仮面ライダー銀姫   作:春風れっさー

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二日目-1 炎と虚ろ

 日が明けて間もない時刻、清涼な空気が満ちる早朝。鳥の声が鮮明に響き渡る中で朔月(はじめ)は家を後にした。

 朔月の登校はいつも早い。なるべく家にいたくないからだ。それに母親は朝食など作らないので、自前で調達しなければならない。昔から更科家のテーブルの上に置かれるのは、食事代と書かれたメモと千円札一枚きりだった。立派なネグレクトだが、嫌いな母親の顔を見なくて済むのなら朔月にとってはその方がマシだった。

 

(マリードールが消えてない……ってことは、やっぱり夢じゃないんだね)

 

 朝靄煙る中、制服姿で歩く朔月はブラウスの下に隠したネックレスへ手を当てた。硬い感触がそこから伝わってくることを感じ、安心と憂鬱が入り混じったなんとも言えない感情を抱きつつ回想する。

 

(これに手を当てると、いくつかのことが脳裏に浮かぶ)

 

 どうすればマリードールの機能を扱えるのか、感覚的に何となく分かるのだ。それは言うならば説明書のようなものだった。例えば――

 

(ドライバーは、消えてない。このマリードールに念じれば、いつでも出せる)

 

 変身に必要な黒いドライバーは、無くなった訳ではなくマリードールに内蔵されているだけだということ。

 

(そして多分、現実でも変身は出来るということ)

 

 あの世界――ノーアンサーの作り上げた戦場以外でも変身は可能のようだった。おそらく今ココで変身しても、銀姫になれるだろう。

 

(とても危険な力だ)

 

 銀姫の力を体感した朔月は直感する。腕力も跳躍力も常人の比ではなかった。人間のアスリートなど遙かに超越し、装甲は銃弾すら弾く。この力があれば、どんな犯罪も思うがままだ。

 ぞくりと肌が粟立つ。もし、それを厭わない人間があの荒野に集った少女たちの中にいたのなら――大変なことになる。

 

(どうか、何も起こりませんように)

 

 そう願いつつ、自分も使わないように己を戒めた。

 そうこうしている内に、コンビニへ辿り着く。

 

 朔月の登校はいつも、行きがけにコンビニへ寄るところから始まる。朝食を調達するためだ。

 朝焼けがようやく消えたぐらいの時刻ではコンビニも流石に人気が少ない。少しでも家にいたくない朔月はとにかく早くに家を出るから、尚更に。

 昨日はよく眠れなかった。気分は最底辺。だから一日のモチベーションを上げるために少し奮発してナポリタンランチパック買い求めた。少しでもおいしい物を食べて元気を出すためだ。それをしまったエコバッグを手に外へ出てみると、そこにはプラスチックの容器を持ってベンチに座るノーアンサーがいた。

 

「うわっ!?」

 

 唐突なその姿に朔月はエコバッグを落としかけた。相変わらずナイトドレスを身に纏った艶姿は、朝という時刻その物に拒絶されているかのように浮いていた。大人しくコンビニ前に設置されたベンチに座っている筈なのに、どうしようもなく間違っているように感じてしまう。

 そんな自身の纏う雰囲気を気にもせず、ノーアンサーは驚く朔月に微笑を浮かべた。

 

「ふふふっ。慌てちゃって」

「な、何してるの?」

「見て分かるでしょ? 朝ご飯食べてるの」

「あ、朝ご、はん……」

「朝ご飯が健康の、もとい美容の要よ? 女子として食べるのは当然でしょ」

 

 そう嘯くノーアンサーだが、そう言いたくもなる。

 もし彼女が食べていたのが例えばソフトクリームとかならば、まだ分かる。いやシュールではあるが、少女が食べるものとしては納得がいく。

 だが彼女が食べていたのはどう控えめに見ても……チャーハンだった。

 どう見ても目の前のコンビニで買ったチャーハンである。

 プラスチックのスプーンで色づいた米を掬うナイトドレス姿のノーアンサーは、どうにもミスマッチだった。

 

「ど、どうしてチャーハン……」

「あらイケない?」

「イケなく……は、ない、けど……」

 

 朝食べるものとしては重くないだろうか。それに昨日人間ではないと言ったのは自分ではないだろうか。そんな疑問を朔月は胸の内で燻らせたが、口にすることはなかった。

 釈然としない気持ちに朔月がなんとも言えない顔をするのを見て悪戯心は満たされたのか、スプーンを片手にしながらもノーアンサーは本題に入った。

 

「ま、わざわざ朝ご飯の時間にここに来たのには理由があるわ」

「理由?」

「バトルのルールを説明する為よ」

「!!」

 

 朔月は目を見開いた。

 ノーアンサーはスプーンから米粒を溢してしまわないよう気をつけつつ続ける。

 

「貴女にはまだちゃんと説明してなかったなって思って」

「それは……そう、だけど」

 

 確かに、朔月はライダーバトルに関しての詳細な説明を受けていなかった。他の少女たちはある程度受けていた様子なので、もしかして自分だけが受けていないのかと不安にもなっていた。

 まさか本当に忘れられているとは思わなかったが。

 

「じゃあ、説明するわね」

 

 そう言ってノーアンサーはスプーンを一旦置き、指を一本立てた。

 

「一つ。七人ミサキ全員を殺した物が勝者」

 

 それは、最初にも言われたことだ。それを確認させるようにノーアンサーは呟き、二つ目の指を立てる。

 

「二つ。バトルは夜に行なわれる。全員参加ね。その際、マリードールが知らせてくれるわ」

 

 それは、新情報だ。朔月は無意識に己の首にかかった女神像を握りしめた。やはりこのネックレスには、変身アイテム以上の機能が籠められているようだ。

 

「三つ。死亡、あるいはドライバーを破壊された者は敗退となる」

「ドライバー?」

「そう。正確に言えばマリードールね。それを破壊されたライダーは、失格となるわ」

 

 その言葉に朔月は一縷の希望を見いだした。ドライバーの破壊――誰かを殺さず、それだけをすればいいなら戦える気がした。

 

「四つ。ライダーバトルのことを参加者以外に公言した場合も失格となる」

 

 更に一本、指を立てた。拳が完全に開いてパーの形になる。

 

「五つ。時間は無制限。勝者が決まるまで、何日でも開催する。――こんなところかしらね」

 

 言い切ると、ノーアンサーはスプーンを再び手に取った。もう話は終わりだと言うように。

 だが当然、朔月にはまだ聞きたいことがある。

 

「待って。その……棄権、とかは出来ないの?」

 

 バトルからの棄権。それが可能ならば選択肢の一つだ。

 朔月はまだ、ライダーバトルを降りたいと思ったわけではない。殺し合いは勘弁だが、変身出来るということに一抹の魅力を感じているからだ。しかし殺し合いが本格化すれば、良識を以てライダーバトルを辞退する、ということはあり得た。

 それに、追い詰めた相手に降参を強いることが出来る――そう考えての質問だったが、ノーアンサーは首を横に振った。

 

「不可能よ。ライダーバトルに参加した時点で、勝つか負けるか。どちらか一つ」

「……そう」

 

 正直、そうじゃないかと朔月は思っていた。

 このライダーバトルは、悪辣だ。ほとんど説明もないまま少女を取り込み、七人ミサキの正体を告げずに殺し合わせる。であるなら、ルールもまた辛辣であることは容易に想像できた。

 

「もう質問はない?」

「……さっき、時間は無制限って言ったけど……」

「あぁ、正確に言うならば一日のバトルは基本三時間。けど勝者が決まるまで何日でも繰り返す……ってことね」

「……じゃあ、ホントに願いを叶える人が決まるまで終わらないんだ」

 

 苦い物を噛み締めるように朔月は呟いた。

 誰かが願いを叶えるまで、この戦いは終わらない。

 それがこのバトルの、絶対のルールのようだった。

 

 その事実を再確認し表情を苦くする朔月の前で、ノーアンサーも突然顔を顰めた。

 

「うわ、このチャーハン、トウモロコシ入ってる! 私こういう邪道嫌い!」

 

 言うや否やノーアンサーは、上機嫌に食べていた筈のチャーハンをゴミ箱へ叩き込んだ。まだ半分ほど残されたチャーハンは容器ごとゴミ袋の中へ落ち、食物からゴミへ成り下がる。食べ物を粗末にしない、という道徳がまるで無いかのように振る舞うノーアンサーは、やはり掴み所が無い存在だった。

 怒り心頭となり眦を吊り上げたノーアンサーは、興奮した気分を抜くかのように溜息をつくと朔月へ向け振り返った。

 

「はぁ、ヤな気分になっちゃった。時間切れよ。今日の質問時間はお終い」

「え、もう……」

「また気が向いたら答えてあげるから。じゃ、また今日のバトルでね」

「……今日の、バトル」

 

 そうか、今日もまた殺し合うのか――そう憂鬱な気持ちになりながら、朔月はやはり忽然と消えたノーアンサーのいた場所を陰気に睨んだ。

 

 

 

 

 

 公立鹿毛野高等学校は『普通』や『変哲のない』という言葉がよく似合うごく平均的な高校だった。

 偏差値は中間。在籍生徒も中規模。優等生もいれば不良もまた同じくらいには存在し、どちらかに偏るような均衡はまずない。歴史は深くもなく浅くもなく。制服は没個性的な紺のブレザー。一度建て替えた校舎は老朽化とは無縁だが、十年は経っているのでピカピカで綺麗という訳でも無い。

 まったく特色の無い高校。それが鹿毛野高校だった。ある意味では、そのどれでも中間をいく姿は奇跡的に映るかもしれない。

 朔月がそんな学校に入学したのは家が近いからという単純な理由だが、今では彼女の唯一の癒やしとなっていた。

 

 オキニのランチパックを食べても味のしなかった朔月の気分がようやっと上方指向になったのは、登校してきた友人に挨拶をした時だった。

 

「おはよー」

「はよー」

「おはよう!」

「朔月は朝から元気だねー」

「一番朝早く来るのにねー」

 

 眠気で怠そうにしている友人たちのいつもの姿を見て、朔月はやっと日常に帰ってきた心地を覚えた。母親の悪意、ライダーバトル、そして今朝のノーアンサー。非日常で溺れかけていた朔月はようやく息が出来た気がして生き返る思いだ。

 ……一緒に買ったギターを思い出して胸にチクリと走るものはあったけども。

 

「ま、今日は日直のお仕事もあるからっ」

 

 そう言って朔月は学級日誌を手に取り努めて元気よく返事した。

 やがてクラスに人が充満し始め、ホームルームの時刻が訪れる。定刻ギリギリになってやってきた中年の担任教師に向け、日直である朔月は元気よく号令を取る。

 

「気をつけー、礼ー、着席ー」

 

 普段通りのルーティーン。いつもなら少し面倒な日直業務も今の朔月にとっては癒やしだ。

 だがいつも通りを望む朔月とは裏腹に、その日のホームルームは少し違っていた。

 

「今日は転校生を紹介する」

 

 担任がそう告げると、生徒たちはざわめき出す。

 朔月も、妙な時期だと思った。今は夏に入りかけた頃だ。学年や学期の変わり目ではない。後一ヶ月もしないうちに夏休みだ。親の仕事の都合にしても、転校生にとってやりづらい季節だろう。

 そう疑問に思う内にも担任は扉の前で待たせているらしい転校生を呼び込む。

 そして入ってきた少女を見て――朔月は動転した。

 

「えっ……」

 

 そう漏れ出た声すら、完全に無意識で。

 そこにいたのは見覚えのある赤毛の少女だった。パンキッシュファッションから朔月とまったく同じ制服に変わっているが、炎を宿す鋭い目付きも、刺々しさを纏う気怠げな態度も、そのまま。

 光景がフラッシュバックする。明確な覚悟を持って朔月の前で敵対宣言を言い放つ、戦士のような少女の姿。強い言葉に恐れと畏怖を抱いた筈なのに、何故かそれが悲しくて、寂しくて――そんな感情すら蘇る。

 カツカツとチョークの音が鳴り響いた。

 

「えー、今日から我が校の生徒となった、あー、自己紹介よろしく」

「竜崎爽です。……よろしく」

 

 黒板に書き込まれたその名は紛れもなく、荒野で出会った少女の名前だった。

 

「なん、で……」

 

 大きな落とし穴に落とされたようなショックが朔月を襲った。楽しい日常を送ることの出来る筈の教室の風景が、急に遠くなったように感じられる。天国にいた筈が、地獄の鬼に肩を叩かれた気分。

 静かに衝撃を受ける朔月を置いて、教室は新入生という新しい刺激に楽しげにざわつく。

 

「はいはい。色々聞くのは休み時間にしてね。それと……」

 

 担任教師はパンパンと手を叩いて喧噪を落ち着かせる。そして教室に目を彷徨わせ、一角を指差した。

 

「席はそこね」

「はい」

 

 爽が歩いてくる。すれ違いざまにふわりと浮いた赤い髪は、間違いなくあの時見た少女の髪だ。呆然とそれを見送り、爽は一番後ろの席に着席した。

 

「それと今日の日直は誰?」

「更科さんでーす」

 

 生徒の誰かが答えた。それに頷いて、担任は朔月の方を向く。

 

「なら更科さん。お昼休み竜崎さんの学校案内よろしくね」

「えっ……」

「じゃ、ホームルーム終わり。後は交流を深めてね」

 

 担任を粋な計らいに、生徒の誰かが指笛を鳴らした。呆けている朔月を余所にそのまま本当に退室し、教師の目が無くなった生徒たちは群がるように爽へ殺到する。

 

「ねぇねぇ、髪赤いけど染めてるの?」

「地毛よ。学校側に染めた方がいいか聞いたけど、地毛ならいいって回答を貰ったわ」

「こんな時期に転校なんて珍しいねー」

「親の都合ね。高校生が転校する理由なんて、そんなもんでしょ」

「前はどこ住みだったのー?」

「神奈川よ。学校は――」

 

 質問攻めも、爽はクールに捌いている。我に返った朔月が話しかけようと振り返るが、そこには隙間無く彼女を囲う人の壁が出来上がっていた。とてもではないが割って、しかもライダーバトルについて聞くことなんて出来そうにない。目立つ赤髪の少女は刺激に飢えている生徒たちの好奇心を刺激したのか、それ以降の休み時間もずっと囲まれていた。

 結局朔月が爽へ話しかけるチャンスは、学校案内を言いつかった昼休みを待たなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

「りゅ、竜崎、さん。案内、しようか?」

 

 伺いを立てるような口調になってしまったのは、距離感を掴めていないだけではないだろう。

 

「ん……分かった、お願い更科さん」

 

 かくして爽は素直に頷き、また集いつつあったクラスメイトに断り席を立つ。

 連れ立って二人は教室を出る。昼休みに入って賑やかになった廊下だが、二人の周りだけは妙に静かだ。

 先に口を開いたのは、朔月の方だった。

 

「その、竜崎さん」

「何、更科さん」

 

 名字を呼ばれ、朔月の顔が濁った。更科の名がどうにも汚らわしく思えてしまった。昨日まで何も思わなかった筈なのに、今はどうしても受け入れられなくて胸が騒ぐ。あんな家にいたくないと強く思ってしまったからだろうか。

 

「ごめん、下の名で呼んで。名字は……嫌いだから」

「……ハジメ、だっけ」

「そう、新月の(さく)(つき)と書いて、朔月(はじめ)

「ふぅん。珍しい名前だね。意味は?」

「……さぁ」

 

 案外新月に生まれたから、なんて理由なんじゃないかと今は思える。両親が凝った名前を考えてる姿は想像もつかない。

 

「……それで、竜崎さん」

「アタシも爽でいいよ」

「そっか。じゃあ爽」

 

 互いに名前で呼び合うことになったが距離は縮まった気はしない。

 朔月は警戒心を言葉に乗せた。

 

「なんで、来たの」

「別に、他意は無いよ。家の都合。まぁライダーバトルがあのツインテの子の言う通り市内で開かれているんだとしたら、運が良かったとは言えるかな」

 

 朔月の問いにこともなげに答える爽。声を震わす朔月とは違いいたって冷静だ。だが一見要領を得ない質問に明確に答えたということは、彼女が紛れもなくあの荒野にいた本人であるという証左でもあった。

 

「あの時、学校を答えなかったのは……」

「アンタが騒ぎ立てると思ったからだよ。後、他にバラすのも癪だったし」

 

 まさか同じクラスだとは思わなかったけど、と爽は廊下を観察しながら呟く。

 

「それにどうせ敵対するのに、仲良しこよしをしようとは思わない」

 

 その言葉に、朔月はあの荒野での宣言を思い出した。

 

『忘れない為だ。アタシはバトルをする。勝ち残る。そしてその責任からも逃げない』

 

 力強くそう告げられた宣言。確かな決意と底知れぬ決意を感じさせたあの言葉は、今でも朔月の身を畏怖で震わせる。

 

「やっぱり、戦う気なんだ」

「一日で変わるわけないでしょ」

 

 それは、そうだ。一朝一夕で崩れるような軟弱な気構えじゃ、人を殺そうなんて思わない。

 だけどそれは、きっと一人きりの覚悟じゃない。

 

「バトルに挑むってことは、殺されるかもしれないのに」

 

 竈姫らしき少女の視線を思い出す。籠められた明確な敵意。そして実際にネズミをいたぶるが如き殺意に晒された経験が、爽以外の殺意の存在を確信させる。戦う少女は、一人じゃない。

 

「分かってる。アタシも、一度バトルした」

「え……いや、そっか」

 

 一瞬驚き、そしてすぐ理解した。ノーアンサーも全員参加と言っていた。朔月と竈姫が戦っている間、きっと裏では別のライダー同士の戦いが繰り広げられていたのだ。だから爽も戦う恐ろしさは十分理解しているのだろう。

 

「黄色というか、金色をしたライダーだった。向こうにとっては様子見だったのか、あまり攻めては来なかったよ。それに他にトラブルもあったから、本格的な戦いにならなかった」

 

 トラブル? 気になったが、それ以上に聞きたい質問が口を突いて出た。

 

「……そこまでして、どうして戦うの?」

 

 戦いを経験した。だのに、揺るがない。恐怖を知っている筈なのに、叶えたい願いを志す。それだけの想いを胸に戦う彼女は、どんな願いを秘めて戦うのか――気になった朔月は疑問を言の葉に乗せた。

 二人は隣り合って歩いている。だから朔月からも爽の表情は確認できた。

 てっきりまた、並々ならぬ闘志を燃やすのかと思っていた朔月だったが。

 

「……どうしても、やらなきゃいけないことがある。それだけ」

 

 そう紡ぐ爽の表情は悲しげに歪んでいた。先程までの堅硬な意志は鳴りを潜め、瞳は冷たく鎮火している。煌々と燃える太陽が、一転して黒く塗りつぶされたかのようにギャップの深い光景。意外な姿に、何か朔月はイケないものを見てしまった気分になった。だから打ち消すように、自分の言葉を告げる。

 

「私は、戦いを止めたい」

 

 それは朔月なりの覚悟だった。

 

「殺し合いなんて、間違ってるよ。そんなことして叶える願いって、本当に正しいの? 私には、分からないよ」

「……正しいかどうかなんて、関係ない」

 

 朔月の言葉が引き金となったのか、再び爽の瞳に炎が燃え始める。一瞬見せた悲哀は、蒸発するかのように失せていた。

 

「アタシは、取り戻すんだ。その為なら、他の願いを踏み躙ってでも叶えてみせる」

 

 確固たる意志。その強さを感じ取った朔月は言葉を詰まらせる。説得するべきだ。そう理性が叫ぶが、脳髄の深いところは無理だと断じている。認めたくない現実。彼女を止めるには――今の自分は、あまりにも薄っぺらすぎる。

 戦いを止める? それは、ただの良心からだ。

 どうして参加した? だって、ギターを捨てられたから。

 何も無い。自分には。変身という願いだって、自分に何も無いから祈ったのだ。誰かを犠牲にして叶えたい願いなんて思いつくことすら出来ない。そう言えるだけの積み重ねを、朔月は持っていない。だから何も言えない。

 

(折角、変身出来たのに……)

 

 あの時、銀姫に変身した時の全能感を思い出す。竈姫と対峙したあの瞬間、心の奥底から湧き出るのは勇気だった。少なくとも朔月はそう思っている。翻って今はどうだ。一人の少女の説得すら、ままならない。

 これじゃ、変わらない。変身なんて、出来てない。

 

(銀姫になったら……少しは、勇気が出るのかな)

 

 無意識にブラウスの下に隠したマリードールに手を触れる。何も無い、冷たいだけのネックレス。でも触れているとそこから熱が伝わってくるような気がして、少しだけ気が和らぐ。

 そんな朔月を横目で見ていたのか、爽が問うてくる。

 

「アンタは、どんな願いを叶えたくてバトルに挑んだの?」

「え? それは――」

 

 答えようとして、すぐに詰まる。言えない。

 変身したい――それは、爽から伝わってくる覚悟と比べてあまりにもちっぽけな願いに思えたからだ。そう自覚してしまえば、恥の気持ちが喉につっかえ言葉を紡ぐことを許さない。

 そして気付く。

 少女たちが、他人の命を奪ってまで願いを叶えようとする戦場で――如何に自分が場違いなのか。

 

「……普通の、願いだよ」

 

 そう絞り出すのが精一杯だった。

 

「なら、邪魔はしないで」

 

 爽は冷たく突き放す。その声音に揺るぎはない。

 

「アンタに何を言われても、アタシは絶対叶えてみせる」

「………」

 

 それきり聞く気は無いとばかりに爽は口を閉ざした。

 朔月もそれ以上ライダーバトルについて聞く気力を失ってしまった。

 それからは、普通の学校案内になった。特筆すべき事は何も無く、朔月は日直という職務に忠実に施設を紹介していった。

 

 昼休みは鳴り響く予鈴によって終わりを告げ、放課後となり友人と別れ、そして……夜が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 月の下、朔月は人気の無い公園のブランコに座っていた。ライダーバトルに巻き込まれるところを人に見られる訳にもいかず、易々と家に帰る気にもならなかったからだ。生温い風の吹く夜の公園はオバケの嫌いな朔月にとって不気味だったが、それでも家よりはマシと思えてしまう。

 

 学校で別れた爽という少女のことは気がかりだが、今はまず、今日のバトルだ。

 ノーアンサーは、バトルが夜に起こると言っていた。今日もある、とも。しかしその正確な時刻は分からない。ならば、前例から推測するしかないだろう。

 公園内の時計を見上げる。時刻は八時過ぎ。昨日バトルに巻き込まれた時間だ。何か起こるとしたら、これから。

 キィキィとブランコを揺らしながら何が起こるのかと身構えていると、胸のマリードールが淡く輝いた。ノーアンサーの言っていたマリードールが知らせてくれるというのは、恐らくこれだ。

 

「……どうするんだろう?」

 

 が、知らせてくれたとはいえ何も出来ない。マリードールを触っていても、何も伝わってこない。

 途方に暮れながら見つめていると、朔月は周囲の風景がいつの間にか歪み始めていることに気付いた。

 

「え?」

 

 慌てて公園の入り口を振り向く。公園自体に人はいないが、その正面の道路には車が通っている。朔月には道路も歪んで見える。だが車はなんということも無く過ぎ去った。

 おかしいのは自分だ。そう気付いた瞬間には、朔月はまったく違う場所に立っていた。

 

「……あの時と、同じ……」

 

 最初に転移した時と同じだった。数瞬前までとはまるで違う場所にいる。だが前と違うのは、周囲に広がる光景だった。

 

「……砂漠?」

 

 踏みしめる地面は、赤茶けた砂だった。それがどこまでも広がっている。所々に岩山があったり、色の違う砂が層を作っている情景はあれど、草木を始めとする命の気配は欠片もない。空も赤く、太陽の光は弱い。

 赤の砂漠。それが朔月の目の前に広がるパノラマだった。

 

「まるで別の星みたい」

 

 それが当たらずも遠からずであることを、朔月は呟きながら思い出した。ここはノーアンサーの力で創られた別世界。だから非現実的な光景であっても現出することが出来る。そしてこの風景に、意味はないのだ。

 

「っ、ライダーを、探さなきゃ」

 

 朔月は歩き出した。この世界は決戦場だ。ここに呼び出されたのなら、他のライダーもいる筈。戦うにしろ話し合うにしろ、対戦相手を見つけなくては話にならない。

 砂を踏みしめ、朔月は歩む。ローファーで噛む砂は滑りそうだったが、沈み込むほど深くはない。靴の中に砂が入ることに目を瞑れば歩くことに支障は無い。気温は暑いどころか涼しく感じる。少なくとも制服姿では活動できないということは無さそうだった。

 だがすぐに途方に暮れた。

 

「ひ、広すぎ……!」

 

 砂漠は見渡す限りに広がっていた。岩山の間には地平線すら見える。圧倒的な砂の大地。歩めど歩めど変わらぬ風景に、朔月の心は早くも折れかかっていた。

 前の廃墟はまだよかった。人がいないとはいえ建物があったし、その広さは実感しづらかった。

 だが何も無い風景は、何かを探索するという目的を前にしては高い壁として立ちはだかる。

 

「もーっ、ノーアンサー、せめてすぐ会えるようなところにしといてよーっ!」

 

 天を仰いで叫ぶ朔月。心の叫びだ。しかしてその叫びは天に届いたのかはたまたノーアンサーが汲み上げたのか、それとも普通に彼女(・・)が聞き咎めたのか、朔月の願いは果たされる。

 

「アンタさぁ……狙撃されるとかは考えない訳?」

「え?」

 

 不意に聞こえる声。存外近いところからかけられた声を探して朔月は周囲を見渡す。

 そしてほど近い岩山の陰から一人の少女が姿を現したのを発見した。

 

「あっ……」

 

 そこには半ば赤茶けた大地に溶け込んだ燃えるような髪がたなびいていた。同じく赤いパンキッシュファッションに身を包んでいるのは、一度帰宅して着替えたからか。

 

「……なんでよりによってアンタなのさ」

 

 なんという運命の巡り合わせだろう。あるいは、ノーアンサーが悪辣な企みを施したのか。

 首筋に手を当て呆れ顔をしているのは、紛れもなく昼休みに言葉を交わした少女、竜崎爽だった。

 

「いくらアタシでも、やりづらいんだけど」

 

 そういう爽は、それでもやはり瞳に闘志を宿していた。

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