仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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一日目-3 邂逅

 目を覚まして顔を上げた時、朔月(はじめ)の視界に映ったのはどこまでも続く不毛の荒野だった。

 

「ここ、は……」

 

 遙か地平線までほとんど草もない大地。遠くに見える山々はハゲ山で、その麓にある森は全て枯れ木だ。吹く風は砂混じりで、空の色も鈍い。

 そして荒野の中央には瓦礫の山があった。崩れた石材のような物が積み上がっている。辛うじて台座や人の脚らしきものがいくつか残っているところから、元は石像だったのだろうかと当たりをつけることが出来る。だがそれ以上のことは判別がつかないくらい、崩壊していた。

 

 そこまで見渡してようやく、朔月は自分の周りに誰かがいることに気付く。そこにいたのは少女たちだった。一、二、三……六人いる。いずれも朔月と変わりない年頃の少女たちだ。服は制服を着ていたり、私服だったりとマチマチ。一応朔月と同じ制服を着ている少女はいない。

 そして朔月は自分の変身が解けていることに気付いた。少し慌てるが、首元にはネックレス状になったマリードールが掛かっていた。変身は解除されただけであり、仮面ライダーの力を失った訳では無いという事実にホッとする。

 

 やがて少女たちが現状を把握しざわつき始めた頃、再び聞き覚えのある声が響いた。

 

「やぁやぁ皆々様方。まずはお疲れ様。中々愉しませてもらったわ」

 

 声のする方を弾かれたように振り返ると、そこには瓦礫の上で脚を組むノーアンサーの姿があった。艶めかしい絶対領域を晒しながら、表情には微笑みを湛えている。

 ノーアンサーは笑みを崩さず口を開いた。

 

「さて……本来はもうみんなそれぞれの場所へ帰ってもらうところなんだけど、今日は初日だからみんな聞きたいこととか色々あるでしょう? 今回は特別大サービスということで、答えてあげるわ。ミーティングというわけよ」

 

 質問会。というわけらしい。

 朔月は悩んだ。質問が思い浮かばなかったわけじゃない。むしろたくさんありすぎて、何から問えば良いか咄嗟に出てこないだけだ。

 そうしている間に少女の一人が口を開く。

 

「あの……ここ、どこですか?」

 

 気弱そうな少女だった。黒髪ロングで、育ちが良さそうに見える。朔月とは別の高校の制服を着ている。確か、同じ地域の私立高校の筈だ。ぬばたまの髪に映える剣を模した黄金の髪飾りが印象に残った。

 その少女の質問にノーアンサーは快く答えた。

 

「ここは……まぁ、無意味な空間ね。みんなを集めて今回のミーティングを開くために間借りさせて貰ってるだけよ。持ち主は既にいない場所だから気にしなくていいわ」

「あ……えと……」

「なら、この世界、いや私たちの戦っていた世界はなんだ?」

 

 意図と違った答えが返ってきて戸惑う黒髪の少女を引き継いで、また別の少女が問いかける。

 ポニーテールに髪を纏めた、意志の強そうな少女だ。背が高く、学校指定らしきジャージを着ていなければ大人と見間違ったかもしれない。

 

「あの異様な空間は、私たちの地球では無さそうだが」

「んー、あの世界はね……私の力が作り出せる異空間、ってところかしら。貴女たちのライダーバトルを誰にも邪魔されない形で開催できるバトルフィールドだと思ってくれればいいわ。それ以上の説明は、貴女たちには関係のないことだし」

「……答える気があるのかどうか分からないが、必要なことは聞けたと思っておこう」

 

 腕組みしてポニーテールの女子は押し黙り、別の少女が手を挙げた。

 

「はいはーい! じゃあノーアンサー、そんな力を持つ貴女は何者なのー? どう見ても普通の人間じゃないよねー?」

 

 元気よく挙手し、ハイテンションに質問した少女は青みがかった髪をツインテールに括った、背の低い少女だった。ピョンピョンと跳ねる度、パーカーに押し込められた胸部がゴム鞠のように上下に跳ねる。ホットパンツから伸びる生足は柔らかそうにむちっと肉付いていた。幼気さと妖艶さを絶妙のバランスで持ち合わせた少女だった。

 ノーアンサーはそんな無邪気な少女の質問に目を細め、パチリと手を合わせて答えた。

 

「私は……このライダーバトルの主催者よ。この世界への漂流者。人間と同じ姿をしているけど、人間ですらないわ」

 

 そう言ってノーアンサーは掌を掲げた。途端、その手はノイズを纏って薄く透ける。人間ではあり得ない現象だ。少女たちの幾人かから、息を呑む気配が伝わってくる。

 

「でも別に万能の神という訳でもないわ。むしろちっぽけな力しか使えない。亡霊に近い存在。本当の神を知っていると、あまりイキれないわね。……そんな私の目的は、ライダーバトルの成就。この儀式を完遂させること」

 

 これでいいかしら、と微笑んでノーアンサーは質問した少女を見下ろした。

 

「んー、不思議な人ってことは分かった!」

「そう、じゃあ次の人ー」

 

 戯けてノーアンサーは質問を促す。次に挙手したのは凜とした雰囲気を纏った女学生だった。

 その少女が身につけている制服を見て朔月は目を瞠った。それは市内有数の、超難関進学校、唯祭高校のものだったからだ。偏差値を70超えないと選定にすら入らないという噂のその学校は、在学しているというだけで相当の知能を周囲に裏付ける。

 ウェーブのかかったロングヘアーと、銀色のフレームが光る眼鏡が特徴的な彼女は、怜悧な光を瞳に宿しながらノーアンサーへ質疑する。

 

「なら根本的なことを。――本当に、勝ち残れば願いは叶うの?」

 

 ピリッ――と、その場の空気に電流が走った。

 願い。そう、あのおまじないに頼った以上、この場にいる少女は全員願いを携えている筈だ。

 自力じゃ叶わない。あるいは今すぐにでも叶えたい願いを。

 怜悧な少女もまた、例外ではないのだろう。ノーアンサーを見上げる瞳は真剣なものだ。

 そんな少女たちの視線を浴びながら、ノーアンサーはこともなげに答える。

 

「本当よ?」

「どんなものでも、と聞いたけど?」

「えぇ」

「なら――どの程度まで叶えられる? 例えば、世界征服とか」

 

 突拍子もない言葉に朔月は少し呆ける。しかしそれはあくまでノーアンサーの願いの範囲を問う為の質問なのだと気付き、慌てて首を振った。近くの少女が怪訝そうな眼差しで見つめるのが恥ずかしかった。

 

「世界征服、ね。結論から言うと――叶うわ」

「! それは、夢が広がるわね……この世で一番の天才にして、や、永遠の命、も可能かしら」

「場合によっては条件がつくこともあるけど、可能よ。全知はどんな存在にも不可能だから無理だけど、認識を広げて膨大な知識を得ることは出来るわ。勿論、世界中の軍隊を相手にしても負けない力、あるいは軍団を得ることも出来る。この(・・)世界で一番程度なら、簡単に叶うわ」

「そう……」

 

 眼鏡の少女は、驚いたことに――舌舐めずりをした。まるで極上のステーキを目の前にした時のように、怜悧だった目を爛々と輝かせながら。

 

「世界征服を為すだけの力が、たった数人殺すだけ(・・・・・・・・・)で手に入る。これは破格ね」

「……っ」

 

 耳を疑う言葉を平然と呟く彼女に朔月は息を呑んだ。

 人殺しを厭わないどころか、たった数人とすら切り捨ててしまう。だが、それはそれだけ強い願いを抱えているということなのだろう。

 朔月にその覚悟はない。ただ激情の赴くまま、叫んだだけなのだから。

 

「……ならアタシからも、一つ」

 

 次に喋った少女は、朔月の隣にいた、ギターケースを背負った少女だった。

 クールな印象を受ける少女だ。赤みがかった髪を流し、キリッとしたアーモンド状の瞳は意志を秘めて燃えている。スレンダーな体型をパンキッシュなファッションで包み、エンジニアブーツの爪先まで隙の無い出で立ちは、これから戦場へ赴く完全武装の戦士を想像させた。

 彼女は真っ直ぐとノーアンサーを見つめ、毅然と問いただした。

 

「このバトル、どう終わるの?」

 

 赤毛の少女が問うたのは、終わり。この戦いの終焉。

 そうだ、それが無ければ、自分たちは――戦いから解放されない。

 

「……最初から言っているわよ?」

 

 ノーアンサーはこともなげに答える。

 

「七人ミサキを全員殺したら、って」

 

 七人と一人の間を、渇いた風が吹き抜けた。無言の中をすり抜ける風音は、嫌に響く。

 殺す――この場にいる全員を。

 朔月は思わず見渡した。そして、丁度死角にいて見えなかった少女と目が合う。

 

 ショートカットの、ボーイッシュな格好をした少女だ。青いパーカーを腰に巻き付けるようにしている。その眼差しがまるで敵意を以て自分を射貫いているように見えて――朔月は理解した。

 

(この子、竈姫(へき)だ)

 

 考えてみれば当然の話。彼女もここにいて当たり前だ。そして向こうは自分の変身前の顔を見ているのだから、朔月がいれば敵意を向けるのは至極当然のことだった。

 その眼差しに強い殺意が籠められていることを肌で感じ、朔月は戦慄する。

 

(この()は――私を殺すことを躊躇わない)

 

 そうだ。さっきも殺されかけた。しかも変身前の、無防備な状態でも。

 この七人の中には、殺すことを厭わない少女がいる。その中で朔月は、生き残らなければならないのだと悟った。

 出来るのだろうか、自分に。殺したくないと、喚きながら。

 

「ふむ……私が聞きたいことはもう聞けたわ。帰ってもいいかしら」

 

 眼鏡の少女の言葉にノーアンサーは快く応じた。

 

「えぇ、いいわよ。今日この時だけは、念じれば帰れるようにしておくわ。私も帰るから、親交を温めるなりしておいてね」

「え、質問会は……?」

「私が疲れちゃったから。他に聞きたいことがあったら明日ね。今日みたいに集めないけど、呼べば教えてあげるから。……私の気が向けば、だけど」

 

 そう言ってノーアンサーは瓦礫の上から姿を消した。またも唐突で、少女たちも見慣れたのか驚いている者は誰もいなかった。

 

「ふむ。じゃあ私も帰らせてもらうわ」

 

 眼鏡の少女はその場で踵を返し、立ち去った。数歩歩いたところで姿がノーアンサーと同じように消える。この世界からどこかへ帰還したということは、他の少女たちにも分かった。

 帰れるらしいと分かったことで、少女たちの何人かは安心したような溜息をつく。朔月もその一人だった。

 

「ふぅ……どうやら一生ここに閉じ込められるという訳でも無さそうだな」

 

 腕を組んだポニーテールの少女が独りごちた。そしてそのまま眼鏡の少女と同じように歩き去る。

 その背を黒髪の少女は呼び止めようとした。

 

「あ、あのっ……! 自己紹介とか、しませんか!? 私たち、協力とかし合えると思うんです!」

 

 その声にポニーテールの少女はピタリと足を止めたが……振り返らずに告げる。

 

「いや、止めておこう。殺し合うかもしれない関係だ。名前を知っておくことは却って辛くなる」

 

 それは暗に戦うという宣言で――少女の姿は掻き消えた。

 黒髪の少女は困ったように朔月へ目を向けた。しかし朔月も困ったような顔しか出来ない。

 そうこうしている内にショートカットの少女が、竈姫が朔月に向けて歩きながら告げた。

 

「アンタは絶対ボクが殺す」

「っ!」

 

 すれ違いざまそう呟き、朔月が振り返った時にはもういなかった。

 残った少女は、四人。今のところ、帰る様子はない。

 それを自分の考えに同調してくれたと見たのか、黒髪の少女はまず自分が自己紹介した。

 

「えっと……私は王道(おうどう) 真衣(まい)です。見ての通り、四葉(よつば)学園高等部に通う一年生です」

 

 黒髪の少女、真衣は自分の胸に手を当て名乗った。仕草全般を見るとおっとりした、品の良い印象を受ける。そして朔月は通っている学校名を聞いてやはり納得した。

 四葉学園は小中高一貫した私立学園であり、名家や富豪の子どもたちが通っていることで有名だ。唯祭高校とは別の意味で敷居の高い学校だった。

 

「おまじないというものを軽率に唱えた結果、こういうことになってしまいました。まさか殺し合いになるだなんて……」

 

 眉根を寄せるその姿は儚くいじらしい。こんな戦いに参加していることが信じられないような少女だ。あら層を好むようには見えない。彼女の言う通り、軽く言葉にしてみた結果巻き込まれてしまったのだろうと、朔月は推測した。

 

 その隣で、ツインテールの少女が手を挙げて跳ねる。

 

「はいはーい! じゃあ次はウチ! ウチは御代(みだい) ナイア! 実はねー……むふふ! 真衣ちゃんと一緒の高校なんだー!」

「え!? 本当ですか!?」

 

 真衣が驚いている。朔月も意外だった。元気いっぱいといった様子の彼女は、お淑やかな真衣と同じ高校だとは結びつかない。

 

「でも私、すみませんけど見覚えが……」

「それは仕方ないんじゃなーい? ウチ、二年生だもん」

「えっ、先輩でしたか!」

 

 ナイアは真衣より背が低い。そして幼気な態度から、てっきり年下、あるいは同級生だと予想していたようだ。目を丸くする真衣にナイアは悪戯が成功したかのように無邪気な笑みを浮かべる。

 

「にしし! まぁウチもテキトーに言ってたら来ちゃった感じかなー。じゃあ次!」

 

 そう言って指し示した手が、自分に向いていることに朔月は気付いた。慌てて自己紹介する。

 

「あ、はい! 私は朔月……更科、朔月です。高校は、制服を着ているから分かると思いますけど、鹿毛野(かげの)高校です」

 

 朔月は素直に自分の素性を名乗った。初対面なので一応敬語だ。学校名を告げた瞬間パンクな少女がピクリと眉根を上げたように朔月には見えたが、「ほほー!」と声を上げるナイアへとすぐに注意が移る。

 

「全部市内だねー! 眼鏡の子の唯祭もそうだし。ってことはここにいる子は、全員市内の女子高生なのかもね」

「あっ……そうかもしれませんね」

 

 ナイアの推測を聞いて朔月も思い至る。その可能性は高い。勿論市外から通っている可能性はあるが――。

 

「まぁ脱線しちゃうから置いとくかー。じゃあ最後、貴女!」

 

 ナイアは、最後の一人を指差した。四人の内まだ自己紹介をしていない最後の一人、赤毛の少女は気怠そうに答える。

 

「……竜崎(りゅうざき)(そう)。学校は、伏せる」

「えーなんでなんで! 答え合わせ出来ないじゃん!」

「……じゃあ市内だとは言っておく。後、一人分かんないんだから答え合わせは出来ないでしょ」

「うー、それはそうだけど……」

 

 不満げに唸るナイアを横目に、爽はじっと朔月に視線を合わせた。それに気付いて朔月は首を傾げる。

 

「えっと……?」

「……アンタらに言っておく。アタシはバトルに積極的だ」

「!」

 

 四人の間に緊張が走る。確かに真衣が呼び止めたのは自己紹介する為だけだが、てっきり朔月は戦いに否定的な人が集まってくれたものだと思っていた。真衣も同じような目で爽を見つめている。ナイアは「へー」と少し意外そうな溜息をついた。

 

「じゃあなんで残ったの? あのポニーテールさんが言ってたように後が辛くなるだけじゃん」

「忘れない為だ。アタシはバトルをする。勝ち残る。そしてその責任からも逃げない」

 

 四人を見渡す爽の瞳からは、昏い決意が仄めいていた。

 

「生き残ってどんなに苦しくても、アタシは叶えなきゃならない願いがある。だからアンタらの名前を聞いた。……自分の罪を忘れない為に」

 

 静かに燃えるその眼差しを覗き込んで朔月は、ゴクリと息を呑んだ。

 圧倒された。愉快げに自分を追い詰めた竈姫とは違う、確固たる意志。

 殺す覚悟。

 

「……だから自分の名前を教えた。もし殺されたのなら、アタシを恨め。……言いたかったのはそれだけだ」

 

 そう言うと爽は身を翻して歩き始める。揺れるギターケースを背負った背中が遠ざかっていく。

 

「待っ――」

 

 気付けば朔月は手を伸ばしていた。理由は分からない。けど何かを掴みたかった。

 結局、その手は空を切り、爽はこの世界から去った。

 後に残ったのは気まずい三人だ。

 

「……今日は解散でいいんじゃないかな」

 

 沈黙を破ったのはナイアだった。

 

「取り敢えずウチらは、殺さない方向で行く、ってことでいいんだよね」

「それは、勿論です」

 

 真衣は即座に首肯した。少し遅れて朔月も。人を殺したくない。それは二人の本心だった。

 ナイアも頷き、言葉を続ける。

 

「じゃあ取り敢えずこの三人で非殺同盟ってことで、今日はそれだけにしておこうよ。もし出会っても殺さない。他の奴らが話を聞かないなら、もうこれ以上の対策は取れないよ」

「ですね……」

 

 他の少女にバトルを続行する意思がある以上、この三人で協力する以上のことは出来ない。今三人が取れる対策はこれが精一杯だった。

 

「だから今日はもう、ウチらも解散しよう。出来ることはもう無いからね」

 

 言うが早いか、ナイアはしゅたっと敬礼のポーズを取って二人に向かい別れの挨拶を告げる。

 

「じゃーね! また遭ったら、仲良くやろ!」

 

 そう言い残し、ナイアもまたこの世界から消えた。

 疾風のように去って行ったナイアに朔月はなんとも言えない感情を抱く。嵐のような少女だった。場を取り仕切り、協力を約束はしてくれたが、その溌剌としたペースに押し流されたとも言える。濁流の如き勢いを持つ少女だった。

 

「えっと……じゃあ、私も今日は帰りますね」

 

 勢いの余韻に束の間呆然としていた朔月だったが、最後に残った少女、真衣も控えめにそう告げたことで我に返った。

 

「あ、あぁ、うん。じゃあね……王道さん」

「はい。更科さん」

「……えーっと、朔月の方で呼んでくれたら嬉しい、かな」

 

 母親のこともあり、朔月は家族を表す名字を誇れない気分でいた。そんな思いから出た言葉だったが真衣は距離を少しでも縮めようとする努力に聞こえたのか、顔をほころばせて頷いた。

 

「はい、朔月さん。私の方も、真衣と呼んでください」

「じゃあ……うん、真衣。またあし……ううん、また今度」

 

 また明日と言いかけ、朔月は慌てて言い直す。出来れば合わない方が良い。

 真衣も頷き、手を振った。

 

「はい。また今度」

 

 そして真衣も消えた。

 残ったのは朔月だけ。

 

「……私も、帰らなきゃ、な」

 

 そう口にした言葉が重い。今の朔月にとって帰宅というのはそれだけ陰鬱だった。だがずっとこの荒野にいても、仕方が無い。

 ノーアンサーが言っていたように念じる。すると、廃墟から去った時と同じように周囲の景色が薄くなっていく。

 薄れていく風景の中で、朔月はノーアンサーの腰掛けていた瓦礫の山に目をやる。

 もういない彼女に思いを馳せたのか、それとも足蹴にされていたかつての石像を想っていたのか。

 どちらだったのかは、暗転していく意識の中で分からなくなったが。

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、そこは川辺だった。

 

「……戻って、きた」

 

 その事実にホッと息を吐きながら、朔月は胸元を漁る。そこには予想通り、ネックレス状態のマリードールが提げられていた。

 

「夢じゃない……」

 

 落胆か安堵か、どちらとも着かない苦い感情を浮かべながら朔月は空を見上げる。

 まだ夜だ。しかも三日月の傾きから、十分も時間が経っていないことを悟る。

 

「何時間も彷徨ってたのに」

 

 竈姫と戦った時間は左程長くない。しかしそれより前、廃墟を彷徨った時間はかなり長かった。体感だったが、三時間は優に超えていた。

 どうやら現実世界ではほとんど時間が経たないらしい。

 

「………」

 

 現状確認を終えると、朔月は途方に暮れた。

 両親の喧嘩。ノーアンサーとの出会い。思い出のギターを捨てられたこと。そして命を賭けたライダーバトル。

 あまりに連続して起きすぎて、朔月の頭はパンクしそうだった。冷静になって、尚更。

 

「……もう少し、頭を冷やそう」

 

 結局朔月は、抱えたストレスを少しでも発散させる為に夜の街へ繰り出した。

 といってもいかがわしいことは無い。漫画喫茶やコンビニで夜半になるまで時間を潰すだけだ。声を掛けてくる男もいたが、それは逃げるように躱す。まだ鬱屈を淫欲で発散する程世俗に塗れてはいなかった。

 そして時刻が深夜を回り、今度こそ母親が寝静まった頃合いを狙って帰宅し、就寝する。

 考えなければならないことはたくさんある。しかし疲れがそれを阻害する。

 だから朔月はその全てを明日の自分に託し、今日のところはそれなりに安らかな眠りにつくのだった。

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