仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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一日目-2 廃墟の塔の龍魚

「え……私、え?」

 

 さっきまでいた川縁とは、全く似つかない場所。

 突然の出来事に、朔月(はじめ)は目をしばたかせた。

 

「廃、墟? 廃墟、だよね」

 

 そこは四方をコンクリートらしき構造材に囲まれた一室だった。状態は悪く、ひび割れている。廃墟のような、という印象を受けるのは当然な風景。

 ただ廃墟であるという確信を得たのは、そこに這う多数の蔦の所為だった。

 

「人が手入れしてないから、こんな蔦が生えるんだよね……って、違う」

 

 廃墟かどうかはどうでもいい。

 それよりも何故ここにいるかが重要だ。

 

「私、川にいた筈……なんで、急に」

 

 混乱する。こんなの、現実にあり得ない。

 だが夢と言うには唐突で、そして……

 

「……触れる。しっかりした感触……夢っぽくない」

 

 手を伸ばしたコンクリートの壁には、確かな現実感があった。蔦にも触れる。植物らしい青臭さが鼻を突き、しっとりとした感触が指を通して伝わった。夢にしてはディティールが細かすぎる。非現実を否定する現実感。

 

「……どこなんだろ、ここ」

 

 情報を欲した朔月は辺りを見渡した。すると、部屋の一角に下へ続く階段を発見する。

 何も無いここにいても進展はないと、息を呑んでその階段を下る。

 辿り着いたのはまたしても同じような、人の気の無い廃屋。中央に円形のテーブルがあるところを見ると、何かのお店なのだろうか。そして、扉があった。

 

「………」

 

 意を決して、扉を開ける。鍵は掛かっていなかったのか、左程の抵抗も無く扉は開いた。

 外の景色を目にする。そして絶句する。

 

「……え」

 

 そこに広がっていたのは、廃墟、廃墟、廃墟。

 一つや二つでは無い。無数に続くビルや倉庫。遠方には、横倒しになった樹木のような巨大な建造物が見える。見渡す限りに続く、無人の世界。人の代わりに繁茂するは、異形の花を咲かせる蔦の群れ。

 そこは蔦に覆われた、廃墟の街だった。

 

 

 

 

 

 

 廃墟の街を、朔月はひた歩く。

 気配のない街並みは、ただただ不気味だ。

 最初に出た倉庫街らしき場所からオフィス街らしき場所に出ても、それは変わらなかった。

 

「どこなんだよ、ここ……!」

 

 声音に苛立ちが混じる。それは心細さからくる自己防衛だった。混乱と恐怖に呑み込まれそうになるのを怒りで誤魔化そうとする、心のアレルギー。

 

「早く、帰らない、と」

 

 そう呟いたところで、朔月は立ち止まった。

 

(帰る……あの家に?)

 

 醜悪な母親の所業を思い返す。到底許すことは出来ない。あんな人間と一つ屋根の下にいることなんて、怒りで潰れて死んでしまいそうだ。

 帰りたくは、ない。だが得体の知れないこの街にもいられない。

 どうにかして、せめて自分の知っている風景へは戻らなくちゃ……朔月が改めて決意を固めた時。

 

 じゃり、と音がした。

 

「!! だ、誰かいるんですか……!?」

 

 足音だと直感した朔月は誰何した。この街にやってきて初めて感じた、自分以外の人の気配。心の中が歓喜で騒ぐ。

 だが廃屋の陰から現われた姿を見て、固まる。

 

「え……」

 

 そこにいたのは、人型ではあっても異形だった。

 もっとも目立つのは全身を覆う緑色のヒレ。魚のように見えるソレは肩を覆い、腰を覆い、そして顔を仮面のように覆っていた。

 ヒレに隠された身体は人型であるようだが、よく見えない。辛うじて赤系統の色合いをしているのと、腰部から垣間見えるベルトのバックルのようなパーツが判別出来るくらいだ。

 魚、あるいは爬虫類人間。一見はそう見えた。だから固まった。

 だが――その口元だけは、人間と同じ物が露出していた。

 

「あ……よかった」

 

 鼻と、口。それから顎にかけてだけが露わになっている。線は細く、女性のように見える。朔月はそれを見て安心した。異形ではなく、ただ何かを着た人なのだと。

 それも十分におかしいということには、異常事態故気付かなかった。

 

「あの、ここがどこだか分かりますか?」

 

 ヒレ鎧の人物は答えない。朔月を正面に据えただ佇んでいる。

 

「えと……もしかして、私と同じ、ですか? 突然、迷い込んで……帰る方法を、探している?」

 

 答えない。そのまま。

 

「……あの」

 

 居心地の悪くなった朔月は反応を求めた。言葉が通じないのだろうか、そんな可能性を思いつく。

 当惑する朔月を余所に、ヒレ鎧は初めて動きを見せた。顎に手を当て、考えるような素振りを見せる。

 そして呟いた。

 

「もしかして、アンタが七人ミサキ(・・・・・)?」

「……はい?」

 

 告げられたのは、全く思いもしない質問。

 その声が自分に近しい年頃の少女のものだと朔月が思い当たるより早く、状況は推移する。

 

「まぁ……人の姿をしているのは後味が悪いけど」

 

 そう言ってヒレ鎧は右腰部を叩いた。光が生まれたかと思うと右手へ集約していき、収まるとそこには緑色の銃が握られていた。

 

「ボクの願いの為に死んでよ」

 

 そしてその銃口を、朔月へと向けた。

 

「……え?」

 

 発砲。マズルフラッシュが瞬き、銃弾が発射される。

 銃弾は朔月の髪を掠め、背後の廃墟へ突き刺さった。

 

「……は……あ?」

 

 突如として襲った自分の命の危機に、朔月は反応しきれない。そんな彼女の前でヒレ鎧は銃口を揺らしている。

 

「んー、当たらないかぁ。まぁ銃握ったのなんて十歳のハワイの射撃場以来だしなー。まぁ、数打ちゃ当たるか」

 

 再び銃口が己へ狙いを定めるのを見て、朔月はようやく我に返った。

 

「う……うわああああぁぁっ!?」

 

 途端、恐怖に呑まれその場から脱兎する。撃たれたという防衛本能が、その場からの離脱を選択させた。

 

「あ、逃げられた」

 

 獲物を逃がしたヒレ鎧は逃げるその背に銃口を向け、引き金を引いた。撃つ。外れる。逃げる相手には中々当たらない。

 

「あっちゃー……こりゃ足が止まるまで追い詰めないといけないかな」

 

 廃墟の間の路地へ逃げていく朔月を見て頭を掻く。焦りはない。明らかに自分が強者だからだ。

 だから強者らしく一歩を踏み出す。

 

「さて、狩りだね。それも数年ぶりだなー」

 

 余裕を湛え、ヒレの異形は悠々と追いかけだした。

 

 

 

 

 

 

「何アレ! 何アレ! 何アレ!」

 

 困惑に襲われるまま、朔月は走っていた。突然銃弾に狙われた朔月は、現代一般人として至極当然ながら混乱していた。

 撃たれた、銃で。撃たれた、突然!

 何も分からない。だが逃げなければ。多分、いや絶対、当たったら死ぬ!

 生存本能の赴くまま駆ける。路地裏に入ったのは単純に視線を遮り追っ手を撒くため。

 その行き先を分かりやすくしているとは、露にも考えなかった。

 

「ん~、こっち?」

「ひぃ!?」

 

 ひょっこりと出口側から顔を出したのは、自分を狙った緑のマスクだった。

 朔月は咄嗟に入り組んだ路地を曲がった。場当たり的な逃走。しかしそうするしかない。

 

(なんっで! 先回り!)

 

 空気を喘ぎながら脳裏で問いかける。速すぎる。路地を駆ける自分よりも先にいるだなんて。

 そうしている内にも声が響く。

 

「逃げてるねー。でもここからは当てにくいなぁ。もっと広い場所に出られるように誘導しないとかー」

 

 反響する声。しかし何となく上を見上げると、そこには屋上から路地を覗き込む緑の仮面が見えた。

 

「嘘、でしょ!?」

 

 どうして屋上にいるのか。階段を昇ったにしては速すぎる。空を飛ぶか、ビルの壁を駆け上がるかしないと説明がつかない。

 驚いた気配が伝わったのか、呑気な声が答える。

 

「ねー、ビックリだよね。いや一足にとはいかなかったよ。何度か壁を蹴ってねぇ。でもすごい跳躍力だよ。人間なんて超えちゃってる」

 

 降ってくる声はまるで雑談でもしているかのようだ。

 

「これで狩れないなんて嘘だよね」

 

 だが殺意は本物だ。

 発砲音と共に朔月の周囲の壁や地面が爆ぜた。

 

「っ、ひっ!?」

「ははっ、ほらほら。逃げないと当たっちゃうよ」

「や、やだああっ!」

 

 逃げる。脚を止めない。止められない。腿と肺が悲鳴を上げても、朔月は逃げ続けた。

 対するヒレ鎧は嬲るように、追い詰めるように朔月を付け狙う。時折銃弾を放って朔月を怯えさせるも、本気では狙わない。狩りを愉しむかの如く朔月を走らせる。まるでいたぶるように。弄ぶように。

 

「ひぃっ、はぁっ」

 

 しかし逃避行も長くは続かない。元より走るのが得意ではない朔月は、息が切れるのも早い。そしてそれは追われているプレッシャー、そして慣れない道を走ったことによっていつも以上に早まっていた。

 だから安易な逃げ道にはしってしまう。偶然見つけた、開いているビルの扉に。

 

「っ、うぅっ!」

 

 力を振り絞り、その中へ飛び込む。そして近くに積まれてあった廃材をこれ幸いと倒して崩す。古い木材と木箱は音を立てて転がり、即席のバリゲートとなって入り口を塞いだ。

 

「あーあー。これじゃ追えないやー」

 

 そう言いながらもヒレ鎧はニヤリと笑う。入り口の一つは塞がった。クルリと建物を一周して他の出入り口がなければ二階から侵入すれば良い。袋のネズミだ。焦燥はない。これは圧倒的に有利な狩りだ。

 

「そろそろ佳境だねぇ」

 

 相手は自ら死地に飛び込んだ。勝利は近い。

 異形は軽々とステップを踏みながらビルの壁を沿いだした。

 

 

 

 

 

 

 朔月は廃墟の床に倒れ込み、荒い息を吐いていた。

 

「はーっ、はーっ」

 

 痛い、全身が。怖い、全部が。

 分からないまま追われ、そして死にかけている。朔月の目端から涙が零れる。

 

(どうして、こんなことに)

 

 その答えは自分の中になく、答えてくれる人物もいない。

 筈だった。

 

「貴女がこのライダーバトルに参加したからよ」

 

 廃墟に響く、鈴を転がすような声。朔月は弾かれたように身体を起こした。

 異形の声じゃない。でも聞き覚えがある。

 顔を上げたその先にいたのは、柱にもたれ掛かる、銀の髪を揺らす少女の姿だった。

 

「ノー、アンサー……!」

 

 蛍光灯の下と同じく、やはりこの場にいるにしては似つかわしくない服装の彼女を認め、朔月は力を振り絞って立ち上がる。そして詰め寄り、逃がさないように柱へ手を突いた。

 意外と小さいノーアンサーの身体を覆い、問いただす。

 

「これ、はっ……何? 何で、こんなことになってるの!? らいだー、ばとる? それも、何!?」

「質問が多いわねぇ。悠長にしている暇は無いんじゃない?」

 

 涼しい表情でノーアンサーが告げた瞬間、歌うような声が壁越しに耳へ届く。

 

『でっぐ、ち~。出口はあるかな~? ん~、無さそうだね~?』

 

 入ってきた方とは別方向。建物を半周しているのだと気付き、朔月は戦慄する。

 他の出口を、塞ぎにいってるんだ。自分を追い詰める為に。

 

「っ! ……家、ううん、あの川辺に帰して!」

 

 半ば懇願する形でノーアンサーに叫ぶ。この少女なら出来る筈だと。しかしノーアンサーはクスクスと嘲るように笑う。

 

「ふふっ。それは無理ね。この空間が解ける(・・・)方法は二つ。時間が来るか、それともここにいる人間が私を除いて一人になるか」

「っ、それって」

 

 時間は、論外。後どれくらいなのかは分からないが、ソレを待つのは追い詰められつつある現状では悠長が過ぎる。

 そして、ここにいる人間がノーアンサー以外に一人だけ、ということは――

 

「私が死ねばあの人は出られて、私が出るには……」

 

 あの鎧を、殺さねばならない。

 ノーアンサーが告げているのはそういうことだと、朔月は理解した。

 

 そうだ。あのおまじないは何をさせようとしていた。

 七人ミサキを、殺す。そう、殺す。命を奪う。それなら、逆もまたしかり。

 

「私は、殺、される……」

「そう、殺されるわ。このままだと」

「殺される……死ぬ……死、ぬ」

 

 急に身体の芯が凍り付いたかのように震えが起こった。銃口に狙われた恐怖がぶり返し、そして実感がそれを更に恐ろしい物に昇華する。がむしゃらに本能で逃げていた時よりも深い、理性で解ってしまったが故の強い怯懦。膝が震える。冷や汗が止まらない。気を抜けばその瞬間腰が抜けて、そのまま泣きじゃくって動けなくなってしまいそうな予感。

 そんな朔月の怯える様子を満足そうに眺めたノーアンサーは、彼女の震える頬に手を添えて囁いた。

 

「でも今なら、まだ抗えるわ」

 

 絶望に曇りかけた心に、一条の光が差し込んだ。バッと顔を上げ、ノーアンサーと目を合わせる。

 その瞳は相変わらず愉悦に歪んでいた。だが少なくとも、殺意も敵意もない。

 だから最後の希望だと縋ってしまう。

 

「……教えて。どうすれば、死ななくて済むの?」

 

 ノーアンサーはニタリと笑った。我が意を得たりというように。

 

「仮面ライダーに変身しなさい」

「仮面、ライダー?」

 

 それは、さっき――もう何日も前のように感じるが――川辺でノーアンサーから聞いた存在だ。

 自由と平和を守るヒーロー。誰かの危機に、颯爽と駆けつける騎士。異形となりし戦士。

 

 ノーアンサーは朔月の胸を優しく押し、身体から離す。二人の距離が開くと、ノーアンサーの両掌の上にはいつの間にか何かが乗せられていた。

 

 機械的な意匠のある黒いプレート。その中央には小さな石膏像のようなものが嵌め込まれている。例えるなら、女神の船首像(フィギュアヘッド)。裸で貼り付けにされるそれは、交差する銀の鎖でプレートへ縛り付けられていた。

 その船首像がどこか自分に似ているような気がして、朔月は目を逸らした。代わりにノーアンサーへ向き直る。

 

「これが……何?」

「ドライバーよ。仮面ライダーに『変身』する為の」

「変、身」

 

 ドクンと脈動が響いた。凍てついた身体が溶けるのを感じる。

 自分の願い。変身。

 

「これを取れば、ヒーローになれるの……?」

「えぇ、そうよ」

 

 ノーアンサーは蠱惑的に微笑む。もうこの先を、確信しながら。

 

「これがあれば、貴女は戦える。変われる。

 何にも出来ず狩られるだけの貴女は、ヒーローになれる。

 それとも貴女は、このまま無為に死ぬことを選ぶの?」

 

「私、は……」

 

『――お前が朔月を妊娠しなければ、こんなことにはならなかったんだ!!』

 

『アンタだけが楽しそうにしてるの、ムカつくのよ』

 

 過ぎるのは声。悪意に満ちた、忘れようのない声。

 ここで死ねば、自分は生まれた意味すらない。

 ただ疎まれ、憎まれ、愛されないまま、無意味に、狩られて死ぬ。

 それは――

 

「……嫌、だ」

 

 変わりたい。自分じゃないものに。

 だから朔月は、無垢なる少女はそのドライバーを手に取った。

 

「っ!?」

 

 その瞬間、ドクリと彼女の中が波打った。

 心臓が、跳ねたわけじゃない。もっと何か、根本的な物が――吸い出されたか、あるいは別の場所に移されたか。そんな感覚。

 だが朔月はその現象に説明がつけられず、ただの立ちくらみと頭を振った。

 

「――おめでとう」

 

 自分の手から離れたドライバーを見て、ノーアンサーは拍手する。パチリと手を合わせた音が鳴り響くと、朔月の手に移ったドライバーが淡く輝いて変形した。

 

「っ、と」

 

 ドライバーは二つのパーツに別れた。一つは黒いドライバー本体。もう一つはフィギュアヘッドと、それを戒めていた鎖。鎖はフィギュアヘッドの背に突き刺さり、ネックレスのような形になっている。

 

「まずはドライバーを腰に当てて。お腹の前辺りよ」

 

 困惑する朔月にノーアンサーは優しくレクチャーする。朔月は素直に聞き届け、指示通りにした。

 

「! ベルト……!」

 

 ドライバーを下腹部に当てた瞬間、ドライバーからベルトが飛び出して朔月の腰に巻き付いた。丁度のサイズに固定され、バックルとなったドライバーは外れなくなる。

 

「それでそのネックレス……『マリードール』を装填するの。その時に変身! って叫ぶといいかもね。それで完了」

「それで……ライダーに」

「そう。貴女は……無敵の力を得られる」

 

 この囁きは、天使のものか、悪魔のものか。導くものか、陥れるものか。

 どの道朔月は、選び取った。

 戦う道を。ライダーとして。

 

 フィギュアヘッド――マリードールを片手で掴み、天高く掲げる。

 

「……すぅーっ……――変身!」

 

 自らの願望。それを形為す語句を唱え、勢いよく中央部へ装填した。時計のセグメントに似た部分へ叩きつけられたマリードールはドライバーの中心に装着され、チェーンはひとりでにドライバーへ巻き付いた。フィギュアヘッドは鎖に絡め取られる。それはまるで、もう逃げられないと暗示しているようで。

 ドライバーが淡く輝く。歪んだ電子音声が鳴り響く。

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない  何故?

  運命は変わらない  何故? 》

 

 問いかけるような、訴えかけるような言葉。

 それが廃墟に響くと同時に、朔月の身体が光に覆われ始める。

 黒いインナーが肢体を覆い、その上に銀の鎧が装着される。丸い意匠を帯びた、しかし頑丈そうな鎧。頭部は口元だけが露出した、複眼のある鉄仮面が隠す。最後に両肩から襤褸のようなマントが飛び出て、変身は完了した。

 銀の騎士(ライダー)

 それを見たノーアンサーは再び手をパチリと鳴らして高らかに宣言する。

 

「あぁ、名付けましょう! 今ココに誕生せしは、仮面ライダー、銀姫(ぎんき)! 貴女は必ずや七人ミサキを討ち倒し、この戦いを終わらせる存在となるでしょう!」

 

 嬉しそうに言うノーアンサーとは裏腹に、朔月は自身の変化に戸惑う。

 

「これが、仮面ライダー……」

 

 目に映るのはグローブを嵌めた掌。一の腕を守るブレーサー。戦うための姿。

 これがなりたかった、違う自分。

 

「ふふっ。それじゃ……愉しませてね?」

 

 そう言い残し……ノーアンサーは前と同じように消えた。

 今度は驚かない。もうこの場所にはそんな不思議が溢れていると知ってしまったからには。

 その代わり朔月の、銀姫の注意は廃墟の一角へ向けられた。

 そこには上階へ続く階段がある。そしてさっきから、ビルの外から歌が聞こえなくなっていた。

 新たな音が、階段からコツリ、コツリと鳴り響く。

 

「さぁ……狩りの終わりだよ」

 

 相変わらず余裕たっぷりの声。だが銀姫となった今では、それ程恐ろしくは感じない。今の彼女には、ある種の全能感が満ちていた。だから言い返す。

 

「そうだね。もう狩りじゃない」

「ん? ……っ!?」

「これからは、戦いだ」

 

 階段を降りてきたヒレ鎧――いや、今なら分かる。彼女もまた、仮面ライダーの一人――が、様変わりした獲物の姿を認める。驚き、息を呑む気配まで、銀姫は鮮明に感じ取った。

 感覚が研ぎ澄まされている。力が漲る。負ける気がしない。

 先程まで恐怖の対象だった緑の仮面ライダーが、まるで恐ろしく感じなくなっている。

 逆に緑の仮面ライダーは、鎧を纏った銀姫に警戒を露わにした。

 

「アンタ……! なったのか、仮面ライダーに」

「えぇ、そう。私は仮面ライダー、銀姫」

 

 ノーアンサーに与えられた名を名乗る。そうだ、この身は銀姫。それが戦う騎士の名。

 

「……ならボクも名乗ってやろう。ボクは仮面ライダー竈姫(へき)

 

 緑のライダーは、竈姫は、怒りと覚悟を滲ませながら告げる。

 

「お前を狩って、願いを叶える者の名だ……!」

 

 瞬間、空気が爆ぜる。否、戦いの火蓋が落とされた。

 竈姫の銃が銀姫を狙って発射される。その銃口はお遊び混じりだった先程とは違い、正確に銀姫を狙っている。当たれば死ぬと怯えていた銃弾。しかし今は逃げずに、その射線の間に腕を差し出す。

 銃弾はブレーサーに着弾し、火花を散らせた。衝撃が腕を襲う。だが、大して痛くはない。鎧の厚く造られている部分で受ければ銃弾も平気のようだ。

 

「これが、仮面ライダー……!」

「くそっ!」

 

 不利を悟った竈姫は銃弾を乱射した。受け続けては流石に不味いか、と判断した銀姫は廃墟の柱に隠れるように走る。

 跳弾の甲高い音が廃屋に響く。それを聞きながら銀姫は思考を巡らせた。

 

(こっちの武器は)

 

 相手が銃を持っている以上、こちらにも武器が無ければ不利だ。そう考え銀姫は、竈姫とエンカウントした時を思い出す。確かあの時、銃は光が集まって生み出されていた……。

 

(……こう?)

 

 銀姫はあの時の竈姫と同じようにベルト横のパーツを叩いた。すると銃が現われた時と同じ光が生まれ、銀姫のグローブの中に集い始める。

 

「よし……ってアレ?」

 

 手応えを感じて鉄仮面の下で笑みを浮かべる銀姫だったが、現われた物を見て首を傾げる。

 銀姫の手に収まったのは、一振りの直剣だった。

 

「じゅ、銃じゃないの!?」

 

 真っ直ぐな刀身をした、細い剣。頼りなさを感じさせる刃はふとした途端に折れてしまいそうだ。この剣だけが、どうやら自分の武器らしい。

 

「ぅ……でもやるしかない」

 

 だがそれで挫ける気はしなかった。心の底から勇気が湧いてくる。まるで戦え、戦えと誰かが囁いているかのようで、諦める気がしない。

 覚悟を決めた銀姫は柱の陰から飛び出した。

 

「そこっ!」

 

 当然狙っていた竈姫は飛び出てきた銀姫を狙い撃つ。だが仮面ライダーの力の与えた超人的な反射神経は、彼女の予想を覆す返し手で応じた。

 翻る刃が、銃弾を切り落とした。

 

「嘘っ!?」

 

 予想だにしなかった。竈姫はこの状況に慣れつつあった為に、逆に非常識な戦い方を思い浮かべられなかった。そこが変身したばかりの銀姫との差となった。

 動揺し、銃身がブレる。次弾は銀姫と随分離れた空間を撃ち貫き、銀姫が距離を詰める余地を与えてしまう。

 竈姫がしまった、と思った時には既に刃圏だった。

 

「せやぁっ!!」

 

 彼女なりの裂帛の気合いを吐き、銀姫は直剣を振るった。弧を引く銀閃は狙い通り――竈姫の構えた銃を切り裂いた。

 衝撃に銃を取り落とし、銃身を半ば断ち切られた銃はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「ぐぅ、しまった!」

 

 慌てて距離を取るが、その手にはもう飛び道具(じゅう)は無い。一気に有利になった銀姫は勝利へ詰めるべく、より強力な一撃を欲した。この戦いを終わらせる一手を。

 その瞬間、脳裏に閃く。食べたい物が目の前にあるのならそれを口に運ぶ。そんな本能的なことのように、銀姫はドライバーへと手を伸ばしていた。

 マリードールへ触れる。その表面を撫でるようになぞると、ドライバーから歪んだ電子音が鳴り響く。

 

《 Silver Execution Finish 》

 

 八双に構えた直剣の刀身がけぶるように淡く輝く。銀色に煌めく刃が更に輝きを増し、その身に力を蓄えていく。剣尖まで光が漲った瞬間、銀姫はその剣を上段に掲げ、袈裟斬りに振り下ろした。

 銀の閃光が奔る。剣の軌跡をなぞるだけではない。一閃は刀身を離れ、光の刃となって地を切り裂きながら竈姫へと迫った。

 

「う、うわああああっ!?」

 

 廃墟の床を容赦無く刻みながら迫るその斬撃に、竈姫は情けない悲鳴を上げて目を瞑り……そしていつまで経ってもやってこない痛みに薄目を開く。

 

「ぅ……っ!?」

 

 光の刃は消滅していた。ただし、竈姫の爪先で。床に刻まれた深い斬撃の跡がそれを物語っている。

 後1cm。いやミリ単位で違っていたら、その刃は自分の足を切断していた。コンクリートを深くまで切り裂く斬撃が到達していたら、いくらライダーの鎧を身に纏っていてもタダじゃ済まないだろう。

 その事実に竈姫は思わずへたり込みそうになった。圧倒的有利な局面から一点、命を脅かされたギャップに腰が砕けそうになる。しかしなけなしのプライドを総動員し、仮面の下から銀姫を睨み返した。

 

「……手加減の、つもり?」

 

 こんな繊細なコントロール、狙ってやらなければ出来ない。であるなら、銀姫は必殺の斬撃を敢えて無為に終わらせたということになる。

 竈姫の鋭い視線に、銀姫は刃を払うように振るって答えた。

 

「殺したいわけじゃない」

 

 銀姫は剣の切っ先を降ろし、竈姫に己の意志を告げた。

 

「殺し合わなくても、ここから出る方法はある筈。私たちが戦う必要はない」

「あぁ、出るだけならね。アンタ、ノーアンサーからルールは聞いてないのかい?」

「……少ししか、聞いてない」

 

 銀姫は先程ノーアンサーと交わした会話を思い返し、仮面の下で苦い顔を浮かべた。ルール。それがライダーバトルやこの空間に関しての法則だとするならば、自分はまだ断片的にしか把握していない。

 苦々しく呟く銀姫を竈姫は鼻で笑う。

 

「はん! なら一番大事なことを教えておいてやるよ。このライダーバトル、勝ち残れば願いが一つ叶う」

「願いが叶う……」

 

 それは、銀姫もノーアンサーから聞いていた。願いがあったから、あのおまじないを唱えた。もっとも銀姫、もとい朔月はある意味ではもう願いが叶っているが。

 だが他の者はそうではない。仮面ライダーになるのは願いを叶える為のプロセスだ。

 

「七人ミサキを全員屠れば、その勝者の願いを一つだけ叶えてくれる。それがノーアンサーの告げたルールよ」

「……七人ミサキ。それは……」

「ボクはてっきり妖怪の類いかと思ってたけれど、今ハッキリしたね」

 

 竈姫は睨み付ける。怨敵を射貫くような眼差しで、銀姫を。

 

「ライダーバトル。七人ミサキを殺すということ。……これは、仮面ライダーとなった七人ミサキの殺し合いだ」

 

 竈姫が告げた答えを聞き、銀姫もその結論に至った理由を理解した。ノーアンサーは、自分たちに殺し合いをさせようとしているのかもしれない。

 だがそれを鵜呑みにするかどうかは別問題だ。

 

「ノーアンサーは、仮面ライダーが怪人と戦う正義のヒーローだと言っていた。単なる殺し合いをする存在は、ヒーローなんかじゃない」

「はっ! 分からないのか?」

 

 竈姫は嘲る。心の底から馬鹿にした声で答える。

 

「その怪人ってのが――」

 

 しかし言い切るより早く、

 二人の脳内に互い以外の言葉が響いた。

 

『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪ 本日のバトルは終了でーす♪ 今日の死者は残念ながら、なーし!』

 

 緊迫した二人の間の空気を散らすように、愉快げなノーアンサーの声が脳に染み渡る。

 

『それでー……普通ならこれで解散なんだけど、今回は初日ということでちょっとミーティングをしたいと思いまーす』

 

 鳴り響くアナウンスのような声に疑問符を浮かべる。ミーティング? 思わず声を上げて意図を問おうとした瞬間だった。

 世界が薄れた。

 視界が霞むわけじゃない。世界その物が希釈し、消えつつある。

 

「!? これ……?」

 

 廃墟も消える。蔦も消える。弾痕が残る柱も、深く刻まれた床も消えていく。世界が白くなり始めた頃、銀姫の意識も薄れ始めた。

 

「っ、う……」

 

 意識を失い、次に目を覚ました時。

 朔月は六人の少女と共に不毛の大地へ立っていた。

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