仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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エピローグ そして少女はギターを弾いた

 太陽が大きく感じられるような、暑い日だった。

 夏の陽射しも本格的になり始め、降り注ぐ日光は痛いくらいに激しい。それは午後となった今も変わらなかった。たった今授業を終えた鹿毛野高校の学生たちは、これからクーラーの効いた教室から打って変わった熱気の中に身を投げ出さねばならない不幸を嘆いている。

 

「はぁ、帰るのだるーい」

「じゃあ帰り道カフェ寄ってかない? 新しいメニュー出たでしょ?」

「いいね! あ、じゃあさ……」

 

 帰りの準備をしながらしゃべっていた少女たちが後ろの席を振り返る。

 そこにいたのは目付きの鋭い赤毛の少女だった。かばんを持ち上げた少女は二人の視線に気付いて、バツの悪そうな顔を浮かべる。

 

「……ごめん、今日も用事あるから」

「そっかー。また今度ね」

「うん」

 

 そう言い残し、少女はそそくさと教室を後にした。その背を見送りつつ、少女たちは溜息をつく。

 

「中々仲良くなれないねー」

「ま、仕方ないよ。転校してきてまだ一ヶ月くらいだもん。むしろ私たちは仲良くなってる方だよ」

 

 赤毛の少女は強面な見た目とは裏腹に、存外気さくだ。しかし最近は、何か用事が忙しいのかほとんどの人付き合いを断っていた。それゆえ転校してきてから友人と呼べるような近しい付き合いの人間はいない。一人も(・・・)

 

「そうだねー……ま、カフェの話をしようか! なんか久しぶりだから、たんと奢って上げないとね!」

「ん? ……誰に?」

「え……あれ、誰にだっけ」

 

 少女たちは違和感を覚えたが、それもすぐに勘違いだと忘れて話に花を咲かせる。

 日常は、何の問題もなく回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 待ち望んだ放課後が訪れた校舎は、騒がしい生徒たちで賑わっていた。帰宅する者、部活に精を出す者。めいめいに得た自由を謳歌して青春を刻んでいく。

 

「なんかうるさいなぁ」

 

 心なしか転校当初より騒々しいなと、竜崎爽は思って。

 

「……それもそうか」

 

 それが勘違いではないことを、校門から外に出ながら爽は思い出した。

 

 ライダーバトルの決着から、既に一ヶ月近い時が経っていた。

 

 爽の周りで変わったことは、色々とある。

 まず、在校生が増えた。それも、各学年一クラス分も。

 突然どこかから大量の転校生が雪崩れ込んできた、なんてことはない。いつの間にか、だ。そしてそれを誰も認識していない。増えた生徒たちですらもだ。

 これを爽は、ライダーバトルの犠牲がなかったことになったからだと解釈した。今まで犠牲となった人たちが、"死ななかった"ことになった。その結果、一クラス分増えた。

 つまりノーアンサーのライダーバトルは、とっくに各学年一クラスに値するだけの被害者を出していたということ。

 そして鹿毛野高校だけということはない筈だ。きっと他の高校、いや市内で、同じように知らぬ間に帰ってきた人たちが溢れている。一体人口の何割が復活したのだろう。

 

 帰ってきた人たちに特別な記憶はない。いつも通りの日々を過ごし、周りとの関係も問題なく築いている。まるで、最初からそうだったように。

 

「……あ、着いた」

 

 そんなことを考えながら歩いていた爽は、目的地に辿り着いたことに気付いた。そこは市内有数の私立校、四葉学園の正門だった。

 鹿毛野よりも綺麗な塀に、爽はまるで待ち合わせしているかのように装って背を凭れた。そして出てくる少女たちを眺め続ける。

 目当ての少女はすぐ現われた。

 

「……いた」

 

 取り巻く少女たちと朗らかに笑い合う黒髪の少女の頭には、馬を模した髪飾りがついていた。

 

「今日も堂々たる立ち振る舞いでしたね、真衣さま!」

「ふふっ、ありがとうございます。これでも王道家の娘ですから、胸くらいは張らないと」

「流石です! ……あっお車が参りましたわ!」

 

 言葉通り黒塗りの高級車が現われ、髪飾りの少女――真衣は友人たちと別れて乗り込もうとする。そんな真衣と擦れ違うようにして、校門からもう一人少女が飛び出してくる。

 

「ウチはもう帰るよ! まったねー!」

「あ、こらナイアー! 今日は委員会の、ああもう!」

「今度ねー!」

 

 何かをすっぽかして逃げ出してきたのか、小走りで出てきた二つ結びの少女は車の隣を駆け抜けていく。真衣と少女は互いの視界にそれぞれを映した筈だが、特にリアクションもすることなく擦れ違った。

 真衣は車に乗り込んで、ツインテールの少女――ナイアはどこかの路地へと逃げ込んで、二人とも爽の視界から消える。

 

「……やっぱり、二人もか」

 

 予想していた、しかし失望の溜息が爽の口から漏れる。

 あのライダーバトルを、憶えている人間はいない。

 爽以外は。

 

 ノーアンサーと朔月の決着。その次の日、爽はまるでいつも通りに自室のベッドで目覚めた。何が起きたか分からずに混乱する頭でリビングに向かうと、両親と弟の快が朝食の支度をしている。快は車椅子ながら配膳を手伝い、爽が起きてきたことに気付くと「おはよう、お姉ちゃん」と屈託のない笑みを向けてくれた。それを見た瞬間、爽は涙を流しながら理解した。自分は、帰ってきたのだと。

 

 爽にはライダーバトルの記憶があった。凄惨な殺し合いに参加したことも、自分が死んだことも、朔月の背中を押したことも全て、憶えていた。

 しかしそれは、世界で爽ただ一人だった。

 

『輪花! ライダーバトルを憶えてる!?』

『……誰かしら。私に会いたいならアポイントメントを取ってから来なさい』

 

 最初に会ったのは輪花だった。偏差値の高い唯祭高校の中でもずば抜けた天才と持て囃される輪花は有名人だったので、居場所はすぐに分かった。訪ねてみると何やら取材を受けているようで多くの人に囲まれており、その人混みの中に混ざって話しかけてみる。しかし輪花の反応はつまらなそうに無視するだけだった。ただ厄介なファンを、見なかったことにするように。ライダーバトルに関することを叫んでみても、何の反応もしなかった。最後には高校の警備員に通報され、それ以降二度と会っていない。

 

『え、志那乃!?』

『は? 誰だよアンタ。ボク知らないけど』

 

 志那乃と出会ったのはまったくの偶然だった。夜の街を歩いていたら擦れ違ったのだ。かつて邂逅した時よりも随分と荒んだ様子の彼女に爽は話しかけたが、胡乱な目付きを向けただけで立ち去られてしまった。仮にも爽は彼女の片腕を落とした相手だというのにこの薄い反応。憶えていないことを確信させるには十分だった。

 

『藤……』

『……誰か知らないが、私とあまり関わらない方が良い』

 

 藤を探すのには骨が折れた。何せ何の情報もない。それでも市内にいることを信じて、ジャージの柄やグレイヴキーの記憶を頼りにどうにか探し出した。路地裏から出てきた彼女を捉まえて、憶えているか問う。しかし藤の答えは否だった。初めて記憶にないことを断言される。彼女の纏う鋭い空気、革手袋に散った血痕などから見ても紛れもなく藤本人であることは確証できたが、ライダーバトルの記憶だけが抜け落ちていた。結局はそのまま別れ、藤は彼女の使命へと戻っていった。

 

 そして、居場所がハッキリしていたので後回しにしていた二人の様子を見て爽は確信する。

 

「あの戦いを知っているのは、アタシだけなんだ」

 

 ライダーバトルのことを憶えているのはこの世界でただ一人、自分だけなのだと。

 諦めたように天を仰ぎ、爽はその場を離れる。ここにいても、もう意味はない。別の場所へ足を向けた。

 

 向かったのはかつて語らった河川敷だった。降り注ぐ陽光を反射してキラキラと輝く河川を見下ろした爽は、とある少女の顔を思い返す。

 

「アンタに至っては姿すら見つけらんないよ。……朔月」

 

 ノーアンサーと決着をつけた少女、更科朔月は行方知れずとなっていた。

 再び目覚めたその日、爽は朔月を真っ先に探した。だが学校にも、どこにも見当たらない。

 否、それどころか――彼女を憶えている人間は誰もいなかった。朔月の名を告げても首を傾げるばかり。まるでそんな少女は最初から存在しなかったとでもいうかのように、仲よさげにしていた友人やクラスメイトすらも、誰も憶えていない。朔月のことを知っている者はどこにもいなくなっていた。

 爽は探した。朔月を、あるいは彼女を知っている人間を求めて必死に駆けずり回った。だが、今日まで成果はない。

 

 河川敷からそのままの足で爽は住宅街へ向かう。そしてとある一軒家の前に立ち止まった。

 かつて、様子のおかしい朔月を尾行して見つけた彼女の家、更科家。

 そこは今、空き家となっていた。

 

「何度見ても、表札すらないね」

 

 誰かが住んでいた形跡は愚か、もう何年もほったらかしにされているかのように痛んだ家屋だけがあった。車も表札も、何もない。かつてはそこに、冷たいながらも一つの家族が住んでいたというのに。

 それは家だけではない。友人も、教師も、在籍名簿からも、朔月の存在は消えている。

 

「これってやっぱり、最初からいなかった……ってことなんだろうね」

 

 朔月は記憶どころか、存在から抹消されていた。まるで初めから更科朔月という人間がいなかったかのように、綺麗さっぱりと。仲の良かった友人も、ライダーバトルの参加者も、おそらくは戸籍すら。何もかもが。

 

「帰ってきた人間は最初からいることになった。じゃあ逆に、帰ってこられなかった人間は……」

 

 ライダーバトルの犠牲者は普通に暮らしている。歴史ごと書き換わったかのように。それと同じように、あるいは逆に、朔月が最初からいなかったように書き換えられたとしたら。最初から……生まれなかったことになっているのなら。

 それならば、更科家が空き家になっていることに説明がつく。何故なら彼女の両親は朔月が生まれてしまったからこそ、世間体を考えてやむを得ず結婚したのだから。朔月がいないのなら夫婦になることはない。だからこの家は空き家なのだ。

 

「……ははっ。これを見たら、アンタはなんて言うんだろうね。『ザマァない』? 『清々した』? それとも……『よかった』?」

 

 乾いた笑いが湧き起こった。

 きっと朔月の父と母であった二人は、それぞれに家庭を築いていることだろう。あるいは相性の良い伴侶に恵まれて別人のように穏やかになっているかもしれない。満たされて、幸せに――朔月が、いない方が。

 

「はははっ。なんだよ、それ。まるで、まるで……朔月がいない方が、うまくいくみたいじゃんか」

 

 奥歯を噛み締める。

 世界は問題なく回っていた。人は増えて、みんな楽しくやっている。未来を断たれる筈だった人たちは各々夢を追いかけている。彼女がいたことで不幸せだった人はいなくなって、彼女がいなくなったことで不幸になった人はどこにもいない。

 ただ一人を、爽を除いては。

 

「どうして願ったんだ。アタシたちみんなの復活を」

 

 爽は察していた。これが朔月が望んだ結末なのだと。

 ライダーバトルの報酬、願いを叶える力で実現したのは――ライダーバトルの犠牲者が復活した世界。

 

「どうして諦めたんだ。自分の命を」

 

 爽は知っていた。朔月は自分を諦めたのだと。

 グレイヴキーとしての記憶も僅かながらある。だからノーアンサーの世界が消えれば残された朔月が巻き込まれるということも聞いていた。唯一のチャンスを手放せばどうなるのか、朔月は分かっていて願った。

 

「どうして――それを選んだんだ」

 

 爽は分からなかった。何故朔月が消えなければならなかったのか。

 命を賭してまで守った少女が、こんな綺麗さっぱりと。

 

「アタシはこんな気持ちになるために、背中を押したんじゃないのに――!」

 

 胸の中を形容も出来ない感情が暴れ回る。怒りも悲しみも、どれだけあるか分からない。胸がいっぱいに詰まって、破裂しそうな程に。

 自分の道を進んでほしかった。己の答えを選んでほしかった。その為にあの時、姿を現わしてまで彼女の背を押したというのに。

 

「それがアンタの答えなの、朔月ッ……!」

 

 生きていてほしかったのに。

 塀に手をつき、涙を零す。

 その理由を知っている者は――この世界に誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 ひとしきり泣いた後、爽は当てもなく街をぶらついていた。

 もう何をすればいいのか、分からない。この世に本当に朔月がいないことを、その手掛かりすらないことを思い知り、諦観が心の中に泥のようにへばり付く。

 願うことすら、出来ない。

 

「……あぁ」

 

 いっそ、またライダーバトルが起きれば、願えるのに。

 そんな考えすら頭を過ぎった。

 

 それがどんなに乱暴で、また多くの想いを踏み躙るのか、分かった上で考えてしまう。

 だって結局、誰の願いも叶っていない。

 志那乃は両親と和解できず、真衣は戦うことができない。ナイアは殺しを続け、藤は自責の念に苦しみ続ける。輪花も己の才覚を中々認めさせられないもどかしさに身を悶えさせるだろう。

 爽の願いもだ。結局、弟の足は元のまま。辛いリハビリと大好きなサッカーができない現実に、苦しみ続けるだろう。それを爽は、辛く見守り続けるしかない。

 

 その結末は、朔月自身が選んだことだ。

 

「……それでも、よかったの?」

 

 願いを叶えるチャンスは、永遠に失われた。だがその代わり、もう誰も想いを穢されない。それが朔月の選択。戦い勝ち取った、彼女の答え。

 自分の存在が、例え消えても。

 この未来が、朔月の選んだもの。

 

「………」

 

 虚しさを覚え、爽はただぼーっと歩く。

 そうしていると、一つの店舗が目に入った。

 

「……あ、楽器店」

 

 そこはギターなどを売る楽器店だった。それで思い出す。

 

「ちょっと見栄張ったんだよね……あの時」

 

 彷徨う朔月の前に姿を見せる時、爽は楽器店から現われた。

 だが実は、爽は楽器店に入ったことなどない。

 パンキッシュなファッションが好きでバンドもよく聞くが、自分が弾こうと思ったことは一度もなかった。

 それでも楽器店から朔月に語りかけたのは……まぁ、見栄だった。

 

「………」

 

 なんとも言えない、いたたまれない気持ちになった。それでなんとなく、店に入ってしまう。

 あの時張った見栄くらい、本物にしておきたかったのかもしれない。

 店に入ると、店員が挨拶してくる。

 

「いらっしゃいませ」

「あぁ、はい。……うん?」

 

 声をかけてきた店員のことを、爽は二度見した。ショートカットのその少女に、見覚えがあったからだ。

 

(志那乃!)

 

「ん? ……あぁアンタ! あの時訳のわかんないこと捲し立ててきた奴!」

 

 志那乃もまた気付く。ただし記憶が無いのでライダーとしてではなく、夜の街で意味不明なことを質問してきた不審者として。

 

「なんでここに……」

「なんでって、ボクがここでバイトしてるからだよ」

 

 言われて爽は志那乃が楽器店のマークが書かれたエプロンをしていることに気付く。名札も張られて名前の横にバイトとも書かれていた。

 家を出ているので、生活費を自分で稼いでいるのだろう。

 

「あ、あぁ……そうなの」

「相変わらず変な奴……」

 

 そう呆れた眼差しで爽を見る志那乃に、やはりライダーバトルの記憶はありそうになかった。仮にも自分の腕を切り飛ばした相手を前にして、何の反応もない。

 

「それで、何をお探しですか?」

「え?」

「え、じゃないでしょ。楽器店に来たんだから、何か探してるんじゃないの?」

 

 一度とは言え顔見知りだからか、砕けた態度で接客してくる志那乃。だが言っていることそれ自体は至極まともだった。

 

「いやその、え~っと……」

 

 当てもなく入ったことをなんとなく言えず、爽は言い訳を探して店内を見渡した。

 そしてその視線が、一点でピタリと止まる。

 

「………」

「? それが目当て?」

 

 視線が止まったところを後ろから志那乃が覗き込む。そこにあったのは壁に立てかけられたギターだった。

 三万円と値札がついた、アコースティックギター。

 

「これでいいの? 言っちゃなんだけど安物よ? ギター始めるにしろ、買い換えるにしろ、もっといいのが……」

「いや……これでいい」

 

 爽はギターの前に立つ。見上げる視線は、優しげで。

 

「理由は分からない。けど……これがいいんだ」

 

 そう言って、訝しげな表情をする志那乃へ振り返る。

 

「これ試しに弾いたりできる?」

「試奏ってこと? いいよ。でもアンタ弾けるの?」

「弾けない。だから教えて」

「はぁ? それは流石に……あ、ちょっと!」

 

 渋る志那乃の手を引き半ば強引に。どうせ買うのだからと無茶をする。

 爽は知らない。世界が変わる前、そのギターを持っていたのが誰だったのかなど。

 だけど、なんとなく――彼女を思い出したのだ。

 

(朔月。アンタがどこに行ったかなんてしらない。生きているかすら。でも、アタシは待ち続ける。この胸の想いを忘れずに、ずっと)

 

 そして竜崎爽は決意した。

 自分だけは、一生憶えていようと。

 悲しい戦いも。自分の抱いた殺意も。そして朔月という少女がいたことも。

 虚無感に苛まれることもあるだろう。さっきみたいに願いが叶ったらと思うことも。もしかしたらそれが原因で過ちを犯してしまうかもしれない。

 それでもずっと抱えて、苦しんで、これからずっと生きていく。

 

(贖罪も、後悔も、全部引っくるめてこれからを生きていく。それでいいんでしょ? ……朔月)

 

 それが爽の出した、彼女の答え。

 このギターは、その決意表明だった。

 

「はぁ……それで、何を弾くの? この間街で着ていたのがパンク風だったから、そういう感じ? でもそれアコギだよ」

「うん。だから、バラード調な感じで。多分……そっちの方が好きだろうから」

 

 だからいつか、この調べがいつか貴女に届きますように。

 そんな願いを込めて、爽はギターを弾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい風が吹きすさぶ空だった。

 季節は春に向かっているが、それでもまだ寒々しい日が続く頃。さっさと家に帰ってしまおうとしているのか、街往く厚着の人々は急ぎ足だ。

 そんな中で、一人の少女がシャッターを背にギターを弾いていた。

 

「~♪」

 

 奇抜な格好だった。弾き語りをするにしても、少々目立ち過ぎなほど。

 真っ赤なケープコートにフェルト帽。髪は月の明かりを閉じ込めたような銀に染まって、右目には眼帯を身につけている。街を歩いていれば思わずギョッとしてしまいそうなほど、目立つ姿だった。

 

「~~♪」

 

 それでもアコースティックギターを弾く少女の前に立ち止まる人はいない。その演奏が、お世辞にも上手い訳ではなかったからだ。彼女の弾くバラードはミスも多く音も乱雑で、素人レベルの域を出ない。趣味で弾くならまだしも、それで金を払おうなどとは誰も思わないほどに。

 だから彼女の曲を聴いていたのは、幼い少年一人だった。

 

「~~――……♪」

 

 そして歌はピリオドを迎えた。最後の高音を高らかに歌い上げ、曲の締めを飾る。そして最後まで聴いてくれた唯一の聴衆に、頭を下げた。

 

「おおー」

 

 少年はパチパチと拍手をする。だが歌の善し悪しなどは分かっていないだろう。だからその拍手は純粋に歌い終わったことに対しての物だ。

 

「あはは、ありがとうね」

 

 少女は苦笑しつつ礼を言った。地面に置かれた缶からには何も入っていない。流石に少年もくれないだろう。

 

「お姉ちゃん、この辺の人?」

「ん、違うよ。ここにはフラッと辿り着いただけ」

 

 話しかけてきた少年に答える。どうせ他に客はいないのだ。だったら最後まで付き合ってくれた少年にサービスくらいはしてもいい。

 

「色んなところをフラフラとしてるんだよねー……あっちに行ったりこっちに行ったり」

「ボク知ってる。それニートっていうんでしょ」

「口悪いねー。旅人って言ってよ」

 

 口さがない少年の言葉に困ったような笑みを浮かべる少女。だが確かに、定職には就いていない。この世界では(・・・・・・)

 

「就職しようにもいついなくなるか分からないんだよね。うおー明日行けば資格が取れる! っていう時に限って次の日には知らない場所にいるし」

「えー……それボケてるんじゃないの」

「ボケられるのかなぁ……この身体」

 

 少年と少女は微妙に噛み合っていない会話を交わす。

 

「っていうか、その眼帯なに?」

「ふっ、かっこいいでしょ。特注品なんだよ。中央に刻まれたクレストは女教皇を意味していて……」

「それチューニビョーっていうんだよ。いい歳した人がなると痛々しいって聞いたよ」

「本当に口悪いねー」

 

 そんな風にいくつか取り留めもない話をした後、少年は立ち上がる。

 

「お母さんが待ってるからもう帰るね。お姉ちゃんも、ちゃんと家に帰りなよ!」

「あはは……できたらそうするよ。じゃあね」

「じゃあね!」

 

 走り去っていく少年へ手を振って、見えなくなった後に少女は肩を竦めた。

 

「できたらねー……」

 

 少女――朔月は、旅人になっていた。

 

 世界の崩壊に巻き込まれた朔月だったが、そこで死ぬことはなかった。一部とはいえノーアンサーの力を受け継いだ身体だ。かつて時空を旅する船であったノーアンサーが持っていた異世界を渡る力が発動し、気付いたら朔月は見知らぬ世界に立っていた。

 そこから紆余曲折あって、今はこの世界にいる。

 

「私だって帰りたい気持ちがないわけじゃないんだよ」

 

 朔月は人目につかないよう空中へ開けた穴にギターを放り込み、独り言を呟きながらその場から去る準備を始めた。

 

「でも行き先は選べないし、そのクセ一所にずっとは留まれないし。変身したり怪我したら退去までのリミットが縮まるし」

 

 朔月は異世界を旅できる力を手に入れたが、それは少しも自由が利かない力でもあった。

 渡る世界は選べず、偶然に身を任せるしかない。その上生活をするだけでもいつかは世界から弾かれて退去することになり、しかもその時間制限は戦ったり傷ついたりすることで早まった。一つの世界に何年も留まることがあれば、数日でお別れすることもある。

 更に、時間軸すら不安定だ。戦国時代や江戸時代に跳んだこともあった。辿り着く場所も様々で、時空を旅する電車に飛び乗ったこともあれば、ライダーたちが覇を競って争い合う世界で逃げ回ったこともある。とにかく世界は多種多様だった。

 朔月の力はまだ不安定で、彼女自身も振り回され続けている。

 

「まぁ生きてるだけマシなんだろうけど、でも……」

 

 朔月は空を見上げた。

 誰かが言った。みんな同じ空を見上げてる。だから離れても繋がっている。だが朔月が今見上げている空と、彼女が想う人が見上げている空は、違った。

 

「いつかは遭いたいなぁ……」

 

 世界は無数に存在し、目当ての世界に辿り着く可能性は、限り無く低い。それこそ三千世界と謳われてるのだから。

 この身体に寿命があるかは分からない。それでもノーアンサーと同じように死はある筈だ。今のところ致命傷のような怪我を受けても世界から退去するだけだが、それもいつまで続くかは知らない。

 だから朔月がまたあの世界に戻れる可能性は、皆無といっていいほどに低い。

 

「……それでも、願うことは人間に許された自由だからね」

 

 そう呟いて朔月はいよいよその場から去ろうとした。

 その瞬間だった。

 

「きゃあーーーっ!!」

 

 絹を裂くような悲鳴。ついで聞こえる爆発音。遠くから追われるように人々が逃げてくる。何か、尋常ならざる事態が起こったらしい。

 

「……怪人かな」

 

 一見平和に思える世界。しかしそこにも、悪は潜んでいる。

 世界征服を狙う秘密結社。鏡の中から命を狙うモンスター。異世界からの侵略者。多くの世界で、様々な悪意が人々の平和を脅かしていた。

 だけど悪からは、必ずそれに立ち向かう正義が生まれる。

 

「あっ、あの子帰ったの向こうじゃん。仕方ないなぁ」

 

 口ではそう言い訳しつつも、朔月の答えは初めから決まっていた。

 何故なら彼女は――

 

 声の聞こえた方へ真っ直ぐに駆ける。彼女の銀髪が風にたなびき、宙に舞う。

 その一房は、誰かのように赤く染まっていた。

 

「誰か助けてっ!」

 

 見えた。街を破壊する怪人。逃げ惑う人々。そして――足が竦んで立てないでいる少年。

 爬虫類のような格好をした怪人は少年に目を付ける。

 

「ギャハハッ! ガキがいるなぁ……俺はガキの悲鳴が大好きなんだよなぁ」

「ひっ!」

 

 下卑な笑みを浮かべて近づき、鉤爪を振り下ろそうとする、その直前。

 

「あぁ!? んだテメェ……!」

「やれやれ。さっきまで私にわるわるな口利いてたんだから、ここでも啖呵の一つくらいは切ればいいのに」

 

 その前に立ち塞がったのは、赤いコートをはためかせる朔月だった。

 

「お、お姉ちゃん」

「ま、君は私の貴重な聴衆だからね。助けなきゃ目覚めが悪い」

 

 朔月は庇った少年に軽くウィンクをして、怪人へ向き直る。

 

「何者だ!」

「名乗る程の者じゃない。けど敢えて言うなら、私の答えはただ一つ」

 

 そして朔月は、銀色に光るマリードールを取り出した。

 

「――仮面ライダーだ!」

 

 光と共に現われ腰に巻き付く白きベルト、サンクチュアリドライバー。手にしたマリードールを叩きつけ、彼女は叫ぶ。

 

「変身!」

 

《 Select 》

 

《 犯した原罪(つみ)は消せない それでも

  もうどこにも(かえ)れない それでも! 》

 

《 The Answer! 》

 

「人類の平和と自由の為に戦い続ける。それが私の選んだ答えだから!」

 

 世界を越えて、誰かと永遠に別れても、朔月の答えは変わらない。

 何故なら彼女は、仮面ライダーなのだから。

 

 仮面ライダー皇銀(すめらぎ)は今も、どこかで戦っている。

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