとは言え、忘れてくれるなんて。

 服飾店のショーウィンドウから視線を外し、進む。すると隣にはケーキ屋があった。

 ショーウィンドウにはウェディングケーキのように高く積まれた美味しそうなケーキがいくつも並んでいる。

 そしてその後ろから顔を出すように、二人の少女が現われた。

 

『一回ここに入ってみたかったんだよねー。この中でケーキを貪るのって夢じゃない?』

『どうでしょう……はしたないと思いますけど』

「ナイア、真衣」

 

 ひょっこりと現われ小皿の上にケーキを乗せているのはナイアで、それに呆れた表情を浮かべているのは真衣だった。二人とも同じ四葉学園の制服を着ている。

 真衣は朔月の視線に気付き、なんとも言えない表情ではにかんだ。

 

『はい、お久しぶり……でもないのでしょうか。でもまた会えて嬉しいです、朔月さん』

『ウチもウチもー! いやぁこんなことがあるなんてね。天国や地獄とかもあるのかなー? ウチってどっちに行くと思う?』

『それは絶対に地獄だと思いますよ……』

 

 小首を傾げるナイアと、それにげんなりと答える真衣。それはどうも、本人の反応に見えた。

 だからつい、訊いてしまう。

 

「……二人は、私を恨んでる?」

 

 その問いに、二人は視線を合わせる。そして同時に首を横に振った。

 

『別に?』

『特には……』

 

 揃って否定する。苦笑がちのその表情を見れば、それが本心であることも窺えた。

 

『私は当然、恨む理由なんて無いですよ。仇、取ってくれましたもん。むしろ呪いみたいな遺言を残して、申し訳ないなと謝りたいくらいです』

 

 真衣は上品に眉根を寄せてそう答える。

 

『ウチも殺されたことについてはどうでもいいかなー。貴重な体験だったし。っていうかウチとしては、朔月が殺して楽しかったかどうかを訊きたいんだけどっ』

 

 ナイアは前半については心底どうでもよさげに。そして後半については興味深げにそう言った。

 不躾なその問いに、朔月は憂鬱に返答する。

 

「楽しい訳ないよ」

『そっかー。残念』

 

 そう言って、ケーキを頬張る。自分を殺した相手のその態度を、真衣は複雑そうに見つめた。

 

『ことここに至っても、恨みの感情すら抱けない自分にだけ腹が立ちますよ……』

『戦えないって難儀だねー』

 

 まるで他人事のようにナイアは頷く。

 何一つ堪えないその様子に溜息をついて、真衣は朔月に向き直った。

 

『だから、私たちの敵討ちは考えなくていいです。私はノーアンサーをやっぱり恨めませんし、ナイアもどうでもいいらしいので』

『殺し合いは面白かったしねー』

『……でも』

 

 真衣は一度目を瞑り、そして意を決したように朔月へ告げた。

 

『私の願いを忌憚なく言うならば……戦ってほしい。朔月さんには諦めても、屈してもほしくない。最後の一瞬まで、戦い続けてほしいです』

『残酷だねー。それで酷い目にあったの、これまで見てきたのに?』

 

 ナイアは嘲る。その願いが呪いとなり、朔月を苦しめてきたことを。

 しかし真衣は首を横に振った。

 

『それでも、です。私は戦えず、何も出来なかった。無意味に終わってしまった。だから朔月さんには二の轍を踏んでほしくない。それだけなんです』

「真衣……」

 

 真衣は胸の前で手を組む。それは祈りだ。真衣の言葉は、願いは、どこまでも真摯な祈りから生じていた。朔月を想う、無事を願うそれだけの。

 

『ま、戦い続けてほしいってのは同意かなー』

 

 それとは正反対にナイアは告げる。

 

『ウチはもっと殺し合いが見たい! 血湧き肉躍る戦いや、剥き出しの心が傷つけ合う罵り合いが是非とも見たい! 自害なんてつまんない結末はノーサンキュー! だから朔月には戦い続けてほしいなっ!』

「ナイア……」

 

 ナイアはどこまでも無邪気に邪悪だった。己の享楽の為に殺戮を求めている。一度は嘘をついて朔月の味方に収まった少女だが、そこに一切の虚偽は存在していなかった。ナイアが求めているのは死でもあり、生でもあるのだ。

 

『ですので、朔月さん』

『だからさ、朔月』

 

 故に二人の言葉は、同じ意味に集約する。

 

『戦ってください。そして生きてください』

『戦ってね! そんで殺しちゃえっ!』

 

 そして二人の姿は掻き消えた。

 

「――ナイア、真衣」

 

 届いた言葉を噛み締めて、朔月は進む。次に見えたのはスポーツ用品店だ。

 バットやグローブ、サッカーボールなどに囲まれた中心に、道着姿の少女は座っていた。

 刀のように怜悧な空気を纏いしポニーテールの少女、藤だ。

 

『……いやぁ、私はあまり君との面識は無いんだが』

 

 そう言って、どこか戸惑ったような態度で朔月と目を合わせる藤。

 

『だが一人だけ姿を見せないのも悪いだろう。だから少しだけでも何か言おうかと』

「……うん」

 

 朔月は頷き聞き届ける。爽から伝聞だけしか知らない、少女の言葉を。

 

『私は、君の立場ならきっと自害を選んでしまったな。それで苦しみが終わるのだから。さっきみたく一当てくらいはするかもしれないが、敵わないと理解したなら、それで未練を断ち切ってこれで良しと喉を掻ききるだろう』

「………」

 

 藤は諦観を浮かべながらそう呟く。朔月は何も言えずその言葉を聞いていた。

 しかし藤は、だが、と続ける。

 

『爽との戦いで、少しだけ気持ちが変わった。苦しんで、苦しみぬいて、その先にこそ選択できる物があると、彼女の生涯を通して教えてもらった。苦しみは悪だが、そこから生まれる物も皆無ではない。そう、教えてもらった気がする』

 

 だからこそ、藤は柔らかい表情で朔月に告げた。

 

『朔月。私は君の選択を尊重する。苦しいなら終わってもいい。だがそれに耐えて足掻くのもまたいい。どちらであっても私は、その選択を讃えよう』

 

 自分は君のような人のために、戦ったのだからと。

 

『さて短いが、私はこのくらいにしておこう。もっと話すべき相手は、他にいるだろう?』

 

 そう言い残し、藤はその姿を消した。

 

「――藤」

 

 軽くなり始めた足で、次へ。

 隣にあったのは電気屋だ。いくつものモニターが所狭しと並び、眩しいばかりに様々な映像を映している。

 その映像が一斉に切り替わり、一人の少女の姿へと変わった。

 

『無様なものね。私という傑物を足蹴にしてそのザマとは』

 

 銀フレームの眼鏡をくいと上げる不遜な態度。唯祭高校の制服。見紛う筈も無く輪花だった。

 

「輪花か……」

『ちょっと? 何を残念そうにしてるのよ。私が現われたんだから拍手喝采平身低頭で迎えるのが筋でしょう』

「その二つを両立は無理じゃないかな……」

 

 変わらぬ様子に呆れかえってしまう朔月。この少女は例え地獄に行っても、変わらぬ態度で過ごすのだろう。

 

「貴女は、恨んでるよね」

『当然よ。この類い希なる天才をこんな無惨に終わらせてしまったのだから。最早世界の損失! 許されざる大罪よ』

 

 頬を膨らませながら輪花はそう告げる。

 彼女ならそう言うだろうと予想通りの答え。だからその先を朔月は問うた。

 

「でも生き残っても、その願いは……」

『そう。それなのよ』

 

 その指摘を受けた輪花は苛立たしげに足を踏み始めた。

 

『ノーアンサーの奴め。この素晴らしい才能を最初から摘み取る気だった、ですってぇ? なんて不遜なのかしら。この私を騙くらかすなんて、許せない。百回殺しても飽き足らないくらいの所業よ!』

 

 それもやはり、朔月の想像通りだ。輪花という少女は優れた頭脳を誇り実際頭の回転は早いが、その内面は一度理解してしまえばとても予想しやすい性格だった。

 烈火の如く怒る輪花はしばらく忌々しげに地団駄を踏み、そしてそれを止めると疲れたように溜息をついた。

 

『はぁ……とは言っても死んでしまっては文句も言えないわね』

 

 天を仰ぎ、眼鏡の位置を正す。落ち着きを取り戻した輪花は朔月に向き直る。

 

『だからこれは命令よ。私の代わりに、ノーアンサーをぶっ飛ばしなさい』

「……恨んでる、私に?」

『そうよ。立っている物は親でも使えと言うでしょう。……それとも諦めるの? この私に、勝っておいて?』

 

 そんなことは許さない。そう言わんばかりに輪花は朔月をギロリと睨み付けた。

 

『重ねて言うけどこれは命令よ。貴女に拒否権なんか無い。だから――負けたら承知しないわよ』

 

 そう言い残し、全てのモニターは電源を落とした。

 

「――輪花」

 

 何とも言えない気持ちになりながら、朔月は進む。

 次に見えたのは――楽器店。

 もう、朔月にも次に会える人は分かっていた。

 

「爽」

『……あんな風に別れておいて、かっこつかないんだけどなぁ』

 

 バツが悪そうに頭を掻き、ギターの後ろから現われたのはやはり爽だった。相変わらずのパンキッシュファッションに身を包んだ彼女は、死んだ時とまるで変わりない。

 

「でも私は、やっぱり会えて嬉しいよ」

『そ。……アタシも、まあ、そうだね。嫌では無い、かな』

 

 頬を僅かに染め、照れくさそうに爽は顔を逸らした。

 

「ふふっ。……ねぇ、爽」

 

 何を問うか。それを考えて。

 真っ先に浮かんだのは、やはり。

 

「……どうしてあの時、私を庇ったの」

 

 それだった。

 自分を庇った理由。弟の為に願いを叶えようとする彼女が、敵である自分を助け代わりに死んだ、その訳。いくら自問しても答えが出なかったその問いを、朔月は本人に発した。

 

『それは……』

 

 真剣な眼差しを注ぐ朔月に対し、爽もまた真摯に答えようとして、

 

『……何でだろうね』

「え……」

 

 当の本人だというのに、首を傾げてしまった。

 

『うーん。だってあのとき、時間が無かったからさぁ。咄嗟に……?』

「そ、そんなことで自分の命を、願いを諦められるの?」

 

 信じられなかった。だってあれ程に強い願いを抱いて、そしてあんなに優しい家族を残して。それなのに朔月の為に命を捨ててしまったのだ。その理由が衝動という曖昧な理由だと、朔月は信じられなかった。

 

「大切なものを、全部、捨てちゃったんだよ」

 

 家族も、弟の足も、命も。その全てを投げ出す理由にはならない。そんなことをさせてしまった自分が嫌で、朔月の表情は苦渋と悲嘆に染まる。

 しかし爽は、優しく――まるで弟にするように、柔らかく笑いかけた。

 

『全部、じゃないよ』

 

 そう言って、指差す。朔月を。

 

『アンタはそこにいるだろう』

「え……」

『だからさ、鈍いなぁ』

 

 さっき首を傾げたのは照れ隠しだよ、と。

 恥ずかしいのか頬を少しだけ染めて、ふて腐れたように顔を背け。

 言う。

 

『アンタも……朔月も、アタシの大切なものなんだよ』

 

 沈黙が流れた。

 爽は言わされたことが気恥ずかしくて口を閉じ、朔月は何を言われたのか理解が及ばずに呆けた時間。

 だからゆっくりと、咀嚼するように理解していった。

 

「え……それ、本当?」

『嘘なんてつくもんか。ホント、ずるいよね』

 

 照れ隠しにアンプの上に座って足をプラプラ遊ばせ、爽は答える。

 

『後になって大切なものが増えるなんて』

 

 それは、確かに爽が残した最期の言葉で。

 だから真実なのだと、飲み込んでしまう。

 

「なんで、私なんか」

『そこにきっと、理由なんてないよ』

 

 思い浮かべようとすれば、ない訳ではない。ひたむきなところとか。友達に甘いところとか。料理が下手なところとか。挙げようとすればいくらでも挙げられて。

 でもそうじゃないと爽は首を横に振った。

 

『人が、人であるからじゃないかな』

 

 だからこそその答えは、真っ直ぐと朔月の胸を突いた。

 

「――そっか。人……人だもんね」

『そうだよ。好きになって、嫌いになって、一人になりたい時もあって、でもやっぱりまた付き合って。それをどうしようもなく繰り返すから、きっと人なんだよ』

 

 ここに来るまでに会った彼女たちも、人だった。

 だから死んでしまった時には、殺してしまった時には胸が痛くて。でも彼女たちが抱いたのは恨みだけでもなかった。

 怒り。

 無邪気。

 祈り。

 祝福。

 憤り。

 そして……愛。

 願いを託されて、朔月は進む勇気を得た。

 

「――爽」

『うん』

「やっぱり私は、戦う。やることがないからじゃない。私自身の意志で」

『痛いし、怖いよ。また辛いことがあるかも。これから先、ずっとずっとそうである可能性だって、否定できない。やっぱりここでやめておいた方が良かったって、後悔する日もあるかもしれない』

「それでも、戦う。私の中に生まれた大切なもの。その為に命ある限り戦い続ける。それが……私の、"答え"」

 

 そっと朔月は胸に手を当てる。心臓の鼓動が聞こえた。まだ自分は、生きている。

 だったらこの胸に出来た願い(こたえ)を、果たしに行かなくては。

 

「もう行くよ、爽」

『……そっか。ちゃんと、選べたんだね』

 

 その道を選んだことを悲しげに、しかし選べたことを嬉しげに、爽は拳を突き出した。朔月は合わせる。お互いに叩いたのはガラスで、その手が触れ合うことはなかった。

 だけど。

 心はちゃんと、触れ合えたから。

 

『行ってこい――朔月』

「うん! 行ってきます――爽!』

 

 だから朔月は背を向け走り出す。

 それを見送って、爽は消える。

 もう心配ないと、笑顔を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 走る。走る。目標に向かって真っ直ぐと。

 目的もなくただ漫然と歩いていた時とは違う。確固たる足取りで。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 服はボロボロだ。全身はまだ痛い。喉はカラカラに渇いて、当たる風が傷口に染みる。

 それでも。

 生きてきた中で、一番すがすがしいのは今だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 そして息を切らしながら走って、辿り着く。

 極彩色の竜骨。その足元に。

 

『あら、案外に早いわね』

 

 街中に開けられた広場。石のタイルが敷き詰められたそこには、直立不動で佇むウォーダムドがいた。そしてその胸のモニターで意外そうにしているノーアンサーの姿。

 

『じゃあ、答えを聞かせてもらおうかしら。結局何か願う? それとも戦って残酷に死ぬ? それとも惨めったらしく命乞いをしてみる?』

「どれも、違う」

 

 嘲るノーアンサーの言葉に、朔月はまったく揺るがず首を横に振る。

 

「私は戦う。けど、負けない」

『――へぇ』

 

 ノーアンサーの瞳がスッと細められた。

 

『あれだけやっても彼我の実力差が伝わらなかったみたいね。いいわ。そこまで言うならもう少しお仕置きしてあげようかしら』

 

 ノーアンサーの意思と連動し再びウォーダムドが動き始める。このままでは、また先と同じような蹂躙劇が再開するだろう。

 しかしもう違うと、朔月は怯まずに立っていた。

 

「だって、願いを託された」

 

 キィンと、音が響いた。聞き覚えのない音にノーアンサーが眉根を寄せる。

 そして目を瞠った。マリードールが、光り輝いている。

 

『――何で? 私は、何もしていないのに』

「みんな自分勝手で、好き放題に押しつけて、満足した顔をしちゃった、それぞれの答え。でも力を貸す言質をもらったんだから、それは果たしてもらわなきゃ」

 

 輝くマリードールから、六色の光が分離した。緑。青。金。紫。黄。赤。それはスッと浮き上がると、朔月を囲うようにして浮遊した。

 

「一緒に、戦って。殺し合ったほどの仲なら、簡単でしょ?」

 

 呼応するように光は増した。そしてそれに釣られるように、マリードールの白い輝きも変質していく。

 銀色へ。

 

『何、これ。何を……っ、やめなさい!』

 

 危機感を覚えたノーアンサーはウォーダムドに砲撃させる。殺到する弾丸。だがその全ては、六色の輝きに弾かれた。

 

「知らなかった?」

 

 そして銀の輝きは収束していく。

 

「変身中の攻撃はマナー違反だよ」

 

 朔月の手には、銀色になったマリードールが握られていた。

 腰元にも光が集まって、白いドライバーとなる。その形状はミサキドライバーとは大きく違った。鍵を刺すスリットはなく、まるで荘厳な、神殿のような。

 

「――変身」

 

 朔月は銀のマリードールをドライバーに差し込んだ。今までのように鎖が巻き付いたりはしない。白いドライバーは当たり前のように迎え入れて、余った鎖は四方に走って十字架のようなものを作る。そして銀の光が、彼女の全身を覆った。

 光が晴れ、朔月の新たな姿が露わになっていく。

 

 月の光を押し込めたような銀のアンダースーツ。銀姫よりも僅かに軽装な鎧は純白で神聖な雰囲気を帯びている。襤褸はなく、代わりに青い十字架を刻まれた僧衣(クロス)めいた前垂れが腰元より伸びていた。

 そして顔に被った仮面は、以前のように半面ではない。口元には銀のクラッシャー。何故ならもう、彼女に人間でいたいという甘えはないからだ。

 聖剣のように尖った二本のアンテナと、緑の複眼輝くその仮面にもう陰鬱な空気はない。

 朔月は今、立ったのだ。与えられた宿命ではなく、自らの意志で、自分だけの仮面ライダーとして。

 

「死んでしまった彼女たち。あの子たちは人だった! 怪物でもなんでもない。だったら救うのが、せめてもの私の使命。だからその魂の平穏と、尊厳の自由の為に私は戦う! それが私の出した――"答え"だ!」

 

《 Select 》

 

《 犯した原罪(つみ)は消せない それでも

  もうどこにも(かえ)れない それでも! 》

 

《 The Answer! 》

 

 今までとはまるで違う、透き通った声が響く。

 罪という十字架を背負い、銀色の答えを携えて。

 

「お姫様はもうやめた。私は仮面ライダー……皇銀(すめらぎ)だ!」

 

 そして少女は――仮面ライダーとなった。


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