「……爽」
現われた少女に、
今日、顔を合わせた少女。
学校を案内した転校生。
そして――戦うことを厭わないライダー。
竜崎、爽。
「戦いにくい」
真っ直ぐ朔月を見据えながら呟く。
「あぁ、認めるよ。戦いにくいよ。アタシだって、しゃべった相手をその日に殺すなんて……嫌に決まってる」
まるで誰かに弁解するように言葉を紡いだ。口の端は苦々しく歪められ、握り込まれた革のグローブが悲鳴を上げている。炎を灯した瞳孔は微かに揺らいだが、それはほんの一瞬のことだった。
「殺して嬉しい訳じゃない。楽しい訳じゃない。好ましいって感じた人を手にかけて、そんな訳がない。だけど……」
赤いレザージャケットの下、タンクトップの中から爽は鎖を摘まんで持ち上げた。その先には、朔月と同じ女神像が垂れ下がっていた。引き千切るように引っ張れば、そのネックレスは抵抗なく外れた。同時に光が発生して腹部へ集まる。光が消えるとそこには黒いドライバーがベルトとなって装着されていた。
「それでも、叶えたい願いがあるんだ」
「そ――」
叫ぼうとした、名前を。
だが間に合わない。彼女は違う名を纏うことを選んだ。
「変身」
マリードールが装填される。壊れたラジオのような、おどろおどろしい電子音が響く。
《 Blood 》
《
叶えるは野望 誰の? 》
問いかける言葉と共に、爽の肢体は赤黒い光に包まれた。その光が晴れた時、そこにいたのは爽であって爽では無い。
赤黒いインナーの上に、鮮やかな赤のコートを羽織った姿。頭部は宝石のように艶めいた青のバイザーが覆い、胸部には同系統の青い胸甲。露出した口元は油断なく引き締められている。銀姫とは対照的な軽装だ。敢えて共通点を上げるとすれば、腕と脚は銀姫と同じ形のブレーサーが嵌まっていた。
例えるなら、赤い魔術師。
「アタシは、仮面ライダー
「血姫……!」
「恨む時は、この名と竜崎爽の名を唱えな!」
血姫は大地を蹴った。人間なら二メートル進めば良い方な跳躍は、軽々と十メートルの距離を縮める。
「っ!!」
朔月は咄嗟に身を捻った。一瞬先までそこにいた空間を、血姫の拳が掠めていく。
「やめてっ、爽!」
朔月は叫んだ。だが、叫んでから悟った。
そしてやはり、血姫はその叫びを否定する。
「違う! アタシは血姫だ。アンタを殺すまで、止まらない仮面ライダーだ!」
爽の覚悟は揺るがない。そして、
ただ、決意を込めて殺そうとしている。
「ぅ、ああぁ!!」
竈姫に追い詰められた時の同じような感覚が爆発する。このまま、むざむざと死にたくはない。
朔月もまた、マリードールの鎖を引き千切った。
「変身!」
《 Silver 》
《 戦いは止まらない 何故?
運命は変わらない 何故? 》
出現したドライバーに、叩きつけるように女神像を装着する。銀の光が朔月を覆い、その輪郭を変えていく。
血姫の拳が叩きつけられる。だがその瞬間にはもう既に、黒いインナーに包まれた腕がその拳を受け止めていた。
「……それが、アンタの鎧なんだね」
「………」
銀姫は無言で拳を振り払う。血姫は無理に追撃をすることなく、その場を飛び退いた。距離が開く。赤茶けた風が二人の間を舞った。
「……戦う、んだね」
銀姫となった朔月は血を流すように呟いた。迷いはある。だが、疑いはない。
血姫となった爽は頷き、拳を握った。
「そうだ。アタシと戦え、朔月。アタシの願いの為に。アタシと殺し合う為に」
「……分かったよ。けど、二つ訂正がある」
銀姫も構える。腕を身体と平行にした、どちらかというと守りを重視した構えだ。
「今の私は、仮面ライダー銀姫だ。そして殺し合いなんて、しない!」
「なら、そうして見せろ!」
再びの跳躍。一瞬で肉薄した血姫は勢いのままハイキックを繰り出した。頭を性格に狙った蹴撃を、銀姫はブレーサーでガードする。金属同士がぶつかり合う硬質で甲高い音が砂漠に木霊した。そのまま押し切ろうと血姫は脚に力を籠めるが、ビクともしない。
「くっ」
ハイキックを防がれた血姫は反動をつけて脚を地に戻すと今度は鋭い右ストレートを放つ。銀姫の腕のガードの隙間を狙った一撃。これを銀姫は上体を傾けることで躱す。そして空振り伸びきった腕を掴み、ジャイアントスイングの要領で投げ飛ばした。
「……やるみたいね」
砂塵を巻き上げ着地する血姫。その口元には悔しげな表情が浮かんでいる。ここまでの攻防で互いの格闘能力を理解したのだ。血姫の方が動きは素早く鋭いが、銀姫の方が腕力がある。ガードの力強さがそれを物語っていた。その腕力と見るからに厚い銀の鎧を鑑みれば、防御に徹した銀姫を突破することが如何に困難か想像がつく。
このままでは千日かかる。そう悟った血姫は腰のパーツを叩いた。
「!」
それが何を意味するか知っている銀姫は警戒を強める。
血姫の手に光が集まり、形を作った。光が消えそこにあったのは、剣だ。オーソドックスな、大抵の人間が思い浮かべるようなシンプルな形状の剣。銀姫の物と違うのは若干幅広で、剣先から柄に向かうにつれ太くなっているところだ。
剣の姿を認めた銀姫は自らも腰を叩き剣を手にした。こちらは前と同じ直剣。血姫の握ったそれと比べれば些か頼りない印象を受ける。
「……行くよ」
宣言通り、血姫は切り込んできた。鋭い突き。狙うは頸だ。苦しむ暇も無く死に至らしめるのなら最上の狙い。しかし一直線なら軌道は簡単に読める。銀姫は手にした剣で切り払った。剣と剣が克ち合い、火花が散る。
「ハァッ!」
が、血姫の攻勢は剣斬だけでは終わらなかった。勢いを維持し、今度は蹴りが銀姫を襲う。剣をやり過ごし油断していた銀姫は、腹部に突き刺さる爪先を避けられなかった。
「はぐっ!」
呼気が漏れる。鈍い痛みも奔った。だが、言ってしまえばそれだけ。
十メートルを一足で稼ぐ脚力が炸裂したにしては軽いダメージだ。大した痛痒にはならない。銀姫はすぐに立ち直り、剣を振って牽制し、血姫を退かせた。
稼いだ距離で腹部をさする。鈍痛はあるが、もう引き始めている。回復力が高いのか鎧が硬かったのか、あるいはその両方か。少なくとも蹴りの一撃や二撃でどうにかなる身体では無さそうだ。
「――剣だけじゃ凌がれる。蹴りじゃ足りない……か」
手応えを確かめるように血姫は呟く。それに不味い予感を感じながらも、銀姫は直剣を正眼に構えて待ち受ける。
銀姫はどこまでいっても守りに専念する気だった。そうする理由はいくつかある。まず第一に殺したくないから攻撃したくない。第二に、銀姫というライダーの能力が防御よりだと何となく察しているから。そして第三の理由だが……ごく単純に、攻撃が鋭くて防戦一方にならざるを得ない。
だからこそ、銀姫は、
これからも先手を許す。
「なら、こうだ」
血姫はもう一度腰部を叩いた。再び光が集い……左手には、もう一本の剣が握られていた。
「嘘っ!」
仮面の下で目を剥く朔月。流石に予想外だ。血姫はまったく同じ形状の剣を両手に握り、三度銀姫に迫った。
「せあっ!」
裂帛の呼気と共に、まず左の剣が振るわれる。その初撃はどうにか、中段に置いておいた直剣で防ぐ。だが右の第二刀は、左肩で受け止めることとなってしまう。斜めから振り降ろされる袈裟斬りが肩甲を打った。
「ぐっ!」
ガァン! という鍋を叩いたような不快な音と共に衝撃と痛みが中身に浸透する。しかし先と同じ、しばらくすれば癒える痛みだ。だが血姫はそれが治るのを待たず、左の前蹴りを銀姫の腿へと叩き込んだ。
「っっ!!」
絶え間ない攻勢。一撃防ぐ間に二撃入れられた。それがどれだけ不味いことかは、まだ戦闘素人な銀姫でも理解できた。
そして蹴りの反動で一瞬離れた血姫は、今度は砂を蹴り上げ飛び上がって斬りつけてくる。
一撃。上段からの斬り下ろし。横に倒した直剣で受ける。
二撃。掬い上げる脇腹狙いの刃。空けておいた片手のブレーサーで防御。
三撃。二撃目に追随する軌道のローキック。太ももに力を籠めて耐えた。
が――四撃。銀姫のまったく意識外からの打撃が彼女の頭を揺さぶった。
「ひぐっ!?」
横合いから殴りつけられ、銀姫はたたらを踏んだ。なんだかんだ攻められても大きく姿勢を崩さなかった銀姫だったが、まるで予想できなかった一撃は堪えられなかった。
頭部への衝撃にグラつく視界で正体を確かめれば、それは何か曲がりくねった細長い物体だった。
「鞭!? い、いや……」
最初は紐のような武器かと考えた。だが、血姫の両手は剣で塞がっている。そしてよく見れば、それは血姫の背腰部から伸びていた。今まで真正面から対峙していたので見えていなかったそれは、
「尻尾!?」
爬虫類じみた尾。それが血姫の、二剣、蹴りから繋がる第四の手札だった。
銀姫が驚こうと血姫がそれに合わせる義務はない。
再び跳躍。死の舞踏が、銀姫に襲い来る。
「くっ――」
やはり銀姫は受けに回る。細剣を横に構え腕は盾のように。腰を落として力を蓄え足裏で砂を噛む。それは堅い防御ではあったが、同時に反撃の一切を封じた不自由な体勢でもあった。
クルリと回るように振るわれた二枚刃が、それを防いだ隙を滑り込む尾の一撃が、体勢を立て直す暇を与えない追撃の蹴りが銀姫を襲う。だが、今度は四連撃だけに終わらない。蹴りの反動で更に舞い上がり、回転の勢いを消さないまま血姫は舞い続ける。より速く、より鋭く、より強く、なっていく。
(こ、れ……! これ以上回らせ続けたら――!)
攻勢は、次第に銀姫の防御を崩しつつあった。鉄と鉄が擦れ合う火花が散り、銀鎧の表面に傷が増えていく。澱積もる痛みが身体の動きを鈍らせる。攻撃され続けているというストレスが、心を弱らせていく。
「ぅ、あああぁぁーーっ!!」
我慢の限界を迎えた銀姫は癇癪を起こしたような叫びを上げ、細剣をやたらめったらに振り回す。当てるという気はあまりなかった。とにかくこの舞踏を止めようとした。
だが、血姫にとってはむしろ待ち受けた瞬間だったのか。
「もら、った!」
振るわれた剣尖を、同じく剣で絡め取る。あっ、と銀姫が思った瞬間には、二本の剣は宙を舞っていた。サク、という砂音が響けば、そこには二つ並んで仲良く突き立つ双剣が。
銀姫は、唯一の武器を失った。対する血姫にはまだ一本の剣と、しなる尻尾がある。
仮面からはみ出た半面に絶望が浮かぶ。
「――これで!」
トドメを刺すべく血姫は、剣を振り上げる。銀姫は圧倒的に不利な状況に打ちのめされながらも、生き残るべく身を固めた。
ここからもやはり銀姫は防戦一方に追い込まれ、血姫は攻勢を強めていく。トリッキーな剣術に一つ一つ反撃の手段を奪われ、やがて、赤茶の地に伏す――、
このままなら、そうなる筈だった。
「キィーッ!!」
二人の頭上から、怪鳥音が響かなければ。
「!?」
「えっ?」
両者が弾かれるように空を見上げれば、そこには飛びかかってくる黒い影の姿があった。その着地点は丁度両者の間で、二人は飛び退いて躱すことになる。
「……何、これ……」
降り立った影を見て銀姫は気味悪そうな声を上げた。そう言いたくもなるような、異形だった。
まるで黒い全身タイツを着ているかのような見た目。しかし間近でみるその質感は、着物というよりも生に近い。オオサンショウウオに似た表面は、微かにぬめっている。顔には仮面。燃え尽きた灰のように白いそれは、イナゴを模しているようだ。ただその口元だけは人間のようで。怒りの形相を浮かべ歯を剥いているような、そんな意匠の仮面。
それ以外には精々腰元にシンプルな形状のベルトをしているくらいな人型の生き物に、銀姫は戦慄していた。
「こ、れ? この世界に、私たち以外の生き物が……?」
「違う、コイツは“ダムド”だ!」
銀姫の疑問を、血姫は吠える形で訂正する。そして警句を発す。
「まだ、いる!」
「!」
その言葉に銀姫が見上げれば、その視線の先、岩山の上に立ち並ぶ大量の黒い影。ずらり、ずらり。その数は軽く二桁を超えている。
影――ダムドは、最初の一体と同じように奇声を上げて仮面ライダーたちへ飛びかかってきた。
「!? コイツ、ら!?」
明確な敵意を露わにし、ダムドたちは躍りかかる。自衛のため、銀姫は拳を振るった。相手を突き飛ばすための重い一撃だ。しかし仮面ライダーなら大したダメージのない筈のそれを受けたダムドは、それで霧散するかのように飛び散った。
「えっ!?」
動揺する銀姫。ダムドを斬り払いながら血姫は叫んだ。
「ソイツらは人間じゃない!」
血姫の手元で、同じようにダムドが霧となる。
「ノーアンサーが言っていた。コイツらはこの世界に発生する亡霊のような奴ら、らしい!」
つまり、幽霊。それに類する存在。
苦手な属性を纏うそれに、銀姫の背筋には悪寒が走った。
「いやっ……!」
慌てて纏わり付いてくるダムドを振り払う。振り払うと言っても拳が握られたそれはライダーの膂力でこなされれば裏拳となる。それをまともに受けたダムドは頭を砕かれる形で消え失せる。
銀姫は軽いパニックになりながら血姫に問いかけた。
「どうして、私たちを狙ってくるの!?」
「アタシたち生者を狙ってくる習性があるんだ! コイツらの所為で、アタシは昨日まともに戦えなかった!」
その言葉に、銀姫の中の小さな疑問が氷解した。
昨夜のライダーバトルで、死者は発生しなかった。血姫のように戦う気満々のライダーがいたにも関わらずそれは何故なのか? 初めての戦いで慣れていなかったのもあるだろう。だが一番の理由は恐らく、このダムドの所為なのだ。血姫がトラブルと言った現象はこれなのだ。
成程。今のように群れでライダーたちへ構わず襲いかかるのなら、バトルどころではなくなる。
「っ、弱い、けど!」
一体一体は、別段強くない。
が、如何せん数が多い。
十人どころではない。二十、三十、あるいは、百。
全滅させてバトルに戻ることは愚か、気を抜けばそのまま数で押し潰されかねない物量だ。
「これっ、消せないの!?」
「確か、親玉を潰せばいなくなるってノーアンサーが言ってたけど……」
昨日は結局見つけられなかった、と血姫は悔しげに呟く。
つまりライダーバトルを邪魔無しでやろうと思えば、先にそのダムドの親玉を排除する必要がある。
殺し合いたくない銀姫からすればそれは願ったり叶ったりの状況だが、しかしこのままでは呑み込まれかねないのも事実。
細剣を振るいつつ銀姫は叫んだ。
「とにかく、これをどうにかしないと、でしょ!?」
「……だけど」
「死んだら、願いも何もないよ!」
それは、空虚な朔月であっても喚ける論理で。
だからこそ、頑なな血姫を動かす力を持っていた。
「……一時、だけだ!」
吐き捨てるようにそう吠えると血姫はダムドの肩を蹴って跳躍した。クルリと体操選手のように回転しながら、銀姫の背中側に着地する。
「! ……うん!」
一瞬身を固める銀姫だったが、血姫は銀姫と背中合わせとなるように立ち、目の前のダムドを斬り捨てた。それを見届けた銀姫は、嬉しそうに頷いて自分もダムドと対峙した。
上空から見下ろせば、まるで軍隊蟻が群がる如し。悍ましき黒い渦が生命を喰らわんと、数を増しながらわらわら殺到している光景は吐き捨てたくなる程醜悪で。
されどその中心では、血風と銀光が煌めいていた。
命を燃やすかのように、懸命に。
影を主に斬り払うのは血姫だ。踊るように宙に舞えば、その刃に黒霧が散る。足りないならば尾が打ち据え、足癖の悪さが胸を貫く。一挙一動が死に至る。まさにダンスマカブル。
そしてその背中を庇うように、銀姫の拳が唸る。血姫のように暴れるには、リーチも鋭さも足りない。されど力強い拳は決して止まらず。敵が爪を突き立てようとその鎧には歯が立たない。城壁めいた堅牢さ。
血姫が踊るその背中を、銀姫はピッタリと守り続ける。まるで
即席にしてはあまりにも、噛み合いすぎたコンビネーションだった。
(でも――!)
限りが見えない。銀姫は殺戮を続けながらも焦っていた。
ダムドは数を増し続けている。最早遠間すら埋め尽くされて見える程に。銀姫は浜辺に打ち上げられた大量発生のクラゲを思い出す。あれも悍ましく、そして数えたくなくなるくらいに溢れていた。
違うのはまだ動いているということ。そしてガチガチと牙を打ち鳴らし、生きている肉を狙っているということ。
このままではジリジリと追い詰められ、そして――最悪の想像が、現実となるだろう。
(親、玉は!)
そうなる前に、血姫から知らされた打開方法を果たさなければならない。が、そもそも、
(どれが、ボスなの!?)
分からない。ひしめくダムドは皆同じに見え、違いが分からない。斬り捨てても殴りぬいても、黒い霧と果てるだけで何も変わらない。少なくとも何かを成し遂げた手応えは感じない。
「そ……血姫! このままじゃ!」
「分かってる! けどっ」
血姫からも焦ったような声が返ってくる。彼女もまた、当たりをつけられていない。
見つけるには、どうするべきか――朔月は、空を見上げた。真っ赤な空に、弱々しい太陽が浮かんでいる。
「血姫……!」
銀姫は己の肩を叩いた。肩甲を纏ったそれを、軽く傾ける。その意図は血姫に過たず伝わったが、同時に困惑を引き起こした。
「正気!? 確かに見つけられるかもしれない。でもアンタ一人じゃ……!」
「それでもっ!」
拳を振り抜きながら銀姫は答えた。
「二人で、ううん、どっちかでも助かるなら、それしかない!」
「!! ………っ」
迷い。だが刃を振り抜く一瞬だけでそれを切る。
自分は、死ぬわけにはいかない。その覚悟を思い出す。
「――分かった!」
血姫はステップを踏み、方向を転換する。今までは銀姫の周りを跳ねるようにしていた軌道を、逆に離れるように。二人の鉄壁の連携が崩れる。
一歩、か、二歩。それだけ離れた血姫はその場でまたクルリと回る。その正面、直線上にあるのは――銀姫の背中。
血姫は一瞬だけ力を溜めると、それ目掛けて踏み込んだ。銀姫の背に乗り上げ、肩を踏み、そして、上空へ跳躍。
強い脚力を持つ血姫がそうすれば、彼女の身は高く舞い上がる。
「どれだ――!」
飛び上がり、重力に捕まり自由落下が始まるまでの僅かな時間。血姫は眼下を見下ろし首を巡らせた。広がる醜悪な黒渦。そこから親玉を見つけ排除する為に。
その視界には残された銀姫が掠めた。血姫を送り出し、単身となった銀姫にダムドの群れを排除するほどの攻撃力は無い。群がられ、対処が間に合わず、そして鎧へ牙を突き立てられる彼女の姿が視界を横切る。それを助けたいと、血姫の指先が微かに跳ねる。だがそれを振り払う。彼女の、銀姫の覚悟に応える為にこそ、
「見つけた!」
視線の先には、やはりダムドの群れ。しかしそれはよく見れば二つ
くたびれた浅葱のロングコート。目深にフードを被ったその下には他ダムドとは違うのっぺりとした仮面。区別するなら、パーカーダムドと名付けるか。
それを見つけた血姫はその位置を記憶しながら自由落下に身を任せる。
「血姫!」
自分の前へダムドを踏みつけにして落下してきた彼女の名を呼ぶ銀姫。血姫は再び剣を振るいながら真っ直ぐと一点を指差した。
「この先!」
「そっか、分かった! でも……」
親玉はいた。だがそこへの行く先も、やはりダムドが塞いでいる。このままでは辿り着けない。
「どう行けば……」
「大丈夫」
「え?」
「次はアタシがやる番だ」
そう言って血姫は指先をマリードールに押し当て、なぞった。
《 Blood Execution Finish 》
ひび割れたラジオ声が響く。血姫の握る刃へ赤黒い光が漲り、そしてボッと燃え上がる。剣から炎上した炎は周囲のダムドの焼き、銀姫を解放した。そしてそのまま、天井へ掲げ、振り抜く。
「切り、拓く!!」
一閃。切り下ろされた火炎は一直線へ飛んでいき、炎と煙となってその眼前をモーセのように開いていく。ダムドは霧と消えていき、舗装されすぎる道が出来上がる。その果てにいるのは、パーカーダムド。
「行け!」
「! うん!」
血姫の拓いた道を銀姫は駆け出した。血姫と同じように、船首像に触れながら。
《 Silver Execution Strike 》
血姫とは少し違う音声。銀の輝きは、右足に集う。
駆けて、駆けて、そして飛ぶ。
宙で一回転した銀姫は、眩さを突き出しながら叫んだ。
「せ……やあああぁぁぁーーーっ!!」
裂帛の気合いを叫びながら跳び蹴りを穿つ。その狙いは真っ直ぐ、胸の中心。
避け損ねたのか、あるいはその暇も無かったのか――パーカーダムドは躱すこともせず光に貫かれた。
「っ、はぁっ!」
光となってロングコートごと貫通した銀姫は着地し、背後へ振り返る。その瞬間襲う爆風。パーカーダムドが弾け飛ぶ余波。
その後に残ったのは誰もいなくなった爆心地と、黒い霧に消えていくダムドたち。
「やった……」
あれだけいたダムドたちは全員、立ち尽くしたまま宙に溶けていく。ライダーを襲う様子もない。
元通りの殺風景な砂漠に戻っていくのを見て、銀姫は安心したように息をついた。
「気を抜いていいの?」
声かけたのは、未だ握った剣を肩へと乗せる血姫だ。そう言えば、まだ戦っている途中……力を合わせたのはあくまで一時休戦だったのだと銀姫は思い出し、
「……ま、いいけど」
そう、血姫が剣を砂地へ突き立てたことで、拍子抜けした。
「へ……」
「アタシも今日は、そんな気分じゃなくなった」
血姫はドライバーのマリードールへ手をかけるとそれを上へ引き抜く。一瞬の抵抗の後マリードールはカシャンと外れ、同時に血姫としての装束も光に弾けて消えていく。
仮面が失せ、赤毛が風に舞う。素顔の彼女が、爽がくたびれたように溜息を吐く。
「……アンタは、やる気なの?」
そう問いかける血姫、いや爽が武装解除したのだと気付き、慌てて銀姫もそれに習う。同じようにドライバーから少女を模した彫刻を引き抜けば、銀姫としての武装も解除される。
いつも通りの掌が帰ってきたのを見てから、朔月は爽に微笑んだ。
「……やらないよ」
「そっ。……丁度、時間みたいだし」
爽が呟くと共に朔月も気付く。周囲の砂漠が希釈されていっている。もう慣れつつある、世界から退去する合図。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪』
喧しい声が脳裏に響く。ノーアンサーの声だ。
『本日のバトルは終了でーす♪ 二日目の死者はー……』
こくりと、固唾を呑んで朔月は次の言葉を待った。心なしか、隣の爽も緊張しているような気がする。
溜めるかのような一息の間。弄ぶかのような時間の後、ノーアンサーは続ける。
『……残念だけど、また無ーしっ! ホント、みんな慎重だねー』
ホッと息をつく。朔月と爽は元より、裏で行なわれている決戦でも、死人は出なかった。その事実に安心する。
『それでは今日のライダーバトルはおーしまいっ! また明日、じゃねー♪』
最後にそう結び。
ノーアンサーの声はそれで途切れた。
そして早く帰れと言わんばかりに、風景の色が急激に褪せていく。
もう今日は誰も死なないという事実に朔月は安堵する。
「……よかった。誰も死んだりしないで」
「アタシとしては、そうも言えないけどね。……言っておくけど」
消えつつある砂風の中、爽は朔月へ念を押すように告げる。
「共闘したのはアタシに利があったからだ。生き残るという利が。でも、願いを叶えるのを諦めたわけじゃない」
「……うん」
そう、殺し合いの問題は解決していない。
ただ今日はお開きになっただけだ。
「覚えておきなさい。アタシはどんなことがあっても願いを遂げる。邪魔するなら、殺す」
「……でも」
それでも、と。
朔月は胸に抱えてしまった気持ちを吐き出す。
「貴女と戦いたくないよ。だって一緒に戦った時、心が……通った気がしたんだ」
背中越しに触れ合った感触が、まだ朔月の中に残り続けている。その時感じた万能感が、朔月の口を突き動かす。
「爽も……同じじゃないの?」
「………」
答えない。あるいは、答えられないのか。
口を噤んだ赤毛の少女は返事の代わりと言わんばかりに背を向けた。朔月はそれを悲しげに見送ろうと……、
「……あ」
して、思い出したように振り返った爽と目が合った。
「え?」
「明日って土曜だけど、学校……」
「あっ、うん。あるよ。半日だけ」
「ん、あんがと。……じゃ、また明日」
「うん、また明日」
そんな、気の抜けるようなごく普通の会話で。
二人の少女はその世界から消えた。
日常へと、戻る。
朔月が目を開ければ、そこには夜の公園。
転移する瞬間歪んで見えた光景も、今は元通りだ。
夜風を浴びながら、朔月は今日のことを思い返す。
「……爽、血姫」
クラスメイトにして、ライダーの竜崎爽。
並々ならぬ覚悟を決めた少女。死を背負うことを怖れぬ戦士。されど、今日は共に戦えた。
それは希望なのか、それとも泡沫が如き幻だったのか。
そして――
(……私は、爽を)
自分は、どうすればいいのか。
まだ、揺れる。
雲に隠された頼りない月光が、心の迷宮を彷徨える少女を弱々しく照らしていた。
弦月は更に欠け、新月へ近づいていく。
そんな中途半端な夜。